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ミステリの祭典

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Tetchyさんの登録情報
平均点:6.73点 書評数:1631件

プロフィール| 書評

No.931 7点 緋文字
エラリイ・クイーン
(2011/05/02 18:46登録)
本書は短編では名(迷?)コンビとして数々の事件を解決しているニッキー・ポーターがパートナーとして登場し、エラリイの助手を務めた初めての長編作品である。そしてそのコンビが挑む事件はなんと浮気調査。本格ミステリの探偵らしからぬ事件である。

どこに推理の余地があるのか、本格としてのサプライズとクイーンのロジックが入り込む箇所はあるのか、実に判断しにくい題材と事件だが、一見普通の事件に見える事象にも論理の光を当てることでサプライズを引き起こすことが出来ることをクイーンは試みたのではないだろうか。

そして最後に知らされるのはこの題名さえもがミスディレクションとなっていることだ。つまり本書はホーソーンの作品があまりに有名な作品であるがゆえに起こる先入観や既成概念を上手く逆手に取って描かれたミステリなのだ。長編20作以上超えてなお野心的な試みとアイデアでミステリを突き詰めようとする作者の姿勢に感心する。

本格ミステリの方向と可能性を追求し続けた作者のチャレンジ精神は上に述べたように非常に素晴らしいと感じる。しかし読後にそれは気付かされる文学的業績と創作アイデアなのであって、必ずしもそれが物語としてミステリとしての面白さに通じているかはまた別の話だけどね。


No.930 3点 このミステリーがすごい!2011年版
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2011/04/30 21:36登録)
国内はもはやベテラン作家となった貴志祐介氏が『悪の教典』で2010年のミステリシーンを制した。角川ホラー大賞受賞作家でありながら、ジャンルを問わずに常に新たな挑戦を続ける作家の成果がようやく認められるようになったことは嬉しい。最近感じていた、過去の業績を含めての評価ではなく、純粋に作品に対しての評価のようで嬉しい。
そして御大島田荘司が2位に食い込んだのが望外の結果だ。しかも歴史ミステリである『写楽 閉じた国の幻』でのランクインというのがすごい。御手洗物、吉敷物での評価が高く、その他のノンシリーズ物ではさほど注目もされないような傾向であっただけに、この結果は素晴らしい。御年60を超えてなおその創作意欲と新たなるジャンルに挑戦する意気込みの盛んなところは新本格作家を筆頭に後続の本格ミステリ作家達は襟を正して手本とすべきだろう。
もはや常連となった伊坂幸太郎、三津田信三、宮部みゆき、芦辺拓、京極夏彦もランクイン。さらには麻耶雄嵩、倉知淳、馳星周、貫井徳郎も久々にランクイン。しかも寡作家麻耶氏は2作がランクインと恐らく今後はないであろうという記憶すべきランキングとなった。
そして世のミステリファンが口を揃えて絶賛する大型新人梓崎優氏もそれを裏付けるかの如く3位にランクイン。彼を筆頭に初ランクイン作家が円居挽、須賀しのぶ、深町秋生、桜木紫乃と5人もランクインした。今後の活躍に注目していこう。

海外に目を向けると出せば好評をもって迎えられる感のあるキャロル・オコンネルがとうとう『愛おしい骨』で1位を獲得した。サプライズに加え、読ませる丹念なストーリー作りをする作家のようで、今後読みたい作家だ。
2位には久々のボストン・テランがランクイン。国内紹介2作目がコケたのでもう訳出されないと思っていたが、見事復活。前年のウィンズロウのように今後も訳出が加速されるかもしれない。
そしてその我がウィンズロウは『フランキー・マシーンの冬』(好きだ!)で4位にランクイン。基本的には重苦しい『犬の力』よりもこちらのオフビートな作風が好きなので、評価されたのは嬉しい。これで今後もウィンズロウが読める(笑)。
他にはランキング常連作家マイクル・コナリー、ジェフリー・ディーヴァー、サラ・ウォーターズ、ヘニング・マンケル、トマス・H・クックも順当にランクイン。また常連となりつつあるジョン・ハートも評価が高い。クックのランキングが下がりつつあるのが気になるが。
マイケル・バー=ゾウハーの『ベルリン・コンスピラシー』のベスト20圏外は個人的には哀しかった。非常に読ませる作品です。ぜひ多くの読者に読んでほしい。

とまあ、ランキングは個性的でしかも数年に一度の豊作の年でもあったわけだが、面白いところはこれと座談会だけ。今年もその年のミステリシーンの傾向と注目すべき新人作家を紹介するような熱のこもったコラムがなく、単に水増しに過ぎない『このミス』大賞作家の書き下ろし短編が収録されている。こんなものでページが厚くなるなら寧ろ要らない。今後は自炊してこの短編部分を全て破棄して電子化しようかとまで思っている。
早く編集方針を変えてほしいものだ。明らかに商業主義の匂いがプンプン漂う。なんか紙質も以前より薄くてペラペラではないか?こんな『このミス』はイヤだ!


No.929 6点 虹を操る少年
東野圭吾
(2011/04/29 22:10登録)
何といっても光楽という光と音楽を絡めた芸術と主人公白河光瑠の造形に尽きる。光楽が人を魅了していく過程とその光楽の真の目的が遺跡などに表現されている事象に結びついていくことは面白い。
そして天才児白河光瑠の全てを達観している姿勢と視座。全てをあるがままに受け入れながらも、将来を見据え、そのためには自分が犠牲になっても踏み台になっても構わないと思うキャラクターは正に天才だ。

本書におけるメッセージは異端児はマジョリティである一般人に淘汰される人間の愚かさに対する警鐘だ。突出した能力を持つ者は時にはもてはやされ、時代の寵児となるが、安定を求める支配層にとっては自らの地位を脅かす膿であり、排除すべき存在にしか過ぎない。しかしそれは人類の進化を停滞する愚行だと光瑠は述べる。それは深読みすれば江戸川乱歩賞作家として作家デビューしながら本格ミステリに留まらず色んなジャンルを描き、「明日のミステリ」を模索する作者自身の秘められたメッセージなのかなと思ったりした。

これだけ読ませる物語を書きながら、最後が唐突終わってしまうのが勿体無い。これ以上書くことは蛇足にしか過ぎないとする作者の潔さともいえるが、やはりいい作品だっただけにもっと余韻がほしかった。


No.928 7点 美貌の帳
篠田真由美
(2011/04/25 22:04登録)
シリーズの第二部の幕開けとなるのが本書。桜井、深春は大学を卒業し、定職につかず、趣味と実益を兼ねたアルバイトに従事するフリーターとなっており、蒼は高校へ進学している。また原点回帰という意味か、第1作『未明の家』で登場した杉原静音、遊馬朱鷺、雨沢鯛次郎らが再登場する。また蒼と京介の邂逅の時を描いた『原罪の庭』で登場した門野貴邦もカメオ出演する。

本格ミステリとしての謎解きのエッセンスは相変わらず薄い。寝間着を裏返しにしたまま自殺した死体や夜中に焼身して死を遂げる支配人や劇中に腹部にナイフの刺され傷が現れる女優など、奇怪な謎は提示されるものの、そこに主眼はなく、従来の作品同様あくまで主題は建築とそれに纏わる人々の愛憎がメインになっている。特に双璧を成す遠山の兄の不審死に纏わる寝間着を裏返しにして死んでいたという謎の真相は観念的で、ガッカリした。

しかし深春や蒼の過去の事件を経てから篠田氏のこの物語世界の描き方は以前よりも濃密に感じるし、少女マンガのステレオタイプのように感じた登場人物像も立ってきて厚みが増したように思う。ただ物語に流れる諦観めいた陰鬱さは相変わらず。この暗さがもう少し解消されればいいのだが。個人的には深春と京介の邂逅を描いた『灰色の砦』のテイストを望みたい。
ただ建築に携わる者から云わせてもらえば、2ヶ月程度で建物が未完とはいえ内装まで仕上げられるというのは無理にもほどがある。特に鹿鳴館ほどの規模であれば尚更だ。突貫工事でもコンクリートの養生期間なども必要なのだから複層階の建物であそこまでは仕上がらない。建築に造詣が深い作者ならばこの辺の現実にはもう少し配慮してほしかった。


No.927 3点 沈黙への三日間
フランク・シェッツィング
(2011/04/18 21:50登録)
1999年6月に行われたケルンサミットにおける米国大統領暗殺計画が本書のおけるメインテーマだ。この暗殺計画が作者の創作物か否かは判らないが、これをモチーフに女性暗殺者と物理学者の対決という図式を描き出した。

シェッツィングの小説はしばしば取り上げるテーマについてかなりのページを割いて語られるのが特徴だが、本書ではこの兵器の技術や専門知識についても相変わらず詳述される。それはあまりに専門過ぎて読者の理解度を考慮することなく、滔々と語られる。理解できない奴はついてこなくてもよいと云っているかのようだ。
特に本書は果たしてこれだけのページを費やす必要があったのか、甚だ疑問だ。とにかく無駄に長いと思わされるエピソードが多すぎる。

相変わらずの情報過多ぶりで引き算の出来ない作家だなぁというのが読後の感想だ。正直に云ってこの手の暗殺謀略物はストーリーは定型化されているので、後はどう語るかが鍵となる。私の好きなバー=ゾウハーならばこの半分以下の分量でもっと起伏に富み、ミステリマインドに溢れた作品に仕上げてくれるだろう。訳が悪いのかもしれないが、いまいち物語に没入できないところも相変わらずである。今回も残念ながら徒労感を覚える読書だった。


No.926 7点 監禁
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/04/05 21:53登録)
アーロン・マシューズという敵役が実に凶悪で底知れぬ恐ろしさを兼ね備えた人物だ。十代の頃に父親を凌ぐ説教を行う神父の卵として数々の信者から篤い信仰を得、さらに独学で心理学の書物を読み漁って無免許のセラピストとして開業もしている。そのため無敵なまでの腕力を誇るわけではなく、相手の心理を読み取り、信頼感を抱かせる声音を使って、追跡者を出し抜き、あの世へ送るサイコキラーなのだ。どんな人間も心の弱いところを突かれると冷静さを失い、いつもの自分の実力の半分も出せなくなる。アーロンは人が持っている心の弱い部分を探り、その隙を上手く突いて相手の一枚も二枚も上に行くのだ。通常の作品であれば残るべき登場人物が次々と一人、また一人と彼の手によって抹殺されていく。従来の連続殺人鬼のイメージを刷新するキャラクターだ。
そんな相手に対峙するのがかつて敏腕検事として鳴らしたミーガンの父テイト・コリア。彼はそのあまりに弁が立つため、その切れ味の鋭さからかつて陪審員を見事に誘導させて無罪の人間まで死刑にまで持っていった苦い過去を持つ。つまり相手の心理を読み、説得し、納得させることに関しては一流の男なのだ。人間の情理を操る2人の男の対決が本書の読みどころだ。

しかしもっと掘り下げて考えてみると、無実の罪の男を死刑に追いやるほどの説得力を持つ検事もまた、乱暴な云い方をすればある意味殺人者と云えるだろう。つまりテイト・コリアとアーロン・マシューズは表裏一体の存在なのだ。しかもお互いがお互いの正義に従ってそれを成しているところが共通している。検事であったテイトは法の名の下、犯罪者を死刑にするため、弁舌を揮う。牧師であったアーロンは神の名の下、信者が自ら死を選ぶよう、人の心を揺さぶる声音で導く。それぞれが善を司る職業に従事しているだけにこれは怖い。

そしてこの類稀なる頭脳を持った人間同士の戦いという構図は後のリンカーン・ライムシリーズの萌芽を感じさせる。そういった意味では本書が後のディーヴァーマジックの源泉と云えるのかもしれない。


No.925 6点 犯罪カレンダー (7月~12月)
エラリイ・クイーン
(2011/03/30 21:40登録)
前作『~カレンダー<1月>~<6月>』で久々に初期の知的ゲーム的面白さを堪能でき、本書においても同様の愉悦を期待したが、いささか失速感があるのは否めない。作品に瑞々しさがなく、作者クイーンの息切れが行間から聞こえてきそうだ。

そしてこの両短編集は趣向的、内容的にも対を成しているように感じた。
一番顕著なのは先の短編集に収録されている4月の「皇帝のダイス」とこちらの9月の事件「三つのR」の近似性だ。他にもキャプテン・キッドの隠した財宝の在処をキッドの暗号から探り当てる「針の目」は2月の事件「大統領の5セント貨」でエラリイがジョージ・ワシントンが隠した遺品を当てるという、歴史上の人物が残した暗号にエラリイが挑戦するという図式が共通している。さらにネタバレになるが「マイケル・マグーンの凶月」と「クリスマスと人形」も犯人が依頼人だったという点で共通している。

あえて個人的ベストを挙げるとすると「殺された猫」か。ストーリーに溶け込ませた何気ない描写が最後に犯人特定のロジックの決め手となるとは思わなかった。こういう無駄のない作品を読むと本格ミステリの美しさを感じる。

しかしクイーンが意外とヴァリエーションのないことに気付かされた、ちょっと寂しい読後感だった。


No.924 7点 むかし僕が死んだ家
東野圭吾
(2011/03/24 21:50登録)
(若干ネタバレあり)
ある家で何が起きたのかを残された手がかりで解き明かす男女2人の物語。その過程は非常にスリリングだ。

特に家=墓という発想はなかなか面白いものだと思った。特にコテコテの本格ミステリの体裁でなかっただけに意外なところからのパンチという感じがした。さらに家中の部屋が背広の海中時計に至るまで全て11時10分を指し示して止まっていたこと、家の中には明らかに生活をしていた形跡があり、飲みかけのコーヒー、勉強途中の開かれたノートなど、何かの事情で中断されたような様子だったこと、そして残された名前御厨佑介君の使っていた教科書は23年前の物だったこと、誰かが住んでいた形跡があるのにもかかわらず、冷蔵庫以外の家電が見当たらないこと、などの謎がその設定で全て納得できてしまう。

本書を読み終わったとき、結城昌治氏の『幻の殺意』を思い浮かべた。今まで生きてきた人生とはなんとも危ういバランスで成り立っており、それは一種の幻のようなものなのかもしれないとその作品では語られているが、本書の底に流れるメッセージも共通している。今までの作品でも東野氏の作品は読後何か苦いものを残していたが、本書ではそれがいっそう濃く感じた。感情の層のもっと深いところにある部分をテーマに持ち出した作品、そんな風に感じた。
300ページ足らずの佳作だが、心に残る思いは思いの外、苦かった。


No.923 7点 原罪の庭
篠田真由美
(2011/03/20 19:28登録)
シリーズ当初から謎にされていた蒼と京介との邂逅が語られる。
本書でテーマになっているのが幼児虐待。つまり蒼が虐待を受けて育てられたのだが、これほどまでに過酷な過去があったとは思わなかった。というよりも彼のキャラクターに厚みを持たせるためにおよそ考えうる虐待を彼に注ぎ込んだという嫌いもせんではない。

物語は状況的に蒼の犯行としか思えない密室事件を桜井が解き明かすというものだがこの設定を読んで思い浮かべるのはクイーンのあの名作である。つまり本書は篠田氏の作品群における代表作とせんと臨んだ意欲作だ。

最後に蛇足的重箱の隅をひとつ。
第一容疑者である香澄を二重人格者と神代教授が疑うことについて、京介がいまどき多重人格というネタは今では古臭い手だと一蹴する場面があるが、作中の時代は主題である薬師寺家事件が起きた1986年の3年後の1989年である。巷間で多重人格者が話題となるきっかけとなったダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』が訳出されたのが1992年。つまり作中年よりも3年も後のことで、この作品以降多重人格物がドラマ、映画、小説、ノンフィクション、マンガなどあらゆるメディアで取り上げられるようになった。この記述は篠田氏の明らかな調査不足であろう。文庫化の際にこれは修正してほしかった。


No.922 8点 フランケンシュタイン 野望
ディーン・クーンツ
(2011/03/19 20:35登録)
クーンツの手によるフランケンシュタイン譚。メアリー・シェリーのオリジナルをリメイクするのではなく、彼女が生み出したフランケンシュタインが実は現実の産物であり、その人造人間、そして創造主であるフランケンシュタイン博士が今なお21世紀の世に生きているというパスティーシュになっている。
正直に云って、最初は全く期待していなかった。今更フランケンシュタイン?クーンツも他の作家からアイデアを拝借するなんて衰えたか?そんな侮りめいた先入観を抱いたが、読後の今、己の不明を恥じる思いで一杯だ。
これは面白い!最近読んだクーンツで面白かったのはオッド・トーマスシリーズの第1作だったが、本書はそれに次ぐ面白さと云えるだろう。

全くノーマークだった本書が予想外に面白かったのは収穫だ。
クーンツ未だに枯れず。
版元には一刻も早く次作の訳出を願う。


No.921 4点 眠れぬイヴのために
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/03/10 21:35登録)
ディーヴァー自身が作者人生の転機となった作品と述べたことで期待値を高くして望んだが、その出来栄えは凡百のミステリと変わらず、寧ろそれまでのディーヴァーの作品の中にもっと光るものがあったように感じた。

追う者と追われる者という設定から往年のクーンツ作品を思い出した。『邪教集団トワイライトの襲撃』、『ウォッチャーズ』など彼の傑作はこの手の作品が多い。
従って本書もその出来栄えを期待したが、それらと比べるといささか劣るというのが正直な感想。その先入観だけでなく、本書は随所に「クーンツらしさ」というのがそこここに見られる。
敵役であるマイケル・ルーベックの造形。巨躯で怪力を誇り、精神分裂症にもかかわらず、機転で追っ手を撒くしたたかさを持っている。
またルーベックを追う者のうち、元警官のトレントン・ヘックは犬を飼っており、このエイミールという犬に絶大なる信頼を持っている。この犬が物語のアクセントになっているのもクーンツ色を感じる。そう、まるでクーンツが著した『ベストセラー小説の書き方』をテキストにして書いたような錯覚を受けた。


No.920 7点 犯罪カレンダー (1月~6月)
エラリイ・クイーン
(2011/03/01 22:10登録)
クイーンのいるところ犯罪有り。本書は1年を通じてその月に起きた事件を綴った短編集。各編はその月の出来事に関連している。

月ごとの特色が十分にプロットに活用されているかといえばそうとは云えない。寧ろ各月の記念日や祝日、そして由来をアイデアのヒントに物語と綴ったという色が濃い。プロットと有機的に組み合わさっているのは「皇帝のダイス」ぐらいか。

しかしなんといっても本書ではクイーン初期のロジック重視のパズラーの面白さが味わえるのが最大の読みどころ。それぞれ50~60ページという分量で語られるそれぞれの事件は無駄がなく、作品もロジックに特化された内容で引き締まっている。

個人的ベストは「くすり指の秘密」。このクラスの作品があと2作収録されていればもうちょっと点数を割り増ししただろう。


No.919 9点 本格ミステリ・フラッシュバック
事典・ガイド
(2011/02/27 01:34登録)
清張以後=綾辻以前の期間1957年から1987年までに発表された本格ミステリの秀作を作家と共に一冊に纏めたのが本書。

新本格ムーヴメント以前のミステリ界は社会派ばかりが発表されて本格ミステリを書くこと自体が罪であり、売れない小説を書くことが出版社からも許されなかったと云われていたその期間にこれほど多くの作家と本格作品が生み出されているとは今でも思わなかった。いかに先入観を植え付けられていたかという証拠だろう。

日本のミステリ史の資料としてだけでなく、なにより洪水の如く生み出される出版物の荒波の中に葬り去られるには惜しい隠れた名作を思い出させるためにも実に貴重な1冊だ。
正に好著。ずっと手元に置き、自分に合った新たな作家の発掘に役立てよう。


No.918 7点 怪しい人びと
東野圭吾
(2011/02/25 22:43登録)
個人的ベストは「灯台にて」。このブラックなテイストと読後感はなかなかいい。なんと経験談でしたか。迫真性があるわけだ。
そして工場勤めの経験ある私の主観を交えて「死んだら働けない」が次点となる。また「甘いはずなのに」も印象に残った。

しかし軽めの短編集であることには間違いなく、加えて東野の読みやすい文体もあって、印象に残りにくい作品になっている。物語の世界に引き込む着想と展開は素晴らしく完成度が高いだけになんともその辺が惜しいと思う。
出張の新幹線の車中で暇つぶしに読むのにもってこいのキオスクミステリだ。


No.917 5点 溺れる人魚
島田荘司
(2011/02/23 22:14登録)
世界を舞台にしたミステリ短編集とでも云おうか。番外編とも云うべき「海と毒薬」を除いて1作目の表題作はポルトガルのリスボン、2作目の「人魚兵器」はドイツのベルリン、3作目の「耳光る児」ではウクライナのドニエプロペトロフスクが主要な舞台となっており、それ以外にもコペンハーゲン、ウプサラ、ワルシャワ、モスクワ、シンフェロポリ、サマルカンドも舞台となっており、短編という枚数からすればこの舞台の多彩さは異例とも云えるだろう。作者の意図は世界で活躍する御手洗潔を描きたかったのではないだろうか。

21世紀本格を提唱する島田は現代科学の知識をミステリの謎に溶け込ませているが、こういった謎は知的好奇心をくすぐりはするものの、それを謎のメインとされると読者との謎解き対決とも云える本格ミステリの面白みが半減するように感じる。しかしいい加減私も島田の作風転換に馴れなければならないだろうけど。

本書は一見バラバラのような短編集に思えるが、実は一つのモチーフが前編に語られている。それは人魚。人魚といえばデンマークの国民的作家として歴史に名を残したアンデルセンの『人魚姫』が有名だが、島田が本書でその人魚をモチーフに選んだのは物語作家宣言を仄めかしているように感じたが、考えすぎだろうか。


No.916 5点 死の教訓
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/02/17 19:54登録)
大学生がカルト殺人鬼ムーン・キラーに殺されるという事件を主軸に捜査主任のビルの家族の問題と大学の苦しい財政事情とドロドロした学生と教授との淫欲関係を絡めて物語が進行する。
その実、サイコキラー物と見せかけて、ディーヴァーはそのジャンルに異を唱えるような展開を見せる。これはその頃(本書が書かれたのは1993年)に流布していたサイコ物に対するアンチテーゼなのかもしれない。
しかしこれは失敗作だろう。

《以下ネタバレ》

それは犯人である大学教授ギルクリスト=セアラの家庭教師ベン・ブレックという仕掛けだ。しかしもしそうならば明らかに矛盾が生じるのだ。なぜならばビルの家に出入りしているベンは警護のために家に張り込んでいる同僚のジム・スローカムに顔を見られているからだ。ジムが犯人として追っているギルクリストの顔を知らないわけがない。
そう異を唱えようとしたが、やはりディーヴァーもそれに気付いていたのか、一度はビルにベン=ギルクリストと云わせ、それを覆す結末にしている。しかしそれがために非常に座りの悪い終わり方になっているのだ。セアラの係り付けの精神科医パーカーにも「そういえばビルの家族のことにやたらと詳しかった」などという仄めかしもさせているし、おそらくディーヴァーはこれを最後の仕掛けとして用意していたのではないか。しかし上の理由から捨てざるを得ず、結局どんでん返しを元に戻すような犯人にしてしまった、そんな風に私は推測する。その無念が最後の方のビルの「ブレックというのは何者だ。こっちがききたい」という独白に集約されているように感じた。


No.915 8点 2011本格ミステリ・ベスト10
雑誌、年間ベスト、定期刊行物
(2011/02/12 22:35登録)
当初の創作姿勢を崩さず、10位までの作品は見開き2ページに亘ってじっくりと作品について語り込み、ラノベや映画、コミックにゲームと他ジャンルに介在するミステリ物について愚直なまでに語っている。正にその年のミステリを総括するに相応しいムックである。もはやミステリに耽溺する者が手に取るべきは『このミス』よりも『本ミス』であるというのは過言ではないだろう。

確かに本格ミステリに特化した内容であることが狭義のミステリしか論じられていないという欠点はあるので未だに『このミス』に比べれば発行部数にはまだ開きがあるのは否めないが、実にミステリ愛に満ちたムックである。私は『このミス』よりも本書の出版を心待ちにしている。

ただ相も変わらず海外本格ベスト20の扱いが小さいこと。これも日本本格ミステリと同列に扱われない限りは評価に満点はつけ難い。この辺についてはその愚直さを捨てて欲しいのだが。


No.914 7点 灰色の砦
篠田真由美
(2011/02/08 21:50登録)
桜井京介と栗山深春邂逅の物語。彼らがまだ大学1年生で輝額荘という下宿屋に一緒に住んでいた頃の話だ。シリーズがある程度進むと、シリーズのゼロ巻目ともいうべき過去に遡った話が書かれるが、この作品もまさにそれ。しかし悔しいかな、こういう作品はなぜか面白い。

そして肝心の事件だが、今回は犯人は解ってしまった。作者の散りばめたヒントは実にあからさまとも云うべき親切なものであり、確かにこの作品は桜井が謎解きをする前に解る。逆にこれだけ解ると作者との推理ゲームに勝ったという愉悦があり、その分評価も甘くなってしまう。

とにかく本書はやっとこのシリーズの世界に浸れた作品である。桜井と栗山の最初の物語を知ることで以前にも増してこの後のシリーズを愉しめそうな気がする。あとは妙なBLテイストが無ければいいのだが。


No.913 7点 ブラディ・リバー・ブルース
ジェフリー・ディーヴァー
(2011/02/02 21:44登録)
まだ2作目だが、映画のロケーションスカウトであるジョン・ペラムのシリーズはその職業の特異性から常に見知らぬ町を舞台にし、そこで彼が”A Stranger In The Town”という存在になり、町中の人間から注目を集め、忌み嫌われて四面楚歌になる状況下で物語が繰り広げられるといった内容になっているのが特徴だ。特に彼が町中の人間から注目を集めるのに、映画産業という華やかな世界に身を置いていることが実によく効いている。この設定は実に上手いと思う。

そしてこの作品には後のディーヴァーの技巧の冴えの片鱗が確かにある。特に後半の読者の先入観を見事に利用した人物の描き方による仕掛けは実に素晴らしい。

最後のシーンを読んだ時、私には次の一文が頭を過ぎった。
“警官にさよならをいう方法はいまだに発見されていない”
レイモンド・チャンドラーのある有名な作品の最後の一行だ。チャンドラーが込めたこの一文の意味とディーヴァーの描いたラストシーンのそれは全く違うものだが、ディーヴァーはこの一文を美しい風景へと昇華させてくれたように感じた。


No.912 7点 帝王死す
エラリイ・クイーン
(2011/01/26 21:40登録)
今までのクイーン作品の中で最も舞台設定が凝っており、後期クイーンの諸作で深みが増した人間ドラマの一面にさらに濃厚さが増した、リーダビリティ溢れる作品だ。
しかもドラマチックな設定の中、密室で銃で撃たれるという不可能犯罪が起こる。
しかしこの魅力的な謎の真相は正直期待外れの感は否めない。

そして忘れてはならないのは今回の事件に翳を落としているのはあのライツヴィル。

しかしなんとも暗喩に満ちた作品だ。ベンディゴ兄弟の名前はもとより、探偵クイーンに相対するのがキング。しかも題名は“The King Is Dead”。色々な意味合いが込められたこれらのメタファーに物語以上の重みが感じられてならない。

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