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人並由真さん
平均点: 6.35点 書評数: 2244件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.2184 6点 古都の殺人- 高柳芳夫 2025/03/23 16:41
(ネタバレなし)
 とある人物が入手した、「わたし」こと八王子の小規模な病院院長で40歳の医師・戸川隆也の日記。そこにはその年の3月10日、戸川が彼の友人の大学教授・糺の宮文人と飲んだその夜、怪しい占い師から「あなたには死相が見える」と告げられたことが書かれていた。その災厄を回避するには、本業の医療活動以外で、生命に関わる人助けをしなければならない? やがて戸川は相模湖の周辺で、自殺しかけたらしい絶世の美女を救うが、彼女は記憶を失っていた。その出会いを契機に、やがて戸川の意識はある人物への殺意に向かう。

 祥伝社文庫版『古都の殺人』で読了(元版からは、特記するような改修はないようである)。

 主要人物の日記(当然、一人称視点)の掲示から物語がスタートし、途中で通常の描写に切り替わる。ブレイクの『野獣死すべし』みたい? と思ったら、すでに本サイトでnukkamさんがご指摘であった。さすがである。

 事件が一旦決着しかけるが
①残りページがそれなりにまだある
②登場人物は多め(雑魚キャラまで入れるとネームドキャラのみで50人以上?)だが、本筋にからむメインキャラはぐっと少ない
……なので、あー、こりゃまだ何かあるな、でもって何かあるならこれまでの描写の積み重ねからあのキャラが臭いな、とどうしたって気づかされてしまう。ただし作者もその辺は心得てると見えて、クライマックスは向こうなりにふいをついてきた感じ。もちろんあんまり言えないけど。
 ただし、その最後のサプライズがさほど効果的とも思えず、特に真相の開陳の部分はどうにも言い訳がましいように聞こえるのはどんなもんか。
(最後の真実の開陳が、あーいう形になるのは、いかにも作者が面倒な作劇や手続きを避けた印象だ。)

 とはいえ、小中規模のイベントが間断なく生じ、好テンポで話が転がっていく一方、あちこちに散りばめられてるっぽい伏線を拾っていきたくなる感じはなかなか楽しかった。
 そーゆー意味で、いささか強引な部分は感じたものの、それなりに謎解きミステリを読むゆかしさはあった一冊だった。
 純粋な評価だけだと佳作の下~中くらいなんだけど、評価以上に楽しめた作品ではある。

No.2183 8点 最悪のとき- ウィリアム・P・マッギヴァーン 2025/03/22 06:48
(ネタバレなし)
 アメリカのどこかの港町。シンシン刑務所に5年間服役した男が、かつての古巣に戻って来た。男は33歳の元刑事スチーヴ・レトニック。彼は5年前に争いになったヤクザを故殺した罪で収監されていたが、それは濡れ衣だった。レトニック当人は、冤罪は波止場の労務者たちを仕切る裏社会の顔役ニック・アマート、その一派の仕業だと確信していた。アマート一派が現在もまた犠牲者を出していると認めたレトニックは、一市民の立場で調査を開始するが。

 1955年のアメリカ作品。別名義を含めて、マッギヴァーンの第10長編。
 この作者の完全に脂が乗り切った時期の一作で、そりゃ面白いに決まっているだろ、と予見しながら読みだしたが、実際に最大級に楽しめた。
 ちなみに今回は「現代推理小説全集」(月報付きの古書)版で読了。
 
 内容は1億パーセント(©石神千空)往年の日活アクションの、赤木圭一郎か裕次郎の主演路線の世界。
 やさぐれて失うものの少ない、半ば「無敵の男」状態の主人公が顔役側の組織をかき回していく。その流れで生じるイベントのほとんどには既視感があり(特に中盤まではそう)、正に王道ここに極まれり、という感じだが、しかしてそのほとんどの筋立てが実に面白い! 
 ある意味ではどこかで見たようなものの積み重ねだが、筆力のある作者なのでひとつひとつのシーンをグイグイ読ませるし、細部のシーンごとの印象付けもすごくいい。
 たとえば主人公レトニックが間借りしている中古アパートに帰って、大家のおかみさんから深酒をすぎした入居者の元郵便局員の世話を頼まれ、その老人の孤独な心情にそっと触れる描写なんか、正にソレだ。
 プロットにはまったく関係ない叙述だが、そこでほんのわずか語られるレトニックの挙動がどれだけ小説の厚みになっていることか。この作品には随所でそういう種類の豊かな味わいがある。

 とはいえストーリーが王道であっても、悪い意味でパターンというわけではなく、後半になって話が進むなか、ある意味で主人公さえも容赦なく<堕ちていく>加速感など非常に素晴らしい。
 それでいて最後には、きっちりとエンターテインメントとしてまとめる、見事な職人作家の筆の冴え。あー、リアルタイムでこれを読んでいた50年代のアメリカ人はまちがいなく幸福だったろうなあ、と実感する。
 いや、いま読んでも十二分に楽しめるが。

 いまのところマッギヴァーンの私的・上位ベスト3は『ビッグ・ヒート』『緊急深夜版』そしてこれ。でも実は同じくらい別腹で『金髪女は若死にする』もスキ(実は大昔に読んだ『悪徳警官』も、記憶のなかでの印象はすこぶるいいのだが、これはいずれいつかまた今の目で読み返してみたいとも思うので、評価は保留)。
 まあまだまだマッギヴァーンは評判のいい作品が未読でいくつも残っているので、いろいろ観測は変るだろう。それはたぶん間違いない。

No.2182 6点 高山殺人行1/2の女- 島田荘司 2025/03/20 05:30
(ネタバレなし)
 元版のカッパ・ノベルス版で読了。

 トラベル・ミステリというよりは、和製&作者版のフランス・ミステリだな、という実感。一時期の泡坂あたりもこんなの書きそうな気がする。

 真相は、ああ、そういうことね、というオチだったが、物語の構造、事件の構築、どれも納得がいかないというか。
 要は作中のリアルとして、こんな状況の登場人物が<そんなこと>考えるか? と思うのだ。
 いやまあ確かに世の中には色んな人がいるけど、これをエンターテインメントにするんなら、もうちょっと説得力のあるイクスキューズもしくはテクニカルなウソが欲しかったと思う。

 まあそれでも気軽に楽しめた。こういうミステリがあること自体は、結構なことだとは思います。

No.2181 6点 妖山鬼- 菊地秀行 2025/03/18 15:05
(ネタバレなし)
 銀座の宝石店「美宝堂」を襲撃し、三人の人間を殺して約10億円の宝石を奪った三人組。主犯の半蔵、その情婦で26歳のかおり、そして人殺しが好きでひそかにかおりとも男女の関係である武吉。彼ら三人は警察の目を逃れ、三時間以上も歩いて深い山村の「四貴村」に逃げ込む。だがかおりが不敬な禁忌を冒したことを契機に、山は異界としての姿を見せ始めた。

 菊地秀行作品はデビュー長編『魔界都市ー新宿』の元版・ソノラマ版の初版を発売直後に購読して以来、たぶん二百冊以上は読み、一方で21世紀になってからはツンドク本が増えていく一方である(汗)。だが本サイトでは「新宿」ものも、同じくらいに大好きな「エイリアン」シリーズも、まあ、その辺のおなじみヒーローを主役にした連作アクションホラー路線を扱ったら(語り出したら)キリがない……という思いで、レビューは遠慮していた(まあ広義のSF、ファンタジー、ホラー、青春ミステリ、のどっかにはひっかかる作品ばかりだとは思ってはいるのだが)。

 だがま、この作品はノンシリーズのホラー編らしい? さらにもうひとつの理由から「読んで感想を書いてもいいかな」と思い、大分前にブックオフの100円棚で購入した徳間文庫版を手にしてみた。登場人物表を作る必要もない。スラスラ読める。

 そしたらこれも結局はシリーズものであり、タイトル『妖山鬼』の一冊の中に「山童子」「剣鬼山」の二中編を収録。あらすじに書いたのは先に収録の「山童子」の方で、この二編に、共通のヒーローとして10~15歳くらいの外見の魔少年<山童子>が登場する。

 ヒーローの設定としては、各地の<山>という場は人里離れた場として人間が非日常的な行為(犯罪だの戦闘だの、自然破壊だの)をしがちなので、負の情念を生じやすい。そこに魔性の物が集まるので、山の自然の側が一種のバランサーとして生み出した少年の姿のトラブル調停役。人間を守ることもあるが、単純な正義の味方ではない。大体はそんな大枠。ただし菊地秀行は、反響が薄い(ウケない、商売にならない)とわかると、新設定したヒーローを実に冷静に放り出すタイプの作家なので、これもそんな一例のひとつ。だからそれなりの菊地ファンのつもりの評者も、これがシリーズものだと意識しなかったのだ、と言い訳。

 で、作品の中身だが、一作目がエロ度の高い中間小説誌「問題小説」に掲載され、そこでシリーズ(2本だけだが)が開始されただけあって、なんつーか<あの時期>の西村寿行作品の読者をそっくり戴いてやるぜ、と言わんばかりのエロ&バイオレンス、そこに菊地作品らしいビジュアル感を意識したホラー(で、最終的にはアクションホラー)の要素が融合。星の数ほどある菊地作品のなかでも、たぶん上位クラスで、いやらし度の高い一冊ではないかと。
 これを評者のように楽しめるなら(たぶん嫌悪感を示す人も多いとも思うが……)、面白いことはオモシロイ。その一方でいつもの菊地作品、という大枠での感想ではあるが。

 で、なんでこの文庫本をブックオフで手にして購入してきたかというもうひとつの理由だが、文庫版の巻末に再録された元版のあとがき(文庫版はさらに新規のもうひとつの作者あとがきと、さらに別人による解説も掲載)の中で、作者が話の流れでコーネル・ウールリッチへの思い入れ、中でも特に『喪服のランデヴー』が最愛の作品だと言う、実に実に実に「わかっている」思いのたけを語っており、それにグッときたから(笑)。
 ……いや、実はこのあとがきは、だいぶ前に、作者のあとがきばかりを集成したエッセイ本(なんじゃそりゃ、という感じだが、この作者なのでそーゆー本もある)『魔獣境図書館』の中で先に読んでしまっているが、久々にこの文章を見かけて、ああ、この作品のあとがきだったんだっけな、とココロを打たれ、購入してきた、そんな流れであった。

 この十年、小説系の読書の傾向はフツーのミステリと一部のフツーのSFばっかりに向いてしまい、菊地作品に関しては未読のツンドク本が溜まっていくばかりの評者だが、そのうちどっかで少しずつ消化したいなあ……とも思うだけは思ったり、している。いや、まあ。

No.2180 6点 ジャマイカの墓場- ジョン・ラング 2025/03/17 08:16
(ネタバレなし)
 ジャマイカのキングストン。現地に来てから14年目になる39歳のプロ潜水夫ジェイムズ・マグレガーは、海上保険調査員アーサー・ウェインと名乗る男から依頼を受け、つい昨日沈んだばかりのヨット「墓穴入り号」の海中探査を頼まれた。鮫が出る海域ということで高めの料金を請求したマグレガーは、ウェインの指示で、墓穴入り号から沈没前に脱出した船員や乗員の証言を聞き、先に情報を得る。だが、昨日沈んだ事故船の案件に、あまりにも早く保険会社が動き出したことに違和感を抱いた。不審を抱くマグレガーは、そのままある事件の渦中に、巻き込まれていく。

 1970年のアメリカ作品。
 ラング名義の第7長編。
 Amazonの書誌データが例によってヘンだけど、当方の目の前にある本は昭和47年8月刊行の初版。
 ポケミスで150ページちょっとというごく薄めの作品で、まるで往年の「別冊宝石」か日本語版マンハントの中盤以降に掲載された中編作品みたいな読み応え。つまり紙幅の少ない割には、意外に歯応えがあった。
 もちろん、小説の厚みをじっくり味わうボリューム感などはないけど、ピリリと来る描写、その手の作劇・演出の仕込みが存外なほどに用意されている。
 小味な作品なんだけど、もっと若い頃に読んでいたら、ごく軽度のトラウマになったかもしれないというか。

 翻訳を担当した浅倉久志の訳文は当時から好評だったみたいだけど、たしかにスムーズかつ、それぞれの登場人物の芝居をベストの形で引き出したような叙述が最後まで心地よい。ラストは(中略)だねえ。
 薄いけど、短いけど、ラング名義の作品の中じゃ、かなり練度の高い仕上がりだろう。いや、いい意味で佳作~秀作のスリラー。
 評点はこの数字での上の方。

No.2179 6点 おんな対F.B.I.- ピーター・チェイニイ 2025/03/16 10:49
(ネタバレなし)
 1941年7月。太平洋戦争の真っただ中。「おれ」ことFBIの捜査官レミー(レミュエル・H)・コウションは、英国に来ていた。実は、NYの測量技師ジークフリート・ラールセンからの訴えで、彼の婚約者ジューリア・ウェイルズがアメリカの暗黒街の関係者に誘拐され、英国に連れ去られたらしい。その彼女の捜索だ。コウションは、アメリカギャングで大戦のさなかに英国に拠点を移したナンバー賭博の胴元マクシー(マックス)・スクリプナーを探し出し、今回の事件の手掛かりを追おうとするが。

 1942年の英国作品。
 全11冊ある、FBI捜査官(実質的な立場は、諜報員に近い面もある?)レミー・コーションものの第8弾(あらすじに書いたように、本書ではコウション表記だが)。

 同じシリーズでポケミスに収録の『女は魔物』がなかなか手頃な値段で入手できないなか、先に手に入ったこっちの方から、一足早く、読んでしまった。
 まあホントなら論創から、比較的、近年(?)に出た、シリーズ第1作目から読めばいいんだけど(笑)。

 いいか悪いかはともかく、田中小実昌の翻訳が非常にクセがある(ポケミスの方も担当してるらしいが)。
 さらに軽快なストーリーのように思わせて、予想外にミステリ&サプライズの仕込みも多く、存外なほどに歯応えがあった。

 大戦中の時局のなか、アメリカ暗黒街の状況を英国に渡ったコーションの視点から語る場面があったが、戦時中に通常の闇商売での金儲けなんかやりにくく、さらにギャングでも愛国心のある者は出征したりしてるので裏の世界も活気がない、という主旨で読者に伝えられる。その辺の事情も含めて、作者の母国である英国が本作の舞台になるのだが、この辺のリクツづけは面白い。

 ミステリとしての大きな謎は、そんなややこしい現状(暗黒街にも影響を与える戦況)のなか、なんでアメリカギャングが女性ひとり誘拐して、さらに身代金を要求するわけなく(そもそも当該のゲストヒロインの家は特に資産家というわけでもないようだ?)、わざわざ英国まで連れて逃げてきたのか? (そもそも、本当に被害者は英国にいるのか?)というホワイダニットの興味が浮かび上がり、その辺が終盤まで物語の奥に伏在してる。
 この趣向は、なかなか。

 ただ話の二転三転ぶりが多すぎ、読み手の自分としては楽しむポイントが相対的に薄まってしまった面もある(汗)。
 この辺は痛しかゆしだが、それでもまあ、それなりによく出来た佳作~秀作の下だとは思う。(実は途中で、もしかしたら……とあらぬことを考えたりしたが、それはハズれた。)
 
 QTブックスの解説は、その先行するポケミスがらみか、ツヅキこと都筑道夫が書いている。かなり本作を持ちあげてホメていて、それはいいが、作者チェイニイのシリーズ作品としては、ほかにロンドンの私立探偵スリム・キャラハンがいて、そっちの方がいまは母国英国での人気は高い、とトッポく語っているのがなんとも。だったらそっちも翻訳してよ、という思いである。(まあツヅキ的には、久保書店にさりげなく翻訳企画の売り込みを掛けたのかもしれんけど。)

 とりあえず、古参ミステリファンの一部にはウワサ(?)のコーションシリーズ、まずは一冊読んでみて、ああ、こんな感じか、という思いであった。 

No.2178 5点 死者はまだ眠れない- 西村京太郎 2025/03/15 18:21
(ネタバレなし)
 その年の11月5日の夜。調布市内の45歳の電気店主人・佐々木努が、多摩川の土手の周辺で偶然に死体を見つけた。だが佐々木が慌てて警官を呼びに行くと、死体は痕跡もなく消えていた。佐々木の通報は何かの勘違いとして処理される。その一週間後、今度は板橋区の周辺でスーパー勤務の仕入れ主任・伊藤賢二が、自宅のアパートで弾みで25歳の妻かおるを殺してしまったと自首してきた。だが警官がアパートに赴くとどこにも死体はなく、その後のかおるの行方も不明だった。伊藤はテレビの人探し番組に出て、無事に生きており? 失踪した? 妻の行方を捜し求める。その番組を観た十津川警部の新妻・直子は、それを契機に不可解な連続死体消失事件に関心を深めていく。

 元版のフタバノベルス版で読了。
<ミッシングリンク的な流れで続発する、連続死体消失事件>という、謎解きミステリとしてはなかなか攻めた趣向。これは面白そうだと、久々に十津川ものを読んでみた。

 だが導入部というか発端の謎こそ惹かれるものの、内容の方は途中から悪い意味で「ああ、そっちの方に行くのか」という流れになだれ込み、だんだんと気が抜けて来る。
 でもって最後に作者が、<またもあの手>を使ったため、全体の事件の構造もいまひとつ明かされず、送り手に振り回されてキツネにつままれたような気分で終わる。
 後半、部分的にちょっとしたトリックの創意(みたいなもの)があり、その辺はまた印象に残ったが。
(備忘用のキーワードは、ア〇〇〇〇〇〇だな。)

 十津川夫人の直子さんにしっかり付き合うのは、もしかしたら今回が初めて? かもしれん。
 ネットで調べたら初登場作品は『夜間飛行殺人事件』らしいが、たぶんその辺になるともうリアルタイムでは読んでないや。すでにシリーズ内の人気キャラみたいで、テレビドラマでも浅野ゆう子、池上季実子、萬田久子、坂口良子……と世代人には錚々たる女優たちが歴代で演じてるのを初めて知った。またそのうち、お会いすることもあるだろう。

No.2177 8点 ヘレン・ヴァードンの告白- R・オースティン・フリーマン 2025/03/14 23:45
(ネタバレなし)
 1908年4月の英国。「わたし」こと細工工芸師の卵で23歳の美人ヘレン・ヴァードンは、その夜、事務弁護士の父ウィリアム・ヘンリー・ヴァードンと初老の金貸業者ルイス・オトウェイの会談をたまたま耳にした。どうやら父ウィリアムは公的に信託された高額の金を自分の判断で勝手に友人に融資し、その事実をオトウェイに責められているらしい。公職の事務弁護士の横領は最大7年の懲役もありうると脅したオトウェイはウィリアムに、今回の件に目をつぶる代わりにヘレンとの婚姻を希望した。オトウェイの申し出を断り、逮捕もやむなしと思うウィリアムだが、ヘレンは父を救うためにオトウェイの希望を受ける覚悟を決めた。だがそれがヘレンをさらに予想外の事態へと追い込んでいく。

 1922年の英国作品。ソーンダイクものの長編第5弾。
 今さら新規に発掘されるくらいだから翻訳されずに残っていた後期作品のひとつかと思ったら、実際にはかなり初期の一本だった。ちょっと意外。

 物語の全編が「わたし」ヘレンの一人称で綴られるが、父親の咎から始まるその動乱の青春ドラマの積み重ねが、全くもって、日本アニメーションの「世界名作劇場」路線の一年間にわたって放映された連続テレビアニメ番組みたい。
 しかしソレが本当に、めっぽう面白かった(笑)。

 いやソコにあるのは謎解きミステリの興趣というより、シリアル連続ドラマ的なオモシロさっていうのは百も承知しているが、剛速球の娯楽新聞小説みたいな求心力で、読者の鼻面を掴んで振り回すフリーマンの職人作家ぶり、それがスゴクいい。
 なおロンドンに舞台を移してヘレンの世話を焼く下宿のおかみさんが、ソーンダイクのおなじみの助手ポルトンの実の姉さん。この辺のキャスティングの妙もちゃんとソーンダイクもののファンの視線も意識してるよん、という感じでよろしい。

 で、最後の4~5分の1でようやっとミステリっぽくなり、いやソコからも作者は無器用にマジメに、20世紀序盤当時の未成熟なパズラーっぽいものにもってこうとしてるのは重々わかるのだが、しかしなんか一方で、あー、本当はもっともっと、そこまでのヘレンと周囲の登場人物たちの通常の日々のドラマの方を書きたかったんだけどな……まあ、編集部も読者もソーンダイクもののミステリ期待してるんだから、しゃーねーな……と言いたげなホンネが何となく覗くようで、そういった作風の揺らぎようも、またゆかしいことしきり(笑)。
 いや実際、最後まで読むと終盤のくだりは必要十分な描写はこなしてる一方、どーにもパワー不足な感が強いんだよね。すんごくバランス悪いぞ、この作品はその辺が。

 とはいえ全体の4分の3くらいまでは、前述のように、当時の読み物エンターテインメントとしてすんごく面白かった。たぶんこれまで読んだソーンダイクものの長編の中では『ポッターマック氏』に次いで楽しめたと思う。
 
 ちなみにこれが今年のSRの会のマイ・ベスト投票用に読んだ新刊の最後の一冊である。オーラスになかなか手応えのある一冊をしっかり楽しめて良かった(笑)。

(ま、これくらい「他の人の評価? 知らん。少なくともオレは存分に面白かった」というタイプの作品も、そーはそうそうないかもしれないのだけど。)

No.2176 5点 読者への挑戦 -12の推理パズル-- 山村正夫 2025/03/13 07:24
(ネタバレなし)
 東京都中野区で、母親とアパート暮らしの小学6年生・片野史郎。彼は、警視庁の名刑事として名を馳せながら殉職した片野行男部長刑事の遺児だった。史郎は、父の部下だった捜査一課の永井義郎刑事の後見のもと、いくつもの殺人事件にアマチュア少年探偵として関わってゆく。

 殺人事件を主題にした、ジュニア向けの12編の連作謎解きミステリを収録。それぞれ途中までは普通の小説形式だが、手掛かりが出そろったところで読者への謎解き(犯人は誰か? その殺人方法は? など)が提示され、最後は作者=神の視点での説明文で終わる、のパターン。
 現職刑事がいくら恩義ある先輩の忘れ形見とはいえ、ホイホイ捜査現場でコドモに融通をはかるのはどーかとも思うが、その辺はもちろんジュブナイルだからアリということで。

 実質、児童向けの推理クイズがスタンダードで、トリックなどもどこかで見たようなのが大半。ただし中には、ちょっと語り口などの面で興味深いものもあり(第12話など)、就寝前にもうちょっとだけミステリを読みたい気分の際や、病院の待合室での時間潰しなどには重宝した。

 たぶんどっかの学習雑誌に一年間連載された連作の集成だとは思うが、昭和の子供には結構、人気があったんじゃないかと思う。

No.2175 7点 ソングライターの秘密- フランク・グルーバー 2025/03/13 06:38
(ネタバレなし)
 競馬のノミ屋経由で賭けた馬が大穴となったジョニーとサム。二人は、彼らの常宿である「四十五丁目ホテル」の住人でもある胴元モーリス(モーリー)・ハミルトンのもとに支払いを求めに行った。だがこすいハミルトンにうまく丸め込まれ、サムはその場で新たにクラップス(室内賭博の一種)に興じることになる。そしてサムはそこに居合わせたソングライターの青年ウィリアム(ウィリー)・ウォラーに頼まれて、彼の新作の楽譜の版権一切合切と引き換えに40ドルを建て替えた。だがそれが、またしてもジョニーとサムを巻き込む殺人事件の発端だった。

 1964年のアメリカ作品。ジョニー&サムシリーズの最終作。

 まずは、今は亡き仁賀先生を始め、シリーズ翻訳完走プロジェクトに関わった関係者の皆様、お疲れさまでした。そして、ありがとうございました。

 シリーズの中でも上位クラスに、実にハイテンポに心地よく話が進む。その一方、謎解きミステリとしては大きな得点もないが、ところどころに印象的なシーンはあり、そしてフランク・キャプラの人情ヒューマニズム映画みたいな味わいのクロージングで終わる。
 ラストのジョニー、粋でカッコイイ。いい男。

 前作から10年も間が開いたそうだけど、当時のグルーバーにとって米国ミステリ界での最大の商売敵は、確実に、あのカーター・ブラウンだったんだろうなあ。そりゃまあ、いろいろ影響を受けるよなあ、と今さらながらに思ったりした(といっても本作にはお色気ネタなどはほとんどないので、念のため)。

 別に長年のシリーズとしての本格的な決着が用意されてるわけじゃないけれど、それでも本当に気持ちよく最後のページを閉じられる幕切れでこのシリーズが終わったことに感謝。どこまで自覚的だったのかは知らないけれど、グルーバーはやはり超一流のこの手のミステリ分野での職人作家だったとは思う。

 で、個人的希望としましては、もっと他のグルーバーの未訳作品、いくらでも読みたいんですけんど。
 特に、オリヴァー・クェイドものを是非!

No.2174 6点 誰が勇者を殺したか- 駄犬 2025/03/12 05:35
(ネタバレなし)
 ラノベ枠内ミステリの2024年最大の話題作?
 これは読んでおかねばと思って、脇のツンドクの本の山の中から捜そうとしたら、例によって雪崩が起きた。で、苦闘一時間、見つからないので諦めかけたら、最後の最後で発見できた(嬉)。

 それで読了後に気づいたけど(汗)、この作品、2023年の発売……だったのだな!?
 昨年2024年の刊行物かと、なんか勘違いしてた(大汗)。
(つーことは、数日後に募集締め切りの、昨年のSRのベスト投票にはカンケーないね。ベスト対象外じゃ・笑&涙)。

 で、作品の感想ですが、なんかね、思っていたより、ずっと他愛ない話でありました。
 でも、そんな物語そのものは、嫌いにはなれない。
 いや、正直、スキです。
 ここまで登場人物のほぼ全員が(中略)な作品には、そうそう出会えない。

 ジャンルは、青春ミステリでいいや。

No.2173 6点 ゴア大佐第二の事件- リン・ブロック 2025/03/11 10:03
(ネタバレなし)
 故郷リンウッドでの事件の終焉後、ワイカム・ゴア大佐(中佐)は、マーシュフォント地方にあるゴルフクラブの事務局長をしている戦友のスコット=キース大佐と再会した。キースから彼の後任になってほしいと請われたゴア大佐はその話に乗り、実質的に、土地の大地主で63歳のユースティス・ポートレット卿に仕える身となった。だがポートレット一族の周辺に不可解な死の影が迫り、次々と予想外の事件や事故が生じる。その発端は2年前のユースティス卿の実弟ライオネルの死にあるのか? さらに一族の周辺には、そのライオネルを殺害したとおぼしき男の影が浮かんできた。

 1925年の英国作品。
 訳者あとがきのとおり、前作よりお話の求心力は増したし、「!?」となる大トリックも使われている。
 ただしマトモなパズラーとは言い難い、フーダニットの謎解きの基準からいえばおよそ破天荒なもの。
 登場人物メモをとりながら読んだので、一応は話には最後までついていけたとは思うが、終盤の展開は良くも悪くも紙芝居みたいな印象であった。パズラーの皮をかぶった(?)英国風スリラー。
 まあ一級半作品っぽい、妙なダイナミズムを感じないでもないのだが。

 誠にワタクシ事ながら、SRの会の昨年度のベスト投票の締め切りが迫っているのだが、今年はあんまり積極的に冊数を稼ぐ気にならない。だからこのところずっと旧刊ミステリばっか読んでたが、それでもさすがにすでに買っちゃった本のうちの何冊かは、もうちょっと消化しておこうと思って手に取った一冊であった。
 しかし年に二冊も新刊でリン・ブロックが出るって、数年前の自分に教えたら、バカバカしい冗談だって、大笑いされたろうな。
 訳者さんは現状、あと2冊はゴア大佐ものの翻訳を予定してるようなので、楽しみ(?)に待ちましょう。

【2025年3月15日追記】
 急いで読んだけど、この本、実売は2024年の末ながら、奥付が2025年1月なので、SRの会の中では、2025年度の新刊扱いになるらしい。ギャフン。

No.2172 5点 大聖堂は大騒ぎ- エドマンド・クリスピン 2025/03/10 18:51
(ネタバレなし)
 すでに世界大戦で多くの被害が出た、1940年代半ばの英国。40代で独身の作曲家ジェフリイ・ヴィントナーは、地方のトルーンブリッジの村に向かう。そこでは大聖堂のオルガン奏者が何者かに襲撃されて重傷を負い、代わりの奏者を求める話があった。一方で同じ村にはジェフリイの大学時代の学友ジャーヴァス・フェン教授が滞在しており、彼からの呼び出しもあった。二つの案件がらみで村に赴いたジェフリイは、そこで奇妙な密室空間での怪事、そして新たな殺人事件に遭遇する。

 1545年の英国作品。『金蠅』に続くジャーヴァス・フェンものの長編第二弾。
 ディクスン・カーの『眠れるスフィンクス』の<密閉された地下霊廟の中で動かされた棺の謎>を想起させる、巨大な石の墓碑が密室的な空間のなかで倒される? 事態。謎の提示としてはすこぶる王道で、面白そうである。

 ただ先に読んだ『金蠅』が<地味そうだけど、意外にそこそこユーモアもあって面白かった>のに比べ、こちらは外連味や好テンポで開幕する導入部で作品への期待値が当初からそれなりに上がってしまう分、全体のストーリーの実際の盛り上がりのなさに、いささかガッカリした(中盤の新たな殺人など、イベント性はあるのだが)。
 あと犯人は意外といえば意外ではあったが、個人的には思う所も多く、あまり素直にミステリとしてサプライズやロジックの妙を楽しめない。
(その事情を書いてしまうとネタバレになるかもしれない~ならないかもしれない~なので、控えるが。)

 個人的には戦時色が物語に相応に影響したのは、良し悪し。こないだ読んだ、ようやく発掘された未訳編『列をなす棺』よりは、トータルでちょっと上かな。まあそんな感じでした。評点は実質、5.5点。

No.2171 7点 廃墟の東- ジャック・ヒギンズ 2025/03/08 08:22
(ネタバレなし)
 1960年代半ばのグリーンランド。「わたし」こと、かつてアル中になりかけながら克己した30代半ばのパイロット、ジョウ・マーティンは、自分の所有するオッター水陸両用機で、個人営業の輸送業を営んでいた。そんな彼と若いパイロット仲間のアーニイ・ファスバーグのもとに、ロンドンの保険会社の者と称する調査員から依頼がある。それは一年以上も前にグリーンランドの氷原に不時着した輸送機の調査だった。輸送機の内部には二人の男の死体があったが、さる学術調査隊が彼らを発見。埋葬したのち、その情報をロンドンに持ち帰ったことから、その死体が行方不明のとある人物のものではないかと思われたらしい。マーティンは仕事としてこの案件に関わるが、やがて事態は意外な真実を見せていく。

 1968年の英国作品。
 すでに「ハリー・パタースン」「マーティン・ファロン」「ヒュー・マーロウ」の三つの名義で20冊以上の著作があった作者ヒギンズが、初めてその「ジャック・ヒギンズ」名義にて上梓した長編。
(『獅子の怒り』と『闇の航路』の方が先だと思っていたが、そっちは原書では別名義だったみたいね!? 『鋼の虎』はどーなんだろうか?)
 評者は今回、元版のハヤカワ・ノヴェルズ(HN)版で読了。

 二段組で活字みっしりの字組ながら、総ページ数は170ページ弱とやや短めの長編。だがグリーンランドの北海や氷原の叙述には、英国冒険小説界の先輩ハモンド・イネス御大に通じる重厚な自然描写の厚みがあり、当時ここでまた新規のペンネームで新作を綴る作者の意気込みを感じさせる。
 脇役として、百本以上の映画に出ながら今は一線からやや身を引きかけた老俳優ジャック・デスフォージが強烈な存在感を発揮。一応は主人公マーティン側だが、やがて物語が進むにつれて微妙に変遷してゆくその立ち位置と、最後の決着ぶりも読者の読みどころとなる。

 さすがこの時点で実質的に20数冊の著作があるベテラン作家、総じてお話の転がし方も登場人物の配置もうまいが、後半、とあるターニングポイントの場面で「え!?」と驚かされた(もちろんここでは、どーゆー方向や成分のサプライズなのかは言わない)。
 なんかこの辺も、すでに書き慣れた感じの作者が、新規の筆名の著作のなかでいかに読み手を沸かせるか、ニヤニヤしながら仕掛けてきた感じで面白かった。
 クロージングのある種の抒情性は、のちのヒギンズの某作品でリフレインされる種類のものだが、そっち(そののちの作品)で割と印象的に語られた文芸テーマの萌芽がすでにこの段階であったと認め、長年のヒギンズファンの末席には、ちょっと感慨深くもあった。

 いずれにしろ、短めながらコンデンス感の高い、イネスばかりかどことなくライアルっぽいティストもある、佳作~秀作。
 作者のファンなら、いつか一度は目を通しておいて欲しいとは思う。

No.2170 7点 密室殺人- 鮎川哲也 2025/03/08 06:29
(ネタバレなし)
①「赤い密室」
②「白い密室」
③「青い密室」
④「矛盾する足跡」
⑤「海辺の悲劇」
 ……の5本を収録。

①~③は少年時代に、1973年刊行のサンケイノベルスの短編集『赤い密室』で読んでいるが、数十年ぶりの再読。

 今回は④が目当てで、ネットで本書の古書を購入。
 同編の作中で、ジョージ・バグビイ(旧クライムクラブで『警官殺し』の翻訳が出てる)の未訳の長編で不可能犯罪ものが、登場人物たちの話題になっていると、少し前にネットのウワサで聞いた。ソレで興味が出て、取り寄せてみた。そうしたら中盤の、食堂にヌードポスターを貼るか貼らないかと言い合うくだりで、あー、これ(④)も大昔にどっかで読んでたな、と気づく(笑・汗)。バグビイの未訳作の件は失念していたくせに、くだらない(?)描写の方はしっかり覚えていたようである。いかにも私らしい(笑)。

 いずれにしろ折角だから今回、この一冊、最初の収録作から順々に①→⑤の流れで読んだ。
 ①に関しては(中略)を使った大トリックはさすがに覚えており、殿堂入りした名作だとの予断もあったのだが、それを前提に読むと、すごいことはスゴイけど、フツー、警察の鑑識捜査で犯行の痕跡がわかるんじゃないの? とも思う。だってどうしたって、アレ、痕が残るよね?
 むしろ今回、星影ものでは②と③が地味に(予想外に)面白い! と思った。
 双方とも、後年の新本格が隆盛した以降の、新世代パズラーの醍醐味に通じるものがある。
 ④と⑤はまあボチボチ。④の、作者のノンシリーズ長編『死者を笞打て』に繋がっていくような、文壇ものっぽい設定は楽しい。

 名作『赤い密室』に関しては、少年時代に読んでトリックの大技に感銘を受けたようなそれほどでもなかったような中途半端な感もあり、一方で全体のどこかグルーミーな雰囲気がすごく印象深かった。
 謎解きパズラーとしての評価はさておき、私にとってはあの死体初登場のシーンのインパクトと、やがて明かされる真相の一部のビジュアルイメージの鮮烈さで心に引っかかり続けていた短編である。
 その辺の想念が過剰に記憶のなかで膨れ上がっていたところもあり、今回、読み返すとああ、こんなものか、という面もなきにしもあらず、ではあったのだが、一方で、格調の高い、美しい謎解きパズラーであることは、確かに認めざるを得ない。

 それにしても読み始めてあっという間に、ほぼ一日で全5編読んでしまったなあ。読み出す前は、一日一本ずつ読もうか、くらいに思っていたのだが。ひとつ読むと、次がすぐ読みたくなる、そんな短編集ではあった。

No.2169 6点 危険冒険大犯罪- 都筑道夫 2025/03/06 22:32
(ネタバレなし)
 作者のアクション・活劇系のミステリを集めた中短編集。
 角川文庫オリジナルか?

 内容は以下の通り。

①「俺は切り札」
 ……物部太郎三部作のワトスン役、というよりは、事件屋稼業もののケッサク連作集『一匹狼』の主人公・片岡直次郎の主役編。
 この文庫本の目次にいかにも短編風の見出しが5つ並んでいるので、まったく別の事件を扱った5つの連作短編かと思ったら、続いている一本の話(中編)だった。ホックの「怪盗ニック」ものの多くみたいに、ぶっとんだ奇妙な依頼から開幕するのは『一匹狼』と同じ。
 最後がややあっけないが、昭和の活劇アクションスリラーとしてはそれなりに楽しめる。評者の好みのタイプの、いやらしいゲストヒロインも出て来るし。見逃していた1960年代の国産・陽性アクションドラマを、BSまたは配信で見つけて、面白がるような味わい。

②「帽子をかぶった猫」
③「肩がわり屋」
 ……ともにノンシリーズだと思う。裏世界に関わる連中を題材にした話で、②は中編。③は、某海外ミステリ巨匠作家のあのネタが使われている。

④「ああ、タフガイ!」
 ……日本在留のアメリカ人主人公のトラブルシューター編? あまり言えないが、本書のなかでは変化球系かも。冒頭から描写がいかにもツヅキ風にエロくて結構。

⑤「ギャング予備校」
 ……『悪意銀行』『紙の罠』の主人公、近藤&土方コンビの主役編。
 評者がこの二人に付き合うのは、これが初めてだと思う。金持ちの老人が夢想家の息子の頭を冷やそうと、主人公コンビに相談を持ち掛ける序盤は、『一匹狼』の基本パターンっぽい。こちらも最後がややあっけないが、あちこち思わぬ方向に転がり続ける話の勢いは楽しめる。

 たまにはこーゆー方向の、ツヅキもいいな。

No.2168 8点 消えた人妻- スチュアート・カミンスキー 2025/03/06 07:09
(ネタバレなし)
 フロリダ州のサラソータの町。「おれ」こと42歳のイタリア系、ルー(ルイス)・フォネスカは、以前は州検事局の捜査官だった。だが3年半前に愛する妻を当て逃げで殺され、今は召喚状を送達する業者として日々を送っていた。ルーは兼業として過去の経験を活かし、探偵稼業を営んでいる。そんなルーのところに、別途の二件の人探しの依頼があった。ひとつは離婚した父親の元に行った14歳の少女アデルを捜してほしいと願う母親ベリルからのもの、そしてもうひとつは年配の不動産業者カール・セバスティアンからの、出奔した美しい若い妻メラニーの捜索願いだった。だが捜査のなかで身体の危機を感じたルーは、72歳の友人エームズ・マッキニーの協力を得るが、そんな二人の前に思わぬ死体が転がる。

 1999年のアメリカ作品。
 作者の4人目のレギュラー探偵ルー・フォネスカものの、長編第一弾。
 結論からいえばかなり面白かった(登場人物の書き分けとか、中技や小技の効いた、ストーリーの組み立てとか)。
 特に冒頭でいきなり主人公と老人の友人が死体(読者には誰かわからない)に出くわし、そのあと物語の時勢が過去に戻って、延々と序盤の興味(で、誰が殺されていたんだ?)を引っ張る構成とか。ニコラス・ブレイクの『雪だるまの殺人』みたいだ。

 特に二つの捜査のうち、片方はクライマックスまでに段階的に決着するが、もうひとつは、エピローグになるかならないかまで収束の仕方が判然としない。そして最後の最後に、かなりの大技で決める。
 いやまあ、作者の職人作家的な手際をたっぷりと堪能させてもらいました。

 最後の一行も作者が狙いまくった文芸なんだけど、余韻があっていい。
 これはいい近年の私立探偵(まあ広義の)シリーズ……と思いきや、原書では長編が6冊書かれたこのシリーズ、翻訳された長編はこの一冊だけだそうで(怒)。まあフォネスカ主役ものの短編は、いくつか翻訳ミステリ誌とかに訳されてるみたいだけど。

 そーいえばトビー・ピータースものも原書では24冊あるなか、翻訳されたのはたった長編が5つなんだよな。
 で、Wikipediaを見ると、才人カミンスキー、20世紀の終盤にはあの『ロックフォード(氏)の事件メモ』のオリジナル小説なんかも書いてたそうで、この数日ネットで得た情報のなかで、ソレがいちばんぶっとんだ。

①ロックフォードのオリジナル小説
②ルー・フィネスカものの第二冊目
③トビー・ピータースものの未訳作

その優先順位で、カミンスキー作品、どっかの出版社で、ぜひともどんどん出してくれ。
とりあえず気長に待つわ。当てにしないで。

No.2167 7点 ドーヴァー2- ジョイス・ポーター 2025/03/04 06:36
(ネタバレなし)
 その年の1月29日の土曜日の朝。ロンドンから汽車で半日ばかりの田舎町カードリー。28歳の図書館司書の女性イザベル・スラッチャーが何者かに銃撃され、脳を損傷する重傷を負った。それから8カ月の間「眠れる美女」として土地のエミリー・コーナー記念病院の病床で昏睡状態だったイザベルが、とうとう急死。狙撃事件は殺人事件に転じた。だがイザベルの死の直後、今度はまた、実は何者かが、昏睡中の彼女の顔に枕を押し付け、殺害していたことが明らかになる。スコットランドヤードが「超人パーシー」こと敏腕警視パーシヴァル・ロドリックの活躍で賑わうなか、ジョン・ウィルフレッド・ドーヴァー警部は、チャールズ・エドワード・マクレガー部長刑事とともに、カードリーに向かうが。

 1965年の英国作品。いうまでもないけど「ドーヴァー」シリーズの第二弾。

 少年時代以来、ウン十年ぶりの再読で、さすがに最後の大ネタはだけはしっかり覚えていたが、実際の犯人は失念。ストーリーや細部もまったく忘れていた。
 しかし謎解きミステリとしては、被害者イザベルが二度にわたって(?)殺される二重殺人(??)という以外、割と普通の田舎の事件。クレイジーな大ネタでいきなりシリーズの最初からヘンな勝負をかけてきた第1作に比べ、存外にマトモな作りである。
 その分、ドーヴァーのギャグキャラぶりは、割とよく実感できた気もするが。
 
 で、結局は最後の大ネタが本作の一番の価値ということには変わりはないが、もともとコレは評者の場合「世界ミステリ全集」の月報で、本作の現物を読む前に先に瀬戸川猛資に教わって(ネタバレされて)いたものだった。当該の月報では瀬戸川猛資がホントーに面白そうにその大ネタを書いており、こっちも読む前から「そりゃスゴイ!」的に暗示にかかってしまった気配もある? ただやっぱり、このネタはそれなり以上にオモシロイ! とは思わされたが。今回、再読して。
 個人的には『ドーヴァー3』(のラストの大ネタ)もスキなんだけど(そっちも大昔に一回読んだきりだが)、ちょっとばかし『2』の方が大ネタのバカバカしさで好き。
 でもまあ、あらためて冷静になってみれば、ミステリ史上でこのネタはこの作品が厳密に初めて、ということもなく、もっとどっかで先駆があったような気がしないでもない。いやまあ、具体的に、あーあれがあるよな、とか現時点ではパッと言えないんだけど。

 なんにしろポーター、再読する価値は十分にある。

 あと、未訳のホン・コンおばさんものとか、エドマンド・ブラウンものとか、どっかで今からでも出んかな。どっちももうワンチャンくらい、あってもいいと思うんだけど。

No.2166 6点 ソフト・センター- ハドリー・チェイス 2025/03/02 06:55
(ネタバレなし)
 フロリダ州マイアミの一角、スパニッシュ・ベイ。億万長者チャールズ・トラヴァースの娘ヴァレリー(ヴァル)・バーネットは、2年前の交通事故で脳に損傷を負った夫クリスの静養に付き合っていた。夫妻はマイアミの豪華ホテルに長期滞在していたが、ある日、クリスがそこから姿を消した。やがて近隣のモーテルで、売春婦ショー・パーネルが何者かに殺害される事件が発生。警察が、探偵が、そしてパーネルの元情人だったギャングのノミ屋がそれぞれの思惑で動き出す。

 1964年の英国作品。
 現状のAmazonの書誌データ表記&登録は不順だが、創元文庫の初版は67年12月。評者が読んだのは、75年8月の第6版。

 警察側のメインキャラクターは、おなじみパラダイス・シティ署長のフランク・テレル(本書ではフランク・ターレル表記)だが、本文中には一度も「パラダイス・シティ」の名前が出てこない。
 これがシリーズ第一作らしいから、文芸設定がまだ固まっていなかったのかも? 
(あるいはまさか、シリーズ第二弾という『クッキーの崩れるとき』~たしか評者はまだ未読~から、舞台となる町の名が、作中のリアルで改名したか?)

 内容に関しては、特に推理の要もない警察捜査小説、さらにカメラアイがあちこち柔軟に切り替わる群像劇で、読者はその成り行きに付き合わされるだけだが、それはそれとしてなかなかハイテンポで面白い。登場人物はネームドキャラだけで50人ほど。前半でチラッと名前が出た警官が後半でそれなりの活躍をしたり、やっぱりメモを取りながら読むことをお勧めする。

 プロットやミステリとしてのギミックとしては、突出したところは決して多くない作品だが、妙に印象に残りそうな見せ場は少なくない。
 殺人現場の目撃者の少女(8歳)が証言と引き換えに巨大な熊のぬいぐるみ(テディベアか?)を要求し、ターレル署長が自腹で安くない出費を負担するところなんか実にゆかしい(笑)。
 クロージングもねえ、たぶんこう書いても特にネタバレにまったくならんと思うから書くけど、なんかウールリッチぽい感じで、へえ、となった。

 作者のベストワンでは決してないし、上位に入るかどうかも微妙だけど、チェイスという作家の持ち味は十二分に満喫できる。そんな一冊ではある。

No.2165 6点 ロッド・サーリングのミステリーゾーン3- リチャード・マシスン 2025/03/01 16:19
(ネタバレなし)
 かねてより尊敬している、本サイトの先輩参加者のminiさん(現在は本サイトに不参加の模様・涙)に不敬な文句を言う気など、さらさらないですが、いくらAmazonでテキトーな登録をされてたといえ、本書のカテゴリー分類はマシスン個人作家の項目ではなく「国内編集者セレクトのアンソロジー」でしょう……。
※本書は、アメリカで85年に刊行された全30編収録のアンソロジーの中から、翻訳家の矢野浩三郎が約20編をさらに絞り込んでセレクトし「ロッド・サーリングのミステリーゾーン3」「同4」という、文春文庫の邦訳アンソロジー2冊に分けた内容です。

 カテゴリー変更希望の動議は頃合いを見て管理人さんにお願いしようと思いますが、いずれにしろ「3」に収録の9編。それぞれ面白かった。

 ただし正調サーリングの『ミステリーゾーン』系列とは微妙に違うような味わいのものも多い。その辺はテレビ用のシナリオそのものではなく、あくまでベースになったSF&ファンタジー&ホラー短編の集成だからというのが大きいのだが。

 以下、簡単にメモ&備忘録を兼ねた感想&寸評。

「サルバトア・ロスの自己改良」(スレッサー)
 ……自分の持っている属性(若さとか豊富な髪とか)を他人と交換できる超能力を得た男。ラストの切れ味の良さはいかにもスレッサー。

「楽園に眠る」(ボーモント)
 ……外宇宙の小惑星に降り立った宇宙船乗組員の出くわしたものは。これは割と、マイ・イメージのテレビ版『ミステリーゾーン』っぽい。

「言葉のない少年」(マシスン)
 ……背徳の科学実験の申し子。50ページとかなり長い。どっちの方向にオチるかで、引っ張る。

「スティール」(マシスン)
 ……旧型アンドロイドボクサーを連れた中年興行師のペーソス譚。本書内ではやや毛色の違う内容だが、『ミステリーゾーン』の幅の広がりの投影でもある。

「ジャングル」(ボーモント)
 ……現代文明に侵食された未開文明の逆襲譚。かなりパースペクティブの広い話で、これを短編にまとめたところに味がある。

「人間饗応法」(ナイト)
 ……地球に来訪した異星人。割とよくある話でオチでは。

「そっくりの人」(ボーモント)
 ……日常が崩れていく主人公。妙な昏い詩情を感じさせる話。

「消えた少女」(マシスン)
 ……ある夜、突然娘が透明になった? 声は聞こえる。一幕ものの舞台劇みたいな話で、ドラマ化はしやすかったろうなあ。ただ(中略)の表現はどうやったんだろ? 簡単に済ませたか?

「悪魔が来りてー?」(ボーモント)
 ……亡き父から相続した経営破綻必死の新聞社。そこに現れた男。ホラ話というか現代のおとぎ話みたいな内容。ドラマ版はどこまで特撮で表現したんだろ?

『ミステリーゾーン』は好きな番組だが、実際にはまだまだ未見の話も多く、今回の9本はどれも映像化されたドラマ版を観た覚えがない(観たかもしれないが、だとしたら忘れてる)。
 番組に慣れ親しんだ世代人なら、きっともっと違う味わいで楽しめるでしょう。
 いや番組を観たことがない人でも、単品の作品ごとの面白さは感じられるとは思うけど。

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以前は別のミステリ書評サイト「ミステリタウン」さんに参加させていただいておりました。(旧ペンネームは古畑弘三です。)改めまして本サイトでは、どうぞよろしくお願いいたします。基本的にはリアルタイムで読んだ...
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