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[ 本格/新本格 ]
哲学者の密室
矢吹駆シリーズ
笠井潔 出版月: 1992年08月 平均: 7.29点 書評数: 17件

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光文社
1992年08月

光文社
1996年07月

光文社
1999年03月

東京創元社
2002年04月

No.17 10点 じきる 2021/05/31 22:54
著者のミステリ論を、重厚な衒学と共にミステリの血肉として一体化させた、非常に完成度の高い傑作。
読み始めは内容を咀嚼するのに精一杯でしたが、不思議な引力を持った小説なのか、気付けば作品世界に没頭しているような幸せな読書でした。

No.16 7点 2021/04/04 11:06
 パリ西縁の高級住宅地に住むユダヤ系財閥の少壮実業家、フランソワ・ダッソー。かれが居を構えるブローニュの森を取り込んだ豪壮な邸宅「森屋敷」で深夜、南米ボリビアからの滞在客、ルイス・ロンカルが死体で発見された。だが現場の三階東塔広間に通ずる扉は固く閉ざされ、その鍵はダッソー書斎の金庫に保管、さらに一階と二階の入口は召使ほかに監視されており、結果として入れ子構造の「三重密室」が成立していたのだ。唯一の手掛かりは塔内に残された折れたナチス短剣の柄と、寝台の下に転がっていたニッケルの五フラン硬貨のみ。
 現象学を用いて数々の難事件を解決してきた謎の日本人青年・矢吹駆と、パリ警視庁警部の娘・ナディアは頑強な密室の解明に挑むが、彼らの前に次第に浮かび上がってきたのは第三帝国崩壊間際、独ソ国境付近のコフカ絶滅収容所で起こったもう一つの「三重密室」殺人と、二十世紀最大のドイツ人哲学者、マルティン・ハルバッハ変貌の謎だった・・・
 ミステリーを世界史と哲学の領域にまで踏み込ませた驚愕の本格傑作推理!
 前作『薔薇の女』からほぼ十年ぶりの矢吹駆シリーズ第四作。雑誌「EQ」1991年3月号~9月号までの連載分に、全面的改稿・加筆して刊行されたもの。ノベルス版袖には「著者のことば」として阪神大震災やオウム事件への言及があり、巻頭には「虚無なる『虚無への供物』の作者へ」という、中井英夫への献辞が記されています。そこには連合赤軍事件について思考した初期三作とは異なり、戦争や災害、虐殺システムの萌芽といった二十世紀の大量殺戮史を読み解き体系付けようとする、著者の壮大な抱負があると言えるでしょう。
 まあそういう小難しい話は置いといて、再読してみるとこれがなかなか面白い。初読の際には膨大な分量と哲学論を消化するのに精一杯でしたが、作中では雨密室+雪密室の仮説が派生込みとは言え合計十種類も飛び交い、執拗い程にあらゆる可能性が検討されます。ブリリアントな輝きはないけれども、メビウス的に捩れた〈逆の密室〉の解法と犯人推定の手際は鮮やか。派手な道具立ての割にはそこまででもない第二作『サマー・アポカリプス』より、ミステリ的には上かな。『吸血鬼と精神分析』の後なんで、やや過大評価かもしれませんが。
 ただ最高傑作かと言われるとちょっと違うような。段々と推理がクドくなって来てますが、シリーズウリである本質直感の明瞭性と、粘着質の虱潰しとは合ってないような気がします。無意味な大量死に関するメインの考察は確かに鋭いのですが、評論でやればいい事であって敢えて小説にする意味が有ったかというと疑問。主人公・矢吹駆も成長したとされつつ相変わらずスカしております。こういう人らの最大の問題点は見出した内容云々ではなく、「俺は真理を掴んだぜイェー♪」となっちゃうとこだと思うんですが。禅で言う "魔境" っちゅーヤツですな。
 そういう訳でカケル君のクソコテ人生には今後も期待しませんが、長篇評価としては上向いて7点。ただし重厚かつ燻んだ描写の大作なので、最後まで読み通すにはそれなりの覚悟が必要。なおカッパ・ノベルス版カバー・デザインはあの京極夏彦。挿絵も付いててオススメです。

No.15 9点 ことは 2019/11/17 13:16
思想対決とミステリ論ががっちり有機的に結びついていて、シリーズ最高傑作でしょう。「竜の密室」「ジークフリートの密室」なんて比喩でミステリ論を展開しつつ、それが作品内の事件にリンクしていくさまは、見事な構築性を感じさせる。
個々の事件のトリックがいまひとつなのが残念だけど、この作品のみの突出した個性を評価します。

No.14 7点 レッドキング 2019/03/23 00:36
「存在と時間」の中で最も魅力的な場面である「死への実存」という「個人的な虚無主義」が、「民族の命運」と言う名の「全体主義」に繋げられてしまっている以上、ハイデガーのナチス加担を、ギュンター・グラスやカラヤンのそれのような単なるエピソードとして扱う訳にはいかない。

「個人的確信・共同幻想」と「客観」のおぞましい捻じれについては、京極の「姑獲鳥の夏」や「陰摩羅鬼の瑕」の方が見事に描いている。そういえば京極「陰摩羅鬼」に横溝正史を登場させて、ハイデガーのウンチク語らせてたな。まさか横溝が「存在と時間」読んでたはずもないだろが。

「虚無への供物」の中で、ミステリ愛好家に向けて投げられた批判・・・「退屈な日常」を紛らわすための「犯罪読物愛好」・・・この「アンチミステリ」的批判に対して、あえて批判を返す場合には、その作品自体を一つのミステリとして「採点」することが最も効果が大きい。

この密室殺人小説には本来6点が妥当だろうが、いろいろな思いをさせてくれたので1点のおまけ。

No.13 5点 文生 2017/11/05 21:58
密室殺人をクローズアップした大作だが、本作の主題は密室トリックにあるわけではない。密室殺人をガジェットに用い、そこにハイデガーの実存哲学を絡ませて戦争における大量死の意味を読み解こうというのが狙いだ。しかし、その哲学論議には全く乗れず、竜の密室やジークフリートの密室などの解釈はどうでもよいことをグダグダ言っているようにしか聞こえなかった。期待していた密室トリックも大作を支えるには小粒で今ひとつ。大変な労作であることは確かで、作中に挿入されたユダヤ人収容所のエピソードなどはかなり読みごたえはあるものの、全体的に自分が望んだ作品ではなかた。

No.12 7点 りゅうぐうのつかい 2016/08/13 20:17
ようやく、読み終えたという感じだ。文庫本で総ページ数が1,100ページを超え、また、読みやすい内容とは言えないので、読み始めるのにはちょっとした決意が必要な作品。
これだけの長編になると、このシリーズのファンしか、手を出さないだろう。作者はこのシリーズでは、孤高の姿勢を貫き、読者側に一切歩み寄ろうとはしていない。文章は非常に達者なのだが、ユーモアは全くなく、硬くて重苦しい。そもそも、ミステリーと哲学の融合に関心を持つ読者がそれほどいるとは思えない。
全体的に読みにくい作品なのだが、中編ではナチスのコフカ収容所での出来事、ヴェルナー少佐とフーデンベルグ所長の心理的葛藤等が描かれ、文学性、物語性が高い箇所で、幾分読みやすくなる。
本作品で扱っている哲学は、ハイデッガーの死の哲学だが、哲学書に較べると非常にわかりやすい内容だと思う。ハイデッガーに関しては、名前を聞いたことがある程度の哲学初心者の私でも、何となくわかったような気にはなれる。なお、本作品では、ハルバッハという名前でハイデッガーを模した人物を登場させており、作品中で作者がハイデッガー批判をしているところが注目される。
私はこのシリーズを読むのが、「バイバイ・エンジェル」、「サマー・アポカリプス」、「オイディプス症候群」に次いで4作品目だが、ミステリーと哲学の融合という面では、一番成功していると感じる。事件の背景や顛末は死の哲学と密接な関わりをもっているし、作中でニ十世紀の探偵小説や密室との関わりにも言及されている。
ミステリーとしての評価は、ちょっと微妙。この作品の真相には、意外な犯人、奇抜なトリック、どんでん返しなどはないし、そのようなものを期待してはいけない。あるのは、非常に複雑な様相を見せる事件の状況をうまく説明できる解釈。事件の細部に至るまで、あらゆる可能性を検討し、論理的な考察が進められていく。この論理的な考察の過程こそがこの作品の真骨頂なのだ。
30年の年月を隔てた、コフカ収容所とダッソー邸との2つの「三重密室」が本作品の売り。密室の設定は非常に凝ったものであり、魅力的な謎だ。一方、その真相だが、ダッソー邸の密室への出入り口は意外な盲点ではあるが、探偵役の矢吹駆が現場を見て気づいたものであり、現場を見ていない読者には予測しがたい。コフカ収容所の密室は、異常で倒錯した犯人の心理と思考からでき上がったものであり、同様に予測しがたい。きれいな解答ではないので、おそらく、ほとんどの読者がこの真相に完全には納得できないだろうと思う。
2つの密室のそれぞれにダミーの推理も示され、それもなかなか面白いのだが、物理的な仕掛けによる解決であり、文章だけでは多少わかりにくいので、やはり、微妙な印象を持つ読者が多いと思う。

No.11 8点 ロマン 2015/10/20 22:02
序盤はナディアと駆のアントワーヌの死を巡る会話など興味を惹かれる部分もあったものの、なかなか事件の全体像が見えず、ペースが上がらず…。しかし、第二部で突如舞台が三十年前の収容所に移行、そこからの展開が素晴らしく面白い。後半は一気読みした。現在と三十年前の二つの『三重密室』の本質的な違い、ジークフリートの密室と竜の密室、それらと密接に絡み合う『死の哲学』、そして意外な犯人…と、もの凄く濃厚で贅沢な一冊。

No.10 5点 あのろん 2014/03/04 15:36
(ネタばれ気味)
哲学的な薀蓄は相変わらず理解困難。
今回は哲学がメインに絡んでくるけど、哲学薀蓄は読み流ししても問題なかったです。
ただ、偶然による割合の大きいトリックがいまいち。
それに○の○○○が利用されたことが見え見え。
エンジェル、サマー、と比較するとミステリ的には落ちる感があります。

No.9 6点 nukkam 2010/09/29 19:51
(ネタバレなしです) 矢吹駆シリーズを1983年までに3作発表したもののあまり売れなかったのか笠井潔の創作はヴァンパイヤー戦争シリーズなどの伝奇SF小説が中心を占めるようになります。しかし新本格派の台頭に刺激されたのか1992年にシリーズ第4作となる本書で復活します。もともと暗くて重苦しい作風の作者ですがそれに加えて本書は(創元推理文庫版で)1100ページを超す分厚さを誇り、容易に手を出しづらい雰囲気があります。長大なだけでなく密度も濃いのでなかなか読み進めません。この作者ならではの哲学談義がびっしりで(私にはほとんど理解不能)、おまけに第1の事件の解決を見ないまま途中から時代も舞台も異なる別物語が挿入されるという複雑な構成です。ナディアの推理がボツになるのはわかっていても説得力が向上したことと、駆の推理が(最後は真相を見抜くのがわかっていても)途中で一度は破綻していることで2人の間の距離は縮まった...のかな?

No.8 8点 イオン 2004/03/31 21:31
おもしろかったが、ちょっとストレートすぎた。展開が読めてしまったのが残念。

No.7 8点 今日子猿 2003/10/11 23:03
ミステリとしては完成度の極みに達している。 ラスト数十頁は何度も読み返した記憶がある。 哲学的議論の大半は(ミステリとしての)作品上の必然性が稀薄であり、二つの主題が混在している感じだが、そういう作品なんだから仕方ない。

No.6 7点 えむ 2003/03/07 20:06
いささか長い。
犯罪に対して推理しうる可能性を網羅するのは、
登場人物の信条から鑑みれば不自然ではないが、
ヒロインが連発する推理は滑稽で、冗長である。

この作品では史実を描いた個所が
よく記憶に残っている。
過去に起こった事件の謎と、それから数10年後の犯罪との関係が興味深い。

No.5 10点 okuyama 2002/08/18 02:22
独自の思考方法で真実を指摘する探偵、圧倒的な分量、史実を織り込んだ舞台設定など、既に近年の本格ミステリの要素が盛り込まれている。密室のトリック、犯人の動機、その解き明かし方も充分納得いくものだった。
特殊な歴史と思想(立場)を持つ登場人物同士の命をかけた戦いがあり、それぞれに運命的な結末が訪れ、類を見ない壮大な物語となっている。そして完璧な計画が、ほんの小さな偶然によって達成されなかったことこそが、この作品を名作たらしめていると思う。ラストのナディアも良い。

長いので消化しにくいし、文章も読みにくいけれど、再読するときは細かい仕掛けに驚きつつ「そうかそうか」と読み進められるし、哲学の翻訳書よりは読みやすい、と思う。

No.4 7点 ダークエンジェル 2002/08/07 12:12
笠井潔の作品にたいしてよく言われる「ミステリー形式と思想が分離している」とか「扱ってるテーマはいいんだけどミステリーとしてはちょっと」といった批評は処女作品「バイバイ・エンジェル」にたいしてはある程度妥当であるかもしれないが、この「哲学者の密室」にたいしては何の意味も持ちえない。なぜならこの小説はまさにその「なぜミステリー形式が要請されるのか」ということをテーマにしたものだからである。またともすればそれは安易なメタ構造をとりたくなるテーマであるが、笠井潔はあくまで本格ミステリーにこだわって書ききっている。

一連の矢吹駆シリーズの例にもれず、今作でも実際の人物をモデルにした登場人物が存在する。専門的に哲学をやっている人にしたら、納得できないところもあるだろう。実際「レヴィナスではハイデッガーは解体できない」という声もきこえる。しかし作中においてそれらは完結しているように思われる。

「哲学者の密室」は笠井潔作品の集大成なのだろうか。確かに日本のミステリー史上に残る傑作であることは間違いない。しかし笠井潔自身も含め多くの人が大作と認める「ドグラ・マグラ」、「黒死館殺人事件」、そして「虚無への供物」とは異なった感触がある。集大成というよりはむしろミステリーに対する笠井潔の態度表明であるように思える。「哲学者の密室」の真価は自作以降によってより示されるのではないだろうか。

No.3 10点 フリップ村上 2002/08/03 21:41
ミステリという文学のジャンルが、百年近い年月をかけて到達したひとつの金字塔。最小に見積もっても本邦推理文壇屈指の大名作。広く海外に訳出し、その価値が世界的に認められることを願ってやまない。
ともすればマニアの衒学趣味に終わりかねない密室殺人に対するメタ視点からの分析を、《特権的な死の封じ込め》というキーワードを導入することで、戦争による未曾有の大量死を生み出した《二十世紀》を無慈悲なまでにあぶり出しにするジャンピング・ボードへと変換させる鮮やかな手口。これこそが奇想。これこそが論理のアクロバット。フェアかアンフェアか、トリックに前例があるか、そんな瑣末なゲーム的こだわりなど軽く一息で吹き飛ばす、怒涛の物語力。
暗黒へとひた走る《死の哲学》を目の当たりにした語り手が、ラストシーンで手にする力強い確信を知るとき、読者はミステリと人類、その双方の未来に確かな希望を得ることができるであろう。

と熱くなったのは良いものの、明らかに無駄に長い第一部。シリーズ先行作を読了していないと不明な部分が多い等、ちょっと見逃しえない瑕疵があることも事実だな。
冷静にエンターテイメントって意味でいったら4点くらいかも……(急に弱気)

No.2 3点 のり 2002/06/02 23:29
個人的にですが、凄く読みにくい文章を書かれる人だな、と思いました。内容の方も、一見小難しそうなのですが、実は結構薄っぺらい印象。講釈と不必要な描写がやたらと多い。戦時下のナチスを設定に選んでいるのですが、舞台を日本にして、物議をかもす位の自説をぶつけたりした方が説得力あるような気がします。これでは、ミステリとしてのプロットがお粗末なのを誤魔化してるようにしか思えない。

No.1 7点 由良小三郎 2002/04/04 20:30
基本的に「楽しめたかどうか」という評価はしにくい教養主義的大作、読了すると達成感は高かったです。哲学をかたるのに、具体的事例としてミステリの登場人物の行動を用いているという感じですか。読了できたことを自慢したくなる作品なので、採点します。


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