皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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クリスティ再読さん |
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平均点: 6.40点 | 書評数: 1379件 |
No.1159 | 6点 | 鬼警部アイアンサイド 交錯の銃弾- I・G・ネイマン/W・ミラー | 2023/08/01 10:05 |
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パトカーのサイレンを模したクインシー・ジョーンズのテーマ曲も有名だけど、何か気分転換に読みたくなった。そういえば「刑事コロンボ」とほぼ同時期なんだよね。だからTV放送当時にはコロンボ同様にノベライゼーションが出版されていたのが懐かしい。これがノベライゼーションの1作目。
(Amazonにないみたいなので書誌補足。グロービジョン出版の新書本・昭和50年1月29日初版・訳者は梶龍雄で見返しに氷川瓏の推薦文) 今時は一応設定の説明が必要かな。ペリー・メイスンを演じて人気絶頂だったレイモンド・バーのもう一つの当り役で、サンフランシスコ市警の敏腕刑事部長だったアイアンサイドは、卑劣な犯罪者に撃たれて半身不随の身になった。不屈のアイアンサイドは車椅子を駆って「嘱託警部」の立場で3人の部下を与えられて、再び犯罪に戦いを挑んだ! ペリー・メイスンの頃からすれば随分太っていて、車椅子に乗ったアイアンサイドに映像的な説得力があるんだね。腕っぷしはそれでも鍛えて強いから、車椅子のままでもみ合いを制するとか、そんな描写もあるけども安楽椅子探偵風の「推理」も大事な作品。 でこのノベライゼーションでは、部下として可愛がっていた刑事が射殺死体で見つかった。その家には不審な札束が...暗黒街の大物を標的とした捜査に携わっていたことから、汚職容疑が死んだ刑事にかかる。それに憤ったアイアンサイドは、ハイソ雑誌出版社社長の妻が殺された事件とのつながりを探り出す。刑事はこの社長の愛人だった女性と結婚を考えていた...刑事殺しと社長夫人殺しはどうつながるか?暗黒街の大物の役割は? というあたりの興味の作品。アリバイ工作にちょっとしたミスディレクションが仕込んであって、リアルな仕掛けだけどミステリとしてもナイスだと思うよ。そういやマクベインがシナリオに関わってた話もあるそうだ。 そのうちジム・トンプスンが書いた新作もやろうかな。 |
No.1158 | 7点 | ルパン、100億フランの炎- ボアロー&ナルスジャック | 2023/07/30 11:44 |
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さてボア&ナル贋作ルパン4作目は入手困難なこの本。出版事情などは人並さんのご講評に譲ります。
シリーズでも出来のいい作品だと思う。「ウネルヴィル城館」と双璧かな。「ウネルヴィル城館」が「続々813」みたいな真面目な続編調だったのと比較すると、4作目というのもあって「ボア&ナル流のルパン」として完成している。「水晶の栓」がそうなんだけども、今回もなかなか敵が手強い。そして連続殺人自体に、ボア&ナルらしいミスディレクションが混ざっていて、さらにそれが敵との駆け引きのネタになって、ルパンが連続してしてやられたりする。スーパーヒーローとはいかないあたりがどっちか言えば評者は好き。 こんな逆転・再逆転の面白さと、ルパンも最後まで見抜くのが難しかった敵の狙いなど、上出来作なのは間違いないや。もちろんルパンだからヒロインを巡って一肌脱いだり、巨額のお宝を目にしながらそれを「盗む」のを拒んだりと、ルパンの義侠心がボア&ナルが憧れた「ルパンのヒーロー性」なんだよね、としっかりと腑に落ちる。 だから本作だと本家では避けているような、リアルな第一次大戦戦後描写などあったりして、ボア&ナルの狙いが「リアルなルパン像」といったあたりに向いているとも思うんだよ。そこらへんの面白さを評者は感じたな。 (でもシリーズ最終作の5作目は、完訳がなくてポプラ社「ルパン危機一髪」。乗りかかった船だもの...) |
No.1157 | 7点 | 殺人は広告する- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/07/29 14:47 |
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本作嫌い、という人の声もわかるんだよ。
実際、これパズラーじゃなくて、スリラーだしね。広告業界の内幕話をふんだんにちりばめて、時代の花形で浮ついた(評者ならホイチョイとかね)ギョーカイのギョーカイ人の生態を、軽妙でブンガク的な引用過多の洒落(過ぎた)会話で綴りつつも、麻薬取引と殺人を絡めて描いた大作... まあ今回、階段から落ちて亡くなった社員の死の真相と裏で起きている事件を探るために、「デス・ブリードン」という仮名で広告会社に潜入したピーター卿がねえ、何というかな、とってもカッコイイんだな。「働いてお金を稼ぐのが初めて」な貴族の次男でも、しっかりコピーライターとして仕事をしつつ、怪しげなパーティに出席して、謎の人物「ハーレクイン」として暗躍する、とかね。ファンタジーといえばそうなんだけども、やはり今から振り返れば、ホイチョイ全盛期のバブル期って、ファンタジーみたいなものって言えばまさにそうだった。 ファイロ・ヴァンスもそうだけど、そんなバブルな名探偵ヒーロー像というのは、やはり戦間期の経済的繁栄の産物だったようにも感じるんだよ。でもさ、ピーター卿の衒わない品の良さがイイんだな。ウォシャウスキーの「白馬の王子様」がピーター卿ってのも、素直に同意できるところもあるさ。 で、だけど、この作品のメッセージ(笑)って、「広告って麻薬みたいなもの」ってあたりにあるんだと思うんだ。そんな悪徳に手を染めながらも正義のミカタであり続けるピーター卿のヒーロー性が極めて興味深い。 |
No.1156 | 6点 | 麻薬密売人- エド・マクベイン | 2023/07/23 09:39 |
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87分署3作目。シリーズとして続けていく上ではとっても大事な回だったんじゃないかな。本作のラストが悲劇だったら、シリーズ終わってたかも。「冬はまるで爆弾をかかえたアナーキストのように襲い掛かってきた」で予告されるシビアな「冷たさ」が、時節柄のクリスマス・ストーリーに雪崩れ込んでいくことで、この人気シリーズのロングランが決まったんだろう。
それまでが警察制度への挑戦・通り魔事件と激ハデ事件だったのとは一転した「日常回」。ジャンキー少年の自殺事件?から、ストリートで地味に起きていく事件。今回の「主役」は珍しくバーンズ警部で、子供の問題に頭が痛い。まあだから裏表紙にあるような「麻薬と人種問題」を扱った社会派作品、という感覚はそんなに強くない。 なにげに「二度殺された被害者」ネタだし、そのWHYに秘められた罠とか、地味ななりには考えられた作品だとは思う。「ウェルメイド」を維持し続けることができたのって、作者の力量なんだよね、と改めて実感する。イベント回じゃないから埋没しがちな作品だけど、こういう回こそがシリーズの生命線なんだと思うよ。 で中田耕治氏の訳。スラングを日本語の隠語に置き換えて訳すスタイルだから、評者とかとってもレトロで懐かしい。嫌いな人は多いだろうけどもねえ。 |
No.1155 | 6点 | 青列車は13回停る- ボアロー&ナルスジャック | 2023/07/21 15:42 |
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さてボア&ナルの短編集。パリとコートダジュールを結んで走る特急豪華寝台列車「トランブルー」。その停車駅が13駅あることにちなんで書かれた連作短編集...とはいうものの、具体的に車内で事件が起きるのは最初の「パリ」だけ。あと「青列車に乗らなきゃ」とか多少の関りがつけられることもあるが「ご当地」のミステリが13本。
...しかしね、パリから南仏最初のマルセイユまで停まるのはディジョンとリヨンだけ。あとは南仏の紺碧海岸沿いを走るだけなので、どっちかいえば浮ついたリゾート気分がキートーン。作風もいつものボア&ナル心理主義ではなくて、ヒネリのあるコントといった感覚のものが多い。ギャングやら手の込んだ詐欺やら、騙し合いやら、を小粒でピリりと辛い話としてまとめている。中にはちょっとした不可能興味がある「奇術」「十一号船室」とかね。 個々の作品の水準はわりと高いんだが、突出したものがあるというよりも、平均点の高さとバラエティで楽しむような短編集。ボア&ナルの器用さもさることながら、「いかにもフランス好み」といったフランスの短編エンタメ小説のエスプリがいろいろと味わえる作品集と見るのがいいと思う。 |
No.1154 | 5点 | Xに対する逮捕状- フィリップ・マクドナルド | 2023/07/18 16:42 |
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これも国書刊行会・世界推理小説全集の目玉として期待された作品で懐かしい。
...「幻の黄金期作家」としてマニア内では有名だったわけだけど、「本格」かというとずいぶん違って戸惑った人が多かろう。うん、改めて読んでみると「警察小説」だよこれ。 場末の喫茶店で漏れきいた会話に、犯罪の企画が進行中だと気がついた劇作家ギャレットが、名探偵ゲスリンの協力を得て「まだ実行されていない犯罪を止める」ことを目的として奮闘する話。謎の派出婦紹介所を追っていると、ギャレットは1日に3回も殺されかかる。そんなスリラーだから「なんで警察小説?」と評者の判断に疑問を持たれるかもしれない。 ゲスリン大佐は元諜報部員というのもあるけども、陰で警察を動かす力もあれば、配下の新聞記者を使って調査させたり、意外なくらい「組織力」の捜査の指揮を取るわけ。で、細い細い手がかりの連鎖をしつこく追いかけていく。このマンハントのプロセスが、それこそ「警察小説」の味わい。 いやだからさ、イギリスのスリラーってかなり多義的なものだと思っている。その後のミステリのいろいろな側面が未分化のままに成立していると見るべきなんだろう。クロフツだって多くの作品がスリラーだし、だからガーヴが「クロフツっぽい」と言われたりする。本作みたいに黄金期名探偵の一人とされるゲスリン大佐作品でも、使われ方は警察小説。 けどね、本作スピード感がないんだな。描写はカメラアイ的なリアリズムだし、カットバックを意識した場面切り替えとか、とても映画的なんだよ。しかし、細かい描写にこだわりすぎちゃって、これが冗長にしかなってない。映画なら一瞬で理解できる「絵」を一生懸命文章で絵解きすることになるから、読んでいてイライラしてくる。 悪い意味で「映画的」というのもあるんだな。ハメットとかヘミングウェイなんてセンスの塊のわけだ。 (本作の有名な冒頭、乱歩好みだと思う。「妖虫」もこんな始まり方だよね。本作の方が少し後だが) |
No.1153 | 6点 | ドーヴァー1- ジョイス・ポーター | 2023/07/16 20:45 |
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ポーターもやらなきゃ。というわけでシリーズは最初から読もうか。
「世界の名探偵50人」とかその手の本でも「ドーヴァー警部」は大概最後の方で「迷探偵」枠みたいにして紹介されるわけだけど、いや本サイトでもよく指摘されるように、実はパズラーの骨格があるために意外に推理が当たるんだよね。でも性格は実にお下劣で絵に描いたような嫌なやつ。本作でも最後は真犯人に拷問まがいのことまでするくらい。 でまあなかなか奇抜な動機などで有名な本作、言ってみれば「バカミス」なんだけども、そういう声はほとんどない。これが面白いところで、やはり「作者が狙って書いたブラックな真相」というのは、「バカミス」にはならないわけだ。言ってみれば「バカなことで成功している」わけ。 だから逆に言えば、作者がこの「バカさ」によって際立てたかったこと、というのも気になる。実はそれ、本作で縦横無尽に描かれる「強〜い女性たち」の群像なのではないのだろうか。オトコたちは情けない。しかし、女性陸軍大佐やら女性探検家、あるいはイカツい婦人警官、100キロ超のマシュマロ女子でありながら、奔放なsexをエンジョイする被害者...こういう「濃い女性たち」の暴れっぷりこそが、この本の隠れた生命線なのでは?なんて思う。 逆に嫌われ者ドーヴァー警部の造形というのも、「オトコの嫌な面」を誇張して造形した、という見方もできるんだろう。だからフェミ小説的な読み方がガチでできる小説。 |
No.1152 | 5点 | ヒルダよ眠れ- アンドリュウ・ガーヴ | 2023/07/14 13:20 |
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さてヒルダ。改めて読み直すと「ヒルダって言うほど悪女だったのか?」と疑問に感じ始めちゃうのが、なかなかに厄介な話。今でいえば発達障害とか実はそういう「思い込みが強くて、周囲に気が使えないキャラ」で、勝手に周囲がヒルダを嫌うようになっていた....なんていうマギレが今では起きてしまっているのかもよ。
もちろん時代柄もあって、ガーヴはそんなこと考えてない。 どちいかいえば「幻の女」の被害者も「悪女」系だったから、それにヒントを受けて、調査が進むにつれ「証人が消える」話を「被害者のキャラが変わる」話にしてみた、というあたりなんじゃないかと思う。 でも、ホント皆さんご指摘の通りで恐縮だが、後半のメロドラマが退屈なんだよね。しかしだ、このメロドラマ調にガーヴっぽさを感じないわけでもないのが、痛しかゆし。困っちゃう。 まあシニカルな結末が好きなら、マックスと結婚したステファニーがどんどんと「ヒルダ化」するとかね、そんな不謹慎な想像もしてしまう。 そのくらい読んでいてモヤモヤし続けだった話である。 |
No.1151 | 8点 | 八点鐘- モーリス・ルブラン | 2023/07/10 16:44 |
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その昔って「ルパンは子供向け!」なんていう本格マニアに「八点鐘だけは読んでおけ」と勧めるタイプの作品だったのだけど、最近では読んだことない人が増えたのかな。
トリック至上主義の「教祖」の乱歩がこのオムニバス長編を高く買っていたからね。「類別トリック集成」の密室類型第三パターン(一番興味深いもの)の代表作が含まれていたり、乱歩自身が「オリジナル!」って自負したトリックの別パターンがあったり、足跡トリックの有名作、さらには今でいう「プロファイリング」の先駆作だってある。ルブランはトリックメーカーなのは間違いないんだよ。 でも大乱歩の威光もそろそろ薄れてきたから、それほど本作が読まれなくなってきた...と思うと淋しいものもある。 しかしね、改めて読み直すと、そういう乱歩の「読み方」が一面的だったようにも感じられるのだ。短編集ではなくてオムニバス長編である、と見た方がいいわけだし、全体を通じる「ロマンの香り」(女を口説いてるだけ、って言うんじゃない)の濃厚さにヤられるわけだ。けして「有名トリックの元ネタ集」ではなくて、そういう「トリック主義」に縛られないうまい使い方、ドラマの絡ませ方を楽しむのがいいと思うんだよ。 実に洒落た、ロマンチックな冒険(アヴァンチュール)譚。いくつもの宝石を埋め込んだ豪華なブローチのような。ルブランの筆が一番ノっていた時期だと思う。 |
No.1150 | 6点 | 丘の屋敷- シャーリイ・ジャクスン | 2023/07/08 08:31 |
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翻訳タイトルがバラバラで厄介だけど、原題「The Haunting of Hill House」に一番近くて最新の刊行がこの題だから、「丘の屋敷」にしておこう。この作品はマシスンの「地獄の家」やキングの「シャイニング」に影響を与えたことで有名なモダンな「幽霊屋敷モノ」の古典。怪異を外的な怪異というよりも、幽霊屋敷に滞在するチャレンジャーの精神に食い込んでくるような存在として描くあたりに「モダン」があるのかなあ。確かに「モダン・ホラー」っていったい何?と改めて聞かれると言葉に窮するのだが、本作あたりがその先駆作とは言っていいんだろう。
で...いやホントになかなか超常現象が起きないホラー。札付きの幽霊屋敷にチャレンジする4人の男女。その一人のエレーナの視点で、知らず知らずにこの屋敷の「何か」に精神がシンクロしていくさまが描かれる。まさに本人の主観が徐々に蝕まれていくわけ。ジャクスンの丁寧な心理描写を通じて「フィルター」がかかった状態で、読者は「怪異」に導かれていく。 そんな解読力がかなり要求されるホラーだから、「怖くない!」という声も大きいんじゃないかな。ポルターガイストくらいは起きるけども、あまり派手な事件が起きるわけではないし、怪異の謎解きがある、というほどでもない。 ジャクスンらしい心理主義で、「くじ」所収の短編に登場するような「主人公の神経を痛めつける無神経キャラ」も後半に登場。ラストにちょっと「くじ」風の味わいがあるかな。 というわけで相当地味な作品。本作を派手なエンタメに書き直したのがマシスンの「地獄の家」だと思う。タイトルだって「ヘルハウス」「ヒルハウス」と語呂が合っているじゃん? |
No.1149 | 7点 | キス・キス- ロアルド・ダール | 2023/07/05 14:40 |
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「あなたに似た人」の次の短編集。いや読んでの感想は
ダールって男性的な作家だなあ というあたり。男性から見た女性の不思議さ・不可解さが大きなテーマになっているわけで、それがたとえば捕食者的な「女主人」というかたちをとったり、夫への復讐譚「ウィリアムとメアリー」(SF仕立て)、「天国への道」(オーソドックスな日常の悪意)、ガチの男女闘争譚を、策士策に溺れるの洗練された騙し合いに持って行った「ミセス・ビクスビーと大佐のコート」、やはりSF仕立てにした「ロイヤルゼリー」「勝者エドワード」、今でいうインセルの奇想小説の「ジョージ―・ポージー」と、手を変え品を変え同一テーマに固執しているわけだ(だから「おとなしい凶器」もそう読むべきなんだって!)。 だから逆に「クロードの犬」からのボンクラ三人組活躍譚(「牧師の愉しみ」「世界チャンピョン」)はカラー違いのホモソーシャルな「男らしさ」の小説になってくるのだろうな。結構ヘミングウェイの世界に近いと思っているよ。 というわけで本当は「あなたに似た人」の路線をさらに純化・強化した短編集が「キス・キス」ということになるんだろうと思う。 ごめん「来訪者」とか読んでない。そのうちやろう。 |
No.1148 | 8点 | 死体をどうぞ- ドロシー・L・セイヤーズ | 2023/07/02 13:47 |
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文庫600ページある大長編なんだけども、つるつる読めて楽しめる。
それでいて冗長じゃないし、しっかり「謎の解明」に焦点の当たった小説で、ある意味「これぞ本格」と言いたいくらいの作品。イギリスの「パズラー長編」というものを考えたときには、モデル的な作品としてもいいかもしれない。 セイヤーズの犯人は、決して超人的な悪の化身でもないし、犯行プラン通りに奇抜なトリックを決めてみせることもない。平凡な悪意をもって綿密なプランを立てたつもりでも、いろいろな偶然に翻弄されて、その結果「きわめて異常な状況」に陥る。それをピーター卿とハリエットが、あーでもないこうでもない、といろいろな方面からこねくり回して見せる「ミステリ」であり、実際その推理も一瀉千里とはいかずに、試行錯誤とミスや誤解の集積だったりする。 このリアルで平凡なあたりに、セイヤーズの筆が冴える。ピーター卿もハリエットも犯人も被害者も、それぞれ想像が絡み合った世界に生きていて、それぞれの「想像」がリアルとズレながらも、時にはヘンな構図を取りながらも次第に噛み合っていく....そんなプロセスの小説。だから真相が極めてアイロニカルなものになるのは当然。 だからこそ、そんな中に光る人間性をうまく掬い取り、さらにはアイロニカルな状況に置かれた人々の醸すユーモア、そしてツンデレなハリエットとピーター卿の恋の駆け引きが、長い小説を彩って飽きることがない。 (個人的には被害者の同僚のジゴロが「僕たちが売り買いされる人間だからといって、眼も耳も持たないと思ってはなりません」という人間の矜持が、実は真相に照応しているあたりとか、素晴らしいと思う) |
No.1147 | 4点 | 震えない男- ジョン・ディクスン・カー | 2023/06/27 23:58 |
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創元の新訳で。
出だしとか意外に雰囲気がいいんだけども、幽霊屋敷に訪問してからは話が終始グダグタ。なんか間伸びしている。トリックはねえ、どうこう論評するようなものじゃないように思う。お約束みたいなものとして笑って済ますべきだろう。で、問題は終盤の真犯人をめぐるプロットの綾なんだけども... 17章で物理トリックが解明、19章末尾でドンデン、20章でさらに...で終わり。 本当に最後の最後で波乱があるんだが、いやこういう仕掛けをするんなら、もっと書きようがあるだろう?というのが正直な感想。ネタとしては「ミステリの宿題」みたいなものなんだから、大いにやるべきネタだと思っている。 しかし、カーは何でこんなもったいない使い方をするんだろうね。定型的なミステリの書き方この時期妙にこだわりすぎて、つまらなくなっているとしか思いようがない。 最後の真犯人の件、タイミングが難しいから無理筋だと思う...そういうあたりの粗さが、思いつきっぽく感じられるのが敗因じゃない? |
No.1146 | 6点 | アルザスの宿- ジョルジュ・シムノン | 2023/06/26 15:07 |
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さて評者は国会図書館デジタルコレクションで本作。
創元で出たが、メグレ物ではない単発のエンタメ。メグレ夫人の出身地がアルザスの設定で、よく「妹の出産」だなんだで帰省するし、名物シュクルート(ザウアークラウトだな)はメグレも好物。そんなアルザスの観光地ミュンスター(仏語だとマンステールと発音した方がいいようだ)の、シケた宿屋に寄宿する冴えない中年男、セルジュ氏。 セルジュ氏はぶらぶらしているくせに金欠のようで、宿の女主人に下宿代を請求されて「待ってくれ」とお願いする始末。でも、宿の雑用を気よく手伝って...と「居残り左平次」みたいなキャラでなかなか、いい。向かいのホテルに投宿したオランダ人銀行家の手元から、金が盗まれる事件が起き、容疑が身元不詳のセルジュ氏にかかった! セルジュ氏はその容疑を晴らすが、銀行家夫人がセルジュ氏を謎の詐欺師ル・コモドールだと指摘する....ル・コモドールと対決するパリ警視庁ラベ警部がこのセルジュ氏に貼り付いて監視するが、セルジュ氏は詐欺師か?盗難事件の真相は? というような話。セルジュ氏のキャラとその謎、それから宿の奥にある別荘に住む未亡人とその娘との間のロマンス含みの関係など、「セルジュ氏の謎」として小ぶりながらうまくまとまった作品。 考えてみたら、ホテル探偵居残り左平次って、結構いいネタだと思う。「幕末太陽伝」のフランキー堺のイメージでミステリだったら素敵だな。 シムノン版ルパンみたいな味わいがあって、フランス人のルパン好きと、シムノンらしさとがうまく拮抗して補いあっている。結構な珍味作。 (あ、マンステールって地名、何で聞き覚えがあるんだろう?って思ってたが、ウォッシュタイプのチーズで有名なのがある) |
No.1145 | 5点 | ヒッチコックを殺せ- ジョージ・バクスト | 2023/06/25 22:24 |
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まだ「ある奇妙な死」は評者しか扱ってないんだなあ。一応「ゲイミステリの金字塔」とまで言われた作品だったんだが、このジョージ・バクスト、1980年台のEQMMでは主力級で活躍していて、よく「EQ」に短編が載っていた。しかし長編の翻訳は2冊きり。紹介タイミングを逸した作家の一人になってしまった。
高踏的で文学的な「ある奇妙な死」とは違って、本作はメタな味わいを生かしたスパイスリラー。主人公は若きヒッチコック。前半は処女監督作「快楽の園」をミュンヘンで撮影中に、スクリプトガールが自宅のシャワー中(「サイコ」)、さらにその捜査に刑事が訪れている面前でピアニストが殺害されえ。ナチス台頭期の不穏な情勢。フリッツ・ラング夫妻と食事をするが、「メトロポリス」の脚本家でラング夫人のテア・フォン・ハルボウはしっかりナチスに感化...そんな状況下で、事件は未解決のまま終わる。 そして1936年のロンドン。「バルカン超特急」を準備中のヒッチコックの元に、ミュンヘンの事件で一緒に仕事をした脚本家から「見てほしい」といわれたシナリオが届く。それを持ってきた男はヒッチの面前で刺されて死んだ...このシナリオの導くままに、ヒッチコックはまさにヒッチコックの映画の筋書きそのままに追いつ追われつの追跡と逃亡の劇を演じる。 まあだから、メタなあたりが狙いの小説。ヒッチコックの映画の場面をそのままヒッチコックが演じるようなものだから、ファンアートっぽい印象もあるんだけど、そこはキャリア十分の作家だし、映画にだって関わっている人。映画のネタの嵌め込み具合など、堂に入ったもの。 しかしまあ、場面場面を優先することになるから、プロットはどうしてもはっちゃけ気味。どうやら文章に語呂合わせなどくすぐりが入ってて、それが面白味のようだけど、翻訳はこれが全然再現できなかった旨があとがきにある。 もっとガンガンと実在の映画関係者を出したらよかったのに。ラング夫妻くらいなのでそこらへんが不満なこともある。 狙いはわかるけど、もう一つ。「ある奇妙な死」は三部作だそうだから、続編を紹介してくれた方が嬉しかったな。 |
No.1144 | 6点 | 幻の下宿人- ローラン・トポール | 2023/06/24 09:46 |
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評者の世代だと
「善良な彼は、なぜ女装してパリの町を逃げまどうのか、なぜ女がトイレに入るのを覗くのか―平凡な日々の中の思わぬ恐怖の陥穽を描く!」 の惹句で馴染みがある本。1970年代のポケミスの宣伝ページに「ブラック・ユーモア選集」で紹介されていた本では、本作と「ジョコ、記念日を祝う」の2作が収録されていたが、河出文庫での再刊では本作のみ。これヴィアンの「北京の秋」と並んで気になる本、でしょう? でブラック・ユーモアのはずなんだけど、実はホラーといった方がいい内容。楳図かずおもギャグが得意だったり、伊藤潤二のホラーが笑えたりするのはよくあることで、日常を別視点からヒネって脱臼したかたちで提示して、感情を震撼させることでは、似たようなものだと言えるんだろうね。 引っ越し先のアパートで友人を呼んで騒いだことで、家主&ご近所から強烈なクレームを入れられた主人公が次第に病んでいく話。その部屋の前住人は窓から飛び降りて自殺を図り、主人公も部屋の賃貸権を気にして前住人の女を見舞に行ったのだが、その女と同じ目に逢わせようと、ご近所は企んでいるようなのだ...追い詰められた主人公は次第に自殺した前の住人の女性と同一化していく なんて話。サイコホラーだけど、下ネタとシュールな描写が多数。トポール自身、諷刺漫画家として世に出た人で、例のカルトアニメ「ファンタスティック・プラネット」にも関りがある。シュルレアリストとも言えるけど、カフェでのアンドレ・ブルトンの法王然とした姿を見てがっかりしたそう。サイコホラーなのか、オカルトチックな陰謀話なのか、シュルリアリスム小説なのか、下ネタお笑い小説なのか、よく分からないあたりに存在意義がある。 |
No.1143 | 4点 | アルセーヌ・ルパンの第二の顔- アルセーヌ・ルパン | 2023/06/18 11:56 |
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ボア&ナルの贋作ルパンの3作目。前作「バルカンの火薬庫」で作者はバレたから、本作からは堂々と原著もボア&ナル作を謳っている。けど、新潮文庫では今までの流れから作者は「アルセーヌ・ルパン」のままで、小さく「ボアロー=ナルスジャック」のカバー表記。背表紙は「アルセーヌ・ルパン」単独。扉ページでは「ボアロー=ナルスジャック」で、文庫本体は「ボアロー=ナルスジャック」と一貫性がない上、カバー折り返しではシリーズの一貫性を維持して「アルセーヌ・ルパン」。知らんよ、ホントの作者とか。
今回は「奇岩城」で恋人レイモンドを失って、盗賊稼業を廃業中のルパン。でも奇岩城の財宝が、「爪」を名乗る盗賊団に強奪された!ルパンに挑戦する気マンマンの「爪」一味の正体を暴こうと、ルパンは秘かに「爪」一味に潜入した!しかし「爪」の首領はルパンの正体を見破って....謎の美女、妻を一味に殺された峻厳な検事、ルパンを慕って一味を裏切る青年などなど、ルパンと「爪」の対決の行方は? こんな話。謎の美女に峰不二子テイストがあって、ルパンと濃厚なキスをしたりするシーンあり。ルパンが身元を隠して一味に潜入するあたり007っぽい味わい。いや007ってある意味ルパンの子孫なんだな、とか思う。 だから「ルパンっぽさ」はわりと薄いし、話も地味。さらに「爪」の首領の正体はお約束っぽいし、今回はルパンが翻弄されっぱなしで、ヤキが回ってる? というわけで、新潮文庫3作の中では一番落ちる。 シリーズ次作のサンリオ「ルパン、100億フランの炎」は、すでにボア&ナル名義での人並由真さんのご書評があるので、そっちで。 |
No.1142 | 5点 | 死刑執行人のセレナーデ- ウィリアム・アイリッシュ | 2023/06/17 21:37 |
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ウールリッチには珍しい?ミッシングリンク連続殺人....なんだけど、ポケミス裏表紙の解説がちょいとバレてる。この頃の編集、結構雑だからねえ。
場面場面はなかなかイイのがあるんだよ。中盤で金持ち女のコンパニオンとして、青春と才能を空費したオールドミスが「わたしの最初の独唱会」のアイロニーに嘆く姿、知恵遅れの青年が殺人犯が吹くヤンキードードルの口笛を覚えきれていないのを証明するクダリなど、「悲しい人々」を描かせるとウールリッチの筆が乗るなあ、というのを実感する。 いやソツなく事件を記述して、田舎の島で負傷後の静養をするNYの刑事、そして島で出会う画家の女、出会いと恋を事件に絡めつつ....ウールリッチ節は出過ぎず、それでも出る時はしっかり。サクサク殺されていくスピード感もあるし、犯人と目された知恵遅れの青年を村人のリンチから救う幕間劇やら、ミステリとして悪くないといえば悪くない。 でもね、どこかしら「火が消えた」ような印象を受ける。嫌々書いているような、といえばそう。自分が得意で描きたい場面だけ、俄然筆が乗る。そんなワガママを押し通したような印象。 |
No.1141 | 9点 | 女王の復活- H・R・ハガード | 2023/06/12 16:33 |
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いやこれは凄い。「洞窟の女王」の序で、レオとホリーはアッシャの復活を求めてチベットに旅立った旨が書かれているが、その17年後、ホリーの死を告げる手紙と原稿が著者の元に送られてきた....チベット放浪17年、レオとホリーはようやくアッシャの手がかりをつかみ、奥地の神秘郷カルーンに向かう。カルーンの女王アーテンはアッシャの生まれ変わりか?さらにその背後の火山を信仰する拝火教団の巫女が二人を呼ぶ...アッシャがいよいよ復活!この2000年越の神秘の恋の行方は?
傑作「洞窟の女王」をさらに上回る大傑作。「洞窟の女王」を読んでおかないとダメなのがもどかしいほど。この「神秘の恋」が小説の絵空事でなくて読んでいて感官に迫ってくるほどの迫力。まさに「読むヴァーグナー」。拝火教団の儀式に「パルジファル」が、アッシャの復活の荘厳な場面に「ジークフリート」が、クライマックスに「イゾルデの愛と死」が、読んでいる評者の脳内に流れっぱなしでありました。あの神秘的で濃密な「愛と死」の世界が小説として描かれているようなもの。 もちろん神秘の女王アッシャの美と御稜威のパワフルさは「洞窟の女王」に輪をかけており、前世からの因縁でレオを巡って対立するアメナルタスとの最終対決でも一蹴。それでも「洞窟の女王」よりも柔らかさを増している印象。それよりもイイのは、ようやくアッシャと結ばれるレオが、神秘の女王に圧倒されるのではなくて、近代人らしい自我をしっかりと発揮し、しかも「純愛」で我が身を省みずに愛に身を投げ出すあたり。惚れるようなイイ男じゃないか。このシリーズの美点は、レオの主体性がキッチリ描かれているところだと思うよ。(ヴァーグナーだと意外にヒーローが状況に流されやすい) まあさあ、「洞窟の女王」なんて原題が「SHE」なわけだしね。「彼女」なんて抽象的で短いタイトルで、それでも大納得のスーパーヒロイン。そのさらに大納得の完結編「AYESHA: The Return of SHE」。 (けどハガードやっちゃったから、本サイトでハワードの「蛮人コナン」やっていけない理由ってあまりない気がしてきた...ハガード+ラヴクラフト、じゃん?) |
No.1140 | 5点 | メグレとルンペン- ジョルジュ・シムノン | 2023/06/06 18:19 |
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そういえば船からドボン!で川に落ちて...で助かる、という設定は「第一号水門」でもそうだった。「国境の町」と連続して読んだせいもあるけども、また「川で生活する人たちの話」。シムノンって意外に「世界」のバリエーションは少ない作家みたいにも感じる。
で誰もが指摘するように雰囲気が明るめな作品で、表面的には世捨て人のルンペンの殺人未遂程度の事件。メグレが躍起になるのが不思議みたいなものだけど、ビー玉から殺されかけたルンペンに共感する場面が印象的。でもこの挫折したシュヴァイツァーみたいな元医師の造型をもう少し突っ込んでもよかったのかな、とかは感じる。元妻とか娘とか登場するわりにプロットに絡まないし。 メグレに謎解きを期待する、というのも何だけど、本作だとしつこく証言の矛盾を突いたり、意外な展開を見せるのは確かだし、「取り調べ小説」といえばそんな展開もある。まあ結局の後日譚でオチがついているわけだけども、ミステリとしての真相とかオチからはかけ離れているのも確か。でも作品の柄がどうも小さくまとまってしまうようにも感じる。 「ほんの小品」といった味わいなのが、なんとなく、もったいない。 |