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ミステリの祭典

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ぷちレコードさんの登録情報
平均点:6.24点 書評数:287件

プロフィール| 書評

No.67 5点 歩道橋シネマ
恩田陸
(2021/06/29 22:49登録)
ホラー含みのファンタジー作品集。
とにかく見過ごしがちな、日常のさりげない光景や営みを独特の感性で切り取って見せる技は、この作者の持ち味でしょう。
作品は、いずれも断章と呼ぶべき短いもので、「コボレヒ」などわずか2ページしかないが、どことなくひやりとさせられる不思議な小品だ。ミステリ色の強いのは冒頭の「線路脇の家」「楽譜を売る男」「降っても晴れても」のあたりでしょうか。どれも短いので、ゾッとするまではいかないが、雰囲気に満ちた佳品ぞろい。


No.66 7点 誘拐
五十嵐貴久
(2021/06/29 22:42登録)
総理大臣の家族を巻き込む前代未聞の事件が展開していく。
韓国大統領の来日を間近に控えた東京は、これまでにない厳戒態勢が敷かれていた。歴史的な条約締結を控えていたためだ。そんな時に首相の孫娘が誘拐された。密かに捜査を進めていく警察。しかし、全く痕跡を残さない犯人たちの綿密な犯罪計画の前に翻弄されるばかりだった。やがて事件は解決へと向かっていったのだが。
犯人側の視点から犯行のほとんどが語られていくものの、政府や警察側は事件の着地点と目的がいつまでも判然としないまま混乱するばかり。多くの「誘拐」ものの醍醐味は、誘拐された者の身の安全と身代金の受け渡しに関する犯人と警察の攻防だが、ここでは二重三重に意表を突かれてしまう。
結末には、単なる誘拐事件を扱った警察小説にとどまらない驚きが待ち受けている。


No.65 6点 スタフ staph
道尾秀介
(2021/06/17 22:22登録)
肩肘はって頑張る女性とその甥。その甥が巻き込まれる少し変わった事件。
全く先の見えない展開に、衝撃のどんでん返しに驚くが、そこからさらに待ち受ける衝撃の真相に唖然とさせられる。
最後にこの物語の本当の狙いに気づいた時は、胸を締め付けられるほどの切なさを感じた。


No.64 6点 キャプテンサンダーボルト
阿部和重 伊坂幸太郎
(2021/06/17 22:17登録)
経済的に追い込まれている主人公たちが、ちょっとした判断ミスから巻き込まれてしまった国際的なテロ事件と国家権力の闇の部分。
強大で理不尽な敵に対して、あまりにも非力に思える彼らが勇気と行動力と仲間の助けと、そして何よりも少年時代の思い出を武器に窮地に立ち向かっていく姿を、緊迫感と共に描いている。
エピローグは少々都合良すぎるか。


No.63 5点 ファイナル・ゲーム
黒武洋
(2021/06/08 23:05登録)
本の帯の紹介に「バトル・ロワイアル」「SAW」「ライアーゲーム」の系譜、とあるとおり、大胆な虚構性と残酷なゲーム性が打ち出された異色ドラマ。
ある時、大学のサークル仲間五人が、卒業七年後に再び集結した。彼らを待ち受けていたのは、絶海の孤島での生き残りを賭けた殺人ゲーム。
突然、逃げ場のない孤島に放り込まれ、殺人が連続する。現代風な「そして誰もいなくなった」状況がゲームのように始まるかと思えば、後半になると予想外の展開と新たな混乱が巻き起こる。奇想と極限状況と逆転劇が巧みに織り交ぜられた物語。


No.62 8点 ウォリス家の殺人
D・M・ディヴァイン
(2021/06/04 22:56登録)
大学教師のモーリスは、幼馴染の人気作家ジョフリーの妻から夫の様子がおかしいと言われ、ジョフリーの邸宅を訪ねた。
近所に住むジョフリーの兄ライオネルとの確執、妻の不倫、編集者との意見の対立とさまざまな問題が露見する中で、ジョフリーが殺される。犯人としてライオネルが逮捕されたものの、新たな証拠や動機が発見され、いくつもの可能性が浮上してくる。
邸宅に出入りする全員に動機があり、全員が何かを隠していて、しかも全員がはっきり言って嫌な人間であり、誰が犯人でもおかしくない。巧みな伏線を張り巡らし、衝撃の真相へと導いていく手腕は素晴らしい。


No.61 8点 チャイルド44
トム・ロブ・スミス
(2021/06/04 22:49登録)
政治的な粛清が横行したスターリン時代の旧ソ連を舞台にした作品。
冒頭から飢えに苦しむすさまじい描写に圧倒される。家畜やネズミはもちろん、ペットの猫や革のブーツまで食べ尽くした村。一気に物語に引き込まれていく。
民警に左遷されてしまったレオは、赴任先で子供の変死体を発見し、衝撃を受ける。かつて強引に事故として処理した子供の変死体とそっくりだったのだ。
誰もが信じられず、常に裏切りを警戒して生きてきたレオだが、捜査の過程でまず妻を、さらに市井の人々を信頼することを学ぶ。スリリングな逃走劇や劣悪な環境でのサバイバルも読み応えがあるが、何よりも人間として再生していくレオの姿に、心を揺さぶられた。


No.60 6点 ブラックペアン1988
海堂尊
(2021/05/26 22:47登録)
初期三作同様、東城大学医学部付属病院を舞台にしているものの、題名のとおり、一九八八年の出来事が語られていく作品。
外科研修医の世良は、日本を代表する名医である佐伯教授のもと第二助手として外科手術の現場に携わることになった。そんな時、新たに講師として外科教室にやってきた高階は、最新の手術用機器を積極的に導入しようして、佐伯教授と対立していった。世良は現場の経験を積みながらも、大学院内の様々な暗部や策謀を目の当たりにする。
例によって「糸結びの練習」「小天狗」など、印象深いエピソードやキャラクターが随所に登場し、最後まで一気に読ませていく。主人公が新人研修医だけに苦い青春ものとしての味わいもある一方、従来の過剰なドタバタ劇が影を潜めた分、人間ドラマの奥行きが増し、海堂版「白い巨塔」の趣も強い。


No.59 5点 アルジャーノンに花束を
ダニエル・キイス
(2021/05/26 22:36登録)
物語の初めは、ひらがなばかりで、誤字の多く読み難かった文章が、だんだん漢字が増え、句読点も使いこなし、難しい言葉が増えていく。こうして文章が少しずつ変化していくことでチャーリーの知能が高まっていくのが伝わってきます。
気付かないでいること、知らないでいることの方が幸せなのか、それとも辛い現実に直面したとしても真実を知ることが幸せなのか、どっちがいいのか考えさせられます。


No.58 5点 探偵は教室にいない
川澄浩平
(2021/05/17 22:31登録)
日常に潜むささやかな謎を中心に、四人の少年少女の幼年期特有の青春や葛藤が微笑ましくもあり、切ない気持ちにさせられる。
ミステリといえど、複雑怪奇な内容ではないので、気軽に誰でも楽しめる作品となっている。


No.57 5点 刑事何森 孤高の相貌
丸山正樹
(2021/05/11 23:34登録)
デフ・ヴォイス・シリーズに出てくるキャラクター、何森刑事を主役にしたスピン・オフ。
車いす利用者の女性宅で起きた「二階の死体」、刑事の言いなりになる、供述弱者の自白を追求する「灰色でなく」、記憶を失ったまま服役していた強盗犯と対峙する「ロスト」の三作からなる。そのうち後の二作はシリーズのヒーロー、手話通訳士荒井尚人の妻である刑事の荒井みゆきが何森の相棒となる。
なかでも「ロスト」は二転三転の展開で読ませる。記憶障害は演技なのかそうでないのかを見極める話だが、荒井の家族の物語と何森自身の悲痛な過去を絡めて、ラストの手話のやり取りで一気に盛り上げる。美しい情感が行間にこめられている。


No.56 6点 向日葵を手折る
彩坂美月
(2021/05/11 23:26登録)
山形の山間の集落を舞台にした青春ミステリ。
父親が突然亡くなり、母親の実家に引っ越してきた小学六年生の高橋みのりの四年間の物語。不穏な事件が相次ぎ、村に伝わる都市伝説的な「向日葵男」の仕業と目される中、みのりは予想もしない真相にたどり着く。
みのりと男の子二人をめぐる複雑な関係が主で、ひとりひとりの成長物語がメインなので、ミステリとしては薄味かもしれないし、テンポものんびりしている。しかし、切々たる情感があらゆる場面にあり、それだけで読まされる。悲しくて痛ましい真相が明らかになり、人間関係が見えなくなる。最後には体が熱くなるほどの情景が用意されている。


No.55 7点 禁じられたジュリエット
古野まほろ
(2021/05/01 21:58登録)
ミステリを読むことが禁じられた世界。囚人と看守に分けられた生徒による監獄。見守る二人の教師、そして殺人。あくまでフェアに、あくまで最善を尽くしたロジックで殺人者を炙り出していく過程は見事。


No.54 6点 いくさの底
古処誠二
(2021/05/01 21:56登録)
日本人将校の殺害に端を発する物語。その犯人は一体誰なのか、というのが話のメインだが、終盤に連打されるどんでん返しが、まさにこの時代、この場所、この語り口でなくては成立しないものになっており、ミステリと戦争小説を融合した作品。


No.53 6点 魔王
伊坂幸太郎
(2021/04/22 22:19登録)
表題作の「魔王」では、奇妙な超能力に与えられた兄弟の物語。背景には、軍事力をめぐる改憲と漠として広がるファシズム的空気がある。他人に思い通りのことを喋らせる念力が突然、兄に備わり彼がその力により日本中を覆う不穏な流れに逆らおうとする。兄の超能力には、一瞬ながら敵と一体化するほどの極度のシンパシーが存在するということで、それがこの小説の一番の不気味さになっている。
「呼吸」では、不思議な確率に魅入られた弟が描かれる。シューベルトの「魔王」が引用されているが、人の心は時として思わぬところへ赴く。しかし、あの歌曲の幼子のように無理矢理さらわれていくのではない。本書は政治よりも、人間の意思のそうした「得体の知れなさ」を描き出しているようだ。


No.52 5点 望み
雫井脩介
(2021/04/11 23:58登録)
家族のどの人物の気持ちも分かり、どのような結果であっても辛い。そしてネットからの情報が身近に感じ、実際に起こりうるだろうと思うと恐怖を感じた。子供たちがいつ犯罪に巻き込まれるのか、それが被害者かもしれないし、加害者かもしれない。改めて考えさせられる作品であった。


No.51 6点 黒祠の島
小野不由美
(2021/04/11 23:54登録)
ある論理を貫徹させるために、一つの村と宗教を作り上げてしまうという発想が卓抜だと感じた。特殊でいて借り物でない物語の舞台が、鮮やかな犯人像をくっきりと浮かび上がらせている。びっくりするような驚きはないものの、物語のテーマが静かな熱をもって迫ってくる。


No.50 8点 ゴールデンスランバー
伊坂幸太郎
(2021/03/27 13:38登録)
無実の罪を着せられた主人公の手助けをしてくれるさまざまな人が、自分の人生を生きていて、何かが欠けていたり、狂っていたり、息苦しさを感じたりするけれど、真っ直ぐに生きている。だから主人公に手を貸していく。その姿が魅力的。
特に気に入ったのは、直接的に主人公を助けたわけではないが、主人公の父親の言葉は素敵だと感じた。世間から批判の目を向けられても、一蹴して彼らの意見など見向きもせずに主人公を信じるそのさまは、心に込み上げてくるものがあった。登場人物の姿、生き様が魅力的な一冊。


No.49 6点 女王はかえらない
降田天
(2021/03/27 13:27登録)
ある児童が女王のように支配している小学校のクラス。ところが転校生の登場でその勢力図に変化が生じる...。
スクールカーストの陰湿さや小学生同士のパワーゲームの凄まじさを描く筆力が只者ではないし、メインとなる仕掛けも真新しさは乏しくとも、これでもかと言わんばかりの高密度で張り巡らされているので圧倒される。


No.48 9点 ゼロの焦点
松本清張
(2021/03/13 22:21登録)
敗戦後の日本が、立ち直り経済復興を始めようとしたとき、敗戦とアメリカによる占領時代のもたらした影の部分を、推理小説というスタイルで描き出している。
犯罪の動機付けの背後に、社会の現実が大きく関わっている。登場人物たちが見せる、その微細な感じ方がよく描かれており、犯人像が次第に明らかになっていく後半はスリルに満ちている。

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