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ポー傑作集 江戸川乱歩名義訳
渡辺温 / 渡辺啓助 訳 中公文庫
エドガー・アラン・ポー 出版月: 2019年09月 平均: 8.00点 書評数: 1件

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中央公論新社
2019年09月

No.1 8点 おっさん 2020/02/14 23:41
 かの「赤き死」は永い事、国中を貪り食つた。これほど決定的に死ぬ、これほど忌まはしい流行病がまたとあつたらうか。血の赤さと恐怖――血こそこの疫(えやみ)の化身でありその印鑑であった。(……)

なんとなく、「赤き死の仮面」を読み返したい気分になったわけですよ。
で、ど・の・ホ・ン・ヤ・ク・に・し・よ・う・か・な――と考えたら、昨2019年に出た『ポー傑作集 江戸川乱歩名義訳』(中公文庫)が浮上してきたわけです。じゃあいっそ、全部読んでやれとw
近年、目につくようになった、往年の「名訳」を復刊する試み――の、これも、そのひとつなわけですが、いや凄いタイトルだww
昭和四年(1929年)に改造社の「世界大衆文学全集」の一冊として、江戸川乱歩名義(多忙の乱歩のゴーストを務めたのは、横溝正史を介して依頼を受けた渡辺温と、その兄・渡辺啓助)で刊行された『ポー、ホフマン集』が親本で、そこから乱歩の序文とポーの翻訳全十五作を抜き出し、附録として、急逝した渡辺温を悼む乱歩と谷崎潤一郎の文章、および渡辺啓助の息女・東(あずま)氏による書き下ろしエッセイ「温と啓助と鴉」を収め、巻末には浜田雄介氏が充実した解説を寄せています。
中公文庫には、すでに丸谷才一訳の『ポー名作集』が入っており、これからポーを読もうというビギナーには、入門書としてそちらをお勧めしますが、しかしポーは、一回読んで「ああ面白かった」(あるいは「つまらなかった」)で終わる作家ではないので、より深く味わうためには、検討できるテクストはいろいろあったほうがいい。
同じ中公文庫というレーベル内で、収録作品の重複がありながら「渡辺兄弟によるゴシック風名訳」(帯のコピーより)の復刊を実現させた編集部の英断には、心からの拍手を送ります。ただ、「乱歩全集から削除された幻のベストセラー」という宣伝コピーは、嘘ではないまでも、スキャンダルを勘ぐらせる誇大表現で(乱歩の個人全集に再録されたのは、昭和初期の一回きりで、後年は乱歩自身、収録を控え、代訳の経緯を明かしています)、無くもがなと思いますがね。
収録作品十五作のラインナップは、以下の通り。

「黄金虫」
「モルグ街の殺人」
「マリイ・ロオジェ事件の謎」
「窃まれた手紙」
「メヱルストロウム」
「壜の中に見出された手記」
「長方形の箱」
「早過ぎた埋葬」
「陥穽と振子」
「赤き死の仮面」
「黒猫譚」
「跛 蛙(ホツプフログ)」
「物言ふ心臓」
「アッシャア館の崩壊」
「ウィリアム・ウィルスン」

序文のなかで乱歩は、「この集に収めたものは、出来るだけ大衆的要素をより多分に具(そな)へた作品を択(えら)んだわけだが、併(しか)しもともとポーの作品に於いて読物的価値を第一義的に考へることは無理なのだから、大衆小説として必ずしも喝采を拍(はく)すべきもののみとは限らない」と述べています。作品の選択は乱歩がおこなった――と考えていいのでしょう。探偵小説と怪奇幻想系の小説が過半を占め、SF成分(と、欲を言えばユーモアの要素)が足りないのは、選者の嗜好を窺わせます。
知名度は低いけれど、謎とサスペンスと乱歩好みのトリックを備えた広義のミステリ「長方形の箱」が採られているのは納得できますが……「お前が犯人だ」をなぜ落としたのでしょうね? 
なぜ、と言えば、初期作の「壜の中に見出された手記」は、ポーの、可能性の卵のような魅力はあるにしても、「傑作集」にこれを採る? という疑問はあります。前後に「メヱルストロウム」と「長方形の部屋」を置いて、本のなかばに一種の“海洋篇”コーナーを演出し、舞台の広がりを見せたかったのかな? そのあとに、「早過ぎた埋葬」「陥穽と振子」「赤き死の仮面」……と閉鎖的なお話が続きますから、そのコントラストとして。
でも乱歩、多分そこまで考えてないよなあwww
翻訳にあたっての、渡辺兄弟の役割分担については、巻末解説に推定情報が記載されているので、興味のある向きは是非、本書をご覧ください。代訳とはいえ、力の込もった訳文で、特に怪奇幻想系の作品に関しては、大乱歩の名を辱めない出来だと思います。当時の訳書の雰囲気を伝えるため、歴史的かなづかいや独特の読み仮名のルビをいかした、中公文庫の編集部の英断には、重ねて拍手を送りましょう。
本書に関しては、あまり“翻訳警察”のような野暮なマネはしたくありません。
が、しかし。ひとつだけ。
「モルグ街の殺人」で、「建築物(たてもの)の周囲(まわり)」に「一本の外燈の柱があった」というのは……いやそれは違うでしょう、と。乱歩、そこは朱を入れないとマズイよ。

ともあれ。
何度めかのポー作品の読み返しを果たし、充足の溜息をつきながら“現実”に帰還してみると――これで何度めかの、不穏なニュースに直面し、思わずまたポーの文章が、脳裏をよぎるのでした。

 (……)饗宴者は一人一人相次いで、血汐に濡れた歓楽の床に仆(たお)れた。さうして断末魔の悶搔(もがき)をしてそのまま息絶えて行った。かの黒檀の大時計の刻(きざみ)も遊宴者の最後の一人が息を引取ると共に止んだ。三脚架の焔も消えた。さうして闇黒と頽廃と「赤き死」とが恣(ほしい)ままに、万物の上に跳梁した。    


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