皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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人並由真さん |
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平均点: 6.34点 | 書評数: 2217件 |
No.2157 | 5点 | シカゴの事件記者- ジョナサン・ラティマー | 2025/02/19 16:18 |
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(ネタバレなし)
1950年代半ばのシカゴ。大手紙「グローブ新聞社」の社会部に所属する30代半ばの記者サム・クレイは、その朝、泥酔から目が醒める。すると彼は見知らぬ部屋にいて、そして脇には知らない若い女の刺殺死体があった。警察にも通報せず慌てて現場を去った彼は、何人かの目撃者に顔を見られた。やがてクレイは事件を探る新聞記者の立場として、被害者の思わぬ素性を知ることになる。 1955年のアメリカ作品。 王道の巻き込まれサスペンス設定で、作者は実力派ラティマー。 こりゃ確実にオモシロイだろと期待して読み始めたが、う~ん、微妙なところでこういうものとは書き手の資質が合致しなかったのか、全体的にイマイチ。 なにより窮状に陥った主人公クレイの描写に、さほど焦燥感も危機感も見られないのが不満(第20章前後で、某大物キャラと対峙するところで、やっとテンションが上がったが)。 名前のある登場人物も不必要に多く、例によってメモをとりながら読み進めたら、脇役や雑魚キャラを含めてネームドキャラは70~80人に上った。斎藤警部さんのおっしゃる >しかし、終わってみれば物語の外縁部に放ったらかしの登場人物が多いこと多いこと。 には全く同感。『Yの悲劇』読んで、物語が終わってみれば存在感がしぼんでいく登場人物が多すぎるとかなんとか言ったのは三島由紀夫だっけ。あーいう人がコレを読んだら、なんて言うんだ、って思った。 会話はかなり多く、リーダビリティは高いはずなのに、全体的に冗長。 ヒロインっぽい女性はそれなりに出て来るが、腐れラブコメめいた読者サービスのひとつもないのも不満。 で、空さんがおっしゃっている「論理的欠陥」とは(中略)のことでしょうか? たしかに作中のリアルで成立しえないですよね? 当方の思っていることと同じならば。 設定も雰囲気もお話の枠組みも好みなんだけどな。途中で、あ、これはノレない、と気づいてしまい、そのまま最後まで行った一冊。好きな方、ごめんなさい(汗)。 |
No.2156 | 6点 | 書斎の死体- アガサ・クリスティー | 2025/02/15 16:16 |
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(ネタバレなし)
『牧師館の殺人』以来12年ぶりとなる、ミス・マープルものの長編作品2冊目。 この空白の12年の間の、ミス・マープルの短編での活躍具合は知らない(よく調べてない)が、ポアロものの方はその12年の間に一ダース前後の長編が書かれている。 歴史のIFを考えても仕方がないのだが、この12年の空白期間にもうちょっとミス・マープルの登場作品が増えていたら、どうなっていたのであろう? と思ったりもした。 ショッキングな発端で、ミス・マープルものとしては割とメジャーな方だろうから、大昔の少年時代に一度は読んでいる作品だと認識していた。 で、その前提の上で、犯人もトリックも内容も、まったく忘れてるはずなのをいいことに、今回は再読を楽しもうと思ったら、どうやら完全に初読の、いままで読み落としていた一冊らしい? と次第にわかってくる。 こーゆーのは、評者のようなウッカリ読者の場合、たまに(いや しょっちゅう?)ある事だ(笑・涙)。 読了後にみなさんのレビューを拝見すると、ミス・マープルが旺盛に動く一方、捜査側やサブ探偵役っぽいキャラが過剰というご意見には同感。おかげで本来はもっと起伏を感じられるはずの物語が、いささか散漫になった。12年ぶりのミス・マープルの本格復活に際して、作者も愛着のある探偵キャラの再デビューに配慮し、読者と劇中人物に向けて「(探偵役がポアロじゃないからって)ガッカリしないで。このお婆ちゃんも、名探偵なんですよ~」的なアピールをしていた気配があるのは、微笑ましいが。 事件の構造は割と複雑だが、その実態がなかなか読者目線で掴めず(評者がアタマを使って推理しないからかもしれんが)、後半のショッキングな第二の事件の発生まで、ややダレる。 あと、前述のように捜査陣、広義の探偵役にキャラの頭数を費やしたせいか、もうちょっとクリスティーっぽい魅力的な登場人物が出そうで出てこないのがちょっと不満。 たった9歳(!)の若年ミステリファンで、作者クリスティー本人、セイヤーズやカー、H・C・ベイリーのサインをもらったと自慢する早熟少年ペーター・カーモディの描写には笑ったが。 (あとエピローグの最後の「あの人」の描写は、とてもいいんだけどね。できればこのクロージングから逆算して、もっと途中の描写の時点でそれっぽく叙述しておいてもらいたかった、とも思った。) いろいろ不満を書いたけど、事件の真相そのものは、良くも悪くも作者らしい部分もあれば、さらには「死体を無事に消すまで」収録のエッセイ群を書いた時期のツヅキが読んだら感心しそうな(実際にどうだったかは知らんが)モダーン・ディティクティブ・パズラー的な発想もあり、かなり濃厚な組み立て。 その一方で(中略)トリックに関しては、ザルというよりおおらかすぎるのは否めないが、まあその辺はね。 ただ、犯人を当てよう、推理しようという意欲のあまりないスーダラな読者なので、物語のギリギリまで真犯人が露見しない書き方が醸し出すサスペンス感は楽しかった。 どこかの箇所で受け手サイドの心の琴線に引っかかるか、あるいは特に何も思わなかったか、で、評価が割れそうな作品。 直球勝負のパズラーぶりと登場人物の魅力でミス・マープル初期作なら『牧師館』の方が面白かったが、まあこれはこれで。 |
No.2155 | 6点 | 裂けた視覚- 高木彬光 | 2025/02/10 06:37 |
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(ネタバレなし)
世界有数の航空会社「オール・アメリカン・エアーラインズ」。その系列企業らしい、ホテル事業の新興会社「オール・アメリカン日本支社」。同社に求職した20歳代前半の伊東裕子(ひろこ)は、面接の末に同社の一員となる。だが裕子の話に何か違和感を感じたのは、その彼氏で「週刊東洋」(東洋新聞社)の28歳の記者・佐々木進一だった。やがて若き恋人たちの運命は、大きく急変していく。 (第一部「虚像の死角」) 書籍元版のカッパ・ノベルス(昭和50年7月の40版)で読了。初版は昭和44年の11月。 「小説宝石」に昭和44年5~12月にかけて連載された作品で、第一部の「虚像の死角」を始めとする3本の中編で構成される、連作形式の広義の長編ミステリ。 3本のエピソードの事件(犯罪)はそれぞれ別ものだが主要登場人物の一部は探偵役に限らず、次やその次の話にもまた登場。 連作中編集といえないこともない一冊だが、そういう意味で、第一部から順々に読んでいくしかない、広い意味での長編的な構成になっている(作者自身は「連鎖推理小説」という呼称をカッパ・ノベルス版で使っていた)。 各事件にからむ主人公というか狂言回しは佐々木青年記者だが、実際の探偵役はその上司かつ年の離れた先輩である50代の「東洋新聞」出版局局長・山西誠。「クレイジー・LP」の異名をとるが、これは当人が酔っぱらうと同じ話を何べんも繰り返したり、その一方で大事なところをとばしたりとか、溝に傷のついたレコードのような物言いになるから。たぶん高木彬光のレギュラー探偵役のなかでは、最もマイナーなキャラクターのはずで、このあと長編『女か虎か』にも登場するらしい(そっちは、評者もまだ未読)。 で、本作の感想だが、第一部はジャンルミックス的な内容でツイストが効き、なかなか面白い。ああ、そういう方向の作品(ここではナイショだ)だったのか、とまとめの段階で軽く意表を突かれた。 ただ続く第二部は話のネタ(宗教がらみ)はちょっと新鮮な感じだったが、お話の方がやや冗長。第三部は相場ネタに移行して、割と地味に終わった。 作者が本来どういうものを狙ったかは何となく見えて、あとあとの話になるほど情報が積み重なっていく連作ものをやりたかったのだとも思う。つまり、作者の80年代に完結するあのシリーズのプロトタイプだと言えなくもない(こう書いてもなんのネタバレにもなってないはずなので、安心してください)。 作者の実験精神とミステリ作家としての遊び心は評価するが、謎解き&他のジャンルのミステリとして熟成させきらないうちに、取材したネタの方の叙述に力点を置く方向で最後まで書いちゃったという感じ。 できたものは決して悪くはないが、第二部以降はやや退屈で、送り手の当初の高い狙いが見えなくもないだけに、その辺はもったいなかったなあ、とも思ったりした。まあ高木ファンなら、ぎりぎり一読の価値はあるとは考える。 |
No.2154 | 5点 | 杉の柩- アガサ・クリスティー | 2025/02/07 05:37 |
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(ネタバレなし)
久々にクリスティーが読みたくなって、大昔に読んだこれを引っ張り出してきた。結構面白かったこと、毒殺ものだという双方の記憶(印象)のみがあり、犯人もトリックもストーリーも大方忘れてしまっている。ちなみに少年時代に購入したポケミス(昭和48年の再版)で、そのまま再読。 で、感想だが、つまらなくはなかったが、期待(記憶)ほど面白くもなかった、という感じ。 あくまで個人的な感慨ではあるのだが、本サイトで何人かの方がのべているほど、メインヒロインのエリノアが魅力的に思えないんだよな。 いや、女性ヒロインの恋心のありようなんて、まったく人それぞれでいいんだけど、ロディーに対する感情の推移が、評者にはどーもシンクロできない。一方でややこしい自責のありようは納得できるものの、その分、キャラクターが悪い意味で等身大性を欠いてしまった感じ。おかげであんましハラハラドキドキのサスペンス味も感じえなかった。 逆転の犯人は意外といえば意外だけど、作者お得意の(中略)を今回はかなり杜撰に用いてしまった印象もある。実際に犯人の犯行がもし成功しかけたとしても、いろいろ面倒なんじゃないか、とも思った。毒薬化学の専門知識はもちろんわからないし、バラのくだりもあまり意味を感じなかった。要は(中略)ということだね? ちなみに自分がこれまで読んだクリスティーの諸作のなかでは最も法廷ものの要素が大きい作品ではありましょう。それだけに情報の後出しが作劇としては自然だけど、一方で謎解きミステリとしてはいささかアンフェアめいたものが目立つような。 なおあんまり詳しく書けないし、HM文庫版以降はもしかしたら直ってるかもしれないけど、ポケミスでは、かの(中略)のことを先にどっかで(中略)と記述したりしちゃっていなかったですか? |
No.2153 | 6点 | 欲得ずくの殺人- ヘレン・ライリー | 2025/02/04 13:19 |
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(ネタバレなし)
コネチカット州の一角に大邸宅を構える繊維業界の大物で76歳のルーファス・ナイト。その孫娘ダフネはルーファスから寵愛を受けて恵まれた生活をしてきたが、彼女が青年弁護士アンドリュー・ストームと恋仲になったことから、ダフネは祖父の激怒の念を受ける。アンドリューの母イソベルこそは、かつてルーファスのプライドを踏みにじった、その元恋人だったのだ。そんななか、ダフネの周辺で親しい人間が殺害された。その嫌疑がアンドリューに掛かるが。 1939年のアメリカ作品。 ヘレン・ライリーとはどっかで聞いた名だと思い、ネットで確認したら大昔の別冊宝石に「危険な旅」とミステリマガジンに「蓄音機殺人事件」と、それぞれ短編だか中編だかが一本ずつ翻訳されている。 (ただし評者はどちらのタイトルにも、内容の記憶はない。読んでない可能性も大。) 本作はダフネを主人公にしたサスペンス色の強い、動きの多いフーダニットで、論創社は、作者の作家としての大系からいえばそうだということなのか<HIBK派の実力派作家(の作品)>と銘打ってアピール? している。普通にパズラーとして売っていいんじゃないか、とも思ったが。 本文が200ページ強とやや薄めの上、上記のようにイベント続出の筋立てなので、サクサク読める。翻訳も特に引っかかる箇所はなかった。 怪しい容疑者が最後まで多すぎ、もうちょっとクライマックスまでに嫌疑の枠から外して整理すればもっと読みやすくなったのに、とも思ったが、その分? 犯人はそれなりに意外であった。 ただそれまでのキャラ描写からちょっとよじれてしまった印象もないではないが、これは読み手の主観なり読み込みなりにも関わるかもしれない。あと、真相に至る伏線や手掛かりはあんまり多くない、とも思えた。 本書は作者のレギュラー探偵でNY市警マンハッタン殺人課クリストファー・マッキー警視シリーズの一編だそうだが、当人はほとんど物語に登場せず、その部下の刑事「トッド」ことトッドハンターが警察側の主要キャラになる。 絵夢恵氏の巻末解説によるとマッキー警視シリーズにはその手のものも多いらしく、メグレシリーズと公称しておきながら当人はほぼ登場せず、実際にはリュカやらラポワントやらばっかが活躍してるようなものか? だったら「マンハッタン殺人課」シリーズとでも銘打てばいいのだろうが、まあそれじゃ本国のミステリ出版界でも商業企画的に弱いんだろうな? たしかにある意味じゃ、名探偵が登場する謎解きものというよりはサスペンスものとして読んだ方がいい作品で(フーダニットの要素ははっきりあると思うが)、その意味ではあまり埋もれていたパズラーの秀作、佳作とかいわなかった論創の商売は適切かも。 評点はこのくらいだが、実質プラス0.5点。二日にわけて読もうと思ったが、イッキ読みしてしまった。 ※最後に、まったくの余談ながら論創といえばついにあの『おうむの復讐』のアン・オースチンを発掘新訳する動きがあるそうで、これは大いに楽しみ! 一日も早く手にとれることを願っている。 |
No.2152 | 5点 | 霧の中の天使- 笹沢左保 | 2025/02/02 07:31 |
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(ネタバレなし)
大手企業「ムーンスター電器」。家族のほぼ全員が同社または系列会社に所属する木之元家の次女で24歳の絹子は、ムーンスターの御曹司で42歳の駒沢一男に見初められて婚約した。絹子も駒沢もともに結婚歴のある、いまは独身者であったが、絹子には彼女自身も実態を見定めきれぬトラウマが原因で性的不感症という悩みがあった。駒沢の妻として、のちのち健常な夫婦生活を送れないと不安を抱いた絹子は、かつての愛人で36歳のインテリアデザイナー・香取邦彦に相談。駒沢との挙式の日までの間、香取によって女の真の悦びを得られるように性的なトレーニングを受けるが、やがて事態は隠されていた事件に結びついていく。 作者の中期では割と評判がいい? 『ふり向けば霧』と同系列の「霧シリーズ」、その1作目だそうな。評者はもともと『ふり向けば』を読もうと思っていたが、どうせなら一冊目からと思い、図書館で借りてきて、こっちから読んだ。 元版のノン・ノベルで読了。5分の4が官能描写ではなかろうかという、例によっての笹沢ロマン。それもそっちの方向でかなり上位の方だが、主人公ヒロインと相手の彼氏はあくまでマジメなので、あんまりエロくない。 「長編サスペンス推理小説」と銘打ってあるが、読者は最後の方でいきなりそれまで秘匿されていた情報を、主人公といっしょに教えられてジ・エンド。 真犯人に関しては、作品をミステリ枠に押し込むため、あれこれ都合のいいキャラクターにされた感じで、ちょっと気の毒である。 意外性? いや特に。 |
No.2151 | 7点 | 謎解き広報課 わたしだけの愛をこめて- 天祢涼 | 2025/01/27 15:08 |
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(ネタバレなし)
東北の一地方・高宝町(こうほうちょう)の町役場広報課で地域広報誌「こうほう日和」を編集する公務員・新藤結子。そんな彼女は2011年3月11日、取材先に向かう途中で大地震(東日本大震災)に見舞われる。多くの人命が失われ、家屋が壊滅した被災のなかで結子は、己の無力さを痛感しながら市役所職員として、そして広報誌の担当者としてできることを探し続けるが。 シリーズ完結編。東日本大震災をクライマックスに持ってきたシリーズ構成については軽く驚いた。とはいえ作者あとがきによると、作家になる前のライター時代に取材で、震災に遭遇した広報誌担当者の方に出会ったのがそもそも本シリーズを生み出す大きな原動のひとつだったそうで、当初からこの件が物語の決着編になることは想定されていたという。 ほぼ10年目にして念願のゴールまで行ったわけで、その意味でも快挙である。 物語の主題が真摯で重いだけに今回の前半はあまり娯楽ミステリの要素を導入する余裕がないのだが、ヒューマンドラマのなかでシリーズ全3冊を通じた伏線の回収はされるし、読者のサプライズを求める仕掛けの開陳なども印象的。 特に後半はシリーズを積み重ねて読んできたものならではの感興が豊潤で、作品は単品でも理解できるし、楽しめるが、やはり第1冊目から順々に読んでほしい。 結子、お疲れさまでした。 |
No.2150 | 7点 | 双頭の蛇 - 西村寿行 | 2025/01/23 07:56 |
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(ネタバレなし)
昭和51~52年(1976~77年)に、各誌に掲載したノンシリーズの中短編5本を集めた一冊。 たぶん角川文庫のオリジナル短編集だと思う。 以下、各編のメモ&寸評。 『狂った夏』……ヒッピーや暴走族たちの若い一団が牛耳る夏の地方の町。だがそこは町おこしをしたいが売り物がなにもない地方が、アウトローの彼らに提供した「裸祭り」の場だった。そんななか、行政とアウトローの癒着に反意を抱いた男は……。いきなりクレイジー度が全開の作品。本書全体の暴れ馬ぶりを予見させる中編。 『まぼろしの川』……親友・遠山の妻・慎子が、先祖代々続く実家の因習行事に向かったまま、行方を断った。二線級作家の影近は、奥行きのありそうな慎子の捜索のため、人員を集めるが。昭和の後半に香山滋の世界を寿行風に描くとこうなるのか……と思わせた引き続きクレイジーな話。終盤のやや唐突な切り返しの文芸が鮮烈。 『双頭の蛇』……安アパートから待望の高級マンションに越した一家。だが同家の夫婦は、同じアパートの住人の害意に惑わされる? 前2作より日常のなかの不穏さを主題にした話だが、不快かつどこか蠱惑的なゾクゾク感は最高クラス。二転三転の結末もよし。 『荒野の女』……アパートで起きた殺人事件。逮捕されて留置場に入れられた40歳代の女の肉体には、ある秘密があった。掛け合わせの倒錯趣味の行く付く先、という官能文学的な主題を扱った作品。ミステリというよりブンガクっぽいが、寿行ファンは題材の選択にもその料理の仕方や叙述のクセにも、あれやこれやとそれらしさを伺う。ここまでの4編が中編といえる長さ。 『呪術師たち』……新宿でひとりの老人が、課長職のサラリーマンに死相の発現を宣告した。わずかな余命におびえる男は、おのれの救命のため、ある思い付きにすがろうとするが……。やや短めな上、少し毛色の変わった話。寿行って、こういうのも書いていたんだ、という印象だが、これはこれで面白かった。 以上5編、寿行らしいイカレた作品世界が、ひとつひとつ微妙に(最後のはそれなり以上に)ベクトルの異なる感触で、それぞれ楽しめる一冊。寿行は大昔から長編主体に読んできて中短編集はまだ二冊目だが、そういう短めのものも悪くない。 後期のちょっとユルんでしまった気配のある長編なんかより、たぶんこっちの方が面白いだろう。 |
No.2149 | 8点 | タイガー田中- 松岡圭祐 | 2025/01/22 07:09 |
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(ネタバレなし)
1963年4月。日本の公安調査局長官「タイガー田中」こと田中虎雄は、英国のMI6から出向して九州で行方を断った諜報員ジェームズ・ボンドの去就を探っていた。25歳の公安調査員で、そしてタイガーの娘でもある田中斗蘭はそんななか、ひとりの人物に遭遇した。 原典尊守派パスティーシュの傑作『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』を2021年に著した作者による、007=ジェームズ・ボンド正編世界の間隙を縫った一大娯楽編パスティーシュ(贋作)。 作者が以前から大の007愛好家らしいことはウワサで聞いており(具体的なことは詳しくは知らないが)、フレミングの原作を某・長編一冊を除いて全部十代のうちに読んでしまった活字系ボンドファンの評者としては、先の『黄金仮面の真実』の完成度も踏まえて、この人ならさぞ満足のいく2020年代の新作パスティーシュを読ませてもらえるだろう! と、大きく期待が膨らむ。 で、設定の通りこの作品は『007号は二度死ぬ』の後日譚だが、同時のその直前の正編『女王陛下の007号』の続編的な性格の新作物語でもある(そこまでは語らせてほしい)。それで、できるなら本書を読む前にその2冊は読んでおいてほしい(単品でも楽しめるが、先にその2作を嗜んでおいた方が、確実に本書の面白さは倍化する)。 いや、本来ならフレミング自身に、正編の原作世界でやってほしかった<アノ趣向>やら<カノ趣向>までこの作中で実現させ、その辺の目配せぶりは確かに最高に良い意味で、原典の<本物のファン>ならではのオマージュぶり。 特に中盤、順を追って劇中に顔を見せる二大メインゲストの登場には、007ファンとして熱い感涙で頬を濡らした(特に、後から出て来る方に)。 一方で原作世界で……(中略)という種類の大技のアレやコレやは、これって肯定していいのかな、まあパスティーシュも広義のパラレルワールドものだしな……という割り切りを要求するのだが、一方であくまで原作世界の叙述を損壊せず、ほぼちゃんと<正編の間隙にありえた、アントールドストーリー>として成立させている、そこが大人の芸。 うん、この作品はそれだからこそ、面白い。 まあどっかオールスターものというか「スーパーロボット大戦」的なお祭り作品の面白さでもあるんだけど、それはソレとしてタイガー田中と某・メインゲストキャラの交流のくだりとか本気で胸が熱くなる(あ、やっぱ、その辺は「スパロボ」的な作品の魅力だ。複数のタイトルの混載ではなく、あくまでワンコンテンツ内のパスティーシュではあるのだけれど)。 で、話がソウなってソウ流れるんなら、このパスティーシュの物語はどのように次の正編『黄金の銃を持つ男』にリンク……? というのが次第に大きな興味になってくるが、その辺もかなり鮮やかに、本作はこなしてくれている。 作者のマジメさがやや前に出て、しかもオリジナルキャラで実質そっちサイドでの主人公ヒロインの斗蘭の活躍にも相応に比重が置かれた分、いわゆる醤油味の海外ミステリパスティーシュになっている印象もちょっとだけあるんだけど、それでも新旧東西のオールタイム007パスティーシュの上位クラスに入る出来なのはもう間違いないね。 (途中、妙なミステリトリックが使われているのも作品の個性だ。) まー個人的には、ウワサに聞く「スター・ウォーズ」サーガの新作ノベル(多少購入はしてるが全く読んでない)で、映画正編で(中略)した(中略)がそのノベル世界ではやっぱり(中略)なんてのを聞くと、そこで、う~ん……と思っちゃう方なので、この作品もそーゆー面が無きにしも非ず、ではある。まあその辺は(リフレインになるけど)やっぱパスティーシュは、正編から分岐した広義のパラレルワールド作品、という割り切りで呑み込むのがよいか。 まあそーゆーのが全く受け入れられないのなら、最初からこの手のパスティーシュはことごとく回避すればいいんだけど、困ったことに自分は一方でなぜかこーゆー、よくできた、書き手の愛情たっぷりの、そしてなにより正編世界に気を使ったパスティーシュが大好きだったりする。 次作『続・タイガー田中』の設定は、正編の時系列がすべて完全に完結した後、『黄金の銃を持つ男』の後日譚だそうで、そっちも楽しみにしよう。 (下馬評で聞こえてくる大ネタが正直、ちょっと不安だけど、まーこの作者様なら、うまく捌いて下さるでしょう。) 最後に、本書の巻末にはかなり丁寧な解説がついてるけど、007ファンや先にタイトルを挙げた作品を既読ならその解説部分は先に読まない方がいい(嬉しいサプライズを楽しみたいでしょう?)。 だがもし、007にあんまり詳しくないというのなら、この新作パスティーシュの種々の仕掛けを理解するという意味合いで、本編の前に目を通しておくのもいいかもしれない。 いや、いちばんいいのは劇中で何かソレっぽいイベントが生じるたびに、少しずつ解説を覗くことかな? |
No.2148 | 5点 | 女虎(めとら)- カーター・ブラウン | 2025/01/19 08:11 |
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(ネタバレなし)
パイン・シティの墓地「永遠(とこしえ)の憩いの場」で怪事件が起きた。シティの名士である精神病医ジェースン・ソロの妻で、先日交通事故で死亡したというマーサの死体、その埋葬直前の棺の上に、別の死体が乗っかっていたのだ。もうひとつの死体の素性はバーニス・ケインズ。バーニスはソロ医師の秘書だった。「おれ」こと保安官事務所付けの警部アル・ウィーラーは、バーニスが何者かに殺されたことを認め、本格的に事件の捜査を始めるが。 1961年のクレジット作品。ミステリ書誌データサイト、aga-searchによると、ウィーラーものの第19長編。例によって確実に少年時代に読んでいるが、内容はまったく忘れていた。 なおタイトルの「女虎(めとら)」(原題「The Tigress」)とは、マーサの親友で未亡人の赤毛の美女ターニア・ストラウドのこと。捜査を始めたウィーラーに向かい、ソロ医師が紹介した証人で、物語のメインゲストヒロインの一人だがニンフォマニアであり、それで男を喰う女虎という意味。ブラックウィドワーズの方が相応しいかも? とも言われている。 (ちなみにこのターニア、確実に主要登場人物のひとりだが、ポケミスの人物一覧表から名前が欠落。しかも彼女の文芸設定「マーサの親友、未亡人」という紹介の文言が、前述(あらすじ参照)のバーニス・ケインズの説明になっている。う~ん、ハヤカワのありがちな? ダメダメな編集ミスだ。) 発端の事件の掴みが微妙なので、これ、面白くなるのかな? と思ったが、残念ながら今回はハズレっぽい。 登場人物もいつものカーター・ブラウン調の際立ったオモシロキャラクターがほぼ皆無で、ミステリとしての構造も凡庸というか地味。サプライズもほとんど無い。 まあタイトルにちなんでか、ウィーラーが某・猛獣がらみでピンチになる見せ場はあり、そこはちょっと、東西のあれやこれやの旧作ミステリみたいなノリで、ほんのり面白かったが。 フツーにマジメすぎて、手堅くまとめ過ぎて、ウィーラーシリーズの中でも凡作の方ではあろう。 ウィーラーが大戦中に従軍しており、陸軍の情報部にいたという過去を胸中で述懐する(特に虚言をつく理由もないのでホントだろう)のだけは、ちょっとしたトリヴィアだったが。 あ、あとアナベル・ジャクスンの出番が多めなのは、救いかな。 |
No.2147 | 7点 | ごんぎつねの夢- 本岡類 | 2025/01/18 07:09 |
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(ネタバレなし)
後半、虚実が入り混じった文学史探求ミステリの趣も見せてくるが、そこが実に面白い。 そもそも、この導入部は―(以下略)。 結局、彼のしたことはー(以下略)。 根幹的な、大きな二つの部分にツッコミたくなるのだが、それでも読んで良かった作品。 本作=この一冊の小説を通しての個人的な感慨だが、改めて人間とは、面白く、切なく、哀しく、そしてときに愚かで、かつ温かい生き物だと思った。 2020年代の現代のものの考え方がちゃんと随所に盛り込まれながら、お話の作りがどこか昭和ミステリっぽかったのも自分好み。 決してそんなに大騒ぎするものではないんだけれど、それでも去年の国産ミステリの収穫のひとつではないか。 |
No.2146 | 5点 | 迷犬ルパン異世界に還る- 辻真先 | 2025/01/17 06:37 |
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(ネタバレなし)
チャウチャウと柴犬の混血で、一見どこにでもいる愛玩犬ながら、多くの難事件を解決に導いてきた? 名探偵・迷犬ルパン。そのルパンは彼女であるマルチーズのサファイア、そして自分の飼い主の少年・川澄健と健の幼なじみの少女・木暮美々子とともに異世界に転移した。異世界で人間の姿を得たルパンとサファイアとともに、健と美々子はその世界での国難に巻き込まれるが。 ベテラン・辻真先が1983年からスタートさせ、すでにのべ20冊以上もの関連作品がある「(名探偵)迷犬ルパン」シリーズだが、なぜか本サイトには現時点まで、ただの一冊もレビューがない(……)。 みなさん、そんなに迷犬ルパンがお嫌いですかあ? とさえいいたくもなる現状だが、かくいう評者も振り返ってみれば、このシリーズはリアルタイムで最初の第1冊めを読んだだけなのであった(笑・汗)。 そもそも言うまでもなく、本シリーズは赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズの堂々たる二番煎じ企画のハズだが(もしこの認識が間違っていたら、どなたかご指摘の上、仔細をご説明ください)、本家の第1作目の方が(トータルとしてミステリとしてはそんなに高い点はやれないものの)、アレやアレとかの趣向二つ三つでいまだ印象に残っているのに比べ、「迷犬ルパン」の第一作目はまったくもって内容を覚えてない(記憶にあるのは、物語の序盤で本家の三毛猫ホームズがカメオ出演したという、お遊びの趣向だけだ)。 というわけで正直、実は本シリーズには評者自身もさしたる心の傾斜など、まったくないのだが(大汗)、それでも一昨年2023年の冬コミケで、(当時)齢90歳(!)の大巨匠が同人誌の形(!!)で本作を刊行、しかも懐かしの(←いや、お前、懐かしがっていないだろ)「迷犬ルパン」シリーズの27年ぶりの新作(!!!)だと言うので、そりゃスゴイ! と、ついこっちまで浮かれて、Amazonの通販で、一冊購入してしまった。 で、一年経って、ようやく現物を読む。その感想がこのレビューである。 でまあ、冒頭から、シリーズに慣れ親しんだファンならいいのかもしれんけど、わかりにくい叙述が多くてイラつく。 たとえば主要登場人物の一人が、男子主人公・健の姉で女性タレントのランなのだが、地の文で「姉」と「ラン」を最初から別々に書き、それが実は同一人物だと理解するのに手間暇をかけさせられた。意味ないでしょ、それ。 高齢の書き手の著作だから仕方ないが、これが商業出版なら少なくともプロの編集者が<シリーズに初めて出会う読者><本当に久々にこのシリーズを読むファン>の目を意識してチェックし、作者に推敲を指示しているのではないか?(だって30年近く間があいたシリーズ新作なんだから、そういう送り手と受け手の微妙な距離感は、十分に想定できるはずだよね?) 物語そのものも、作者だけが面白いつもりらしい異世界でのロジック、その機微を連ねた展開がダラダラ続き、正直、ストーリーの大半の部分が読むのに苦痛だった(空間魔法を使った実質瞬間移動のアイデアだけは、なかなか面白かったが)。 まあ全体のページ数が短めで物理的・精神的な負担が軽微だったことは、有難かった。あと物語の後半で、辻先生自身がかつて関わった70年代の某・特撮怪獣番組ネタが出て来るのは楽しかった(でもあの怪獣ってツインテールですか? 何か勘違いされておられませんか?)。 つーわけで、壊滅的にツマンナイとまでは思わなかったが、実質「迷犬ルパン」に縁のない一見の読者が読んで、そんなに面白い一冊ではない。 ただまあ、ずっと「迷犬ルパン」に親しんできた往年のファンたちには、27年目の奇蹟のような贈り物(新作)だったのだろう? とも思う。イヤミや皮肉などの意はまったくなく、そういう素直な気持ちでこの作品を大喜びで迎えられた人は本当に羨ましい、とも実感した。 実質4点。前述の怪獣ネタと、高齢でも筆の勢いが衰えることのない、不滅の作者への自分なりの敬意の念を込めて、この評点で。 |
No.2145 | 7点 | 推しの殺人- 遠藤かたる | 2025/01/16 06:06 |
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(ネタバレなし)
どういうクロージングになるかはネタバレになるので、あんまり言わない方がいいね。 いつか本サイトのなんかの作品で使ったレトリック、そのリフレインになるけど、タイムマシンが手に入ったら55年前に行って、日本テレビの『火曜日の女』シリーズ用のプロデューサーに謁見し、今後の原作にどうですか? と推薦したい、そんなタイプの作品であった。 あ、メインヒロイン3人組をはじめとして、各キャラの人物造形は、個人的にはこの程度でいいと思う。あまり読み手に感情移入させるようなキャラメイクだと、こういう作品の場合、ウソ臭くなるように思えるんだよね。 私は実際に出来たこの作品の、劇中の面々の方が(以下略)。 これまでの皆さんのレビューの中では、文生さんの評にいちばん共感します。 |
No.2144 | 6点 | あつかましい奴- カーター・ブラウン | 2025/01/15 07:45 |
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(ネタバレなし)
1960年。カリフォルニア(本作中の表記はカルフォールニア)のパインシティ。夜の酒場でブロンド娘をくどいていた「おれ」ことアル・ウィーラー警部のすぐ側で、見知らぬ40歳代半ばの男が急死した。実は男は、ウィーラーになにか相談があると連絡を取ってきた弁護士ウォーレス(ウォーリイ)・J・ミラー当人だった。ミラーの死因は当初心臓発作と思われたが、本当はクラーレを用いた毒殺らしいとわかる。ミラーは妻と愛人に、等分に多額の遺産を託すつもりだった。ミラーの共同経営者の弁護士バークリイから情報を得るウィーラーだが、捜査を続ける彼の前に複数の美女が現れ、死体の山が築かれる。 1960年のクレジット作品。ミステリ書誌データサイト、aga-searchによると、ウィーラーものの第15長編。この次の第16長編が、あのメイヴィス・セドリッツとの共演編『とんでもない恋人』。 大昔に読んでいる長編だが、例によって事件も犯人もミステリの仕掛けもすっかり忘れてた。ただしポケミスP74のお笑い場面、ウィーラーが入ったレストランで、仕事に多大なストレスを抱えた従業員に八つ当たりされるギャグだけは憶えていた。むろん、そのギャグがこの作品のものだということは、ま~ったく失念していたのだが。 Twitter(現Ⅹ)などでウワサを拾うと<なかなか犯人が最後までわからない><ちょっとひねった作品>という主旨の声もあるが、なるほど残りページが少なくなっても、どうにも事件の構造は露見しない。最後の最後で、ああ、そういう仕掛けか、と判明し、部分的にはこっちの推察もアタリであった。 (ちょっとだけチョンボかもしれない真相だけど、まあアリかな。) 犯人がわからずに音をあげ、ウィーラーに事件解決を直球で請願するレイヴァーズ保安官の図は、ちょっと印象に残った。 中盤~後半で、暗黒街関係の人間と渡り合って窮地に陥るウィーラーだが、正当防衛で相手を(中略)。そのあとの対処の描写などなかなか鮮烈。グレイゾーンの行動にも冷静に踏み出せる今回のウィーラーの描写がいい。 お笑いシーンは少な目(さっきのレストランの場面以外は)だが、お色気描写やベッドシーンに続く箇所は多く、たぶんウィーラーものの中でもゲストヒロインの多い方。 久々のこの作者の作品で、とりあえずこれでカーター・ブラウン欠乏症に一息つけた。またそのうち、近々読むであろう。 |
No.2143 | 7点 | 007/007は二度死ぬ- イアン・フレミング | 2025/01/14 06:17 |
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(ネタバレなし)
1960年代の初め。その年の9月。MI6の諜報員ジェイムズ・ボンドは、さる事情からいまだ不調のままだった。上司Mはそんなボンドの解任も考えるが、MI6顧問の精神科医ジェイムズ・モロニ―卿はボンド復活の可能性を示唆する。かくして新任務として日本に渡ったボンドは、日本の公安が管理する最新暗号解読機「マジック44」の譲渡を目的に、公安局長のタイガー田中と親交を深める一方、腹芸を重ねるが、やがて田中はボンドに暗号解読装置を託す交換条件として、九州に巣くう謎の怪人「死の蒐集家」こと植物学者ガントラム・シャターハントの排除を願い出る。 1964年の英国作品。 松岡圭祐の新作007パスティーシュ『タイガー田中』が本作の裏面史のようなので(そりゃタイトルを見りゃわかる)、復習のため、少年時代に読んだポケミスを引っ張り出してウン十年ぶりに再読した。 手持ちのポケミスは映画ジャケットカバー付き、昭和46年7月の25版。この重版数だけでもスゴイな。 本文約200ページちょっとで、3時間でイッキ読みしてしまう面白さである。冒険活劇としてのストーリーパートは核の部分だけに絞ればかなりコンパクト。歴代ゴジラ映画で言えば、他の作品ではゴジラと対戦(競演)怪獣との戦いがどれも最低2ラウンドはあるのに、これだけは1ラウンドしかない『東京SOS』みたいな作りだ(あ、ほかの原作ボンド長編は読み直してないし、いまだ某作だけは未読なので、うかつな事も言えないが)。 とはいえタイガー田中との饒舌な、日英……というより東西文化比較論の応酬(ところどころズレてるがそこもまあ味)、ツッコミどころ横溢ながら、読み手を飽きさせないストーリー展開……と、再読ながら(いや再読だから?)実に面白い。特に黒島にわたって敵陣に乗り込むボンドの図に、島の伝説の英雄のイメージがダブるあたりなんか最高に燃える。「キャプテン・フューチャー」のあのエピソードか。はたまた『新造人間キャシャーン』の名編「英雄キケロの誓い」か、てなもので。 まあ2020年代の目で素で読むと、大敵との決着はあまりにあっけないんだけど、その前に延々と自分のこれまでの悪業をくっちゃべる悪役の描写に感銘。うん、このノリこそフレミングよ、007よ、つー感じ。 つーわけで、メインディッシュのパスティーシュの前菜として再読した正編ですが(それってなんなんだ)、十分に楽しめました。考えてみたら21世紀になってフレミングを読んだ(再読した)のは今回が初めてだろう。 |
No.2142 | 7点 | ぼくの家族はみんな誰かを殺してる- ベンジャミン・スティーヴンソン | 2025/01/13 06:34 |
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(ネタバレなし)
物騒な題名の作品で、タイトルが含意する劇中情報も少しずつ回収。 しかし前半はクローズド・サークル設定のパズラーのような雰囲気で話が進むうち、いつのまにか事件は立体的なぶっとんだ方向へ転がっていく。 し・か・し、それでも最後はよくできたフーダニットパズラーとして終わるという、非常にくえない作品。 物語の潤滑油となってる(?)ミステリ・トリヴィア(というか作者なりの見識)も楽しく、その辺も本作独自のクセの強さを感じさせる。 犯人は、こういう作品なんだから……という観点で考えればわかるはずだったが、評者は主人公アーネストがどのヒロインとくっつくのかという興味を優先して読んでいたところもあり(なんだかな)、見事に足をすくわれた。 送り手の狙いはそれぞれ賞味したつもりだし、盛り込まれたサイドストーリーのいくつかにも感じるものはあったが、良くも悪くも挿話の物量でミステリの核の部分を目くらまししているような感慨もあり、その辺も踏まえてこの評点。 いや、トータルで楽しかった一冊なのは間違いないが。 シリーズ二冊目も、邦訳されればたぶん必ず読むでしょう。 |
No.2141 | 8点 | 誤配書簡- ウォルター・S・マスターマン | 2025/01/10 08:05 |
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(ネタバレなし)
その日、ロンドン警視庁で最も冷静な警察官と評判をとるアーサー・シンクレア警視は、匿名の人物から電話を受ける。その内容は、現職の内務大臣が殺害されたという情報だった。シンクレアは、警視庁に顔を見せた元法廷弁護士の私立探偵シルヴェスター・コリンズとともに内務大臣ジェームズ・ワトスン男爵の自宅に向かうが、そこで彼らは男爵の射殺死体を目にした。そんななか、シンクレアの周辺の捜査官のなかに不審な動きをする者がおり、一方で被害者ワトスン男爵がだいぶ以前に南米に追いやった放蕩者の息子の存在が浮かび上がってくる。 1926年の英国作品。 面白そうなクラシックミステリの発掘作品? という興味で、しばらく前に邦訳のペーパーバック版を古書で購入し、それからずっとツンドクにしてあったが思い立って今夜読む。二段組だが本文の総数は150ページちょっとと短め。たとえば60~70年代の創元文庫の、普通の級数の書体の本にしたら200~250頁くらいの長さかな? 深夜(早朝に近い時間)から読み始めるには、適度なボリュームでちょうどいい。 ……なるほど荒っぽいところもないではないし、小説の叙述としてのこなれはもうちょっといじくりようもあるが、それでもとても良くできている。仕込みの大ネタの2つ3つは見破ったが、最後の真相のサプライズには思わず、胸中で「あっ」と声が出た。 (これってもしかしたら、我が国のあの作品の……(以下略)。) で、前述のようにラフな書き方で済ませているところもそこかしこにある感触だが、一方で矛盾やインチキを探そうと意地悪な目であとから読み返すと、意外なほど巧妙に、あちこち気を使っているとも思った(翻訳がその辺に目配せして、いい意味で全体を演出しているのかもしれないが)。 あえて弱点を探すなら、終盤、関係者の供述というややイージーな手法で真相が語られることだろうが、これもちょっと一筋縄じゃいかない面があり、その辺も気に入った。 無名作家(自分にとってだが)のクラシックパズラーを一冊、まったくのフリで手に取り、かなりの満足感でページを閉じられる。最高じゃないの。 評価は0.3点ほどオマケ。面白いものを見つけて発掘紹介してくれた、訳者さんに大感謝。 |
No.2140 | 6点 | 雨の国の王者- ニコラス・フリーリング | 2025/01/09 08:03 |
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(ネタバレなし)
オランダの大企業「ソベックス」社の当主で80代の古老シルヴェスター・マーシャル。その息子で42歳のジャン=クロードは父の会社で形ばかりの要職に就いていたが、ある日突然、失踪した。アムステルダムの敏腕警部ファン・デル・ファルクは、アムステルダム警察のトップ、フフト総監の勅命もあり、ソベックスの地方支配人F・R・カシニウスと対面したのち、内密の個人捜査の形でジャン=クロードの捜索に乗り出すが。 1966年の英国作品。 評者はこれで3冊目の、ファン・デル・ファルクシリーズ。 邦題は昔から、意味もわからぬまま言葉の響きがカッコイイと思っていたが、出典はボードレール(『悪の華』)だったか。 本来所属する警察組織とは分断された形で、ファン・デル・ファルクが私立探偵風に失踪した中年御曹司の行方を追うメインプロットだが、描写が積み重なるなかで、中盤~後半(のとば口)にてひとつのヤマ場を迎える。 そのあとの主人公探偵の仮説の組み立て直しはなるほど、ここが評価されたか? という勢いではある。ファン・デル・ファルク視点で結局誰が……が変遷すると、当たり前だが事件の様相は大きく変わってしまう。 その辺が読みどころなのはわかるが、当時の現代諸国の比較文化論とかを盛り込んだ、作者の分身としてのファン・デル・ファルクの饒舌にやや疲れた。とはいえたぶんこの辺がないと、かなり味もそっけもなくなる作品だろうしな。シークエンスとしては、中盤のスキー場のくだりとかわかりやすい見せ場になっていて面白い。 ちなみにファン・デル・ファルクが職業警官ながらミステリファンでもある描写が随所に登場するが、チャンドラーにはひとかたならぬ傾注のようでそこらは楽しかった。 なんだろう。作品の狙いはわかるつもりで、実際の作劇ポイントのそれぞれにも共感を覚えるんだけど、トータルで読むとどこかで要素が相殺しあっている感覚がある。評者にはちょっと苦手なタイプの作品かもしれない(汗)。 |
No.2139 | 7点 | コンコルド緊急指令- ケネス・ロイス | 2025/01/08 17:54 |
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(ネタバレなし)
元SAS(英国陸軍の特殊空挺部隊)で28歳の青年ロス・ギブスは、欧州で活動するテロリスト集団に参加。だがそれは敵を欺く芝居で、本来は英国情報部に属するギブスは、次のテロ活動の狙いを内偵するため一味に潜入していた。ギブスの上司であるジョージ・バナーマンは、テロ一味にギブスへの信頼感を植え付けるため、英国に来訪したCIAの大物ポール・クレイブンの死を偽装し、それがテロ活動に奉仕したギブスの仕業のように見せかける。作戦が成功してギブスとテロ一味の絆が深まるなか、秘密の謀略が動き出した。 1980年の英国作品。 70年代末から90年代にかけて日本に数冊の長編が紹介された英国のベテランスリラー作家ケネス・ロイスの、邦訳二冊目。原書刊行と同じ年に翻訳された、かなりのハイスピード邦訳。 内容はエスピオナージ風の大枠で語られる、プロ工作員を主人公にした冒険小説。全体的にお行儀がよい作風で、主人公ギブスのキャラクター造形はこの上なく健全な性格設定。 セックスの匂いをまったく感じさせないどころか、捨て猫を拾って無心の愛情を傾けるこの手の主人公は初めて読んだかもしれない(内容が内容だけにこの子猫がどっかでひどい目に会うんじゃないかとヒヤヒヤしたが、最後まで無事。それどころか、事件の被害者に対して、ちょっとした心の癒し役も務める)。 その分、諜報世界でのダーティな職務はギブスの上司でサブ主人公格の中年バナーマンが請け負い、特に前半~中盤にかけてはその辺の叙述がひとつのヤマ場になる。 暗殺仕事をギリギリまで回避したいギブスの心情を尊重し、バナーマンがかつてテロ事件で父親を殺された射撃の名手の青年を動員するあたりも、そこまで準備を整えるものか? と思いつつも、妙なリアリティがある。ストレスの尋常でない前線だけに、実働する工作員への入念なケアは大事だということか。 大筋プロットにおける興味は、一体くだんのテロ組織の計画は何だ? だが、邦題ではそれが高速旅客機コンコルドに何か絡むことを割っている(原題は「The Third Arm」で、劇中でその意味がそっと語られる)が、詳しい事はストーリーの後半に行くまでわからない。 前述のように全体的に洗練された品格の良さがあるスリラーだが、話は好テンポで進み、面白かった。任務の最中のなりゆきで、子猫の件に加えて可愛い女子大生と素で恋仲になるギブスにはちょっと苦笑したが(万が一、正体がばれて人質にされたり、報復の対象にされたりしたらどうするんだ)、不満はそこだけ。 作品はシリーズ化できそうな雰囲気もあったが、単品で終わったらしい? 今回は書庫のなかでたまたま見つかった未読の一冊を読んでみたけど、またそのうち別のロイス作品も手にしてみよう。 (他の作家で言うならジェラルド・シーモアとか、あの辺のランクかなあ。) |
No.2138 | 7点 | 幻想三重奏- ノーマン・ベロウ | 2025/01/07 07:11 |
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(ネタバレなし)
英国南部の町ウインチンガム。そこで心霊の仕業によるものとさえ思える怪異が続出する。すぐそばにいた人物は幻の幽霊だった? 消えたフロア、そして消失した路地の謎。ウインチンガム署の敏腕刑事で42歳のランスロット・カロラス・スミス警部は相次ぐ怪事件に挑むが。 1947年の英国作品。ランスロット・カロラス・スミス警部シリーズの第一弾。 <そんな人はいなかった!?>……どこかで聞いたような設定ながら最初の事件からこの蠱惑的な謎の提示にゾクゾクし、そのあとに続く、まるで連続中編風の構成で語られる、第二~第三の怪事件にもワクワク! 解決なんか、ある意味、どーだっていいんだよ(←え!?)、この魅惑的な謎の量感にこそ価値がある、と開き直ったような、当時の新世代の古典風パズラーで非常に楽しかった。 結局、犯人の設定はアレだわ、それ以前に目的のためにここまで犯罪者が計画や仕込みを練る必要あったのか? というような気も生じる。 んのだが、文章の叙述という形でならギリギリ説得されて(それもアリだと考えて)もいいや、というピーキーかつグレイゾーンのトリックの連発に笑みがこぼれてしまう。特に第二の事件のトリックが、どこかで見た(読んだ)ようなものながら、なかなかのケッサク。オレも作品世界に入って、その仕掛けを肉眼で見てェ(笑)! さすが解決でも(中略)。 『魔王の足跡』は結局は真相のショボさにめげて、あんまり評価してないのだが、こっちはトータルで十分に楽しめた。むろん傑作でも優秀作でもないんだけど、本当に快い作品です。 |