海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

クリスティ再読さん
平均点: 6.38点 書評数: 1559件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.17 8点 37の短篇(傑作短篇集)- アンソロジー(国内編集者) 2026/04/03 20:04
さてこの本でハヤカワの世界ミステリ全集がコンプになる。普通は3冊分くらいのボリュームで早川書房が総力を挙げた名作アンソロになっている異例の本。だから後に「天外消失(2008)」と「51番目の密室(2010)」で別途ポケミスから出版されることになったのだが..でもそれから漏れた作品がある。この頃に手に入れやすい作品が落とされたみたいだ。サーバー「虹をつかむ男」ケメルマン「九マイルは遠すぎる」トマス・フラナガン「北イタリア物語」ダール「おとなしい兇器」マシスン「長距離電話」ハンター「歩道に血を流して」スレッサー「死刑執行の日」フィニイ「死者のポケットの中には」イーリイ「ヨット・クラブ」リッチー「クライム・マシン」ブルテン「ジョン・ディクスン・カーを呼んだ男」というのが落ちたもののラインナップ。

全37作読んで(評者は既読作も基本読み直す)の感想は、やはりどの作品も「語り口」が上手。だから意外なくらいにストレスなしに読み進めることができる。名作短編って、ネタやオチ以上に、読者の興味を惹きつける独自の「語り口」が重要なんだと思うんだ。その条件の上でネタやオチが優れた作品が残っているのだろう。だから巻末の対談で石川喬司・稲葉明雄・小鷹信光の三人が一致して推したブランドの「ジェイミイ・クリケット事件」は、カーっぽい密室・怪奇の要素以上に語り口と皮肉なオチの強烈さが評価されているんだろう。

このハヤカワの世界ミステリ全集といえば、「カーもクロフツもいない」モダンな編集方針が徹底していたために、マニアからは嫌われた「ミステリ全集」だったわけだけども、実際パズラー枠は1/3程度、しかしパズラー枠にパロディ的な作品が目立つという興味深い選び方である。「五十一番目の密室」「ジョン・ディクスン・カーを呼んだ男」「最後で最高な密室」「長方形の部屋」といった選定に密室興味が目立つのと同時に、パロディ的な処理も目立つわけで、これはオーソドックスな密室パズラー短編を素直に書くことの「無理さ」がパロディの含羞への逃避とフィージビリティ問題を回避しようとする心理の表れだろう。「新本格のお約束」に逃げることができない時代なんだよ。そういうパロディ+密室だとスティーヴン・バーの「最後で最高の密室」が一頭地抜いていると思う。

このアンソロでは紙数制限で100枚以下が設定されていたために、わりを喰うのはハードボイルド短編で、ブレット・ハリディ「死刑前夜」と「マンハント」からはエヴァン・ハンター「歩道に血を流して」、アル・ジェイムズ「白いカーペットの上のごほうび」だけ。ハードと言うよりどうしても人情っぽい方向に流れることになる。「歩道に血を流して」はいうまでもなくヒューマンな名編。

「異色作家短篇集」作家の比率は高くて、サーバー・ブラウン・ブロック・ダール・マシスン・フィニイが採用されている。でもブロックはポオの「灯台」を加筆完成した「燈台」で、これいいなあ。ブラウンはミステリ枠での採用でトリッキーな「後ろを見るな」なのは納得。「奇妙な味」が盛りだくさんなのが、ハヤカワらしい。「異色作家短篇集」にもし第四期があればイーリイ「ヨット・クラブ」やジャック・リッチー「クライム・マシン」、あとホック「長方形の部屋」の世界だったろうね。「クライム・マシン」はよくできているよ。「ヨット・クラブ」は大好き。

でも、個人的なイチ押しはC.B.ギルフォードの「探偵作家は天国へ行ける」。眠っている間に刺殺された男が天使に掛け合って、大きく状況を変えないことを条件に死の前日を再体験して(まだ実行していない)犯人を捜す話。ユーモア感とミステリ感・華麗なオチが素晴らしい。次はどうかな、心理派のクライムストーリーとして評者は、リース・デイヴィス「選ばれた者」が好き(これは少数派だなwややシャーリー・ジャクスンっぽい)

まあ、明らかに遊びで選んだバロウズ「ジャングル探偵ターザン」とか、SFクロスオーバーでパロディ色がある、ポール・アンダースン「火星のダイヤモンド」とかも収録した、珍品も含んだ「モダンなアンソロ」として、やはり全篇を通して読むのがいいようにも思う。大変だけどね(苦笑)

No.16 6点 名探偵登場 6- アンソロジー(国内編集者) 2026/01/28 22:09
さて早川の古典的アンソロ。でも最終巻のこれはハードボイルド派特集。それも通俗ハードボイルド系の収録が多いという面白いコンパイル。だから読んでみたかったんだ。今言及する人少ないもんね(本サイトだと人並さんやnukkamさんが取り上げてる。素晴らしい)

ロイ・ハギンズ「闇は知っていた」
往年のテレビ探偵ドラマの「サンセット77」の原作とプロデューサーを務めたハギンズが、その主人公スチュアート・ベイリーを起用して書いた短編。ノベライズというわけではないようだ。リーゼントで一世を風靡した見習い探偵クーキーも一瞬登場。暗闇の一瞬に殺された事件に居合わせたベイリーが、消えた凶器の謎を解明。けどあるのこんなの(苦笑)「サンセット77」となると、さすがに古すぎて評者もタイトルしか知らない。ハギンズによる小説版がオリジナルのようだね。ポケミスの「サンセット77」(No.961)にも本作は収録されている。
R.S.プラザー「殺しのストリップ・ティーズ」
「男はあっけなくくたばった。悲鳴をあげる暇さえなく死んでいった」でいきなり、始まる。こういう呼吸こそが通俗ハードボイルド!金髪角刈りの海兵隊上がりのシェル・スコットが活躍する本作、スコットの元を訪れた依頼人がいきなり窓の外から射殺される。依頼はユスリの対応だった...絵画教室、ストリッパーと怪しげな連中をかき分けてスコットは真相を...という話。そういえば実家に別冊宝石の「人みな銃を持つ」があるはずだな。そのうちやろう。
ヘンリイ・ケイン「一杯のミルク」
私立探偵ピート・チェンバースは、初めての依頼人とバーで待ち合わせた。お互いミルクを注文するのが合図。この合図によって美女と待ち合わせして、その家を訪れたが依頼は不成立。翌朝この女が殺されているのが見つかり、容疑はチェンバースにかかる。シンプルでタイトな良さがある。
チャンドラー「犬の好きな男」
「さらば愛しき人よ」の原型作でもある。マーロウが捕らわれて精神病院に入れられて、脱出して賭博船に乗り込むあたりだね。何度も読んでる気がする。
ハメット「殺人助手」
ブ男探偵ラッシュが活躍する三人称。ある女を尾行する男の正体を調べよという依頼を受けたラッシュ。しかし、その尾行者はその女を殺すように、別々の二人からの依頼を受けていた...とあっけらかんとラッシュに話した。尾行者は殺人なんてする気はゼロ(苦笑)でもこの背景には、資産家殺しの一件が?
さすがハメット、というか話がハードボイルドの類型性から遠く離れた、ストリートでまさに起きている事件の雰囲気が漂う。比較するとリアリティのレベルが違う。
シムノン「タクシーの中の男」
論創社の「十三の謎と十三人の被告」で既読。地方出張の多い刑事G7(ジェ・セット)と語り手が遭遇したシリーズ第一話。確かに行動派探偵には違いないね。
ハロルド.Q.マスル「やもめ待ち」
「そのご婦人の亭主はしきりと課外授業にいそしんでいるらしいのだが、こんな素敵な宿題があるというのに、男はどうして暖炉のそばを離れていきたがるのだろう。それが私にはさっぱりわからなかった」離婚事件での密通現場を押さえるために、ジョーダン弁護士は依頼を受けてホテルの一室に踏み込んだ...しかしそこには自殺に偽装した死体が!まあ謎は大したことではないし、ハードボイルドというよりもぺリイ・メイスンに近い行動派探偵。でも文章に軽妙な良さはあるよ。気になってた作家だからちょっと読んでもいいのかな。

というわけで、50年代でのハードボイルドのサンプラーCDみたいなものだな。楽しく読めました。

No.15 6点 壜づめの女房- アンソロジー(国内編集者) 2025/12/13 23:39
さて早川書房「異色作家短篇集」でも、アンソロのこの巻は最初の刊行(第三期,1965)だけでしか出なかったために、稀覯扱いをされている巻としてその筋では有名。まあ第三期は「くじ」以外は改訂版(1974,76)ではオミットされたので、新装版(2005-2007)でしか読めない。この新装版ではアンソロは「内容が古くなった」ということで、完全に新しい内容で差し替えて3巻編成になった。だから旧版アンソロは手に入れづらく、古本は5000円程度の値がついている。図書館にあったのでありがたくさせて頂く。

内容は、
「夜」 レイ・ブラッドベリ
「非常識なラジオ」 ジョン・チーヴァー 
「めったにいない女」 ウィリアム・サンソム
「呪われた者」 デイヴィッド・アリグザンダー
「駒鳥」 ゴア・ヴィダル
「壜づめの女房」 マイクル・フェッシャー
「破滅の日」 ロバート・トラウト
「剽窃」 ビル・ヴィナブル
「崩れる」 L・A・G・ストロング
「プレイバック」 J・T・マッキントッシュ
「二階の老婆」 ディラン・トーマス
「変身」 マルセル・エイメ
「わが友マートン」 ジュリアス・ファースト
「災いを交換する店」 ロード・ダンセイニ
「私の幽霊」 アンソニイ・バウチャー
「マダム・ロゼット」 ロアルド・ダール
となっており、本編で採用された作家ではブラッドベリ、エイメ、ダールが収録されているだけで、他の作家を含めて日本語版EQMMで紹介された作品だそうだ。解説が短いのだが、いわゆる「奇妙な味」とは「文学と大衆小説の間にある短編」と定義している。とはいえ、この定義はやや問題ありで、おそらくアメリカの出版事情を考慮すると、専門ジャンルで特化したパルプマガジンに掲載される「ジャンル小説」ではなく、ザ・ニューヨーカー、ハーパーズ、エスクァイアといったスリックマガジン(一般高級誌)に掲載された短編を集めた編集方針だと言いたいのだろう。
だから江戸川乱歩的な定義とは断絶していて、ミステリ・SF・ファンタジー・ホラーといった「ジャンルに収まりづらいエンタメ」をとりあえず「奇妙な味」と呼んだ、とするべきだろう。ヴィダルの「駒鳥」なら少年時代を描いて文学性が強いことになるし、バウチャーの「私の幽霊」ならばホラーともSFともつかない「幽霊が死んだらどうなる?」という話。ダールのは「飛行士たちの話」収録の戦争中の女遊びの話。
秀逸はサンソムの「めったにいない女」がロマンスともホラーともつかない話でまさに奇妙。ヴィナブルの「剽窃」は小説アイデアを提供してくれる緑の小人をめぐる話でSFともユーモアともつかない。でもダントツにいいのはエイメの「変身」。オルゴールを手に入れるために老人三人を惨殺した死刑囚が突如赤ん坊に変身してしまい、死刑にすべきかで混乱する話。ファンタジーだけども根底にあるのは奇蹟譚。素晴らしい。

まあだけど「古臭いから」で新装版で全面改訂されたのは、全体から見ると仕方ないかな。

No.14 6点 名探偵登場 5- アンソロジー(国内編集者) 2025/10/31 15:07
さて早川版の「世界短編傑作集」である「名探偵登場」。第5巻は「すこし毛色の変わった人物を中心にえらんでみた」と解説にある。まあ第4巻で評者でも「カブリの多い巻」と言っちゃったくらいにオーソドックの度が過ぎた巻でもあったからね。今回の既読作はアーチャー登場の「女を探せ」だけ。秀作だからいいよ。

・A.バウチャー「パルミエリ伯のように」
SPレコードコレクターの妄執による犯罪。探偵役はアル中で退職した元刑事のニック・ノーブルで、なかなかキャラ良し。
・チャータリス「神の矢」
ご存知「聖者」。砂浜で寝ていた男の上にビーチパラソルが刺さって死んだ!という一件。トリックは想定内だが、まあよくできている。
・Q.パトリック「さよなら公演」
ギリシャ悲劇「メディア」をさよなら公演に選んだ女優の部屋に転がった死体。トラント警部は容疑者筆頭の女優にさよなら公演に出演するのを許す...
・C.ライス「うぶな心が張り裂ける」
ご存知マローンの初登場作だそうだ。マローンが弁護して審理のやり直しを勝ち取った青年が獄中で自殺。マローンは刑務所ソングが耳について離れない...「網走番外地」とか「練鑑ブルース」みたいなのがアチラにもあるんだね。これは雰囲気があって小説としての出来がいい。
・C.ロースン「入れ墨の男と折れた脚」
グレート・マーリニ登場の推理パズル二編。
・ロバート・アーサー「大金」
「謎の旅行者」というわけのわからないキャラが話し手みたいに振る舞う犯罪物語。ちょっと異色、というか「幽霊紳士」の元ネタなのかな?
・R.マクドナルド「女を探せ」
いわずとしれた秀作。中田耕治氏の訳が凝り過ぎかな。
・F.ブラウン「スミス氏、顧客を守る」
甘目だけど監視型密室。「最後の一行もの」で全面解決だけど、これがバカミスの味わい。保険勧誘員スミス氏が探偵役(保険調査員ではない!)。
・P.G.ウッドハウス「名探偵マリナー」
ウッドハウスらしいユーモアと皮肉の話。今回マリナーは別に名探偵じゃない(苦笑)

とバラエティがある。やはり6巻では「ハードボイルド派」の「名探偵登場」を予告しているから、そっちもやりたいな。

No.13 8点 冷たい方程式(2011年 早川SF文庫版)- アンソロジー(国内編集者) 2025/07/14 10:38
アメリカの50年代というと、ミステリは飽和状態で不振のイメージが強いが、対照的にSFは黄金期の定評がある。そんな50年代SFを伊藤典夫の選と翻訳で編んだ有名アンソロである。表題作が有名過ぎ(苦笑)評者も表題作を取りあげたくて読んだのだが、他作品も極めてレベルが高い。

なぜ表題作「冷たい方程式」を読もうと思ったのか?というと、本作の設定を基にした「方程式もの」と呼ばれる一群の作品があり、SFでの立ち位置がミステリでの「密室もの」と同じようなものではないか?ということだったりする。「密室」はジャンルではなくて、「本格」というジャンルの一部だとするべきだし、たとえば「連続殺人」という大雑把なプロットの類型とも違って、もっと明確な定義づけをもった領域だろう。「冷たい方程式」は、緊急用で運用に強い制限がある宇宙船で、密航者を見つけた時の倫理的ジレンマを扱った作品である。ルールは密航者を即時船外に放り出すことを求め、かつそうしなければ緊急事態の解決のために派遣されたこの宇宙船の任務が果たせずに、全体的に大きな損害が不可避になる。しかし密航者は若い少女であり、兄に逢いたいという心情から、それが大事になるとは知らずに密航を企てたという情状酌量の余地がないわけではない...まさに道徳的なジレンマに宇宙飛行士が遭遇する。
この小説の結末はすべてを受けいれた少女が自ら宇宙船を出る(死ぬ)ことを選択するという、悲劇的なものである。だからこそその非情な「方程式」に心を痛める読者が「そうではない解決法」を求めて、「方程式もの」というジャンルが立ち上がったことになるわけだ。ありえない「密室殺人」の解決に頭をひねる読者がさまざまな「密室の解き方」を提案してできた「密室殺人」とは方向性がズレながらも、ジャンルを支えるファン層の自発的な要求に応じて、こういう特殊な立ち位置の作品群が形成されてきた、とは言えるだろう。

「密室」も「方程式」を両方うまく指し示す言葉があればいいなあ、と思っていろいろと調べてみたら「トロープ」という言い方があるようだ。明白に定義された制約を前提に、その制約の中で解決に工夫を凝らすというジャンルでも技法でもない、メタな「デザインパターン」を示す言葉として有用かもしれない。

次に気に入ったのはアシモフの「信念」。急に空中浮揚の能力を得た物理学者が、科学法則に反するこの現象を一向に信じてくれない同僚たちを、どう説得するのか?という話。アシモフらしいロジカルな話で、ミステリとして見ても面白いかも。一種の「背理法」が使われていて興味深い。

C.L.コットレル「危険!幼児逃亡中」はキングの「ファイアスターター(炎の少女チャーリー)」の元ネタともいわれる。危険な超能力を制御不能なままに、幼女が暴れまわる話。「AKIRA」っぽいテイストも感じるなあ...総じて50年代SFというものが、冷戦状況という緊張感の中で、SFガジェットを発想の軸に発想を膨らませているのが見て取れる。未来のイメージとは、核戦争の危機感によって支えられてるという逆説が、興味深い。

だから逆に言えばそういう危機感に対する慣れと感覚の鈍麻が、60年代のスパイ小説の流行に繋がったのかもしれないな。SFとミステリと、たまにはガチに比較してみるのもなかなか興味深いものだ。
(評者はSFはファンとまでは言えないから、「方程式もの」は「機動戦艦ナデシコ」の「温めの「冷たい方程式」」で覚えたんだった..まああれ「ラブコメのフリをしたハードSF」と呼ばれたアニメだからね)

No.12 6点 続・13の密室- アンソロジー(国内編集者) 2025/06/17 14:38
渡辺剣次編「13」シリーズって、70年代を代表する名アンソロだ。まあだからこそ正編「13の密室」だと、大正義「密室ミステリ」が連発されることで、アンソロとしての妙味がなくて面白くない。なので、「続」の方がしたいんだ(ニヤリ)ラインナップは次の通り。

乱歩「何者」、大阪圭吉「坑鬼」、杉山平一「赤いネクタイ」、双葉十三郎「密室の魔術師」、渡辺啓助「密室のヴィナス」、山村正夫「二重密室の謎」、高木彬光「妖婦の宿」、土屋隆夫「「罪深き死」の構図」、楠田匡介「妖女の足音」、多岐川恭「みかん山」、天城一「明日のための犯罪」、斎藤栄「水色の密室」、佐野洋「大密室」

面白いセレクションである。山村・土屋・多岐川は処女作で、マニアが「自分でも!」という意気込みで書いたことが窺われる稚気とか気負いみたいなものが面白いし、杉山・双葉は映画評論家としては著名でも「え?小説書いてたの?」となるレア作品。さらにいえば高木のものも元々探偵作家クラブの新年会の余興の犯人当てゲームの出題作。プロもアマもこぞって集うお祭りのような企画本という側面がある。これが正編とは全然違うカラーとなっている。

さらにいえば、乱歩・楠田・佐野の作品だと、密室殺人というよりも、考えオチの「考えようによっては密室」という感覚のものである。

まあ「密室殺人」というものは、小説としての扱いが難しい物なのである。アマチュアの蛮勇や勢いで書いてしまうことはできるが、プロ作家となればなるほど、お約束に満足しないのならば「どう扱うといいのか?」に悩むことにもなるのだろう。そういう意味では、環境設定自体が密室でありその密室の崩壊をドラマの頂点として表現した大阪圭吉「坑鬼」が「密室短編ミステリ」のあらゆる意味で頂点なのだろう。

評者的にナイスな作品は...「みかん山」かなあ。土屋隆夫のは密室以上に画家の生理を扱ったあたりが興味深い。天城は一種のバカミスっぽさがいいなあ。「妖婦の宿」はヤリ過ぎ感がお祭り。
(評者その昔、杉山平一先生とはご一緒したことがあったよ。関西の詩と映画評論の最長老、気さくでダンディなお爺さんだった...三好達治・堀辰雄の「四季」派同人だもんなあ)

No.11 7点 下り”はつかり” 鉄道ミステリー傑作選- アンソロジー(国内編集者) 2025/01/14 20:10
創元の鮎川傑作選のタイトルで「下り”はつかり”」を使っちゃっているのは、オールドファンとしてはちょっとばかり残念。1975年のカッパブックス「下り”はつかり”」といえば、このあと「急行出雲」などと続く鉄道ミステリ傑作選というイメージが強いんだ。
というのも、70年代までの鮎川氏というと酒もタバコもギャンブルもやらない堅物として知られていて、文壇活動には消極的な「孤高の作家」イメージがあったんだよ。探偵文壇といえば乱歩高太郎といった親分たちが取り巻きを引き連れて飲み歩くというカラーがあったわけで、そういうのから鮎哲さんは外れていた。
それが75年のこのアンソロに端を発して沢山のアンソロを編むようにもなるし、「幻の探偵作家を求めて」もやれば、「鉄路のオベリスト」を翻訳連載するとか、このアンソロをきっかけに業界リーダーとしての活動範囲がぐっと拡大した。そんな記念すべき本だと思っているんだ。
収録作は、城昌幸「ジャマイカ氏の実験」、乱歩「押絵と旅する男」、岩藤雪夫「人を喰った機関車」、大阪圭吉「とむらい機関車」、横溝正史「探偵小説」、芝山倉平「電気機関車殺人事件」、青池研吉「飛行する死人」、坪田宏「下り終電車」、土屋隆夫「夜行列車」、角田喜久雄「沼垂の女」、多岐川恭「笑う男」、鮎川哲也「下り”はつかり”」、加納一郎「最終列車」、星新一「泥棒と超特急」、森村誠一「浜名湖東方15キロの地点」、斉藤栄「二十秒の盲点」

それぞれに鮎川氏の軽い解説がついて、かなりボリュームあり。有名作家の有名作も目白押しなんだが、そういう有名作はハッキリ言ってどうでもいい。
このアンソロで「面白い」のは、芝山倉平「電気機関車殺人事件」、青池研吉「飛行する死人」、坪田宏「下り終電車」といった作品なんだ。
フツー知らないでしょ!ってなるような作家、作家紹介も「経歴その他一切不詳」とだけ書かれるような作家たち。鮎川氏が「新青年」「ロック」「宝石」といった雑誌の上だけで作品を知った作家たち(それも1作きりとか)の作品を丁寧に拾い上げているあたりなのだ。アンソロとはまさにそんな「追憶」を「愛」に変える行為だ。
評者も「飛行する死人」(「天狗」に発想してリアルなトリックで二連発。語り口佳し)、「下り終電車」(私鉄の終電の後に電車が通った?のアリバイトリック)、「電気機関車~」(絶対に作者は国鉄職員!)の3本がこのアンソロのトップ3だと言おう。
そんな鮎川氏の「愛」に打たれるアンソロである。

No.10 6点 名探偵登場 4- アンソロジー(国内編集者) 2024/02/07 11:49
創元の「世界短編傑作集」への早川ポケミスでの対抗馬が「名探偵登場」。「名探偵登場」が1956~1963に刊行で、創元の1960~1961より少し先んじているが、創元は「世界推理小説全集」版(1957~1959)がベースなので、本当にライバル的な関係と言っていいだろう。で、こっちは作者ベースではなく名探偵ベースでの全6巻。だから名探偵の出ない「密室の行者」とか「オッタモール氏の手」が収録できないが、代わりにクリスティはポアロとマープル、ハメットはオプとスペードで2作収録がある。
とはいえ乱歩選の創元の方がずっと定着していて、ポケミス「名探偵登場」の方がマイナーという印象。さらに作品も創元とカブりがちだし、他の短編集で読める作品が多いこともあって、「お買い損」なアンソロ....でも「名探偵登場6」だと創元が手薄な軽ハードボイルド系の作品が多いとか、そういう特色もある。
とくにこの「名探偵登場4」はというと、カブリの多い巻になる。評者も5/10が既に書評済。それでも再読に耐える作品が収録されているからまだいいや。

・ジョン・ロード「逃げる弾丸」
他に収録ががないレア作。まあ最近でこそロードは紹介されているが...「アイデア勝負作家」と言われるけど、まあそういう短編。
・アリンガム「ボーダー・ライン事件」
創元3(新5)で読む人が多いだろう。評者も好きなモダン・ディティクティヴな名作。
・ミニオン・エバハート「スザン・デア紹介」
レア作。いわゆる「もしも知ってさえいたら(HIBK)派」。まあでもこれ、今でいえばロマサス。女性主人公の主観描写てんこ盛りで、昔だからのんびりしている。いかに今のロマサスが進化しているか、って思っちゃう。
・ハメット「スペードという男」
創元なら「ハメット短編集」か創元4.3本しかないサム・スペード登場短編の一つ。評者にとってハメットとはオプ物短編。スペード短編は大した出来とは思ってない。
・ポースト「大暗号」
創元だと「暗号ミステリ傑作選」に収録あり。アブナー伯父ではなく、パリ警視庁のヨンケル長官物。暗号物だけど一種のバカミス的味わい。
・ストリブリング「チン・リーの復活」
河出の「ポジオリ教授の冒険」に収録。大名作揃いの「カリブ諸島の手がかり」に続く時期のものだけど、軽めの仕上がり。これもバカミス的なとぼけた味わい。
・クイーン「チークの巻煙草容器」
「クイーンの冒険」収録。お得意の「手がかりの欠如」ネタで、まとまった「らしい」作品。
・シムノン「メグレの煙管」
講談社「メグレ警視のクリスマス」収録。規模的には中編で、メグレ物短編をアンソロで何を選ぶ?と聞かれたら、普通に挙がる作品だと思うよ。読み応えあり。でもこれ日影丈吉訳で、そういう愉しみもあるなあ(リュカがみょうに下世話w)
・クリスティ「管理人と花嫁」
創元だと短編全集3、ハヤカワなら「愛の探偵たち」に収録。評者大好き後年の某名作の元ネタ。あれは「名探偵小説」じゃないからいいんだけども、元ネタはミス・マープルがアームチェアするパズラー。
・フランシス・クレイン「青い帽子」
レア作。夫婦探偵としてたまに言及されるアボット夫妻物。いやこれカントリー風の味わいのある洒落た行動派ミステリで、キャラ描写もしっかりしていて面白い。日本人にはピンとはこない、アメリカ人の「偏見!」かもしれないものだが「へ~~」という笑える面白味があるオチ。未読作だと一番良かった。

このアンソロの選考基準に、ユーモア感みたいなものを感じたりする。意外。
ちょっと気になったのは、「シメノン」「エラリー・クイーン」表記。ハヤカワなら「シムノン」「エラリイ・クイーン」だと思うんだがなあ。社内で統一しないのかな。

No.9 7点 世界短編傑作集5- アンソロジー(国内編集者) 2023/03/19 09:21
さて評者もこのシリーズ最終巻。今となっては「現代」を扱ったはずの最終巻も大古典になっている。昔読んだときには「創元の海外ミステリのモダン」の定番紹介だった本だったのだが、隔世の感も強いなあ(約50年前か...)

だから古典的な「名探偵小説」だとマーチ大佐登場の「見知らぬ部屋の犯罪」くらいしかない、ということにもなる。「黄色いなめくじ」だと名探偵登場ではあっても、清張の「鬼畜」を連想するのが自然じゃないのかな。貧困問題を陰鬱な心理描写でドラマチックに描いたヒューマンな味わい。
「心理」が重視されることもあって、小説としての側面が追及されることになるから、長めの作品にいいものが多い。「ある殺人者の肖像」なんてそうじゃないかな。子供のプライドと親の愛の相克がよく描けていて、心が痛い作品。
中編で名探偵小説、といえばネロ・ウルフ登場の「証拠のかわりに」が、モダンな意味での「名探偵小説」の回答、ということになるのだろう。キャラクター小説の側にシフトして、それで成功している人気シリーズのわけだからねえ。いややっぱり楽しいよ、これ否定しちゃいけないことだと思ってる。前にも書いたが、ウルフ&アーチ―物って、ホームズ探偵譚にあった「度胸一番の駆け引きや土壇場での機知」といった「ミステリのパズラー化」の中で意図的に無視された部分の楽しさを、しっかりと再現したシリーズなのでは?なんて評者は思っているのだ。

だから逆に、短い作品というのは「アイデア・ストーリー化」してしまう。それは当然なのだが、技巧に走るわけだから、定型的な要素を排除したインパクト重視の語り口に傾いてくる。だからこそ「ミステリ古典」からはこちらも逸脱しつつあるわけだ。

というわけで、評者もいろいろと考えることも多いこのシリーズでした。

No.8 7点 世界短編傑作集3- アンソロジー(国内編集者) 2023/02/13 11:53
3巻目は1925~29年の作品。一応長編黄金期に入るのだけども、短編はホームズ様式(というかソーンダイク博士風?)がまだ盛ん。2巻で顕著な科学トリック傾向も「キプロスの蜂」や「茶の葉」に覗われるが、バカトリック風の「密室の行者」「イギリス製濾過機」も登場...とこれをやや拡散傾向、と捉えるがいいんじゃなかろうか。

そうすると、ホームズ形式のクセに実話のリアリティを備えた「堕天使の冒険」に注目した方がいいし、あるいは名探偵をパロった皮肉な話の「完全犯罪」にそろそろ「名探偵小説」を相対化する視点が芽生えてきていると思うんだ。その相対化の総仕上げが実のところ「偶然の審判」を長編化した「毒チョコ」だった、というのはいかかなものだろう?

あ、作品的には「ボーダー・ライン事件」がモダン・ディテクティヴな佳作。「二壜のソース」が形式的には意外なくらいに「名探偵小説」なんだけども、ワトソンの妙が光って「名探偵小説」から逸走。こんな芸がすばらしい。

No.7 7点 真紅の法悦- アンソロジー(国内編集者) 2022/07/24 16:39
教祖平井呈一とチルドレン、といえば荒俣宏やら紀田順一郎となるわけだが、それに種村季弘のエッセイ「吸血鬼小説考」、吸血鬼に造詣の深い仁賀克雄...とオールスターによる吸血鬼アンソロ。この「怪奇幻想の文学」のシリーズ自体、ちょっと伝説的と言っていいくらいの幻想文学の金字塔となったシリーズなのだが、その第一弾。シリーズ自体の狙いは「オトラント城奇譚」の初訳にあったようだが、この本には吸血鬼小説の本家であるポリドリの「吸血鬼」、平井の名訳で今も創元にある「カーミラ」などなど収録。
ポリドリの「吸血鬼」って「バイロン真似っこ」とか意外に軽んじられている小説、というイメージがあるけども、いや悪くない。ルスヴン卿の両刀使いっぷりがなかなかナイス。要するに吸血鬼ってさあ「性的逸脱」をモンスター化したようなところがあるからね。実際、このポリドリの作品が、バイロン卿の乱行っぷりを当てつけたように読まれたらしい(種村の序文によるとね)。

E.F.ベンソンの「塔の中の部屋」はだんだん実現していく夢の話。雰囲気結構。前半はイギリス中心で、イギリスの吸血鬼小説はオーソドックスなゴシック小説のカラーが強いものが多い。後半はアメリカ物だが、こっちはSF作家が書いているケースが多いようだ。だから突飛な発想や仕掛けを楽しむのがいい。ウェルマンの「月のさやけき夜」はポオを主人公にして「早すぎた埋葬」から始めて怪異譚の中で「黒猫」のアイデアを思いつく話(苦笑)。で...だけど吸血鬼モノが得意のマシスン「血の末裔」。これね〜子供の頃読んでガチ怖かった記憶があるからぜひ取り上げたかったんだ。

ぼくは大きくなったら吸血鬼になりたい。ぼくは永遠の生命をえて、みんなに復讐をし、女の子を吸血鬼にするんだ。死の匂いを嗅ぎたいんだ

と学校で作文を発表する少年、ジュールスの話。泣ける。というか、怪奇小説というものが、実は怪奇小説の愛読者というものを扱った一種の「読者論」になっているという性格(ラグクラフトなら「アウトサイダー」とか「インスマスの影」)が覗くと、実に味わいが深くなる。怪異に魅了されるのは、犠牲者も読者も同じことなのだ。

No.6 7点 世界短編傑作集4- アンソロジー(国内編集者) 2022/07/05 23:27
この巻の目玉は何といっても「オッタ―モール氏の手」。意外な犯人とか言っていると実はこの作品の本当の怖さを見逃すのでは?なんて感じる。いやこの話だったら「誰もが連続絞殺魔でもありうる」し、自分はそうでないと思っていても、そうなる時にはどうしようもない...そんなタイプの怖さなんだよ。そして、動機が全くない殺人というものが、

自分たちが生活している平和な社会をささえる柱が、じつは、だれでもへし折ることのできる藁にすぎなかったということを、彼らは悟りはじめた。

いや、実に作者よく分かってる。この人間というものの、社会というのものの「危うさ」が主題なんだと思ってる。大傑作。

で、この巻の収録が1927年-33年、ということで、たとえばヘミングウェイの「殺人者」やハメットの「スペードという男」、チャータリスの「いかさま賭博」といったハードボイルド系作品も登場することになる。1920年代は「本格黄金期」という「本格史観」というのは、単なるイデオロギーでしかなくて、ホームズ・ライヴァルも黄金期本格もハードボイルドもすべて同時に起きているのが1920年代というもの。そういう実相を乱歩編のアンソロでさえちゃんと示しているわけだ。
どちらかいえば「信・望・愛」もハードボイルド寄りのクライム・ノヴェルと見るのがいいんだろう。因果話みたいなものだが、皮肉で非情な成り行きが面白い。ニューメキシコ州が舞台で、ペキンパーの世界みたいなものだ。好きな人が意外に多い...

(あれ、面白い。誰もクイーン御大の作品に触れていない!)

No.5 6点 世界短編傑作集1- アンソロジー(国内編集者) 2022/06/08 08:40
乱歩編で昔からある5巻のアンソロの1巻目。乱歩の時代にもすでにクラシック扱いになるドイル以前&同世代作家のウェイトが高い巻。
「名探偵」確立以前と確立期のバラエティ、と見るのがいいと思う。考えてみれば、なぜ「理性による推論」で事件が解決するか?というミステリ成立の根幹部分での試行錯誤がなされている巻だ、と見ると面白い。コリンズの「人を呪わば」もチェホフの「安全マッチ」でも、インテリの理論的推論がハズレであり、ベテランの経験知が正解、という体裁をとる。これが本来の犯罪小説のフォーマットだったのを、ポオが力業でひっくり返し、ドイルがそれをヒーロー小説化した...こういうショックがミステリというジャンルの原動力になったのではないのだろうか?
だから「ホームズのライヴァル」世代のヒューイットもヴァン・ドーゼンも「ホームズというショック」という「現象」を証言するだけの、形骸だけのB級ヒーローのような気がしてならない。それでもダークヒーロー寄りで推理機械ではない「隅の老人」は独自ポジションなんだけどもね...
そういう意味では、ホームズ以前の最良の「探偵」小説のモデルに、「医師とその妻と時計」がなるようにも感じられる。浮ついた印象のホームズのライヴァルではなくて、こういうリアルでしっとりした話としての「探偵」小説..シムノン風家庭悲劇、というようにも見えるのだが。
そして「放心家組合」(「健忘症組合」の方が今は適切だろうね)は、リアル・タイプの探偵であるヴァルモンが、鋭いあたりを見せながらも裏をかかれる話。いやだって、今でも「リボ払い」ってあるじゃない?「名探偵(理性)の失敗」というコリンズやチェホフのテーマは、ホームズ以降でもけして失効したわけではない。

No.4 7点 世界スパイ小説傑作選1- アンソロジー(国内編集者) 2022/05/17 08:05
「ダブル・スパイ」「霧の中」とこのところの評者の追跡対象の R.H.デイヴィスの邦訳最後の短編を収録したアンソロをゲット。この短編集に「フランスのどこかで」が入っている。

講談社文庫のこのアンソロ(1978)は、丸谷才一編で3巻出たものの第一弾。表に出ている名前と序文が丸谷才一だけども、常盤新平が全面協力で文庫解説も常盤、なので事実上、丸谷と常盤の共編、と見た方がよくて、「翻訳作品集成」でもそんな風に書かれている。

とはいえ収録作は他で読めるものも多い。スパイ小説は長編が主体だから、アンソロは長編の一部を短編扱いにして...とか編集を工夫する必要がある。

・モーム「売国奴」 例によって「アシェンデン」のエピソード。
・ビアス「悟れる男パーカー・アダスン」 南北戦争で捕虜となった「哲人にして才人だった」スパイと、南軍将軍との会話の妙。
・アンブラー「影の軍団」 第二次大戦開戦前夜のドイツのレジスタンス活動に「飛び入り」したイギリス人外科医の体験。「情報活動の経験が皆無のアンブラーのスパイ小説の特徴は、細部に至るまで正確であることだ」まさにその通りだし、それが一種の「アンチ・スパイ小説」になる面白さよ。
・ウォーレス「コード ナンバー2」 SFっぽい発想でのガジェットの面白味と、意外な通信手段。マンガっぽいといえばその通り。
・ホイートリイ「エスピオナージュ」 「黒魔団」の作者で評者はご贔屓。この人もスパイ活動歴があって、イアン・フレミングの上司だった。遊び人風のスパイ像が007っぽい。
・スティーヴンソン「りんごの樽」 「宝島」の一部。ジム少年がリンゴの樽に入って、シルヴァーの企みを盗み聞きするエピソード。
・チェスタートン「めだたないノッポ」 「ポンド氏の逆説」所収。チェスタートンらしい幻想譚風の話。
・デイヴィス「フランスのどこかで」 職業的な女スパイ、マリー・ゲスラーの一代記、といった体裁の話。女性でもオトコを手玉に取れる「職業」なのがスパイだったりする面白さ。マリーが「スパイ」という職業が「天職」であるあたりが、この短編のリアリティと迫力になっている。
・ドイル「ブルース・パティントン設計図」 言わずと知れた有名作。
・リーコック「あるスパイの暴露」 パロディで〆。

まあだから、他で読める作品がやたらと多いのは「お買い損」だけども、この本でしか読めない作品が出来がいい。やはりリチャード・ハーディング・デイヴィス、驚くほどの実力がある。日本でも埋もれているようで埋もれていない作家だし、英語版 Wikipedia とか見ると 1920年代までは映画の原作に多数採用されている人気作家だったことは間違いない。「リアル・スパイ」の元祖になる作家である。まさに「スパイ小説のオーパーツ」!

No.3 7点 死体消滅 戦慄ミステリー傑作選- アンソロジー(国内編集者) 2022/01/10 08:15
先日楠田匡介やったから、ついつい「人肉の詩集」が読みたくて図書館で探すとこのアンソロがあった。大昔読んだ記憶あり。1976年ベストブック社だけど、アマゾンに登録がないみたいだ。
収録作品:「人間腸詰」夢野久作、「王とのつきあい」日影丈吉、「人肉の詩集」楠田匡介、「二瓶のソース」ダンセイニ、「死を弄ぶ男」山村正夫、「人間解体」森村誠一、「失楽園」北洋、「屍臭の女」斎藤栄、「おーそれーみお」水谷準。
死体処理に特化したアンソロ。グロ耐性がない読者は避けた方がいいかもね。要するに死体処理は即物的だから、アイデアだけだと小説にしたときに面白くない。だからそれに語り口なりロマンなりをうまく融合させる腕の見せ所、のように思える。そういう意味で夢Qはさすがなもの。腕一本の大工のべらんめえな語り口のうまさにしてやられる。
同様に語り口のうまさで読ませるのが日影丈吉とダンセイニ。技巧の極みみたいなものがある。山村正夫のは「自殺したけどもゾンビになるだけで死ねない男」を主人公にして、自殺の原因になった女に嫌がらせとして復讐をする話。どんどん腐っていくしブラックユーモアが落語みたい。これが意外に面白い話。
逆に「リアルで陰惨」になると、どうも面白くない。森村誠一と斎藤栄のはリアルで陰惨系だから嫌い。実は楠田匡介のは筋立てだけなら本当に安っぽいスリラーなんだ。しかしこれは、リアルで陰惨な話が、血をインクに、肉体をパルプに溶かし、皮を装丁に...として詩人とその想い人を「亡き人を追悼する詩集」化けさせるというイメージが、話の具体の内容を超越して訴求する力がある。ある意味究極の「肉体の詩集」なんだから、マラルメ的な「書物」にこだわるビブリオマニアな詩人の理念みたなものでもある。
つまり、観念的な「ロマンの味」が死体処理話の決め手のスパイスなのだ。まさにこの「ロマン」で押し切って成功したのが水谷準の伝説的な名作「おーそれーみお」で、やや押しきれていないのが北洋。「おーそれーみお」は昭和二年の新青年が初出だそうだからほぼ百年前! ポオをやや甘口にしたロマンチックな名作。

読みごたえありの名アンソロ。


ちなみに「人肉の詩集」をタイトルにする楠田匡介の短編集(1956)は、稀覯度が高くてやたらな値段がついている...で、湘南探偵倶楽部が短編「人肉の詩集」だけを抜き刷りにして2021年に出しているそうだ。たった14ページに2640円だすのも酔狂といえばそうなんだけど、思わず「本」として欲しくなる気持ちは、「人肉の詩集」については、わかる(苦笑)

No.2 7点 殺しの一品料理(ア・ラ・カルト)- アンソロジー(国内編集者) 2021/04/18 23:18
いわゆる推理小説年鑑の1973年度。昔は「推理小説年鑑」、最近は「ザ・ベストミステリーズ」で、「ミステリー傑作選」とか「推理小説代表作選集」とか銘打たれて、日本推理小説作家協会編で、講談社で刊行される年度別短編選集。名前が何度も変わってるし、文庫になるときに年ごとにキャッチーなタイトルが付くから、こういうサイトだと、分かりづらい。「日本推理小説作家協会編」で判別するしかないかな。けど、作品は当然粒ぞろい。一応全作短評しよう。

小松左京「待つ女」
人間消失だけど、奇譚風の話。「おクラさま」と古風なのを揶揄される女性の暮らしぶりが、「昔の庶民の生活」を体現していて、評者なんぞはすごく懐かしさを感じる。好き。
山村正夫「気になる投書」
人生相談を巡るアイロニカルな仕掛け話。ふつう。
三好徹「不確かな証人」
意外にリアルなトリックあり。ふつう。
海渡英祐「酔っぱらった死体」
吉田茂はゲスい。まあそれがウリのシリーズだけど。ふつう。
陳舜臣「宝蘭と二人の男」
神戸の中国人専用の娼婦宝蘭の数奇な人生と、彼女を巡り殺し合った二人の男の話。庶民の歴史、といったあたりの面白さに惹かれる。
夏樹静子「暗い玄界灘に」
婚約者がヘルニア手術中に急死した真相の話。雰囲気がいい。
戸板康二「明治村の時計」
中村雅楽ではない単発の、アララギ派歌人と無頼派詩人の因縁の話。いやこんなのフィクションでやるのかな?
都筑道夫「九段の母」
タイトルは戦時歌謡だけど、戦前の靖国神社の例大祭の縁日では見世物小屋や香具師がわんさかと...という猥雑な市井の「噺」という印象の作品。雰囲気が面白い。「なめくじ長屋」の昭和版?かしら。
松本清張「理外の理」
時代遅れの考証家が雑誌ラインナップから外されたことを復讐する話。書痴な話で、そこらへんに妙な味がある。
鮎川哲也「竜王氏の不吉な旅」
三番館でアリバイ崩し話。鬼貫物風の話で、不吉な名前の地名を回る旅行がアリバイ(死の島=篠島はw)。だけど、安楽椅子探偵のバーテンだから、どうも名探偵過ぎて、逆につまらない。
佐野洋「猿の証言」
ふつう。
土屋隆夫「泥の文学碑」
「盲目の鴉」の冒頭部分で事件が少しだけ違う。確かに「盲目の鴉」でこの部分、浮いてるもんね。「盲目の鴉」読んでると、モヤモヤする。
森村誠一「殺意の造型」
美容室でよろけた客がヒゲ剃り中の美容師を突き飛ばし、客は喉を切り裂かれて...単純な事故と思われた事件に、刑事は疑いを持つ。当時全盛期でベストセラー連発していた森村誠一。この頃まだかなりパズラー寄りでそれを社会派とミックスした作風....評者今まで1作もやってないけど、実は大の苦手。文章が嫌いだから、たぶん取り上げないんじゃないかと思う。けど、この作品、妙にバカミスな味があって、実に面白い。この本のベスト。
戸川昌子「裂けた鱗」。
パリにロケに出たTVクルーの一行は、独裁的なディレクターの独断で、「足の裏を切り裂く」ことで恍惚となる女をヒロインに据えた、「パリで蒸発する女」のセミドキュメンタリーな話を取ることになる....猟奇性高し。ナイス。

いやこの頃、社会派全盛末期くらいだけど、「ジャンル感が薄い」何が飛び出てくるか予測がつかないような面白さがある。レギュラー探偵もヒーロー性が薄い吉田警部補と三番館のバーテンだけだし、「ポストモダン」にならない「モダン」というあたりでは、一番典型的な時期のようにも思う。だって土屋隆夫だって戸板康二だって、古典的なパズラーとは言い難い作品を収録だし...意外に三好徹・夏樹静子がパズラー寄りかなあ。

No.1 6点 世界短編傑作集2 - アンソロジー(国内編集者) 2020/03/22 08:10
懐かしの短編傑作選である。今となってみると、とくにこの巻は短編黄金期の名探偵顔見世興行みたいなものだ。雑誌連載の短編がベースのもの中心なので、一つ一つにはあまり話のふくらみがなくて、名探偵のキャラも「もうわかってるでしょ」くらいで描写は最低限くらい。ルーチンな事件の中でも、個別の事件で面白いものを選んだ、という感覚。
アブナー伯父の「ズームドルフ事件」にはそれでもタダの有名トリックものじゃないだけの、宗教的な側面をうかがわせる小説らしい面白味がある。またソーンダイク博士の「オスカー・ブロズギー事件」には、複雑な機械がスムーズに動いて巧妙な結果が出てるようなメカニカルな美があってなかなか、いい。
逆にダゴベルトの「奇妙な跡」は、探偵役も奇矯な変人で、事件もリアルと言うのか馬鹿馬鹿しいというのか...で、描写もそっけなく「これでイイの?」と思うくらいのヘンテコな作品。ホームズ譚の「奇妙な受容」というくらいに思って珍重するのがいいのかもしれない。
そうしてみるとトレントの「好打」とかカラドスものの「ブルックベンド荘の悲劇」とかウィルスン警視の「窓のふくろう」は、探偵役のキャラもあまり話として効いていないし、面白味のない機械トリックだし...と思うのは仕方がないのかもしれないが、この「機械的」というあたりに、二十世紀初めの「大衆社会 meets (家電を象徴とする)電気」のショックを感じて、「電気の詩」を歌った時代の証言と読むのがいいのかも。
まあ何というのかね、このシリーズは「過去のある時代」が凍結して保存されているような懐かしさを感じる。評者の感傷かな。

キーワードから探す
クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.38点   採点数: 1559件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(116)
アガサ・クリスティー(97)
エラリイ・クイーン(49)
ジョン・ディクスン・カー(35)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(26)
アンドリュウ・ガーヴ(21)
エリック・アンブラー(17)
アンソロジー(国内編集者)(17)
アーサー・コナン・ドイル(17)