皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止
していません。ご注意を!
[ 本格 ] 自殺の殺人 トビー&ジョージ |
|||
---|---|---|---|
エリザベス・フェラーズ | 出版月: 1998年12月 | 平均: 6.50点 | 書評数: 6件 |
東京創元社 1998年12月 |
No.6 | 7点 | 弾十六 | 2021/04/20 02:29 |
---|---|---|---|
原題Death in Botanist’s Bay (1941 Hodder and Stoughton, London)だが、米国版はMurder of a Suicide、こっちの方が内容とマッチしている。
フェラーズさんは初めて。古本屋で一見変なタイトルに惹かれ、1941年出版なのでギリギリ戦前の話かも、と思って買った。 微妙にすれ違う会話で、最初はちょっと違和感。なんだかスムーズじゃない。常に言い争ってるホームドラマみたい。文章が下手なのかも、と思ったが慣れたら逆に現実の会話ってちょっとした食い違いがあるのが普通かも、と思いはじめた。まあでも、地の文のカメラアイが時々ヘンテコ(会話をやめて外に出て立ち去る人の瞳が虚ろだった(p208)、なんて誰の視点? 室内で話している「二人の頭上で突然天が裂け、鉄砲雨が落ちてきた(p217)」とか)なので、会話の感じとあいまって、文章力にはやや疑問あり。(翻訳のせいではないと思う) 物語は上手く構成されてて、シロウト探偵が活躍出来る隙間を作っている。かなり慎重にバランスをとって作品を紡いだのでは?と思う。ただこのネタなら、主人公にもっと共感出来るようにメインカメラをじっくり据えて語れば、もっと良かったかなあ。主人公の内面を掘り下げた方が面白かったと思うが、そうなると本格味が薄れちゃうか… そこら辺が埋もれた作品になっちゃった理由だろうか。 シロウト探偵のコンビが不思議な感じで、ミステリ的にとても便利な設定もあり、面白かった。シリーズの他の作品も、ぜひ読んでみたい。 序盤、数か所「夏」とあるだけで、季節感がわかりにくいが、登場人物がためらいなく海で泳ぐので真夏なのだろう。後半には蒸し暑い感じが出て来る。灯りが漏れる心配を全くしていないので1939年夏が下限。(英国では1939年9月1日から灯火管制(blackout)) 全体からのただのイメージだが1938年あたりの想定か。(全く根拠無し) 以下トリビア。 p15 身の丈二メートル半(six foot seven)♣️明らかに誤訳。6フィート7インチ=200.66cm。 p21 <酒か、女か、歌か>(Wine, woman and song)♣️英語ではこの文句の初出と思われるのが"Who loves not woman, wine, and song / Remains a fool his whole life long"で、ドイツ語の句(伝マルティン・ルター)の翻訳として1837年に遡る。ドイツ1602出版の民謡集に起源があるようだ。なお、シュトラウス2世のワルツ”Wein, Weib und Gesang”Op.333は1869年の作品。(以上英Wiki) p24 小型のセダン(a small saloon car)♣️メーカー不明。あとの方で「黒いキャデラック(the black Cadillac)」が出てくるが、メーカーが明記されてるのはその1台だけ。 p24 ジプシーのように浅黒く(sallow as a gypsy’s)♣️浅黒警察がひさしぶりに登場。sallowは不健康な、くすんだ顔色のようだ。 p28 背の高い、浅黒い顔の男(the tall, dark man)♣️「背の高い、黒髪の男」の決まり文句。 p44 そのズボン。なぜ上品なドレスを着ることもできないのだ——夕べにふさわしい服を?(‘Why can’t you dress yourself decently? Why d’you have to go round all day in those trousers?’)♣️翻訳だと、家庭の中でもドレス・コードが厳しいのが当たり前の時代、と読みとったが、原文は「お前はいつもズボンばかり。ちゃんとした身繕いをしたらどうだ?」という感じに思う。 p45 チョップ(あばら肉)… マッシュポテト… トマトのソテー… 最後にライスプディング♣️夕飯。 p53 戦争、それとも革命?♣️戦争が近づいている感じ。1930年代後半なのだろう。 p67 教会… ホテル… 賄い付き下宿… 遊歩道… 映画館… 商店もろもろ♣️小さな観光地の構成。 p70 デイリー・テレグラフ♣️年寄りが読む保守新聞のイメージ。 p73 ステーキと揚げたポテト… お茶とビール♣️警部が好きな食事。 p73 マクラスキー(M’Clusky)♣️名前が出てこない時に警部が使う仮名。何か元ネタある? p73 拳銃(revolver)♣️メーカーや口径の描写は全く無し。だがせめて「回転式拳銃」と原文に忠実に訳して欲しい。 p84 肝臓とベーコン(liver and bacon)♣️朝食。 p88 浅黒い肌(a swarthy skin)♣️ここは正しい。 p92 <さまよえるオランダ人>をぶっ通しで全曲♣️当時のレコード盤は78回転、片面五分程度が限界。これでオランダ人全曲(約3時間)をかけるのは大変な手間だ… p94 マンチェスター p98 抜歯健康法(the importance of everyone having their teeth out)♣️歯を抜くと健康に良い、と主張した歯医者がいたらしい。米ニュージャージーのHenry Cotton(1876-1933)など。(詳しく調べていません) p98 小鳥の写真(photographing birds)♣️鳥の写真を撮ること、だろう。 p110 二重協奏曲でも聴くとするか。新しい録音で、とても美しい曲なんだよ。昨日、買ったばかりだ(I think I’ll put on the Double Concerto. It’s a new recording, a very beautiful one; I only bought it yesterday) 演奏は誰?… 何とかというふたりだよ♣️Double Concertoで有名なのはBachかBrahms。私ならBach一択だが、一般的にはBrahms作曲、ヴァイオリンとチェロのThe Double Concerto in A minor, Op.102だろう。1939年にOrmandy指揮、HeifetzとFeuermannの録音があるが、残念、12月21日だった。 p112 一流ホテルではなかった… 楽団もなければ、客室には水も用意されていない(is not one of the fashionable hotels .... it has no band; there is not even water laid on in the bedrooms.)♣️給水設備がない、という意味か。 p112 電話ボックス(telephone-box)♣️1936年から(主としてロンドン外に)設置されたK6だろう。電話ボックスは1935年に全国19000か所だったが、1940年までに35000か所に設置された。従来型より小型で低コスト省スペースだった。 p114 褐色の肌(olive-skinned)♣️web検索すると褐色より薄い感じだが… イタ飯屋のシーンだし「オリーヴ色」じゃ駄目? p115 定番のスカロッピーニとスパゲッティ(the inevitable escalope de veau and spaghetti)♣️「メニューでマシな感じなのは仔牛のエスカロップとスパゲッティだけだった」というニュアンスか。 p120 年に七百ポンド♣️英国消費者物価指数基準1938/2020で67.75倍、£1=9282円。 p124 やっほー(Hullo)♣️原文がこれなら「ハロー」で良い。 p124 ミネストローネ(minestrone) p131 スーザの行進曲と最新のダンス音楽(the latest dance music and one of Sousa’s marches) p146 感傷的な歌(sentimental song) p151 月の砂漠よ —— 長老たちよ(シャイクー) —— 香辛料に悪徳よ... (and the sand – sheikhs and all that – spices and vices. . .) p155 コーヒー… いつも通り、グレープフルーツジュースとトースト♣️朝食。 p157 明日、検死審問♣️死体発見から間をおかず開催される。 p164 パーセルのトランペット即興前奏曲(Purcell’s Trumpet Voluntary)♣️「パーセルのトランペット・ヴォランタリー」として知られているが、実はHenry Purcell作ではない。結婚式の曲として人気があり、ダイアナ妃&チャールズ皇太子の結婚式(1981)にも使われている。原曲The Prince of Denmark's Marchは鍵盤用で作曲者はJeremiah Clarke、1700年ごろの作品。第二次世界大戦中はBBCヨーロッパ向け放送(特にデンマーク向け)のシグネチャー・チューンとして使われていたという。ヴォランタリーはオルガン用なのだが(トランペットはオルガン音栓の一つ)有名な曲はトランペットが活躍する協奏曲にアレンジされたもの。作品の頃のを探すとHarry Mortimer & Grand Massed Brass Bands (英Regal Zonophone MR.2631, 1937年)という78回転があった。残念ながらYouTubeで聴けるのはMortimerでは1949年Columbia盤が最古か。「即興前奏曲」という訳語は見聞きしたことがない。昔は主メロディに基づきオルガン演奏者が即興で声部を補ったようだが… 日本の音楽用語としては、そのまま「ヴォランタリー」で通用している。 p165 「牧神の午後への前奏曲(プレリュード・ア・アプレ・ミディ・ダン・フォーン)」(L’après-midi d’un Faune)♣️Debussyのオーケストラ曲“Prélude à l'après-midi d'un faune”(1894)、作者自身が二台のピアノに編曲している(1895)。 p167 唄っていた。<我を小羊の血で清めたまえ>(singing: “Wash me in the blood of the Lamb”)♣️黙示録7:14による一節らしい。このタイトルの聖歌は色々あるようだ。(あまり調べてません。) p172 <フィガロの結婚>序曲 p230 交換手が出る。<ちょっとまって——この章を読んじゃいたいから>♣️電話交換手って、結構、自由な職場だったのね。 p264 アガサ・クリスティの最新作(the latest Agatha Christie)♣️意外な登場。候補作は以下。括弧内は英国出版年月日。Murder in the Mews and Other Stories(1937-3-15)、DumbWitness(1937-7-5)、Death on the Nile(1937-11-1)、Appointment with Death(1938-5-2)、Hercule Poirot's Christmas(1938-12-19)、Murder Is Easy(1939-6-5) 考古学ものの『死との約束』は、この場面にはぴったりだ。ならばやっぱり1938年夏が有力?(2021-4-21追記: 私はMurder in Mesopotamia(1936-7-6)と間違えていたようだ。こっちが“考古学もの”だろう。とすると「舞台は1936年夏」説も有力か。) |
No.5 | 6点 | ボナンザ | 2019/09/28 09:59 |
---|---|---|---|
これは埋もれた佳作の一つだと思う。シンプルな展開ながら新本格派のようなマニア好みの真相を見事に導き出している。 |
No.4 | 7点 | 斎藤警部 | 2017/02/03 12:08 |
---|---|---|---|
本作における二段階事件を、日常の謎の世界にハイパー翻案したらいったい。。。 なんて軽く妄想カマしてたら、そんな甘いモンじゃなかった!
セイヤーズ「雲なす証言」の複雑真相からポイント絞った一工程にインスパイアされて、更に複雑な悪夢に培養させたような。。堂々の結末! これで中盤が、手に汗グリップの展開だったら、8点は固かったね。ほんわかし過ぎのムウドがおいらにはちょっとな。ま、これから日本でももっと読まれて然るべき、古びない古典名作と言えましょうぞ。 「名前を忘れたらマクラスキー」ってのは笑ったぜ。おいらの場合は「サイトウ」だ。 |
No.3 | 6点 | nukkam | 2015/09/12 08:00 |
---|---|---|---|
(ネタバレなしです) 1941年発表のトビー・ダイク&ジョージシリーズ第3作の本格派推理小説です。劇的な展開があるわけでなく、退屈ぎりぎりの物語を淡々とページをめくりながら読み進めましたがエピローグで明かされた真相には結構驚かされました。あんな複雑などんでん返しがあったとは。それをああもあっさりと説明したことを凄い筆力と感じるか、物足りないと感じるかは読者によって分かれそうですね。このエピローグでは登場人物たち(トビー、ジョージ、ティンギー警部も含まれます)がしでかした間違いが次々に紹介されるという趣向もあってなかなか面白かったです。なお創元推理文庫版の巻末解説には明らさまなネタバレではないけれど事前には読まない方がいい記述がありますので注意下さい。 |
No.2 | 7点 | kanamori | 2010/06/20 16:39 |
---|---|---|---|
素人探偵コンビ・トビー&ジョージ、シリーズ第3弾。
ふたりが一旦助けた身投げ自殺未遂男の死の謎を巡って推論を重ねていく本格編。 自殺か、他殺か、他殺に見せかけた自殺か、自殺に見せかけた他殺か、三転四転していくプロットがなかなか面白かった。 |
No.1 | 6点 | 臣 | 2009/07/20 10:37 |
---|---|---|---|
トビー&ジョージシリーズ。
冒頭、自殺未遂事件を起こしたジョアンナの父が翌日、不可解な死を遂げる。自殺なのか、他殺なのか、これが最大の謎。中盤にも死亡事件が起きるが、これも自殺か他殺かはわからない。 大団円(エピローグの前の部分で、勝手にそう呼んでいます。)では一波乱あり、どんでん返しもあり、エピローグでのジョージによる背景や真相の説明もていねいでわかりやすく、ミステリとして十分高評価できる要素を備えています。また、登場人物の役割分担もうまくできています。 こう書けば申し分なしのようですが、実は、中盤は、文学的な表現も手伝って、あまりにも退屈な展開となっています。ただ、退屈でページが進まない分、立ち止まって自ら推理できます。この点はメリットでしたね。 ラストが巧いので、中盤に事件の背景にもページを割きながら展開よく話を運べば、かなりの高得点でしょうね。 |