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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
おとなしいアメリカ人
グレアム・グリーン 出版月: 1956年01月 平均: 6.00点 書評数: 1件

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早川書房
1956年01月

早川書房
1979年09月

早川書房
2004年08月

No.1 6点 クリスティ再読 2020/11/29 22:01
グリーンというと、たとえば「情事の終り」みたいに探偵小説的技法で「神」を追求するとか、思想小説であってもミステリの側面を持ってたりする作家なんだけども、ベトナム戦争(といってもフランスが正面に立っていた50年代の話)を題材に、一種のスパイスリラーでもあり、倒叙でもあり...というような構成のもとに、複雑な三角関係になぞらえて古きヨーロッパと、若く無邪気なアメリカが対立しつつ、この両者に挟まれる「女」としてのアジアが...という政治小説といってしまえば、まあそう。

イギリスの新聞からのベトナムへの特派員として、ベトナムに滞在する記者ファウラーは、イギリスの妻を捨ててベトナム人のフォンと同棲していた。そこに「おとなしいアメリカ人」の若者、パイルが登場する。表向きはアメリカの経済援助使節団の一員だが、秘密任務を帯びていると噂されていた。パイルは無邪気で、自らの正義と善意に疑いを持たず、直情径行の好青年であるのだが、ヨーク・ハーディングという政治評論家が書いた現実離れした政治分析を盲信して、「共産主義の脅威」から東南アジアを守るための「大義」のために秘密の策動を行っているらしい....この青年が、ファウラーの恋人フォンに一目ぼれした。パイルとファウラーはフォンを巡って三角関係になるのだが、パイルは無邪気に正々堂々とした騎士的な態度をとり続け、ライバルのファウラーの命を救ったりするエピソードもあって、フォンはパイルの元に奔ることになる....果たして、パイルは何者かの襲撃を受けて殺された!

と梗概をまとめると、スパイ小説風なのだけども、実際にはファウラーとパイルの恋のライバル、だけど腐れ縁、といった奇妙な関係の面白味で読ませる小説である。パイルの単純さや無邪気さにファウラーは苛立つのだが、このパイルのバックグラウンドにある文化はもともとはファウラー自身が属するヨーロッパのものであることは間違いのないことだ。しかし、アメリカはその「文化」を単純化して、しかも「若さ」によってそれをアジアに押し付けようとするのだが、それはヨーロッパがもはやアジアを押さえつける力を喪失しかかっているからだ...これをファウラーは否定きれない。

あの男は自分が他人に与える苦痛を感知する能力がないように、自分自身に迫る苦痛や危険を想像する能力もないのだ

このファウラーの苛立ちは、パイルが山賊まがいの軍閥領袖と組んでこれを「第三勢力」として担ぎ上げ、無差別テロの黒幕となるに至って、押さえきれないものになる....このような感受性の物語として描かれているように、評者は感じる。ファウラーは自己の感じやすさゆえに、あえて自らに目をつぶるのだ。これは一種の叙述トリックなのである。


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