home

ミステリの祭典

login
SUさんの登録情報
平均点:5.92点 書評数:74件

プロフィール| 書評

No.34 5点 オー!ファーザー
伊坂幸太郎
(2023/07/04 18:37登録)
主人公である由紀夫には父親が四人いて、一つ屋根の下に暮らしている。四人の父はそれぞれ漢字一文字の名を与えられ、「理想の父親」を四つの要素に分解したようなキャラクターを付されている。
そんな由紀夫が、とある事件に巻き込まれ父たちに救い出されるのがメインプロット。伊坂作品というと「伏線とその回収の妙」が代名詞で、本書でも帯に謳われている。伏線がきれいに回収されすぎるのも嘘くさいものだが、作り物であることを志向している本作品において、ご都合的でさえある展開はむしろ主題を補強するように働く。
主題とは「家族愛」だ。それも、スーパーな息子がスーパーな父親をかけがえのない家族として、再認識する物語である。目も当てられないことになりかねないそんな物語に爽快な説得力を持たせているのは、抽象化された構造にほかならない。
濃密な読後感といったものは確かにないが、得難い現代のおとぎ話を味わえる。


No.33 8点 僧正殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2023/07/04 18:25登録)
マザー・グースの歌詞に彩られた死体が次々と登場する。読者は童謡が語り掛ける「無邪気な死」と実際の「無残な死」を同時に目の当たりにする。そのギャップはいつの間にか渾然一体となり、作品に緊迫した空気を生む。
また、ファイロ・ヴァンスの推理も魅力の一つ。特に数学や物理学、天文学に関するペダントリーは一見冗長だが、最終段階で心理学に基づく犯行動機の推理と鮮やかに結びつく。いずれにしろ圧倒的な知識をもとに組み立てるヴァンスの推理は、証拠を一つずつ積み上げていく帰納法的な推理とはまた違った輝きを放っている。


No.32 7点 ヒッキーヒッキーシェイク
津原泰水
(2023/06/10 21:27登録)
カウンセラーの肩書を持つ男、JJこと竺原丈吉が集めた四人の引きこもりによって、一つのプロジェクトが発足する。「不気味の谷」を越えることが出来る、架空人物を電子空間上で創り出そうというのだ。
それぞれに思惑が違って一丸とは言い難い状況ながら、彼らは走り出した。発案者のJJ自身にも秘めた意図があり、やがてプロジェクトは予想外の方向へと進み始める。
本書はミステリというジャンルのみに収まる作品ではないが、予想をことごとく裏切るプロットが心地よい。


No.31 5点 孤狼の血
柚月裕子
(2023/06/10 21:14登録)
舞台は1988年の広島。所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡が、先輩刑事・大上の下で暴力団系列の金融会社社員の失踪事件を追求する物語。
本書の手柄は大上の圧倒的な存在感だろう。凄腕のマル暴刑事で、独自の信条と善悪観があり、日岡も次第に感化されていく。もちろん次々に登場する個性豊かなヤクザ群像と、同時多発的に起きる暴力団同士のねじれた戦いも、真相が幾重にも隠されているがゆえに面白い。
ただ、語りに巻き戻しが多くてスピード感がないのが難だし、どんでん返しの切れも今ひとつ。それでも汚れた正義と守るべき矜持をめぐる男たちの死闘は迫力に満ちており、その顛末を示す年表と、抑制の充分効いた静かな熱きエピローグが抜群で、初めて題名の意味が胸に強く迫ってくる。


No.30 6点 棺の女
リサ・ガードナー
(2023/05/16 21:24登録)
誘拐、監禁された女性がいかに精神的かつ肉体的に苛まれ、自ら進んで異常犯罪者たちを狩るしかないかを克明に捉えたサスペンス。
少女時代の無垢さを二度と取り戻せない娘と、それを見守るしかない母親とのラストの対話が胸に迫る。絶望的に悲しく、辛く、切なく、そして温かい。


No.29 9点 方舟
夕木春央
(2023/05/16 21:16登録)
現代でしきりと語られる多様性の在り方に通じる「人は誰かに必要とされなければ存在する価値がないのか」という命題が舞台設定と絶妙に嚙み合っている。絶体絶命の極限状態にあっての殺人動機、至って素朴で単純な殺人をドライに成立させたところに感服。
生身の人間ドラマや人間関係と切り離した先に冷徹なまでに真相を求める本格ミステリの世界に、人の心を見誤る危うさを示すラストが新しい。


No.28 6点 靴ひも
ドメニコ・スタルノーネ
(2023/05/16 21:06登録)
ある家族の平穏さの下に潜む危うさを、大胆でサスペンス的な構成で明らかにする。妻の手紙、夫の述懐に続く第三の視点で語られる物語で、終盤にまた別の一面が見えてくる。
表題は、運命をたぎるエピソードに由来するが、靴ひものようなささやかなものに、私たちの人生が決定づけらているかもしれないなんて、少し怖くて少しおかしい。ペーソスある小説だ。


No.27 6点 眠れぬイヴのために
ジェフリー・ディーヴァー
(2023/04/19 22:04登録)
脱走犯の逃走と追撃のスリル。病院内を含めて、それぞれの人間の愛憎がじわりじわりと解き明かされていくプロセスは、よどみなく活写されて息詰まる迫力が緊迫感をはらませて伝えられてくる。目まぐるしい場面の転換も効果的で、少ない登場人物でありながら、翳りのある実態をあぶり出す手腕は力強く冴えている。


No.26 5点 血のささやき、水のつぶやき
パトリック・マグラア
(2023/04/19 21:55登録)
生きながら腐ってゆく天使の物語をポオ風の文体で綴ってみたり、フロイトの姿をした小人の幻影に苦しめられる主人公が立ち寄るカフェの名が「レ・ファニュ」だったりと遊び心に満ちた達者な語り口は、ホラーファンならば思わずニヤリとさせられるだろう。


No.25 6点 冬の炎
グレン・エリック・ハミルトン
(2023/04/19 21:47登録)
幼馴染みの女性が殺された事件を追求する物語には、緊迫感みなぎる活劇と本格的な謎解きがある。プロの泥棒であった祖父との思い出には青春小説の輝きがあるし、アフガン戦争時代の戦友の登場で、悪夢に悩む帰還兵問題も提示して奥行きが深い。


No.24 5点 危険な再就職
マーサ・コンリー
(2023/03/24 23:42登録)
カリフォルニア州の架空の田舎町を舞台にした本書は、骨組みこそよくある女探偵物と代り映えがしないのだが、同時に極めて個性的な側面を備えている。
うっかり「ニューエイジ」的な会社に就職してしまったヒロイン。本書では、彼女が心ならずも巻き込まれることになった事件がユーモラスに描かれている。従って、ミステリそのものよりも、作者が「ニューエイジ」的なるものを揶揄している箇所が読みどころといえるだろう。何とも胡散臭い会社の基本コンセプト、元ヒッピーの社長を始めとする怪しげな社員たち、オーラを清めるために呼ばれることになった心霊術師。そういった要素に加えて、調査を進めるに従って明るみに出てくる、グローイング・ライト社の異常さ。それらは本書のユニークを十分に証明しているといえるだろう。


No.23 6点 シークレット・ヒストリー
ドナ・タート
(2023/03/24 23:27登録)
カリフォルニア生まれの青年リチャード・パーペンは大学の医学部を目指していたが、途中で挫折してしまい親の反対を押し切って、バーモント州のハンプデン・カレッジに編入学する。彼がバーモントに赴いたのは気まぐれによるものだったが、これがやがて恐るべき事件に結びつくことになるのだった。
本書は作者が二一歳で執筆を開始し、八年間を費やして書き上げた。二八歳のリチャードが八年前の事件を回想するという構成で書かれているのは、そういった現実が反映されているのだろうと思われるが、このあたりからも作者の強い思い入れが感じられる。それだけに人物描写にも生彩があり、とりわけ学生たちの心理描写は迫力に満ちている。
文章の随所にギリシャ語やラテン語が散りばめられているのも作品に風格を与えている。異様なまでに高い密度を持った、息が詰まる心理劇である。


No.22 6点 悪魔の参謀
マレー・スミス
(2023/03/24 23:14登録)
ニューヨークのグランド・セントラル駅で若い娘の死体が発見され、市警殺人課エディ・ルーコウはその事件を担当することになった。一方、ダブリン刑事裁判所に勤めているユージーン・ピアソンは有能な判事として知られる人物だったが、IRA政策顧問という裏の顔も持っていた。また一方、イギリスSIS南米局長デーヴィッド・ジャーディンは、新しい工作員を探し出し、訓練したうえでコロンビアの麻薬カルテルの中に送り込むという任務を受け持たされる。
これらの世界中に散らばる三人の男たちは、やがて一つの事件に巻き込まれていくことになる。こういった作品にはありがちな構成ではあるが、作者はBBCのテレビ・ドラマシリーズのライターと知られる人物らしく、登場人物や舞台の描写はさすがに手慣れたものである。また周到な取材をしただけのことはあり、作品内に散りばめられた情報量も極めて多い。


No.21 5点 ララバイ・タウン
ロバート・クレイス
(2023/02/25 19:42登録)
以前、エルヴィス・コールが離婚するのに手を貸してやったハリウッドで働くパトリシア・カイルから、依頼人の紹介の電話がかかってきた。依頼人はピーター・アラン・ネルソン。彼は学生時代、映画監督として売り出す前にカレンという女性と結婚し、トビーという息子を持っていた。別れた後、ネルソンは監督として大成したが、その女性はそれきり彼の前に姿を現さなかった。別れたきり会っていないその女性と子供をコールに捜し出してほしいという依頼だった。
コールは、マフィアから逃れられない女性とその元夫であり有名監督でもある男の双方を手助けをする立場に追い込まれ、彼らの生活を守ろうとして努力する。
依頼人の女性とコールが、ほとんど知り合ってもいないのに、マフィアから逃げ出す手助けをコールが申し出るのは描写不足だろう。全体的に、描写が散漫であるのが見受けられるが、マフィアの陰謀を暴く過程はじっくり書けている。


No.20 5点 ナルシスの誘惑
ダイアナ・ハモンド
(2023/02/25 19:31登録)
才能と美貌に恵まれ多くの人を魅了しながら、不可解な死を遂げたセオ。一人のフィアンセとして、セオに興味を持っていたジェインだが、二人の間で彼女が話題になることはなかった。それに、幸せな結婚生活を送るうちジェインの好奇心は次第に薄らいでいきもした。結婚して三カ月目のある日までは。
複数の視点から描かれる複雑に入り組んだプロットと、それを包み込むような甘く妖しい雰囲気を楽しむことが出来るが、セオの死の謎よりもむしろ「演技者」が物語の中心になっているので、多少はぐらかされたような気分になるかもしれない。いくつもの欠点を抱えながらも魅力的な作品ではある。


No.19 5点 巡礼たちが消えていく
ジョン・フラー
(2023/01/31 22:40登録)
舞台となるのは、中世と思しき時代のある孤島。この島には、奇跡を起こすと信じられている聖リューダットの井戸と、それを守るべく建てられた修道院がある。多くの巡礼者たちがこの島で消息を絶ったまま戻ってこなかったのを知った司教の命を受け、ヴェーンはその調査を行うために島へやってきた。
本書は自己探求の物語というわけではないが、ジャンルを越えたポストモダン的な作品である。そう聞くと、ミステリと同じものを期待して不満をを覚える人がいるかもしれない。しかし、中世の孤島で繰り広げられる、生と死をめぐる怪奇小説といったように受け取ってしまえば魅力的でもある。何よりも、死の香りを放ちながら横たわる孤島の黒い影と、そこから旅立っていく恋人たちの対照的な姿は深く印象に残るだろう。


No.18 5点 パーフェクト・マッチ
ジル・マゴーン
(2023/01/31 22:28登録)
未亡人ジュリア・ミッチェルが湖畔で死体となって発見される。最後に彼女と会っていたと思われる青年クリス・ウェイドは、自分に殺人の容疑がかかることを恐れ、訪問したばかりの不倫相手であるヘレン・ミッチェルの家から失踪。
失踪中のクリスは、過去のトラウマと二日酔いのために記憶がはっきりせず、事件の当日の細部を思い出せない。並行して描かれるロイドとヒルの捜査からは、クリスの容疑は動かないように見える。
捜査の過程で自然と謎が立ち現れる。そして捜査とディスカッションを通して次第に矛盾が露になっていく。論理に基づくサスペンスにワクワクが止まらない。ただ、鬼面人を驚かす類のトリックに慣れてしまった方には、物足りなく思われるかもしれない。


No.17 5点 陰謀と死
マイクル・ディブディン
(2023/01/11 23:19登録)
イタリア内務省刑事警察の副警察本部長アウレーリオ・ゼンは、念願の地位のほかに美しい恋人も手に入れ、満たされた日々を送っていた。しかし、飛び降り自殺の調査を依頼された彼は、これが容易ならぬ事件であることに気づいて不安を抱いた。
イタリアの警察内のパラドキシカルな状況を描いたゼン・シリーズの三作目である。複雑な官僚機構の矛盾した状況に置かれ暗殺組織に殺される恐怖に怯えながらも、うまく立ち回って生き抜いていこうと切実に考えるゼンの滑稽味を帯びた姿を描き出している。


No.16 4点 夜の子供たち
ダン・シモンズ
(2023/01/11 23:01登録)
ストーリーは、ドラキュラの世継ぎとなるべき嬰児を偶然にも養子にした米国の女医が、吸血鬼一族によって奪還された我が子を追ってルーマニア各地を転々、圧倒的な闇の力に捨て身の戦いを挑むというもの。
吸血行為に、ユニークな現代医学的解釈を施したメディカル・ホラー風の前半はともかく、「スパイ大作戦」風のサスペンスとなる後半の展開は、作者の持ち味である独創的な「悪」の描写もやや精彩を欠き、いまひとつ食い足りない印象を残した。


No.15 7点 あの本は読まれているか
ラーラ・プレスコット
(2022/12/18 22:40登録)
冷戦下のソ連において発禁処分となった詩人・ボリス・パステルナークのノーベル賞受賞作「ドクトル・ジバゴ」を東側の圧政の証としてCIAがソ連国内で流通させようとしたという実話からとられたエスピオナージ作品。
一冊の小説が体制を揺るがす武器になると信じる人々へのロマンもさることながら、CIAの中では下に見られがちなタイピストたちやパステルナークの愛人など女性たちを主人公に、冷戦という女性やマイノリティといった被差別者が抑圧されやすい状況下において、彼女たちがいかに戦い、生き方が克明に描かれている。

74中の書評を表示しています 41 - 60