皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
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[ クライム/倒叙 ] 明日に賭ける |
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ウィリアム・P・マッギヴァーン | 出版月: 1959年01月 | 平均: 7.25点 | 書評数: 4件 |
早川書房 1959年01月 |
早川書房 1977年09月 |
No.4 | 7点 | tider-tiger | 2022/10/07 00:13 |
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~アール・スレイターは刑期を終えてからずっと女のヒモ状態だった。女はそんなRに不満をこぼすこともなかったが、それでもRはいい知れぬ屈辱を覚えていた。そんなある日、Rは強盗団の一員にならないかと誘われる。そして、仲間との顔合わせの場でRは憤激する。
なんでここに×××(黒人の蔑称)がいる? ―近い将来自分がこの×××とトランク一つさえもない浪、逃避行に出ることになろうとは、夢にも思わないRであった―。 1957年アメリカ。マッギヴァーン中期の名作。広義のミステリの範疇ではあるが、その色はかなり薄い。エンタメとしてもプロットだけを取り出すと、こういう話を書けばこんな風になるよねという感想しか浮かばないのだが……。 本作は人物描写、心理描写が生真面目に丁寧に行われている。きっちりと前半、中盤で書くべきことを書き、それによって終盤が非常に読ませるものに仕上がっている。 主人公のRは自分の心のうちにある屈辱を言語化することさえもできない。だが、それでも彼なりに考えようとする。Rは極めて不快な人物であるが、作者はそれだけでは終わらせない。 あの男はイヤな奴だ、あの女は冷酷非情だと単純に切って捨てるわけにはいかない複雑な読後感を残す。平凡なプロットが豊かなドラマに化ける。 人種問題に切り込んだ作品と評されるが、肝腎なことは書かれていない。差別的でなおかつ賢くもない白人と人格者の黒人を対比させる手法はカタルシスを得やすいのかもしれないが、人種問題の解消という視点でみるとむしろ有害ではなかろうか。 本作の良さはいわゆるプアホワイトの自尊心の喪失が真面目に描かれていること。 そして、ここまで愚かで不快な人物を描いてなお、あのラストで……は素晴らしい。 7点か8点か。私情は8点、ミステリ要素の薄さを考慮して採点は7点。 |
No.3 | 7点 | ◇・・ | 2020/04/25 17:11 |
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都築道夫が「本篇で探偵小説の限界にきてしまったという気がする。これ以上のものを書かなければならないとすると、探偵小説にならなくなるのではないか」と絶賛した名作。
銀行襲撃に失敗した除隊兵の白人と賭博師の黒人が、逃走する途上で抱く憎悪の感情と友情の芽生えが、二重の意味で胸を打つ。しかし、これは新訳でないと現在の出版は許されないかも。 |
No.2 | 8点 | クリスティ再読 | 2016/11/27 21:09 |
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トランプが大統領選に勝っちゃったよ(呆然)。まあアメリカの分断って問題がこのところ表面化してきたわけだけど、いわゆるプアホワイトと呼ばれる階層は、日本からはホント見えない人たちになる。プアホワイトを描いた小説というと例えば「怒りの葡萄」とか「サンクチュアリ」とかあるんだけど、実はクライムノベルが結構扱っているんだよね。
本作の主人公スレイターもそういうプアホワイトで、しかも第二次大戦に従軍して勲章までもらったんだけど、戦後になじめず底辺で暮らしている。だから、黒人差別もテンコ盛りでマチズムの権化みたいな男。まあ50年代でも悪い方のアメリカ白人の典型みたいなものだ。食い詰めて犯罪プランナーのプランに乗るかたちで、地方都市の銀行を襲撃するんだが、犯行の仕掛けに黒人を使うアイデア 黒●●は煙みたいにどこへでも出たり入ったりできるんだ。誰も連中の姿は見やしない。盆を持ったり作業服を着ている黒●●は、どこだっていくことができる(●●は今は差別用語になるので自主規制) があって、黒人のギャンブラー・イングラムが仲間に加わるが、襲撃は慧眼のシェリフに気づかれて失敗し、ケガをした白人のスレイターが黒人のイングラムに助けられて逃亡するが....という話である。その逃亡生活の中での、スレイターとイングラムの間の確執と交流みたいな内容が主眼となる(アオリにありがちな友情とか感動みたいなワカりやすい要素は薄いよ)。 まあ本作、犯罪小説としては上出来な犯罪プランでもなし、犯罪のプロの凄みとか、そういうエンタメ的な部分の狙いは薄く、ハードボイルドと言われると文体的にも「...違うんちゃう?」となる。その代りきめの細かい心理描写がかなり読ませる。だからミステリっていうよりも一般小説になってると見た方がいい。アメリカっぽくない湿度感(ほぼ舞台も雨・雨・雨)が評者は好き。 たぶん本作くらいがマッギヴァーンの頂点。けどもうほぼミステリからは外れかけてるな。 あと思い出話。この本評者が中学生くらいのときにハヤカワミステリ文庫ができてすぐ(確か創刊第二弾くらい)に買ったものなので、中に編集部宛のアンケートハガキがはいってたよ。「好きなミステリ作家を5人あげてください」って質問があって、中坊の評者が書いているんだ..「チャンドラー、マッギヴァーン、アイリッシュ、ボアロー&ナルスジャック、エリン」。15やそこいらのガキの趣味にしちゃシブすぎて気色がワルい。クイーンとかカーとか書いときゃよかったな。 |
No.1 | 7点 | kanamori | 2013/01/13 18:52 |
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初期の悪徳警官ものや社会派ハードボイルドで知られるマッギヴァーンの’50年代後期の傑作です。
4人組が田舎町の銀行を襲うという筋立てですが、物語半ばで計画の実行がなされ、後半は、一味にひきずりこまれた2人の実行犯の逃避行と、心の動きを中心に描いた異色のクライム・ノベルでした。 第二次大戦の英雄ながら平和社会に適応できない白人男アールと、人種の偏見と感情的確執にけなげに耐える黒人男イングラムとの人間関係が、憎悪から友情へと揺れ動く様が克明に描かれていて、このあたりは”社会派”のレッテルに偽りなしです。また、それらがラストの感動的なシーンにつながる構成も素晴らしいです。 当時のミステリ・マガジン編集長・都筑道夫の「これ以上のものを書くとなると、探偵小説にならなくなる・・・」という初版の解説の言葉も肯けます。 |