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[ SF/ファンタジー ]
悪魔の発明
ジュール・ヴェルヌ 出版月: 1959年01月 平均: 7.00点 書評数: 1件

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三笠書房
1959年01月

角川書店
1968年01月

東京創元社
1970年08月

No.1 7点 Tetchy 2020/06/20 00:52
ヴェルヌが本書で語るのは科学技術の進歩を語る上で直面する、科学は使いようによっては薬にもなるが毒にもなるというジレンマだ。その卓越した頭脳を兵器開発に向けたマッド・サイエンティストと彼を巡るこれまた悪党の代表、海賊の物語だ。

今までヴェルヌは科学の進歩による当時の世界の人々がまだ見たことのない世界と乗り物、そして旅の仕方などを語ってきた。それは彼が人間の想像を、空想を具現化する科学技術の進歩を礼賛していたからで、彼は科学が我々の生活を素晴らしいものに変え、そして一変させる驚きをもたらしてくれた。
しかし後期になるとその科学の進歩が恐ろしき武器にもなる、そしてそれを手に入れた者が世界の覇者となる技術の進歩のダークサイドも描くようになった。
本書においてはもう決定的に途轍もない破壊力を備える兵器を狂える発明家が生み出すという世界の破滅への序曲のような内容となっているのが特徴的だ。

しかし本書はやはり今までのヴェルヌ作品の二番煎じであることは否めない。最新鋭の技術を駆使するのが悪党であることの恐ろしさを描いているが、出てくるモチーフはいずことも知れぬ孤島に作られた秘密基地、巨万の富と威圧感を持つ指導者、最新鋭の技術を持つスクーナー船…。
そうこれはもう1つのネモ船長の話なのである。ダルチカス伯爵、つまり海賊ケル・カラージュは一切の慈悲の心を持たぬ悪として描かれたネモ船長なのだ。物語の途中で基地に迷い込む抹香鯨を容赦なく殺すシーンやシモン・アールの手紙を受け取り、救出に来たイギリス海軍の潜水ボート「スワード号」をスクーナー船で容赦なく体当たりして沈めるシーンなどは思わず『海底二万里』での同様のシーンがフラッシュバックする。
そして祖国を、世界から虐げられ、海に自分の世界を築き上げたネモ船長と同様の境遇なのが発明家トマ・ロックだ。彼は比類なき兵器ロック式電光弾を発明しながら、その自信高さ故、莫大な費用を伴う有償での試験を強要したがために各国からそのオファーを蹴られ、精神を病んでしまった不遇の発明家だ。つまりネモ船長が知力と技術力と財力と指導力を備えていたのに対し、トマ・ロック氏が知力と技術力を、ケル・カラージュが技術力と財力と指導力を持った、つまり2人合わせてネモ船長なのだ。

最強の兵器を手に入れた悪党どもの誤算は狂える発明家の中に残された微かな愛国心だった。彼は敵の中にフランス海軍を見出した時、いや彼らが掲げるフランス国旗を目にしたとき、同胞を自分で生み出した兵器で葬ることに躊躇したのだ。いやそのとき初めて自分の技術を他の国に売ることは彼が生まれ育った国を自らの兵器で無残な姿にしてしまうことに気付いたからだろう。そのとき初めてトマ・ロック氏は自分の才能を認めない人たちや国に対する不平不満のみ抱えていた認証欲求に飢えていた1人の人間から、国を、自国民を愛する愛国者へと変わったのだ。彼の中で原因と結果が一致したのだ。本書の原題が『国旗に面して』ということを考えればやはりこのロック氏の心境の変化こそが本書のメインテーマだったのではないだろうか。

今回は発明家によってロック式電光弾は闇に葬り去られたが、本書が萌芽となっている原子爆弾や核兵器は既に生まれ、各国が持っている。しかし核を生み出す者とそれを使う者は異なるのが現実だ。そのスイッチを押す人が対象となる国を再度見つめ、本当にそれを押す必要があるのかを胸に問うてくれる人であってほしいと願うばかりだ。
北朝鮮の飛翔体実験の連続、中国、北朝鮮を煽る現アメリカ大統領トランプ。世界は今実に危うい状態に陥っている。彼らがケル・カラージュに見えて仕方がないのだが本当に大丈夫だろうか。


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