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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
ヒューマン・ファクター
グレアム・グリーン 出版月: 1979年07月 平均: 8.50点 書評数: 4件

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早川書房
1979年07月

早川書房
1983年12月

早川書房
2006年09月

No.4 9点 クリスティ再読 2018/06/13 09:24
「ティンカー、テイラー...」と本作と「1984年」を比較する企画第二弾である。二重スパイは何を裏切るのか?
リアル・スパイは、そこが母国であったとしても自身を異邦人として見つづける義務がある。では、スパイは妻を愛することができるのか? では、子供を愛することができるのか?というのが、本作の最大のテーマとなる。

(かなりバレてますが、本作みたいなのはバレずにイイ箇所を紹介するのが難しいんでねえ)

本作の主人公カースルは、MI6の東・南アフリカ担当である。ベテランではあるが、今は暗号連絡の取りまとめの内勤職員である。機密を扱うから「諜報員」としての機密保護の対象にはなるが、実態は下級のホワイトカラー職員、といった仕事である。
しかしカースルには南アフリカ勤務の際に、配下のスパイとして採用した黒人女性サラと結ばれた経緯がある。外交官特権のあるカースルは無事脱出できたが、サラの脱出にはある人物の手を借りていた。
カースルの職場でアフリカ関連の情報が、ソ連に漏れている、という疑惑が持たれた。調査に入った監察官たちはカースルの同僚で素行の悪いデイヴィスを疑う...そのデイヴィスは急死する。この頃、カースルの旧任地であった南アフリカから秘密警察代表者が訪英し、MI6とCIAと共同戦線を張る協議を行うことになった。その秘密警察幹部はカースルの旧敵であった。表面上はビジネスライクに対応するが、カースルの気持ちは収まらない。
疑われたデイヴィスをほぼ人体実験するかのように、毒をもられたのである。実は二重スパイはカースルであり、サラの脱出に手を借りたコミュニストグループの恩義のために、二重スパイをしていたのだ。アパルトヘイトを主導する秘密警察幹部の油断に乗じて得た情報を、最後の手土産としてソ連に流そうと決心した。カースルは妻に告白し、必ずソ連に迎えることを約束して、自らは亡命へと旅立った...
本作は「ティンカー、テイラー...」以上に、地味に心理と生活のデテールを追った小説である。カースルはイギリス人だが、妻は黒人で、その子サムは妻の連れ子の純粋な黒人だが、二人をカースルは本当に愛している。カースルにとっての国家とは、

あたしたちにはあたしたちの国があるわ。あなたとわたしとサムの国が。あなたはこれまで一度だって、あたしたちの国を裏切ったことがないのよ

と、国家と個人の情愛の対立として描くのである。白人のカースル、黒人のサラ、血のつながらない子供のサム、と心情的だけで結ばれた国家の外側の「絆」によって、国家から逃れる姿がこの作品の肖像である。本作のエピグラムとして

絆を求めるものは敗れる。それは転落の病菌に蝕まれた証。

とコンラッドの言を引いているが、絆だけを掲げるドン・キホーテとしての姿が哀切である。カースルはイギリスを裏切ったというよりも、国家の外部にある「絆の国」への亡命者なのである。アンブラーにせよグリーンにせよ、この世代は「スパイを国家を疑うための媒介」として捉える視野がしっかりとあった。ここがル・カレ以降の「官僚スパイ小説」と決裂するあたりだと評者は思うのだ。ここらにロマンを感じちゃう評者は甘いかもしれないなあ。けどこの家族の姿に感動するのを否定出来ないよ。

No.3 8点 斎藤警部 2017/01/24 12:21
カーストの最底辺よりずっと下の逆頂点近くに位置するであろう「x重スパイ」の生活と人生を巡る物語。

出だしのあたりは然程つかんでも来ないんだが、徐々にじわじわ沁みて来て、終盤からはもう、静けさの矜持を保ちながらも大変な展開の渦ですよ。

そして、これほど共鳴容積の豊かなエンディングも無いね。深く長く響きます。

No.2 9点 tider-tiger 2014/06/20 19:35
これは傑作でしょう。
純文学とエンタメの美しい融合です。
スパイのお仕事が地味ですがリアルに描かれています。
人物造型や繊細な伏線の張り方なんかは見事としかいいようがありません。あと、自分も犬がよく書けていると思いました。いかにもボクサーらしい愛すべき犬でした。
グリーンの代表作が『第三の男』という風潮は良くないと思います。代表作はこちらのヒューマンファクターです。

No.1 8点 2011/04/19 21:41
純文学的に地味なものを想像していたのですが、文学性だけでなくエンタテインメントとして非常におもしろく仕上がった作品でした。もちろん作中で言及される007みたいなのではありませんが。
最初のうちは、誰が二重スパイなのか、見当はつくにしても隠したままで物語は進んでいきます。それがいつの間にかはっきりしてきて、後半はその人物の葛藤が描かれていくことになります。疑惑を持たれているらしいということになってからの終盤は、脱出に向けてサスペンスもかなり盛り上がってきます。最後の方、モスクワの場面は必要かなとも思ったのですが、その後のラスト・シーンは、まさにブツッと切れた後の音が聞こえるような余韻があって、やはりいいですねえ。
タイトルはこのスパイ事件の根底に流れているのがポリティカルでもエコノミックでもなく、ヒューマンな要因であることを指しているのでしょうか。
登場人物たちが鮮やかに描かれているのは、なにしろ文豪G.グリーンですから当然でしょうが、犬のブラーもなかなか印象的です。


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