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ミステリの祭典

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よんさんの登録情報
平均点:6.58点 書評数:90件

プロフィール| 書評

No.50 7点 征服少女 AXIS girls
古野まほろ
(2023/09/25 13:16登録)
「終末少女 AXIA girls」の続編。今回は、天国から地球に向かう巨大な方舟のなかで怪死事件が連続する様が描かれる。
その謎を一人の天使が仲間とともに推理するのだが、その思考の量が圧倒的。この世界ならではの論理展開も新鮮で良い。その上で、全体の四分の三ほどの位置に置かれた読者への挑戦状を経てからの終盤が圧巻。
犯行の微細な部分から、果ては天国そのものにまで及ぶ多層的な意外な真相が連射される。細部の細部まで堪能するならば、前作から読むことをお勧めする。


No.49 6点 歩道橋シネマ
恩田陸
(2023/08/21 15:05登録)
映画「サイコ」のベイツ・モーテルのモデルとなったエドワード・ホッパーの絵画から語り手の個人的記憶につながり、それに関する謎が解かれるまでが流れるように語られる。
「線路脇の家」や、懐中時計消失事件の謎を追う「逍遥」、ある人物の奇妙な行動が終盤で理性的かつ冷酷なかたちで解明される「降っても晴れても」などのミステリ寄りの作品もあれば、一人称の語りが特徴的な「トワイライト」や、人間の想像力が無限だと感じさせる「楽譜を売る男」のようにコメディ色を帯びた作品もある。また「皇居前広場の回転」、「春の祭典」のように、ストーリーではなく一瞬の光景が印象的な作品もある。


No.48 7点 名探偵のはらわた
白井智之
(2023/08/21 14:48登録)
過去の大犯罪が現在に蘇った。男性性器切断事件や三十人殺しなど、昭和の大事件めいた事件が、現代において現代の人間によって繰り返されるのだ。その奇怪な事件に挑む名探偵を、助手的な立場の原田亘という青年の視点から描いているのだが、作者らしく紹介分以上にひねくれた物語である。
犯罪が現代に蘇る理由も、現代に蘇ったそれぞれの犯罪の関連も、名探偵と原田の関係も、想定外のアングルで想像を超越する。そこに丹念なアリバイ吟味や、人の手によるトリックが組み合わさり、意外で合理的な結末を経て、ほのかな成長の香りとともに着地するところが素晴らしい。


No.47 7点 透明人間は密室に潜む
阿津川辰海
(2023/08/21 14:32登録)
表題作の「透明人間は密室に潜む」は、透明人間が殺人計画をするが、犯行現場の密室から逃げ出すことが出来なくなる。「六人の熱狂する日本人」は、とあるアイドルのファン同士の殺人事件の裁判で、裁判員にもそのアイドルのファンがいて話が意外な方向に。「盗聴された殺人」は、超人的に耳のいい探偵事務所事務員が、探偵とともに盗聴器に録音された音から殺人犯を推理する。「第13号船室からの脱出」は、リアル脱出ゲームが題材。
アイドルもそうだが、現代らしいモチーフを扱っているのが新鮮。どれも登場人物がストーリーを進めるための駒ではなく、人間味を感じさせるのが魅力的。特に表題作は、想定外の動機が明かされ驚いた。


No.46 7点 悪人
吉田修一
(2023/07/20 13:54登録)
物語は、福岡市と佐賀市を結ぶ国道263号線の三瀬峠を中心に展開する。この場所の捉え方が作品のポイントだが、そこで保険外交員の若い女性が殺される。彼女はその夜、同僚二人と中洲の鉄板餃子の店で食事をした後、以前バーで知り合った大学生と会うと言って二人と別れるというのが発端。
だが、彼女が会う約束をしていた男は、大学生ではなく出会い系サイトで知り合った土木作業員だった。仲間に対する見栄でついた嘘が悲劇を招き入れる。
そして焦点化された人物と近い人物の一人称の語りが出てくるあたりから、一挙に加速していく。三人称的な描写と一人称的語りが絡み合って緊迫感を高めていくあたりは、作者の技量の高さを感じた。結末に近づくにつれ、その力に圧倒された。


No.45 8点 黒牢城
米澤穂信
(2023/07/20 13:42登録)
舞台は信長に反旗を翻した荒木村重が立てこもった有岡城。
この村で、見えない矢による殺人、夜討ちで上げた首級変じる怪、何もかも逆さまだと言われた庵の殺人と盗難、飛来する雷と銃弾の謎等々、様々な曲事が起こる。
人心の動揺を鎮めるべく、謎の解明に挑む村重。そして、この城には彼に比肩し得る頭脳の持ち主、稀代の軍師・黒田官兵衛。土牢に幽閉されつつも、すべてを見抜くか。
やがて、すべての謎は一本の太い線でつながり、ここで初めて歴史と不可能興味の作品テーマが浮かび上がってくる。何という知的ダイナミズム。歴史小説とミステリの融合が見事である。


No.44 6点 殺人容疑
デイヴィッド・グターソン
(2023/07/20 13:29登録)
殺人事件を契機として日系人カズオの過去が回想される。カズオも志願して戦場に赴く。
妻への「愛は深く、人生そのものを意味するが、しかし、名誉の問題を避けることはできない」、自分が戦争に行かなかったら、今の自分ではあり得ないし、妻に「愛してもらえる資格もない」と考え戦場に行き、ドイツの少年を射殺して魂がつぶされていく。この名誉と魂の在り方をめぐる葛藤がなんとも感動的である。


No.43 6点 江ノ島西浦写真館
三上延
(2023/06/12 13:46登録)
物語は新年早々、桂木繭が江の島を訪れる場面から始まる。昨秋亡くなった祖母の遺品整理で、家は百年間営業を続けた写真館だった。
遺品の中には「未渡し写真」の缶があり、繭は青年・真鳥とともに一つ一つの写真に秘められた謎を明かしていく。やがてそれは、繭自身の過去へとつながることになる。
時代も場所も異なるのに同じ青年が移っている四枚の写真、繭が大学入試の時に撮られた写真、土産物屋の主人が探るキャビネットの謎、二人の男性が並ぶ記念写真の秘密など、四話形式であるけれど、どれも緩やかに、だが主題的には緊密に支えあう内容になっている。
謎自体が小粒だし、大胆な展開もないに等しい。それでも落ち着いた艶やかな叙情は美しく心地よい。


No.42 7点 闇に香る嘘
下村敦史
(2023/06/12 13:33登録)
全盲の村上和久は、腎不全の孫娘に腎臓を与えようとするが、検査では不適合。そこで兄に移植を頼むが検査すら拒否する。中国残留孤児の兄が永住帰国した時、村上はすでに失明していた。もしかしたら兄は偽者なのか。
目が見えないことをサスペンス醸成とどんでん返しの有効な戦略として生かしている。日中間の戦争の記憶を巧みに物語に入れ、捻りをきかすのもいいし、腎臓移植問題を家庭内での愛憎を湧き起こすテーマに据えていて、興趣を盛り立てている。
人物が役割の域を出ていなくて、物語の厚みに欠ける部分もあるが、伏線の回収とツイストとどんでん返しなどが計算され尽くしている。


No.41 5点 レプリカたちの夜
一條次郎
(2023/06/12 13:20登録)
とある工場でシロクマを目撃するところから始まる、風変わりな小説。
ここでは、シロクマをはじめ、多くの動物たちが絶滅している。シロクマが現れた工場は、絶滅してしまった動物たちをリアルに再現するレプリカ工場なのである。最初は、工業製品を扱う現場の描写とともにシロクマの謎に引き込まれていくのだが、シュールで不条理な展開が次々に畳みかけられ戸惑う。
奇妙な登場人物の言動に思わず笑ってしまうが、直後にひどくぞっとする。奇想天外な小説。


No.40 6点 彼女がエスパーだったころ
宮内悠介
(2023/06/12 13:11登録)
サル学、超能力、脳科学、終末医療、信仰などを真面目に「疑似科学」視点で描いた短編集。
ミステリタッチを装いながら「人間」という迷宮に入り込む。本書の中心にある一編は傑作。「ありがとう」と、水に声をかけるとそれが伝わり、水が浄化される。その現象を利用して、海上型原発の事故に頭を悩ます日本を救おうとする科学者の企み。
本書全編を通じて浮き彫りになるのは、集団と個の境界の限界、「伝わる」ことの怖さ。どれも荒唐無稽な設定だが、今の日本の未来なら、ありうる話。作者の予知能力かもしれない。


No.39 6点 月の満ち欠け
佐藤正午
(2023/06/12 13:01登録)
いくつもの人生を俯瞰して、語る時間と視点を変えてモザイク状に示し、物語に驚きと昂奮を与え、人生の真実の断面を垣間見せるという方向へ持っていく。
東京駅における二時間の現在に、数十年に及ぶ複数の人生の過去を並行させて、実に巧みに物語っていく。生まれ変わりをスピリチュアルな視点から捉えるのではなく、愛の可能性と不可能性といった佐藤正午的なロマネスクに織り上げていくのがなんとも心憎い。
また洗練されたストーリーテリング、緻密なプロット、生きることの奥深さをしみじみ味あわせる余韻など、作者の魅力が発揮されている。


No.38 6点 償い
矢口敦子
(2023/03/23 13:17登録)
主人公は、ある残酷な出来事を機にすべてを捨てホームレスとなった元教師・日高。住処とした町で殺人が相次ぎ、探偵役を担った彼は、ふとしたことから、かつて自分が命を救った少年が犯人ではと疑いを始める。
絶望と罪悪感を背負い苦悩する日高と、不幸な人は死ねば不幸を感じずに済むという殺伐とした考えを持つ15歳の少年。他人の心を傷つけた者は、どう裁かれるべきか。無価値に思える自分の人生とどう対峙したらいいのか。そんな切実な心の叫びが強く響いてくる。
本作には、社会的弱者に対する温かいメッセージが込められている。もちろん主人公が探偵役として活躍する、謎解きの骨格もしっかりしている。


No.37 7点 IQ
ジョー・イデ
(2023/03/23 13:04登録)
主人公はその名の通り、高い知能を持つ黒人の青年。ご近所の悩み事を解決するうちに名が広まり、探偵となった。
物語は最愛の兄を奪った過去のひき逃げ事件と、現在の有名ラッパーの暗殺未遂事件が絡み合う。アイゼイアの佇まいがとても良い。スラングやヒップホップといった黒人コミュニティーを舞台に帰納的推理で事件の瑕瑾を見つけ出していく。ぐいぐいと引き込まれる作品。


No.36 5点 幻視
米山公啓
(2023/03/23 12:56登録)
作者の医学知識を活かした疫病ホラー。コンサート会場でロック歌手が怪死したのを皮切りに、日本各地で突如出血死する事件が連続する。原因究明に奔走する医学者たちが突き止めた驚愕の真相とは。
根幹をなすアイデアはまずまずなのだが、ストーリー展開が平板で、せっかくの着想を活かしきれていない印象。終盤が、かなりサスペンスフルなだけに残念。


No.35 6点 三人目の幽霊
大倉崇裕
(2022/12/06 15:02登録)
落語雑誌の新米編集者の緑と編集長のコンビで落語界の事件を解決する。
幽霊は不思議な現象として語られる対象となっているので、これに合理的な解決を与えると場合によっては、幽霊と思ったら実は枯れ尾花、のような興ざめになりかねない。だが本作のように江戸の文化を引き継いでいる落語の中で語られると、少々アクロバティックな推理展開は不思議な現象と相俟ってうまく噺として収まってくれる。
探偵役の編集長に対し、緑は自らが積極的に推理することは少ないのだが、幽霊をはじめとする事件が「お噺」とすれば、緑を介して読者がお噺を聞くという形式になるのも納得できる。


No.34 6点 凍りのくじら
辻村深月
(2022/12/06 14:50登録)
主人公は高校生の芦沢理帆子。容姿にも頭脳にも恵まれた彼女は他人を冷めた目で見ている。だが、ひとりの青年との出会いによって硬直した心が少しずつほぐれていく。
物語の前半、理帆子の周囲を見下す姿勢が鼻につく人もいるかもしれない。でも読み進めると、それは未熟な十代が虚勢を張った姿だとよく分かる。しかしだからこそ、後半明らかになる魔法のような出来事が胸を打つ。辻村作品にはいつも深い闇と、そこに差し込む光が描かれる。本作は特にその光度が強い、「自分のことが書かれている」と思い、救いを感じたという若者が多いのもうなづける。


No.33 7点 硝子細工のマトリョーシカ
黒田研二
(2022/12/06 14:39登録)
スタジオドラマを舞台にしたスタジオドラマという設定。
入れ子細工の構造は、題名にも堂々謳われている。それでも騙されてしまう。やりたかったネタが明確であり、またその先にある応用にしても、ネタに対して最上のものが選ばれている。文学的なテーマなどはない。狙いはミステリとしての技巧のみといった作品。


No.32 5点 空の王
新野剛志
(2022/11/21 13:49登録)
日中戦争前夜の不穏な空気。謎の美女が絡む、一難去ってまた一難の連続。自身の抱えた大義に、あるいはロマンティシズムに駆られて命を賭ける男女。
飛行機を駆ることを愛する男の冒険として、危険な時代の物語としてワクワクさせる魅力でいっぱいの小説。ただし、物語が動き出すまでが長く、序盤は冗長に感じるかもしれない。


No.31 6点 神渡し
犬飼六岐
(2022/11/21 13:38登録)
幼馴染みで同じかわら版売りをしている利吉が殺された事件を追う才助が、虐げられた女性を救っている浄泉尼の周囲で続発する不可解な事件に巻き込まれていく。
大奥に認められ、遊行僧から浄土宗の大僧正になった祐天上人の事跡を踏まえながら、法力が引き起こしたかに見える事件をロジカルに解いている。ラストには陰謀の意図が実際に起こったスキャンダルに繋がっていくだけに、歴史ミステリ的な広がりがある。

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