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[ 冒険/スリラー/スパイ小説 ] チャンセラー号の筏 |
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ジュール・ヴェルヌ | 出版月: 1993年05月 | 平均: 7.00点 | 書評数: 1件 |
集英社 1993年05月 |
集英社 2009年04月 |
No.1 | 7点 | Tetchy | 2017/11/02 23:57 |
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小学生の頃、世界の七不思議を語った本があり、その時に船が遭難する不思議な海域、サルガッソー海のバミューダトライアングルが取り上げられていた。その恐ろしさは当時少年だった私の心に鮮明に刻み込まれており、決して行きたくはないものだと思っていたが、まさかこの歳になってそれらの言葉と再会するとは思えなかった。そしてやはりその海域は伝説通りの魔の海域であることが本書の登場人物たちが遭遇する困難によって再認識させられた。
本書は実際にフランスの軍艦で起きた事件をモデルにしているようで、これもまたヴェルヌ作品では珍しい。物語は帆船チャンセラー号の1人の乗客J・R・カザロンの手記という形で進む。 個性的な乗客や一癖も二癖もある水夫たちが船、そして筏という1つの狭い空間で救出されるまでの4ヶ月の海での生活が語られる。 まず彼らを襲うのが船倉内で起きた火災。それからハリケーンの直撃に遭い、岩礁に座礁し、そのショックで船底に穴が空き、そこから流入する海水で消火をした後、船の残材で修復した後、岩礁を爆薬で破壊して再び航海に乗り出す。 ここまでは他のヴェルヌ作品同様の冒険スペクタクルの面白さをまだ備えているが、そこからはまさに絶望また絶望の連続である。 実話をもとにしているせいか、ヴェルヌ作品にしては珍しく悲愴感漂う雰囲気で物語が進む。これまでのヴェルヌ作品においても冒険に旅立つ、もしくは無人島に漂着した主人公たちにも次から次へと困難が待ち受けていたが、それらを知恵と勇気と閃きと実行力で乗り越えるという痛快さが伴っていた。 本書でも上に書いたような岩礁での探検やハムに似た形からハム・ロック岩礁と命名したり、また筏に乗ってからもタイを釣ったり、海藻の一種ホンダワラを採って、糖分を補給するなど、他のヴェルヌ作品と同様のサヴァイバル術が展開されるが、そのような雰囲気はそこまで。そこからは苦難と苦痛、裏切りと疑心暗鬼に満ちた、極限状態下での争いが繰り広げられる。 とにかく次々に人が死んでいく。その死にざまも様々だ。 そしてこんな生きるか死ぬかの極限状態での人間ドラマが実に生々しく描かれる。 極限状態の中では人間は2つに分かれる。生きることに執着しながらも人間としての尊厳を保とうとする者と捨て去ろうとする者だ。 前者の一人で特筆すべきは副船長から船長になったロバート・カーティスだ。どんな苦難が訪れようとも決して諦めない。99%の絶望の中に1%の希望があればそれを信じ、全うしようとする男だ。この男無くしては彼らの生還は成し得なかっただろう。 後者ではひっそりと食糧を隠し持ち、自分だけ助かろうとする者や人が死ぬことで分け前が増えることを望む者に死者が出来ればその一部を餌に釣りをする者はまだ可愛い方で、死者を食糧と捉え、死ぬや否や飛びつく者まで出てくる。 最近ではGPSなどの設備が発達して、誰もが気軽に海や山へ乗り出したりするが、その便利さを過信して十分な準備を怠り、海や山での遭難のニュースが現代でも起こっている。ニュースでは行方不明になったこと、そして数日後に救出されたこと、もしくは遺体で発見されたことが僅か数分で語られるのみだ。そんな自然の猛威に直面した人の生き死にの裏にはこれほどまでに凄まじい一幕があることを本書は伝えている。 冒険小説、SF小説の祖とも云われるヴェルヌにとっては異色の作品だった。1人のヒーロー的存在とそれをサポートする仲間たちが登場するのが常であった彼の小説の中では珍しく、ずる賢い人間たちが多く出てくる話であった。実際の冒険がこれほどまでに苦難と苦痛に満ち、醜いものであることを知っているからこそ、彼は夢とロマンに溢れる作品を描いたのかもしれない。本書はある意味ヴェルヌがそんな夢溢れる物語を書き続けるためにいつかは通らなければならなかった、極限状態に陥った人間の本当の姿を描いた作品、そんな風に思うのである。 |