皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
クリスティ再読さん |
|
---|---|
平均点: 6.40点 | 書評数: 1325件 |
No.1105 | 5点 | 谷崎潤一郎 犯罪小説集- 谷崎潤一郎 | 2023/01/20 15:49 |
---|---|---|---|
「途上」はともかくとして、谷崎と乱歩って精神風土に共通部分が大きいから、もっとたくさん「ミステリ」があるか...と思ってたが、意外に少ないようだ。この本だと短編3作「柳湯の事件」「途上」「私」に中編「白昼鬼語」の4作を「犯罪小説」として紹介。「金色の死」や「秘密」とかも入れてもいいのかもしれないし、幻想小説なら「魔術師」とかもOKなんだろうが。
いや大正年間に一世を風靡した「悪魔主義」というものが優れて都市的な現象だった、というのはそれこそボードレールを論じたベンヤミン以来の定石的な視点なんだけども、ポオとボードレールの「群集の人々」を眺めやる遊民の視点は、「推測の魔」によってしかアプローチができない猥雑な日常と道徳の背後にある「究極の美」が顕現する世界をかすかに捉えて、予感し震える....それが「猟奇」。朔太郎や白秋といった詩人たちのセンスによって、ミステリの出発点が支えられていたことを、やはりこの谷崎の「犯罪小説」も証明するわけである。 しかし、この時代が大衆小説の勃興期でもあり、その反作用としての「純文学」が領域化された時代でもあるのだから、たとえば谷崎だって「大衆小説」の枠組みで「武州公秘話」やら「乱菊物語」を書くわけだし、芥川だって「邪宗門」でそういう伝奇なアプローチを見せたりもしている。言いかえればここで谷崎が「犯罪小説」を書いたという事実も、「越境」ということではなくてまさに未分化の時代の産物のようにも思われる。いやいや、今のジャンル小説化した状況と同じように語るのもどうか、と思っていたりもするんだ。 まあでも長い「白昼鬼語」がガチに乱歩テイスト(「恐怖王」?)が強いからね~この乱歩「特有」と捉えがちな味わいは、乱歩の個性もあるけども、時代背景にも負っているようにも感じられるなあ。いや「柳湯の事件」に「盲獣」に通じる触覚重視があって、そういうのが面白い。 |
No.1104 | 6点 | 権力の朝- レオナルド・シャーシャ | 2023/01/20 09:17 |
---|---|---|---|
フランチェスコ・ロージ監督の映画「ローマに散る」って評者大好きでねえ。ポリティカル・サスペンスの名作だと思うんだけども、なぜか「ソフト化されない名作」としても有名である。とはいえ今時なら YouTube で英字幕でいいなら見れるから、先日見た。なのでその余勢を駆って原作のこれ。
裁判官が狙撃されて殺される事件が相次いだ。捜査を命じられた名刑事ロガスは、動機に誤審事件があるものと見て、妻の毒殺に失敗して刑務所に入った薬剤師クレスの行方を追うが、裁判官の射殺事件は止められない。目撃者の証言から過激派学生の犯行の線が浮かび、事件は公安警察の手に移ることになりロガスは外されるが、監視していた最高裁長官が政府高官たちと密談しているのを目撃したロガスは、大きな陰謀が背後で動いていることを予感する....ロガスは野党共産党の書記長に逢う約束を取り付けるが... という話。映画はサイコサスペンスのカラーが強くて、それに評者は強く衝撃を受けていた(冒頭からしてカタコンブでミイラを延々と...)のだけども、話は同じでも原作はずっと諷刺的な色合いが強いもの。要するに松本清張じゃない。 このカラーの違い、というのは原作発表の5年後に映画化された政治情勢にも因るもののようだ。映画は1976年作品で、この頃イタリア共産党は「歴史的妥協」政策(ユーロコミュニズム)によって、政権の座にあと一歩まで近づいていた時期。ロガスと共産党書記長の密会にもそういう政局炎上のリアリティで違いがあるようだ。この「歴史的妥協」路線はしかし、アメリカにもソ連にも意に染まないために、イタリア軍部やら右翼やら、さらには新左翼過激派などもそれぞれ陰謀を企み、テロが横行する結果をもたらしたわけだ。左翼のデモが過激化している様子は映画でもリアルに描かれているわけでね。 われわれは現実主義者でしてな、クーサン先生。革命が起きるような危険は冒せません。いまの時点ではいけません と共産党幹部が「革命に反対」してしまう本末転倒な状況が起きていた.... ポリティカル・スリラーってそういうもの。正義も解放もどこにもない、袋小路に落ち込んで絶望するのが、「ポリティカル・スリラーのムード」というものではないのかな。諷刺的な原作は映画と政治状況の進行によって、恐怖をテーマにしたスリラーに「化けて」しまったわけである。 (「赤い旅団」によるモーロ元首相誘拐事件やら、ボローニャ駅爆破テロ、フリーメイソンP2ロッジ事件やら、そういう背景だそうだ) |
No.1103 | 6点 | 不可能犯罪捜査課- ジョン・ディクスン・カー | 2023/01/18 10:43 |
---|---|---|---|
昔から思ってたことだけど、カーって因縁話を語らせると筆が乗るんだね。
前半のマーチ大佐探偵役の6編は、悪い意味で「推理クイズ」風。評者はフィージビリティがすべて、とか全然思わないのだけども、不可能犯罪を解明するクイズ、というとやはりそもそもHOWの真相が「無理筋」になりやすい。そうすると短い枚数だと説得力がでなくて、どうも「魔法」がかからない。 いやだからこそ、後半のレトロな因縁話の方がのびのびと書いている印象になるんだな。「目に見えぬ凶器」なんて確かにネタは推理クイズなんだけども、王政復古期の時代がかった描写と因縁話がトリックを自然にみせる効果をあげている。この本は1940年の出版だけども、戦後の歴史ミステリ路線を予告したようなにも感じられた面白い。「もう一人の絞刑吏」も奇譚として面白いな...あれ、この2作って世界大ロマン全集の「髑髏城」に収録された作品だ。訳者は宇野利泰で同じだからね。本格系作家で大ロマン全集収録がカーのみ、というのに何か納得する。 (それでも真珠密輸に関する小ネタはユーモラスで面白い。いいなあ) |
No.1102 | 7点 | メグレとベンチの男- ジョルジュ・シムノン | 2023/01/16 22:38 |
---|---|---|---|
メグレ物のジャンルって本当は結構幅広いものだけども、たぶん皆「細かいことを言っても...」という判断で「警察小説」にしているんだろうな、なんて思うこともある(苦笑)。でも本作みたいにストライクな「警察小説」のこともある。
「死体が履いている靴が、家を出たときとは違うのはなぜ?」 「失業したはずなのに、家族には毎日出勤しているように見せかけているのはなぜ?」 とかね、そういえば短編の「誰も哀れな男を殺しはしない」だなぁ...だけど短編から見ればさらに話が二転三転して、予想外の方向に転がっていくのが「警察小説」らしさなんだと思うのだ。警察の捜査を通じて、市民たちの生活と秘密が覗き込まれ、人間の意外な姿がパノラマのように浮かび上がる...なら、いいじゃない? 殺された男の二重生活は、小市民的な道徳性への反抗だから、これ自体シムノンの一大テーマなのだけども、この殺された男の娘もしっかり「反抗」を準備していて父と娘の内緒の交流があったりするのもナイスな造形。さらに「しし鼻の女」とか「警官の未亡人」、それに軽業師と一癖二癖あるキャラが次から次へと繰り出される面白さがあって、それで話が転がっていく動力が得られている。そう見ると、プロットの構築的な一貫性を重視したがる方には向いていないのかもしれない。 でもそれが警察小説かも。手練れのシムノンだからか、それでも見過ごした意外なところから「真相」が漏れ出てくるような面白さを感じていた。ちょっと評価を良くしたい。 |
No.1101 | 6点 | ディオゲネスは午前三時に笑う- 小峰元 | 2023/01/15 22:37 |
---|---|---|---|
小峰元はリアルタイムだったからね、本作あたりは中学生。流行ってたなあ。全共闘と新人類の間のシラケ世代に当たる、評者からはちょいと年上の兄ちゃん姉ちゃんたちが主人公の小説、というくらいの親近感。「青春ピカレスク」というわけで入試やら浪人やら何やら掻き分け掻き分け生きていく姿を、妙にまぶしく思いながら読んでいた....わけだけども、本作はショック。
(ネタバレかな?) 開巻イキナリだからバレでもないのだけども、主人公とヒロインの情死行で始まるわけ。「あれは男の天然自然の現象さ」の達観に横たわる物悲しさがキートーンになり、周囲の「優しさ」に支えられながらも「不条理」に死を選ぶ二人の心情に、引き込まれるように感じていたんだな~なんて今は思う。 ...いや死ななきゃいけないほどの理由はないんだ。しかしここで「死ぬ」という選択もまた「青春」の一つとして妙に腑に落ちるところがある。ディオゲネス気取りのフォークシンガーによる、深夜放送での大爆笑だけが二人への手向けなのが、「しらけ」の世代のリアリティというものだ。 考えてみようか/馬鹿だなあ おれは/考えてこれほど辛いめにあったのに (歌詞が早川義夫っぽいなあ...意外かもしれないけど、「虚無への供物」と似たところがあるよ) |
No.1100 | 6点 | ドロシアの虎- キット・リード | 2023/01/14 14:53 |
---|---|---|---|
短編「オートマチックの虎」が評者にとって本当に懐かしい作品だったこともあって、キット・リードの作品を探したら、長編「ドロシアの虎」「過去が追いかけてくる(キット・クレイグ名義)」が入手できそうだ。一筋縄でいかない作家のようだが、「ドロシアの虎」は「サンリオSF文庫の懐の深さを象徴するような」とさえ言われるような、ジャンル迷子小説で有名な作品だそうだ。やるっきゃない。
主人公は地方議会の政治家の夫を持つ主婦ドロシア。サムという小学生の子供がいる。ある日新聞で幼馴染が腐乱死体として、子供たちに発見されたという記事を読む。同性愛がらみで殺されたのだそうだ。サムの同級生たちがその発見者であり、ドロシアはショックを受ける。落ち込むドロシアを夫はパーティに連れ出すが、そこにドロシアの母の元愛人で体を悪くして引きこもっていたラフキンが顔を見せた。ドロシアはこの2つの過去からの息吹に撃たれて、母マールに捨てられたトラウマと、幼時の忌まわしい記憶に促されるかのように、虎の絵を描き始める.... という話だから、SFらしさはなくて、広義のミステリ、といえばまあそう。徐々にラフキンを巡る暴力事件の謎が浮上してくるのだけども、何があったかは直接には解明されない(推測はできるけども...)。それよりもトラウマをかかえた女性たちが、トラウマに目を背けつつもサバイバルし、男たちも「田舎町」の現実に絡めとられて夢破れる「日常の地獄」の相が、平穏な日常の裂け目から覗き込まれるようなあたりが読みどころ。 一見優雅な白鳥も水の下では一生懸命水を掻いている、とは言うけども、平穏無事な「日常」の背後には恥ずべき過去が集積していて、それがちょっとしたきっかけで噴出しかねない危うさが、ある。そういう「汎ミステリ」な話、と読むのが本サイトではいいじゃないのかな。 |
No.1099 | 8点 | くじ- シャーリイ・ジャクスン | 2023/01/13 10:03 |
---|---|---|---|
友だちを家に呼んで飲食した後片づけを、「やろうか?」と友だちが申し出てくれる。ありがたいのだけども評者は断固として却下。ごめんね神経質で....他人に自分の食器を触られたり勝手な場所に片付けられるのが、どうにも許せない。
本短編集は要するにこういう感受性。自他との境界線を巡る神経戦に、言ってみれば「自分から負け続ける」話が続いている。だから評者は皮膚感覚的な「痛さ」を共感しながら読んでいた。これはほんとに、そうでない方にとっては「何をバカな?」な話だろうね。だから「おふくろの味」をユーモアと捉えることができる方って、何かうらやましい(批判ではありません、いやマジでそう思う)。 個人的なベストは「歯」。歯痛の最中って自分のアイデンティティのすべてが痛む歯にかかってしまうような、アイデンティティの奇妙な混乱があるわけだけども、それを真正面から扱うセンス。すごいな。 まあでも「くじ」は有名作だけにパターン的な部分がある。村人たちの「日常感」が読みどころかしら。 いやいや、魅入られたようにこの本読んだし傑作だと思うけど、絶対に再読したくない。 |
No.1098 | 7点 | 総会屋錦城- 城山三郎 | 2023/01/11 00:04 |
---|---|---|---|
やや反則かもしれないが、これはやりたかった作品。清水一行とか池井戸潤とか書いている方もおられるから、まあいいか。
新潮文庫だと表題作他6作を収録するが、直木賞受賞の「総会屋錦城」は傑作。「総会屋の元老」「人斬り錦之丞」と呼ばれる老総会屋の最後の闘いを描く。側近の視点で死期を悟った老総会屋を徹底した外面描写だけで描いて、これが見事にハードボイルド。「三十以前のことは何も分からない」と妻にさえ言われるほど寡黙、七十過ぎても入獄を辞さない苛烈さによって、自らを律するアウトロー。与党総会屋を操って「シャンシャン株主総会」をするのが当たり前だった時代というのはもちろんオカシイが、そんな歪んだニッポンの「常識」を悪用した「会社の闇の血を吸って生きるダニ」と錦城自身も自嘲する。そんな錦城にアウトローの節度と美意識が窺われて、これが実にカッコイイんだなぁ...ちょいと評者イカれるくらい。この錦城が精魂込めて大逆転を「演出」する最後の株主総会の迫力が素晴らしい。 他の作品だと「輸出」はカラカスで失踪した商社駐在員を同僚が探しに行く話だから「人探し」小説かしら。「社長室」は先代社長の息子視点で、社長の座を巡る暗闘に翻弄される人々を描く。意外な真相があってややミステリ。「事故専務」は神風タクシー会社の事故処理担当者の逡巡をペーソス豊かに描いている...と題材はいろいろ、さまざまな業界の知られざる「業界のオキテ」を教えてくれる。 時代背景が随分変わってしまっているので、評者などは親たちの姿を想起して懐かしいのだけども、「メイド・イン・ジャパン」が粗悪品の代名詞で抜け駆け的なダンピングと関税、自主規制の中で苦闘する姿やら、大戦での沈没艦艇をスクラップ目的でサルベージする仕事と戦没者への想いが絡まる「浮上」やら、若い方が意識しないような「ニッポン戦後の履歴」が克明に刻まれていることに、今読む意義だってあろう。 |
No.1097 | 6点 | 魔術師を探せ!- ランドル・ギャレット | 2023/01/08 14:41 |
---|---|---|---|
SF設定を含んだミステリの代表格として挙げられるシリーズの短編集。でもね、SF作家のA.C.クラークの言うところによると、
十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない だそうだ。本作での「魔法」は「科学」の代理みたいなもので、名探偵なダーシー卿の相棒のマスター・ショーンが、鑑識に魔法を大活用! 本作の魔法というのも「世界観設定」の一つみたいなものであって、ダーシー卿の推理と真相は普通の物理学的合理性の範囲に収まるから、あまりSF設定が本質的でもないように感じるのだ。 それよりも中世社会がそのまま現代に続いていたら、どんな社会なんだろう?というS(cience)F(iction)ではないS(peculative)F(iction)なSFとしての面白さの方が目立つようにも感じる。中世騎士の精華である獅子心王リチャードがそのまま王位を継続し、大陸領土を喪失しマグナカルタに署名したジョン王が即位せずに「英仏帝国」として貴族政治が続き、(おそらく)宗教改革もなしにカトリックの権威が続く。それに対抗して「藍色の死体」で描かれたような汎神論的な宗教秘密結社が暗躍し、東方の大国がポーランド(中世末~近世初頭には大国だった)であり、アメリカ植民地を握る英仏帝国とポーランドの間でのスパイ戦が描かれる... ウィリアム・モリスが夢想した中世社会の華麗さのままに、独自に発達した社会が丁寧に描かれていて、これを評者は楽しんでいた。 こういうのも、アリだよね... |
No.1096 | 6点 | 探偵を捜せ!- パット・マガー | 2023/01/06 21:20 |
---|---|---|---|
なぜか読み落としていた作品。一応創元オジサン印なんだけども、印象は悪女ものサスペンスか、あるいは倒叙。正体不明の「探偵」との攻防があるから、倒叙でもいいと思うんだ。
うんでもこれって「そして誰もいなくなった」の変形なんだと思う。「そして~」も本格か、といえば微妙な作品だと思うけどなあ...で本作はずっと悪女スリラーに寄ってるし。心理描写が細かいんだけども、それでも「煮え切った」ヒロインでもあって、心理小説というニュアンスはまったくない。いやだからこそさ、客観描写オンリーで舞台劇みたいに仕上げたら傑作になったんじゃないかな...などと夢想する。いや実際、これってシニカルな喜劇なんだと思うんだ。 そうしてみると「探偵を呼んだ」とヒロインに告げた夫が、この事態を招いたわけだから、真犯人(人形遣い)は夫、という解釈もアリなのかしら(苦笑) |
No.1095 | 7点 | 年刊SF傑作選5- アンソロジー(海外編集者) | 2023/01/05 20:29 |
---|---|---|---|
SFでアンソロ、というとやや反則かなあ... と思わないわけでもないけども、昔読んだ「オートマチックの虎」が読み直したくてね。それ目的で購入。
このアンソロは1956年から82年まで、メリル個人のセレクトで編まれた年間ベストの1964年度版。だから編者の個性が強く出ている...と言えばその通り。ジュディス・メリル自身がSFの「文学派」のニューウェーヴSFの信奉者だったこともあって、意外にコアなSFマニアの間での評判が悪いらしい。いわゆる「ハードSF」は少なくて(クラークの「きらめく生きもの」くらいか?)、分類不能といった「奇談」が中心、という印象。 だからまさにキット・リードの「オートマチックの虎」がそう。おもちゃ用途のトラのロボットを買った男が、そのトラのロボットに影響を受けて...という相互作用の話。これ泣ける話でねえ。昔読んで大好きだったこともあって、探してたんだ。けども今となっては人工のペットは珍しいわけではないから、もうホントはSFでもない。しかし「話」の生命はしっかりと今も、残っている。シャーリイ・ジャクスンあたりに近い「異端作家」系の作家であることは間違いないようだ。 でたとえば、ジョン・D・マクドナルドの「ジョー・リーの伝説」も収録。いやこの人、SF作家かしら...ってなるんだが、この人の実話系の不良少年ネタだからSFじゃない。本書のセレクトはこんな感じ。ロマン・ギャリーの「退廃」なんて、伝説のギャングの後半生の皮肉な話だから、それこそデイモン・ラニアンかしら? トマス・M・ディッシュの「降りる」は、諸星大二郎の「地下鉄を降りて」の元ネタかな? とはいえSFらしい作品で面白いのはノーマン・ケーガンの「数理飛行士」とロジャー・ゼラズニイの「伝道の書に薔薇を」。「数理飛行士」はいわゆる Math-out(数学用語でケムに巻く)ようなハッチャけた話。冗談サイバーパンク、といえるかもよ。「伝道の書」はこれ結構有名作のようだ。ロマンチックな味わいが深い上品な佳作。 いやいや「SF傑作選」とはいえ、SF成分薄め、でも面白い作品が多い、という変なアンソロ。 |
No.1094 | 9点 | モンテ・クリスト伯- アレクサンドル・デュマ | 2023/01/04 16:17 |
---|---|---|---|
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします...にふさわしい新春巨編というと、本作ならば貫禄十分というものでしょう。満願成就のお話ですから、おめでたいことはいうまでもなし。
お話の内容は読んだことない皆さんでもご承知の通り。評者があえてあらすじを述べるまでもなし。無実の罪で14年間の牢獄生活を送らされたエドモン・ダンテスが脱獄し、自分を嵌めた3人の男に復讐する話、には違いないんだけども、大長編でもあっていろいろなカラーが切り口によって覗いてくるような面白さも今回は感じていた。たとえばね、モンテ・クリスト伯爵の秘密の武器はハシッシとアヘンを混ぜた丸薬で、良い目的が多いけど相手をラリラリにさせて操るとかね(苦笑)。秘密結社の始祖みたいに言われる「山の老人」説話を広めたのが、他ならぬこの小説だったようでもある。まあそれは余談。 いまのような動乱の時代にあっては、われわれの父親たちの過ちが子どもにまで及ぶということは、あり得ないのだ。アルベール、われわれがみんなこうして生を受けた革命の時代には、軍服なり法服なりを、何かしらの泥や血で汚さずに生き抜いた者などは、ほんのわずかしかいないのだ。 とたしなめる人物がいるように、ダンテスの復讐も実は復讐相手の子どもたちに及ぶことを可能な限り避けようとするし、思いがけず子どもが犠牲になったことにダンテスはショックを受けて最終盤にいろいろ悩んでしまったりもする....親たちの「やらかし」だって、遅ればせの懲罰で精算されて、子ども世代には恩讐を持ち越さないように...というデュマの理想がわりとあからさまに出ているなんて感じていた。一見社会の柱石として活躍する「大物」たちだって、血気盛んで世の中もワイルド、となれば人に言えないような秘密の一つや二つ、平気で抱え込む「度量」みたいなものがある。そうやって親たちが言うに言われぬ想いで秘密を抱え込んでいるからこそ、子どもたちは自由でケーハクに生きることもできるものだ...なんて感じたりもする。年寄り臭い感想ですまないね。でもそう言う境地に至ったダンテスがマルセイユを再訪して抱く感慨に妙に共感したりもするのだよ。 いやこれ確かにこの小説の後半の舞台、「銀行家の王」ルイ・フィリップの七月王政の精神的な背景でもあるんだろう。だからこそモンテ・クリスト伯の最大の武器は無限の財力であり、常識を外れたカネの使い方で復讐対象を追い詰め、あるいは恩義を受けた人々にも報いるわけである。カネがすべてのバブリーな小説でもあるし、そういう「カネ」によって恩讐が精算される話だ....と読むのはおかしいかなあ。 まあそう読むと「大ロマン」というよりも、きわめてモダンな話でもある。銀行家ダングラールの娘ウージェニーは「銀行家令嬢」の立場を嫌って、一家崩壊をチャンスと捉えてビアンの相手の音楽教師と一緒に男装して家出しちゃう! 子ども世代だって、十分お茶目である。 まあミステリ的には、復讐のデテールとして示される策謀の数々にとどまらず、毒殺魔が絡んだり(この毒殺魔の無反省さが妙にリアル)、モンテ・クリスト伯が誇示するオリエント趣味の幻想が乱歩のデザインソースに思われたりとか、端々にミステリ的な興味も頻繁に浮かぶ。 ミステリだって、いろいろな「小説」を養分にして育ってきたジャンルでもあるわけで、そういうったベース部分をこの古典も担っているわけである。 |
No.1093 | 6点 | リヴァイアサン襲来- ロバート・シェイ&ロバート・A・ウィルソン | 2022/12/30 19:26 |
---|---|---|---|
「イルミナティ」も最終巻。ふう、やっと読了。年内に読めてほっと安心。そのくらい難航。
炭疽菌パイ流出による世界の危機はハグバードの命を受けた刑事たちによって回避され、「ヨーロッパのウッドストック」インゴルシュタット・ロック・フェスティヴァルで企まれた、イルミナティの陰謀はハグバードたちの手によって阻止された!「黄金の潜水艦」に戻った一行は、イルミナティの背後にいるとされる大海獣リヴァイアサンと大西洋の海中で遭遇する。明らかになるアトランティス以来のイルミナティの正体とは? という話であることには間違いない。いやふつーに伝奇SFのはずなんだけどもねえ。もちろんポンポンと「誰が語っているか」が唐突に変わる叙述はそのままなんだけども、どうやらハグバードのクルーの女性3人は同一人物らしくて、その独白が「意識の流れ」みたいな文体で挿入されるし....でどうやら正体は「不和の女神エリス」の顕現?しかもカバラやタロットの解釈が理解不能で困っちゃう。最後には「わたしたちは本のなかにいるんだ」とメタ発言をする始末。 彼らのメッセージはすべて象徴的比喩的になっているが、真実が単純な断定的文章にはコード化できないからで、それは以前のコミュニケーションが文字どおりに受け止められたからだ。今回はシンボリズムが不条理なまでに用いられ、誰も額面どおりにはうけいれられないようになっている。 のだったら、オカルティズムの意味の深読みを「意識的な方法論」として採用してようなものであって、韜晦に次ぐ韜晦で「意味」のありかなんてどうでもよくなってしまう...シンボルの背後には実は何もない。ただ作者があかんべえをしているだけ。 そんな「悪質な」小説。本の内容のタガが最初から外れている。陰謀論を扱った小説としては「フーコーの振り子」がハイブロウを狙って正面から実現し、「ダ・ヴィンチ・コード」のハイブロウは見せかけでお安いのがバレまくったのに対して、「イルミナティ」はキッチュを狙って妙にハイブロウ、という困ったことになっている。奇書。 |
No.1092 | 5点 | 深夜の市長- 海野十三 | 2022/12/25 23:10 |
---|---|---|---|
東京を思わせるT市。そこには昼の貌とは全く違う迷宮のような夜の世界が存在していた。「深夜の市長」と呼ばれる怪老人に、殺人を目撃した主人公は救われるが、これは市政の対立を背景とする暗闘の一幕だった。主人公は次第に「深夜の市長」に導かれて夜の世界に深入りしていく...
とまとめればそう。けどね、主人公は探偵作家兼司法官試補なんて二股をかけた極楽トンボで、「深夜の市長」もべらんめえが楽しい。市長を尊敬するお照やらその子で「怪児」なんて呼ばれる絹坊、マッドサイエンティストやら「T市の鍵」の紛失事件やら、いろいろ絡んで深夜のT市を主人公が駆け回る話。 今となってはややわかりにくいとは思うけども、洒落て軽妙でユーモラスな話、というくらいのノリで書かれた「モダン小説」だと思う。そこらへんちょっと今は伝わりづらい....なあ。 昼の世界、というのは主人公の「司法官試補」が示すような小市民の世界、夜の世界というのは乱歩風の高等遊民の探偵作家と庶民のロマンの世界...そう読んじゃうといささか、つまらないけども、ハイパーモダンな「工場趣味」みたいな美意識が窺われるところもある。そう見ると少し面白いかな。「新青年」のモダン趣味が如実に反映された小説には違いない。 評者今回は講談社大衆文学館で読んだので、「深夜の市長」だけの単品。そういえば昔、川島雄三監督の映画で「深夜の市長」って見たことがある。月形龍之介が「深夜の市長」って呼ばれる人格者のギャング役の、暗黒街もの。本書とはあまり関係ない? |
No.1091 | 6点 | 怪奇探偵小説名作選(9)氷川瓏集-睡蓮夫人- 氷川瓏 | 2022/12/24 22:43 |
---|---|---|---|
氷川瓏というと、やはりペンネームのカッコよさで子供の頃から妙に名前を覚えていた。ポプラ社乱歩のリライターだからねえ。「十三の〜」アンソロの渡辺剣次の兄だから、いくつかアンソロで読んだ...のかな、もうひとつ作品の方は印象がない。まあでも興味はある。このアンソロは事実上氷川のミステリ全作品を収録だから、全貌がわかる。
この人乱歩と縁が深い人なんだが、「抜打座談会」に出席した「文学派」に名前が上がっているし、この本に収録された「天平商人と二匹の鬼」「洞窟」の2作は本名で木々高太郎の本拠地でもある「三田文学」に掲載した作品だったりもする....乱歩と高太郎の両方に贔屓にされたという、ちょっと不思議な面がある人。もともとの探偵文壇デビュー作「乳母車」は弟経由で乱歩の目に留まって「宝石」の創刊第二号に掲載、このショートショート、なかなか雰囲気がよくて乱歩の「目羅博士」を思わせる月光の魔術。 だから幻想小説家としての乱歩が目を掛ける、というのも頷ける話。「宝石」などに「春妖記」「白い蝶」「白い外套の女」といった幻想掌編を発表したわけだが、典雅な筆致で描かれた幻想小説でこれといったヒネリはないけども、雰囲気のいい作品であることは間違いない。で看護婦を主人公にしてビアン風味がある犯罪小説の「天使の犯罪」の心理描写のきめ細かさとか見ると、やはり「文学派」という印象も強まる。 しかし同時期の「風原博士の奇怪な実験」は、性転換大魔術?な話。本格マニアだったら本作しか褒めないかなあ...と思わせるような仕掛けがある。この作品でも心理描写や筆致に魅力があるのは確か。でも文章に凝るタイプで、「寡作」から自分を追い詰めて書けなくなる、という大坪砂男と似た面は感じる。 とはいえ、大坪砂男のケレンに満ちた「華」はない。クラブ賞該当作なし、でも奨励賞3作のうちに入った「睡蓮夫人」でも、丁寧に書かれた幻想譚ではあるけども、プロットに珍しさがあるわけではない。ポエジーはあるんだけどもねえ... この時期だったら子供視点で描いた皮肉な仇討ち話の「窓」や、恋愛心理を追求した「洞窟」の方がずっといい。幻想小説へのこだわりが見えるけども、リアルな心理と情景を丁寧に描くと、この人の持ち味がよく出るように思うんだがなあ。 でどんどん書けなくなって沈黙するんだが、70年代には「幻影城」で、天城一とか朝山蜻一とかと並んで復活。3作描くけども、2作は昔の幻想小説の焼き直しみたいでいまひとつ。子供視点で江戸情緒が残る根岸あたりを舞台に描いた「路地の奥」は、「窓」と同じように筆が乗っていていい。 解説の日下三蔵も「マイナーポエット」呼ばわりするわけで、やはり「いいところはあるけども、少し決め手に欠ける作家」というのが正直なところ。それでも伸びやかで典雅な文章のよさが一番記憶に残る。 |
No.1090 | 6点 | 死美人- 黒岩涙香 | 2022/12/22 17:35 |
---|---|---|---|
評者が読んだのは、江戸川乱歩現代語訳の方(小山書店→桃源社→河出書房新社)だから、おっさん様の旺文社文庫の涙香テキストとは別のもの。
この現代語訳は江戸川乱歩全集などに収録されないことで有名なテキストなんだけども、要するに代訳。実際に訳文を書いたのは、ジュブナイルのリライトの大部分をやった氷川瓏。乱歩は「あとがき」を寄せているし、プロデューサー的な立場だったとは言えるんだろうけどもねえ。(桃源社版では他の涙香作品の評も併録) 考えてみれば、このテキスト、 ・ガボリオ―が創造した名探偵ルコックを使って勝手に ・ボアゴベが後日譚を創作 ・黒岩涙香が翻案(自由訳)それを ・江戸川乱歩がプロデュース&自分名義で ・氷川瓏がゴーストライター とスゴいことになっている....まさに伝言ゲーム。吉川英治の「牢獄の花嫁」は涙香をさらに時代劇にアダプトしていたりする。それだけ涙香の影響力に赫赫たるものがあったわけだ。乱歩自身も涙香アダプトは「幽霊塔」「白髪鬼」でやっているし、「死美人」と同じ経緯のボアゴベ→涙香の現代語訳「鉄仮面」も代訳。かなり強いこだわりを乱歩は涙香に抱いていたことがうかがわれる。 でも内容、結構面白い。真犯人の伏線がかなりあからさまなので、途中でバレているようなものだけど、裁判が終わってからの零骨(ルコック)老先生の孤立無援の奮闘ぶりがナイス。本当に「幻の女」みたいに、食いついた手がかりが、先回りした犯人によって次々と消されていくサスペンスがある。スリラーとしてはかなり上出来。いろいろと臨時の「手先」を雇って捜査するあたり、フーシェ・ヴィドック以来の「密偵警察」のカラーが色濃く残っているのを味わえる。 確かに「幻の女」風味のサスペンスは横溢するんだけども、面白いのは「獄中で絶望する死刑囚」<>「必死の捜査」というカットバックができないあたり。死刑タイムリミット物であっても、カットバックというのはグリフィス映画の発明品なんだろうね。 キャラの名前を全部日本人風に改めた涙香訳を踏襲しているのは言うまでもないが、「お毬」ならマリーだろ、とか、「類二郎」ならルイだろ、とか「鳥羽」ならトレヴァーだろ、とか語呂から本名が推測できる。でも倫敦・巴里はともかく、瀬音(セーヌ)川、という宛字には思わずニンマリ! 現代語訳は平明で「乱歩調」は当たり前だけど全然なし。リーダビリティは高い。前から気にはなってた人なので、氷川瓏、やります。 |
No.1089 | 9点 | ようこそ地球さん- 星新一 | 2022/12/21 17:43 |
---|---|---|---|
「ボッコちゃん」を読んだら、猛然と「処刑」を読みたくなった。急遽本短編集。子供の頃読んだきりだけど、やはり「処刑」って本当にササる作品。いやこれ「生死」の問題なんだけども、子供だって「明日、死ぬんだったらどうする?」とかね、シンプルかつ真正面から問われるからこそ、しっかりとササるんだ。まさに実存ブンガクって言っていいくらいの「哲学的」小説だと思う。
いや実際、「ボッコちゃん」のB面に当たるこの本は、陰鬱な話が多いんだよね。ラストを飾る「殉教」なんて、 「みんな、死んじゃったね」 「ああ、楽しそうに死んじゃった」 という話。まさに星新一の「SF」って「科学です」で理屈を回避して本質を提示する仕掛けなんだと思うんだ。けしてアイデアストーリーと呼ばれるようなものじゃない。 心の底は、きっとさびしかったのでしょうね。そのさびしさを埋めようとして、物質をいろいろと組み合せて、まぎらしていたのでしょうか。そして、こんなさびしい生活なんか、もう子孫にはやらせたくないと考えて、文明を終らせたのかもしれませんね こんな悲観的な厭人癖が「輝かしい未来」と衝突するときに、あえてそれが話のオチに設定されるならば、それが「星新一のショートショート」になるだけのことではないのだろうか?実際、未知の惑星に到達した宇宙船が錆びついて廃墟になっている設定も多いしなあ...サイバーパンクって言って、いい? だからこそ「処刑」のラスト、死刑囚が悟りを啓いて、死の恐怖を克服する姿は、何よりも尊いものだと思うのだ。 地球から追い出された神とは、こんなものじゃあなかったのだろうか。 まさにそんな湯浴みする神が、星新一のストイシズムの保証人なのだろう。 |
No.1088 | 6点 | 妻は二度死ぬ- ジョルジュ・シムノン | 2022/12/19 22:57 |
---|---|---|---|
シムノン最後の「小説」。というのも、この後もシムノンって自伝をいろいろ書いているわけだから、創作活動がゼロになったわけじゃない。まだまだ筆力に余裕があって、本作はきわめてあっさりした仕上がりだけども、それでも十分なシムノンらしさがあるのは、ちょっと驚くくらい。
原題が「Les innocents」だから「無実な人たち」と取ってしまえばミステリぽいんだけども、読んだ後だとブラウン神父じゃないけど「純真な人たち」と取りたくなるような作品だったりする。交通事故死した妻の死の真相を夫が調べる...といえば、スゴく「ミステリ」な興味がありそう!となる。確かに「妻の死の真相」が話の屈折点として機能はするんだが、それ以上に一流の宝石デザイナーとして成功した主人公が備える(やや成功とは裏腹な)「無欲さ」みたいなものの方がヘンでもあり、読者の心にずっと引っかかってくるのではなかろうか。 この本の登場人物たちはある意味「みんな、善人」だったりする。それでも妻を喪った(しかも二度も!)主人公の屈折が、どこかしら不穏なものを感じさせてならない....いやいや、これは評者の妄想。しかし、登場人物の運命を読後妙に気にしてしまうのは、やはり評者がシムノンの術中にしっかりハマっている証拠のようなものなのだろう。 なので本作は「ミステリな題材を思いっきり非ミステリ的に扱った」実にシムノンらしい小説なのだろう。 |
No.1087 | 8点 | ボッコちゃん- 星新一 | 2022/12/18 22:35 |
---|---|---|---|
小学校の時だっと思うけど、学校の集団購入があって、そのリストに星新一の本が何冊もあった。星新一ブーム真っ最中。評者も買ったんだが、その本どうなったのか記憶がない。評者の世代だと星新一は「世代の共通体験」みたいに感じているよ。
なので50年ぶりくらいの再読。いくつかのショートショートはしっかり記憶にあるし、真鍋博(この人も当時ブーム)の装丁+挿絵がやけに懐かしい。うん、今回の再読の一番の印象は「古びてないな~」。いや、いろいろデテールで「古い」ところはあるんだけども、ぎりぎりまでにそぎ落とされたスタイルが「古く」ならないし、「子供でも読んで理解できる」のが、普遍性そのものであることを再確認した。SF設定は単にデテールを省略するための仕掛けに過ぎない。 実のところメルヘン的なものは感じないんだ。「月の光」や「生活維持省」「冬の蝶」「闇の眼」「最後の地球人」といった作品のセンチメントに満ちた絶望と悲しさが強く伝わってくる。この強さに比べたらアイデアストーリー的な部分は皮相的なものじゃないのかな。子供って残酷なものだから、「鏡」だって伝わるものなんだ。(「マネーエイジ」って子供はね~憧れる) だからアイデアストーリー的な作品でも、オチで露になるのは人間のどうしようもない愚かさや悲しさであり、文明批評ではない人間の普遍的な「悲しいドウブツ」な部分になってくる。それを感情移入せず突き放してまとめるのが星新一のストイックなスタイル、ということになる。 一言で言えば星新一の強みは「非人情」ということだろう。そのクールで突き放したスタイルは常にショッキングで、そのベースに感情を揺さぶる「ショック」があるからこそ「いつでも新しい」。 |
No.1086 | 6点 | 氷に閉ざされて- リンダ・ハワード | 2022/12/13 23:58 |
---|---|---|---|
久々にロマサス。小型飛行機の墜落と雪山でのサバイバルが中心だから、サスペンスじゃなくて冒険小説(苦笑)。ロマサスって言っても幅広くていろいろ、あるんだよ。
大金持ちの後妻に納まったヒロインは夫亡きあと、継子たちの資産管理をして暮らしていた。小型飛行機でバカンスに出かけたのだが、その途中アイダホ州の山岳地帯に飛行機が墜落した!パイロットの機転でパイロットとヒロインの命は助かるのだが、現場は人跡稀な雪山。パイロットは脳震盪を起こして動けないのをヒロインが助け、二人のサバイバルが始まった... という話。二人が身を寄せ合って温めあうのはお約束。墜落当初パイロットが脳震盪で動けないのを、軽傷のヒロインが奮闘して助けるあたり、女性作家らしいアクティヴな女性像でよろしい。サバイバルのデテールがしっかり書き込まれていて、これが見どころ。小屋掛けのやり方とかしっかり描写するし、傷口の消毒にはマウスウォッシュ! 実はこの墜落が仕込まれたもので、怪しげな振る舞いをする継子やら...日本だと有名なトリックあり。このシチュエーションで応用するアイデアは結構、冴えている。 ヒロインは有能だけど、他人に心を閉ざした「氷の女」と言われるようなところがあって、ヒーローのパイロットが無口不器用タイプなこともあり、最初の相性は最悪....というのが作者らしいあたり。うまくこのサバイバルのシチュエーションにキャラクターの「雪どけ」をかけている。 (アメリカじゃリンダは男性ファンも多いそうだ..普遍的なエンタメだと思うよ) |