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[ クライム/倒叙 ]
ブライトン・ロック
別邦題『不良少年』
グレアム・グリーン 出版月: 1952年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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筑摩書房
1952年01月

早川書房
1959年01月

集英社
1966年01月

早川書房
1979年12月

早川書房
2006年06月

No.1 7点 人並由真 2019/11/04 15:38
(ネタバレなし)
 1930年代の英国。サセックスの海岸町ブライトンでは、馬券屋の胴元である顔役カイトが頓死。遺された縄張りを新たに仕切ろうと躍起になるのは、カイトの片腕格で年長の仲間たちをも束ねる17歳の「少年」ことピンキー(P・プラウン)だった。世間ずれしたピンキーの覇道は順調に見えたが、競馬利権の縄張りにはカイトのライバル格だったユダヤ人のギャング、コリオリが参入。しかも悪いことにピンキーは仲間の少年チャールズ・ヘイル(フレッド)を口封じした際、その事実をレストランの16歳のウェイトレス、ローズ、そして街の中年女のアイダ・アーノルドに気取られてしまう。アイダを牽制し、一方でローズと結婚することで「妻は夫に不利な証言ができない」の法律を適用させようと図るピンキー。だが事態の混迷はさらに続き、そして独善的な義侠心まで抱いたアイダは今度は、薄幸の少女ローズを悪人ピンキーの手から救い出そうと要らぬお世話を焼き始めた。
 
 1938年のイギリス作品。グリーンによる、非行少年を主題にした広義のミステリという概要は、前から知っていた。とはいえ実際に読んでみると非行少年ものというよりは、主人公とその周辺の登場人物何人かの年齢設定が若いばかりの正統派ノワールという趣が強い(まあそもそも非行少年ものも、広域のノワール系の一端かもしれないが)。少なくとも年少の少年少女のチーマーがワイワイガヤガヤしながら物語が進む雰囲気ではなかったね。

 ちなみに評者は、物語序盤から動き回るいわくありげな少年フレッドが主人公かと当初は思ったが、あっというまに彼は退場。二章目から本当の主人公「少年」ピンキーが登場してくる。読み手を欺いて鼻面を引きずり回す初動の作劇は、一時期の白土三平の忍者劇画みたいである。

 それでこのピンキー、ワルとしては肝が据わった青年だが、その一方でまだ童貞。憎からずは思っているが、それ以上に彼自身の保身のために嫁に迎えるローズとの床入りにも滑稽なくらい慎重になる。21世紀の小説なら絶対にありえない? ハイ(ミドル)ティーンの非行少年のキャラクター造形で(ラノベの学園ギャグものとかならともかく)、おのれが奇特な善行を為していると自負(錯覚)して次第にエキセントリックになっていくサブヒロイン、アイダの描写ともども、この時期のグリーンらしい、清教徒の英国人への揶揄だろう? 
 ピンキー、ローズ、アイダの3人を主要人物の軸に据えながら、ブライトンの裏町にひしめく群像劇を活写。大物となる素質だけはあったかもしれないが、本当ならカイトのもとでもう少し地道に成長していけばよかった? ピンキーの野望が次第に(中略)……の物語は最後までテンション豊かに読み手を捉えて放さない。一日でいっき読みだよ。
 そういえばピンキーが取った、ローズの口を封じるための結婚作戦。ガードナーのあの長編を思わせるね。
 
 ところで自作の小説群を大別して、文学とエンターテインメントに二分していた作者グリーンだが、早川の「グレアム・グリーン全集」巻末の収録作リスト一覧の本書の項を読むと、これは「海辺の行楽地で殺人を犯した不良少年の目を通して、神の前における善悪、永遠の価値の問題を探る意欲作!」とある。どうも文学推しっぽいが、実際のところ神の話題や視点なんかそんなに出てこないじゃないの(人生の無常みたいなものは随所に書かれる)、違うんじゃない? ……と思っていたら終盤でどうにか? それっぽくなった。(この辺は狭義のミステリ的なネタバレでは全くないのでご容認ください。)

 そんなこんなを含めて、結局これって文学として読むべきなの? エンターテインメントなの? と(ある意味で実にどーでもいいこと? を)思い続けて巻末の訳者の丸谷才一の後書きを読んだら「グリーンの著作史上、随一といえる文学とエンターテインメント双方の側面を持った長編(大意)」とある。
 あらら、あまりにも分かりやすいオチでしたな。まあ、その見識にはすごく納得しますが。

 なお題名のブライトン・ロックとは、ブライトン地方の銘菓である甘味のこと。日本の金太郎飴のように切ると切断面にブライトンの英語表記がどこでも現れる。劇中である人物が、人間の本質は経験でも、他者からの感化を受けても変らない、いつでも同じ文字が出るブライトン・ロックのように、と、まあそんなような事を言うのである。


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