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ミステリの祭典

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平均点:5.92点 書評数:79件

プロフィール| 書評

No.39 7点 時間旅行者のキャンディボックス
ケイト・マスカレナス
(2023/08/22 22:46登録)
女性が活躍するタイムパラドックスミステリで、タイムマシンが開発され、三百年先の未来まで行けるようになった世界。時間の犯罪を防ぐため、時間旅行は巨大民間組織(コンクレーヴ)のエージェントにのみ許可されていた。しかしある日、密室で老女の射殺死体が発見される。彼女は誰なのか、誰にどうやって、そしてなぜ殺されたのか。
面白いのは、タイムマシンのロジックはもはや説明されず、それよりも時間旅行を繰り返す人の心理描写に重きが置かれていること。主要人物はみんな女性。精神を病んでしまい、タイムマシン計画からはじき出されたバーバラ。バーバラの孫で、女性の恋人のいるルビー。遺体を発見したオデットは、イギリス人であるにもかかわらず、肌の色とセーシュル出身という出自から部外者として扱われ続ける。疎外感と失望の味を知った三人が、三様に物語に絡んでくる。
直接的に女性の問題を描いた物語ではないが、登場人物のひとりの愛読書がジョン・ウィンダム、オリヴィア・E・バトラー、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアという三人なのが示唆的。


No.38 6点 アクティベイター
冲方丁
(2023/08/22 22:30登録)
冒頭、不審な機体の飛来に自衛隊機がスクランブル発信する場面では、専門用語の連続でどうなるかと思わされたが、やがてそれが中国のステル爆撃機で羽田に強行着陸、パイロットが亡命を申請するあたりから一気に乗せられていく物語は二人の視点から描かれる。
一人はその亡命機の対処役を仰せつかった警視庁警備局の鶴来誉士郎警視正、もう一人はその義理の兄で、綜合警備会社の警備員、真丈太一。一介の警備員が亡命機事件とどう関わるのか、関わりようがあるのか。程なく彼は世田谷の中国人客から呼び出しを受け、その家に向かう。そしてそこから始まる謎の刺客たちとの死闘。そこで繰り広げられる格闘劇の描写は迫力満点。
一方の鶴来警視正も現場に次々に現れる怪しいげな官僚等を相手にいかなる謀略が進行中なのか見極めていく。もちろん中国の亡命機の飛来には様々な国際謀略が絡んていて、その情報劇も素晴らしい。


No.37 5点 天災は忘れる前にやってくる
鳥飼否宇
(2023/07/29 19:46登録)
作中の日本は、改元の翌年に千人の死者を出した大地震が起きたのをはじめ、大規模な天災が日常茶飯レベルで発生している。
主人公は、大手マスコミが相手にしないようなネタを面白おかしく拡散する、自称ネットジャーナリスト・郷田俊男と、その下で働く三田村智己。彼らの行くところ、必ず地震・噴火・豪雪などの災害が発生し、同時に殺人事件も起きる。
各編とも解決に至る過程は急転直下の印象だが、そのぶん下司な言動の郷田が一瞬で名探偵に変貌し、整然たる推理を発揮するというギャップが楽しめる。


No.36 6点 小さな異邦人
連城三紀彦
(2023/07/29 19:31登録)
別れた妻に似た女が、街中で指輪を捨てるのを見た男を描く「指飾り」、新潟の温泉町に現れた女が、不可解な行動をとる「無人駅」、駅員が不倫相手と旅行すると、同じ行き先の切符を買う女が現れる「さい涯てまで」は、一見するとミステリ的要素がないので、ラストに明かされる仕掛けには驚いた。
逆に交換殺人を題材にした「蘭が枯れるまで」、夢で殺人事件を見た女を主人公に、幻想と論理を鮮やかに接続した「冬薔薇」、悪い噂が多い課長に、通り魔殺人の犯人という噂が加わる「風の誤算」は、ミステリの技法を極限まで研ぎ澄ましたどんでん返しの連続が光る。
そして、娘がいじめられるのを心配する女が、母の浮気を疑った父が無理心中を図った過去を思い出す「白雨」、大家族に子供を誘拐したとの脅迫電話がかかってくるも、誰も誘拐されていない奇妙な事件を描く表題作は、完成度が高い。


No.35 5点 駄作
ジェシー・ケラーマン
(2023/07/04 18:47登録)
ベストセラー作家だった親友が残した未発表作を盗み出し、主人公は一躍売れっ子作家になる。そして待ち受ける落とし穴。斬新な設定とは言えないが、アメリカ探偵作家クラブ賞の候補作だったそうだし、どんでん返しの鮮やかさ次第では、一級のミステリかもしれないと読み進めると、どんでん返しの方向性も、どうも人を食っている。
この読後感を、思いがけない爽やかな感動と言うべきか、何だこれと腹を立てるべきか、戸惑う作品。


No.34 5点 オー!ファーザー
伊坂幸太郎
(2023/07/04 18:37登録)
主人公である由紀夫には父親が四人いて、一つ屋根の下に暮らしている。四人の父はそれぞれ漢字一文字の名を与えられ、「理想の父親」を四つの要素に分解したようなキャラクターを付されている。
そんな由紀夫が、とある事件に巻き込まれ父たちに救い出されるのがメインプロット。伊坂作品というと「伏線とその回収の妙」が代名詞で、本書でも帯に謳われている。伏線がきれいに回収されすぎるのも嘘くさいものだが、作り物であることを志向している本作品において、ご都合的でさえある展開はむしろ主題を補強するように働く。
主題とは「家族愛」だ。それも、スーパーな息子がスーパーな父親をかけがえのない家族として、再認識する物語である。目も当てられないことになりかねないそんな物語に爽快な説得力を持たせているのは、抽象化された構造にほかならない。
濃密な読後感といったものは確かにないが、得難い現代のおとぎ話を味わえる。


No.33 8点 僧正殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2023/07/04 18:25登録)
マザー・グースの歌詞に彩られた死体が次々と登場する。読者は童謡が語り掛ける「無邪気な死」と実際の「無残な死」を同時に目の当たりにする。そのギャップはいつの間にか渾然一体となり、作品に緊迫した空気を生む。
また、ファイロ・ヴァンスの推理も魅力の一つ。特に数学や物理学、天文学に関するペダントリーは一見冗長だが、最終段階で心理学に基づく犯行動機の推理と鮮やかに結びつく。いずれにしろ圧倒的な知識をもとに組み立てるヴァンスの推理は、証拠を一つずつ積み上げていく帰納法的な推理とはまた違った輝きを放っている。


No.32 7点 ヒッキーヒッキーシェイク
津原泰水
(2023/06/10 21:27登録)
カウンセラーの肩書を持つ男、JJこと竺原丈吉が集めた四人の引きこもりによって、一つのプロジェクトが発足する。「不気味の谷」を越えることが出来る、架空人物を電子空間上で創り出そうというのだ。
それぞれに思惑が違って一丸とは言い難い状況ながら、彼らは走り出した。発案者のJJ自身にも秘めた意図があり、やがてプロジェクトは予想外の方向へと進み始める。
本書はミステリというジャンルのみに収まる作品ではないが、予想をことごとく裏切るプロットが心地よい。


No.31 5点 孤狼の血
柚月裕子
(2023/06/10 21:14登録)
舞台は1988年の広島。所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡が、先輩刑事・大上の下で暴力団系列の金融会社社員の失踪事件を追求する物語。
本書の手柄は大上の圧倒的な存在感だろう。凄腕のマル暴刑事で、独自の信条と善悪観があり、日岡も次第に感化されていく。もちろん次々に登場する個性豊かなヤクザ群像と、同時多発的に起きる暴力団同士のねじれた戦いも、真相が幾重にも隠されているがゆえに面白い。
ただ、語りに巻き戻しが多くてスピード感がないのが難だし、どんでん返しの切れも今ひとつ。それでも汚れた正義と守るべき矜持をめぐる男たちの死闘は迫力に満ちており、その顛末を示す年表と、抑制の充分効いた静かな熱きエピローグが抜群で、初めて題名の意味が胸に強く迫ってくる。


No.30 6点 棺の女
リサ・ガードナー
(2023/05/16 21:24登録)
誘拐、監禁された女性がいかに精神的かつ肉体的に苛まれ、自ら進んで異常犯罪者たちを狩るしかないかを克明に捉えたサスペンス。
少女時代の無垢さを二度と取り戻せない娘と、それを見守るしかない母親とのラストの対話が胸に迫る。絶望的に悲しく、辛く、切なく、そして温かい。


No.29 9点 方舟
夕木春央
(2023/05/16 21:16登録)
現代でしきりと語られる多様性の在り方に通じる「人は誰かに必要とされなければ存在する価値がないのか」という命題が舞台設定と絶妙に嚙み合っている。絶体絶命の極限状態にあっての殺人動機、至って素朴で単純な殺人をドライに成立させたところに感服。
生身の人間ドラマや人間関係と切り離した先に冷徹なまでに真相を求める本格ミステリの世界に、人の心を見誤る危うさを示すラストが新しい。


No.28 6点 靴ひも
ドメニコ・スタルノーネ
(2023/05/16 21:06登録)
ある家族の平穏さの下に潜む危うさを、大胆でサスペンス的な構成で明らかにする。妻の手紙、夫の述懐に続く第三の視点で語られる物語で、終盤にまた別の一面が見えてくる。
表題は、運命をたぎるエピソードに由来するが、靴ひものようなささやかなものに、私たちの人生が決定づけらているかもしれないなんて、少し怖くて少しおかしい。ペーソスある小説だ。


No.27 6点 眠れぬイヴのために
ジェフリー・ディーヴァー
(2023/04/19 22:04登録)
脱走犯の逃走と追撃のスリル。病院内を含めて、それぞれの人間の愛憎がじわりじわりと解き明かされていくプロセスは、よどみなく活写されて息詰まる迫力が緊迫感をはらませて伝えられてくる。目まぐるしい場面の転換も効果的で、少ない登場人物でありながら、翳りのある実態をあぶり出す手腕は力強く冴えている。


No.26 5点 血のささやき、水のつぶやき
パトリック・マグラア
(2023/04/19 21:55登録)
生きながら腐ってゆく天使の物語をポオ風の文体で綴ってみたり、フロイトの姿をした小人の幻影に苦しめられる主人公が立ち寄るカフェの名が「レ・ファニュ」だったりと遊び心に満ちた達者な語り口は、ホラーファンならば思わずニヤリとさせられるだろう。


No.25 6点 冬の炎
グレン・エリック・ハミルトン
(2023/04/19 21:47登録)
幼馴染みの女性が殺された事件を追求する物語には、緊迫感みなぎる活劇と本格的な謎解きがある。プロの泥棒であった祖父との思い出には青春小説の輝きがあるし、アフガン戦争時代の戦友の登場で、悪夢に悩む帰還兵問題も提示して奥行きが深い。


No.24 5点 危険な再就職
マーサ・コンリー
(2023/03/24 23:42登録)
カリフォルニア州の架空の田舎町を舞台にした本書は、骨組みこそよくある女探偵物と代り映えがしないのだが、同時に極めて個性的な側面を備えている。
うっかり「ニューエイジ」的な会社に就職してしまったヒロイン。本書では、彼女が心ならずも巻き込まれることになった事件がユーモラスに描かれている。従って、ミステリそのものよりも、作者が「ニューエイジ」的なるものを揶揄している箇所が読みどころといえるだろう。何とも胡散臭い会社の基本コンセプト、元ヒッピーの社長を始めとする怪しげな社員たち、オーラを清めるために呼ばれることになった心霊術師。そういった要素に加えて、調査を進めるに従って明るみに出てくる、グローイング・ライト社の異常さ。それらは本書のユニークを十分に証明しているといえるだろう。


No.23 6点 シークレット・ヒストリー
ドナ・タート
(2023/03/24 23:27登録)
カリフォルニア生まれの青年リチャード・パーペンは大学の医学部を目指していたが、途中で挫折してしまい親の反対を押し切って、バーモント州のハンプデン・カレッジに編入学する。彼がバーモントに赴いたのは気まぐれによるものだったが、これがやがて恐るべき事件に結びつくことになるのだった。
本書は作者が二一歳で執筆を開始し、八年間を費やして書き上げた。二八歳のリチャードが八年前の事件を回想するという構成で書かれているのは、そういった現実が反映されているのだろうと思われるが、このあたりからも作者の強い思い入れが感じられる。それだけに人物描写にも生彩があり、とりわけ学生たちの心理描写は迫力に満ちている。
文章の随所にギリシャ語やラテン語が散りばめられているのも作品に風格を与えている。異様なまでに高い密度を持った、息が詰まる心理劇である。


No.22 6点 悪魔の参謀
マレー・スミス
(2023/03/24 23:14登録)
ニューヨークのグランド・セントラル駅で若い娘の死体が発見され、市警殺人課エディ・ルーコウはその事件を担当することになった。一方、ダブリン刑事裁判所に勤めているユージーン・ピアソンは有能な判事として知られる人物だったが、IRA政策顧問という裏の顔も持っていた。また一方、イギリスSIS南米局長デーヴィッド・ジャーディンは、新しい工作員を探し出し、訓練したうえでコロンビアの麻薬カルテルの中に送り込むという任務を受け持たされる。
これらの世界中に散らばる三人の男たちは、やがて一つの事件に巻き込まれていくことになる。こういった作品にはありがちな構成ではあるが、作者はBBCのテレビ・ドラマシリーズのライターと知られる人物らしく、登場人物や舞台の描写はさすがに手慣れたものである。また周到な取材をしただけのことはあり、作品内に散りばめられた情報量も極めて多い。


No.21 5点 ララバイ・タウン
ロバート・クレイス
(2023/02/25 19:42登録)
以前、エルヴィス・コールが離婚するのに手を貸してやったハリウッドで働くパトリシア・カイルから、依頼人の紹介の電話がかかってきた。依頼人はピーター・アラン・ネルソン。彼は学生時代、映画監督として売り出す前にカレンという女性と結婚し、トビーという息子を持っていた。別れた後、ネルソンは監督として大成したが、その女性はそれきり彼の前に姿を現さなかった。別れたきり会っていないその女性と子供をコールに捜し出してほしいという依頼だった。
コールは、マフィアから逃れられない女性とその元夫であり有名監督でもある男の双方を手助けをする立場に追い込まれ、彼らの生活を守ろうとして努力する。
依頼人の女性とコールが、ほとんど知り合ってもいないのに、マフィアから逃げ出す手助けをコールが申し出るのは描写不足だろう。全体的に、描写が散漫であるのが見受けられるが、マフィアの陰謀を暴く過程はじっくり書けている。


No.20 5点 ナルシスの誘惑
ダイアナ・ハモンド
(2023/02/25 19:31登録)
才能と美貌に恵まれ多くの人を魅了しながら、不可解な死を遂げたセオ。一人のフィアンセとして、セオに興味を持っていたジェインだが、二人の間で彼女が話題になることはなかった。それに、幸せな結婚生活を送るうちジェインの好奇心は次第に薄らいでいきもした。結婚して三カ月目のある日までは。
複数の視点から描かれる複雑に入り組んだプロットと、それを包み込むような甘く妖しい雰囲気を楽しむことが出来るが、セオの死の謎よりもむしろ「演技者」が物語の中心になっているので、多少はぐらかされたような気分になるかもしれない。いくつもの欠点を抱えながらも魅力的な作品ではある。

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