Tetchyさんの登録情報 | |
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平均点:6.73点 | 書評数:1625件 |
No.525 | 7点 | スペイン岬の秘密 エラリイ・クイーン |
(2009/05/07 22:23登録) 国名シリーズ9作目で本国アメリカではこれが最後の国名シリーズらしい。 なぜ被害者は素っ裸にマントを着た状態で殺されたのか?という、想像してみると変質者だったから、と笑えるような理由が付けられそうな奇妙な謎が提示される。 そしてこれがある1つの事実でするするするっと解け、犯人まで限定してしまうロジックの美しさは見事。読後振り返ると、「ん?」と思うこともあるが、読んでいる最中はそのロジックの美しさに酔わせていただいたのだから、それは目をつぶる事にしよう。 で、けっこうこの作品は犯人を当てる人がいるらしいが、私は間違ってしまった。いや一度は考えたんだけど、どうにも整合性の付く答えが見つからなかった。 『アメリカ銃~』、『シャム双生児~』、『チャイナ橙~』と連続してガッカリさせられたが、本作はスマッシュヒットだった。 後期クイーン問題へ繋がるエラリイの心情吐露もあり、マイルストーン的作品であるのは間違いない。 |
No.524 | 4点 | シャーロック・ホームズの息子 ブライアン・フリーマントル |
(2009/05/06 19:32登録) なんとフリーマントルの手による、ホームズのパスティーシュ小説。しかし、厳密に云えば純然たるホームズのパスティーシュではない。ホームズの登場人物を借りたスパイ小説となっている。主人公はホームズでもワトソンでもなく、フリーマントルが創作した彼の息子セバスチャン。 自然、物語は政治色が濃くなり、シャーロックよりも官職に就いていたその兄マイクロフトの出番の方が多くなっている。実にフリーマントルらしいホームズ譚だ。 しかしこのホームズ譚の登場人物によるスパイ小説という手法が果たしてよかったのかどうか、非常に悩ましいところだ。題名に堂々と『シャーロック・ホームズの息子』と謳っているから―因みに原題は“THE HOLMES INHERITANCE(ホームズの継承者、ホームズの遺伝子)”―、どうしてもホームズ譚のような物語を想像してしまう。 読書を十全に愉しむためにこの手の先入観は極力排して臨むべきだと解っていても、やはりこの手のパスティーシュ小説では難しい。 今回は上の理由により、面食らってしまい、なかなか物語にのめり込むことは出来なかったが、フリーマントルの意図するところが解った今、次作はもっと楽しめるのではないだろうか。 |
No.523 | 7点 | 爆魔 ブライアン・フリーマントル |
(2009/05/05 22:51登録) 今回の作品は今までになく派手。ニューヨークの国連事務局タワーにミサイルが着弾するのを皮切りに、ボートの爆破、ワシントン記念塔の階段爆破、ペンタゴンのコンピューター・セキュリティー・システムを破ってのクラッカーの侵入、そして海を越えてモスクワのアメリカ大使館へのミサイル襲撃と、次から次へと事件が発生する。 これはやはり9・11が影響しているように思う。一応作者本人は本作が9・11の前には既に書き上げられていたと言及しているが、事件後、加筆したともあり、少なくとも、いや大いに影響は受けている物と思われる。従ってあの現実を超えるにはもっと派手な事件を設定しないと現実を凌駕できないという焦りがあったのではないだろうか。それが作家の矜持を奮い立たせたように私は感じた。 さてかなり練られたプロットで、意外性のある共犯者と相変わらずの筆功者振りを見せ付けてくれるのだが、どことなくアメリカの大ヒットドラマ『24』の影がちらついてならない。 爆破テロもそうだが、特にペンタゴンの内部スパイの存在、そして次の脅威の萌芽を予兆する終わり方など、すごく既視感を感じた。最後の犯人を捕らえるシーンなどはそっくりだと云える。どちらが先かという問題もあろうが、件のドラマを観た後で読んだがためにちょっと損な受取り方をしてしまった。 |
No.522 | 9点 | 城壁に手をかけた男 ブライアン・フリーマントル |
(2009/05/04 22:17登録) 今回はモスクワで起きた米露大統領射殺事件―1つは未遂―の現行犯がなんとイギリスからの亡命者の息子だという設定でチャーリーを事件の渦中に巻き込む。 いやはやよくもまあ斯くも多彩な設定を思いつくものである。 そしてまたもや英米露三国共同捜査グループが敷かれる。 こうやって書くと、このシリーズ、マンネリのような感じを受けるが、断じてそうではない。とにかく多面的・重層的に物語は交錯するので、全く飽きが来ないのだ。 最近私が観た映画にこれと非常に似た映画があった。それは『ヴァニシング・ポイント』という、これまた大統領射殺事件を扱った作品で、本作はあれに非常に似ている。いや逆か。あの映画はこの作品に非常に似ているのだ。 そしてシリーズ十?作にして、こんなサプライズを設けるフリーマントルの筆の若さ!この作家、本当に全く衰えを知らない! ただ本作の終わり方は歯切れが非常によくない。そして本作以降、チャーリー・マフィンシリーズは刊行されていないようだ。 最後の花道を飾る意味でも、フリーマントルには老体に鞭打って、是非とも華々しいシリーズ最終巻を発表してもらいたいものだ。 |
No.521 | 8点 | シャングリラ病原体 ブライアン・フリーマントル |
(2009/05/03 20:29登録) 連日TVを賑やかしている豚インフルエンザから派生した新型インフルエンザが世界中に猛威を揮っているが、そんな中、この作品を読む事が正にタイムリーだといえる。 南極の氷が溶け出すことで、古生代に封印された未知のウィルスが動物を媒体にして人から人へと感染する。それは老いを急速に進行させ、死に至らしめるという奇病だったというすごく恐ろしい内容。 しかも本書が刊行されたのは2002年。そして既に昨年来から騒がれていた鳥インフルエンザから変異した新型インフルエンザが将来猛威を揮うであろう事を既に予見されている。 そして今、極寒の地ではあちこちでこの小説で書かれているような奇妙な病気が続発しているというのだ。 単純に興味本位で読むのもいい。今、パンデミック(世界的大流行)の危機にある中、一読するに値する作品だと思う。 単なるパニック小説に陥らず、それを足がかりに各国の政治家が世界的リーダーシップを獲得しようと画策しているところもこの作者ならではの特徴。いやあ、政治家って、ホント、心底理解できんわ。 |
No.520 | 7点 | 待たれていた男 ブライアン・フリーマントル |
(2009/05/03 01:17登録) 異常気象によりシベリアの永久凍土が溶けて、その中からイギリス軍人、アメリカ軍人、そしてロシア人女性3人の死体が現れるという、またまた魅力的な発端で幕を明けるこのシリーズ。 そのため、英米露三国の共同調査陣が組まれるが、それはうわべだけで、やはり水面下では他国を出し抜かんとする、激しい駆け引きが繰り広げられる。 それらのやり取りが非常に高度な知的ゲーム、インテリジェンスを扱った駆け引きであるから全く飽きない。 物語が進むにつれて新たな事実が判明するが、それはまた次の謎に繋がり、なかなか先が見通せない。この辺りの手練手管はやはり巧いのだが、今回は冗長すぎると感じた。また三国に跨っているゆえ、関係機関も多く、登場人物も多く登場し、ちょっと整理するのに大変でもあった。 それでもカタルシスは得られるのだから、やはりフリーマントル恐るべし。 |
No.519 | 7点 | 虐待者 ブライアン・フリーマントル |
(2009/05/01 21:33登録) シリーズ3作目は小児性愛者グループによる幼児誘拐を扱っている。そして本作では犯人グループがたまたま誘拐したのが将来の大統領候補とも云われるベルギー駐在アメリカ大使の娘であるところがミソ。あえてその娘をテロ行為として誘拐したのではないところがフリーマントルらしい味付けだ。 今回クローディーン・カーターのライヴァルとなるのがFBIからは“氷人”と称されるFBI人質交渉主任ジョン・ノリス。 しかしその評判に反して、意外と、いやかなり精神的に脆い人物で、早々と退場してしまう。 このシリーズは男勝りながらも身勝手かつ年齢の割には未成熟さを覗かせるクローディーンを読者がどう思うかによって評価が変わってくるかと思う。私はなかなかお近づきになりたいとは思いませんね~。 |
No.518 | 7点 | 流出 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/30 22:40登録) ロシアの核物質が西側へ流出するという報せを受けたチャーリーがアメリカとロシアと共同戦線でそれを阻止するというのが物語の骨子。 そしてロシア側の代表者がかつて愛したナターリヤというのが心憎い。さらに彼女には既に恋人がいて、その彼がポポフというロシア側の作戦指揮者!う~ん、巧いね。 そして三国間の代表が行う政治的、戦略的駆け引きは最高の頭脳ゲーム!高学歴、高水準のディベートゲームを堪能した! 今回しゅっ直のキャラクターは頭脳明晰でFBI随一の核の専門家でありながら、一流モデル張りのスタイルと美貌、さらに自分の欲望に素直な女性ヒラリー・ジェミソンに尽きる。ぜひ再登場願いたい! ただ彼女が強烈過ぎてチャーリーとナターリヤの関係性が希薄になったのが玉に瑕か。 あと今回は結末が読めてしまったのも点数が低い理由。 |
No.517 | 8点 | フリーマントルの恐怖劇場 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/29 19:58登録) エスピオナージュ作家フリーマントルが紡いだ怪奇短編集。これが実にヴァラエティーに富んだ短編集となっている。 個人的ベストは「インサイダー取引」と「ゴーストライター」。 前者は投資家夫婦と降霊術という相反する物を結びつけたのがミソ。両者ともタイトルが秀逸。 このようなホラー・ストーリーはもはや出尽くした感があり、確かにここに語られる恐怖譚の中には目新しさは無い物もある。では何が読者の興趣を誘うかというとやはりそれは作者の語り口にあるだろう。 そしてフリーマントルが筆巧者であり、その定型化した恐怖譚をコクのある料理に変身させる腕前を備えていることを再認識させられた。 |
No.516 | 5点 | 暗殺者オファレルの原則 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/28 22:47登録) 当初題名から連想していたのは映画『レオン』のレオンの如く、日々の日課を欠かさず、1つのフォーミュラのように固持して生活する内省的な暗殺者を思い浮かべていたが、さにあらず、家族みんなに頼りにされる模範的な父親・夫という人物だったのが意外だった。 このオファレルという暖かな家庭を持ち、規律正しい生活を信条とし、なおかつ潔癖とまで云える正義感を備えた暗殺者というこの設定がこの作品に厚みを持たせている。通常の小説で語られる精密機械のような感情の持たない暗殺者、人殺しに無上の喜びを感じる歪んだ性格の持ち主ではなく、このような生真面目な人物を設定したところにフリーマントルのアイデアの冴えを感じる。 が、最後の締めくくり方は非常に気分が悪い。 読後、しばらく声がでなかった。 最近読んだ本の中では、最も後味の悪い結末だ。 何を語りたくてあのような結末にしたのか、全く以ってフリーマントルの意図が理解できない。この作品を著した当時、家族間に何か問題があったのか、そう勘ぐってしまうほどの結末だ。 もう少し救いがあっても良かったのではないか、フリーマントルよ! |
No.515 | 7点 | 第五の日に帰って行った男 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/27 22:17登録) 亡命者をテーマにした5つの短編を集めたもの。 亡命者が亡命する際の緊張感、どのような緻密な計画を立てるのか、果たして成功するのか否かというのが亡命物のメインとなるのだが、短編である本作においてはその辺が軽く書かれており、フリーマントル自身、短編である事を意識して最後のどんでん返しに主眼を置いて著したようだ。 しかし彼お得意のどんでん返しも長編の焼き直しのような感じがして、物足りない。 この作者、やはり長編向きだと思う。 |
No.514 | 7点 | BRAIN VALLEY 瀬名秀明 |
(2009/04/26 20:01登録) 世に「理系ホラー」なる新語を定着させた衝撃のデビュー作『パラサイト・イヴ』では遺伝子工学の観点からミトコンドリアを題材にした瀬名氏が今回取り上げたテーマは題名にあるようにずばり脳。しかし本書ではこの未知なる領域、脳について様々な方向からアプローチを行い、一大叙事詩を繰り広げている。 “お光様”なる民間伝承、エイリアンによる誘拐(アブダクション)体験、さらには臨死体験からサイバースペース内で培養される人工生命へ、そして動物とのコミュニケーションの確立と物語は多岐に渡るが、瀬名氏は巧みにこれらを論理的にある一点に収束させていく。 が、しかし最後に明かされる“お光様”で、これら緻密な論理の牙城がいきなりぶっ飛んでしまった。ここまで堅牢無比かつ高度な論理的ホラーを築き上げておきながら、最後に説明のつかない物を持ってくる瀬名氏の意図が解らない。ある意味、暴挙とも云える。 最後の最後で悪い意味で裏切られた。残念。 |
No.513 | 7点 | クレムリン・キス ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/26 00:03登録) 本作のテーマはCIAとMI-6の諜報員同士のソ連の大物政治家の亡命を巡っての、丁々発止のやり取りなのだが、実は物語が動き出すのは全体の3/4当りに差し掛かった頃で、それまで本作ではモスクワに送られた各国スパイ達の交流とその夫婦生活と奥さん連中の内緒話、三角関係、遠距離恋愛といった、非常に通俗的な内容。 しかしこれが非常に面白い。スパイも家庭問題を抱えるのだね。息子が非行に走り、急遽勤務先から舞い戻ったりと大変なのだ。 実は個人的にはこの作品はこういう普段語られることのないスパイの生活を描くところで終わって欲しかったのだ。というのも本作に仕掛けられた最後のサプライズはあまりに唐突過ぎるからだ。技巧派のフリーマントルにしてはちょっと説明不足といった感じが拭えない。 今回はどんでん返しというよりも辻褄併せのような感じがした。実にフリーマントルらしくない歯切れの悪い結末だ。 |
No.512 | 9点 | 亡命者はモスクワをめざす ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/24 20:05登録) 本作では前作でとうとう捕まってしまったチャーリーの獄中生活から始まるのが興味深い。各国の諜報部員達の裏をかき、自らが生き延びることを信条とするチャーリーだが、刑務所内ではその闊達ぶりは全く見られない。 逆にチャーリーの脱獄の手伝いをするためにわざと投獄された若き情報部員サンプソンに刑務所内で地位が逆転し、助けを請う始末。シリーズを読み続けている者にとっては、あまり面白くない展開だ。 しかし脱獄してからスパイ学校の講師になったチャーリーは彼が真に一流のスパイである事が解るエピソードだ。やっぱ、チャーリーはすごいわ。 そして本作から最新作までチャーリーと運命を共にする女性ナターリヤが登場する。このときは彼女とチャーリーとの恋は一過性のもので、単なるシリーズのアクセントでしか思っていなかったのだが、いやぁ、こんなに関係が続くとは思わなかった。 そして本作では驚愕の結末が待っている。チャーリーの報復には報復を、という性格と、物語全体に仕掛けられたある企みがマッチして、ものすごい効果を挙げている。私は最後、鳥肌が立ったものだ。 いやあ、この作品はシリーズの大きな分岐点だったんだなぁと後になって思った次第。 |
No.511 | 8点 | 罠にかけられた男 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/21 23:12登録) いやあ、痛快、痛快。やはりこのシリーズでの筆致は一線を画すほどの躍動感がある。 チャーリー・マフィンの常に人を喰ったような策士ぶりは健在。いや、それどころか組織に属していない分、上司に縛られていないので、むしろ更に狡猾さが増した感がした。特にFBIのテリッリ捕縛作戦にロマノフ王朝切手コレクションがダシに使われることを摑んでからのFBIとのやり取りと、その作戦に一役噛んでいる上院議員コズグローブとのやり取りの面白い事、面白い事。 権力ある者に屈せず、むしろその権力を嵩に横暴を貪る者達を嘲笑するように振舞うチャーリーの姿には、上司-部下の上下関係に逆らえないサラリーマンの、こうでありたいという姿であり、溜飲が下がる気持ちがした。 そして今回、チャーリーの敵役のペンドルベリーも、いやはやなかなか面白い人物である。この男は、FBI版チャーリー・マフィンであり、チャーリー自身も自分と同じ匂いを嗅ぎ取る。 この男の水をも漏らさない計画に穴を開けるのが、このチャーリーというのがまた面白い。丁々発止の頭脳戦は似た者同士の騙し合い合戦そのものであり、これが今回の物語のメインディッシュとしてかなり美味しいものだった。 魅力ある登場人物が増え、どんどんシリーズの世界が広がっていく。今後のシリーズの行く末が非常に愉しみだ。 |
No.510 | 8点 | 黄金をつくる男 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/20 22:36登録) フリーマントルの手による経済小説である本書は、従来、彼の得意とするエスピオナージュの手法を存分に取り入れており、主人公である多国籍企業の会長を縦横無尽に世界中を駆け巡らせ、丁々発止の駆け引きをさせる。 昔、某滋養強壮剤のCMコピーに「24時間戦えますか?」というのがあったが、本書の主人公で南アフリカの鉱山会社会長のコリントンは文字通り、24時間戦う会長だ。 不眠不休で世界中を駆け巡り、情報を収集し、状況を好転させる。 このコリントンのあまりのスーパーマンぶりに失笑を禁じえなかったが、その辺はフリーマントル、危ういところで読者との距離感を埋めている。仕事はすごいが、女性と家庭には不器用な男という肖像をきちんと描いており、なかなかである。 作品が書かれたのは80年代初頭とかなり古いが、それでも世界経済の情勢を知る上でもかなりの情報が詰め込まれており、非常に勉強になった。 |
No.509 | 5点 | ディーケンの戦い ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/19 20:01登録) かつて勇名を馳せつつも相次ぐ敗訴で自信喪失中の弁護士ディーケンが武器商人らの取引に巻き込まれ、翻弄されるというお話。 とにかくなんとも救いのない話だ。 本来こういう設定ならば、ディーケンという男の復活をストーリーの軸にするのが定石だが、本作では違う。もうそれこそボロ雑巾のようにこき使われるだけなのだ。 しかも彼の行動原理となっているのは誘拐された妻を救うところにあるが、この妻の成行きも実に意外な方向に展開していく。 こういう小説はシニカルな面白さを求めれば楽しめるのだろうけど、私は爽快感を求めたが故に、悲壮感が最後残ってしまった。 特に最後にはフリーマントルならではといった仕掛けが明らかにされるが、ちょっと出来すぎのような気がして、それもまた十全に楽しめなかった一因となった。 |
No.508 | 7点 | 英雄 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/19 00:43登録) ダニーロフ&カウリーシリーズ第2弾。 アメリカで起きたロシア大使館員射殺事件を発端に、再び2人がコンビを組んで米露共同捜査に当る物語。捜査は次第にロシアマフィアとの抗争に巻き込まれていく。 やはり物語の主眼はアメリカ側のカウリーよりもロシア側のダニーロフに割かれており、これがかなり読ませる。 特にロシアマフィアと民警、大使館員らの癒着の有様を読むとロシアの政治が絶望的だという感を強くする。 しかし、全体的に冗漫だと感じた。特にマフィアと繋がっているダニーロフの悪友コソフや上巻で道化師役を割り当てられるメトキンの二人の狂言回しが長すぎる。これもダニーロフの人物像を深めるためのエピソードなのだろうが、なかなか核心に行かず、焦れた。 こういう冗漫さを感じるところが傑作と佳作の壁なのだろう。面白いがその面白さが突き抜けなかったなあ。 |
No.507 | 8点 | 猟鬼 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/17 22:32登録) ダニーロフ&カウリーシリーズ第1作目。 アメリカの政治原理とロシアの政治原理が交錯するやり取りは正にフリーマントルの真骨頂なのだが、今回はそれだけでなく、全編に事件解決の手掛かりが周到に散りばめられている、一種本格ミステリの要素も含まれている。 ここにフリーマントルのこのシリーズに賭ける意気込み、並々ならぬ創作意欲の迸りをびしびし感じた。まさに記念すべき新シリーズの幕開けだと云える1作だ。 今回、作者フリーマントルがロシア民警の警官とFBIエージェントを組ませて捜査を行うこの設定を思いついたのは単純に犬猿の仲とも云える相反する両国のミスマッチの妙と、水と油の関係の二国のそれぞれに属する者同士が国の利害を超え、結ばれる友情を描きたかった、それだけではないだろう。 90年代後半に起きたソ連の民主化政策、グラスノスチとペレストロイカという二大ムーヴメントによってもたらされた欧米的生活様式と価値観。それはまた同時に犯罪の欧米化を促す事でもあったのだ。 従って、今まで官吏が独裁的に行う犯罪捜査では解決しえない類いの犯罪も頻発する可能性があり、それを解決すべく東側もアメリカ式の犯罪捜査システムの導入が必要になる。こういった洞察からこの二国間のそれぞれの腕利きが協力し合うという構想が具体化していったに違いない。これこそ、フリーマントルの素晴らしき慧眼だといえる。 しかしそれにも増して物語に深みを与えるのが主人公2人の私生活に落とす翳だ。 英雄足りうる彼らも人並みに失恋し、不倫もするし、家庭内の不和という問題も抱える。それらがビシバシ情感に訴えてくる。 猟奇殺人事件のみならず、ロシア・アメリカ両国の政府に歴然と存在する政治原理のギャップ。そして主人公2人の苦悩など、読み応え抜群の1冊。 |
No.506 | 7点 | 十二の秘密指令 ブライアン・フリーマントル |
(2009/04/16 22:12登録) イギリスの対外情報機関「ザ・ファクトリー」に潜入した二重スパイの捕縛をテーマにした12の連作短編集。その内容は二重スパイの誤認、ロシアからの亡命者の話、潜入中の工作員の救出、ロシアへのスパイ派遣、首相のインサイダー取引疑惑事件、世界的経済壊滅事件、ロシア皇帝の末裔の話などヴァラエティに富んでいる。 財政のスペシャリスト、度胸満々のアラビア語を操るエージェント、暗号解読のスペシャリストなど、実に魅力的。こういった微に細に渡ったエージェントの諜報活動を読むのは、非常に胸を躍らさせ、これぞ読書の醍醐味というのを味わった。 ただサプライズのために用意されていたのだろうが、ラストのどんでん返しは余計な設定だった。 こういうところが職人作家のいらぬサービス精神なんだよなぁ。 |