よんさんの登録情報 | |
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平均点:6.51点 | 書評数:79件 |
No.59 | 7点 | 高層の死角 森村誠一 |
(2023/12/05 13:49登録) パレスサイドホテル34階のスイートルームで、老社長が殺された。しかしホテルの部屋は、二重にプロテクトされた密室であり、容疑者には完璧なアリバイがあった。 特筆すべきはホテルの描写。作者は元ホテルマンだったというだけあって、舞台となったホテルやホテルマンは、ディテールまでしっかり書き込まれている。このディテールが、物語に厚みとリアリティを与えている。 幾重にもガードされた犯人の策略を破るべく、刑事たちがさまざまな仮説を立て検証する、試行錯誤の連続。一つの謎を解いたと思ったら、すぐさま次の謎が立ちはだかる。テンポのいい展開と堅実な捜査シーンも魅力の一つ。時代背景に負うところが多いのは事実だが、今でも十分に通用し楽しめる。 |
No.58 | 8点 | 闇よ、我が手を取りたまえ デニス・ルヘイン |
(2023/11/27 13:39登録) 絶対悪との戦いを描く自警団ハードボイルド、連続殺人鬼を追求するサスペンス、捻りのきいたフーダニットとして面白いが、パトリックとアンジーのプラトニックラブの行方が驚くほどの劇的な転換を迎える。 しかもこのシリーズ、男女の恋の行方にとどまらず、二人の家族の過去と現在、ひいてはボストンの歴史まで視野に入れた大河小説の構えももつ奥深さがある。 |
No.57 | 6点 | 夢魔の牢獄 西澤保彦 |
(2023/11/27 12:48登録) 吹奏楽部の仲間が集まった友人の結婚式の直後、恩師の義理の息子が殺された。二十二年前のその事件と主人公は向き合う。夢の中で過去へ遡り、関係者に次々に憑依する形で。 彼は他人の目や耳で見聞きしたことを繋ぎ合わせ、真相に近づいていく。友人同士や恩師が談笑するありがちな風景の裏にあったドロドロの人間模様が浮かび上がる。なかなか強烈な悪夢だ。 |
No.56 | 6点 | 汚れた手をそこで拭かない 芦沢央 |
(2023/11/27 12:41登録) 収録された5編はいずれも、クレーマーや老老介護など、昨今の社会問題とオーバーラップする状況下で繰り広げられる。特に秀逸なのは、小学校教諭がマスコミ沙汰や弁償を恐れてある偽装を思いつく「埋め合わせ」。 本書の凄みは、後ろめたさを抱えた者の視点で語られていくサスペンス感と、ねじれた因果応報となる後味の悪さにある。 |
No.55 | 8点 | 奪取 真保裕一 |
(2023/10/27 13:47登録) フリーターの手塚道郎は、変造テレカで小遣い稼ぎをしていたが、親友がヤクザがらみで作った借金を返済するために、銀行の現金自動支払機をごまかして金を引き出す作戦を立てた。この偽札作戦が成功して大金を手に入れたのも束の間、ヤクザ組織に尻尾をつかまれて追われる身となり、親友は警察に捕まってしまう。道郎は謎の老人の手引きで危機を脱するが、この老人はなんと偽札づくりの名人であった。道郎は名人に弟子入りして、本格的な紙幣贋造に乗り出す。 作者の綿密な取材ぶりには、かねてから定評があるが、この作品でも微に入り細にわたって紙幣贋造の工程が描かれ、物語の約半分は「偽札づくり入門」ともいうべき構成になっている。にもかかわらず、偽札づくりに憑かれた主人公の性格造形に説得力があり、なんとも爽やかな読後感がある。 |
No.54 | 7点 | 蒸発 夏樹静子 |
(2023/10/27 13:38登録) 当時、社会問題化していた人間の蒸発を扱った社会派推理だが、航空機の乗客消失、列車ダイヤ、変装、交換殺人といった本格的なトリックを随所に散りばめ、さらに美しい人妻とベトナム帰りのジャーナリストの悲恋を織り込んだ読みどころの多い作品で、社会派にして本格派という作者の持ち味がよく生かされている。 |
No.53 | 7点 | OUT 桐野夏生 |
(2023/10/27 13:34登録) 東京郊外の弁当工場にパートで務めている香取雅子の静かな日常は、パート仲間の弥生がかけてきた一本の電話によって破られる。浮気した夫を思い余って殺してしまったというのである。 どこにでもいそうな家庭の主婦が、この事件をきっかけに恐ろしい犯罪に加担していく意外性と、そのことを意外に思わせないだけの圧倒的な生活実感と登場人物の描き分けが、なんとも恐ろしいクライム・ストーリーに仕上げている。 |
No.52 | 6点 | フィッシュボーン 生馬直樹 |
(2023/09/25 13:39登録) 小学四年の夏、日本海を望む港町で陸人と航は匡海に出会った。陸人は暴力団組長の息子、航に両親はなく、匡海の父親は服役中の殺人犯だった。つらい境遇が結び付けた三人だったが、まだ見ぬ未来に向けて共に人生を歩み始める、アウトサイダーとして。大人になったそんな彼らの少年時代がカットバックの手法で詳らかにされ、現在と対比されていく。 金目当てに手を染めた令嬢誘拐が彼らの運命を狂わせていくが、さらに事件から五年後、山中で半ば白骨化した男の遺体が見つかる。不条理な世の中とは、真逆の世界を目指し、繋がりあうことで理想を求めた三人を、現実は孤独な闘いに追いやる。それでも後戻りできない人生を懸け、前を向こうとする主人公の姿を、作者は郷愁をこめて見つめ続ける。大胆に仕掛けるミステリとしての衝撃もある。 |
No.51 | 6点 | 火曜新聞クラブ 泉杜毬見台の探偵 階知彦 |
(2023/09/25 13:29登録) 高校一年生の植里礼菜と幡東美鳥は新聞クラブを立ち上げた。創刊一面トップの記事は、謎の人物の寄付金によって駐輪場が建設されるというものだったが、土壇場になって寄付はキャンセルされ、記事は差し替えを余儀なくされた。そして講師館の一室では殺人事件が起きる。 密室状態の現場、意味不明のダイイング・メッセージ。謎の満ちた事件の解明に乗り出すのは、御簾真冬という銀髪の不思議な少年。密室トリックなどは一見シンプルに感じるが、事件関係者たちの動きは思いのほか複雑。しかも読者の先入観を利用した最後のどんでん返しは想定外で驚かされた。 |
No.50 | 7点 | 征服少女 AXIS girls 古野まほろ |
(2023/09/25 13:16登録) 「終末少女 AXIA girls」の続編。今回は、天国から地球に向かう巨大な方舟のなかで怪死事件が連続する様が描かれる。 その謎を一人の天使が仲間とともに推理するのだが、その思考の量が圧倒的。この世界ならではの論理展開も新鮮で良い。その上で、全体の四分の三ほどの位置に置かれた読者への挑戦状を経てからの終盤が圧巻。 犯行の微細な部分から、果ては天国そのものにまで及ぶ多層的な意外な真相が連射される。細部の細部まで堪能するならば、前作から読むことをお勧めする。 |
No.49 | 6点 | 歩道橋シネマ 恩田陸 |
(2023/08/21 15:05登録) 映画「サイコ」のベイツ・モーテルのモデルとなったエドワード・ホッパーの絵画から語り手の個人的記憶につながり、それに関する謎が解かれるまでが流れるように語られる。 「線路脇の家」や、懐中時計消失事件の謎を追う「逍遥」、ある人物の奇妙な行動が終盤で理性的かつ冷酷なかたちで解明される「降っても晴れても」などのミステリ寄りの作品もあれば、一人称の語りが特徴的な「トワイライト」や、人間の想像力が無限だと感じさせる「楽譜を売る男」のようにコメディ色を帯びた作品もある。また「皇居前広場の回転」、「春の祭典」のように、ストーリーではなく一瞬の光景が印象的な作品もある。 |
No.48 | 8点 | 名探偵のはらわた 白井智之 |
(2023/08/21 14:48登録) 過去の大犯罪が現在に蘇った。男性性器切断事件や三十人殺しなど、昭和の大事件めいた事件が、現代において現代の人間によって繰り返されるのだ。その奇怪な事件に挑む名探偵を、助手的な立場の原田亘という青年の視点から描いているのだが、作者らしく紹介分以上にひねくれた物語である。 犯罪が現代に蘇る理由も、現代に蘇ったそれぞれの犯罪の関連も、名探偵と原田の関係も、想定外のアングルで想像を超越する。そこに丹念なアリバイ吟味や、人の手によるトリックが組み合わさり、意外で合理的な結末を経て、ほのかな成長の香りとともに着地するところが素晴らしい。 |
No.47 | 7点 | 透明人間は密室に潜む 阿津川辰海 |
(2023/08/21 14:32登録) 表題作の「透明人間は密室に潜む」は、透明人間が殺人計画をするが、犯行現場の密室から逃げ出すことが出来なくなる。「六人の熱狂する日本人」は、とあるアイドルのファン同士の殺人事件の裁判で、裁判員にもそのアイドルのファンがいて話が意外な方向に。「盗聴された殺人」は、超人的に耳のいい探偵事務所事務員が、探偵とともに盗聴器に録音された音から殺人犯を推理する。「第13号船室からの脱出」は、リアル脱出ゲームが題材。 アイドルもそうだが、現代らしいモチーフを扱っているのが新鮮。どれも登場人物がストーリーを進めるための駒ではなく、人間味を感じさせるのが魅力的。特に表題作は、想定外の動機が明かされ驚いた。 |
No.46 | 7点 | 悪人 吉田修一 |
(2023/07/20 13:54登録) 物語は、福岡市と佐賀市を結ぶ国道263号線の三瀬峠を中心に展開する。この場所の捉え方が作品のポイントだが、そこで保険外交員の若い女性が殺される。彼女はその夜、同僚二人と中洲の鉄板餃子の店で食事をした後、以前バーで知り合った大学生と会うと言って二人と別れるというのが発端。 だが、彼女が会う約束をしていた男は、大学生ではなく出会い系サイトで知り合った土木作業員だった。仲間に対する見栄でついた嘘が悲劇を招き入れる。 そして焦点化された人物と近い人物の一人称の語りが出てくるあたりから、一挙に加速していく。三人称的な描写と一人称的語りが絡み合って緊迫感を高めていくあたりは、作者の技量の高さを感じた。結末に近づくにつれ、その力に圧倒された。 |
No.45 | 8点 | 黒牢城 米澤穂信 |
(2023/07/20 13:42登録) 舞台は信長に反旗を翻した荒木村重が立てこもった有岡城。 この村で、見えない矢による殺人、夜討ちで上げた首級変じる怪、何もかも逆さまだと言われた庵の殺人と盗難、飛来する雷と銃弾の謎等々、様々な曲事が起こる。 人心の動揺を鎮めるべく、謎の解明に挑む村重。そして、この城には彼に比肩し得る頭脳の持ち主、稀代の軍師・黒田官兵衛。土牢に幽閉されつつも、すべてを見抜くか。 やがて、すべての謎は一本の太い線でつながり、ここで初めて歴史と不可能興味の作品テーマが浮かび上がってくる。何という知的ダイナミズム。歴史小説とミステリの融合が見事である。 |
No.44 | 6点 | 殺人容疑 デイヴィッド・グターソン |
(2023/07/20 13:29登録) 殺人事件を契機として日系人カズオの過去が回想される。カズオも志願して戦場に赴く。 妻への「愛は深く、人生そのものを意味するが、しかし、名誉の問題を避けることはできない」、自分が戦争に行かなかったら、今の自分ではあり得ないし、妻に「愛してもらえる資格もない」と考え戦場に行き、ドイツの少年を射殺して魂がつぶされていく。この名誉と魂の在り方をめぐる葛藤がなんとも感動的である。 |
No.43 | 6点 | 江ノ島西浦写真館 三上延 |
(2023/06/12 13:46登録) 物語は新年早々、桂木繭が江の島を訪れる場面から始まる。昨秋亡くなった祖母の遺品整理で、家は百年間営業を続けた写真館だった。 遺品の中には「未渡し写真」の缶があり、繭は青年・真鳥とともに一つ一つの写真に秘められた謎を明かしていく。やがてそれは、繭自身の過去へとつながることになる。 時代も場所も異なるのに同じ青年が移っている四枚の写真、繭が大学入試の時に撮られた写真、土産物屋の主人が探るキャビネットの謎、二人の男性が並ぶ記念写真の秘密など、四話形式であるけれど、どれも緩やかに、だが主題的には緊密に支えあう内容になっている。 謎自体が小粒だし、大胆な展開もないに等しい。それでも落ち着いた艶やかな叙情は美しく心地よい。 |
No.42 | 7点 | 闇に香る嘘 下村敦史 |
(2023/06/12 13:33登録) 全盲の村上和久は、腎不全の孫娘に腎臓を与えようとするが、検査では不適合。そこで兄に移植を頼むが検査すら拒否する。中国残留孤児の兄が永住帰国した時、村上はすでに失明していた。もしかしたら兄は偽者なのか。 目が見えないことをサスペンス醸成とどんでん返しの有効な戦略として生かしている。日中間の戦争の記憶を巧みに物語に入れ、捻りをきかすのもいいし、腎臓移植問題を家庭内での愛憎を湧き起こすテーマに据えていて、興趣を盛り立てている。 人物が役割の域を出ていなくて、物語の厚みに欠ける部分もあるが、伏線の回収とツイストとどんでん返しなどが計算され尽くしている。 |
No.41 | 5点 | レプリカたちの夜 一條次郎 |
(2023/06/12 13:20登録) とある工場でシロクマを目撃するところから始まる、風変わりな小説。 ここでは、シロクマをはじめ、多くの動物たちが絶滅している。シロクマが現れた工場は、絶滅してしまった動物たちをリアルに再現するレプリカ工場なのである。最初は、工業製品を扱う現場の描写とともにシロクマの謎に引き込まれていくのだが、シュールで不条理な展開が次々に畳みかけられ戸惑う。 奇妙な登場人物の言動に思わず笑ってしまうが、直後にひどくぞっとする。奇想天外な小説。 |
No.40 | 6点 | 彼女がエスパーだったころ 宮内悠介 |
(2023/06/12 13:11登録) サル学、超能力、脳科学、終末医療、信仰などを真面目に「疑似科学」視点で描いた短編集。 ミステリタッチを装いながら「人間」という迷宮に入り込む。本書の中心にある一編は傑作。「ありがとう」と、水に声をかけるとそれが伝わり、水が浄化される。その現象を利用して、海上型原発の事故に頭を悩ます日本を救おうとする科学者の企み。 本書全編を通じて浮き彫りになるのは、集団と個の境界の限界、「伝わる」ことの怖さ。どれも荒唐無稽な設定だが、今の日本の未来なら、ありうる話。作者の予知能力かもしれない。 |