皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ サスペンス ] 上海から来た女 |
|||
---|---|---|---|
シャーウッド・キング | 出版月: 2007年05月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
早川書房 2007年05月 |
No.1 | 7点 | 人並由真 | 2021/02/07 20:13 |
---|---|---|---|
(ネタバレなし)
「俺」こと26歳の二枚目、ローレンス・プランターは長い船員生活を経て陸に上がり、今は43歳の辣腕弁護士マルコ(マーク)・バニスターの運転手を務めていた。そんなある日、バニスターのパートナーの弁護士リー・グリズビイが、ローレンスに奇妙な提案を持ち掛けてくる。それは5千ドルの謝礼と引き換えに、グリスビイ自身の偽装殺人計画を請負、じきに確実に無罪で釈放されるからいっときの容疑者役を引き受けてほしい、というものだった。ローレンスは依頼の裏の事情をあれこれと読みつつ、相手の申し出を検討するが。 1936年のアメリカ作品。 00年代に「ポケミス名画座」の一冊として初めて日本に翻訳された、名作ミステリ映画の原作作品である。 映画版の主演・監督はオーソン・ウェルズ。 評者は、映画が日本で初めて公開された当時、たしかミステリマガジンなどで、都内で限定上映の情報を聞いて興味を覚えたものの、いかに当時からさすがにオーソン・ウェルズの実績は知悉(というのもおこがましいか~笑~)とはいえ、未知の原作者のこの映画を観にいくまでには意欲が湧かず、そのままスルーした。 21世紀の今では低価格DVDやレンタルソフトなどで容易に鑑賞可能な一本のようだが、結局のところ、いまだ観ていない(汗)。 (といいながら、映画の企画制作にあの『第三の犯罪』『間抜けなマフィア』のW・キャッスルが大きく関わっていたことを、このポケミス巻末の解説で改めて意識した。じゃあそのうち、機会を見て観賞するか。) とはいえこの原作小説は大枠の文芸設定は同様だが、総体としてはかなり映画とは別物だそうで、その辺は今回、ポケミスの解説を読むまでもなく聞き及んでおり、そもそも「上海から来た女」なる設定のキャラクターはおろか、作中に「上海」という単語すら出てこないことも前もって知っていた。 (となるとこの小説の邦題、すんごくアレだよなあ。 なお小説の題名(原題)は「If I Die Before I Wake」で「眠ったまま死ねたなら」ぐらいの意味か。出典は作中で引用される詩からのようで、ポケミスの解説ではけっこう広い含意を示唆している。) ストーリーは無駄のない話法、短めの章立て、さらには大別された本文のブロックパート(「~部」)で構成され、加速感のあるサスペンスミステリとしては、この上ない丁寧な作法。 中盤以降から、サプライズとどんでん返しにあふれて、2~3時間で読者の目を釘付けにしたまま一気に読ませてしまう、パワフルな長編である。 一方で、1930年代のクラシックともいえる一冊なので、フォーマルな作劇ゆえに、どうしても先読みできてしまう箇所がなくもない。それでもトータルとしては、十分に作りこんだノワール・サスペンスの秀作だろう。 (主人公が偽装殺人計画に引きずり込まれるという大設定=物語の発端は、後年のグレゴリー・マクドナルドの長編『殺人方程式』の先駆だね。なおそちらとは導入部の序盤のみの合致だから、こう書いてもまったくネタバレにはなっていないハズだが。) はたして山場のテンションは、着地点がどこにいくにせよ、かなりの迫力がある。 クロージングの余韻も、しみじみと染みてくる。 なお作者のシャーウッド・キングは、このほかにもう一冊だけ相応に反響を呼んだ作品を書き、実質その2冊だけで消えてしまった女流作家らしい。 その、未訳の方のもう一冊も、このレベルなら、ちょっと読んでみたいとは思う。 |