海外/国内ミステリ小説の投稿型書評サイト
皆さんから寄せられた5万件以上の書評をランキング形式で表示しています。ネタバレは禁止 していません。ご注意を!

[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ]
氷のスフィンクス
ジュール・ヴェルヌ 出版月: 1979年05月 平均: 5.00点 書評数: 1件

書評を見る | 採点するジャンル投票


パシフィカ
1979年05月

集英社
1994年01月

No.1 5点 Tetchy 2020/07/13 23:43
本書はヴェルヌ作品の中でも今までにない変わった内容となっている。それはエドガー・アラン・ポーの小説『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』が下敷きになっているのだが、それはこのポーの創作と思われる作品が事実であるという前提で、しかもそのポーの作品の登場人物たちが本書の登場人物に浅からぬ縁があり、さらには身分を偽って登場するという展開を見せる。
即ちこれはヴェルヌによる先述のポー作品の続編ともいうべき作品なのだ。

さてこの特殊な構造の作品について色々考えるところがある。

1つはポーの件の小説にインスパイアされたヴェルヌが自身も南極を舞台に物語を紡ごうと考えた時に―私は原典の作品を読んだことはないが―自らその世界観の中での話を書きたいと強く願ったことが動機になったこと。恐らくはこれが本当の理由だろう。

もう1つ思うのはシュリーマンのエピソードだ。トロイの木馬という神話を史実であると信じてそれを証明した彼の姿が本書の登場人物ジョーリングと重なる。無論登場人物たちがポーの作品の登場人物そのもの、もしくは所縁の者たちであるとの違いがあるが、ジョーリングがポーの作品の読者であり、その作品に魅了された彼が偶然その所縁の人物たちと出逢うところが何とも創作から出た真実に導かれる、その流れがシュリーマンの話を想起させてならない。
てっきり作り話だと思われていたことが実は本当にあったことだった、という展開は冒険好きには何とも堪らない設定だ。

また本書はヴェルヌの極地探検小説の集大成とも呼ばれている作品で、19世紀末当時の船舶設備と航海術での南極行の困難さと厳しさが描かれているのもまた特徴的だ。その極寒の地で次から次へと訪れる苦難とそれに加えて南極行のために新たに雇った船員たちによる叛乱と彼らにほだされた船員たちの裏切りといった自然のみならず人間間の戦いのドラマが描かれており、それはさながらアリステア・マクリーンの小説を読んでいるかのようだ。
特に最終、氷山に打ち上げられた彼らの乗るスクーナー船、ハルブレイン号が氷の融解により支えを失い、複数の船員を巻き添えにして転落していくシーンは今までのヴェルヌにない現実的な地獄絵図を見せつける。

さて題名ともなっている氷のスフィンクスとは一体何なのか?
この不思議な言葉は2回物語に登場する。

最初はジョーリングの夢の中で南極点で出遭う、最も高い視座で南極を見下ろす、不可侵的存在。

次は物語の最終で彼が南極から脱出しようとしている時に立ち塞がる氷の山塊として。そしてその山塊は強力な磁力を持っており、それによって逃げることが叶わなかったポーの小説の主人公アーサー・ピムの亡骸とダーク・ピーターズが再会するのだ。
つまり氷のスフィンクスは数々の冒険者を葬ってきた絶対的存在、つまり南極点そのものの象徴であることを示しつつもそこから生還することがいかに困難かを思い知らす試練そのものであるとも云えよう。


キーワードから探す
ジュール・ヴェルヌ
2017年08月
蒸気で動く家
2015年03月
地の果ての燈台
平均:7.00 / 書評数:1
2004年07月
グラント船長の子供たち
平均:8.00 / 書評数:1
1996年05月
地軸変更計画
平均:7.00 / 書評数:1
1994年01月
世界の支配者
平均:4.00 / 書評数:1
1993年11月
インド王妃の遺産
平均:7.00 / 書評数:1
気球に乗って五週間
平均:7.00 / 書評数:1
1993年07月
アドリア海の復讐
平均:7.00 / 書評数:1
征服者ロビュール
平均:7.00 / 書評数:1
1993年05月
チャンセラー号の筏
平均:7.00 / 書評数:1
1981年10月
少年船長の冒険
平均:7.00 / 書評数:1
1979年05月
氷のスフィンクス
平均:5.00 / 書評数:1
1978年08月
神秘の島
平均:8.00 / 書評数:2
1978年02月
動く人工島
平均:7.00 / 書評数:1
1973年10月
南十字星
平均:7.00 / 書評数:1
1972年06月
必死の逃亡者
平均:7.00 / 書評数:1
1972年03月
サハラ砂漠の秘密
平均:7.00 / 書評数:1
1970年11月
オクス博士の幻想
平均:7.00 / 書評数:1
1968年01月
カルパチアの城
平均:7.00 / 書評数:1
月世界旅行
平均:8.00 / 書評数:1
1964年01月
月世界へ行く
平均:5.00 / 書評数:1
1963年10月
海底二万里
平均:7.00 / 書評数:3
1963年01月
地底旅行
平均:7.00 / 書評数:1
1959年01月
悪魔の発明
平均:7.00 / 書評数:1
1956年01月
八十日間世界一周
平均:7.50 / 書評数:2
1951年11月
十五少年漂流記
平均:7.00 / 書評数:2