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クリスティ再読さん
平均点: 6.43点 書評数: 1253件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.133 6点 曲った蝶番- ジョン・ディクスン・カー 2016/10/10 20:39
本作好き嫌いがはっきりするようだね。物語的な流れはスムーズでいろいろ盛り上がって面白く読める。カーのストーリーテラーとしてのイイ面が出てるね。ただミステリとしては、真相が分かっていて黙ってる人が多すぎ。こういうのフェアじゃないと思う。
でまあ、本作の特色...というか、オカルトの絡めかたなんだけど、最終的に「隣の黒魔術師さん」って感じの妙にカジュアルでおどろおどろしくない結果に終わるのが、評者なんか凄い好きだ。本作カーの中でもオカルトをこれでもか!と投入した小説になるんだろうけど(トリックもちょいグロだし)陰惨にならずに、妙に能天気な軽さが出るあたり面白い。犯人の告白がナイスだね。
要するに、淀川長治老師が「私の宝」と呼んで愛した某映画を評者も大好きなんだよ....まあだから小説としては7点だけどミステリとしては5点くらいで間をとって6点。

No.132 5点 ホッグ連続殺人- ウィリアム・L・デアンドリア 2016/10/02 23:03
どうも皆さんの書評読んで違和感を感じたので、急遽本作を再読した。邦訳が出てすぐの頃に読んでたな。今でもよく覚えてるよこんな感じだった。
第1の殺人:あれ、ひょっとしてこのネタはこうなのでは?
第2の殺人:矛盾しないね、たぶんそうだろう。
第3の殺人:じゃあ間違いないね、いいぞもっとやれ.....
とまあだから、クリスティで言えば「カーテン」とか「そして誰もいなくなった」に近いような、パズラーというよりも、ネタがバレても問題のない「仕掛けもの」のような感覚で読んでいたね。初心者じゃあるまいに、このネタ気が付いて当然のようには思うよ。連続殺人モノのパロディみたいな感覚で読んでたからまあ、ケッサクな部類なんだけど...出来は傑作とは程遠いなぁ。
第3の殺人以降の主となる関心は、「クリスティの例の有名パターンを採用するか?」ということになるんだけど、「採用しない方が絶対面白いだろうな」と今回は強く感じていた。本作のネタは結構いろいろな方向性(不条理とかSFとか思想小説とか)を持っていると思うんだけど、クリスティしちゃったら、本作はタダのパズラーにしか絶対にならないんだよね。で更に悪いのは、HOG登場の場面が直接描写されているあたりに評者は白けてしまったのだ。こういうHOGの内面も描いてしまう描写はいわゆる「神視点の三人称」ということになるんだが、これ本作はネタの問題からしてまずいんじゃない? またこれは評者の理想かもしれないが、パズラーは、探偵側と読者側との間に提供される情報差が目立つと、いろいろまずいように感じる...あそこ作者が「読者だけ」をわざと引っかけるために書いてるわけだから、フェアじゃないと思うんだが皆さんどうだろう?
結論いえば、とてもいい素材を下手なコックが料理してイマイチ、という感じの作品だと思うよ。もう少し繊細な作家が書いていれば、いろいろもっと面白い書き方を見つけたんじゃないかと思われる。
とはいえ1点だけ良い点。連続殺人による無責任で厨二な「昂ぶり」みたいなものを読んでいて感じられたこと。まあミステリなんてタカが無責任な読み物なんだが、その「タカが」の機能というのもちゃんとあると思う(評者もまだ若いな)。「九尾の猫」でも口直しに読むか。

No.131 5点 夜歩く- ジョン・ディクスン・カー 2016/09/25 19:00
創元の新訳で読んだ。和爾桃子って人の訳だ。この人Wikipedia の経歴で見ると21世紀になってから活躍しだした人だから、若い人なんだろうけど...

ときに、あの英国令嬢とのきわめて耳目をひくご高話なら勝手に拝聴したよ。言わせてもらえば、君の態度は慎重でじつに見上げたものだった。さてさて―

で、この英国令嬢は「遊ばせ」なんて言い方をしちゃうのである!すごいな。まあ、こういう擬古的な訳文が似合う作品であることは言うまでもない。今回読み直して本作って、何かキラキラ感があって少女ホラー漫画にうってつけの原作のように思うよ。JETあたり漫画にしないかしら? 古き佳きベルエポックのパリに跳梁する人狼...というゴシックな世界観が本作のウリなので、この訳はそういう用途をちゃんと満たしたイイ訳だと思うね(ググるとイマの優秀翻訳家で結構名が出る人のようだ...要注目)。
まあ作品としてはクラシックなネタなので、イマドキのスレた読者が真相にびっくりするのはちょっとムリと思う。それよりも、カーの処女作ということで、カーがそれまで好きだったいろいろなもの(ポーとかマクベスとかアリスとか)を「とにかく詰め込みました!」というノリで繰り出して見せる小ネタが楽しい。そういう意味ではアマチュアとプロの境界線にあるような作品かもしれないが、それゆえの勢いはあるよ。
あと本作のトリックって本作だとうまくいくのが不思議なくらいの危ない橋だ....犯人像ももう少し突っ込むといいんじゃないかしら。このネタだと心理サスペンスくらいの方がいいような思う。
というわけで、本作はミステリで読むよりも、ホラー系キャラ小説くらいで読んだほうが楽しいと思う。期待せずにノンキに読んでくれ。

No.130 9点 寝ぼけ署長- 山本周五郎 2016/09/19 20:18
本作は時代小説の巨匠山本周五郎が書いたミステリ。文庫のロングセラーで結構な人気作だ。ただしね、多分「ミステリマニアは除く」なんだよね...ここらへん評者はイジが悪いせいか、とっても面白いと思う。
本作表面的にはちゃんとしたミステリの連作である。普通のミステリ短編集よりも殺人事件比率が低いかな、とは思うけど、事件あり、意外な真相あり、と決して形式的にはミステリから逸脱するものはないのである...主人公の警察署長五道三省はちゃんと名探偵もしている。がしかし、本作がどうしてもミステリから逸脱する部分というのは、小説のプロットの部分ではなくて、内容的な部分なのである。
「罪を憎んで人を憎まず」というセリフがあるが、実はミステリはこれでは始まらない。「人を憎む」部分が犯人の追及なのであって、その結果断罪を控えることはあるかもしれないが、真相の解明なくして何も始まらないのはいうまでもない。本作の最初の短編「中央銀行三十万円紛失事件」では犯人は実質3人のうち誰かに絞られるだが、五道署長は真相の解明ではない別な解決手段を提示してそれを納得させる。これで読者を納得させよう...というのが本作、できているのだ。ちょっとこれは驚くべきことだ。「ミステリの心理的前提」を見事に無視して小説を成立させるのだから、反ミステリかもよ。
野村胡堂の銭形平次がそうであるように、時代小説は、実際の江戸時代に取材した小説というよりも、世知辛い現代に対する作者の理想を投影したユートピアとして描きだしたファンタジーという色彩を帯びるときがある。そういう理想主義というものは、時代小説には合うのだが、ミステリだと一般的な正義感はともかくとして、正面切っては取り上げづらい...五道署長は貧乏人の味方に立って、立ち退きを迫る高利貸から官舎を開放して保護すると同時に、高利貸に一泡吹かすし、屋台営業からの搾取を強めるヤクザから、屋台の人々を保護して新しいショバに移転させ組合による団結を裏から指導する...そういう「正義の人」として五道署長が描かれてるのだけど、これが少しも浮ついてないのである。多分これほど「正義」というものをマジメにとらえたミステリはないのではないのだろうか。そういう作者の真摯さがファンタジーかもしれないが作品を通じて本当に伝わるのが、本作の人気の最大の理由だろう。
あ、個人的には「十目十指」がベストと思う。ちょっとしたねたみや偏見・悪意が増幅される地域社会を、正義の人五道署長が正す話だけど、非常に今風のテーマだと思う。あと「夜毎十二時」ってクリスティの短編にほぼそっくりの内容のがあるな。まあありがちなトリックだけどねぇ。
というわけで、本作、ミステリマニアにとっては試金石だ。あなたはどう読む?

No.129 6点 黒の様式- 松本清張 2016/09/19 20:12
オトナ専用の小説を評者が一番最初に読んだのが、多分コレだ。まあ評者マセてたから、小学生くらいで乱歩とか司馬遼太郎とか大人バージョンを平気で読んでたけど、乱歩はエログロでもホラー映画みたいなもんだし、歴史小説はエロないし...で、コレだよ。たまたま親が借りてきたカッパ・ノベルスが転がってて読んだんだよね。
まあもちろん最初の作品「歯止め」。結構鮮明に憶えてたね。思春期の男の子の性欲を処理するために母親が...というぶっちゃけオコチャマには相当ハードな作品。読んで困ったことを記憶している...
ミステリとしては改めて読むとやや飛躍がおおく、あくまで主人公夫婦の憶測にすぎないわけで、あまり決定的なことはない。けど、夫婦の想像だけで話をちゃんとまとめてオチにできる清張の筆力が剛腕。ミステリらしい解決をちゃんとせずにうまく収めるのは、余韻とか余白美とかちょい伝統日本的な美意識が感じられるわけで、ミステリとしてはオチなくても小説としてはちゃんとオチでいる。読者がいろいろ想像することによる後味の悪さがいい。一体ヒロインの主婦今後どうするんだろうね...何か怖い考えになりそうでしょ?
で2つ目の「犯罪広告」は全然記憶なし。田舎の漁村で起きたトラブル。ミステリって本質的に都会小説の側面が強いから、金田一岡山ものだって都会人から見た田舎、って視点で書かれるけど、さすがに清張で田舎の人間関係にリアリティがある。何となく連想したのは「本日休診」で、この作品の内容だとコメディタッチで書きなおすのができるんじゃないかなぁ。
3つめの「微笑の儀式」は何となく憶えてた。デスマスクとって痕跡がまったく残らないのは不自然だと思うよ。これはトリックにはあまり関らないから、デスマスクでしない方が良かったように思う。
所収の中編3本のうち、1本目の「歯止め」が内容的に一番ミステリらしくない話なんだけど、それでもこれがインパクトも内容面でも、一番ミステリっぽい満足感がある、全盛期の清張の底力、って気がするな。

No.128 6点 愛の重さ- アガサ・クリスティー 2016/09/19 20:00
ウェストマコット6作の中で最後の作品。本作は話の枠組みとしては、ヒロインがヒーローにプロポーズされるところで終わるから、カタチとしては恋愛小説、ってことになるんだろうけど、読んだ印象はそういう感じじゃあ全然ない。どっちかいうと年の離れた姉妹の軋轢(でもないんだが..共依存?)みたいなあたりが印象に強く残る。
評者も実はそうなんだけど、人に何かされる、ってイヤなんだよね。他人にしてあげるほうがずっと気が楽である...そういう心理の話。実は評者の母親もそっくりな性格なので、親子でそうだといろいろややこしかったよ。愛する方より愛される方がずっと負担だ、と分かった末、ヒロインは「愛される」のをやっと受け入れるという屈折したあたり、ホント評者は身につまされるぜ。
本作実は殺人も一つ隠れているんだけど、全然これは主題じゃない。ミステリ色は非常に薄いけど、それでも「無実はさいなむ」の別バージョンみたいな話だと思う。クリスティの中ではホントにシブい作品だけど「無実はさいなむ」が気に入ったなら本作もおすすめ。

No.127 5点 猟人日記- 戸川昌子 2016/09/19 19:52
本作とか言ってみれば「ウラ」の作品だ。何に対してウラか、というと本作だと「大いなる幻影」にである。新人作家の出世作で古典的名作に定着した作品に対して、同時期に書かれたけども「出世作のウラに隠れた作品」というわけで、黒岩重吾なら「背徳のメス」に対して「休日の断崖」、松本清張なら「点と線」に対して「眼の壁」、高木彬光なら刺青に対して能面、鮎哲なら黒いトランクにペトロフ事件..というように、今一つ作品的注目度が低いけども、作家理解には絶対外せない作品になるタイプの作品だ。
カサノヴァ的漁色家が、自分がガールハントした女性の記録を「猟人日記」としてつけているのだが、この男が、新しい女性をオトした夜に、その前の相手がなぜか殺されているのに気がつく..これはワナだ、男は殺人の現場に閉じ込められて....というはなはだサスペンシフルな話。ツカミはオッケー。
まあ本作「幻の女」の変形だな。漁色家が捕まるまでの前半と、その後弁護士グループがこれが冤罪と気がついて真相を調べる後半とでは、前半の方が描写にもオモムキがあってずっといい。後半はミステリとしては必要だけど、調査員と漁色家が以前ハントした女性と、個人的な関係があって..というあたりはともかく、ミステリの部分で損している感じが強くする。まあ、真相は何となく気がつく気もするが、そこまでヤルか、という少しムリの多い真相だと思う。なので、ヒネって考えすぎて、ヒネった割に効果があるか..というくらいの感じで、悪いとまではいわないが面白いとは思わない。
本作の最高の箇所は、残念なことにプロローグだ。これが本当に秀逸。「流浪の民」ってのがイイ。バーとかでふとで感じる孤独感の描写としてベストの部類。風俗ミステリとして「六本木心中」とかと比較してもいいかもね。

No.126 6点 ハマースミスのうじ虫- ウィリアム・モール 2016/09/19 19:43
本作は「酔狂」という言葉に尽きる。けど、今の日本人だと、この「酔狂」さがたぶん伝わらないと思うよ。日本の「わびさび」に近いものがあるから、理解不可能じゃないとはいえ、イギリス人独特のスノビズムとひねくれたセンス(しかも古めだし..)を楽しむ雅量がないと、本作ばっかりは読んでもムダのように思う。
本作は要するに「マルヴォーリオいじめ」だ。だからこの厄介さはイギリスの階級社会の対立のニュアンスがイマドキつかみにくいことが原因にある。本作の著者は解説にしっかり解明してあるけど、MI6の幹部だったわけで、要するに大英帝国の柱石たるジェントリー層の出身として、その論理によって本作が書かれているわけでね...まあおかげで具体的なマンハントの詳細がリアルに描かれるのは良い点だね。
というわけで、本作かなりひどく読む人を選びます。イギリスの文化史に関心・知識があるんなら、読んでも楽しめるかもね。個人的にはフランス文学マニアの警視に萌え。

No.125 7点 神狩り- 山田正紀 2016/09/12 23:20
山田正紀の出世作にして日本SFでは名作として知られる作品である。昔から好きな作品なんだが、今回これを書こうと思ったのは、評者も本作をなぜか「ハードボイルドっぽい」という印象をもち、どうもそう思う人が多いみたいだ...というあたりがずっと気になっていたからなんだよね。まあ直接には「背徳のメス」という社会派兼ハードボイルドの作品について「主人公のエゴイズム」というあたりをキーにできないか、とも思いついたこともある。
まあ本作の主人公、島津もあまり褒められた人物じゃないな。尊大・傲慢といったあたりはカワイイものだが、情報工学と言語学がクロスするあたりの天才科学者という設定で、「古代文字」の研究の行きがかりから「神を狩る」プロジェクトに巻き込まれ、周囲の人々が次々に犠牲になることを通じて、ドロップアウトしつつほぼ妄執に近い形で神と対決しようとする...学生運動をハメてまでしてコンピューターを使おうとするあたり、「俺的正義」な(それに少し今で言えばセカイ系な)クサさがある。まあここらへんのキャラ造形が結構斬新で、ハードボイルドっぽい印象が出ているわけだ(ちなみに続編の「神狩り2」だと老残の身をさらすことになる...)
実際読み直して、どうもネタはチョムスキーあたりだけみたいだ、と気が付いて、ちょっとびっくりしている。この人のネタの消化力は凄まじいものがあるのは重々承知だが、チョムスキーをネタにここまでのフィクションを書けるというのは本当にすごい構想力である。

であと本作って、滑り出しは国際謀略モノみたいに始まって、キャラ造形はハードボイルドっぽくて、オカルトネタの絡んだSF、というホィートリー⇒ブラックバーンみたいな流れのジャンルミックス小説なんだよね...ここらちょっと不利に働いたのかもしれないな、と今にしてはちょっと思うところもあるな。
最後に本サイトだとネタばれせずに面白みが分かって貰えると思うんだが、本作と「ホッグ連続殺人」を並べてみるといいと思うよ。どうかしら?

No.124 7点 悪党パーカー/人狩り- リチャード・スターク 2016/09/11 12:51
評者学生時代ミス研じゃなくて映研だった。大学生活最初にオールナイト行ったのが当時人気絶頂だった鈴木清順で、トリの「殺しの烙印」を見た後で先輩に「これって深夜プラス1とあと、奥さんに撃たれるあたり人狩りですね..」と言ったら、一目置いてくれたよ。ミステリ読んでおくものだね。
でまあ本作、アウトフィットという呼び方とか余計な知識が付く(苦笑)だけでなく、かつて「ハメットの後継者」って宣伝文句があったくらいの、ウェストレイクの文章のハードな良さが堪能できる。

シボレーに乗った若い男が便乗をすすめてくれたが、パーカーは、糞くらえと断った。

いきなりこれで始まる...グズグズせずにズバっと核心に切り込む文章の鋭さが素晴らしい。ノってるなあ。省くべきを省く省筆のセンスが極めて映画的である。ここらへん、私立探偵小説じゃない悪漢小説だけど、「ハードボイルド」を存分に楽しめる。

No.123 7点 明治断頭台- 山田風太郎 2016/09/08 21:42
金瓶梅をやったついでに、名作の誉れ高いが未読だった本作を読んだ...まあ両者ともパズラー風歴史短編の最後で全体の構図が変わるような連作の仕掛物で共通点があるんだが、1954年の金瓶梅と1979年の本作だと、25年の歳月がたっているわけで、実際にはそこらの評価ということになると思う。
金瓶梅はミステリの枠を破ろうとする覇気に満ちた作品(実際ミステリからハミ出てる)だけど、本作は一種その逆で、ジャンルにこだわらない自在さを得ていながらも、あえて「ミステリ」に愚直にこだわったようなところがある。本作の物理トリックメインなところってそういう風に評者はみたんだけど、まあ皆さんの本作高評価はその「あえて」のあたりにあるような気もするんだよ。
でまあ、最後にひっくり返しがある、とわかってれば、実はそう意外な結末でもないように思う。第1話が事件なしで邏卒の皆さんのキャラ造形だけで終わってるのは、一種の伏線だって評者は気が付いてたな。だから結末の「姫を護りきって壊滅する」邏卒たちってのが、実に風太郎固有の味わいで感銘がある...
まあそういう風に、トリックがファンタジーなのも含めて、風太郎らしい作品なんだけど、「こだわり」が分かるだけに何か窮屈な感じもする。本作いい作品には違いないんだが、評者は金瓶梅のアナーキズムの方を買いたいな。

No.122 3点 おしどり探偵- アガサ・クリスティー 2016/09/05 21:27
本作、初期のクリスティのファンアート的な部分が強く出ていて、要するに探偵ごっこ+夫婦漫才の短編集である。評者こういうの苦手だ...「ビッグ4」ほど破綻してはいないけど、ノリは一緒。
トミー&タペンスだったら評者は中期以降の「NかMか」か「親指のうずき」とか熟年になってからの方がいいや。評者としては苦手感が最初から漂ってた作品集なので、いままでずっと敬遠してきてやっと読んだわけだ。ふう、これでお役御免でほっとしている。

内容的には「死のひそむ家」のトリックって、後の中期ポアロ物のトリックの原型だよね。最初の最初からこの人「毒物の女王」だったわけでね...
あというと、本作は訳題もう少し何とかならんか、と思う1冊。創元版の「二人で探偵を」の方がずっと、いい。

No.121 6点 休日の断崖- 黒岩重吾 2016/09/05 21:09
本作は無頼派の業界紙社長が、友情の名のもとに、ビジネスマンの友人の死の真相を探るのと同時に、いわれなき汚名を晴らそうとする...というわけで、一見ハードボイルドっぽく見える筋立てなんだけど、「背徳のメス」と比較するとそれほどハードボイルドな印象ではない。
まあ、イマドキの私立探偵小説だったらこんなんもアリなんだろうけど、主人公は友情とか正義とか大義名分の立つ感情に則って動いている分、「社会派」になっている感じもするな。
あ、本作一応アリバイ崩しもの。清張の「点と線」とか「時間の習俗」だって社会派アリバイ物のわけだが...まあリアリティはあるけど、期待するようなもんじゃないか。どっちかいうと共犯者の動きかたとかもう少し工夫ができたかな、とも思う。
まあ、ママのいるクラブっていういかにも昭和なオヤジ世界を中心に描いた作品で、そこらにレトロな価値を見出すのもアリかもしれないね(あと飛田とか今でもあんな感じみたいだよ。時が止まってんな)。

No.120 7点 背徳のメス- 黒岩重吾 2016/09/05 20:57
ミステリ史的に言えば本作とかいわゆる「社会派」の確立期の名作ということになるんだけど、本作については別に「ハードボイルド」という言い方もされるあたりが面白いな。社会派もハードボイルドも、ミステリの枠に文学性とリアリズムを持ち込んだ、という点で軌を一にするわけで、日本でハードボイルドがさほど流行らない理由は何か、といえばそれは当然「松本清張がいたから」という当たり前な理由になるんだが...
じゃあ何で松本清張は「社会派」であって「ハードボイルドでないの?」か、何で本作が「ハードボイルドな印象があるの?」というとこれは難しい問題になると思う。結構評者それが引っ掛かっていたんだが、今回読み直してその理由が何となくわかってきた。本作は「主人公のエゴイズムを軸に話が動いている」という点が「ハードボイルド」な印象を生んでいると思うんだ(これは同じ作者の前作「休日の断崖」と比較するといい)。
まあ植って男、本当にワルい奴で、「自分の正義」以外では絶対に動かないエゴイスト。そこが何かいい。魅力的に書けるあたりさすがの筆力。文章はいわゆる「ハードボイルド体」には遠いし、少々若さが目立つ青臭さもあるけど、独特のねちっこさがあっていいな。
これはホント個人的な感想になるんだが、評者現在大阪ミナミに住んでいる。黒岩重吾って大阪の図書館だと「郷土作家」のカテに入れられる人でね...本作とかでも全部リアルな地名で通してあるので、評者の生活圏での事件ということになって、時代を越えても地誌的なリアリティを強く感じていた。ちなみに頻繁に出る「ユニバース」ってダンスホールは現在大箱のイベント会場になっていて、行けばかつての栄華の名残を堪能できるよ。
まあそういう意味でも「リアリティのあるミステリ」を作り出した画期的な作品の一つであるし、また本作の上で社会派とハードボイルドがたまたま交錯する瞬間のようなものを感じるのもまた一興。

No.119 10点 妖異金瓶梅- 山田風太郎 2016/08/28 08:52
本サイトだと「本格/新本格」カテになるんだけど、本作のカテって本当は「奇書」だよ。中国四大奇書がネタだってことだけでなく、「ミステリの枠を借りながら、ミステリの限界をユニークに突破した作品」という意味で黒死館とかドグマグとか供物同様の奇書だと思う...
まあ本作、なかなか類例も少なく実現の難しい魅力的な「名犯人小説」の上に、直接的な動機はもちろんその都度示されるのだけども、本当の意味での「性格的な動機」が一番の見せ場である「凍る歓喜仏」の中で犯人の啖呵によって示される...これが本当に感動的である。前半がある意味同じスキームを繰り返して強調していたのが、ここら辺から怒涛の結末を迎える。本作のまさに「エロスの論理」が、ミステリと水滸伝世界の「タナトスの論理」を凌駕し屈服させる力技を示すのだ!
まあ、前半の繰り返しスキームさえ、「愛する者」は「愛される者」の隠された罪を暴くのだが、それは「愛ゆえに」である...という遊戯のルールに則ったものである。だからそれがトリック的にファンジーだからどうだってんだ。本作はこういう遊戯性と愛で揺れる振幅の中にある作品なので、西門慶家での血の匂いのする酒池肉林は、その遊戯性ゆえに「ソドム百二十日」の形式性と極めて近いもののように思うよ。
評者風太郎作品ベストテン選べるほどには読んでないのだが、まあ本作風太郎最高傑作に挙げる人も結構いるようだね。それが頷ける風太郎的傑作であると同時に、極めて日本らしいジャンルである「奇書」にカウントしたい名作である。

酔いたまえ。

No.118 6点 小人たちがこわいので- ジョン・ブラックバーン 2016/08/15 23:54
もう6・7年前なんだけど、実家に転がってた本作読んで、「おお、面白い!」となって、探してみたら時ならぬブラックバーン再評価の真っ最中。「何でイマドキ?」と思わんでもなかったが、評者これを「黒萌え祭」なんて呼んで、ありがたく論創社で出た3冊も読ませてもらったよ。で...なんだが、面白かったのは本作と「薔薇の環」くらいかな(「リマから来た男」は読めなかった...残念)。やはり創元のセレクション力はまともだったわけだ。
まあ本作、そう名乗ってないけど一種のクトゥルフ物だよ。背景世界もR.E.ハワードのホラーとかなり近いし、ラヴクラフトの「クトゥルフの呼び声」っぽいモチーフだしね。ジェット機の爆音が詠唱となるあたり秀逸で、こういうのがモダン・ホラーらしいあたりだから、SFとホラーの..とか今更言い出すのも評者は?と思う。それならラヴクラフトの「狂気山脈」とかどうなのよ。
というよりも、黒萌え祭なんだけど、どうもみなさん誤解してないか?どっちか言うとブラックバーンって作家は文章はうまいし、サスペンスも盛り上がるし、構成も工夫があってしっかりしているにもかかわらず、ネタがどうしてもB級で脱力する...という残念なあたりを、生温かい目で愛でる、というのがその趣旨だったように感じているよ。まあだから本作とかちゃんとクトゥルフ物の系譜にうまく入れるといいように思う。B級C級度で言ったら本作の比じゃないヒドいの結構あの世界あるわけでね...

No.117 6点 さらば愛しき女よ- レイモンド・チャンドラー 2016/08/15 23:29
チャンドラーって不思議な作家だと思う。評者はチャンドラーは大好きなんだけども、なぜこんなに一般人気があるのか良く判らないんだよね。清水訳の解説が稲葉明雄氏で、チャンドラー受容史みたいなことを書いているのを読んで少し納得がいっている。戦後に紹介された当初は人気なかったようなんだよね。スピレインやウールリッチは紹介当初から日本でも大人気だったようだけど、どっちかいえばチャンドラーは「読み方がわからない...」という感じで敬遠気味だったようなのだ。
で稲葉氏は「その手法と語法が前衛的なこと」を不人気の原因に挙げているわけだけど、評者はこれで納得した。要するにチャンドラーは「前衛芸術」ならぬ「前衛ミステリ」なんである。本作「さらば愛しき人よ」ってチャンドラーの中でも「人気作」になる方のものなんだが、こうして読むと、要素が結構バラバラなんである。一旦パルプフィクション的な私立探偵小説を書いたあとで、それを切り刻んで再構成したような(まあ元が短編を合体させて書かれているわけだし...)バラバラ感を感じるんだよね。だからマロイを巡る真相が何か取ってつけたようで、何となく流布されているマーロウとマロイの間の共感とか、そういうものは多分「長いお別れ」から見ての逆照射の結果なんじゃないか、と思わせる。
マロイは冒頭と落ちを付けるだけだし、アン・リアードンは助手というほどの活躍もしない。賭博船に乗り込む積極的な理由もないし、イカサマ医者に監禁されたのも何か白昼夢のなかのようだ。その代わり警官たち(元警官のレッドや署長遺児のアンを含め)が、腐敗のさまざまな様相を語る....「警官」小説じゃないかしら。
で、問題の文章だけど、こういうのだもんね。

それからベッドの上に坐って、足を床に触れた。床は裸のままで、ピンと針があった。雑貨小間物は左側です、奥さま。特大の安全ピンは右側です。足が床を感じ始めた。私は立ち上った。骨が折れた。

私は慌てて、頭を下げた。ライトが私の頭の上を剣のように横切った。クーペは停った。エンジンの音がやんだ。ヘッドライトが消えた。静寂。やがて、ドアがあいて、軽い足音が地面を踏んだ。再び、静寂。こおろぎの啼く声もやんでしまった。

タイトでシュール、それ自体で立ってる文章だと思う。これやっぱり前衛小説だよ。チャンドラーのそういうセンスを愉しむための作品。とはいえマーロウの造形はまだこの時点では、パルプフィクションのヒーローらしさを留めている。「ハメット=チャンドラー=マクドナルド・スクール」なんていったい誰が言った?

No.116 6点 喉切り隊長- ジョン・ディクスン・カー 2016/08/15 23:21
まあ本作、探偵役がジョセフ・フーシェだ、ということ。本当にそれに尽きる。
評者高校生の頃に、ツヴァイクの伝記小説「ジョセフ・フーシェ」を読んで、フーシェにはマジ憧れたぜ。高二病、だなぁ。まあフーシェの出る創作だとツヴァイクのそれがもう唯一無二の典拠になりかねないんだが、今だとツヴァイクのが「創作おおいじゃん」と指摘されてるみたいだ。それでも伝記小説にクセに下手な伝奇小説より波乱万丈なアレは一度読むといいよ(あとイマドキなら長谷川ナポレオンも面白い。これだと「喉切り隊長」で名前だけ出る元帥たちのキャラが理解できる)。まあ本作フーシェの愛妻家ぶりがキーになるとか、フーシェ・ファン的なポイントが実に高い。
でカーの小説「喉切り隊長」だが、読んだ印象は歴史ミステリと云うよりも、冒険小説と云うよりも、とにかく昭和初期の時代伝奇小説(丹下左膳とか砂絵呪縛とか)に近いテイストを感じる。まあそうだ、ニヒルな怪剣士とか、主人公を巡って争う二人の女性(貞淑vs妖婦)とか、洋の東西を問わず、エンタメの定石ってこうなんだよね、と思わせる。ひょっとしてだれか時代作家が本作をネタにしてない?と思うくらいだね(「センダ城の虜」が「桃太郎侍」に化けた伝でいえば...どうだろう、フーシェは鳥居耀蔵くらいか? あとわざと挑発して剣を抜かせて...は助六だよ)。
でまあ意外な犯人というか、ミステリとしてのネタで考えると、本作は皆さんがいうのとは別な視点で面白いと思う。それは最後まで具体的なキャラとして直接登場しない人物が犯人だ、ということね。まあ犯人像自体は明白というか、真相解明で否定される表面のロジックにちょいと違和感があって、説得力が薄いように思うよ...これだとフーシェじゃなくても気がつきそうな気がするな。まあフーシェ自身の立場からする腹芸が面白みなんだけどね。
けど本作ひらがな比率の高い翻訳(島田三蔵訳)が妙に読みづらい。ところどころ何言ってるかわかりづらいところもある...

No.115 8点 夜鳥- モーリス・ルヴェル 2016/08/15 23:11
評者中学生の頃の学校図書館に、ボロボロの「世界大ロマン全集」があって、その頃から変人だった評者はこんなのを耽読してたんだよ....中でも印象深かったのは以前にここで書いているエーヴェルスの「吸血鬼」とか、あと乱歩の「白髪鬼」のネタになったコレリーの「ヴェンデッタ」とかあるけど、中でも強烈な印象なのがモーリス・ルヴェルだった。
で10年ほどまえふと本屋の棚を見てると...あるじゃんルヴェル。狂喜乱舞して購入。そんなの再び読めるとか思ってなかったよ。でもしっかり名前は頭に刷り込まれてた。
で読むと、本当に内容が蘇る。この創元推理文庫版も同じく田中早苗訳で、それこそ同じ文章だから「ええ、ル・バングよ...あの死刑執行人(くびきりにん)のサ」とか鮮明に憶えていた。で改めて読むと、戦前に「新青年」に載ってたことが信じられないくらいに、モダンで読みやすい訳文が非常にイイ。クラシックな味のある文章の歯ごたえ感が心地よいな。またルヴェルの極めて優れた性質として、場面の絵的センスがいい。短い話を「光景」としてまとめ上げ、「絵」としてかっちり決めてみせるウマさがある。
まあ本作品集は今でいえば「ショートショート」くらいになるんだろうけど、当時は「コント」と呼ばれていたジャンルに当たる。考えてみりゃジュンブンガクの代名詞に使われちゃう芥川龍之介だって、どっちかいうとコレに該当する作品が多いように思うよ。どうやら当時のフランスの小説だと他に「ポルトレ(肖像)」とか「スケッチ」とかいろいろな視覚的な分類の短編のジャンルみたいなものがあったようだけど、そういう視覚的を刺激する名前のついたジャンルをルヴェルの作品は強く連想させる。
まあ類型的といわれるかもしれない話なんだけど、そういう普遍的な情念をセンセーショナルな「絵」にまとめ上げる手腕は大したものだと思う。普遍的な情念だからこそ、それを強調すれば結末はある残虐なものにならざるをえない...個人的には「或る精神異常者」(突発事故を目撃することを唯一の道楽とする男が、自転車曲乗りに毎日来場するようになった、。その狙いは?)「碧眼」(死刑になった情人の墓に備えるため、娼婦が病院から一時外出して客を取ったが...)「青蠅」(どうしても殺人を認めない犯人がその死体を前にして...)「情状酌量」(わが子が強盗殺人犯として逮捕された母親の奇策とは?)あたりがお気に入り。

No.114 7点 マン島の黄金- アガサ・クリスティー 2016/08/15 22:56
本短編集はクリスティ死後に編集された落穂拾いの短編集である。まあこの手の短編集というと好事家向けの域を出ないのが当たり前なのだが...さすがにクリスティ、そんなことはない。それだけでなく「評者的に必読」級短編が2つもあるという結構スゴい短編集だ。ミステリ色の薄い短編でイイのが多い。
必読1「夢の家」。評者は「終わりなき夜に生れつく」が大好きなせいか、あの作品で十分に展開された「夢の家」モチーフがすっごく気になっている。短編「リスタデール卿の謎」とか「親指のうずき」とか、あと「スリーピング・マーダー」もそうだね。どうやらこれがこのモチーフの初出。最初はホラーなんだね。
必読2「クィン氏のティー・セット」。どうやらこれは短編集の最後の作品「道化師の小径」のさらに後の設定の作品である。やはりクィン氏ものはサタスウェイト氏の懐旧のまなざしですべて眺められているからイイんである。まあ犯罪計画が今一つ腑に落ちないけど、サタスウェイト氏の主観描写によるフラッシュバックみたいな効果が生む緊迫感がいい。何十年かぶりにあう旧友宅での、アフタヌーンティの最中に未然に毒殺を防いじゃうという超名探偵ぶり(苦笑)。クィン氏好きだ...「愛の探偵たち」はあまり出来が良くないからなんだけど、なぜ本作が短編集に入らなかったのはホントに不思議(まあ「道化師の小径」はすごくキリのいい作品なんだけどね)。
あと「壁の中」は「愛の旋律」に近いアーチストの私生活をめぐる作品。辛口な良さがある。まあこれはウェストマコット作品として読んだ方が面白かろう。「孤独な神さま」は甘口なラブロマンス。けど男女ともオタっぽいのが何かイイ(これ誰か少女漫画にしないかな)。
ポアロが出る「クリスマスの冒険」「バグダッドの大櫃の謎」は両方とも「クリスマス・プディングの冒険」により長いバージョン(本短編集版が初出でそれを引き延ばしたらしい)が収録されていて、これはそっちのがずっといい。表題作「マン島の黄金」は実際にクリスティが依頼された宝探しパズルのシノプシスみたいな作品。ま、雰囲気は伝わるけど、現地にいかないとパズルにならないから、作品としてはご愛敬くらいのもの。それでも地図とか写真とか載ってると何か盛り上がるよね。この体験が「死者のあやまち」に使われたわけである。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.43点   採点数: 1253件
採点の多い作家(TOP10)
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