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クリスティ再読さん
平均点: 6.39点 書評数: 1384件

プロフィール高評価と近い人書評おすすめ

No.404 5点 判事への花束- マージェリー・アリンガム 2018/09/16 23:33
アリンガムというとその昔は訳書が少なくて、よくわからない作家の代表みたいなものだったけど、少ない訳書の本作、読んだらどんな作家か更にわからなくなるような作品だ。
2代目として従兄弟たちが経営する老舗出版社の金庫室で、共同経営者の一人の死体が見つかった。その男、数日前から失踪していて、心配した従兄弟の一人が、友人のキャムピオン氏に調査を依頼していた。が、その従兄弟が検屍法廷での評決で犯人に指名されてしまった。前日にその金庫室に入ったのに、そこにあったはずの死体を見ていなかったのだ。いよいよ裁判が始まる。キャムピオン氏は友人の無実を信じて調査を開始した....20年前に不可解な人間消失を遂げた別な従兄弟の事件、社宝とされてきた古典作家のエロ戯曲原稿の行方は?

と書くととてもおもしろそうなんだけど、ほぼあらゆる要素が腰砕ける、というとんでもない作品なんだよ。「判事への花束」とタイトルはついていてもガチの法廷攻防があるわけでもないし、最終的にはうやむやになる。アリバイ工作もないわけじゃないが、正面切ってどうこうというものでもない。犯行方法はやや変わってるが、びっくりするようなものでもない。人間消失も大したものでもない。キャムピオン氏と元泥棒の召使とのやり取りが気が利いている、というほどでもない....こうやってまとめてみると、いいところ一つもないな(苦笑)。
しかしね、幕切れが関係者の「その後」を描いていて、これがなかなか、いい。いいと言うのもオカシな話だと思いながらも、評者とか妙な共感をおぼえるんだ。アリンガムって、わけがわかんない作家だ....

No.403 8点 スマイリーと仲間たち- ジョン・ル・カレ 2018/09/16 17:14
スマイリー三部作というと、どうも「ティンカー、テイラー」「スクールボーイ閣下」だけがクローズアップされるきらいがあるけども、掉尾を飾る本作も前2作に負けないというか、勝ってる部分も結構ある名作だと思う。まあこの3部作、最初から読まないと面白みが薄いので、最後の本作に到達するまでが...はあるんだろうけども、これを読まないのはもったいない級の作品なのは間違いない。
基本は「ティンカー、テイラー」風の、スマイリーの行動中心の作品である。本作では被監視対象の亡命者「将軍」殺しを巡って、それが大事にならないように以前の担当者であるスマイリーに後始末を依頼する、というのが名目である。スマイリーは前作「スクールボーイ閣下」でウェスタビーの不始末の責任を取るかたちで引責して、引退状態なのを無理して再出馬するわけだ。だから「ティンカー、テイラー」以上に「孤独な戦い」を強いられる。もちろん、地味に関係者を回って話を聞いて...が主体なので、ほとんどハードボイルド私立探偵小説風の読み心地である。これがなかなか、いい。回る対象はほぼ昔の直接の配下や仲間たちなので、懐かしがる者もいれば、スパイ稼業に反発する家族を抱えていたりして、それぞれにそれぞれの人生感がある。元アレリン派で点灯屋のチーフだったヘスタエイスなんて、中東美術品バイヤーとしてそこそこ成功していて、過去のいきさつを蒸しかえすスマイリーに「ジョージ、いちどでいいからきいてくれ。たのむから、な、ジョージ。いちどだけでもおれにも説教のまねをさせてくれ」と引退スパイが「いまになってクレムリンめがけ騎兵隊最後の突撃かい」と年寄りの冷水なのを忠告するシーンが、情感ダダ漏れでいい。
結局スマイリーの調査はイギリス国内では済まなくなって、結局西ドイツで死体をみつけ、フランスで....と背景をスマイリーが把握したところで、スイスでの「スマイリー組」の作戦指揮になる。もちろん先程のヘスタイエスも昔取った杵柄でバックアップの点灯屋としてスマイリーを援護する。3部作の最後のなので、ちょっとした「同窓会効果」があって、うるっとくる。長らくお付き合いした甲斐があるというものだ。
作戦はカーラのプライベートの弱点を突くものなので、まあ言ってみれば「鉄の規律」対「人間の情」といった、わかりやすいあたりでまとめてある。前半の静と作戦の動、同窓会効果、結末と、エンタメのツボを押さえた職人的な面白小説、といったもの。グランフィナーレとしては上々。

あとねえ、三部作全体でみると、一番ヤな奴は政府の監視役のオリヴァー・レイコンだ。キラワレ者である曲者サム・コリンズがもう少し活躍してくれると評者はうれしかったんだが、本作ではただの提灯持ちでつまらない...「死者にかかかってきた電話」以来のお付き合いであるギラムくんの没個性は何とかならんか。

No.402 8点 細い線- エドワード・アタイヤ 2018/09/15 21:17
この1作だけでミステリ史に名を残した、犯罪心理小説の傑作である。ひょっとして作者が殺人を犯した実体験に基づいてる...だったとしても納得するくらいの迫真性である。地味だけども何回も何回も再刊されており、絶対に古びないタイプの「パターン発明的な」名作だとおもう。
親友の妻と不倫する主人公は、SMプレイでついやり過ぎたようで相手を絞殺してしまう。どうやらうまく警察の嫌疑を逃れたらしいが...しかし、息子の急病、同僚の使い込みといった日常の事件が、繊細な主人公の神経を痛めつける。主人公は「自らの殺人を告白したい」という想いに囚われるようになったのだ。告白された妻は自らの生活を守りたいし、妻を殺された親友だって告白に困惑するばかりだ。さて、どうなる?
という極めて型破りな小説なんだけども、微に入り細に入った心理描写が納得のリアリティを与えている。人間心理ってのはね、慣性というか変化を嫌う保守性があるから、愛する人がとんでもないことを言い出しても、向き合うことが難しいんだよ。そういう機微を存分に描いたオトナの名作。おすすめ。

No.401 6点 ブラック・マネー- ロス・マクドナルド 2018/09/15 20:50
「運命」から「一瞬の敵」までのロスマクって、本当にハズレのない絶頂期なんだけど、しいて言えば本作が一番人気が薄いように思う。この人気のない理由が評者なんていろいろ考察したくなるあたりである...たとえば本作のちょうど中間あたりで読むのをやめて、プロットをまとめたのを、最後まで読んで改めて真ん中までのプロットを読み返すと、全然違う作品なのでは?と思うくらいに「どういう話なのを追い求める」そういう話のようだ。どうも日本の読者はこういうの、苦手なように評者は感じる。
それでも話の骨格はたぶん「人の死に行く道」を再利用したもので、あっちはヘロインというガジェットの争奪戦なのだけど、こっちはタイトルの「ブラックマネー=脱税した裏資金」を奪い合う話(だけでもないが)と、妙にリアルにしたあたりは、工夫のわりに効果が上がってないようにも思う。ガジェットだって、いいじゃないか。何か迷ってるのかしらん。
依頼人も金持ちだけど非モテなボンボン。「こんなにすさまじい食いっぷりをみせる男に出会ったのははじめてである」とアーチャーが呆れる過食症っぷりを見せる(ストレスはあるんだけどね)。この依頼人が他人に奪われた婚約者を取り戻してほしい、という筋ワルな依頼で、アーチャーも当初気ノリしない感がありあり。途中傷ついた坊っちゃん、アーチャーを解雇するとかあるし、およそ本作、かっこいいとかハードとか、そういう印象がないんだよね。しかし評者、本作嫌いじゃないんだ。ワルモノみたいに見える謎の婚約者の過去が結構共感できるようなものだし、ブラックマネーを奪われたギャングは卒中で廃人化しているし....と生真面目なロスマクにしては、あれ?となるくらいのオフビートさがある。
まあこれを失敗と見る人を責めるのは難しいと思うけど、こういう不揃いなゴツゴツ感が評者は逆に好きだ。家族悲劇が大好きな日本の読者には向かない、ロスマクじゃ一番読者を選ぶ作品だろう。

No.400 10点 ドグラ・マグラ- 夢野久作 2018/09/10 22:20
400件を記念して何をしようか、と考えていたら、マンションのゴミ捨て場になぜか「ドグラ・マグラ」が捨てられていた...これは天啓というものだ。どなたか存じませんが、読後精神状態が不安定になったのが怖くなって、捨てたものと好意的に解釈することにして、ありがたく頂戴することにする。
最初に読んだのは中学生で図書館のポケミスだったが、それ以降大学生時代、映画公開直後、30台半ば...と3回位買って読んでいるはずなんだが、そのたびごとに友人に借りパクされて、手元にないんだよ。一所不住なあたりが本作らしいが、巡り巡って還ってきたようなものかもしれないな。「丸善・ジュンク堂書店限定復刊」のポケミスである。
今回読んでね、本作で展開される科学理論が、一周りしたせいか意外なくらいに示唆的だ、ということに気がついた。まあ「キチガイ地獄外道祭文」でなされる精神医療批判は、いわゆる「反精神医学」によって現在では人権上もまっとう極まりない批判であることはいうまでもないし、監禁ではなくてノーマライゼーションを重視した「開放治療」だって昨今では違和感のあるような議論ではない。「脳髄は物を考える処に非ず」も、たとえばベンジャミン・リベットの実験(ググってみな)から「意識とは、ニューロンの機能の副作用であり、脳状態の付帯徴候・随伴現象に過ぎない」という結論が示唆されるわけで、「自意識」というものが「原因」というよりも「結果」だ、つまり「意識」が考えるのではなくて、脳全体が「考えて」いるのだ、というようなことも言えるようなのだ....で、一番奇怪な「胎児の夢」ですら、「細胞の記憶力」をDNAによる継承、と見て、ドーキンス流に「生物は遺伝子の乗り物にすぎない」と捉えるなら、比喩として当たってなくもないと思うのだ。20世紀前半の科学理論では異端奇説の部類だったのだが、一回り回って「異端奇説」が現代科学の結論を示唆するように見えるのが、本作の先駆性かもれないよ。評者のコジツケだったらごめんね。
で、このような理屈の道具立て・スタイルのコラージュ・意図的なメタな混乱の上に、実のところウェットな物語が仕込んである..と感じられるのは、おそらく本作の混沌を整理して、ウェットな部分をきっちりと表現した松本俊夫監督の映画があるせいかもしれない。実は最終盤、結構泣けるのだ。絵巻物に仕掛けられた両博士の意図を挫く罠、正木博士が「キチガイ地獄外道祭文」と自嘲するその真意など、隠し味として情味があってこれがなかなかいい。映画のオリジナルで、原作の混沌をうまく交通整理して端折るために、「ボクのお母さんです」というセリフ(このときの松田洋治の表情が実にイイ)を追加したことで、映画の方向性がうまく定まった印象があるのだが、これ、さすがは松本先生である....この作品が持つ「情け」の部分をさり気なく強調していたのである。映画も原作のテイストを活かした傑作なので、ぜひぜひおすすめしたい。
今回ポケミスの復刊で読んだのだが、年寄りのワガママで申し訳ないが、「ドグラ・マグラ」なら「活版」の印字感のある版で読みたいな... このポケミス、本書の特色でもある、フォントを変えた見出しや約物の多い版組の特徴を、なるべく活かすように頑張ってはいるのだけども、もう一つ迫力が出ていないように感じる。活字でないオフセットの限界かもしれないが、「佶屈聱牙」な雰囲気が出るといいと思う。
本作の比喩を借りて結論を言えば、本作は「近代文学の神経中枢とも見るべき探偵小説」である。小説読むなら、本作を読まずに済ますなんて、そもそもありえない。異端の奇作、というよりも、本作は今ではニッポン暗黒文学が誇りとすべき「王道のポストモダン小説」だと思う。それこそフーコーとかバタイユに本作を読ませて、感想を聞きたいと思うくらいだよ。

No.399 8点 悪魔のような女- ボアロー&ナルスジャック 2018/09/05 19:30
その昔「生きているひとは死んでいて、死んだひとこそ生きているような」というキャッチコピーの映画があったが、本作はまさにそれ。霧深い情景の中で、

死人も生きている人も、同じなのだ。われわれの感覚は粗雑だから、死人は別のところにいると思い、二つの違った世界があると信じこんでいる。そんなことはない!見えない死人はそこにいて、いろいろとこまかい仕事をつづけている。(ガス栓を忘れずに固く締めてくださいね)

と主人公が思い込むような、コッチとアッチの境界が曖昧な世界を描ききった力技が素晴らしい。「死者の世界」が最後のほうなぞまさに主人公の帰るべき家、心休まる世界なのだ!
というわけで、本作のミステリとしての結末なんぞただのオマケ。カーテンコールとかそういう部類だろう。超自然だったとしても、作品としてちゃんと成立しているさ。「ミステリ」であるのがタダの口実みたいに見える作品、ということでもイイんじゃない?

No.398 5点 シンデレラの罠- セバスチアン・ジャプリゾ 2018/09/04 21:21
何となく思いついてフランス物をまとめてやってるけど、やっぱり大国ではあって、バラエティに富んでいるよ。フランスっぽいといえば、いかにもな本作「シンデレラの罠」。mini さんの評がしっかりツッコんであって、読ませますね。「一人四役」の件は「考えてみりゃそんなものか」という程度の軽い狙いだから、強調するのはあまり趣味のいい話じゃないのは同感。
前半の記憶がない頃の方が、サスペンス的には面白いと思う。ビアン風味が結構利いてるな。ひねった章題をつけて、前後で要素を重ねながら、時系列・視点人物をズラして切り替える手際がかっこいい。スタイリッシュな小技はいいんだけど、全体から見ると陳腐で底の割れやすい話だと思う。
何となく見当がついて、後半はシラケ気味に読んでいた...まあこんなもんだろう。フランス物のアンチパターン、かも。

No.397 7点 死刑台のエレベーター- ノエル・カレフ 2018/09/02 23:07
「見たら死にたくなる映画」って考えたら、評者はそのツートップがルイ・マルの「死刑台のエレベーター」とその続編みたいな「鬼火」になってしまう...ほら、マイルズ・デイヴィスの有名なテーマが、本当に死にたくなるような音で鳴ってるよ。頽廃美とかアンニュイとか、そういう面じゃ最強の映画だと思う。ま、ミステリ映画の傑作でしかもヌーヴェルヴァーグの到来を告げた一般映画史上も大変な重要作、というような映画はなかなか少ないしね。
と映画の方を思わず書きたくなるような作品なんだけど、映画の頽廃美は原作には、ないな。それよりも多視点の切り替えで描かれる、登場人物たちが揃いも揃ってヤな奴らばっかりで、それぞれがエゴイスティックに振る舞うことで、誰も意図しないのに、のっぴきならない罠が出来上がってしまう皮肉みたいなものが、より感じられる原作だ。完全犯罪を成し遂げたのにもかかわらず、それが完全犯罪であるがゆえに、冤罪から逃れられなくなる...これ究極の選択の部類だよ。詰んでる。アイルズの「殺意」に近い作品かもしれない。
で皆さん文庫のトビラの紹介に文句つけてるけど、評者に言わせればさあ、70年代くらいまでは「死刑台のエレベーター」の原作読むのは、趣味が翻訳ミステリ&洋画&モダンジャズの三つ揃い、な層で、小説読んでなくても映画で話のスジなんて先刻承知だったわけなんだけどね。だからこれ、映画のスジに近い紹介になっているわけさ。営業的な意味がないわけじゃなかったんだが...

No.396 8点 男の争い- オーギュスト・ル・ブルトン 2018/09/02 22:21
「現金に手を出すな」と並ぶフレンチ・ノワールの代名詞的古典である。(両者1953年出版)。けども本作の翻訳は「現金」が1975年だったのに更に遅れて2003年にやっと、である。「現金」が主人公嘘つきマックスの主観による妙なほのぼの感があるのに対して、本作は肉体的に苛烈だよ。参った。スプラッタ的でさえある。マンシェット以降の「若き狼」への影響は「現金」よりこっちのが強いんじゃないかな。
出所したてのヤクザ、トニーは肺を病んでいた。ここらで一発大仕事をキメようと、親友ジョーと組んで宝石店に夜間に侵入して奪う計画を立てた...仕事は順調、難なく宝石の強奪に成功し、ジョーは故買屋と話をつけるためにロンドンに飛んだ。奪った宝石を女に贈った仲間のドジから、最近暗黒街(ミリュー)に勢力を伸ばしてきたアラブ人のソラ三兄弟に、一件を嗅ぎつけられる...奪った宝石を横取りしようとするソラ兄弟と、トニー一味との死闘が始まった!
トニーの元情婦が、トニーの収監とともにあっさり裏切ってトニーの私物を処分し、しかもソラ兄弟の長兄の情婦に収まる、なんて因縁もあって、トニーが元情婦にヤキを入れるシーンもあってね。胸にアイロンで焼印を押すんだよ、甘かないんだぜ。
で、最後は妻子持ちのジョーの子供を誘拐するなんて、掟破りな挙に出たソラ兄弟に対して、ミリューが結束する場面がある。フランスの暗黒街の、自立した一本独鈷の自営業ヤクザ同士がゆるく連帯する描写が、作品がハードなだけに、何かいい。
というわけで、「現金」より高評価。息もつかせぬ面白さがある。あと面白いのは本作の解説を「クリスティ完全攻略」でお世話になった霜月蒼氏が書いていること。これがなかなかフルってる。

ル・ブルトンの代表作二篇、フィルム・ノワールの古典「赤い灯をつけるな」、「筋金(やき)を入れろ」両作の原作も未訳のままだのだ。
<ポケミス名画座>には現金(グリスピ)なぞ度外視し、われわれミステリ読者(ミリュー)とブルターニュのオーギュスト(オーギュスト・ル・ブルトン)のために、争い(リフィフィ)に打って出ていただきたい。
そうだろう、友よ?
(そのとおりだ、友よ! ちなみに未だに未訳だよ...)

No.395 5点 怪盗レトン- ジョルジュ・シムノン 2018/09/01 23:11
メグレ物第1作で有名なのだが、メグレは本作が初登場ではなくて、それ以前の犯罪小説の脇役で出ていたキャラだ、という話を読んだことがある。なるほど、本作でのキャラは後のメグレとはズレていない。やや語り過ぎな描写とか、トランスが殉職するなどのキャラ周辺の事情はズレているし、作品内容もとくに前半は直球のスリラーという感覚もあって、テイストは結構違うけども、それでもメグレのキャラだけはガッチリと固まってる印象。スピンオフ説も頷ける。これがちょっと不思議で興味深い点のように感じた。
けど作品的にはどうかなあ、短いわりにいろいろごちゃごちゃと詰め込まれた感じで、まだ小説としては「メグレ物読んだ!」という充実感には不足しているように思う。前半は展開が派手でいろいろ目まぐるしく事件がおきるけど、場面切り替えがやや唐突で「何で?」となるところもたまにある。打って変わって後半はルトンの反応待ちみたいなことで、話が停滞する(まあこっちが後のメグレものらしいのだが)。と、構成がまだ上手くいってない印象。シムノン、そもそもプロットを予め計算して立てて書く人でもない話を聞いてるけど、真相はどうなんだろう?

No.394 5点 危険なささやき- ジャン=パトリック・マンシェット 2018/09/01 22:43
さてマンシェットも残りは本作と「殺戮の天使」となった。本作は「愚者が出てくる....」のポップなタッチで描いた、パロディっぽいネオ・ハードボイルド私立探偵小説である。それでもマンシェットらしくバイオレンスはテンコ盛りで、ラストなんぞ敵の本拠に潜入して大暴れ。ポップなのはいいんだがね。
考えてみると、ネオ・ハードボイルドって自虐的なパロディ臭がそこはかとなく漂うあたりに、アジがあるのかもしれないが、評者的にはノワールの詩人たるマンシェットにそんなことしてほしくはないよ。主人公の私立探偵タルボンは、趣味で名人のチェスの棋譜を並べちゃう。うう、困った。メグレの口癖も真似ちゃうし。人並さんには申し訳ないけど、マンシェット入門には一番向いてない作品だと思います。定評通り「愚者が出てくる」「ナーダ」「眠りなき狙撃者」を読んでいただきたいです....

しかし今のおれは、以下のことしか頭にない。疲れた。

人、喰ってる、でしょ。ネオ・ハードボイルドのさらにパロディなのかしらん。

No.393 6点 上靴にほれた男- ジョルジュ・シムノン 2018/09/01 22:22
メグレ以外のシリーズキャラクター、チビ医者ジャン・ドーランが活躍する短編集の後半7作である。リュカが警部でトランスも出る..がパラレル・ワールドのようだ。あまり似ていない。明確に設定された「謎」を解く趣向の作品で統一されているが、トリック優先なものではなく自然に提示された謎を解く感じのもの。メグレよりチビ医者の内面を描いているので、「名探偵!」とヨイショされて気後れするさまなど、こりゃ「アマチュアの本懐」(苦笑)というものだ。自信なさげだが、結構俗っぽいあたりフツー人名探偵で、何か、いい。
また、どの作品もキャラ立ちした登場人物がいるのがシムノンらしさがあって、そのキャラの性格が謎解きにうまく結びついている。表題作の「上靴にほれた男」だと、毎日デパートを訪れてスリッパを買っていく男がいる。その意図は?と思うやスリッパを試着中にその男が狙撃されて殺された...まあ、メグレの短編でも謎解き色の強いのはたまにあるしね。しかしアマチュアのチビ医者だと成り行きで大捜査網の指揮をすることになって、おっかなびっくりなのがナイス。まあそういう短編集。気楽にどうぞ。

No.392 7点 人の死に行く道- ロス・マクドナルド 2018/08/27 18:29
死顔はやはり美貌だった。どこの葬儀屋でも、こういう美男を扱えば気分がいいだろう。

と、本作は後期と違って、突き放したような非情さが目につく作品である。本来のハードボイルドってこういう非情さがポイントのはずなんだけども、浪花節を強調しがちなのは日本の国民性だろうか?斜めに構えたあたりが少々チャンドラー臭いところもあるけども、本作あたりが「らしさ」が堂に入って熟してきた感じで、ロスマク初期の「ハードボイルド」完成形のような気がする。タイトルだって邦題が直訳でわかったようで分からない迷訳だとは感じるけど、「The way some people die -> 奴らの死にざま」くらいが適切なんだろう。まさに、ハードボイルドなタイトルだ。
というかねえ、どうも日本の読者はロスマクを家モノ作家みたいに捉えすぎな気がするよ。本作だとヘロインを巡る抗争が背景にあるし、犯人像もハードボイルドの大定番な犯人だし...と、ハードボイルド読んだ、という読書感があるのが一番イイあたり。ハードボイルドが登場した20世紀前半のアメリカというと、ギャングの抗争が「リアル」だった時代だ、というのを皆さん忘れがちではないのかな。しかも、本作の「非情さ」がラストの犯人の家族と馴れ合わず「分かりあえない」アーチャーの姿として現れているのが、本当にいい。カウンセラー化しちゃう後期よりもずっと、ね。

No.391 5点 スクールボーイ閣下- ジョン・ル・カレ 2018/08/23 22:40
スマイリー三部作の「中」にあたる本作は、一番長いが、一番動きがある作品である。「ティンカー・テイラー」が動きがすくない地味な作品で、退屈か...といえばそうじゃなくて、抑えたサスペンスのいい作品だったのだがね。と歯切れの悪い書き方をしているのは、今回再読してどうも本作は気に入らない、のだ。
というのはね、本作の「動」の部分をベトナム戦争が担っているわけだが、本作でのベトナム戦争は、動乱の中に消えた男を、危険を犯して「スクールボーイ閣下」ウェスタビーが追いかける、という「背景」に使われているだけなんだな。どんな紛争でもベトナム戦争のかわりになっちゃうんだろう。ル・カレというと、イギリス帝国主義の尻ぬぐい役としての秘密情報部自体の役割について、大して懐疑的ではないために、ベトナム戦争、とは言っても「欧米人の植民地主義的な見方」を抜け出た視点があるわけではない。ここらを問題化したポスト・コロニアルと呼ばれる文芸批評のスタイルがあるんだが、一世代上のアンブラーやグリーンがなかなかイイ線行ってるように思えるのに対して、保守的なル・カレは「最後の植民地主義者」みたいなもので、後退しているようにしか思えないなあ。
大きな視点を欠いているので、大英帝国主義を担った「honorable」である主人公ウェスタビーの暴走が、何か身勝手なものにしか見えないのが弱いところ。本作の緻密な描写はこういう動きのある事件描写の、ダイナミズムを妨げる方向にしか働いていないようだ。というわけで、本作の発表当時の高評価は、ベトナム戦争が「リアル」だった時代の空気の共有感で成立したものなのだろう。
いい部分は秘密情報部vs他官庁&CIAとの権力闘争にリアリティがあるあたり。ここらはスマイリーの主観描写がなくてギラムの推測で書かれているので、今一つ真意が見えづらいのが難。
結論:本作は古びてる、と思う。残念。

No.390 6点 ワイルドターキー- ロジャー・L・サイモン 2018/08/14 13:20
なんかねえ、モウゼズ・ワイン褒めちゃいけないような風潮があるように感じるんだけど、80年台にさんざん売れたシリーズなんだよ。だから古本屋の百均ポケミスの棚にわんさと並んでいるわけで、そんなにツマんなかったら並んでないよ。というわけで評者少し肩を持ちたい気分である。

「うんち」「うんちなものか」おれは、リノリウムのフロアにサイモンをあおむけにして、胸当てズボンを脱がした。垂れていた。「一番厄介な問題は一人でトイレに行けない二歳半の息子がいることだ」

モウゼズ・ワイン、ユダヤ系、元過激派、現ヒッピーな私立探偵。妻に逃げられ2児を育てながら仕事する。趣味はマリファナで、寂しくなるとオナニーする...とおおよそカッコ悪いこと甚だしい探偵である。このダメでカッコ悪いのが、いい。オトコなんてこんなものなんだよ。
セックス解放を巡って論争していた女性ニュースキャスターが殺され、その論敵の作家が殺害を告白して自殺した...自殺する前の作家に依頼されたワインは、作家の自殺を疑って捜査を継続する。どうやら作家が持っていた録音テープが自殺の現場から奪われたらしい。録音テープを取り返すよう、ワインはキューバ人ギャングに子供を種に脅される。ヒッピーコミューンのセックス解放カウンセラー、服役中のユダヤ系老ギャング、ハリウッド。ワインは70年代ウェストコーストのサブカルの最中を駆け抜ける。スキゾでカラフルでスピード感のある冒険だ。
とまあ、こんな小説。だから風俗小説の色合いも強くて、ビーチボーイズだの「ローリング・ストーンズ誌」だの、「アメリカン・グラフィティ」だの、固有名詞満載で、ここらを懐かしがって楽しめる人ならいいと思うが...馴染みがないとちょっとツラいかな。けどね、似たような傾向のA.D.Gの「おれは暗黒小説だ」がもてはやされるのを見ると、モウゼズ・ワインが無視されるのは評者はなんか納得がいかないな。A.D.G が楽しめるなら、ワインもどうぞ。

No.389 7点 キングとジョーカー- ピーター・ディキンスン 2018/08/14 12:39
架空歴史という口実のもとに、「王家のミステリ」をやって見せている本作、菊タブーのある日本とは比較にならないくらいにサバけている。主人公は13歳と1/4の王女ルイーズ。多感なお年頃で、このヒロイン・ルイーズの青春ミステリという味があることが、本作の面白みを高めている。考えてみりゃ、おとぎ話の舞台は王様と女王様の世界であって、そういう普遍的で神話的な「親」からの自立の物語として読むと、趣き深いものがある。ピブル警視ものよりもずっと読みやすくて一般的なので、ディキンスンを最初に読むなら本作が一番のおすすめだ。
イギリス現王家(1977年時点)は、国王ヴィクター2世、イザベラ女王の間に皇太子アルバート(20歳)と王女ルイーズがいる。このロイヤルファミリーの生活に中に、とんでもないイタズラが起きるようになった。当初は他愛もないイタズラだったのだが、どんどんと王家と周辺の人々を傷つけ危害を加えるものになっていった....ついには殺人さえも。老衰の果に死を待つばかりの、王家の11人の子供を育てた乳母が知る秘密とは?
...はっきりキャッチーである。自らの意思で公立学校に通う王女ルイーズの、しっかりした内面が陰影深く描かれるのが印象的。親で国王・女王といってもおとぎ話の王様・王妃様ではなくて、情けない秘密も併せ持った人間らしい人間であることが、子供もだんだんとわかるようになってくる...そういう惑いのなかで、ジョーカーの事件を媒介に、それこそ犯人に拳銃で脅されながらも、自分を確立していくさまが「青春ミステリ、だなあ」という感を受ける。
けどね日本で天皇家でこれやったら、大変なことになるだろうよ。いかにイギリス人が創作の自由をちゃんと守れる、洒落のわかった「粋な」気概の国民性であるかを示していると思う。

No.388 8点 ある詩人への挽歌- マイケル・イネス 2018/08/12 21:42
本作というと、スコットランド方言が多いために翻訳が難しかったこともあって、乱歩が絶賛したにもかかわらず今はなき社会思想社から訳が出るまで、名のみ高い作品だったのをよく覚えている。「ラメント・フォア・ア・メーカー」って原題表記でタイトル覚えたよ。訳題を見てピンと来て、出てすぐに買った記憶がある。そういえば昔「神への悲歌」の仮訳題をみたことがあるが、内容的には Maker は造物主という意味ではなくて、スコットランド方言での「詩人」という意味なので、刊行邦題が正しい。
先行する「学長の死」「ハムレット復讐せよ」みたいな本格というよりも、ゴシック・ロマンスのパロディみたいに読んだ方が面白かろう。荒涼としたスコットランドの古城に住む悪者領主もいれば、その被保護者の恋に悩む少女がいて...とゴシック・ロマンスの舞台装置満点なくせに、思わず吹き出すようなユーモアがあるのがいい(シビル・ガスリーがナイスなキャラだ)。関係者手記による構成が、その都度の視点切り替えでリフレッシュするかのようで、読みやすく効果的である。「教養ある靴直し」イーワン老人の担当部分などスコットランドの寒村の生活の描写が情趣に富んでいる。
だからアプルビイ、あまり名探偵でもなくて、終盤に近づくにつれ、これでもか、というくらいに真相を何通りにも組み替えてみせる力技が、万華鏡のような眩惑感を誘う。これはこれでなるほどの風格がある。雪に閉ざされた古城という舞台で、この暑い中けっこうな納涼になったしね。終盤の手記と合わせて、地方色描写が雰囲気が出ていて、小説としてなかなかいいものである。そういえば昔イネスで訳されたのって「海からきた男」が冒険ものだった記憶があるが、そういう資質も本作で少しだけだが出ている。今でこそ結構読めるけども、フトコロの深い作家みたいだ。本作褒めるあたり、乱歩のセンスも侮れない。

No.387 4点 夜は千の目を持つ- ウィリアム・アイリッシュ 2018/08/12 20:43
「夜千」の略称で親しまれる本作は...と言いたいところだが、そう呼ばれるのは本作の映画化の、さらにその主題歌がジャズ・スタンダードとして定着していて、コルトレーンなんかの名演があるためだ。しかし星空を「夜は千の目を持つ」と比喩したのはウールリッチらしい冴えがある。
本作は良くも悪くも、短編の寄せ集めみたいな書き方だ。言うまでもなくウールリッチは短編名人なんだけど、短編をそれ自体として成立させるような密度・濃度で、手変え品変えだと、全体として見たときに構成のメリハリ感がなくなって、ホントとりとめのない感じにしかなっていない。章ごとにオチがついてしまうのが、流れをせき止めている感じ。渋滞してる(イライラ)。いくらサスペンス(中断)でも、ちゃんと流れてなきゃそれに飽きてくるんだよ。
でまあ...本作は「超自然なし」という制約面ではミステリじゃない。ジャンルに困る作品なんだが、各務三郎氏が「ゴシック・ロマン」と呼んでいるのを見つけたよ。それでいいのでは。

No.386 3点 青いジャングル- ロス・マクドナルド 2018/08/08 23:48
申し訳ないが、本作ほめたらダメな作品の気がするんだよね....
たしかに頑張って通俗ハードボイルドを書いてるわけである。ギャングの殺伐な殺し合いはあるし、GI上がりで腕っぷしにも自信ありげな主人公は、やたらと強がってしょっちゅう警句を飛ばしたがるし...と極めて「努力が見える」通俗ハードボイルドという仕上がりなのだ。けどね、通俗ハードボイルドってそもそも頑張って書くものか? ここまであからさまに無理して書いてる感の強いものだと、読んでいてはっきり疲れる。ひどくは不自然ではない「動く標的」まで、本作からずいぶん進歩したんだなあ、と後でそう思われるような作品である。
子供の頃別れた父親が市政腐敗の張本人で、その息子がそれと知って少々ショックを受けたりする、というあたり、後年のモチーフが出ているから、それでもロスマクなんだよね、という気はする。何かキマジメなんだよね...
評者マーロウの警句って実際には「自分が痛みを感じてるから」自然に出るようなものだと思うんだが、本作の警句は「気の利いたこと言わなきゃ」って強迫観念に駆られて言ってるような気がするよ。気の利いたようなことを言い過ぎるのって、実は格好が悪い、というのにどうも気が付かないようだ。

No.385 6点 世界をおれのポケットに- ハドリー・チェイス 2018/08/04 17:53
古典的なケイパー小説である。4人のギャングに身元不詳のヒロインが仕事を持ちかけてきた。テキは企業の現金輸送車である...がそれは、難攻不落を誇る戦車まがいの装甲車だ。ヒロインの襲撃プランとその成否は?
このヒロイン、銅色の髪とその髪色を活かしたグリーン系のファッション、という設定で何か目に浮かびそうなくらい個性的でお洒落である。しかも男たちをビビらせるほど「タフ」で、「男に惚れない」ハードボイルドである。訳された1965年だと、時代がまだ追いついていなかったかな。今新作でこの設定だったら人気が出るんじゃないかと思うよ。そういうヒロイン・ハードボイルドとして楽しむのがナイス。
まあ計画は計画で、実際やってみるとなかなか思いの通りには動かない。ヒロインを巡って男たちは鞘当てするし、予想外の出来事に翻弄される。全体的なリアリティはなかなかあって、渋い映画向きな感じ。実際「悪の報酬」というタイトルで、ロッド・スタイガー主演(渋いなおい)で映画になっている。なぜか西ドイツ映画(1960)。チェイスって実は結構映画原作の帝王だからねえ。

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クリスティ再読さん
ひとこと
大人になってからは、母に「あんたの買ってくる本は難しくて..」となかなか一緒に楽しめる本がなかったのですが、クリスティだけは例外でした。その母も先年亡くなりました。

母の記憶のために...

...
好きな作家
クリスティ、チャンドラー、J=P.マンシェット、ライオネル・デヴィッドスン、小栗虫...
採点傾向
平均点: 6.39点   採点数: 1384件
採点の多い作家(TOP10)
ジョルジュ・シムノン(102)
アガサ・クリスティー(97)
エラリイ・クイーン(47)
ジョン・ディクスン・カー(32)
ボアロー&ナルスジャック(26)
ロス・マクドナルド(26)
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