皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.41点 | 書評数: 1327件 |
No.967 | 8点 | 五人対賭博場- ジャック・フィニイ | 2022/04/06 22:54 |
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大好きな作品。青春、だなあ。
評者でもね、学生時代って「悪いこと」をしたことがないわけじゃない。やはりヨノナカに対してスネる妙な意地みたいなものも出てくるから、ちょっとばかりはヨノナカにも噛みついてみたくなるものだ。今考えたらオトナになりきれなくて、ジタバタしているようなものなんだが、そういう青臭いテイスト満開の「ケイパー小説」である。 とくに、思い付きで始めた現金輸送車襲撃計画がすぐに通報されて叱られ...以上に「ガキどもに何ができる!」と嘲われたのにムカついて、リノのカジノの襲撃計画にのめり込む主人公グループに、感情移入しないでいられましょうや(苦笑) 遊びといえば遊びな部分が最後までついて回るから、良い意味で「地に足のついてない」ファンタジックな色合いが出ることで「救われる」。いやそういうホロ苦なアイロニーと、主人公アルの恋がなかなかの読みどころ。 ティナが体重を片足にかけて、フォークに手をのばす。薄いすきとおるストッキングの下でふくらはぎが、かたく、強く、緊張し、その繊細な足首がくっきりと見える。やがて、彼女があとずさりすると、ふくらはぎはまた柔らかくなり、腱は再びストッキングの下で分からなくなる。 カメラアイ描写でそれを見ている男の恋心を語る描写の魔力! 文章は全然気取ったところがないのにもかかわらず、ポエジーが漂うのが、いい。これは天性。 青春ミステリ、って本作のためにあるようなジャンルだと思う。 |
No.966 | 5点 | 奇人怪人物語- 黒沼健 | 2022/04/04 09:27 |
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「野獣死すべし」「幻の女」「十二人の評決」「検屍裁判」...こうしてみると、大名作を多数翻訳した翻訳家なんだけども、すべて改訳がなされて黒沼訳のプレゼンスは今はない。出版社が改訳を出すときには、前の翻訳者の許可が必要、というのが慣例だそうだから、前の翻訳者が亡くなってから改訳が出るのが普通なんだけども、黒沼健に限っては1985年の没年の前から改訳が普通に出ていた。翻訳にも悪い評判はあまり聞かないんだけどもね。翻訳者廃業、というような気持ちがあったのかしらん? 推理作家協会でも理事まで務めたが、一風変わった立ち位置だったようにも感じるのだ。
で、評者あたりの世代だと、黒沼健といえばオカルト系実話やら怪獣モノ、円谷でも大名作の「空の大怪獣ラドン」の原作だしね。高木彬光「吸血の祭典」のやりついでで、ちょっと道草したい。実際、怪奇実話というものも、牧逸馬の昔から、広い意味で「探偵小説」の一分野だったと捉えることができる。これが70年代になると「ムー」に代表されるオカルト業界として独立してミステリとは縁が切れることになるのだけども、もともとはSFも含めた「猟奇(奇を猟る)」なジャンルだったわけだ。 本書で扱われるのは心霊手術・交霊術・エメラルドタブレット・宝探し・空飛ぶ円盤....雑多な内容を雑多なままに羅列し、それぞれに特に「オチ」みたいなものがない独特のスタイルが何か懐かしい。たとえば「00作戦」のように第二次大戦下のスパイスリラー風なものも含まれるし、超常現象とその科学的な推測と並べたもの、あるいは単に「奇譚」としかいいようのない皮肉な話... 評者が一番面白かったのは、「悪魔を瓶詰めにした男」。19世紀前半の悪魔学の研究者で「真正なる悪魔学百科事典」という本を出したベルピギエという奇人の話。悪魔を捕えて瓶詰にした、とベルビギエはするんだけども、ノミやシラミの大群に変身してやってきた....わけだから、悪魔といってもタダのノミやシラミだったりする。「彼自身は最後まで悪魔の征服者たる誇りを捨てなかった」けども「征服者、実は被征服者という皮肉な結果になった」。 一口にビリーバーというけども、「信じて信じない」、プロレスを愉しむような微妙なスタンスの取り方がやはりオリジネーターの一人である黒沼健にもうかがわれるのが、妙に面白いあたりである。 ラヴクラフトだって「全然信じていないからこそ、怪奇なものに心惹かれ、精緻に描写できる」って言ってるじゃないの。実話と創作の境界の曖昧模糊としたあわいで戯れるのも一興。 |
No.965 | 7点 | 吸血の祭典- 高木彬光 | 2022/04/03 16:34 |
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「刺青」とか「人形」とか「白昼の死角」とか置き去りに、ゲテモノ系ばっかり評者はやっている....けどね、70年代に高木彬光を読んでいた読者のリアルな作家の「空気」みたいなものも、やはり伝えるべきものではないか、と思うのである。
で、大体70作くらいある怪奇実話系短編が、15冊ほどの短編集にそれぞれ重複しながら収録されているわけだが、その中で一番収録が多くてしかも出版が新しくて入手しやすい便利な本なので、これをやることにした。 (だからすでに書評がある「猟奇の都」と一部内容がカブります。) ミステリ色の強い「ロンドン塔の判官」もあれば、西洋講談といった趣の「ダンチヒ公の奥方」「マタ・ハリ嬢の復活」もある一方、「ムー」的なオカルトの「空飛ぶ円盤」もあれば、それこそ中岡俊哉みたいな「スマトラの妖術師」といったショートショートくらいの怪異譚もある...と、結構多彩な「世界の怪異」をコレクションした短編集である。 いや「ムー」だって学年誌でのオカルト記事が好評だったことで70年代末に創刊したしたわけで、こういう「ムー」的要素と高木彬光、というのもけして無縁ではないわけである。ホントかウソかわからないなりに、オカルトを「消費」する下地のようなものが、この時代に商業的に成立し、その流れを作り出した人々の中に、高木彬光も含まれることになるわけだ。 で、評者はこの中の一編「王国を手にして死んだ乞食」が記憶の片隅にずっと引っかかっていて、それを確認できたのが個人的には大変うれしい。「最後には、ソロモン王以来、それ以上の富は世界にないというぐらいの金を掌に握りながら、乞食になって餓え死にする」という奇怪な予言を受けた男、ジョン・サッターの話。サンフランシスコという街自体が、そもそも不法占拠によって成立したことを裁判所さえも認めたからにはサッターに「法的権利」はあるのだが、その「権利」を誰も認めないことで餓死する今様ミダス王の話。 |
No.964 | 6点 | 霧の港のメグレ- ジョルジュ・シムノン | 2022/04/03 10:18 |
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瀬名氏は本作がお気に入りのようだけども、そこまでいいか?という感想。シムノンらしい北の港町の事件で、「海の男たち」と町の旦那衆との相克めいた関係が背後にある。もちろん、メグレは「海の男たち」贔屓。
でも海の男たちもメグレに対して結束して全部だんまり。記憶喪失でパリで発見された元船長をメグレがその地元に送り届けたら、その晩に毒殺された...というのが本書の「事件」だけど、メグレがメインで解明するのはやはりその船長の記憶喪失を巡る暗闘の話で、筋立てがごちゃごちゃした印象。 でもね、メグレが問題の船に乗り込んで事情を聴いている嵐の夜に、油断したメグレを縛り上げてウィンチで岸壁に置き去り(でも船は座礁)....なんて「メグレ、お疲れ」なシーンがあったり、リュカが一晩中背伸びをして村長の家の中を覗き込んで監視するお疲れ場面、あるいは「砂丘のノートルダム」と呼ばれる廃墟の礼拝堂やら、船長の女中で本作のヒロイン格のジュリーとその兄の船員グラン=ルイとのメグレの場面(第九章)やら、なかなかいいシーンがある作品でもある。 |
No.963 | 7点 | ハバナの男- グレアム・グリーン | 2022/04/02 13:31 |
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「国際諜報活動」というものは、それ自身「秘密」であるがゆえに、それが実際何の役に立つのか、は検証しようのないものなのである。だから実際のスパイとそれをコントロールする官僚たちというものの実像は、とんでもなく醜悪きわまりないものなのだ..というアカラサマでロマンはゼロな実態を、告発する「スパイ小説」を、アンブラ―とグリーンはそれこそ1930年代から書き続けてきたわけである。だからこの「スパイのバカらしさ」を風刺劇として捉え直すアイデアは本当にそのままストレートな視点だ、といえばその通り。変化球でもなんでもないのである。
とはいえ、グリーンなので、喜劇であるのと同時に、思わぬシリアスな「刃」が覗く瞬間が仕込んであるのが、一番の面白味だろう。 もしあたしたちが国家に対してではなく愛に忠誠をつくしていたら、世界はこんなにひどい混乱に陥っているでしょうか? 道化芝居の道化が、思わぬ牙を剥く、そんな瞬間が確かに、ある。主人公の娘に恋する現地の警察幹部セグーラは「人間の皮で作ったシガレットケース」を愛用するが、この眉を顰めさせる悪趣味にも「愛」ゆえな理由がある。 現代の御伽噺だからこそ、最後に「愛は勝つ」。そうでなければ、世界に意味はない。 (というか、こういうタイプの作品って、アンブラーだと「真昼の翳」とか「インターコムの陰謀」が頂点になるんだろう。ル・カレは「鏡の国の戦争」でこれをやってみるけども、スマイリーをイイ子にしてしまって徹底しきれない。スパイの本質に馬鹿馬鹿しさをみる視点は、逆にフレミングの方に見え隠れするように評者は感じる) |
No.962 | 6点 | 日曜日- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/29 08:25 |
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シムノン版「殺意」。
いや結構似ている。コートダジュールの宿屋の経営をがっちり握る妻ベルトが、「お見通し夫人」とでもいうべき「一本筋の通った悪妻」で、その夫でキッチン担当の主人公エミールはだらしない浮気者。エミールがふと思いついた妻殺し計画から、抑圧されて主体性をなくしているエミールにとっての、皮肉な「人間性回復」みたいなものが窺われるのが、面白いあたり。 もちろん、人殺しは悪いことだからね(苦笑) エミールの愛人というか、セックスフレンドみたいなメイドのアダが、悪女か、というとそんなこともない。知能も若干遅れ気味のようだし、聾唖?が第一印象、 彼女は別の世界、森と獣の世界に属しており、並みの人間の心得ぬ事も知っているのではないかと疑われた。彼女が未来を予言したリ、魔法をかけたりできるとわかっても彼は驚きはしなかった と「森と獣の世界」、人間の生活からの脱出を示しているかのような幻想に、エミールはとらわれる。まあもちろん、これただの空想に過ぎないとエミールもわかっている。そこらへんにシムノンならではの「リアル」がある。 「シムノンのミステリ」の一番のオリジナリティというのは、殺人という「プロセス」がただのプロセスではなくて、さまざまな願望や空想に満ちた「謎解き」以外の「割り切れない」部分から立ち上がるのを直視していることなんだろう。 |
No.961 | 5点 | 大東京四谷怪談- 高木彬光 | 2022/03/28 09:07 |
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カーの「火刑法廷」が、初めて翻訳されたとき、この作品の評価について、故江戸川乱歩先生と私とでは完全に評価が分かれた。先生はカーの作品としてはB級の作品といわれたし、私は最高傑作の一つとして頑張ったのである。(著者のあとがき)
という狙いで高木彬光が書いた「本格」でも「変格」でもない「破格探偵小説」。大南北の東海道四谷怪談になぞらえた連続殺人が起きて、犯人も「お岩さん」な作品....こういうと、凄く面白そうな作品。 確かに高木彬光ってハッタリは上手なんだけども、どうもハッタリが実質を越えているときの方が多いようにも感じるのだ。ハッタリ=ミステリとしての仕掛、と評者は捉える方だから、ミステリ作家としてこれは決して悪いことではないのだが、それでも実質と落差が激しすぎると、「何だかな...」となってしまう。墨野隴人の推理に魅力が欠けるんだよなあ。 いや「火刑法廷」の面白さって、ゴーダン・クロスの推理が詭弁に詭弁を重ねたようなインチキ臭いもので、それゆえ乱歩が「B級」と呼んだのかもしれないのだが、このインチキに理由とカーのメタな狙いがあるからこそ、「インチキ」が生きてくる...評者はそう見ている。 本作は墨野隴人が「名探偵」だからこそ、失敗しているんだろう。オカルトには墨野はかかわりがないからね。 (とはいえ「もう一つの真相」はシリーズ伏線の一つだよね) |
No.960 | 8点 | 死者との結婚- ウィリアム・アイリッシュ | 2022/03/27 12:01 |
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マッチの火がそんなにはっきり見えるのに、彼女はびっくりした。予期もしていなかった。小さな光ではあったが、一瞬ひどくあざやかだった。光った黄蝶が、翼をいっぱいにひろげたまま、黒いビロードの背景幕にピンでとめられたかと思うと、またすぐ逃がしてもらったように見えた。
いやこんな文章、書いてみたいです....マジで。サスペンスって「心理」主体な小説になる、のが通り相場だけども、本作だと映画真っ青な視覚的描写に凄みがある。映画にするんなら監督要らないよ、と言いたくなるくらいに、場面場面の視覚イメージが鮮烈で、しかもそれが直接に心理描写にもなっている。 ただ、話の規模は小規模。短編でも良かったかな、というくらいの話。それをシンネリコッテリやって、ヒロインを追い詰めていく。読むのがツラくてツラくて....ヒロインに感情移入しすぎ。完璧に評者もウールリッチの術中にハマってる。 ふう、意外なくらいに読むのに時間がかかった(苦笑)。評者的リーダビリティは強烈に低い(笑)。 ....そういえば、本作「真相不明ミステリ」の一つだったんだ...予定調和はガン無視の「心エグられる」劇薬。 |
No.959 | 5点 | ノストラダムス大予言の秘密- 高木彬光 | 2022/03/24 17:20 |
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高木彬光には、「その他」ジャンルがいろいろ、ある。その一つが易占関連書のわけだが、評者とか本当にノストラダムスはリアルタイムだったから、なかなか思い出深いこともあって、本作を取り上げる。まあ、高島嘉右衛門の評伝の「大予言者の秘密」も書評はなくてもリストアップはされているしね。小説とは言い難いが、「成吉思汗」「邪馬台国」「古代天皇」な「~の秘密」シリーズだと思って、とりあげよう。
本作は五島勉の「ノストラダムスの大予言」の批判書のほぼトップバッターとして出たものである。でも、高木彬光というと、オカルトへの親近感が強すぎる作家...というのは、読んでいる方はそれなりにお気づきのこととも思う。易占関連書もマジメなものだから、「予言なんて全部大ウソ!」という立場ではない。ビリーバーの立場から、五島勉の「ノストラダムスの大予言」をツッコんで、矛盾撞着を指摘して五島の大予言の胡散臭さを指摘することになる....だから、上から目線なネタ消費の「と学会」じゃなくて、土台を共有するオカルト業界での内ゲバ、といえばニュアンスが伝わるかな。 だから、評者がわざわざ「五島のココがおかしくて、高木の反論もヘンテコ!」とか指摘したとしても、全然面白くないのだ。なので、そんなことはしない。高木の論調も五島のハッタリを批判しつつ、ノストラダムスの詩行が何とでも解釈可能で五島の訳が恣意的すぎるのを指摘して...そんなこと。穏当なものが多いし、「一九九九年」説を高木は全面否定の結論。高木のこの本を批判する理由は、まったく、ない。 思うんだが、ミステリ、の持つイカガワしい「駄菓子的要素」というものも、70年代には結構残っていたんだと思う。乱歩正史のエログロもそうだし、子供が読むと叱られるようなカラー、といえばいいのかな。そりゃミステリは人殺しを主題にする小説なんだから、そもそもけして品のいいものではない。本格だから、パズラーだから、清潔で論理的なもので、そういう「駄菓子要素」とは無縁、というわけでもないのである。 で、高木彬光も、たとえば刺青趣味とか典型だが、そういう「駄菓子要素」もふんだんに備えた作家だったわけである。結構アクドい猟奇実話系の著作もあるしね。で言えば、この五島勉だっていくつかスリラーを書いている立派なスリラー作家で、「カバラの呪い」なら本サイトの書評もあるくらい。また、ノストラダムス紹介の草分けがミステリ翻訳も多数な黒沼健、ということもあって、ノストラダムス現象というもの自体が、探偵文壇とも根っこではかなり強いつながりがあるものだ、というのも指摘しておきたいと思うのだ。 まあだから、ノストラダムス現象を「と学会」的に「トンデモ」として消費する、のでなくて、70年代までのアクドく駄菓子な「ミステリ」の問題として見直す....ならば、評者らしいのではないかと思うのだ。 (個人的な思い出。祥伝社ノンブックスの「ノストラダムスの大予言」のカバー絵が怖くて、そっちに怯えてた...小学生なんだもん。書評を見ると高木の批判に「救われた!」とする人が結構、いるんだね) |
No.958 | 7点 | 怪異雛人形- 角田喜久雄 | 2022/03/23 09:08 |
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この短編集は、角田喜久雄の「捕物帳」アンソロである...というのを「意外!」と感じるのを、編者の縄田一男氏は想定しているのだろう。角田喜久雄は「時代伝奇」の作家であり、それは画然として「捕物帳」とは区別されるべきだ、という縄田の前提があるわけだ。この「ジャンル感覚」を角田の実作を通じて、相互のジャンルの侵犯と、海外ミステリとの三角関係のなかで捉えてみよう、というなかなかに凝った狙いがこのアンソロに込められている。
実際「捕物帳」というのは「右門捕物帖」が作りあげたフォーマットである。角田自身、そういう「捕物帳の決まった型」に対する不満から、より奔放に幻想と合理性を両立させた伝奇ロマンに向かったという述懐があるようだ。そこであえて「捕物帳」というジャンルを取り上げたことで、やはり「捕物帳」というジャンルに対する角田の「ミステリ作家」の視点が窺われることになる。この兼ね合いが、面白い。 表題作の「怪異雛人形」は、「連続殺人の被害者が全員、首の抜けた雛人形を抱えて死んでいた」というイカニモな猟奇事件なのだけども、実はちゃんとミステリな真相がある。つまり「ミステリとしての捕物帳」。同様に「逆立小僧」は室内すべての品物が裏返しになっている殺人現場の謎。要するに「チャイナ橙」。これにも合理的な理由を見つけ出している。 「鬼面三人組」は派手な集団抗争モノなので、こっちは角田お得意の時代伝奇の要素を捕物帳に落とし込んだ形式になる。しかも、「悪魔凧」だと、この時代伝奇要素がハードボイルドといった方向に突き進んでいっていて、これがなかなか、いい。土着型ハードボイルドというか、「木枯し紋次郎」テイストといえばいいのだろうか。 怪談風の因縁で自殺が続く「自殺屋敷」。エーヴェルスの「蜘蛛」とか「自殺室」とか「目羅博士」とかああいう趣向で、密室殺人を提示してみせる。横溝が「開放的な日本家屋は密室に向かない」で困った話があるわけで、捕物帳では「どうやって、密室」よりも「なぜ、密室」の方がずっと自然でかつ盲点な着眼点になる、という狙いが実は大変面白い。まあ、HOW の方は反則みたいなものだが、「密室」というテーマのこんな独自の捉え方がある、というのが一番のポイント。 いや実に、ミステリ読者こそ、この角田捕物帳を読むべきである。 |
No.957 | 6点 | まぼろし姫- 高木彬光 | 2022/03/21 18:30 |
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角田喜久雄の時代伝奇を先日扱ったわけだが、春陽文庫のカタログを見ると、高木彬光の時代小説が大量に載っているのを見つけた...そういや、そうだね。高木彬光というとかなりの多作家でもあって、Wikipedia でカウントしても200冊を超える著書があり、そのうちミステリはジュブネイルを含めて約6割の120冊あまり。残りは約50冊の時代小説、20冊ほどの占い関連書、そしてSFやら架空戦記やら怪奇実話や邪馬台国や闘病記..
だったら、時代小説も、一応高木彬光の「主力」のジャンルと言っていい。 でも高木彬光の時代小説って、今となるとかなりニッチだ。ググっても書評は少ない。なので、「面白い作品がどれか?」とかまったく情報がないのだが、春陽文庫でわりと最近まで出ていた本作を選んでみた。入手性もいいんじゃないかな。 町火消し「い組」の棟梁喜兵衛は、出くわした辻斬りと自身の娘の誘拐事件が発端となり、「まぼろし姫」という言葉を巡る暗闘に巻き込まれる。菊屋敷に住む将軍家斉の姫、菊姫の「千姫御殿」を思わせる奇怪な噂の真相は? 最後はその菊屋敷が炎上し、喜兵衛と婿で事件の探索に当たった三次が炎の中から救い出したのは... まあそんな話なんだけど、これが「時代伝奇ならでは」なネタについてのミスディレクションが効いた、ミステリ風味の強いスリラーだったりする。時代伝奇だからアクションは派手。話が二転三転して転がっていく先がなかなか見えなくて、意外な展開をするので面白い。あとこの人独特の刺青趣味も、火消しだから一番自然な世界。 というか、高木彬光という作家の最大の弱点って、キャラ造形が下手で属性をいろいろ盛っても、へんに空々しいあたりだと思っている。これが時代劇だと、町人は町人らしく、侍は侍らしく描けていればそう文句は出ない。うまく弱点を隠すことができるんだよね。だから単純にプロットに専念すればいいわけだ。 なるほど、向いてる。評者の他にも高木彬光の時代小説を読んでみたい方がいらしたら、おすすめします。 (追記:本作が高木彬光時代伝奇の頂点、とする書評があった。やはりイイ作品なんだな) |
No.956 | 6点 | 一、二、三-死- 高木彬光 | 2022/03/20 11:11 |
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サクサク人が殺される「ドライブ感」みたいなものって、不謹慎ながら連続殺人モノ、とくに「童謡殺人」とか「見立て」系の一番の魅力のように感じる。本作も終盤畳みかけるようなリズムで殺人~真相暴露と続くので、そういった「連続殺人モノ」の面白さを味わえる作品なのは確か。
まあ、動機がイってる件とか、犯人特定ロジックが蓋然性レベルとか、アラを探せばキリはない作品だけども、駄菓子のおいしさみたいなものがある。いいじゃないの。 で、例の動機だけども、社会派、といえばそうかもよ(これはコト志に反している?)イマドキで言えば「反出生主義」とかそういうバリエーションがあるかもしれないな。高木彬光って「トンデモ」発想がある時があるけども、本作はそれがプラスの方向に働いている作品だと思う。 けど本作の関係者、ガチで全員ロクでもない連中ばっかり。全員氏ね!って言いたくなる...のはひょっとしたらネタバレ、かしら(苦笑)。 |
No.955 | 8点 | 鬼火- 横溝正史 | 2022/03/19 16:42 |
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「本陣」やら「獄門島」やらと同じくらいに、実は評者は「蔵の中」や「かひやぐら物語」や「貝殻館綺譚」といった横溝耽美ミステリが大好きなんだけどなあ...いやなかなかそういう趣味が分かって頂きづらい世の中なのかしらん。
同じ耽美とはいえ、乱歩の耽美とは肌合いが結構、違う。乱歩のねちっこい語り口で示されるエロスに満ちた怪奇譚と比較すると、横溝の方がずっと「きれい」で「あはれ」な話だ。同じ美少年趣味でも、ゲイ風味の強い乱歩の視線よりも、横溝は女性が美少年に向ける視線に近いように感じたりもする。 するとああ、鏡の中には忽然として一個不可思議な人物が浮び出して来ました。それは男とも女ともつかぬ、世にも妖しく、また美しい面影でありましたが、争えないもので、こうして見ると私の顔は、おそろしい程亡くなった姉の小雪に似ています。しかも尚それよりも数等の美しさなのです。 「蔵の中」で主人公が女装する場面だけども、ナルシスティックなあたりが強く出るのが、乱歩との違いだろう。こんなセピア色にくすんだ「蔵の中」の世界が、評者は大好きだ...(あと、白馬の王子様な「蝋人」もいいな~) いやこの妖異耽美の世界が、まさに戦前「探偵小説」の懐の広い味わいなんだよ。(「六本木美人」、分かる人いるかしら?) 「鬼火」の湖畔アトリエ描写とか、意外に「犬神家」を連想するところが多いのは、そりゃ舞台を戦前に横溝が療養生活を送った諏訪に求めているから、なんだけども、佐清マスクとか入れ替わりとか、題材流用もしていたりする。そういえばいがみ合ういとこ同士、だってそうか(苦笑)金田一だけ読んでいると、横溝正史って作家はわからない、とも思う。 まあこの柏書房「横溝正史ミステリ短編コレクション」は、金田一・由利三津木モノを除外した短編だけで編んだアンソロ、というのもあるけども、事実上角川文庫の「鬼火・蔵の中」と「塙侯爵一家」の2冊の合本に「鬼火」の手稿版を収録した事実上の戦前短編傑作選(「真珠郎」は欲しいが...)になる。とはいえ、中編「塙侯爵」はピカレスク?となるけども腰砕け。「孔雀夫人」はミステリっぽいけども、大した作品ではない。 「横溝ミステリ」の幅の広さを、皆さんにも知ってもらいたい。 |
No.954 | 7点 | メグレと死体刑事- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/19 08:40 |
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意外に評者は好みのタイプの作品だった。メグレがうんざりしつづける、重苦しい話なんだけどね。
仕事上の上司みたいな立場にある予審判事に直接頼まれた以上、イヤとは言えないのだが、「特別休暇」扱いで何の権限もなく、ボルドーの田舎町に派遣されたメグレ...判事の義弟の家に滞在し表面上は歓待を受けるのだが、「よそ者」にブルジョア家庭のトラブルをひっかきまわされるのはゴメン、というウラがありありと透けて見える。しかも判事の依頼は労働者階級の青年の不審死をめぐって囁かれる義弟の関与の噂をなんとかしろ、という筋ワルでこの街の階級対立を煽りかねないものだった....しかし、誰が依頼したか分からないが、司法警察を不祥事で辞めた元同僚で今は私立探偵、「死体刑事」カーヴルがこの事件の後始末に暗躍している。「丸くおさめる」のはカンタンでも、メグレの意地がそれを許さない。 この作品は第二期で「奇妙な女中」とか「ピクピュス」と合本で出たという話だから、中編?と思いきやちゃんと長編。合本にはどうやら戦時中の出版統制のような事情があるようだ。本作は「メグレの途中下車」で舞台になるフォントルネ・ル・コントのそばの田舎町。階級対立に巻き込まれ「よそ者」扱いに苦慮するメグレ、旧知の知人(学友)が絡む...と、「メグレの途中下車」の別バージョンみたいな話ではなかろうか。でも「途中下車」よりもこっちのが好き。 「難事件」といえば、このくらい「難事件」なものもないだろう。アウェイ、関係者の隠然たる敵意、正式の権限なし、強力なライバル....でもメグレはメグレ。事件解決後に「死体刑事」にちょいとイヤ味の一つもいいたくなる。 「あらゆる言辞のなかでおれにもっとも忌まわしく思える表現がある。その表現を聞くたびに、私は飛びあがってしまい、歯が浮いてしまう...それが何だかわかるか?」 「いや」 「《万事が丸くおさまる》ってやつさ!」 メグレはただの名探偵ではない。魂をもった男なのである。「空気」に同調しない個我をそなえた人物なのだ。 |
No.953 | 6点 | 妖棋伝- 角田喜久雄 | 2022/03/17 23:32 |
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横溝正史でも城昌幸でも時代小説の書き手として人気だったわけで、ミステリ作家と時代小説作家の兼業は昔から珍しいことでも何でもない。春陽文庫のカタログを見ると高木彬光の時代小説も大量に載っているくらいのもので、時代小説を一切書かなかった乱歩が例外、と言い切ってもいいとまで思う。
で、兼業作家でもどっちか言えば時代伝奇の作家としての方が主力だったのが角田喜久雄である。それでもこの人、デビューは探偵小説だし、戦後も継続してミステリを書いていたわけで、立派に両立していた作家の最たるものである。 本作は戦前の「伝奇三部作」と呼ばれる代表作の一つ。でもね、いや何というか、かなりドライな作品なのが面白い。時代劇と言うと「人情」とかそういう話になりがちなのだが、そうじゃない。ゲーム性がかなり強い。風太郎の直接の先輩。 宝探しに向けてその手がかりになる将棋の駒を奪い合う争奪戦だが、主なプレイヤーが4組。大岡忠相をバックにする陣馬一令、公家の側室を名乗る妖婦の仙珠院、札差の悪徳商人の下条元亀、鬼与力で評判の赤地源太郎....それに加えて上州からやってきた縄を使う郷士武尊守人と、江戸を騒がす怪人「縄いたち」が、この争奪戦に巻き込まれる。 だから登場人物も多いし、相互の騙し合いや駆け引きがかなり複雑で、勧善懲悪どころじゃなくてそれこそ「血の収穫」ばりのクールな集団抗争劇になっている。結末も予定調和なハッピーエンドでもないし、「宝物」も実は江戸の太平の世ではもう厄介者のような秘密でしかない。 そんなかなりモダンなテイストの話なのである。たとえばミステリ代表作の「高木家の惨劇」だって、それぞれのプレイヤーが騙し合い裏切りあう、ややこしい抗争が背景にあるのを考えたら、時代伝奇でも同じことをしているようなものだ。 関東大震災で東京に残る江戸の風情が消え去ったことで、「幻想の江戸」が成立する、というのが縄田一男の「捕物帳の系譜」のテーマだったのだが、この「幻想の江戸」は、リアルの過去とは無縁の自由な「ゲーム空間」だったと言ってもいいのだろう。その「いつでもなく/どこでもない江戸」をクールに、ニヒルに、自分自身だけが頼りの都市住民として闊歩するのが、実は戦前の時代小説のヒーローたちだった...そう見る方のが、実は正しいのだろう。 |
No.952 | 6点 | プレーグ・コートの殺人- カーター・ディクスン | 2022/03/15 22:13 |
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有名作ではあるんだけどもねえ...いや評者あまり密室って好きじゃない。推理しようがない密室って多いから、作者の得たり賢しな謎解きを聴いて感心するか、というとそうでもないことも多い。「カッコイイ密室」って実はそうとう難しいんだと思っているよ。
特にそう思うのは、被害者の内緒の狙いと、協力者の思惑、というあたりが、実は本作はあまり噛み合ってないようにも思うんだ。被害者による演出がなくても、この密室って成立するわけだし。怪異譚の合理的な謎解き、という面では心霊家の被害者に演出の狙いがあるのが当然なんだけど、それと密室の謎がごっちゃになっているようにも感じられる。 フーダニットの方は....いや、これ当たらないでしょう。無理筋、という評価の方が自然じゃないかな。 まあ、交霊術のいろいろなトリックをそれとなく教えてくれるとか、そういうあたりが面白いかな。やはりカーはオカルトをキャンプ趣味で面白がるタイプなんだろう。 (思うんだが、カーとディクスンの違いって、「アメリカ人から見たイギリス」なのを意識しているのがカーで、完璧なイギリス人のフリをしているのがディクスン、という気がする。どうだろう?) 追記:どうしても気になるので..(バレ) これって外したときに、証拠を回収できないから、簡単にバレる。いくら旋盤を使うからって手製だし、ヒビが入っていて爆散とか、バランスが悪くて軌道が安定しないとか、頭蓋骨など表面にある骨に当たって刺さらないとか...モース硬度2だそうだから、そもそもあまり硬いものではないようだ。通常モードなら被害者の協力で何とかなるんだろうけどもね。 |
No.951 | 4点 | 黄金の鍵- 高木彬光 | 2022/03/13 12:28 |
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評者も人並さんとは世代が近いせいか、墨野隴人シリーズにはほぼ同様の経緯で触れている。本作(1970)と次作「一、二、三――死」(1974)とは間が4年ほど空いていて、墨野初体験が「一、二、三――死」の方。で、その次の「大東京四谷怪談」(1976)がガチのリアルタイムで「高木彬光最新作」。何となく第一作は読まずにすませてしまい、ずいぶん後になってそれでも墨野の正体が気になって「仮面よ、さらば」を読んだ、というのが評者の経歴になっている。
だからね~「一、二、三――死」とか「大東京四谷怪談」が懐かしいから、それなら墨野隴人シリーズ最初から全部読もうか、と思って未読の本作。人並さんも似たようなこと書かれているので、やはりこの第一作は埋もれた印象が評者も強い。 小栗上野介の徳川埋蔵金を巡るロマン...と言えばそうなんだけど、墨野が語るそれなりに納得感のある推理が、ちょっと読者を騙すような妙な内容になっていることもあって、本作はそのロマンに納得がいかないや。まあ、歴史の謎の宝探しだから、小説の中でどう結末をつけるのか、ってやたらと難しい。決定的証拠を見つけちゃったらリアルで大騒動を引き起こす(それも面白いが)。なので本作は題材からしてその「ロマン」で失敗せざるを得ないようにも思うんだ。 で、殺人の真相もつまらないもの。やはりイマイチ評価は避けられない。 ちなみに人並さんも気になされた「黄金虫とデュパン」「クロフツ警部」は、しっかりと光文社文庫(1998)でも生き残ってます。まあ、このシリーズ立役者の「愉快な未亡人」村田和子女史、こういうキャラだからね~(苦笑)伏線と言えばそうかもよ。で墨野とマタハリの娘の悲恋話って、そりゃ面白いけどさ、上松のホラでしょうよ。 まあでも本作の不出来は気にしない。個別作品をまたいだ「シリーズ伏線」を楽しむつもりだし、この後2作が楽しみ。 |
No.950 | 7点 | メグレ夫人のいない夜- ジョルジュ・シムノン | 2022/03/12 10:07 |
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好み。ミステリとしての名作じゃないけども、皆さん同様にシムノンらしさ炸裂の好編だと思う。
原題は「家具のメグレ」くらいの意味で捻りすぎなんだけど、メグレ夫人がアルザスの妹の看病で、メグレに舞い込んだ「突如の(臨時)独身生活」。それをうまく織り込んだナイス邦題だと思う。 だから、メグレは事件の起きたアパートに住み込んで、その住人や気立てのいい家主とも仲良くなる。いやこれが昔風の下宿、といったもので、「めぞん一刻」と言ったらまさにその通り。家主クレマン嬢は響子さんで、メグレは五代くん。だったらラブコメ?かもしれないけど、メグレだからまあそうはならない....はずが、ラブコメもロマンチックも、ある。「男をかばう女の話」というテーマが隠されているのを、メグレは察知する。 ジャンビエが撃たれるなんて物騒な発端だけど、最終的には大岡裁き。甘いって言えば甘いけど、捕物帖テイストといえばそうかしら。ひょっとしたら、女性人気が突出して高い作品かもしれないよ。 犯人との対決・取引とか、よく書けている作品だと思う....メグレらしさ、が存分に発揮された作品という意味だったら、名作かも。ラポワントくん、調査は役立たずで残念、お疲れさま、ジャンビエのファーストネームは、アルベールだそうだ。 |
No.949 | 6点 | びっくり箱殺人事件- 横溝正史 | 2022/03/09 18:20 |
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最近の読者は「金田一じゃないから」と本作読まないんだろうか。それももったいない話。上機嫌なユーモア・ミステリなんだけどねえ。
というか、横溝正史の戦後の「本格の鬼」のイメージが強くあるせいか、戦前の「新青年」編集長をしていた頃の「モボの教祖」の側面が、どうも見過ごされがちのようにも感じる。横溝編集長期に「新青年」は、「探偵小説雑誌」のカラーが薄れて、ナンセンスとユーモアのお洒落なモダン雑誌の色合いを強めた経緯もあって、そこらから見ると、実は本作みたいなのが横溝正史の「地」なんじゃないかと思うくらい。本作の洒落た戯作調なんて堂に入ったもので、余裕で書いていて、とても楽しい読み物だ。 終戦直後の世相もいろいろシャレのめして取り入れて、安吾か砂男かな名調子で綴られるレビュー殺人事件! でも、ミステリの骨格は結構しっかり。ネタはチェスタートンのあれだったりする。でも小見出しが全部当時の映画タイトルを捻ってつけていて、それを本文中でもセリフに登場させるお遊びもあれば、 ユネスコとはフラスコの一種にして、ペニシリンの製造に用いられる とかね、そんなギャグが満載で、戦後の世相に詳しいとかなり楽しい。解説によると探偵作家クラブの文士劇に使われたそうだから、ウケただろうな~ 角川文庫だったから「蜃気楼島の情熱」を併載。こっちは金田一。でも結構仕掛けが見え見えで、さらにの逆転あり?なんて思ってたら、なし。残念。ちなみに耕助パトロンの久保銀造登場作で、怪しい関係にしか見えない(すまぬ)。 |
No.948 | 7点 | 闇に葬れ- ジョン・ブラックバーン | 2022/03/09 09:04 |
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評者は子供の頃、ウルトラマンやウルトラセブンよりも、断然「怪奇大作戦」や「ウルトラQ」の方が好きだった....そんなテイストが横溢していて、論創社のブラックバーン3冊の中では一番面白い。ただしSF色がやや強いので、それほど怖くはないな。
本作はレギュラーのカーク将軍もレヴィン卿夫妻も登場しない。レギュラーなしで多視点でモザイクのように話が組み合わさって、群像劇のような印象になって、これがいい。話の中心の十八世紀の奇人芸術家の墓を開けるプロセスが、さまざまな障害に直面して、難航するさまがなかなかサスペンス。中にあるのはロクでもないものに決まっているのだがね。でもダムによる水没のタイムリミットに向けて、墓を開ける側とそれを阻止する側の暗闘が、ジリジリするような気分を盛り上げる。ここらへん、実に上手。 墓が開いたとなると、それからは爆発的な勢いで世界の終末の危機が訪れ、ラストまで一気に押し切られる。ラヴクラフトの「ダニッチの怪」の構成に倣ったのかな。読者をノセて読ませることについては、確かな技量のある作家であることを、改めて実感。 まあ、ネタがチープとか、前半のホラーから後半のSFへの転換とか、切り札の説得力が?とか、あるんだけどさ。評者は映画だって話の筋立てよりも、演出の切れ味とか映像美とかをずっと評価するタイプだから、そんなの気にしない。ブラックバーンはネタ作家ではなくて、優秀なエンタメ作家である。 (ブラックバーンは翻訳はコンプ。もっと出ないかしら?) |