ことはさんの登録情報 | |
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平均点:6.28点 | 書評数:254件 |
No.214 | 6点 | 半席 青山文平 |
(2024/01/03 15:00登録) よくできている。時事の風俗描写と思われるものが伏線になったり、シリーズを通して登場するキャラの使い方もとてもよい。 ただ、短くて、事件の説明から、即、解決で、あっけない感じはある。また、動機の解明が中心で、その部分は納得感はあるものの、ミステリ的な反転/意外性は大きくない。似た作風として、泡坂妻夫の作品を思い浮かべたが、そちらのほうが反転に大きな意外性ある。 私の好みのど真ん中ではないので、あまり点数は高くないが、これが好みの人もいるに違いない。 |
No.213 | 6点 | 盤面の敵 エラリイ・クイーン |
(2024/01/03 14:56登録) ミステリ的仕掛けは、いまひとつに感じるが、たぶん、狙いが刺さっていないからだと思う。 本作の発表は1963年。有名映画のxxxは1960年で、xxxxの「xxxとxxxxx」は1957年。EQMMの編集も行うクイーンが、これらの作を知らないことは考えられないので、本作はこれらを踏まえて書かれているはずだ。だとすると、これらに似たあの反転の仕方が狙いでなく、別の部分が狙いなのだと思う。想像では、真犯人の立ち位置が狙いなのだと思うのだが、それは私にはあまり刺さらなかった。 とはいえ、刺さる人には刺さるのかもしれない。例えば、本作を読んで、少し情報を検索したのだが、スタージョンの日本語Wikiに、ウィリアム・L・デアンドリアが本作を好きだったことが書いてある。デアンドリアには刺さったのだ。「だからあの作か!」と思う。 また、シオドア・スタージョンが書いたと知って読むと、シオドア・スタージョンの作風が見え隠れして興味深い。これも、スタージョンの日本語Wikiの記述だが、法月綸太郎の評価として”「孤独な魂に送られてくるメッセージ」というスタージョン的なモチーフが利用されており”とあり、とても腑に落ちる。 細かい描写が逐一記述されるのも、スタージョンらしさだろう。例えば、ウォルトの動きで、”製氷皿2枚をとりあげ、台所の裏のポーチに出ると、皿を手摺りにのせ、ドアに鍵をかけ、また皿をとりあげて……”と、長々と記述している。 他には、タイトルは、邦題より原題の方がよいと思う。邦題は1つの意にしかとれないが、原題はあいまいで、いくつもの捉え方ができそうだ。結末を知って原題を読むと、「Other Side とはあれか?」と思うところがあるし、登場人物がそれぞれ抱えている秘密も Other Side にあたるともとれる。 いろいろな読みができる力作で、スタージョン好きには特に興味深く読めると思うが、普通のミステリ的カタルシスをもとめると、肩すかしかもしれない。 ああ、それと、ハヤカワ・ミステリ文庫版の扉裏には「リーに捧ぐ」とある。いやいや、いろいろな読みができる献辞です。 |
No.212 | 5点 | 幸運を招く男 レジナルド・ヒル |
(2023/12/31 01:44登録) イギリスのヒルによる、モジュラー型・私立探偵小説。 ヒルは、ダルジールものでもモジュラー型といえる作品がいくつかあるので、お手の物。とはいえ、ヒル作品の読みどころは、キャラクターとその掛け合いにあるので、その点では少し物足りなかった。 ダルジールものは、長年書き継いでいるだけあって、くっきりとキャラが立っていて、掛け合いも実に楽しいのだが、本作ではいまひとつだ。作風をコメディにふっているため、ちょっと毒が足りないせいかもしれない。 ただひとり、辛辣な若い女弁護士のブッチャーは、とても好みだった。機会があったら、別の作品を読むのもいいかな。とはいっても、翻訳されていないものもあって、5作中の3作しか訳されていないんだよね。 |
No.211 | 6点 | サクラオト 彩坂美月 |
(2023/12/31 01:42登録) 初出を参照すると、時間をあいて書かれている。そのせいか、後の作にいくほど描写がうまくなっている。特に第5話の導入はなめらかな語りで、かつ、緊迫感があり、実にいい。 しかし、個々の作品のプロットについては、強引さが感じられ、現実感のある作風との違和感があり、少しのれなかった。強引さのため、(最終話で自身で書いているくせに)「キャラクターと行動に齟齬があります」という状態になっている。 例えば3作目では、普通の人に感じられる視点人物が、いきなり探偵役をつとめるので、二重人格かと感じられるほどだ。やはり、ホームズ/ワトスン・システムはよくできているのだと、実感した。 全体の仕掛けも効果はいまひとつ。丁寧に伏線がはられているが、それでも納得感が足りない。 文章表現は、よいと思ったので、作品はチェックしていこうと思う。ひょっとしたら、仕掛けと表現がかっちりはまった「これは好み」という作品を書いてくれるかもという期待はある。 |
No.210 | 2点 | 男は旗 稲見一良 |
(2023/12/03 13:11登録) 最初の章は、かなり意外な視点人物で読み応えがあったが、すすむにつれて展開/描写がゆるくなり、迫真性がなくなる。それに替わって、SFやファンタジーのセンス・オブ・ワンダー感があるわけではなく、荒唐無稽な展開がだらだらすすんでいく感じで、うん、申し訳ない。私にはまったく、あいませんでした。 |
No.209 | 6点 | 女の顔を覆え P・D・ジェイムズ |
(2023/11/25 00:56登録) 最近、ジェイムズの後期作をつづけて読んだので、初期作はどう感じるかなと思って読んでみた。 (再読だったのだが、いや、完全に忘れていた。犯人すら思い出さない。初めて読む状態でした) まず、後期作と比べると、やはり、読みづらい。読みづらさの原因は、第一に、3人称多視点だからと感じた。Aは思った、Bは思った、Cは思ったと、普通に続くところが多いので、見通しが悪くなっている。第二としては、状況の提示に強弱がないことだろう。雰囲気をつくる情景描写も、重要なデータ提示も、同じトーンで書かれるので、なかなか咀嚼に時間がかかってしまう。 そのため、読む時間は、結構かかってしまった。 (これは後期作も同じだが)ダルグリッシュのキャラが名探偵でない点も、読むスピードにドライブがかからない点だろう。ダルグリッシュからは、名探偵にあるひらめきや見事な着想がまったく出てこないので、名探偵というよりは有能な刑事だ。キャラクターの立ち位置で近いと感じるのは、マルティン・ベックかな? 他に、舞台設定がお屋敷なので、後期の社会的広がりと比べると地味な点も、後期作に軍配があがる。 途中、「やはり後期作の方が全然好きだな」と思ったが、解決シーンでかなり盛り返した。 被害者のキャラクターに焦点があたっていく構成は見事だし、完全に作者の誤導に引っかかってしまったので、解決にはびっくりさせられた。1章のあれや、現場の状況から、真相を完全に眩まされてしまった。 ミステリ的な意外性ではかなり高得点だが、でも、やはり総合的には、後期作が好きかな。 |
No.208 | 7点 | 殺人展示室 P・D・ジェイムズ |
(2023/11/13 00:38登録) 出だしの第1部では、例によって、事件発生前の関係者が、だいたいひとり1章かけて、じっくりと描かれる。濃密な描写でひとりずつキャラを立てていくのは、いつものジェイムズ節だ。 事件発生後の第2部では、事件関係者のひとりひとりを、ダルグリッシュ・チームのメンバーが訪ね歩く。ここは私立探偵小説のようで、なかなか楽しい。関係者が一堂に会する設定ではないので、ロンドンの街を訪ね歩くのだが、その街がそれぞれ個性があり、ロンドン探訪記の趣なのもよい。 ただ、前作までより、いくつかの点で、描写に緊密感がなくなっていると感じた。(ジェイムズの濃密な描写が苦手な人には、かえって読みやすいかもしれないが) 1つは、関係者を訪ね歩くときの日時が、明確でないこと。何人もの元を訪ねるのだが、同一日なのか、翌日なのか、昼か夜か、曖昧なところがおおい。また、登場人物の背景描写も、いつもより薄い。例えば、ベントン・スミスは今回が初登場だが、初登場のチーム・メンバーならば、いつもなら、どんな経歴かを数ページにわたって書いていたのに、今回はない。外見描写くらいだ。(まあ、ここは、描写が普通の作家並みになっただけだが) 今回、後半になって、ミステリ的興趣が強くなって、面白かった。2つめの事件の絡み方がジェイムズらしくなく劇的だし、ほぼ最終章で明かされる事件の経過には、犯人特定のロジックがさらりと書かれている。それも、クイーンならば、「なぜ逃げなかったのでしょうか?」と劇的にプレゼンテーションしそうなもので、ここは、かなり好み。 他、著者82歳のときの作品とのことだが、背景のクラブの話はそんな年齢を感じさせないもので、なんかすごいなと思う。しかも、これが「特別班に要請がきた背景と絡む」というのが終盤で明かされるのは、ちょっとした皮肉がきいていて、楽しい。 それにしても、思ったより、ダルグリッシュのプライベートの話がなかった。ほんの数シーンしかないぞ。もっとがっつりあることを期待していたのに。他レギュラー・メンバーについても、ミスキン警部も含めて、見せ場は少なめ。心理描写も、いつもより少ないのは、ちょっと残念。そういえば、「死の味」でいい味を出していたコンラッド・アクロイドが本作には顔を出すのは、ファン向けのサービスでしょう。 |
No.207 | 6点 | 神学校の死 P・D・ジェイムズ |
(2023/11/13 00:14登録) ここ数作、いつも書いているが、ジェイムズ作は作を追うごとに読みやすくなっている。章立ても細かく、ポケミスで10ページを超える章があまりないくらいで、もはや、重厚という感じはなく、描写が濃いというレベルだ。これなら、アンドリュー・ヴァクスのほうが、よほど読みづらいぞ。 他に、ダルグリッシュ視点の章がかなりおおくなっているのも、読みやすい要因だろう。6割ほどがダルグリッシュ視点ではないか? ダルグリッシュ以外の視点の章も、捜査側視点の章と、事件関係者視点の章が半々で、ジェイムズ作品としては驚くほど捜査側視点で物語がすすむ。いままでは、事件の捜査と、関係者の群像劇が、半々といった作品が多かったが、本作は、すっかり警察小説の味わいだ。 事件関係者視点の章でも、いままでどおりに人物がみっちりと描写はされるのだが、(いままでのように事件とあまり関係ない心理的葛藤ではなく)事件をふまえての心理描写なので、ミステリ的興趣が濃い。捜査の展開としても、後半のある事実が判明するところは「おっ!」と思ったし、全体としてそうとう面白い警察小説になっている。 途中までは、「これは、ジェイムズ作でいちばん好きかも」と思ったが、最後がだめだった。警察小説だとしても、これはミステリとしての興趣がなさすぎる。これで少し減点。 他に特徴をあげると、本作ではダルグリッシュの視点がおおいだけでなく、ダルグリッシュについても、今までになく筆が費やされている。いくつか上げてみると、ダルグリッシュの自宅が紹介されたり、舞台がダルグリッシュが学生時代を過ごした場所だったり、そのためダルグリッシュの過去の回想シーンが(!)あったり、ダルグリッシュの詩があったりする。前作をふまえてのダルグリッシュの思いや、ダルグリッシュがチームのメンバーに思いをはせたりなど、心理描写もおおい。 本作以降の情報にふれてみても、本作以降もダルグリッシュの私生活は重要要素のようで、きっと、作者が80歳をむかえて、ダルグリッシュについて書きたくなったのだろうと感じた。 しかし、それにしても、本作のラストのダルグリッシュの行動は、唐突感がおおきい。交流シーンは、ほんの数回しかないぞ。 ひるがえって、ミスキン警部は、残念ながら出番が少ない。それでも、エピローグ前のメイン・ストーリーの最終シーンで見せ場があるのは、ファン向けのサービスかな。 |
No.206 | 5点 | 婚活中毒 秋吉理香子 |
(2023/10/21 19:04登録) 婚活を絡めて、きっちりキャラクターをたてて、最後にはきれいに反転を決める。よくできた短編集。なのに、何故かあまり刺さらなかった。 ということで、刺さらなかった要因を自己分析してみた。 まず、キャラクターについて刺さらなかったのは、作品をコメディ・タッチにしようとして、キャラクターも少し戯画的になっているためだったと思う。「日常の謎」には好きな作品も多いが、私の場合は、それはキャラクターに共感できてこそだが、本作は戯画的になっているので、共感というより、一歩引いて眺めるようになっていたからだと思う。 反転については、新本格以降の「どんでん返し」というより、ヘンリー・スレッサー風の「ラストを気の利いた反転で締める」とというものだったからだと思う。ヘンリー・スレッサー風は、そんなに好きではないんですよね。 (もう、ヘンリー・スレッサーがわかるのも、年寄しかいませんね。違いをもう少し補足すると、新本格以降の「どんでん返し」は、伏線を丁寧に張り「これしかない」感を強く出し、物語全体のイメージを変更するものという感じ。ヘンリー・スレッサー風といったのは、そこまで伏線が強くなく、物語全体のイメージは変わるほどではないが、「あ、そういうことか」と物語がきれいに収束するといったところ) 私には刺さらなかったが、キャラクター/ストーリーとも、刺さる人には刺さると思うので、気になる人は読んでください。あと、リーダビリティは抜群です。 |
No.205 | 5点 | シャーロック・ホームズの蒐集 北原尚彦 |
(2023/10/21 19:02登録) ホームズ・パスティーシュ。 よくできているんだけど、オリジナルの「冒険」から「帰還」までの話とは、何かが違う。なんだろう。テンポ? 会話? 「最後の挨拶」、「事件簿」と比べると、違和感はないかな。 作中では「詮索好きな老婦人の事件」がよかった。 |
No.204 | 5点 | 三つ首塔 横溝正史 |
(2023/10/15 20:38登録) まあ、まずは扇情的。事件がつぎづきと起こり、ひとつひとつが派手なので、細かいことを気にしないで読んでいるぶんには飽きさせない。乱歩のジュブナイルを、さらに扇情的にしたような読み心地。 しかし、ちょっと考えると、犯人が優秀すぎ、もしくは、都合が良すぎで、「これ、どうなの?」と感じてしまうので、全体を通しての構築感はない。横溝正史の有名作は、とても構築感があるので、ここはかなり違うところ。 また、トリックや意外性などもあまりないので、有名作と比べるとかなり評価が下がる。 (いま本サイトをみると、評価数の多い6作が、評価順でも上位6作で(評価数が少ないものは対象外としてだが)、この6作が代表作というのが世評なのだな。納得) 多分一番版が新しいと思われる角川文庫版で読んだが、本作品の巻末には、よくある「不当・不適切と思われる語句や表現が……」というのがあるが、語句や表現だけでなく、ストーリー展開やキャラクタなど、いまの新作では出版は駄目だろうと思われる部分も多い。ヒロインにあたる語り手がxxされるのなんて、ちょっとまずいよなあ。 なお、巻末の文は、「……一部を編集部の責任において改めるにとどめました」となっているので、手直しが入っているようだ。どれくらいの修正量かはわからないが、気になる方は、古い版にあたったほうがいいかも。 |
No.203 | 5点 | 赤毛のストレーガ アンドリュー・ヴァクス |
(2023/10/08 00:08登録) プロットは極めてシンプル。普通の書き込みなら、200ページにも満たないんじゃないかな。ここまで長いのは、すべてのシーンをじっくりと書き込み、さらにプロットになくてもいいエピソードや日常描写も、たくさん書き込んでいるからだ。 本作を楽しむには、この濃密な描写を楽しめる必要があるが、私はよい読者ではなかったな。まあ、それだけではなく、読むタイミングも良くなかったなと思う。 原作が1987年に書かれているためだろう。作中の「強大な悪」と「虐げられる人」という社会構図が、かなりシンプル。同時代ならば、この濃密な描写から強い迫真性を感じたのかもしれないが、現代のもっと複雑な社会構図から照らしてみると、どこか現実感のない異世界のようにも思えるのだ。もっと早く読むべきだったな。 |
No.202 | 6点 | 殺人鬼(角川文庫版) 横溝正史 |
(2023/10/08 00:06登録) 「百日紅の下にて」が世評が高いのは納得。他3作とあきらかに雰囲気が違う。 他3作は、軽く読めるエンタメ文体で、たしかに楽しく読めるが、強い印象は残さなかった。 「百日紅の下にて」は、開始からじっくりと情景描写して雰囲気を出し、ゆるりゆるりと、昔の事件の質疑に入っていく。これは印象深い。事件の質疑もサスペンスフルで、「ジェミニー・クリケット事件」を思い出させた。(本作のほうが書かれたのは先なので、私が読んでいて思い出させられたというだけですが) ただ、ミステリ的つくりは、それほど凝っていないと感じた。それより、背景となる人間関係、特に少女を育成するところが、戦前の横溝の耽美な作品を想起させる「妖しい雰囲気」で好み。 「百日紅の下にて」で、ひとつ残念なのは、ある人物の素性を明かすタイミングがなかなか楽しいのに、今の角川文庫のパッケージングでは効果がないことかな。知らずに読んだら、おおっと思うのに。 まあ、その素性がわかっていても、最後の1行はニヤリとさせられるので、ファンへの目配せも効いた、良作です。 |
No.201 | 5点 | 霧に溶ける 笹沢左保 |
(2023/09/17 17:51登録) 笹沢左保は未読なので、ひとつ読んでみようと、評価が高いものを読んでみた。 まずは、事件が起きるまでの、各登場人物の状況/紹介は楽しめなかった。生々しいというか、醜悪というか、社会派全盛頃の作品の、この手の雰囲気はやはり好みではない。特に1章に登場する男、まったく共感できなかったが、当時の人達はこれに共感できたのかなぁ。 事件が起きてからは、快調に読めたし、なかなか凝った構図が展開されるところは楽しめたが、トリックはどれも小粒。また、演出がいまひとつ好みでないのか、驚きやワクワク感は感じなかった。 世評ほど、私には刺さらなかったな。 |
No.200 | 8点 | レイトン・コートの謎 アントニイ・バークリー |
(2023/09/10 03:07登録) 創元推理文庫から文庫版が発売された。 (喜ばしい。帯には「最上階の殺人」も、新訳で文庫発売予定とある。ますます喜ばしい) 単行本発売時に読んだが、超有名作の「あれ」に先駆けて「これ」が書かれていることに驚いた。1984年刊の創元推理文庫「ピカデリーの殺人」の解説で、「今となっては翻訳される可能性は少ないが」と書いているが、いやいや、「”すぐに訳すべし”と激推しすべき作品でしょ!」と思ったものだ。本作を未読の謎解きミステリファンは、今からでも読むべし。 本作を読もうという人が「あれ」を知らないということは考えられないので、「わかるかな?」という心配も、いらないしね。 でも、「その”あれ”を知ってたら、”ああ、あれか”と、なるんじゃないの?」と思われては困る。それ以外にも十分読みどころがある。 例えば、「毒入りチョコレート事件」の多重解決に先駆けるような、仮説の構築と崩壊もあるし、ユーモア小説のような喜劇的展開は、今でも十分楽しめる。その中でも必見なのは、捜査の過程でシェリンガムのある仮説が崩されるところ。謎解きの試行錯誤の課程で、こんなに笑ったことはない。絶対笑うよね? 全体のユーモアが、後期のバークリーとは違い、ブラックなシニカルさが全くないのもいい。ブラックな味も好きだが、この作品には、真っ白とも言える、この明るいユーモアのほうがぴったりだ。 |
No.199 | 6点 | カモフラージュ 松井玲奈 |
(2023/09/03 12:59登録) 本サイトにあると思わなかった。ミステリではないよなぁ。言いくるめるとしたら、一部ホラー風味があるので、「ホラーはミステリだよね」と強引に紐づけするくらいかなぁ。 ミステリではないけれども、なかなか楽しかった。シチュエーションとキャラクターとそのリアクションを楽しむ小説。 楽しい言い回しも多い。 例えば「拭っても、拭っても」の冒頭。地下鉄の階段をのぼる可愛らしい女の子を描写し、待ち合わせしていた彼氏とはしゃぐのを見たところで、語り手のひと言。”なんだこの流れ弾に当たったような気分は”。共感できるよ。 「いとうちゃん」は、メイド喫茶て働く女の子が語り手で、(読み手の経験値がないからか)もはや異世界ファンタジーの趣き。 ホラー風味の話もあり、多彩な作風で飽きさせない。すごいな。 元売れっ子アイドルで、大河ドラマにもでる女優で、小説も書く。多才だなぁ。 |
No.198 | 5点 | 首のない女 クレイトン・ロースン |
(2023/09/02 22:06登録) 読み終わって、本サイトをみたら、虫暮部さんの感想が自分の言いたいことそのままだった。 ”そもそもどのような事件が進行しているのか判りづらいし、その判らなさが映えるような構造でもないし、登場人物は多いし、結末直前になって読者には知りようのない裏事情が明かされるし”。その通りだ。 他に書くとしたら、そうだな……。 まえがきで山口雅也が書いている「巧妙極まりない詐術」が、なんのことか分からなかった。「どのような事件が進行しているのか」の部分が、ホワットダニット風だからか? どこを「巧妙極まりない詐術」と思ったのだろう? |
No.197 | 5点 | カックー線事件 アンドリュウ・ガーヴ |
(2023/08/19 18:32登録) この作品を読んだ後、カーヴはしばらく読まなくなったのだが、ここ数年でたくさん読んだので、読み方が変わるかもと思い、再読。 初読のときは意識できていなかったが、うん、これはかなりクロフツ風だ。 容疑がかけられた人物の潔白を証明するため、家族が捜査をすすめていくのだが、ここがかなりクロフツの味わいだと思った。でも、ここに意外な展開がなく、さらにうまくいきすぎで、それほど面白くないのが残念なところ。 視点人物が場面によって変わって、主人公が明確でないのも、物語に没入できなくしていると思う。 なんでこの作品を文庫化の3番目にしたのかな? ガーヴの中では下の方。初読時の評価は変わらなかった。 |
No.196 | 7点 | 田沢湖殺人事件 中町信 |
(2023/07/30 00:35登録) 1部の前半はあまり楽しめなかった。「ロール・プレイング・ゲームを、そのままノベライゼーションしたようだ」と思うくらい。「Aは悲しかった」といった無味乾燥な文章で、事件と経過がつづられていくだけなのだ。 これはちょっとつらいかなと思ったが、事件が動き出してからは面白かった。 文章が無味乾燥なのは同じだが、事件が動くこと、動くこと。別の事件が起き、謎があらわれ、謎が解かれ、そしてまた新たな事件が起きる。テーマパークのトラムみたいに、飽きさせない。最後に見えてくる構図も、なかなか魅力的だ。 これは評価が高いのもわかる。 ただ、評価するのは謎解きミステリ好きだけだろうな。文章表現や人物造形にはほとんど魅力がなく、プロット展開のみの魅力だけだから、ミステリ的なプロットに嗜好がない人には、退屈きわまりない作品かもしれない。 |
No.195 | 5点 | 死者はよみがえる ジョン・ディクスン・カー |
(2023/07/22 23:44登録) カーの1つの嗜好である「ナンセンスな状況に説明をつける」系統の作品。 終盤で、フェル博士が12の質問を投げかけていて、ここで本事件の状況のポイントが整理されているが、やっぱり好みから外れているんですよね。熱心に考えようと感じる質問がない。 この質問に「説明をつけたい」と色々考える人が、本作のよい読者なのだと思う。 ストーリー展開もどこかオフビート。 主人公が死体の第一発見者で、「容疑者扱いされるのか?」とサスペンス展開を期待させるのに、すぐ容疑者から外れてしまう。奇妙な状況が見えてくるが、まもなく状況説明されてしまう。意外な事件が起きるが、その犯人もまもなく判明してしまう。 都度、肩すかしされているようで、微妙にのれなかった。ただ、そうした中に、真相を知って読むと伏線とわかるデータを散りばめているのは見事。そこは、さすが、カー。 そして、最後は反則級(いや、反則か?)の大技が炸裂。この大技が楽しめる人は、本作のよい読者だ。私は残念ながら、よい読者ではなかった。よい読者の代表は、「カー問答」で本作を最上位においている、江戸川乱歩でしょう。 いずれにしろ、カーの1つの傾向を代表する作なので、(カーの最初の作品には不可能犯罪がいいとは思うが)カーをもっと読んでみようかと考えている人には、おすすめ。これが楽しめれば、同傾向の作品も楽しめるはずだし、また、この味わいは、ちょっとカー以外ではお目にかからないので、味わってみるのもよいでしょう。 |