皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.98 | 7点 | 死んだギャレ氏- ジョルジュ・シムノン | 2024/11/20 11:10 |
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国立国会図書館デジタルコレクションにて。
ロワール川沿のホテルで起きた事件に急遽駆り出されたメグレ。被害者は行商人という触れ込みで、クレマンという名を名乗って何度も泊まっていたが、実はエミール・ギャレという名で勤め先も偽装だった。格式張るが貧相さを隠せない人生の失敗者にしか思えない、偽りだらけの人生の男のどういう「嘘」が事件を導いたのか? こんな話。メグレ物第二作と呼ばれるけども、創元文庫の裏表紙の作家紹介では「最初の推理小説」と書かれている。まあ気持ちはわかるんだよね。「怪盗レトン」ってメグレらしくない。「レトン」以前にも脇役メグレの登場作があるようで、その延長線で書かれたような印象が今となってはあるわけで、そうすれば本作が「メグレ第一作」。あらすじをまとめたけど、これなら普通にメグレ、でしょ。 そもそもあの男は何ごとかを待ちもうけることに、その生涯のすべてを送ってきたのではなかろうか?....。ごくわずかのチャンス....それさえなかったんだ! こんな人生とミステリらしいトリックとが融合している。まあ、トリックがあるメグレ、として変に有名な作品かもしれないけど、トリックの扱いで小説としての深みを増すという佳作だ。 入手が難しい作品なのが本当に勿体ない。一部の本格マニアのシムノン敬遠も、本作が読みやすければ解消するんじゃなのか?と思うくらい。おすすめ。 (個人的にはフランス王党派の消長というのも興味ある。今はブルボン本家は断絶していて、オルレアン家vsスペインブルボン家vsボナパルティストで復辟運動が細々と続いているそうだ) |
No.97 | 7点 | メグレと政府高官- ジョルジュ・シムノン | 2024/11/12 21:38 |
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個人的には大変好み。キャラの深みよりもサスペンスで引っ張っていく3期初めあたりにしかないタイプの作品じゃないかな。重苦しいサスペンスが張り詰めていてそれを買う。
メグレが「救う」ことになる公共事業大臣ポアンと、メグレは自分との共通点をいろいろ感じて「嫌な」事件であるにもかかわらず積極的に介入していく。その共通点の一つがメグレ自身も「政治的な罠」にハメられて一時ヴァンデの機動隊に左遷された経歴があったりすることだ。だからメグレも政治嫌いを公言するのだが、レジスタンスから政治の世界に祭り上げられた、朴訥なポアン大臣が「意図的に証拠を隠ぺいした」とする疑獄から救おうとする。 メグレにしては珍しく敵役風キャラも登場し、正義派風の立場をうまくとって政界を操ろうとする代議士マスクラン。高級レストランでのメグレとの対決場面は腹芸の見せ場で結構。奇矯な正義感から問題の証拠書類を掘り出す変人学者ピクマールは、シムノンは描きにくいタイプだったのかな。ドロップアウトした元刑事というと、どうもシムノンは成功したキャラはいないが、今回もそれほどのキャラではない。 まあ、スカッとした解決ではないのが、シムノンらしいといえばシムノンらしいし、ちょっと松本清張風味のリアルも感じたりする。 トリビア的には、大臣の出身地に在住の友人に電話して、大臣の人となりを聞くシーンがあるが、この友人は「途中下車」に登場のシャボ―。あとこの時代では「最新」の扱いで複写機が登場するけど湿式らしい。青焼の仲間のようだ。懐かしい.... |
No.96 | 6点 | メグレと田舎教師- ジョルジュ・シムノン | 2024/11/01 17:39 |
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メグレの事務室の前「煉獄(水族館)」に居座り、自分が無実の罪で逮捕されかけているとメグレに訴えた男。メグレはその男(田舎教師)に同道し、護送を名目にボルドー地方の海岸沿いの田舎町を訪れた。カキを白ワインに浸して食べるために(苦笑)
というわけで、メグレは「田舎は嫌いだ..」と言いながらも、それが田舎出身者のコンプレックスの裏返しであることが暗示される。田舎町の人々 vs 不倫事件を起こした妻をかばって田舎落ちした学校教師、のありがちな対立の中で、孤立したインテリは、地元民ながら「村の嫌われ者」として爪はじきされる老嬢の死の責任を押し付けられようとしていた。 「メグレあるある」なビジター試合話で、「途中下車」とか「死体刑事」とか連想する作品は多いけど、本作がいちばんまとまりがいいと思う。少し力が抜けているというか、田舎教師の冤罪もどこまで村人がホンキか知れたものじゃないし、3人の子供たちの微妙な関係性がクローズアップされて、シリアスな味わいを意図的に弱めたようなあたりが、変化球になって成功しているのかな。 まあとはいえ、フランス人の「寝取られ亭主」に対する風当たりの強さというのは、外国人にはうかがい知ることが難しい感情みたいだ。挫折したインテリが抱えた不名誉が、この冗談みたいな事件をこじらせたようなものだ。ファンタジーにしては後味が悪すぎるが、それが作品の苦みになっている。 一人の女がこれほどまでに女らしさを放棄してしまっているのはめったに見たことがない。ぼんやりした色のドレスの下の体はやせて疲れていた。二つの乳房はおそらく空っぽのポケットのように垂れ下がっていることだろう。 田舎教師の不倫妻の描写だが、気の毒なくらいに辛辣。でもメグレ全盛期ならではの人間観察。 |
No.95 | 6点 | 闇のオディッセー- ジョルジュ・シムノン | 2024/10/21 16:38 |
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大げさなタイトルである。
シムノンがこんな大げさなタイトルをつけるわけもなくて、原題は「くまのぬいぐるみ」という可愛らしいものだ(苦笑)成功した産科医の主人公が自らの築き上げたものに急に「人生的な疑念」を抱きだして、とある悲劇的な結末にたどり着くまでのほぼ一晩の「オディッセー」を描く短い長編。 下層階級から成りあがったうらやむべき成功者の中年男が、一見恵まれた立場にありながらも突如それに反抗して身を滅ぼす話は、シムノンの十八番中のオハコというべきもので、メグレ物でも名作「第一号水門」やら枚挙に暇ないが、とくに一般小説側ではこれが顕著でもある。だからこんな大げさなタイトルにもなるんだろうが、本作の主人公は医者なこともあって、病理的な描写が丁寧になされる。読んでいると一種の離人症状とか、パニック障害っぽいものが描かれて、反抗という意味で「ツッパった」主人公が何か気の毒なようにも感じてしまう。 とくにこの主人公の父が、官吏をしていたが政治的な対立の中でスキャンダルをでっち上げられて退職に追い込まれ、そのまま家に閉じこもって死ぬさまが主人公に重ねられて、悲惨さを感じさせる。そんな中で「くまのぬいぐるみ」は主人公の息子が幼い頃に抱きしめた縫いぐるみと、主人公が半ば強姦するするかたちで手を付けた病院掃除婦のかわいらしさの形容でもある。この女性は妊娠してセーヌ川に投身自殺をしたらしく、それを恨んだ?身内からの脅迫状が届いたりもするが、あくまで背景的で深掘りはされない。 まあそんな小説。ミステリ的な興味は薄いが、シムノンらしさは堪能できるし、あっさり読める。 |
No.94 | 6点 | メグレと老外交官の死- ジョルジュ・シムノン | 2024/09/23 15:45 |
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う~ん、評者は結構この作品好きだなあ。
シムノンにはありがちだが「ミステリとしてはどうよ?」な面があるんだけども、舞台設定の妙もあってそれが「人生こんなこともあるんだよね」といった方向に印象が流れる結果になっているようにも思う。ミステリとしては?でも小説としてはギリギリ成立するあたりに、評者は面白味を感じてしまう。 でもさ、この面白味というのも、両親の老いを見て悲しみ、介護とか頭に入れつつも、自分の老いも感じてしまうようなあたりに醸されるようなものだから、若い人にはピンとこない話だと思う。原題だって「メグレと老人たち」だよ。そんなもんさ。 でこの舞台設定の妙、というのが、メグレ物にしては珍しい上流階級が舞台。中の上~上の下あたりに成りあがった下層出身者が疎外感を抱く話はシムノンの定番だけど、この事件の被害者は外交官を引退した老伯爵、そしてその人生を賭けた思い人は公爵夫人。政略結婚で結ばれた夫の公爵が事故死し、ようやく結ばれることも可能になった?その夜に老伯爵は4発の銃弾に見舞われて死んでいるのが見つかる...この老伯爵と公爵夫人の恋がホントにプラトニックなもので、公爵に義理を立てて間接的にしか関係を持たない(でも毎日お手紙!)というもので「十八世紀から抜け出してきたか?」とメグレがボヤくようなもの。でも生まれつきの貴族の話だから....でメグレも納得。それには出身の村でのサン・フィアクル伯爵夫人のイメージとか、メグレ自身が抱えるコンプレックスにも理由があることに気がついて、メグレも苦笑い。 上流相手だと勝手が掴めないのはたとえば「かわいい伯爵夫人」もそうだけど、ムリしないのが「メグレ流」でもあり、メグレというキャラに品位が感じられるあたり。 (まあだからメグレ物を系統的に読むつもりがあるならば、少年時代のメグレに言及がある「サン・フィアクルの殺人」は早めに読むべきだと思うよ) |
No.93 | 4点 | メグレと匿名の密告者- ジョルジュ・シムノン | 2024/08/15 15:24 |
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さてお二方が低評価で一致しているメグレ物ラス2作。怖いもの見たさ、みたいな気持ちで今回セレクト。
ヤクザ上がりのレストラン経営者の死体が発見された。シャトーの美術品をごっそり頂く空巣事件と被害者の年若い妻が気になるあたりで、「喪服刑事」ルイが持ち込んだ匿名の密告。この密告はヤンチャなヤクザ兄弟を指していた... 確かに既視感はいろいろあるなあ。メグレ物には暗黒街(ミリュー)が背景にある事件も数多いし、財産狙いの若い妻とか、密告で話が動くあたりとか、今までのメグレ物のモチーフがいろいろ展開されて、飛行機で南仏出張も色を添える。 最終的にはメグレの取り調べがクライマックスに来るわけで、型通りのメグレではあるし、描写もはっとするような生彩があるところもないわけではない。 でもさ、「何やりたかったの?」と言いたくなる話。確かにメグレ物でも「キャラを動かしていると何となく話になってくる」と「手癖」で書いていると思しい作品もあるわけだけど、本作はキャラを動かしても何の化学変化も訪れなくて、そのまんまの話でしかない。充実していた頃はそれでも話になったのだけど、さすがにシムノンの老化をうかがわせることになってしまっているようだ。 それでもリーダビリティがしっかりある、というのは凄いことなのだろうか? |
No.92 | 6点 | 重罪裁判所のメグレ- ジョルジュ・シムノン | 2024/07/13 17:26 |
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まあ確かに意外性とかないんだけどもねえ。
しかし、この小説は「ミステリ」として見たときには、かなりの破格があるようにも感じるんだ。 メグレは自分が捜査した二重殺人の被告の証言のために、重罪裁判所に赴いた。重要な物証はある。動機もある。でも...メグレは疑問を隠すことができずに、被告の額縁職人ムーランに有利な証言をする。はたして裁判は証拠不十分で無罪。メグレは関係者の動向に注目し続ける... こんな話。いや無罪をメグレが証明する話ではなくて、裁判後の額縁職人のムーランにスポットを当てて描くという、「ミステリの書法」を意図的に無視したような書き方の小説になるんだ。まあもちろん、捜査としてどうよ、というような批判はあるのかもしれないけど、そういう辺りを含めて「メグレ」なんだよね、とも感じる。 いやかなり「ヘンなミステリ」をそう感じさせずに読ませるシムノンの筆の達者さというものが、批判を許さないレベルに達しているということなのかもしれないや。 |
No.91 | 7点 | メグレの退職旅行- ジョルジュ・シムノン | 2024/05/19 12:31 |
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実は意外なくらいにメグレ物短編って本数が少ないようだ。雑誌に載っただけで未収録の作品やら雑誌掲載時に訳題がバラバラなこともあって混乱することが多いようだが、基本的には第二期短編集としてフランスで出た「メグレの新たな事件簿」が底本であり、これの訳本が角川文庫の「メグレ夫人の恋人」「メグレの退職旅行」に相当する。しかし、底本には収録でもなぜか訳書からは収録が漏れた「メグレと消えたミニアチュア」があり、また同時期執筆作でこの短編集に収録されなかったものが「メグレと消えたオーエン氏」「メグレとグラン・カフェの常連」の2作。
この一連の短編に続いて書かれたが戦後の「しっぽのない小豚」に収録されたメグレ物が「街を行く男」「愚かな取引」、「メグレ激怒する」と合本で収録された「メグレのパイプ」が戦前に出た第二期の短編になる。 そして戦後のメグレ物短編集で完訳されている「メグレと無愛想な刑事」収録の4作、そして単発のクリスマスストーリーとして後年に書かれた「メグレのクリスマス」があるだけだ。そうしてみるとシムノンの短編小説はかなり多いのだが、メグレ物短編は数が少ない。 なので特にこの角川の2冊は読み逃せない短編集になる。「メグレ夫人の恋人」も良い短編集だったが、初期仕様のパズラー風のものもあって、魅力十分とまではいかない。2冊目のこの短編集はパズラー的な「月曜日の男」でも、絶妙のキャラ設定があって興味深い(毒物がヘンテコだがw)。リアルなトリックがあるといえばあってコンパニオンの女性が女主人の謀殺を訴える「バイユーの老婦人」、娼婦のフリをする良家の子女とメグレが対決する「ホテル北極星」、お針子が引退後のメグレを振り回す「マドモアゼル・ベルトの恋人」、そしてメグレ夫人の魅力が全開する「メグレの退職旅行」と、女性キャラにリアルと生彩ががあるのがいいあたり。 確かに第二期のカラーである上出来なエンタメらしさをシンプルに出した短編集だと感じる。キャラに魅力を与えることにシムノンの腕力が発揮されて、それをメグレの父性と呼ぶべき個性が支えて趣きが深くなっている。粒揃い。 |
No.90 | 6点 | 倫敦から来た男- ジョルジュ・シムノン | 2024/05/12 18:36 |
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奪った金をめぐる仲間割れを目撃した主人公の転轍手。ふと手に入ったその大金。そして片割れの犯人との神経戦....でも、シムノンって「説明」しないんだ。主人公の心理は日常の出テールに霧散して「何をどう」が極めて曖昧なままに最後まで走り抜く。
言い換えるとシムノンの登場人物は「その場に生きている」。プロットの綾に(それは大金の誘惑でもあるが)翻弄されるのを、自ら拒んでもいる。あくまで頑固に「自己の運命」と信じるものに忠実に、ロバのように頑固に従う。 一瞬だけ「運命」の前に歩み出た男の姿を描いた小説と呼ぶべきだろう。 (そういえば同じくディエップを舞台とする「メグレの退職旅行」=「海峡のメグレ」なんだなあ。近々やろう) |
No.89 | 7点 | メグレとしっぽのない小豚- ジョルジュ・シムノン | 2024/03/27 17:35 |
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大昔の早川「シメノン選集」で唯一の短編集。全9編収録で「しっぽのない子豚」という短編が巻頭なんだけど、これにはメグレは出ない。メグレが出演するのは「街を行く男」「愚かな取引」の2作だけで、他の7編には登場しない。えっ?と思って調べたが、実は本書の底本は「Les Petits Cochons sans queue」であり、底本みたいに表示されている「Maigret et les Petits Cochons sans queue」が嘘?というのが面白い。訳書は1955年出版で、底本は1950年刊のフランスで編まれた短編集。直輸入みたいな感覚で底本そのままに訳したが、「メグレ」を表題にしないのは営業上まずい、という判断があったんだろう。
「街を行く男(街中の男)」ならこの表題のフランスミステリアンソロがあるくらいの「メグレらしい」短編。尾行された容疑者が家に帰れず金がなくなって窮迫していくのをメグレがじっと見つめるスケッチ風の話。「愚かな取引」は珍しくナントの機動警察にメグレがいた時期の話。 本書収録作のどれもシャープな切り口が楽しめる。いうまでもなく、シムノンの筆に脂がノリに乗った時期。その中でも最初の3作が長めの作品で、読み応えがある。 「しっぽのない子豚」は新妻が夫のオーバーのポケットから見つけた、しっぽのない子豚の置物に、古美術商の実父の秘密ビジネスとの関わりを察知して心配する話。視点設定が素晴らしいけど、このアイデアならメグレ物で使っても面白いだろう。 「命にかけて」はコンゴでの過去の因縁を引き継いだ男二人の対決! なんちゃってなオチが皮肉。 「しがない仕立屋と帽子商」は「帽子屋の幻影」の元ネタ短編。とはいえ、この短編はシリアルキラーの帽子商の犯行を察知した、小心な移民の仕立屋が訴えようかどうか懊悩する話を、仕立屋視点で描いている。長編が帽子商視点でうまくネタバレしないように描いているのと対照的で、同じ話なのに「二度美味しい」。全盛期のシムノンの切り口のシャープさと腕前に感服する。 他の作品も切り口のうまさ、いきなり核心に話を持っていく語り口のうまさに惚れる。 (国会図書館デジタルコレクションで。巻末の予告には「メグレと不運な刑事」が載っているけど、これは出なかったんだよなあ。祝「シメノン選集」コンプ) |
No.88 | 5点 | メグレとひとりぼっちの男- ジョルジュ・シムノン | 2024/03/11 12:26 |
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メグレ物というと、戦前の作品から「もうすぐ停年」と言い続けて最終的には1972年まで勤め上げたことになる。戦中戦後のメグレ物には引退後のメグレを描いた作品もいくつかあるが、要するに「サザエさん時空」に突入してしまい、メグレ周辺の人間関係はずっとそのままで、世相風俗だけ時代に沿って動いていくことになる。本作は1971年作品で晩期の作品になるが、珍しくも事件が起きた年が1965年と明言されている。そして、メグレが戦後すぐに地方に左遷されていて、パリで起きていた事件について知識がないことが、話のキーになっている。
過去の事件と、その事件の影響で人生を捨ててルンペンになった男の話。徹底的に人間関係を捨てて、誰ともロクな会話をせずに、あばら家に一人住む男が殺された。この男の過去をメグレが追っていく。そういう大枠だから、やはり年代を明記する必要もあるわけだ。そして、訳者の野中雁氏があとがきで「メグレも老いた」と書くように、「サザエさん時空」であってもメグレの人格には、相応にシムノンの老いも反映していく。そういう意味で「枯れた」作品には違いない。 逆に言えば、プロット的にはややアラが目立つのも否定できない。いうほどにこのルンペンの人格と過去の事件が深堀りされるわけではないし、過去の事件とはいえ20年前で、メグレと同世代の刑事なら何となく過去の事件に気がついた可能性も高くて、やや捜査が雑、という印象もある(バカンス中の事件という設定はその言い訳?)。そして密告がきっかけで局面が簡単に打開するのは、ご都合が見えて芳しくはないなあ。 全体的に「粘り」みたいなものが失せてきているようにも感じる。我が身に引き換えても、これが「老い」というものか。 |
No.87 | 7点 | メグレと殺人予告状- ジョルジュ・シムノン | 2024/02/02 15:13 |
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う~む、これ後期の秀作じゃないかしら。
どっちかいえば評者は「猫」あたりに近い世界に感じていたなあ。 今風に言えば、オタクな夫とそのオタクな趣味を嫌ってコレクションをゴミに出す妻。妻は夫のオタクな趣味を「気持ち悪い」「頭おかしい」と決めつけるが、そんな妻の姿に子供たちは辟易する... まあシムノンだから通例に乗って、これを厳めしい法律家の家に婿入りした庶民出身の弁護士の話として描いている。でもシムノン自身のこのパランドン夫人への嫌悪感が見え隠れするあたりも興味深い。殺人予告状に導かれてメグレがこの一件に事件前から介入することになるのだが、ミステリ的には「誰が被害者になるか?」というのが主軸の「謎」になるというユニークな構成。さらに予告状の意味もしっかりこの一家の病理に根差していて、「運命の修繕人」メグレらしい事件でもある。 海事事件専門の弁護士として成功していても、オタクで気の利かない小男なのを妻にバカにされ続ける夫が、なかなか類型を離れたリアルな造形で興味深い。そして所有意識が強すぎるために自他境界が曖昧になっているかのような妻.....いやいや、この手の人間には評者も閉口しているところだったりするんだ。そんなこともあって、推したい作品。 (あ、あと法文インサートは「片道切符」で効果をあげた手法だなあ) |
No.86 | 7点 | ブーベ氏の埋葬- ジョルジュ・シムノン | 2024/01/16 16:16 |
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さてそろそろシムノンも最近の翻訳に手を出すことにしよう。
河出の「シムノン本格小説選」なら9冊出たわけで、その昔の集英社のシムノン選集に並ぶボリュームの非メグレの出版になる。だからミステリ色の強いものもあれば、そうでないものもある。実際、シムノンの一般小説というと、ミステリ色が強いもの、自伝的な内容のもの、一種のピカレスク、「第二の人生」といったテーマのもの、性の問題を扱ったものと内容は多岐にわたっている。本作は比較的ミステリ色が強いものだけど、パリの街角で急死した老人の「さまざまな過去」が露わになってくる話。 女性関係もそうだし、若く血気盛んな頃には当時で言えば「アパッシュ」というような不良青年だった経歴も、さらにはパナマで名前を変えて結婚し、コンゴの金鉱山で一山当てて....と波瀾万丈の「過去」が、身綺麗な独居老人の背後に横たわっている。急死によってその死が新聞に載ったことで、そんな過去が芋づる式に明らかになっていく。それを淡々とした筆致で描く小説だけど、「人生的な興味」というやつで、つまらないわけが、ないでしょう? まあ評者だって、急に死んだら、ヘンテコな過去がいろいろと明らかになって....とかあるかもよ(苦笑) いや人間、実は誰しも「冒険」をしながら生きているものだ。つまらない日常さえも、その由来を探っていけば「冒険」という大仰な言葉でしか言い表せないような因果によって、織りなされているのかもしれないのだ。そういう面白みというのは、やはり「小説」の面白みであり、ミステリはそれを効率よく語るための形式なのだろう。 (ちなみにリュカ登場の作品だけど、上司の司法警察の局長はギョーム氏で、メグレじゃない、あと下積み刑事のムッシュー・ボーベールがナイスなキャラ) |
No.85 | 6点 | メグレと優雅な泥棒- ジョルジュ・シムノン | 2023/11/22 23:46 |
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困ったね。警察小説としては非常に楽しい本なんだが、ミステリとしては見るべきものがない。警察小説がミステリのサブジャンルというわけではない、ということのようだ(苦笑)
「優雅な泥棒」と本作で呼ばれているキュアンデは、時間をかけて下見をし、わざわざ家人が寝ている中に忍び込み、目を覚まさせずに枕元の貴金属宝石を盗む、という特徴的な手口の泥棒で、メグレもよく知っているが尻尾を掴ませたことはない。原題は「怠惰な泥棒」だそうだが、優雅も怠惰もしっくりいかない。静かな、とかそういう形容詞が似合う読書好きで親孝行な人柄でもある。 いやこんなキャラ設定したら、それだけで小説としては実に生彩が出るのは決まっている。このキュアンデが殺された事件に、メグレは担当外とはいえ非公式に深入りしていく。しかしメグレに割り当てられた仕事は、群集の中で現金輸送をする行員から強奪する武装強盗の捜査。確かに社会的には重大事件かもしれないが、「古いデカ気質」のメグレにはつまらない事件。そんな想いもあってメグレはキュアンデの事件にこだわっていく... 連想するのは「鬼平犯科帳」の「畜生働き」とかそういう隠語。本格の盗賊であるキュアンデにメグレは感情移入し、その死の原因となった背景を知りたいと思う。メグレも古い男なのだ。だから「警察小説」であることは、間違いない話なんだよ。 でも、キュアンデの事件と現金強奪事件がうまく交わるわけではない。もちろん小説としての対比はしっかりとあるのだが、それはミステリというよりも小説としての構成だ。いや、それ言ったらギデオン警視とか87だって、モジュラーの個々の事件が交差するというほどでもないのだから、いいんじゃない? だから本作は、やっぱり「警察小説らしい警察小説」なんだ。ちなみに本作はメグレの部下たちがほぼオールスターで(最低名前だけは)登場する。意外に珍しいかも。常連のリュカ・ジャンヴィエ・トランス・ラポアントは名前だけで、あまり出番のない二コラやバロンが活躍し、ロニョンは名前だけで、同様な下積み刑事で妻に逃げられたフェメルが活躍する。そういうあたりもちょっと変わっているか。 あと「アルザスの宿」に登場した怪盗ル・コモドールのことをメグレが懐かしく回想するシーンがある。メグレシリーズ開始以前の脇役時代に接点があるのかな。 |
No.84 | 7点 | メグレとマジェスティック・ホテルの地階- ジョルジュ・シムノン | 2023/10/25 07:59 |
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珍しくハヤカワがメグレの未単行本化作を新訳で出してくれた。ありがたい!
「EQ」に載ったきりの作品は面白いものが多いから、ぜひ続けて出して頂きたいな~応援のため、勇んで新本ゲット。 で、本作は「メグレ再出馬」から八年後の戦時中(1942)に出版された「メグレの帰還」という本に、「メグレと死んだセシール」「メグレと判事の家の死体」と合本で出た作品。「EQ」じゃ一気掲載だったから、評者何となく「奇妙な女中」なんかと同じくらいの中編かと思っていたが、堂々の長編。 で「メグレ再出馬」で「開放的なメグレ」に描き方が変わった面を継承していて、雰囲気的には第三期とあまり変わらなくなっている。で、意外にこの第二期から第三期の初めあたりって、結構メグレ物でも「意外な真相」とかパズラー風味を感じる部分もある(関係者一同を集めて謎解きするよ~)から、メグレ苦手な本格マニアにも正面から紹介したら、意外に支持されるかもしれないな。「男の首」が代表作というメグレ観は間違っている。 でこの作品の特徴は、高級ホテルを舞台として、労働者階級の裏方スタッフと、偶然客として宿泊した、アメリカの大金持ちの玉の輿に乗った元仲間との因縁話が描かれる。 <クラーク氏は、きみとは住む世界がちがう。きみには理解できまい。クラーク氏のことは私に任せて」おくんだ> メグレは骨の髄まで庶民だったので、今、自分のまわりを取り巻いているものに反発を覚えた。 と、無実の罪で逮捕されたカフェの係の男のために、アメリカ人の金持ちを挑発してパンチを喰らい、金持ちと直接交渉する糸口にする....いや、銭形の親分みたいなタイプのカッコよさ。メグレは庶民で英語が分からないから、インテリの予審判事から受けていた「階級差別」を見返すわけだ。 庶民の味方、メグレ これは大衆小説の王道、というものだ。大傑作というものではないが、佳作ではある。 |
No.83 | 5点 | 判事への手紙- ジョルジュ・シムノン | 2023/10/03 00:53 |
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シメノン選集もあと少し。奮発して古書で購入。
この「判事」、エルネスト・コメリヨー予審判事だから、メグレシリーズでお馴染みのあの人かしら。でも小説はコメリヨー判事が予審を担当した殺人犯、アラボワーヌ医師が書く宛先であり、アラボワーヌの目で断片的に僅かに描かれる程度。 このアラボワーヌ医師は、周囲も納得しないようなよくわからない理由で誰かを殺し...だけど、一人称手紙文だから、具体的な事件が小説終盤になるまでわからない。田舎町で開業した医師で、死没した前妻との間に二人の女の子・母が健在で、アルマンドという妻がいる。この医師の人生を丹念に描いていく。 シムノンだと「強い女性に支配される男」というのは本当に頻出パターン。本作のアルマンドも「アラボワーヌ医師の人生のプロデューサー」みたいな強い女性。医師はふとしたきっかけで拾った女性、マルティーヌとの情事に溺れ...殺人事件が予告されて「犯行以前」みたいな格好で手紙が進行していくのだけども、何がどうなるのか、終盤に至るまでまったく予断を許さない。 で、犯罪心理小説か、というとシムノンなので心理の不透明感が強くて、「愛の不条理」とか純文学的な本格心理小説という側面の方が強いな。グレアム・グリーンの「情事の終り」あたりと近い小説。ややサディズムのような描写もある。温厚な田舎医師なんだけどもねえ。 シムノンとしては長めの小説になると思うよ。ガチガチの心理主義だからヘヴィ。「ミステリの形式」は借りただけで、狙いは「ミステリの動機」からは大幅に逸脱している。やや晦渋になりすぎたと本作を反省し、リライトして「可愛い悪魔」になったんじゃないかな。あっちのが小説としてうまく処理されている。 (思うが、この殺人の動機って一番近いのは「彼らは廃馬を撃つ」な気がする) |
No.82 | 6点 | メグレとリラの女- ジョルジュ・シムノン | 2023/08/22 09:35 |
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メグレ、ヴィシー温泉に湯治に行く。
ヨーロッパだとお風呂に入るわけじゃなっくて「飲む」のが温泉利用の中心のようだ。タルコフスキーの「ノスタルジア」が温泉地が舞台で、屋外プールみたいなのに水着で入っていたけど、日本の温泉とは大きく違うのが面白い。 過労と歳で何となく体調が悪いメグレのために、医者は2種類の源泉を毎日飲むように処方される。こんな利用法らしい。もちろんメグレ夫人と...でもメグレだから事件も追っかけてくる。 湯治場で出会う、特徴的なファッションにより「リラの女」とメグレが秘かに読んでいた中年女性が自分が経営する下宿で絞殺された!ヴィシーを管轄するルクール警視はメグレの旧部下。殺された女性の不思議な佇まいに関心があったメグレは、ルクールに乞われて事件に関わる...この殺された女性の過去とは一体? こんな話。だから湯治と捜査が並行するようなもので、普段以上にメグレ夫人の出番も多い。旅先のクセに、ほのぼのアットホームな雰囲気が漂う。メグレはアウェイな事件は多いけど、温泉町でも皆メグレを知っていて、リスペクトされているのが、さらに「ゆるめ」の雰囲気を醸し出している。 ミステリとしては..うん、とっても気の毒な犯人。それなりにミスディレクション風の仕掛けもあるんだが、その仕掛けと被害者の「自立した女性像」とミスマッチしている感が強くて、何かね~という印象もある。 まあだけどさ、こういうのはシリーズものでしかできない世界でもあるよ。メグレというシリーズを続けてきたご褒美みたいな作品と思うのがいいんじゃないかな。 (tider-tiger さんもご指摘だけど、訳者伊東守男氏による解説がなかなかヒドい。いやさあ、こういうシリーズものによって、読者とキャラとの間の継続的で親密な関係性を築いてきたことで、はじめて立ち現れる「空気感」というというか、個人を越えた集合的な「世界」もあるとと思う。単発の「作品主義」も、読者と作者が一対一で対峙する「作家主義」も文芸創作のすべてではないし、ジャンル小説としてのジャンルと作者の相克など、エンタメが持つ「文芸論的な論点」というのも非常に興味深いものだと評者は思っているよ) |
No.81 | 6点 | アルザスの宿- ジョルジュ・シムノン | 2023/06/26 15:07 |
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さて評者は国会図書館デジタルコレクションで本作。
創元で出たが、メグレ物ではない単発のエンタメ。メグレ夫人の出身地がアルザスの設定で、よく「妹の出産」だなんだで帰省するし、名物シュクルート(ザウアークラウトだな)はメグレも好物。そんなアルザスの観光地ミュンスター(仏語だとマンステールと発音した方がいいようだ)の、シケた宿屋に寄宿する冴えない中年男、セルジュ氏。 セルジュ氏はぶらぶらしているくせに金欠のようで、宿の女主人に下宿代を請求されて「待ってくれ」とお願いする始末。でも、宿の雑用を気よく手伝って...と「居残り左平次」みたいなキャラでなかなか、いい。向かいのホテルに投宿したオランダ人銀行家の手元から、金が盗まれる事件が起き、容疑が身元不詳のセルジュ氏にかかった! セルジュ氏はその容疑を晴らすが、銀行家夫人がセルジュ氏を謎の詐欺師ル・コモドールだと指摘する....ル・コモドールと対決するパリ警視庁ラベ警部がこのセルジュ氏に貼り付いて監視するが、セルジュ氏は詐欺師か?盗難事件の真相は? というような話。セルジュ氏のキャラとその謎、それから宿の奥にある別荘に住む未亡人とその娘との間のロマンス含みの関係など、「セルジュ氏の謎」として小ぶりながらうまくまとまった作品。 考えてみたら、ホテル探偵居残り左平次って、結構いいネタだと思う。「幕末太陽伝」のフランキー堺のイメージでミステリだったら素敵だな。 シムノン版ルパンみたいな味わいがあって、フランス人のルパン好きと、シムノンらしさとがうまく拮抗して補いあっている。結構な珍味作。 (あ、マンステールって地名、何で聞き覚えがあるんだろう?って思ってたが、ウォッシュタイプのチーズで有名なのがある) |
No.80 | 5点 | メグレとルンペン- ジョルジュ・シムノン | 2023/06/06 18:19 |
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そういえば船からドボン!で川に落ちて...で助かる、という設定は「第一号水門」でもそうだった。「国境の町」と連続して読んだせいもあるけども、また「川で生活する人たちの話」。シムノンって意外に「世界」のバリエーションは少ない作家みたいにも感じる。
で誰もが指摘するように雰囲気が明るめな作品で、表面的には世捨て人のルンペンの殺人未遂程度の事件。メグレが躍起になるのが不思議みたいなものだけど、ビー玉から殺されかけたルンペンに共感する場面が印象的。でもこの挫折したシュヴァイツァーみたいな元医師の造型をもう少し突っ込んでもよかったのかな、とかは感じる。元妻とか娘とか登場するわりにプロットに絡まないし。 メグレに謎解きを期待する、というのも何だけど、本作だとしつこく証言の矛盾を突いたり、意外な展開を見せるのは確かだし、「取り調べ小説」といえばそんな展開もある。まあ結局の後日譚でオチがついているわけだけども、ミステリとしての真相とかオチからはかけ離れているのも確か。でも作品の柄がどうも小さくまとまってしまうようにも感じる。 「ほんの小品」といった味わいなのが、なんとなく、もったいない。 |
No.79 | 5点 | メグレ警部と国境の町- ジョルジュ・シムノン | 2023/06/05 17:45 |
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「メグレを射った男」の書評で「入手は降参」と書きはしましたが、調べてみると「国立国会図書館デジタルコレクション」というナイスなサービスがあります。身分証明書の画像を送って認証してもらうとかネット上の手続きが必要ですけど、シムノンの創元絶版分はおろか、名のみ聞く春秋社の刊行本やらわっさわっさと読むことができちゃいます。
本書とか「国会図書館で読んだ!」とか声の多い作品ですからね、こんなサービスするなら当然の候補というものでしょう。ただし、OCRではなくて画像としてそのまま取り込んだものですから、やや使い勝手は悪いです。スマホでもPCモニタでも読みづらくて、ノートパソコンを膝に乗せて立膝で寝転んで読むのが楽ちん。 そんな怠惰な読書姿勢でですが、幻の作品、行きましょう。 ベルギー国境の町ジベを、半ば私的な依頼のかたちで訪問したメグレ。パリで会った女アンナ・ピータースの冷たいキャラに興味を引かれて、アンナの弟ジョセフが、婚約者がありながらも子供まで作った女の失踪事件の捜査に乗り出したのだ。食料品店兼で角打ちでジンを提供し、フランス国内でありながら国境の向こうのフランドル人の河川労働者を相手に、利益を上げているピータース一家。そんな余所者一家の長男が、フランスの貧しい一家の娘に手をつけて子供まで作りながらも、許嫁と結婚しようとしている...ジベの街のフランス人からはこの失踪事件が一家の仕業と目されて、不穏な空気が漂っていた。メグレはこの事件をどう収拾するのか? 川沿いの街ということもあり、シムノンお得意の舞台設定、さらにはベルギー国境の街。さらには小商売に成功したプチブル傾向の強い余所者と、貧しい地元民の対立....コテコテのシムノン、と言いたくなるくらいの作品。でも事件は意外に単純。アンナの独特の情の強いキャラはいいんだけども、どうも作品としてはうまく回ってない。瀬名氏は「オランダの犯罪」の焼き直し、と言っているけども、まあそんな感じもあるかな。 さらにオチも第一期にたまにある後日譚で、ここらへんも「オランダの犯罪」っぽすぎるね。 う〜ん、雰囲気にはいいものがあるんだけど、手癖で書き飛ばしたような、と言ってしまえばそれまでか。メグレは本作だとジンばっかり飲んている(苦笑、あ一度グロッグにした)。 |