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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.39点 | 書評数: 1444件 |
No.1364 | 5点 | バレンタインの遺産- スタンリイ・エリン | 2025/03/10 13:28 |
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怪我で引退した元テニスプレーヤーの主人公は、レッスン生徒から遺産相続のために形式的な結婚をすることを持ちかけられる...しかし競争相手がいるためにこの契約は秘密とされた。主人公に向けられた尾行・嫌がらせや結婚相手への脅迫が続き、ついには主人公も拉致される...この遺産の謎とは何か?
という話。マイアミからボストン、ロンドンと舞台が移るさまがスパイ小説風だけど、実際ちょっとだけそんな背景も覗く。そのうちに形式的な結婚、とされていた相手とも愛情が芽生えるとか、これはお約束。ポイントは挫折した元プロプレーヤーでフィジカルではエリートなあたり。ギャングなどと渡り合うがそれなりに強い。ここらへんディック・フランシス風。 問題は全体の真相が不明のまま怪しい人物が理由もよく分からないまま主人公たちを迫害する格好になって、フラストレーションが大きいこと。また主人公をなぜか贔屓にするギャング、結婚相手の相棒のような奔放な女、真面目な主人公の弟といった序盤で印象的なキャラが中盤から完全に置き去りになって、それを埋め合わせるほどの真相の面白さがないこと。 スリラーとしてはそれなりで、真相も予感はするが意外系。まあだけど作者にいいように引きずられたような読後感。真相もとある人物が全部教えてくれるとか、カタルシスがない。描写の細かさとか「エリンらしさ」はあるんだけどもねえ。 |
No.1363 | 7点 | 虹をつかむ男(早川書房)- ジェイムズ・サーバー | 2025/02/26 09:33 |
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評者前から感じていることだけど、「ハードボイルド」って小説とくに御三家を読んでいるだけじゃ、わからないことが多すぎると思うんだ。
こんな風にサーバーを読むと実感もしてしまう。え?って思う人も多かろうがね。「ザ・ニューヨーカー」で活躍したユーモア作家&漫画家というイメージだと、ハードボイルドとの接点が何か、見当がつかないかもしれない。しかし「ホテル・メトロポール午前二時」「一種の天才」などが、リアルに犯罪事件とその裁判を巡る成り行きを客観的な筆致で描いているさまを見ると、そういう風にも感じてしまうのだ。映画での「スクリューボール」の世界(キャプラとかワイルダーとか)、あるいはウイージーの写真、小説ならデイモン・ラニヨン、マンガならディック・トレーシー。そんな20年代30年代のアメリカ・サブカルの宇宙からやはり「ハードボイルド」は生まれ育ったということが実感させられるのだ。 だから広義のミステリに属する作品も結構多い。「世界最大の英雄」は世界無着陸一周を達成した飛行家(リンドバーグとか皮肉ってる)が、紳士どころかならず者だったらどうか?というアイデアから、ジャーナリスト・政治家がよってたかって飛行家を殺害する...これ「トンデモ動機」として秀逸だと思う。偶然凶悪犯と人相が共通する小市民の悩みを描いた「プルーフ氏異聞」。シェイクスピアのマクベスをミステリとして読んで真犯人を推理してしまう「マクベス殺人事件」なら、パズラーの流行を皮肉ったものとしても読めるだろうね。 そして代名詞的作品の「虹をつかむ男」。いわゆる「ユーモア」として分類される作品だけど、冒険小説というものの読者論としても秀逸だったりするわけだ。いやそういう「冒険」というものを、「日常生活の冒険」として解釈しなおすサーバーの視点というものが、都市生活者の「解放」めいたものを示唆するように感じられる。 ハードボイルドをこういう風に評価しなおしたら、実に魅力的だと思うんだ。 |
No.1362 | 7点 | モンド氏の失踪- ジョルジュ・シムノン | 2025/02/16 12:45 |
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シムノンらしさは全開だけど、ミステリ色はかなり薄い。でも話は結構シムノンの定番話。パリに住む富裕な中年の商人、モンド氏が突然失踪し、身なりを変えて南仏に逃亡する話。蒸発話といえばそう。乱歩も「二重生活」とか変身願望が強く現れた話が好きだけど、本作気に入るんじゃないかな(苦笑)だったらミステリ周辺という見方もできるかも。
シムノンのミステリと本格小説の違いって何か、と考えたら、「理由を説明する」か「しない」かの違いのようにも感じる。メグレという最高の説明役がいて事件を解明し説明するからこそ、「メグレ警視もの」というミステリが存在する。「シムノン本格小説」と銘打ってもも実は「メグレのいないメグレもの」なのかもしれない。だから、本作ではモンド氏がとくにきっかけもなく失踪した理由も丁寧に説明するわけではない。まあこれ多くのメグレ物を含むシムノンの登場人物の行動そのものだから、シムノン読者には目新しいわけではない。 しかし本作だと、南仏に逃れてホテル隣室で棄てら自殺しかけた女ジュリーと同棲。自ら望んだ委細承知の没落。一緒にダンスホールと賭博が売り物の店に就職し、とある意外な事件に出くわして、再度の「モンド氏の変貌」起きる。これがなかなかの見もの。しかもこの理由をちゃんと説明しない、でもそれが腑に落ちる。意外な再変貌が興味深いのは別にして、この理屈もへったくれもなく「腑に落ちる」あたりが、高評価の理由。 この「説明のしなさ」がハードボイルドのようにも感じられてしまう。 それは「説明しない」潔さのようなものが窺われるからだろうか。「理由が説明できるか」は、実は「人間の自由」ともかかわっている。モンド氏の変貌はこのような「自由」に向き合い、それをモンド氏が主体的に「自由」を解釈し、受け入れることから起きているのだろう。 たしかに「シムノン本格小説」は、しっかりした現代文学なのだと思う。 |
No.1361 | 6点 | ファミリー シャロン・テート殺人事件- エド・サンダース | 2025/02/12 17:45 |
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別な必要があって読み始めた本。このサイトでもとりあえず許容範囲だろう。念のために説明しておくと、1969年に起きた映画女優でポランスキー監督の妻シャロン・テートとその友人たちが自宅で惨殺された事件に、犯人グループとして逮捕されたチャールズ・マンソンが率いるヒッピーコミューン「ファミリー」の軌跡を描いたドキュメンタリである。
評者くらいの世代だと、ヒッピー然としたマンソンの振り返った全身像が採用された背表紙、斜めに影文字で「十字架にかけられたキリストと砂漠のコヨーテは同じものなんだぜ」とニューエイジ臭たっぷりのマンソンの言葉が入り、カヴァーを取ればマゼンタとイエローでマンソンの顔が浮かび上がる....この装丁のインパクトの凄さってなかったな。ブックデザインの神・杉浦康平の作品である。 内容はマンソン・ファミリーの集結とシャロン・テート事件などを経て逮捕に至るまでを客観的なデータ中心にドキュメントしたもの。ファミリーだけで21人、被害者など11人の名前が登場人物紹介として載っているが、登場人物はこんなものじゃ済まない。さらにファミリーは名で呼ばれたり名字で呼ばれたりあだ名で呼ばれたり、一貫性が薄く「誰が何した」的に文庫700ページほど延々と続く。結構読むのが大変である。作者はビートニク世代からアングラに関わる詩人。なのに感情描写を避けて淡々と事実だけを記述していく。会話さえほとんど、採用されていない。 恐ろしい話。しかしこの平板さの中に、ファミリーが根城とした砂漠の風と地獄がある。唯一著者がファミリーを「ゾンビ」と形容するあたりに、マンソン・ファミリーが耽溺した世界と、「邪悪な」リーダーによる洗脳の実態が顕れている。乱交とドラッグとスピリチュアルな教説、儀式と集団生活と終末論。「愛と平和」の花影にぱっくりと口を開ける地獄「ヘルタースケルター」。 デューンバギーは、ヨハネ黙示録の第九章に現われる"炎の胸当て"をつけたヘルター・スケルターの騎馬であった。そして彼らのまだ未知なるビートルズは、人類の三分の一に死をもって報いる"四人の使徒"だった。 さまざまな意味で「しんどい」本。だがこの「しんどさ」にはwoke思想にも現れたハリウッドとアメリカ中産階級の罪と罰、そしてオウム真理教もどこかしらに顔を出すアクチュアリティが潜んでいる。 |
No.1360 | 7点 | 小麦で殺人- エマ・レイサン | 2025/01/26 15:35 |
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評者CWAとの相性がいいというのは何度も言っているけど、本作もゴールドダガー(1967)。この時期のゴールドダガー受賞作って、評者は大好きな作品が多い。「ドルの向こう側(65)」「シロへの長い道(66)」「ガラス箱の蟻(68)」「英雄の誇り(69)」「若者よ、きみは死ぬ(70)」。こんな流れの中だから、本作も評者は気に入ったのは当然かも。
米ソデタントの背景から、ソ連によるアメリカ小麦買い付けの決済を主人公サッチャーが副頭取を勤める銀行が行うことになった。入港したソ連船に小麦が積み込まれ、その証拠として船荷証券が銀行に提示され、添付された小麦ブローカーの書類もソ連領事館の証明書も揃っていたため、代金の小切手が渡された....しかし、書類はすべて偽造。銀行は100万ドルの詐欺に逢ったのである。その小切手を運んだ運転手がソ連領事館の前で射殺され、手がかりは失われる。米ソデタントに水を差しかねない問題に直面したサッチャーは、NYの捜査当局・ソ連要人と協力して、小切手を取り返すべく真相究明に乗り出す。 こんな話。あらすじでも分かるように、船荷の貿易のデテールがしっかりと描かれて社会派的な、というか経済小説的な面白味がある。けどね、何度も評者は吹き出したくらいにユーモアたっぷり。その分キャラも背景もしっかりと描かれて、これぞ「イギリス好み!」と言いたくなるような小説。ミステリ的にも「知識と機会がある人物」の絞り込みが論理的で、狭義のミステリ的な面白さも充実。人間観察のシビアさもあり、とぼけたような文章に歯ごたえもあり、小説的にしっかり楽しめる。事態収拾に派遣されたソ連要人が、アメリカのヒッピーと議論し、「長い間マルクス主義的論争で訓練された」ソ連要人が、ヒッピーをやりこめるあたり、評者大爆笑。 (サッチャーの勤務するウォール街の銀行は商業銀行ではなく、投資信託銀行のようだ。なるほど) |
No.1359 | 5点 | アリバイのA- スー・グラフトン | 2025/01/23 17:52 |
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ヴィクやるならキンジーも...もあるんだけど、ちょっと別な狙いでグラフトンをしたい、という考えもあって、取り上げることにした。シリーズ自体初読。
イマどきハードボイルドにこだわるのも何なのかもしれないが、ヴィクがチャンドラー流をうまく女性視点で消化していることで、評者的には大変印象がいい。私立探偵小説かハードボイルドか、という設問で考えたら、やはり御三家へのまねびみたいなものがあって、初めて「ハードボイルド」と呼ぶべきだとも感じるのだ。だからヴィクはハードボイルドだが、キンジーは違うと思う。女流私立探偵小説であり、「女には向かない職業」のコーデリアに近い。 まあとはいえ、夫殺しで服役し、出獄してきた女性が訴える冤罪の再調査をキンジーが請け負った。夫の死の直後、夫とも縁がある女性が「夾竹桃の樹皮」を混入した薬という同じ手口で殺されており、そちらは迷宮入り...周辺の人に手堅く聞き込みを行うキンジーは、ラスベガスに飛ぶ。電話越しで殺人を知ったキンジーは... こんな話。ラスベガスの殺人で本の半分を消化。展開が遅め。女関係が派手な被害者ということもあって、聞き込み先は女性が多い。その聞き込みでキンジーが「シスターフッド」といった感覚で共感していくのが、女性らしいよね...となるあたり。キンジーはバツ2子なしの独身で、とある男性のフェロモンにキンジーがやられる話とかもあるよ。 まあ普通に私立探偵小説。手堅くて意外とかそういうことはない。「ピーター卿が白馬の王子様」のヴィクがキャッチーすぎる。 |
No.1358 | 6点 | 嘘をつく器 死の曜変天目- 一色さゆり | 2025/01/22 11:45 |
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曜変天目自体は、本作中でちょっとだけ触れられる龍光院以外の2つは評者も実見しているよ。不思議で美しいものではあるのだが、このところの日本人の「曜変天目大好き!」には評者も違和感みたいなものを強く感じていたのが正直なところ。
だからね、評者は本作には好意的。まじめに落ち着いた陶芸小説になっている。 艶やかで青黒い佇まい魔物のような迫力を持つと同時に、有毒植物にも似た過度な美しさを備えた、まさに曜変天目の壺だった。 と作者も曜変天目自体には反発心があるのが窺われる。けど「血を混ぜないと曜変しない」とか、「中国では不吉として割られた」とか、「日本の国宝3椀のみ」とか、「伝説」がその神秘的で宇宙を思わせる不思議と相まって、ヘンにマスコミに取り上げられることも多いわけだ。世の中には曜変天目再現をめざす陶芸家もいろいろいて、そんなあたりを本作はモチーフにしているが、作者の扱いがいろいろと「怪しい」あたりにも踏み込んでいるのが個人的に共感する。 日本人がいい加減なパチモン模作(それも中華製で逆に笑えるが)に騙されるとか、そういう話はよく出ているからね。 天目茶碗というもの自体、茶道では「書院の茶」の象徴みたいなもので、お稽古では天目を使ったお点前も学ぶけども、侘茶の精神とは別物でもあって、献茶式ならともかく、茶事として遭遇することもないものでもあったりする。ましてや「有毒植物のような」華美さのある曜変天目ならば、侘茶の美意識とは相反するものでもある。 そういうわけで、陶芸小説としては作者の視点に大変共感するのだが、ミステリとしてはもう一つかなあ。いや探偵役の馬酔木泉のキャラは評者は好き。 この情報社会で一般常識を知っていることなどなんの役に立つ?そんなもの検索をかければ分かるじゃないか。多くの人が知らないことを飛び抜けて知っている方が、よっぽど価値があるとは思わないか。 まさに御説のとおり。名探偵はホームズの昔からこうでなくちゃ。 |
No.1357 | 6点 | メグレの幼な友達- ジョルジュ・シムノン | 2025/01/21 23:08 |
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「幼な友達」とはなっていても、実は日本の高校に相当するリセでの同級生。
そんな旧友フロランタンが、メグレの面会を求めた...フロランタンは同居する愛人のジョゼが殺されるのを間接的に目撃していた。ジョゼの死を確認して、自分に容疑がかかることを恐れたフロランタンは、同級生のメグレに救いを求めたのだ.... なんだけども、このジョゼは、妾奉公ならぬ一種の「愛人商売」をして、小金を溜め込んでいる女。フロランタン以外にもオトコは四人いて、それぞれ逢う曜日を変えて鉢合わせしないようにしている。そういう愛人商売が「癒し系」みたいに描写されているのに妙なリアルさを感じたりする。よくある「情痴」の事件でもなさそうなんだ。 フロランタンはかつては老舗菓子屋の息子として、同級生の間でも羽振りがよかったのだが、今では「落伍者」と呼ばれるほどに落魄して、ジョゼのヒモのような立場にあった。 要するにメグレにとってはキャラを知っているだけに、フロランタンは「厄介者の遠縁」みたいな面倒臭い立場にあるわけだ。フロランタンはリセの当時から「嘘つき」であり、悪戯好きの道化者として、面倒を引き起こしがちな男だった。そんなフロランタンは同級生の立場から、ヘンにメグレにも馴れ馴れしく振る舞い、メグレが困惑しながら捜査をする...この関係のヘンテコさが面白い。 ミステリとしては、ジョゼの住むアパルトマンの女管理人が強情にも何も語らないことが鍵となっている。この女管理人のキャラがなかなか「ヒドい」。強情な大女で、この女も狙いがあって喰えない。けども、この女の存在とフロランタンの策動のせいで、話がもつれているのを、メグレは解きほどいていく。 ジョゼ・フロランタン・女管理人とキャラにウェイトが高くて、それで勝負しているあたり、後期メグレっぽいなあと思わせる作品。そう親しいわけではない同級生、という設定が効いている。 (あと、このフロランタンって名前だが、そういう焼き菓子があるんだけども、関係があるんだろうか?) |
No.1356 | 5点 | 赤外音楽- 佐野洋 | 2025/01/20 20:17 |
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NHK少年ドラマシリーズといえば、1972年の第一弾「タイム・トラベラー」が伝説的な作品でもあり、また「暁はただ銀色」「夕ばえ作戦」などジュブナイルSFの名作を映像化したこともあって、SFが目立つことになってしまっている(実はSF偏重はなくて一般的な児童文学が多い。ミステリだと「蜃気楼博士」をやっている)。そんな中で「トラウマ的名作」の誉れが高いのが本作。ジュブナイルSFだけども原作は佐野洋。
「青きドナウだ」...しかし、ラジオから流れた奇妙な音楽は、聞こえる人と聞こえない人がいた。高校生の法夫は放送が求めるままに、その不思議な音楽が聞こえたと伝えるはがきを「ミュータント研究所」に送った。すると「Rボックス」と呼ばれる装置が送られてきた。その装置はやはり他人に聞こえない不思議な音声によって、法夫に「次の日曜日正午ごろに東京タワーの近くへ行け」という指示を伝える。東京タワーで集まった人々は不思議な研究所に連れていかれて... こんな導入。人間には見えない赤外線になぞらえた、「特殊な人にしか聞こえない音」をモチーフに、東京タワーで知り合った少女の失踪を絡めてSFスリラー的に展開する。けどね、原作では尻切れとんぼみたいにあっさり終わってしまう。ドラマでは、地球滅亡とミュータントの話を絡めた終末モノになって、これが視聴者にトラウマを植え付けたことで有名なんだよね。シナリオライターが頑張ったのか、それとも佐野洋の原作が打ち切りを喰らったのか、謎である。 というわけで、原作はいいところでブッタ切りで終わるという大変情けない状態。それでもドラマに免じて甘くしたい(苦笑、しっかり見た記憶はないんだが、「青きドナウ」の話をちゃんと覚えている...懐かしくて取り上げる) |
No.1355 | 6点 | 贋作展覧会- トーマ・ナルスジャック | 2025/01/20 17:33 |
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大体が「名探偵」というものは、マンガチックなものなのだが、それをそう思わせないように作者が共感可能なキャラ設定などを盛り込むことで、なんとか維持できているというあたりが相場なのだろう。もちろん作者自身は自身の理想などをキャラに盛り込むからこそ、その「思い」によって名探偵にも生彩が出るわけだ。
しかし、他人によるパステーシュの場合には、作者本人の秘めた思いの部分は捨象されるから、外面的な特徴をなぞって描かれることになる。そうなるとどうしてもマンガ的な要素が目立つことにもなる。しかし、そんなパステーシュの「他人事」の特質を通じて、そのキャラの本質めいたものが開かれることも絶無ではないのだろう。 なんてことを書きたくなるのは、やはり「ルパンの発狂」とか、稲葉明雄による保篠辰緒風翻訳の味わいが「ルパンらしさ」をしっかり引き出しているとも感じられることにある。のちにボア&ナルで盛大に贋作ルパンをシリーズ化するわけだしね。ファイロ・ヴァンスのパステーシュ「雄牛殺人事件」が、ヴァンス物の独特の大仰さとゴシック的な怪奇スリラー色が出ている。確かにヴァンス物の一番いいところというのは、実はパズラーであること以上にホラーだったりすると評者は見てたりする...この2本は出色のパステーシュだと思う。 それと比較すると「警視の捜査における指揮ぶりが、これほど支離滅裂なのははじめてだ。気管支炎が悪化しているのだろう」と書いてしまうメグレ物は「語るに落ちている」といったところがシラけるし、ウルフ物はそもそもマンガ的なネロ・ウルフというキャラを小説的にちゃんと成立させているスタウトの冷徹な剛腕といったものが、逆に目立つことにもなる。 いや、いろいろな意味で面白いことは確か。日本人がやるパステーシュだと、どうしても「名探偵って英米基準なキャラなんだよね」と白日に晒すかのような卑屈さが出てしまい情けなくも感じるのだが、フランス人によるパステーシュだと確かにノスタルジーといった色合いも出るんだろうなあ。 |
No.1354 | 7点 | 女王陛下の騎士ー007を創造した男- 伝記・評伝 | 2025/01/18 16:40 |
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「007の謎」というものは、究極のところイァン・フレミングという男の謎、ということにもなるのだ。もっともらしいことを言おうとすれば、何でも言える。大戦中に英国秘密情報部で活躍した男、ハイクラスの贅沢を知り尽くした男、ギャンブラーであり、ゴルフの名人、そしてダンディに「列を乱す」男。007は作者フレミングの隠れた自伝であることをこの評伝は明らかにするのではあるけども、しかし、フレミングの実像との乖離もまた大変興味深いものがある。
金融界の大物の子弟として生まれ、出来の良い兄に比較されて腐っていた弟。奇妙な反抗心をコアに抱え込み、容易に本音を外には漏らさない。一見活動的ではあるのだが、真に活動的であるとは言えない、奇妙に矛盾した性格をこの評伝では明らかにする。 まずいことには、イァンは訓練生としては優れていたが、秘密工作員や真の行動の人間としての気質はもっていなかったというだけのことだ 海軍情報部でのフレミングの活躍は、これは確かな事実である。その活躍は海軍情報部長の私設副官としての「微妙な」立場にあるものである。目標を定めて綿密なプランを立てて、適切な人員を配置し...といったマネジメントに辣腕を振るったのだが、現場に詳しいわけではない。何でも「できる」のだが、何もできない男。自分では何もできないが、「誰にできるか」については完璧な人物・能力の鑑別ができ、それについての人脈を備えている男。永遠のアマチュアであり、ディレッタントであることを宿命づけられた万能人。 ....そしてそのことに、強いコンプレックスを抱いてもいる。 こんな肖像を本書は描いてみせる。だからこそ、007はフレミングの「夢の自伝」としての性格を帯びていることになるわけだ。 何者でもないが、何でもできる。そういう不思議な人間が作り出した「夢」として、007がインテリから大衆に至るまで、さらには60年以上の時代を越えて愛されるのは、大変不思議なことでもある。 007が「唯一無二」なのは、やはりフレミングが「唯一無二」だったことの反映なのだろう。 (評者は憧れるね...先日バーでヴェスパーを飲んだ。すっきりしていて軽口なおいしさ。マティーニより好き) |
No.1353 | 7点 | 下り”はつかり” 鉄道ミステリー傑作選- アンソロジー(国内編集者) | 2025/01/14 20:10 |
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創元の鮎川傑作選のタイトルで「下り”はつかり”」を使っちゃっているのは、オールドファンとしてはちょっとばかり残念。1975年のカッパブックス「下り”はつかり”」といえば、このあと「急行出雲」などと続く鉄道ミステリ傑作選というイメージが強いんだ。
というのも、70年代までの鮎川氏というと酒もタバコもギャンブルもやらない堅物として知られていて、文壇活動には消極的な「孤高の作家」イメージがあったんだよ。探偵文壇といえば乱歩高太郎といった親分たちが取り巻きを引き連れて飲み歩くというカラーがあったわけで、そういうのから鮎哲さんは外れていた。 それが75年のこのアンソロに端を発して沢山のアンソロを編むようにもなるし、「幻の探偵作家を求めて」もやれば、「鉄路のオベリスト」を翻訳連載するとか、このアンソロをきっかけに業界リーダーとしての活動範囲がぐっと拡大した。そんな記念すべき本だと思っているんだ。 収録作は、城昌幸「ジャマイカ氏の実験」、乱歩「押絵と旅する男」、岩藤雪夫「人を喰った機関車」、大阪圭吉「とむらい機関車」、横溝正史「探偵小説」、芝山倉平「電気機関車殺人事件」、青池研吉「飛行する死人」、坪田宏「下り終電車」、土屋隆夫「夜行列車」、角田喜久雄「沼垂の女」、多岐川恭「笑う男」、鮎川哲也「下り”はつかり”」、加納一郎「最終列車」、星新一「泥棒と超特急」、森村誠一「浜名湖東方15キロの地点」、斉藤栄「二十秒の盲点」 それぞれに鮎川氏の軽い解説がついて、かなりボリュームあり。有名作家の有名作も目白押しなんだが、そういう有名作はハッキリ言ってどうでもいい。 このアンソロで「面白い」のは、芝山倉平「電気機関車殺人事件」、青池研吉「飛行する死人」、坪田宏「下り終電車」といった作品なんだ。 フツー知らないでしょ!ってなるような作家、作家紹介も「経歴その他一切不詳」とだけ書かれるような作家たち。鮎川氏が「新青年」「ロック」「宝石」といった雑誌の上だけで作品を知った作家たち(それも1作きりとか)の作品を丁寧に拾い上げているあたりなのだ。アンソロとはまさにそんな「追憶」を「愛」に変える行為だ。 評者も「飛行する死人」(「天狗」に発想してリアルなトリックで二連発。語り口佳し)、「下り終電車」(私鉄の終電の後に電車が通った?のアリバイトリック)、「電気機関車~」(絶対に作者は国鉄職員!)の3本がこのアンソロのトップ3だと言おう。 そんな鮎川氏の「愛」に打たれるアンソロである。 |
No.1352 | 5点 | 被害者の顔- エド・マクベイン | 2025/01/12 13:57 |
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87の5作目。コットン・ホーズの登場回かつハヴィランド退場回。なんとなくハヴィランドが殉職してホーズが移動、ってイメージだけど、実は違う。わずかだが重複在籍期間がある。
同じく肉体派刑事、というわけだが、ハヴィランドが暴力刑事で拷問を辞さないダーティ刑事なのに対して、ホーズは女好きはあってもスマートなんだよね。よく考えれば、コットンという名前自体、コットン・マザーにちなんでいる(作中で明言)わけで、伝統的ニューイングランドのWASP出身というのは明白。海軍上がりでも育ちはいい。本作で描かれる「ホーズくん、いきなりやらかす」も、そういう「育ちのよさ」が原因だったりもするんだろう。まあそれも87の洗礼と呼ぶべきだが。 で、酒場で殺された「千の顔を持つ謎の女」の事件と、八百屋強盗の巻き添えを喰らうハヴィランド刑事の事件と、2つの事件があるが、大した関連はない。どっちもそう面白い意外な真相でもない....う~ん、困った。通常営業と言えば通常営業だけど、とくに盛り上がるわけでもない。凡作、ということになる。 酒場の事件の「なぜこんないろいろな顔が?」というあたりに、意外さがあれば印象が違うんだろうけどもねえ。ちなみに「結婚を女性が唯一勝負可能な投資」と割り切る女性がなかなか印象的。まあそんな「女性一般」の謎だったら、ミステリの謎にするのもどうか、とも思う。 |
No.1351 | 7点 | わが懐旧的探偵作家論- 評論・エッセイ | 2025/01/11 09:39 |
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その昔「幻影城」に連載されていた、評伝的エッセイ。山村正夫のデビュー自体がまだ学生時代で、発刊したばかりの旧「宝石」。バイトなどを経て協会の裏方も長く続けたこともあり、旧「宝石」作家たちの人間臭いエピソードを交えながら、その作品を作家論的に取り上げていくもの。協会賞受賞作。
でもね、作家のラインナップが凄いんだよ。評者とか思わずうれしくなる。五十音順というのもあって(発表順は別)、トップからしてご贔屓の朝山蜻一! そして、鮎川哲也、江戸川乱歩、大河内常平、岡田鯱彦、大坪砂男、香住春吾、香山滋、狩久、木々高太郎、楠田匡介、島田一男、城昌幸、高木彬光、千代有三、角田喜久雄、日影丈吉、氷川瓏、山田風太郎、横溝正史...と続く。 評者がこのサイトで取り上げた作家も数多い。大河内・香住・狩・千代・日影はまだだが、とくに日影丈吉はしっかりやりたいな。やはり評者の「ミステリのふるさと」というのはここらへんにある、というのも実感する。 さらに言えば、このラインナップで存命だった作家に「幻影城」が積極的なアプローチを行い、晩年の展開の場を提供したことも、言い添えるべきだろう。朝山の「蜻斎志異」なんて、本当にこのエッセイのおかげを被っているとも感じる。 (でも、天城一と飛鳥高、それに戦前派なら水谷準は扱ってほしかったな...) |
No.1350 | 5点 | 九つの答- ジョン・ディクスン・カー | 2025/01/09 14:49 |
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ヘンテコな作品。ヤタラ長いし「9つの間違った答え」という趣向もピンとこないことから、敬遠してたのを思い立って読んだわけだが...導入から快調に飛ばして読んでいける。カーの冒険味の強い時代物の手法で、舞台が現代、といったテイスト。
憎々しいヴィランとレスラー上がりの執事、と言えば、ゴールドフィンガーとオッドジョブ!なんて連想をしながら読んでいたよ(苦笑)身元を偽装して潜入するのも妙に007。というわけで、楽しく読めるんだけども、中盤あたりから鈍重な印象を受けるようになる。 これは考えてみると、一つの場面でたくさんのことが起こり過ぎて、場面の一つ一つが長すぎる、ということの影響ではないのだろうか。そしてBBCの放送会館とかベーカー街の「シャーロック・ホームズ展覧会」といった、カーの個人的興味で「書きたい!」と思った時事的なネタを引っ張り過ぎるのが、ヘンなコダワリみたいに感じられる。「鈍重さ」の原因はこんなあたり? でさらに「九つの間違った答え」という趣向自体が、ややメタな狙いでもあるから、上記個人ネタとも合わさって「...あんたのご趣味だろ?」といったあまり芳しくない印象ももたらしているかもしれない。パズラー的な狙い自体は「まあそういうのもある」という程度。狙ってつまらないあたりで着地したかな?という感覚。 カタルシスがないなあ.... |
No.1349 | 5点 | ビロードの爪- E・S・ガードナー | 2025/01/06 12:05 |
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今年は、ぺリイ・メイスンの初期くらいは発表順に追っていこうかとも思う。
そりゃ70年代くらいまでは大人気だったよねえ。レイモンド・バーのTVドラマも人気だったし。評者はあまり思い入れがない...まあそんな評者にもお付き合いくださいませ。 言わずと知れた第一作。「闘士」と最初から形容されるくらいにアグレッシヴなぺリイ・メイスン。でも第一作で遭遇するのはサイテーで最悪な依頼人(苦笑)女の武器を100%活用しようとする依頼人を、秘書のデラくんが嫌悪感を込めて「ビロードの爪」と形容。一見ゴージャスでもきわめて危険なことを象徴している。いや本当に依頼人の行動は自分勝手極まる。評者もデラくんの嫌悪感に共感。 この構図ってハメットの十八番、まさに「マルタの鷹」なんだよね(デラくんはエフィだな)。悪女に振り回されて迷惑し通しの主人公が悪女を突き放す話...それでもメイスンは依頼人を見捨てない。ちょっとそれが不思議だけども、それがぺリイ・メイスン、ということだろう。 だからメイスンのハードボイルド的性格というのも、もう少しスポットライトを当ててもいいのでは、とか思うのだ。それでもさあ、メイスンの捜査はハッタリの連続で、こういうアメリカンな強引さ・押しの強さは評者は苦手だな。 振り返ると大きなツイストはあるにせよ、枝葉を落とせばかなりシンプルな話のように思う。根幹となる登場人物もそう多くもない。装飾するエピソードの語り方が上手なために、さらっと読ませるうまさがある。 シリーズ第一作で作者も肩に力が入っているのかな。こんな程度の評価で勘弁して。 |
No.1348 | 7点 | 死人はスキーをしない- パトリシア・モイーズ | 2025/01/05 15:09 |
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いやこれは楽しいミステリ。ものすごくオーソドックスなのに、ビジュアルの良さが光り、多彩な人物像が描ききれていて、安心して「寄りかかれる」ような感覚。
ミステリ的にもリフトの上り下りの交差を含めて、細かい時刻表検討があったり、一見無関係な多彩な人々に裏の顔があり、それが突然告白されたりして、展開も飽きさせない。スキーリゾートの躍動感もしっかりと描写されている。 ティベット警部が初めてではないにせよ初心者なのに、ティベット夫人が中級くらいの実力というもの素敵。このおしどり夫婦っぷりに好感。 でも本当にオーソドックスな英国ミステリ。今回早川世界ミステリ全集で読んだこともあって、どうしてもリゾート地での殺人という面で「はなれわざ」と比較することになるけども、小説的として派手に仕掛けた「はなれわざ」よりも、本作の地味さがリーダビリティの高さを実現していることに、面白さを感じる。 モイーズってあまり関心がなかったけど、実力を再確認。 |
No.1347 | 8点 | ドーヴァー4/切断- ジョイス・ポーター | 2025/01/04 12:08 |
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こういう言い方をすると物議を醸すかもしれないのだが、このところのフェミニズムの暴走具合を見るにつけ、本作が示してみせた矯風会的な「ミサンドリー(男性嫌悪)」の悪夢的状況を、他ならぬ女性作家が示してみせたということに、絶大な史的意義があるのでは...なぁんちゃってね。
いやポーターというと破天荒な女性像を描かせたら天下一品だけど、今回はネタがネタなだけに「変でパワフルな女性たち」の描写は控えめ。ドーヴァーのイヤな奴っぷりも大人しめのようにも感じる。 まあネタが凄いからね。斎藤警部さんも仰っているが、普通はこのネタ「奇妙な味」の切れ味いい短編で使うと思う。それをシリーズキャラクター登場の長編でやって成功させるポーターの豪腕が見どころ。しっかり伏線張って、なおかつ「死体切断の合理的理由」を納得させる「ミステリとしての豪腕」も見逃せない。 なんやかんや言って、名作だと思うよ。 |
No.1346 | 7点 | はなれわざ- クリスチアナ・ブランド | 2025/01/03 18:18 |
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ブランドもやらなきゃねえ。早川世界ミステリ全集でもとくに分厚い巻をやることにしようか。
皆さんもご指摘のようにクリスティ「白昼の悪魔」を連想させる作品で、これをメタなミスディレクションみたいに使っている。さらに技巧的になっているから「はなれわざ(というよりも強引な「力技」)」になっているんだろう。 けど、クリスティだったら恋愛心理の方をしっかり追求したんじゃないかなあ。いい線は突いていると思うんだけど、本作だとこの恋愛心理のアヤがわかりづらくて、唐突に恋愛の真相が告白されることになる。女性のイヤな側面の描き方がクリスティって天下一品だったようにも思うんだ。 プロットとしては独裁的な公国の君主の面子が絡んで、いろいろややこしいあたりに、コックリルが策謀する面白みもあるだろう。 まあ派手な仕掛けが好きか嫌いか、で評価が分かれるかな。プロットの努力を買ってやや甘めに7点。 |
No.1345 | 6点 | 魔都- 久生十蘭 | 2025/01/01 21:53 |
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新玉の年たちかえる初春の朝、大内山の翠松に瑞雲たなびき、聖寿万歳を寿いで鶴も舞い出でよう和やかな日和。
大晦日の夜9時に始まり、正月二日の朝4時に幕を閉じる本作、お正月にふさわしい作品というべきか(苦笑)十蘭の華麗な名調子で語られる魔都東京の奇譚...いや前半すごく面白い。しかし後半は失速して広げた風呂敷が畳みきれない。作者が途中で飽きてしまったような印象。大量の怪しげな登場人物が右往左往する話のわけで、舞台となる昭和10年の、ごったまぜな世相をブチまけるだけブチまけて、あとは知らないよ〜 キャラ的には探偵役に当たる、黒づくめで陰気で狷介、「枯木寒巌」と形容される、でも敏腕な捜査一課長、真名古明警視がいい。「レミゼラブル」のジャベールのような、と作者もネタを割るキャラだが、日本版バンコランみたいなイメージ。まあでもちょっとした手がかりから透視的なくらいな推理を開陳したりする(苦笑) 安南皇帝が日本に微行していて、その所持する巨大ダイヤやボーキサイト利権をめぐって対立する政商とか、日比谷公園の噴水の青銅の鶴が歌うとか、キャッチーな話が続くのだけど、どうも尻切れトンボに終わる。いや魅力的なんだ。だからこそ、惜しい感が強い。男言葉で話す舞踏家とか、化粧して女言葉でスゴむゲイボーイ風の兄さんとか、アヤしい奴らが闊歩する世界なんだけどもねえ。 おっさんさまも14年前に正月番組として取り上げた本作、ちょっと期待しすぎたかなあ。 |