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クリスティ再読さん
平均点: 6.42点 書評数: 1255件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.75 5点 なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?- アガサ・クリスティー 2016/02/05 21:54
クリスティはやっぱりクリスティ、である。
というのも本作の大きな特徴である「第二幕からイキナリ参加したために、今まで何があったのかが謎」という枠組みの作り方が、最晩年の「復讐の女神」とか「象は忘れない」「親指のうずき」などで再び採用されるわけで、そういうあたりが興味深い。とはいえのんびりしたユーモア感が強いのと、中盤のバッシントン=フレンチ家でぐずぐずしている感が強く話にダイナミズムを欠くあたりで、スリラーとしてはもう一つ。
ミステリとしては主犯はほんとうに隠す気ない...くらいに明白だけど、共犯者がいろいろ小技があってステキ。写真に関する論理の逆転のいいポイントだ。だからミステリとしては出来がいい方なんだが、スリラーとしては?な部類で、過渡期っぽいバランスの悪さを感じる。初期型スリラーとしては最後の作品になるから、こういうタイプの作品への関心が薄れたのかなぁ。
あと最後の犯人からの手紙がとても脳天気。ヘンな魅力はあるな。考えてみればこの犯人、ボビイがまずいことを感づいたか?と思って殺そうと狙ったために結果的に墓穴を掘ったわけで、ほっておけば全然安全だった.....バカといえばその通り。

No.74 7点 杉の柩- アガサ・クリスティー 2016/01/15 23:02
メロドラマとミステリを意図的に融合させた3作(他は「ホロー荘」と「満潮に乗って」)の中でも一番出来が良いと思う。
良い理由は前半のエノリアの物語と、後半の調査と裁判とを描写を改めてメリハリ感があることだろう。前半を読み直してみると、意外なことに心理描写が少ないのだ。エノリアの主観が大きく影を落としているように感じていたが、それは会話にうまく畳み込まれていて、直接的に心理描写しているのはごくわずかである...だから前半は何もかも曖昧なまま読者が自分にエノリアの心情を引き付けて解釈せざるをえず、後半の調査は前半のエノリア視点に感情移入したその読者のイメージを、再度検証していくプロセスになる。本作は「五匹の子豚」を単純化したような構成のわけだ。トリックというわけではないが、叙述の工夫があるのがいい。
メロドラマ視点では、ヒーローがダメ男なこともあって、評者はあまりメロドラマとしての成り行きが気にならなかったのがいい(「満潮に乗って」はそっちのが気になって困った)。ヒロインの屈折を愛でる感覚で読むと楽しいな。
ミステリとしてはあまりフェアではないが、パタパタとカードの家が崩れるような解決へのスピード感が結構快感。バラに棘がない件は後出しだよね...

No.73 5点 死者のあやまち- アガサ・クリスティー 2016/01/12 23:32
名作「葬儀を終えて」の後、ポアロ物はちょっとした暗黒期に入るわけだけど(「第三の女」あたりでポアロが自身の老いを自覚して立ち直る)、本作実は「それほど悪い要素はない」のだけども「何かよくない」作品なんである。まあクリスティ自身「ポアロ物は嫌々書いていた」って話があるくらいで、戦後のこの時期になると「ポアロ物として書きたいことってもうないや...」っていうようなテンションの低さを評者は感じるわけだ。
客観的に考えれば「面白くなる要素」だらけなんである。「イベントの犯人探しゲームの最中に、被害者役が殺された!」なんてハッタリの利かせ方、一見アタマの中が空っぽに見えるにも関わらず、人によっては逆の印象を受ける不思議なキャラとか、陰翳感の強いキャラの立ったフォリアット夫人...と役者と舞台装置には事欠いていないし、真相だってクリスティお得意の人間関係の逆転あり、意外な動機あり...ロジックは少し弱く人間関係で不自然な箇所がなくもないけど、そう悪い解決でもない。
それでも本作、何かキモチよくないのだ。かなり皮肉な言い方をすると「十分に悪くないからよくない」困った作品である。ふう。

付記:ていうか、本当は真相にちょっと反撥するんだよね。クリスティは演劇的っていうけど、ここまでやっちゃうと「お芝居じゃん」てことになって、意外な真相でもシラけることにしかならないんだよね。要するにやりすぎ。ミステリは意外だったら何でもいい、というものじゃないんだ..

No.72 5点 牧師館の殺人- アガサ・クリスティー 2016/01/12 23:09
ミス・マープルのパブリック・イメージというと、田舎の村に住んでいるオールドミスで、自分の村の住人たちの見聞を軸に、村で起きたさまざまな事件を解決し...というものだけど、実はこれが当てはまる作品って少ないんだよね。外の町に出て行って解決するアウェーの事件ばっかり(例外はたった3作)だし、中期以降は「村の誰彼が同じような..」という言い方は少ないわけだ。だから本作、結構貴重なパブリック・イメージのミス・マープル活躍の作品である(評者は、本作+「火曜クラブ」の人と、中期の人と、ネメシスの人とミス・マープルは3人いるような気がしている)。
で次の長編「書斎の死体」はガチガチの中期スタイルなこともあって、本作は貴重な初期スタイルのマープル物である。言ってみれば軽妙なコメディ・ミステリ...というのを狙ってる感じだが、クリスティってあまり「軽妙」にはならないなぁ。ナレーターの牧師の妻のイイ女度が高くてステキとか、ついつい牧師がノッてしまって「悔い改めよ!」なんて説教をしてしまい、結果的に妙な引き金を引いてしまうとか、マープルを含むオールドミスの4人組が次々とクレームをつけてくるとか、コメディを狙っているようにしか読めないや。だからまあのんびり読むにはOK。
ミステリとしては一応トリックはあるけど、いまどきトリックとは言えないようなものだし、まあ本作は「珍しいもの読ませてもらった」のが最大の収穫かな。

No.71 5点 火曜クラブ- アガサ・クリスティー 2016/01/12 22:49
短編名探偵小説って小説としての成立が難しいね。紙幅が足りないためフェアプレーしずらいし、簡単に解いちゃうと「さすが名探偵」よりも謎の方が安く見えて、なぞなぞっぽく見えでもしたら詰らないし....かといってチェスタートンとか泡坂妻夫とかのパラドックスをベースにしたスタイルだと出来る人は限られるわけでね。
なんて感想になりかねないくらい、前座の6編は「小説としてどうよ」というくらいの出来である。それでも後半はそれぞれのメンバーによる推理合戦もあり、キャラもそれぞれ立てていて(女性陣が結構)、前半とは充実度が雲泥の差。とはいえ謎と解決にそう差があるわけじゃなくて、要は短編小説としての書き方が前半時点ではつかめてなかったのを、後半はうまく仕切りなおして立て直したというあたりになる。
そこらへんが頂点に達するのは「バンガロー事件」。これは「火曜クラブ」形式の「形式」を逆手に取った着想が秀逸。あと「二人の老嬢」は中期の某作のトリックの原型だと思う。

No.70 9点 カーテン- アガサ・クリスティー 2016/01/05 21:53
「隅の老人」の昔から「名探偵最後の事件」なんてものは...で、言うまでもなく名探偵=犯人をやりたいわけだ。もうこれはそういうモノなので、本作を「本格」とか呼ぶのは本当はおかしくて、「企画モノ」とか「仕掛けモノ」とか呼んだほうがいいだろう。

(盛大にバレます)

「名探偵=犯人」を期待するそのウラで、それさえもミスディレクションとして、いろいろやっているあたりが評者は凄く面白かった。誰もあまり指摘しないようだが、本作はクリスティ初の「ワトソン=犯人」もやっているわけだよ。本作は「手記です」という言明は一箇所もなく、一人称小説だと読めるわけで、最終的に関係者手記に逃げた「アクロイド」とは違うし、晩年の例の傑作だとあれはそれこそベケットを思わせる自己分裂の「語り」の作品なので、全然違うことになる...だから「初」でしょう?
で本作の凄みってのは、こういうことである。果たしてポアロとXの勝負はどちらが勝ったんだろう?と問えばいい。ポアロはこれ以上のXの犯行を食い止めたのだが、それはポアロがXの罠にかかってXの犠牲者である殺人者となることによってだ...ね、ポアロは負けているわけである。ヘイスティングスも同じように負けた。「カインの印誌」は関係者のほとんどに刻印されているわけである....

高僧が弟子に「お前が人を殺せば救われる」と謎をかけたが、弟子は「自分にはそんなことはできません..」と悩んだ末に断ったが、高僧は「そうだろう。人を殺そうと思ってもそういう因縁がなければ殺そうと思っても殺せるものではない。逆に因縁があれば殺したくなくても殺してしまうものなんだ」と説いた話があるが、本作の「殺人者になるのも紙一重」な状況は、そういう宗教的観念も連想させるような(これは無意識の悪意を描いた「鏡は横にひび割れて」に通じる)グラン・フィナーレにふさわしい名作だと思う。

付記:管理人さまによるシステム改善「ISBN複数登録対応」を記念して、「カーテン」の初訳画像表示を追加しました。リアルタイムで初訳を知ってるから、こっちじゃないとどうもノらなくてねえ。
「名探偵ポアロ死す!」のアオりがいいでしょ?

No.69 6点 スタイルズ荘の怪事件- アガサ・クリスティー 2016/01/02 22:58
本作あまり初心者向けじゃないと思うよ。少なくともクリスティの良さが分った上で読むべき作品だと思うな。
一事不再理を巡る若干構成のまずいかな?という点もあるし、真犯人以外の人が自分の思惑で仕掛けた撹乱要素や被害者の行動を最後の最後まで明らかにしないとか、フェアさという面ではまだ本格確立期以前の、無意味に複雑すぎる作品ではあるけど、クリスティらしい部分が特に印象に残るかたちで出ているのが、タダの処女作じゃない!という感じでいい。
考えてみると「家族にとって一番都合のいい者を容疑者として差し出す」というモチーフは、それこそ円熟期の「ねじれた家」や「無実はさいなむ」で完成するわけで、処女作の本作でそれをミスディレクションと絡めてやっているあたり、作家としての骨太な一貫性を感じる。
また夫との関係に悩むメアリーのキャラがよく描けているし、イングルソープ夫人の毒死の描写など結構迫真的。クリスティらしいひんやりとした即物的な恐怖感が伝わる。そういう面でも処女小説らしからぬ小説的良さがある。
またどうも皆さんには毒薬の薬品性を使ったトリックが不評のようだが、旧ハヤカワ版(田村隆一訳)の解説が、詩人である訳者自身のエッセーになっていて、これがクリスティ自身が若い頃書いた詩「薬局にて」を扱った「毒薬の詩学」といったものである。そういう毒薬のポエジー「ここには恐怖と殺人、突然の死がある/この青と緑の薬壜の中に」として、あのトリックを読むのが評者は気に入っている....

No.68 4点 ゴルフ場殺人事件- アガサ・クリスティー 2016/01/02 22:20
ある意味貴重な作品だと思う。
1つは本作くらいの内容が、1910年代のミステリのスタンダードだったんだろうな、と思わせるような「世の中で言われる探偵小説の書き方に合わせて書きました」感のあるクラシック(古臭いという悪い意味で)なクリスティらしくない探偵小説であること。「スタイルズ荘」がクリスティ「らしさ」みたいなものがちゃんと出てて、しかもそれが今につながる方向性としてうまく機能してたことを考えると、本当に「らしくない」。
クリスティは後にロマンス的要素を無類の手腕で洗練してミステリに組み込むわけだが、本作ではまったくその手腕の片鱗も見えなくて19世紀的メロドラマの定型性を出ない(無実を明かすべくかばわれていた女性が予審に飛びいるとかねぇ)。探偵競争だって「奇巌城」とか「黄色い部屋」で流行った手法のわけだしね(カーも「髑髏城」でやってるなぁ)。ロジック重視のフェアな謎解きよりも逆転・逆転の意外性で引っ張ってるわけだが、それぞれの要素が使い捨てみたいな感じで、読んでて飽きがくるような作品なのがちょいとつらい。しかしそれでも骨董品のような価値がないわけじゃないな。
であと1つの貴重な点は、ヘイスティングスがポアロに逆らうエピソードがあること。ロマンス絡みではあるが、積極的に妨害しようとするんだもの! この点「茶色の服の男」の手記の件なんかよりもずっとウェイト高く、ポアロの名声を本当に高めた次の作品につながるように思うよ。

No.67 3点 ヒッコリー・ロードの殺人- アガサ・クリスティー 2016/01/02 22:12
一言でいうと「らしくない作品」。ミス・レモンに役が振られてるあたり、ドラマかなんか絡んだ企画物?とか疑いそうだ。クリスティだとさすがに戦後世代の風俗などまったく理解不能な世代だろうから、そもそもキャラ描写にリアリティを求めるのは無理ではあるが...なんで外人多数の学生下宿なんて設定を考えたんだろう??
まあ昔からクリスティっていうと男性キャラが下手で女性キャラが無類に上手な作家だけど、本作みたいなのは男性キャラが描けてないと面白みが薄いんだよね。コリンくんとかレンくんに至っては中盤から非常に影が薄いわけだし(クリスティって若い男キャラに萌えて書く人じゃないからねえ...ライバルのセイヤーズがウィムジー卿に明白に萌えてたけど、そういうのないでしょ。)。
ミステリとしては「こんな真相だったらイヤだな...」と第一感で思うようなのが真相(背景事件も殺人も)。なので評者は読後果てしなく盛り下がっていた。数少ない未読作品だったんだよ。
どうでもいい話:評者年末なので帰省したんだが、ふと見つけたアパートの名前が「グリーンウッド」。女性作家でも男性描写の上手い人は結構いるんだけどなぁと愚痴。

No.66 6点 バグダッドの秘密- アガサ・クリスティー 2016/01/02 22:03
大変意外なことなのだが、本作はミステリじゃないが面白い。評者は「クリスティ再読」を名乗りながらも、いくつか読み落としがあってその一つが本作だが、「つまんないだろうな...」という先入観で敬遠していた。
ただし、本作はシリアスなスパイ物だと読んじゃいけない。嘘ばっかりで世渡り上手、だけどカワイイ女の子が、ビンボかつシタタカにバグダッドの街をはじめイラク国内を放浪する小説だと思って読むべきだ。そういうヒロインのヴィクトリアに憎めない生彩があってイイ。仕事をクビになって「あ~あ、ふう」でパン齧ってた公園のベンチで出会った男に一目ぼれして、バグダッドくんだりまで追いかけるわけだから、「茶色の服の男」のアン級の突進力である。読んでいて遠藤淑子風味。マダミスのグレースに近いな。
まだからミステリを期待せずに読むとそれなりの逆転はあっていい。クリスティの少女マンガ視点で見るならば、ここまでアカラサマな真相ってあったっけ...というものなので、一応ビックリでいいと思う。けどミステリとかスパイとかそういう内容よりも、発掘現場で専門家相手にうまく切り抜けるとか出土物でウルウルするとか、ホテルの主がなかなか楽しいキャラだとか、それからバグダッドのスパイ網を一手に握るダキン氏が中村主水風の昼行燈切れ者で妙にカッコイイとか、そういうデテールこそがお楽しみ。
あと敵の設定など例の迷作「フランクフルトへの乗客」に共通するものが多い。そういえば「疑惑の空港」とでもいうべきネタでもかぶってる。アノ迷作を理解したいと願う(願い下げな人多数だろうが)ならば必読かも。

No.65 4点 もの言えぬ証人- アガサ・クリスティー 2015/12/27 11:27
企画物の「カーテン」を別にすると、ヘイスティングス大尉の最後の登場作品になる。ポアロという探偵は大概「なぜ事件に介入するか」がちゃんと描かれているケースが多いんだが、心理的な理由はともかく、これは法的な介入根拠が全然ない事件のために、関係者に話を聞きにいく口実にいろいろと苦労している...でこういう場面が客観的に見ると「疑惑をネタに一稼ぎしたい小悪党」っぽいんだよね。だからヘイスティングスの今更の登場も、こういう印象を弱めるための苦肉の策じゃあなかろうか。
まあ「上から目線の名探偵様」なんて厨二もいいとこな設定だから、介入根拠に神経質なのは評者はいいことだと思う。それで言えば後年「マギンティ夫人は死んだ」みたいなハードボイルド風味とかあるわけで、いいじゃないか、少々いかがわしい感じでもね...と思わなくもないんだけど。
で二人連れでぐるぐる関係者の周りを回る小説なので、小説的に全然ヤマがかからないのが困ったものだ。まったりとテンション低く二人の漫才を楽しむくらいの気持ちで読んだらいいのかもしれないが...ミステリとしても手がかりらしい手がかりもなくて「別にこの人が犯人でもいいけどさ」という感じの真相。タイトルから期待される犬のボブくんは大した証人でもなく「犯人逮捕に大殊勲」みたいなお楽しみがあるわけでもない。また中盤で過去作品の犯人バラしてるから本作の読書優先順位は遅めで、「ポアロ物なんて大概読んじゃったよ~」なんて人だけが読めばいいくらいの作品。
あと後光の正体...だけど、どう考えてもムリだと思う。光るのは酸化されやすい猛毒の白リンだけ(マッチは光らない)だし、呼気に出るのは微量だしね。最近では人魂の正体=リンでさえ怪しいみたいですね。

No.64 5点 リスタデール卿の謎- アガサ・クリスティー 2015/12/24 21:20
短編集まで全部やるか...とは思ってなかったのだが、誰も書いてないし書こうか。本短編集はポアロもマープルも、およそ名探偵っぽい人は誰も出ない。ちょいと捻ったロマンチックな冒険譚、といったものが12編詰め合わせになっている。ミステリ、というよりも「とにかく一ひねり」とった感じで書かれているので、まあ大体読んでりゃ「こうだろうな」と感じればまあその通りになる、というものである。だから印象はどれも軽くさくっとした感じのものだ。
とはいえ、表題作は後の「終りなき夜に生まれつく」とか「親指のうずき」で描かれたような「夢の家」のモチーフが出ていたりとか、どうやら自叙伝によると、クリスティ本人の若い頃の状況に取材しているっぽいとか、そういう読み方はできて興味深い。
作品的にはやはり「エドワード・ロビンソンは男なのだ」(創元版が「男でござる」でこっちのがずっと趣がある。平手の造酒なんだよww)がヌケヌケとしたアホっぽいロマンスで妙にイイ。「虹をつかむ男」とかそういうノリだよね。
本短編集は気取らないすっぴんのクリスティって感じかな。脱力して読むのが吉。

No.63 8点 謀殺のチェス・ゲーム- 山田正紀 2015/12/23 21:49
70年代後半に「山田正紀の輝かざる栄光の時代」というものは確かにあったように評者は感じているのだ。「神狩り」や本作、「火神を盗め」といった名作はミステリ&SF&冒険小説といいとこ取りのクロスオーバーだったために「早すぎた名作」扱いに留まり、社会的な評価には結びつきづらかったが...評者なんぞ「なんで日本映画界はこれを映画化できないのか?」と歯がゆく思い続けていたよ。
そういう意味でいうと同姓の山田風太郎との共通点が結構あるわけだ。両者ともミステリ作品も多いにも関わらず、ミステリからはみ出しがちなミステリ周辺作家、という感覚で捉えられがちで、しかも日本人好みのウェットな情感を排除した、ドライなゲーム感覚(昔はこれがマンガ的と言われてマイナス要素化してたんだが...)が最大の売りになるタイプの作家...というわけで、うん、まだ現役作家のわけだし、再ブレークの期待もしたいな。
で、本作は要するに「動的戦闘方程式」だとか「現象論的方法」とか「逐次決定プロセス」とかこの手のジャーゴンに萌えれるかどうかで評価が違うだろう。参考文献を見ると一般向け解説書だけを読んで書いたみたいだ...山田正紀の貪欲なまでの消化力は敬服に値する。たださすがにもう発表から40年たってることもあって、デテールのガジェットが古びているものがある。少しアップデートしてもいいのかもね。

付記:祝北海道新幹線開業。やっと現実が追いついたけど、ストを打つ労働組合は今いづこ。

No.62 4点 雲をつかむ死- アガサ・クリスティー 2015/12/20 21:21
クリスティって新しいモノ好きだなぁ...けど本作で描かれた飛行機の旅と今のそれとではかなり違うので、イメージするのが大変だ。向かい合わせの席があると思ってなくて、最初位置関係が??になってたよ。で本作の場合トリックに必要なものがイメージと違いすぎる(あと飛行機からゴミを捨てられる!)ので、今となっては賞味期限切れな作品..ということになるだろう(空さんの指摘も確かにそうだ...座席後部に共用の荷物置き場がある、なんてね)。
で思うのだが、本作は「青列車」と共通点がかなり多く、「青列車」のリベンジ!だったのかも。ヒロイン造形からしてそうじゃん。「青列車」と比べれば本作の方がミステリ度は高いが、小説的にはこっちのが退屈。ポアロがヒロインに気を使いすぎな気がするよ。けどヒロイン、ジェーン・グレイとは凄い名前だ。案の定、ジャップ警部がツッコんだな。
まあ良いキャラというと被害者の腹心のメイドと彼女が語る被害者像。なかなかハードボイルドな人生を歩んだ被害者で、役どころを言えばシモーヌ・シニョレというところ。

No.61 7点 死が最後にやってくる- アガサ・クリスティー 2015/12/13 21:22
う~ん、困った。本作、家物で派手な連続殺人が起きるけど、読みどころは全然ミステリじゃないよ。しかも、古代エジプトが舞台って言いながら、登場人物の心理はほとんど現代人的だから、早い話がコスプレである(ちなみに本作と偶然にも同年に古代エジプトを舞台とした波乱万丈の歴史小説、ミカ・ワルタリの「エジプト人」(ミイラ医師シヌヘ)が出てるから、そういう面でもちょいと不利だ...)。だから本作、ハーレクインとか読むくらいのつもりで読めば、ミステリとしてはともかく、ロマンス小説としては結構手堅くまとまっていて飽きずに面白く読める(7点はミステリの点じゃないからね)。
要するに「夫と死別したヒロインは実家に戻るが、父の再婚をきっかけに大農園を経営する一家は崩壊していく。農園管理人をしている幼馴染はヒロインと共に事件の解決を目指すが、それを通じてヒロインと幼馴染は....」ね、こういうこと! 実に王道。心理描写も細かく、いろいろキャラは立っているだけでなく、事件を通じていろいろ変貌していくのがなかなか読み応えあり。子供がすべての愚かな母親に見えて実はしたたかな兄嫁(ホロー荘のあの人に似てるな)とか、卑屈なおべっか使いの侍女だが本音は..とか、濃いキャラが満載の中で、ヒロインの祖母が暗黒面に堕ちたミス・マープルといった強面な雰囲気で実にイイ。連続殺人で家族内に死者続出のためミイラ作りが足元を見て値上げを要求したときに、「数が多いんだから割引すべきだよ」とジョークを飛ばす傑物! このバアサンのためだけにも読む価値アリ。だけどミステリだけは期待しないでね。

No.60 6点 書斎の死体- アガサ・クリスティー 2015/12/13 20:47
失礼、少しバレると思う。

本作は実は二人の被害者の対比(ガールスカウトvsショーダンサー)みたいなことが、本当は一番のサープライズじゃないのかなぁ。そこらへん映像で見てみたい気もする。ある意味悪趣味なジョーク、といった雰囲気があるのが本作のイイところのように思うから、そこが出るんだったら本作映画向きだよね。実際、シンプルで馬鹿げたトリックなんだけど、妙に盲点を突いているわけだから、本作みたいな正面からの本格ミステリじゃなくて、たとえば松本清張とかだったら社会のブラックホールみたいなものと絡めてうまく料理したかも...と思わせるところがある。ブラック・ジョーク的なトリックだからこそ、最後の死体移動が馬鹿馬鹿しくもうまく雰囲気に合っている。

で実際の機能はアリバイ作りだけど、実はこっちがどうもドン臭いことになっている。犯人がもう少し工夫すれば、ずっといいアリバイになったように思うが...クリスティは WhoやWhy は実に上手だと思うけど、How はどっちか言えば下手な方じゃないだろうか。フーダニットが基本だから、アリバイは強調しすぎてもしなくても、小説的にどっちでもやりづらいわけで、本作もその例に漏れない...そこらへんちょいと残念。

付記:よく考えると、最晩年のマープル物が本作のトリックの改善版だ、という見方ができると思う。本作のリアリティのなさを工夫して解消しているよ。

No.59 8点 鏡は横にひび割れて- アガサ・クリスティー 2015/12/13 20:13
本作はたった一つのキーワードが分れば、真相なんて自動的に出てくるような、あえて言えばパズル的な作品でもある。勿論それがキーワードであることを目立たないようにいろいろ細工してあるのがクリスティの腕なんだが....実は評者、本作を高校生くらいのときに初読して、そのキーワードを推測できてしまった、という懐かしい思い出がある。
中高生のミステリファンなんてのは、作家を自分とはかけ離れた教養と能力の持ち主だなんて崇拝しかねないものだが、本作によってある意味そこらへんを見切れたような気がするんだ...そういう自分の記念的な意義があるため、今回再読を楽しみにしていたんだ。だから評価甘いと思うよ。
うん、再読したが..シンプルな作品だなぁ。でも、事件がセント・メアリー・ミードの変化(新興住宅地化とか...)の中にうまく埋め込まれ、マープル自身が感じる老いと世話係との葛藤など、楽しめる(若干ミステリ外の)要素が豊富にあって単純に読み物として楽しい。直前の「ポケットにライ麦を」とか「パディントン」とか「ネメシス」につながるマープルの苛烈さが本作は薄く、「書斎の死体」とか「予告殺人」あたりの雰囲気に近い。そういえば本作以降、全部旅行先の事件だから、最後のセント・メアリー・ミード物なんだ....自分のそれと、物語舞台のクロニクルと重ね合わせてちょっと感慨。

No.58 4点 パディントン発4時50分- アガサ・クリスティー 2015/12/07 23:04
クリスティって変なコを描かせたら共感が筆を冴えさせるのか、すごくイキイキ描く作家なんだが、本作のルーシーみたいな有能でアタマも切れて行動力もさすが...なデキる女を描かせると、どうも書いてて恥ずかしくなってしまうのだろうか、あまり美味しい目にあうことがないんだよね。「ポケットにライ麦を」のミス・ダブとか「終りなき夜に生れつく」のグレタとか、「予告殺人」のレティシアとか、大概ロクな目にあってない印象がある。
本作だとルーシーはマープルの協力者として活躍するんだけど、その活躍&小説の盛り上りMAXなのが、序盤の終りの死体発見で、それからはタダの家政婦に成り下がり、話も低調なまま終わってしまう。序盤こそ「鉄道ミステリ?」って感じだが、すぐにクリスティ流の家モノ(しかもパロディっぽい)になるわけで、話の構成が途中で諸般の事情で...とかあるんじゃないかとカングりたくなるくらいに、おかしな方向に流れていってしまい、それからまったく立ち直れない。クリスティ、ルーシーがどうしても好きになれなかったのかなぁ。
あ、ミステリとしてはトリックも特になく、犯人特定はロジックもへったくれもない。それでもルーシー、評者は結構萌えなのでプラス1点。

No.57 10点 吸血鬼- H・H・エーヴェルス 2015/12/02 00:00
いわゆる三大奇書とタメを張れる海外作品って...と考えてみたとき、うん、本作なんていいと思うんだ。
まあ本作「吸血鬼」なんてタイトルだが、血まみれにはなるが一切超常現象は起きずあまり怖くないからホラー小説とは言えないし、幻想小説かというとあまりに明晰で偏執的にリアルだからサドがそうでないように幻想ではないし...で主人公は第一次大戦中(アメリカ未参戦)の状態でアメリカに渡って、エージェントみたいな立場で親ドイツ世論を喚起する講演でアメリカを回るドイツ人で、アメリカが参戦するとスパイとして逮捕されて監獄収容所行きになる。また軍馬への意図的な伝染病散布とも関わりがあって、しかもアメリカを背後から突くためにメキシコの軍閥?山賊?革命家なパンチョ・ヴィラに会いに行って工作するなんてエピソードもあるから、一応スパイ小説でいいと思うんだ。まあジャンルが何でもおよそ収まりが悪い作品で始末に負えない。
で特に力を入れて紹介したい点、というのがいくつかあって、一つは本作の結末が、「虚無への供物」の「読者=犯人」の先取りかもしれない...という点である(戦前に新青年で紹介されているようだ)。本作で主人公の周囲で吸血事件が起きる。実は主人公が夢遊病の中で起こしていた事件なんだが、ヒロイン以外の被害者の女性たちは主人公を吸血鬼みたいに捉えて爪弾きすることになるけども、ヒロインだけはそういう主人公を理解し、守り続ける...なぜかといえば、主人公は血によって生きる吸血鬼かもしれないが、この戦乱の時代の中で、あらゆる人間がすでに「血への渇き」によってどこかしら吸血鬼めいたものに変貌しつつあるのであって、主人公はその先駆けにすぎないんだ、と考えるからなんだ。「今日は火曜日よね...この火曜日をわたしはどんなに楽しみにしていたでしょう!しかしいいこと?これからは、どんな日もみな火曜日なのよ!」火曜日=マルスの、剣の日で戦いの日で血の日がいつまでもいつまでも続く、不吉な予言で本作は終わるが、この作者エーヴェルスは本作のあとナチに転んでいるから、これはホントウの予言である。
本作は文章が実にいい。「それからしんとなった。寒気がして、歯ががちがち鳴った。食いしばろうとしたが、駄目だった。震えにリズムを聞きとろうとした、が、リズムなんかなかった。」...これ、見事なハードボイルド文なんだよね。ヘミングウェイ(内容的に「日はまた昇る」と共通点が多い..)とかハメットとかを思わせるクールさに加え「全世界が発狂したあの年に、彼は、これが二度目と称して、出発したのだった」冒頭)と書く逸脱的で不吉な荒々しさ...これらが幻想的なのではなくて究極にリアルだ、というあたりが本作の禍々しさの徴である。
完訳の創土社版(前川道介訳)は暗黒文学での有名な入手困難本だけど、大きい図書館とかあるかもしれない。抄訳で少しづつ表現を短縮して訳した感じの世界大ロマン全集(東京創元社)版は古本で手に入りやすい。評者は中学生の頃本作の禍々しい毒に中ってずっと気になっていた...ごめんね、本作はどうしても紹介したかったんだ。

No.56 1点 成吉思汗の秘密- 高木彬光 2015/11/23 23:11
「時の娘」と読み比べるなんて無粋なことをしたんだけど、「時の娘」の堅実さと比較すると、本作なんてまったく比較の対象にならないや...
まあそもそも義経、というあたりで無謀。源平争乱の頃なんて史書もあまり信用できないから、現在の史学だとそもそも義経の経歴レベルで判ることさえそんなにないのを正直に認めたりするわけだよ。本作だと義経の経歴を南北朝~室町成立の義経記みたいな史書ならぬ「物語」から得るわけだから、やってることは史実の究明というよりも、文芸評論の部類にしかならないんだよね。オーケイ、だからこれは「小説」だ。
またいろいろと「証拠」を持ち出してくるんだけど、それらがほぼ出所不明な噂話レベルで「こんなの何で信じろっていうの?」と思うレベルのものだけど、名探偵氏はまともな資料検討もせずにイキナリ鵜呑みにする...紙幅の都合もあるだろうけど「物事を信じやすい人」にしか見えないや。これは小説の問題として大きな傷である。気になったので14章に出る「五十畑忠蔵」(写本を入手した新興財閥の主らしい)をネットで検索してみたが、まったくヒットなし。そもそも読者に対する説得力を配慮して書いているとも思えないね。
それでも小説としてのオチは天城山心中(実話)で、リアルタイムの出来事をフィクションの証明に使う、という仕掛けは判らなくもないんだが、輪廻転生を小説の結末にするとなると、本作の「フィクションとしての結末」にしかならないわけで、「立論自体のフィクション性」を強めているようにしか見えない...で、天城山心中の最大の問題は、これがテイが嫌悪し指弾する「トニイパンディ(歴史の捏造)」に他ならない、ということだ。いったい作者は「時の娘」をまともに読んだのだろうか?? ロマンチックな解釈は時として「歴史」を捏造しかねないものだという、「物語の倫理」についてのテイの告発をどう捉えるのだろうか?(少なくともご遺族はただただご迷惑だと思うよ...追記:どうやら天城山心中自体、一方的なストーカー殺人説もそこそこ有力らしい。ロマンよりも現実の方がずっと複雑怪奇、だねぇ)
悪口ばかりになるので、そろそろ止めるけど、今更ながら高木彬光のキャラ造形の下手さが目立って、誰も彼も筆者の主張を代弁するお人形。ジョセフィン・テイのキャラ造形のキュートさを何で学べないんだろう...

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.42点   採点数: 1255件
採点の多い作家(TOP10)
アガサ・クリスティー(97)
ジョルジュ・シムノン(90)
エラリイ・クイーン(45)
ジョン・ディクスン・カー(30)
ロス・マクドナルド(26)
ボアロー&ナルスジャック(18)
ウィリアム・P・マッギヴァーン(17)
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