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ミステリの祭典

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弾十六さんの登録情報
平均点:6.13点 書評数:459件

プロフィール| 書評

No.279 6点 死刑は一回でたくさん
ダシール・ハメット
(2020/03/23 23:30登録)
各務 三郎 編の傑作集、1979年出版。田中 融二 訳。私は講談社文庫ですが、電子本(Gutenberg21)でも入手可能。
『赤い収穫』の助走として読んでいます。いつものように初出順に並べました。データはFictionMags Indexで補正。K番号は小鷹編『チューリップ』(2015)のハメット短篇リストの連番。オプものの#は『コンチネンタル・オプの事件簿』(ハヤカワ文庫)所載リストの連番。
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⑵ The Tenth Clue (初出The Black Mask 1924-1-1 as “The Tenth Clew”) 「十番目の手がかり」: 評価6点
K19、コンチネンタル・オプもの#6。探偵小説してるのが面白い。沢山の手がかりを用意するのも結構大変だと思う。犯人はミステリ・マニアなのか?
p35 百ドル: 米国消費者物価指数基準1924/2020(15.13倍)、$1=1662円で換算して約17万円。
p36 S・Wの四五口径拳銃用(S. W. 45-caliber): .45 Smith & Wesson(別名.45 Schofield)はリボルバー用弾丸のブランド名。スコフィールド拳銃は.45S&W弾なら発射出来るが.45Colt弾だと薬莢が長く、シリンダーに収まらないため発射出来ない。コルトSAAは.45Colt弾も.45S&W弾も発射出来る。威力も.45Colt弾に比べて低いので.45S&W弾は1920年代には廃れていたものと思われる。弾丸の底に「45 S&W」と刻まれていたのでオプ達にもすぐに種類がわかったのだろう。
p37 十ドル紙幣(ten-dollar bills): 当時の10ドル紙幣は二種類あり、United States Noteが1907年からAndrew Jacksonの肖像、Gold Certificatesが1922年からMichael Hillegasの肖像、サイズはいずれも189x79mm。
p58 銃身のずんぐりした自動拳銃(a snub-nosed automatic): スナブノーズってリボルバーのイメージしか無かったが… 25口径ならそれっぽいかなあ。
(2020-3-23記載)
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⑴ The Man Who Killed Dan Odams (初出The Black Mask 1924-1-15) 「ダン・オダムスを殺した男」: 評価5点
K20。緊張感のある文章が素敵だが、この文庫は目次がネタバレ、阿呆か。
最後のセリフは “Good girl”、翻訳が難しいですね。
(2020-3-23記載)
創元文庫の稲葉訳は表現がまだるっこしい。田中訳の方がシャープ。Don HerronのWebサイトによると、ダネイはテキストの所々で語を削っている。まったく… (詳細はDon Herron Hammett: “Dan Odams”で検索) 比較すると稲葉訳はダネイ版によるものだが、田中訳はBlack Mask版のテキストのようだ。
ところで当時の電話の普及率が気になったので調べると米国(U.S. Householdとあるので家庭用)では1920年で35%くらい。意外にも5割越えは1950年あたりで、1960年で8割。多分、家と家が離れてる田舎の方が普及率は高かったのでは? なお英国では家庭用電話(households UK)の普及率を示すデータが1970年からのしか見当たらず、これが35%という超低率(その統計で5割越えは1975年、8割は1985年)。色々調べるとCharles Higham “Advertising: Its Use and Abuse”(1925)のデータだが「電話機の普及率は英国では47人に1台、米国では7人に1台、オセアニアでは12人に1台」というのがあり、どうやら英国人にとって電話という暴力的なプライヴァシー侵略装置はお気に召さなかったようだ。
(2020-4-12記載)
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⑶ One Hour (初出The Black Mask 1924-4-1) 「一時間」: 評価6点
K26、コンチネンタル・オプもの#9。気球男の関西弁には違和感あり。(原文では訛っていない、と思う) 急展開のアクション・シーンが良い。
p76 オランダの金… 百フロリン札: 金基準1924で100ギルダー(フローリン)は38.36ドル「38ドル相当」(p82)に合致。約6万4千円。当時の100ギルダー紙幣(1922-1929)は 'Grietje Seel' 座ってる女性のデザイン、薄い青、サイズ215x122mm。
(2020-3-23記載)
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⑷ Death on Pine Street (初出The Black Mask 1924-9 as “Women, Politics & Murder”) 「パイン街の殺人」: 評価7点
K29、コンチネンタル・オプもの#12。翻訳は女性の喋りの調子が上手くない。話自体は面白い。流れがリアルっぽい感じ(脳で考えただけだとこういう展開にはならない気がする)。オチの付け方も良い。
銃マニア的には薬莢が重要証拠となってるのが興味深い。ライフルマークは銃の指紋、ということが確立したのは1925年ゴダード創始。なので、この時代は薬莢に残った撃針の痕(Firing pin impression)が銃を特定するものとしてある程度利用されていたのかも。(探偵小説で撃針痕をネタにしてるのあったかな?)
p101 六百ドル: 約100万円。政治家の所持金。
p109 [略]… 話を読んで… 30分つぶした(spent the next half-hour reading about a sweet young she—chump and a big strong he—chump): アホそうな恋愛?小説を読んで時間を潰すオプ… 結構小説好きなのかも。
p132 拳銃を二つに折り(breaking the gun): ぶっ壊した訳ではなく、トップ・ブレイクの拳銃から弾や薬莢を出すために行った動作。38口径のTop Break revolverならIver Johnson, Harrington & Richardson, Smith & Wessonなどだが、有力候補はIver Johnsonか(ざっとみたところ他社のはモデルが古そう)。
(2020-4-15記載)
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⑸ Fly Paper (初出Black Mask 1929-8) 「蠅とり紙」
K56、コンチネンタル・オプもの#34。
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⑹ Too Many Have Lived (初出The American Magazine 1932-10 挿絵J. M. Clement) 「赤い光」
K67、サム・スペードもの。
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⑺ They Can Only Hang You Once (初出Collier’s 1932-11-19) 「死刑は一回でたくさん」
K68、サム・スペードもの。
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⑻ Two Sharp Knives (初出Collier’s 1934-1-13) 「両雄ならび立たず」
K72


No.278 6点 製材所の秘密
F・W・クロフツ
(2020/03/21 19:24登録)
1922年出版。原題The Pit Prop Syndicate(坑内支柱材組合) 創元文庫で読了。
クロフツさんの長篇第三作。レギュラー探偵のフレンチ警部はまだ登場しませんが、登場するヤードの警部の捜査法は前二作同様、コツコツしつこく確認する方式で、キャラ描写にも工夫がないので名前が違うだけの存在です。『樽』の逆で、まずアマチュアが探り、続いてプロの刑事が捜査する、という構成。冒頭の掴みは素晴らしく、アマチュアが捜査に至る流れも上々なのですが、謎がぼんやりしてて、探る手段も行き当たりばったりで推理味に乏しい。ここでのジャンルが「冒険」になってるのもうなずけます。プロ篇もクライマックスの持ってき方が間違ってる感じ。話の展開はそこそこ面白いんですけどね。(多分誤魔化して配るアイディアを思いついて小説に仕立てたのだろうと思います)
ところで物凄く気になったのが、探索中に一晩中隠れるやり方なんですが、トイレどうするの?って心配で… (欧米人はアジア人に比べて膀胱がデカいという噂だが…)
以下トリビア。原文はGutenbergから入手しました。
現在価値は英国消費者物価指数基準1922/2020(57.20倍)、£1=8116円で換算。
p23 砲弾ショックを受けて(shell-shocked): 当時はそういう若者が多かったのでしょうね。
p26 弱音ペダルの巧みな使用が夢幻的なオルガンの調べにいっそう趣きを添えるように(as the holding down of a soft pedal fills in and supports dreamy organ music): ピアノのペダルには弱音効果があるが、オルガンのペダルは最低音部の鍵盤なので、soft pedalとは言わないはず。
p33 まがい亀(モック・タートル)の物語を聞いたときのアリスの心境:『不思議の国のアリス』より。仔牛肉を使い、青海亀スープ(Green turtle soup)の味を真似たものをMock turtle soupというらしい。(なのでテニエル画では仔牛と亀の合いの子) モック・タートルは物語をちょっと話し始めるが、あとは沈黙ばかりでなかなか先に進まない。柳瀬尚紀訳(1987)では「海亀フー」
p93 色の黒い、角張った顔をしたほう(That's the dark, square-faced one):「黒髪の」
p95 ちっぽけな船に乗り組んで… 月に二十ポンドぽっきり(working a little coaster at twenty quid a month!): 16万円。安月給と考えているようだ。
p112 ロイド船級協会の船名簿(Lloyd's Register): 世界中の100トン以上の船が登録されている本。1764年から毎年刊行されているようだ。クォート版(250x200mm)、一巻2000ページくらい。
p117 ドイツ軍の機関銃陣地(German pill-box): 原文pill-boxはトーチカのこと。第一次大戦時のドイツ軍の機関銃はMG08(1884製マキシム機関銃のちょこっと改良版)
p149 フランスではブランデー1杯が6ペンス、イギリスでは半クラウンだ(A glass of brandy in France costs you sixpence; in England it costs you half-a-crown.): 6ペンス=203円。半クラウンは2.5シリング=30ペンス=1015円。随分と英仏で価格差があるのですね。
p153 支柱材の売値は7000本で四、五千ポンドらしいので、1本0.7ポンド=14シリング(=5681円)。
p197 小型のまがまがしい連発式拳銃(a small deadly-looking repeating pistol): 後の方でリヴォルヴァー(p199, revolver)、自動拳銃(p202, automatic pistol)とあります。多分、自動拳銃が正解でしょうか。32口径かなあ。
p229 自転車用のアセチレン・ランプ(an acetylene bicycle lamp): 1922年の広告で12個$72(=121824円)というのを見つけました。ネジ装具で取り付けるタイプなので外して懐中電灯としても使えるようです。
p221 伝声管(tube): 当時のタクシー写真を探しましたが、残念ながら伝声管が写ってるのは見つかりませんでした。当時は運転席と客席がガラス戸で仕切られており、客が声を掛けるにはガラス戸を開けるか伝声管を使ったものと思われます。1950年代後半までは運転席の左側が荷台になっている面白いデザインです。(左ドアがないので何コレ?と思いました)
p221 一シリング: 406円。運転手へのチップ。やや多めな書きぶり。ピカデリーとポンド・ストリートの角からキングズ・クロス駅までなら現在だと£15.89=2254円。
p226 イングランド銀行発行の5ポンド紙幣2枚、法定紙幣で1ポンド札が9枚と10シリング札が3枚(two five pound Bank of England notes, nine one pound and three ten shilling Treasury notes): 当時英国ではイングランド銀行紙幣と大蔵省(H. M. Treasury)紙幣の二種類が流通していた。Bank of England noteは証券みたいなデザイン(別名White Note、1725-1961)、Treasury noteの方は戦時中の貨幣不足を補うために臨時的に発行(1914-1928)したもので、普通にイメージする紙幣のデザイン。
p229 きわめて小型の自動拳銃(an exceedingly small automatic pistol): 多分25口径。
p232 有名な探偵小説『二輪馬車の秘密』(well-known detective novel The Mystery of the Hansom Cab): ニュージーランド育ちのヒューム作(1886)。現在、私は読書中ですが、これを読んでなくても全く問題ありません。
p252 十シリング: 4058円。大事な頼み事の手間賃。
p255 警部の妙技: この本では大活躍。まあ世間がその程度のレベルだった、という事でしょう。
p367 公衆電話室(telephone call office): 当時は電話が行き渡っておらず、電話ボックスの普及も不十分。(有名な赤い電話ボックスは1926年から) 当時、鉄道駅や大きな商店などの施設に公共用として設置されていたのがtelephone call office。電話はダイヤル無しのキャンドル・スティック型でしょうね。


No.277 6点 絹靴下殺人事件
アントニイ・バークリー
(2020/03/21 09:29登録)
1928年5月出版。原題The Silk Stocking Murders。晶文社の単行本で読了。
今回初めて読みました。猟奇趣味全開です。これ以上やると欧米では許されないでしょうから、この程度の描写ですが、クライマックス・シーンなんてグロ版「草上の朝食」ですからね… 問題の場面はバークリーの妄想が過ぎてリアリティが全くありません。誰がそんなの許すかって話です。(有効性もかなり疑わしい。なので、作者がどうしてもそーゆー場面を書きたかったのだ、ということだと思います)
冒頭からの流れは良いのですが、連続殺人って話が荒っぽくなっちゃって余り好みではありません。意外な小ネタも不足気味。
以下トリビア。原文は参照していません。
作中時間は、相対的な記述があります。ラドマス事件(ヴェインの謎、1927年2月出版)が「9カ月前」(p22)で、ウィッチフォード事件(1926年11月出版)が「18カ月前」(p133)、p22とp133の間は数日間(感じとしては2週間程度、少なくとも1カ月以内)が経過してる感じ。p48に「4月初旬の週末」の後の月曜日とあり(1928年は上記の条件に合致しないので)1927年だとすると4月4日月曜日が最適。とすると本書の冒頭は、そこから数日前(感じとしては一週間程度?)なので1927年3月下旬だと思われます。
ここで思い出すのは『毒入りチョコレート事件』(1929年6月出版)の「十八ヶ月前、ラドマスでは」という記述。上記から『毒チョコ』と本書の間はラドマス基準で約8カ月、つまり『毒チョコ』は1927年11月の事件、となり全て上手く収まります。(『毒チョコ』記載の11月15日「金曜日」だけが事実と合致しませんが…) あとはウィッチフォードが1925年10月ごろ、ラドマスが1926年6月ごろの事件で良いかどうか確かめればQ.E.D.なのですが、力尽きました…
p36 堅信式の記念に: 祈祷書にあった被害者の父からのメッセージ。日付は1920年3月14日。middle or high schoolの時に行うものらしい。当時15歳とすると1927年には22歳でちょうど良い感じ。
p73 フォーエックス: XXXX。1924創設のオーストラリア・ビールらしい。バークリー大絶賛。是非試してみたいです。
p89 黒いビロードの帽子: 訳注で「かつて死刑宣告に使われた」とあるが、現在でも制度としては残っている。もちろん英国では1969年に死刑が廃止されたので使われないが… WikiのDeath Cap参照。
p125 ドイツ人: ほかのどの国民より変態殺人が好き(もちろん米国人を除いて)、というシェリンガムの偏見。


No.276 5点 ピーター卿の事件簿
ドロシー・L・セイヤーズ
(2020/03/14 23:40登録)
日本独自編集。元は1979年出版。新版2017年には戸川安宣さんの行き届いた解説ありですが、セヤーズさんの生涯をHitchman本に基づいて書いてるのでいささか情報が不正確だと思う。電子本で読んでいます。
だいたい初出順に読む試み。カッコ付き番号は文庫本収録順。英語タイトルは初出優先。初出情報は戸川解説をFictionMags Indexで補正。[BP]以下はBill PeschelのWebページAnnotating Wimseyからのネタ。

⑶盗まれた胃袋 The Piscatorial Farce of the Stolen Stomach (単行本Lord Peter Views the Body 1928): 評価5点
途中でネタを割っちゃうのがセヤーズさんらしい。横道が多くて無駄に長いがファンなら楽しめる。
p158/598 わずか五百ポンド: 英国消費者物価指数基準1928/2020(63.24倍)で449万円。
p168 誰の遺言書でも1シリング提供したら内緒で見せてくれる: サマーセット・ハウス(Somerset House)の秘密ルール… って本当? 1シリングは449円。
p176 チェスタトン氏の分類における上品なユダヤ人(under Mr Chesterton’s definition of a nice Jew): チェスタトンならどこかに書いてそうなネタ。引用元は調べてません。
(2020-3-14記載)

⑸銅の指を持つ男の悲惨な話 The Abominable History of the Man with Copper Fingers (単行本Lord Peter Views the Body 1928): 評価5点
随分グロな話。女性は結構この手の話が好きなような…(偏見です)
p161 アメリカが大戦に参加する直前: 米国参戦は1917年4月。
p163 色の浅ぐろい、つやつやした肌の持ち主で(He was… dark and smooth):「黒髪で髭のない」じゃないでしょうか。(2020-3-16追記: セヤーズさんのピーター卿シリーズの用例には類似が無く、一般的な使い方を見るとsmooth(=finesse)で「要領が良い、上手く立ち回る、油断ならない、隙のない」みたいな意味のようです)
p176 話しおえるまで、葉巻にもウィスキーにも手を触れさせないからな(Not a smoke do you smoke and not a sup do you sip till Burd Ellen is set free): [BP] Burd Ellenは童話Childe Rowland(1814)に出て来る妖精の国に囚われた妹の名前。妖精の国のものを食べたり飲んだりしちゃ駄目よ(永久に地上に戻れなくなる)という禁止事項からの連想。
(2020-3-15記載)

⑺不和の種、小さな村のメロドラマ The Undignified Melodrama of the Bone of Contention (単行本Lord Peter Views the Body 1928): 評価5点
翻訳ではピーター卿の喋り方が傲慢な感じ。本当はもっと丁寧に言っていると思います。Frobisher-Pymさんは、別の作品にも出てたような気がするのですが思い出せません… 内容自体は無駄話が多くて長くなってる話。偽装が大掛かり過ぎて面白くないし、不気味効果も低い。とんでもない遺言の意味が全く不明。ストーリーの都合上でないとしたら、遺言者の意図は何なんでしょう?
p301 旧型のナイフ(his knife… was one of that excellent old-fashioned kind): Victorinoxのスイス・アーミー・ナイフは1890年のスイス陸軍規格がもと。もっと以前からこのタイプのマルチツールは存在しており『白鯨』(1851)第7章にも登場するようだ。(wiki)
p309 かえる運びで(frog’s-marched her): 羽交い締めは相手の手を挙げる形で後ろから押さえるが、手を下げる形で後ろから腕を押さえて進むのがfrog-marchのようだ。
p328 手品師の名コンビ、マスケリンとデヴァントそこのけの仕掛け(Maskelyne-and-Devant stunts): [BP] 有名な英国のマジシャンJohn Nevil Maskelyne(1839-1917)とDavid Devant(1868-1941)の興行コンビ(1905-1914)。Maskelyneは空中浮揚の発明者らしい。
p330 もう一度、ひっ返すんだ、ウィッティングトン(‘Turn again, Whittington’): Wiki「ウィッティントンと猫」に詳細あり。14世紀のロンドン市長Dick Whittingtonの伝説。
p330 六ペンス銅貨を落としたスコットランド人(Aberdonian who had lost a sixpence): 224円。当時の6ペンス貨幣はジョージ五世の肖像、1920年以降は.500 Silver、直径19mm、重さ2.88g。宇野先生は1947年以降の白銅貨のイメージか?
p362 半ペニーみたいなやくざな兄貴が、突然、帰ってきた(Come back like a bad halfpenny):「出来損ないの半ペニーみたいに戻ってきたぜ」当時の半ペニー貨はジョージ五世の肖像、青銅、直径26mm、重さ5.7g。19円。Grose俗語辞典(1823年版)にもbad halfpenny(手もとにそのまま戻る。上手くいかなかった計画の意味)が項目立てされています。
(2020-3-17記載)

⑴鏡の映像 The Image in the Mirror (単行本Hangman’s Holiday 1933)

⑵ピーター・ウィムジイ卿の奇怪な失踪 The Incredible Elopement of Lord Peter Wimsey (単行本Hangman’s Holiday 1933)

⑷完全アリバイ Impossible Alibi (Mystery 1934-1) 単行本タイトルAbsolutely Elsewhere
Mystery誌は元Illustrated Detective Magazineというタイトルの大判スリック誌。ウールワース百貨店だけで売られた雑誌。当時10セント140ページ。

⑹幽霊に憑かれた巡査 The Haunted Policeman (Harper’s Bazaar 1938-2)


No.275 8点 ロボット (R.U.R.)
カレル・チャペック
(2020/03/11 19:43登録)
1920年出版のKarel Čapek作の戯曲R.U.R. (Rossum's Universal Robots)、初演はプラハ国立劇場1921年1月25日。岩波文庫、チェコ語の大家、千野栄一先生の翻訳で読了。
古本屋で見つけて、ああ、これも百周年か… と購入。名のみ知ってた有名作品だったので、この機会に読んでみました。
当時の不安な状況、特に第一次大戦とロシア革命の影響が大なのですが、現代の「AIでシンギュラリティが… 」とかぬかしてる奴らに読ませたい逸品。ロボットって「ニンゲンモドキ」のことだったなんて全然知りませんでした… 百年前と比べて、果たして世界は住みよくなってるのか? 本作や「われら」(1924)とか「すばらしい新世界」(1932)とかを読むと、どんどんそっちの世界に近づいていってるような気がします。序幕はコメディ、やがて悲しき第一幕から第三幕。原始肉(ギャートルズ)みたいな味わい。レアなんですが心にずっしりと来る作品でした。(カフカはこの作品を知っていたのだろうか?)
以下トリビア。Gutenbergのチェコ語版と英語訳(1923)を参照しました。
作中年代は1932年に生命素材を初めて人工的に製作、10年かけて人型をなんとか完成。15年以上かけて生産効率を上げ、現在に至る。なので少なくとも西暦1957年以降の話のようだ。
p47 百二十ドル(Sto dvacet dolarů): SFの話なので、貨幣価値を単純には当てはめられないのは百も承知だが、上演当時の観客は当時の米ドルに換算して受け取ったはず。米国消費者物価指数基準1920/2020(12.90倍)、$1=1417円で$120=17万円。RURの生産コスト(服付き)。「15年前には1万」だった。販売価格はp10のポスターによると一体150ドル(=21 万円)。
p48 ツェンチーク(centíku): 英語訳ではcentとしている。p47にドルが出て来てるので、セントと解釈して良いような気がする。(チェコ語の知識は全くありませんが…) 1920年当時のチェコスロヴァキアの貨幣単位はKoruna československá、1/100の補助単位はhaléř。セリフではパン1ポンド(=454g、1斤)はヨーロッパで2ツェンチークとあり、「セント」と解釈して28円。米国ではbread 1 poundが11.5cents(1920)=163円というデータあり。RURのお陰で物価が安くなってる、という設定なのかも。


No.274 5点 クロフツ短編集1
F・W・クロフツ
(2020/03/08 10:50登録)
1955年出版のMany a Slip(Hodder and Stoughton)の全訳。創元文庫は『クロフツ短編集1』の表記だが『1』と『2』に関連性は無く、それぞれ独立した短篇集。(昔の創元文庫には良くある話。今なら洒落た題がつく筈)
全篇「イヴニング・スタンダード」(ロンドン)に掲載したものに補筆した、と著者前書きにある。(FictionMags Indexに⑴は1950年という情報あり) 犯罪者のヘマがテーマ。
全て倒叙物のようだが、手がかりの記述が不十分な感じ。読者への挑戦めいたことが前書きにあるが、本気ではないでしょう。犯人目線で犯行が記述され、最後にフレンチ警部が締める構成。短くて記述が簡潔なのですらすら読めるのが良いところ。でもいっぺんに消化すると胸焼けしそう。
雑誌掲載はFictionMags Indexによるもの。

⑴床板上の殺人 Crime on the footpath: 評価5点
お得意の鉄道もの。主人公は機関助手。なかなか良い着眼点。
(2020-3-7記載)

⑵上げ潮 The Flowing Tide: 評価5点
主人公は弁護士。財産管理も行なっている。けっこう大掛かりな偽装なので、他にも手がかりはありそう。
p25 年金受給権(アンニュイティー): Annuityは保険会社がやってる個人年金みたいなものか。
(2020-3-7記載)

⑶自署 The Sign Manual: 評価5点
主人公は建築会社の製図工。これも直ぐに捕まりそうな偽装。sign manualは「(特に公文書への)自署; 公式文書への主権者の署名」という意味らしい。ここでは「自白書への署名」というような意味か。
p37 五百ポンド: 英国消費者物価指数基準1955/2020(26.41倍)で£1=3747円。£500=187万円。
(2020-3-8記載)

⑷シャンピニオン・パイ The Mushroom Patties
⑸スーツケース The Suitcase (MacKill’s Mystery Magazine 1953-2)
⑹薬壜 The Medicine Bottle (MacKill’s Mystery Magazine 1953-7)
⑺写真 The Photograph
⑻ウォータールー、八時十二分発 The 8.12 from Waterloo (MacKill’s Mystery Magazine 1952-11)
⑼冷たい急流 The Icy Torrent
(10)人道橋 The Footbridge (MacKill’s Mystery Magazine 1953-10)
(11)四時のお茶 Tea at Four
(12)新式セメント The New Cement
(13)最上階 The Upper Flat
(14)フロントガラスこわし The Broken Windscreen
(15)山上の岩 The Mountain Ledge
(16)かくれた目撃者 The Unseen Observer
(17)ブーメラン Boomerang
(18)アスピリン The Aspirins
(19)ビング兄弟 The Brothers Bing
(20)かもめ岩(ガル・ロツク) Gull Rock (MacKill’s Mystery Magazine 1953-8)
(21)無人塔 The Ruined Tower (MacKill’s Mystery Magazine 1953-11)


No.273 5点 決定的証拠
ロドリゲス・オットレンギ
(2020/03/08 10:06登録)
1898年出版のRodrigues Ottolengui作Final Proof or the Value of Evidence (G. P. Putnam's Sons)の全訳。kindleのヒラヤマ文庫で読んでいます。歯科医の平山先生の専門知識が生かされる、まさに天職。
一応、英国雑誌Idler(Jerome K. JeromeとRobert Barr編集、6ペンス[=469円]144ページ)を初出としていますが、米国雑誌が初の可能性も。このkindle版では当時の雑誌イラストが綺麗に再現されてるのが良いですね。
足で稼ぐプロの私立探偵Mr. Barnes(John又はJack Barnes)と裕福なアマチュア探偵Mr. Mitchel(Robert Leroy Mitchel)のコンビが楽しい作品集。ところで主人公たちの名前は、この翻訳では「バーンズ」「ミッチェル」という表記だが、原文は全篇一貫してMr. Barnes、Mr. Mitchel、なので「バーンズ氏」「ミッチェル氏」がしっくりくる。
初出は平山先生の解説をFictionMags Indexで補正。原文はGutenbergを基本に、Google playのファクシミリ版(多分1898年初版)も参照。

⑴不死鳥殺人 The Phoenix of Crime (初出不明): 評価7点
舞台はニューヨーク。とても魅力的な謎。登場人物が生き生きと表現されており、質問シーンばかりが続く文章ですが、読ませる力があります。当時の米国火葬(cremation)状況は、1876年Francis Julius LeMoyne(1798-1879)がペンシルヴァニアに火葬場を開設したのが最初で、1900年までにBuffalo, New York, Pittsburgh, Cincinnati, Detroit, Los Angelesなど20カ所に設置され、1913年には1万件以上の火葬が行われたようです。(1913年の全米死亡者数は89万人なので1%強) 棺桶のネジの話は実話っぽい感じ。
p46/6096 シャーロック・ホームズ: 探偵小説への言及。
p73 いつも通りに赤いテープが現場にめぐらされた(the customary red tape was slowly unwound): 試訳「いつものお役所仕事がゆっくりと動き出した」警察が立ち入り禁止を示すのは黄色のBarricade tape、1960年代の登場。red tapeは「(形式的な)官僚主義」 18世紀、多くの公的文書を赤いテープで縛っていたことから。
p199 カラー写真(a colored photograph): 色をつけた写真、彩色写真。まともなカラー写真が発売されたのは1907年。(映画で有名なリュミエール兄弟が開発したもの)
p488 執事… 知的なニューヨークの黒人(butler... intelligent New York negro): 名前はThomas Jefferson。
p890 五ドル札: 情報提供料。米国消費者物価基準1898/2020(31.08倍)、$1=3414円で換算して、$5=17070円。かなり高額。当時の5ドル紙幣は2種類あり、Silver Certificateなら1886年以降のUlysses S. Grantの肖像、サイズ78.5x190.5mm、Treasury Noteなら1890年以降のGeorge H. Thomas将軍の肖像、サイズ80x189mm。
p1525 同じ鍵でどのドアも開く(one key will open any door): 貧乏人が住むアパートの仕様。
p1525『仕事と罪の勘定が合う(punishment fits the crime)』: ギルバート&サリヴァン作『ミカド』(1885初演)第2幕 A more humane Mikadoからの引用。ニューヨーク初演は1885年7月20日Union Square Theater(Sydney Rosenfeld製作)だが一夜だけ。評判になったのは本場D’Oyley Carte Londonが行ったFifth Avenue Theaterでの公演で1885年8月19日から250回のロングランとなった。この登場人物は1894年6月〜9月の公演(John Duff一座、Fifth Avenue Theater)を観たとすると時期が合う感じ。
p1609 カクテルのマンハッタン(Manhattan cocktail): 1860年代発祥。
p1705 日給1ドルのまっとうな仕事(a straight job at a dollar a day): 月額103846円。
p1714 ビールのグラス(beer glass):「ジョッキ」と訳せば武器っぽくなる。
(2020-3-8記載)

⑵ミッシング・リンク The Missing Link (初出不明): 評価7点
いや、啞然としました。⑴を読んでから試してみてください。(その方が効果的) この作品はダーウィニズムに反発する立場から書かれたものなのでしょうか。(2020-3-13追記: Ottolenguiさんの略伝を見るとかなり科学的な人なので、おそらくダーウィン派。ならば当時のミッシング・リンク騒ぎをネタにしただけなのか)
p2290 人間と類人猿の間をつなぐ『失われた輪(ミッシング・リンク)』('the missing link' which connects the Simian race with man): 1863年Charles Lyell著Geological Evidences of the Antiquity of Manなどで使われた言葉。1891年にはジャワ原人(Pithecanthropus erectus)の発見があった。
(2020-3-10記載)

⑶名無しの男 The Nameless Man (Idler 1895-1 挿絵Stanley L. Wood): 評価5点
面白い依頼だと思ったのですが、残念な結果に。バーンズ氏は部下を数人使ってるのですね。500ドルはp890の換算で171万円。デルモニコ(Delmonico’s)は実在の有名なレストラン。
(2020-3-10記載)

⑷モンテズマのエメラルド The Montezuma Emerald (Idler 1895-2 挿絵Stanley L. Wood): 評価5点
まあこんな感じかな、という平凡な発想の作品。一応、⑶の続篇。
p2610 警部補(Inspector): 英国人なので警察官ではないバーンズ氏をこう呼ぶ、という。
p2664 金属の輪でできていて(made of steel links): 鎖帷子(chain mail)のことか。
p2664 デリンジャー・ピストル(derringer)… 不気味な弾丸(a nasty-looking ball): デリンジャーは手のひらサイズの拳銃の総称ですが、ここは一番有名なRemington Model 95 Double Derringer(1866)のことでしょう。弾丸は.41 Short Rimfire、長さ23mm、直径10mm(リム部分12mm)のずんぐりムックリな可愛い奴です。
p2682 おとぎ話の少年(the fabled boy): イソップ童話(Perry 210) 詳細はThe Boy Who Cried Wolf(wiki)
p2719 二万ドル: 米国消費者物価指数基準1895/2020(30.79倍)で$1=3382円。$20000=6764万円。エメラルドの値段。
p2753 二十五セント銀貨(a silver quarter): 846円。当時の25セント銀貨はBarber quarter(1891-1916)、銀90%、直径24.3mm、重さ6.25g、表がHead of Liberty、裏がアメリカ合衆国の国章のa heraldic eagle。
p2863 顔がわからないほど潰れていた(face we battered beyond description): 試訳「識別出来ないよう顔を潰した」
p2873 四ドル: 13528円。一日の乞食の収入。ドイル『唇の捩れた男』(Strand1891年12月号)では乞食の年収が700ポンド以上、と書いてあるらしい。(日暮さんのWeb情報) 英国消費者物価指数基準1891/2020(127.89倍)で1270万円、日額34799円。
(2020-3-13記載)

⑸奇妙な誘拐 A Singular Abduction (Idler 1895-3 挿絵Stanley L. Wood): 評価5点
どの部分がsingularなのだろう。連絡方法にちょっと工夫があるだけの凡庸な話。手がかりの翻訳はパスしてるように見えるけど、原文でも普通に表記(izをiiとしていない、ファクシミリ版も同じ)なので、実は問題ない。
p2911 誘拐というのが専門用語なんでしょう(Abduction I suppose is your technical term): この物語の中ではkidnapという語は使われていない。身代金目当ての誘拐事件は1874-7-1発生のCharley Ross(当時4歳)事件が米国初。この時の要求金額は$20000(1874/2020基準で4984万円)、結局チャーリーは見つからなかった。大きな誘拐事件は1900-12-18のEdward Cudahy, Jr.事件まで発生していないという。(wiki)
p2929 実はわたしはこの年ですが、ホイストに目がなくて(I am an old whist player):「昔からホイスト好きで」という意味だと思います… 平山先生、時々気になる表現があります。
p3075 こちらも同様にする(I will go to another): 多分、ホフマン・ハウス・ホテルには公衆電話室(the public telephone station)が一つしかなく、別のホテルなどの電話室からホフマン・ハウス・ホテル宛に電話すれば必ずその電話室に繋がるのでしょう。最初、読んだときはホテルには複数の電話室があるはずのに、なぜ確実に連絡できるのか理解出来ませんでした… (同じホテルの電話室同士で相手が入ったボックスの番号を見てから「5番に繋げ」と言うのか?などと想像。でもこれだと目撃される危険性が高すぎです)
p3085 わかるでしょう?: ここは探偵が家族に「(この証拠は本当に)間違いありませんか?」と確認している。こーゆー所はちゃんとした編集者がついていれば指摘してくれるんじゃなかろうか。
(2020-3-14記載)

⑹アステカのオパール The Azteck Opal (Idler 1895-4 挿絵Stanley L. Wood): 評価6点
証言だけからの推理がなかなか上手に構成されている。ラストが謎めいていますが、⑺でその謎は解明されるようです。ミッチェル氏の宝石収集の理由が面白い。なお挿絵の左側がボケてて残念。
(2020-3-15記載)

⑺複製された宝石 The Duplicate Harlequin (初出不明): 評価6点
前作⑹の続きなので、初出はIdlerか。探偵二人のやりとりとその周辺も楽しい話。
p3646 ルセット(Lucette): シリーズ第1作An Artist in Crime (1892)に登場するミッチェル氏もバーンズ氏もお馴染みの娘。
p3909 大口径のリボルバー拳銃(a revolver of large calibre): 44口径か45口径だろうか。候補は沢山あります。
(2020-3-15記載)

⑻イシスの真珠 The Pearls of Isis (初出不明)
前作⑺の続きですが、内容はほぼ単品です。冒頭で⑺のネタバレを壮大に行ってるので要注意。

⑼約束手形 A Promissory Note (初出不明)
⑽新式偽造 A Novel Forgery (初出不明)
(11)凍てつく朝 A Frosty Morning (The Black Cat 1898-8)
(12)証拠の影 A Shadow of Proof (初出不明)


No.272 5点 クロフツ短編集2
F・W・クロフツ
(2020/03/07 19:33登録)
1956年出版のThe Mystery of the Sleeping Car Express and Other Stories(Hodder and Stoughton)が原著。創元文庫は『クロフツ短編集2』の表記だが『1』と『2』に関連性は無く、それぞれ独立した短篇集。(昔の創元文庫には良くある話。今なら洒落た題がつく筈) 原著タイトル作品The Mystery of the Sleeping Car Expressは『世界推理短編傑作集2』に収録されているので文庫では省略。
FictionMags Indexによる初出順に読んでゆきます。カッコ付き数字は文庫収録順。もしかしたら原著の並びは初出順なのかも。

⑵グルーズの絵 The Greuze (Pearson’s Magazine 1921-12 挿絵Oakdale): 評価6点
どこに詐術があるのか色々想像したが、なるほどね、というアイディア。語り口が非常に良い。
p35 一万五千ドル: 米国消費者物価指数基準1921/2020(14.41倍)で$1=1583円。$15000=2374万円。絵画の値段。
p37 三千ポンド、つまり一万五千ドル: 英国消費者物価指数基準1921/2020(49.27倍)で£1=6990円。£3000=2097万円。金基準(1921)だと£1=$3.84、為替レート(1920)は£1=$3.92だった。
p41 札はイングランド銀行の紙幣で… 額面は百ポンドだった: £100紙幣は約70万円、Bank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)、サイズ211x133mm。
p44 四千ポンドを上手に投資すれば、年収二百五十ポンドくらいになる: 年6.25%が見込めるなんて今となっては夢のような運用益ですね。
p54 映画の科白(せりふ): サイレント時代の話なので字幕のこと。
(2020-3-7記載)

⑶踏切り The Level Crossing (Cornhill Magazine 1933-11): 評価6点
一種の鉄道もの。倒叙的な犯罪小説。感情の綾の表現が心憎い。嵐がゴーって吹く感じ。ちょっと不思議なんですが女は何を期待してたんでしょうか。
以下、現在価値は英国消費者物価指数基準1933/2020(72.04倍)、£1=10221円で換算。
Cornhill Magazineは伝統ある文芸誌、当時はJohn Murray出版、1シリング6ペンス(=767円)128ページ。
p 73 シリアス… シンガー(Singer)… ダイムラー(Daimler)… リンカーン(Lincoln)… ロールス・ロイス: 夫人のイメージする高級車。オースチン(Austin)はダメらしい。シリアスは架空ブランドかな?
(2020-3-8記載)

⑷東の風 East Wind (Cornhill Magazine 1934-2)

⑴ペンバートン氏の頼まれごと Mr. Pemberton's Commission (初出不明 1935以前): 評価5点
フレンチ警部もの。ということは1925年以降の作品か。H. Douglas Thomson編のThe Great Book of Thrillers(Odhams Press 1935)に選ばれている。1952年4月にはBBCラジオドラマとして放送された。(警部役はRoger Delgado) 一喜一憂する主人公の感慨がなかなか楽しい話。普通人の人情をさらりと表現するのがクロフツさんの良いところ。(文章に言わずもがな、なところがあるので1920年代の初期作品のような気がする)
p8 肌があさ黒く: 多分dark。「黒髪の」まさか井上勇先生まで浅黒党だとは…
p12 電報のルール: ところどころの空白は濁点を一文字として数えるところから来ているが、この印刷文だと、知らない若者には意図不明だろう。
(2020-3-7記載)

⑸小包 The Parcel (単行本Six Against the Yard, Selwyn & Blount 1936)
デテクション・クラブ企画本のクロフツ担当部分。6人の作家が完全犯罪を企て、C.I.Dの元警視Cornishがその出来栄えを批評する、という趣向。元警視による解説は「動機は犯人を教える(The Motive Shows the Man)」としてp160以降に収録されています。

⑹ソルトバー・プライオリ事件 The Affair at Saltover Priory (1945?)

⑻レーンコート The Raincoat (MacKill’s Mystery Magazine 1954-6)

⑺上陸切符 The Landing Ticket (初出不明)


No.271 6点 閘門の足跡
ロナルド・A・ノックス
(2020/03/01 18:00登録)
1928年4月出版。新樹社の単行本で読了。翻訳は上質。
ブリードン第2話。相変わらず夫婦の仲の良いやり取りが楽しい。(まー作者は妻帯者じゃないからねえ) 複雑に入り組んでる筋なので、解明はあきらめました。途中の小ネタが程良くばら撒かれててスラスラ読めます。当時は割と一般的だった知識でも今では分からなくなってるp224のネタは仕方ないですね。宗教周りの話が一切出てこないのが、清々しいです。
以下トリビア。
作中年代不明なので、現在価値は英国消費者物価指数基準1928/2020(63.24倍)、£1=8973円で換算。
献辞はTO DAVID / IN MEMORY OF THE UNCAS (翻訳では欠)
短すぎて意味不明ですが、the付きなので米国海軍のタグボートUSS Uncas(1893-1922)のこと?違うような気がします…
p17 一秒あたり一シリング: 449円。1時間で162万円。冒険への保険料。もちろん架空。
p26 列車の時間: ここら辺の描写だと概ね時間に正確な運行がなされているようだ。ただし15分遅れ程度は普通らしい。
p37 二ポンド六ペニーの葉巻(a two-and-sixpenny cigar): 2「シリング」6ペンスだと思います。1122円。
p38 パンチかジュディなみ… ヒーリー神父の口ぐせ(Punch? Or Judy?—as Father Healy used to say): 米国黒人系として初のカトリック司教James Augustine Healy(1830-1900)のことか。パンチとジュディとの関係はわからないのですが… (以下2020-3-5追記) W. C. Scully作 Reminiscences of a South African Pioneer(1913)に"Punch or Judy," replied Father Healy laconically.とありました。機知に富んだカトリック神父Father James Healy(1824–1894)のセリフ。改宗する二つの要因のことで、Punchは酒の意味らしい。ならばJudyは女か?
p43 ここ『三つの栓』の一行ネタバレありです。
p62 べジーク(bézique): Bezique又はBésigue、19世紀フランス発祥のカード・ゲーム。ピケから派生した。ピケ同様2〜6のカードは使用しないが、ピケと異なり2組(deck)を使う。8枚×4種×2組=64枚。
p62 カードをちゃんと持ったか(bring the real cards): 多分、間違えてピケ専用デック(32枚入り)を4組持ってきちゃったのだろう。ブリードン考案のペイシェンスにはフルデック4組が必要。(訳注では2組しか持ってきてなかった… とあるがrealはfull deckの意味だと思う)
p70 三ペンス硬貨より小さいくらい: 当時のThreepenceは1911年からジョージ五世の肖像、.500 Silver(1927-1936)、直径16mm、重さ1.4g。このサイズは19世紀前半から変化なし。3ペンスは112円。こーゆーところは訳注で処理して欲しい。引用句なんて出典がどこだろうがどうでも良いからさ… (原文が無いと探せない、という問題はある)
p83 半ペニー銅貨の直径: Halfpennyはジョージ五世の肖像(1911-1936)、Bronze、直径26mm、重さ5.7g。半ペニーは19円。
p96 アメリカ探偵協会(a member of the Detective Club of America): MWA(Mystery Writers of America)は1945年に設立。Detection Clubは1930年に結成。
p101 五ポンド紙幣… 過去三週間に口座からおろした紙幣の番号: 44863円。当時の5ポンド紙幣はBank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)、サイズは195x120mm。White Note(5ポンド以上の紙幣)の取引は紙幣番号の記録を銀行が残している。
p107 田舎の宿屋の例にもれず、大戦後は帳簿のたぐいをいっさいつけていなかった: 戦時中の非常時のやり方が戦後も続いちゃった、ということでしょうね。
p124 ウォレンの『一年に一万』(Warren's Ten Thousand a Year): 英国の弁護士Samuel Warren(1807-1877)作の小説Ten Thousand a-Year(1841)、ポオがグレアムズ・マガジン1841年11月号で'shamefully ill-written'と貶したが、英米や欧州でベスト・セラーになったという。(wiki)
p177 二歳児なみ(his brain worked like a two-year-old): 翻訳の間違いかと思ったら原文も2歳児。冴えてる、というより自由奔放な想像力、という表現か。


No.270 5点 ミス・キューザックの推理
L・T・ミード
(2020/02/29 21:00登録)
1899年から1901年にかけて掲載されたL. T. Meade&Robert Eustaceの女流探偵Florence Cusackシリーズ全6話を収録。kindleのヒラヤマ文庫で読了。平山先生の地味ですがとても良い仕事です。
掲載したHarmsworth Magazineは、3ペンス(=約230円)、96ページの挿絵なしの小説雑誌。1901年8月以降はLondon Magazineと改題。
ミス・キューザックは、なかなか面白い性格。推理というよりヒラメキで勝負するタイプです。
カッコ付き数字は単行本収録順。(雑誌掲載順に並んでいます) 初出は平山先生の解説をFictionMags Indexで補正。

⑴ボヴァリー氏の思いがけない遺言状 Mr. Bovey‘s Unexpected Will (Harmsworth Monthly Pictorial Magazine 1899-4): 評価5点
語り手兼助手はLonsdale医師。遺言がとても面白いが、探偵小説としてはパッとしない話。文体もかなり古めかしいです。作中時間は1894年11月と明記。原文はBoveyボヴェイ氏のようなのだが…
p64/1653 ソヴリン金貨: 当時はヴィクトリア女王の肖像(1838-1901) 純金K22、直径22mm、重さ7.98g。英国消費者物価指数基準1894/2020(130.83倍)で1ソヴリン=£1=18562円。金基準1894では£1=金7.34gなので1ソヴリン金貨の方が1.087倍高価。
(2020-2-29記載)
よく考えるとソブリン金貨はK22(91.7%)なので金7.32g。ほぼ同じでした…
(2020-3-6追記)

⑵ヴァンデルーアの逮捕 The Arrest of Captain Vandaleur (Harmsworth Monthly Pictorial Magazine 1899-7): 評価5点
伝達方法が面白いが、探偵小説としてはパッとしない話。文章がぎこちないけれど原文も概ねそういう感じです。
p368 五百ポンド: 第1話と同じ頃と考えて(この話は「四月」の事件)前述の換算で928万円。
p423 色が浅黒くて痩せた男(a dark, thin man): 「黒髪の」平山先生も浅黒党。
p519 ラフの競馬案内(Ruff’s Racing Guide): William Ruffが1842年に創刊した有名なRuff's Guide to the Turfのこと。
p535 勝ったら二十はいく(you’ll get twenties): 20倍という意味か。
p577 ジョッキー・クラブ(Jockey Club): ワスレナグサ種(Daylily)の異名か?WebではHemerocallis 'Jockey Club'となっていて正式な分類名がわからない…
(2020-3-1記載)

⑶恐ろしい鉄道旅行 A Terrible Railway Ride (Harmsworth Monthly Pictorial Magazine 1900-7): 評価4点
列車は良いなあ。出てくるのは昔風の連絡通路がないコンパートメント。各客室の行き来は列車が止まっていないと出来ないので走ってる時は密室状態。トリックは面白いがブツをどうやって運んだのだろう…
p698 一万五千ポンド: p64の換算で約2億8千万円。
p788『牧師名簿』: 英国国教会の牧師名鑑Crockford's Clerical Directory(初版1858)のことか。
(2020-3-3記載)

⑷外側の棚 The Outside Ledge (Harmsworth Magazine 1900-10): 評価4点
トリックは面白いが、伏線が足りない。このシリーズは皆そんな感じ。作中年代が「1892年11月」と明記されている。⑴は出会って最初の事件ではないらしい。
p870 五万ポンド: p64の換算で9億円。年収。
p961 ヴァレリアン(Valerian): 日本で有名な「アレ」に意訳したいけど、アレには鎮静作用はないか… (利尿、強壮作用は古くから知られていたらしい) 英国ではピンとくるのかなあ。
(2020-3-5記載)

⑸リード夫人の恐怖 Mrs. Reid’s Terror (Harmsworth Magazine 1901-3): 評価4点
作中年代は1893年11月。展開は良い。ショックを受けたら死んじゃう心臓病っていう設定、昔の作品に結構あるけど、人間はそんなにやわに出来ていないような気もする。
(2020-3-5記載)

⑹巨大なピンクの真珠 The Great Pink Pearl (Harmsworth Magazine 1901-6): 評価5点
1896年10月5日の物語。いつものようにワン・アイディア・ストーリー。ロンスデール先生の大活躍。
(2020-3-6記載)


No.269 5点 秘密機関
アガサ・クリスティー
(2020/02/26 02:57登録)
1922年出版。初出The Times Weekly Edition 1921-8-12〜12-2 (17回) 早川クリスティー文庫の電子版で読了。
アガサさんの単行本第2冊目はトミー&タペンスもの。お気楽な若者たちの冒険です。ほとんど連想のおもむくままに書いたような作品で、映画や小説に出てくる典型的な登場人物(謎の上官とかドイツ人に率いられる悪の組織とか悪いロシア人とか大富豪の米国人とか)や状況(後ろから殴られて気絶とか拉致監禁とか囚われの美女とか)が次々と現れます。社会や政治への言及は当時の英国中産階級女性の平均水準なのでしょう。(社会主義・共産主義への恐怖感はソヴィエトが成立したばかりなので当たり前なのかも。セイヤーズさんみたいにソヴィエト・クラブに出入りしてた人とは違います) 冒頭の貧乏描写だけが切実でリアル、残りは白昼夢の世界。でも、明るさと楽しさが詰まってる。こーゆーのは、作っても作れません。若い時の勢いだけが生み出せる貴重なもの。
以下トリビア。Bill Peschalの注釈本The Complete, Annotated The Secret Adversaryからのネタは[CASA]で表示。この本には約600項目の注釈が付いていて、大半は言葉遣いに関するもの。アガサさんは当時としてはやや古い用語を使っている感じ。(これが物語に一種の懐かしさや安心感をもたらしてるのかも) そして米国人の喋りには小説で覚えたようなスラングを結構使っているみたい。
作中時間は「五年前(p636)」が1915年で、牡蠣料理を食べてる(p809)ので9月から4月の間、p4462の記述から29日は日曜日。ということは、該当は1920年だと2月だけ。ハリエニシダ(gorse p3424)も2月下旬なら咲いてるはず。(なお、29日をLabour Dayと呼んでいるが、メーデーとは全く関係ないようだ)
現在価値は英国消費者物価指数基準1920/2020(44.99倍)の£1=6383円、及び米国消費者物価指数基準1920/2020(12.90倍)の$1=1830円で換算。
献辞は「冒険の喜びと危険を少しだけ感じてみたい、退屈な生活をおくっているすべての人たちに」TO ALL THOSE WHO LEAD MONOTONOUS LIVES IN THE HOPE THAT THEY MAY EXPERIENCE AT SECOND HAND THE DELIGHTS AND DANGERS OF ADVENTURE: 貧乏生活の苦しさをちょっと忘れて… というような意味も込められているように感じます。[CASA] 不特定多数への献辞はアガサさんの著作では『親指のうずき』と本書だけ。
p61/4723 ルシタニア号の沈没: 場所はアイルランドのすぐ南沖です… (私はLusitaniaを米国船だと勘違いしてました。英国郵便船RMS Lusitaniaの犠牲者1198人には米国人128人が含まれていたのですね)
p76 女性と子ども優先(women and children first): [CASA] 一般的になったのは1852年、南アフリカ、ケープタウン沖で起こったHMS Birkenhead沈没事件から。海の公式ルールとして明文化されているわけではない、という。
p94 久しぶり(”Tommy, old thing!” / “Tuppence, old bean!“): [CASA] 親しみを込めた呼びかけ。この言い方は当時の有閑青年たちの流行。ピーター卿も結構使っています。
p109 退職金(Gratuity): [CASA]当時の軍隊の規定により計算するとトミーの退職金は全部で£243 3s 6d(=155万円)
p110 リヨン(Lyons‘) [CASA] 1909年創業のレストラン・チェーン。二人が入ったのはピカデリー近くの一号店。
p116 そんな名前を聞いたことがあるかい?(Did you ever hear such a name?): ジェーン ・フィン(Jane Finn)ってどこが珍しいの?と思ったら『クリスティー自伝』によると、作者が実生活で漏れ聞いて、小説の始まりにぴったり、と思った名前はJane Fish。確かにこれなら変テコな感じ。(Robert L. Fishごめん) 初稿ではFishのままだったのかも。Jane Finnも何か変なのかな?
p116 お茶はべつべつのポットに入れて(And mind the tea comes in separate teapots): ウエイトレスへの注文。この意味がわからない。美味しい飲み方のコツなのか?
p238 広告料は五シリングぐらい… これはわたしの負担額(about five shillings. Here’s half a crown for my share): 5シリング=1596円。新聞の個人広告費用。半クラウン貨幣(Half crown=2.5シリング)は当時ジョージ五世の肖像、1911-1920だと純銀、重さ14.1g、直径32mm。1920以降は.500シルバーに減、重さと直径は同じ。
p278 九ペンスの電報代: 239円。
p278 焼きたての菓子パンを三ペンス分(three pennyworth of new buns): 80円。
p305 即金で百ポンド払います(What should you say now to £100 down): 64万円。
p404 五ポンド札: 31916円。当時の5ポンド紙幣はBank of England発行のWhite Note(白地に黒文字、絵なし。裏は白紙)、サイズは195x120mm。 ちょっと後に出てくる1ポンド紙幣(Fishers)はHM Treasury発行、茶色の印刷、表に竜を刺し殺す聖ジョージとジョージ5世の横顔、裏は国会議事堂、サイズは151x84mmと現在の紙幣っぽい大きさ。10ポンド紙幣の方は5ポンド同様White Note、サイズは大きめの211x133mm。
p429 食事はグリルで: [CASA] The Grill RoomはPiccadilly Hotelの地下のレストラン。ランチ・メニューは3シリング6ペンス(=1117円)、タペンスの言う「もっと高級なレストラン」はルイ14世レストランを指すのだろう。こちらだとランチ・メニューは5シリング(=1596円) 値段は1915年版ベデカーから。
p446 肌は浅黒かった(and dark):「黒髪だった」
p532 牧師の娘さんとして(as a clergyman’s daughter)—舞台にでも立つべきね(I ought to be on the stage): [CASA] ここら辺は“She Was a Clergyman’s Daughter”という1890年代ミュージック・ホールのヒット曲からの連想か。作曲Austin Rudd、歌はAda Reeve。何故か歌詞がWebで見当たらない…
p742 年に三百ポンド(at the rate of three hundred a year): 年192万円。
p809 スコットランド・ヤード犯罪捜査課のジャップ警部(Inspector Japp, C.I.D.): 顔は出さないが、ちゃんと登場。トミタペ世界とポアロ世界は繋がっている。
p1021 三、四百ドルぐらいしか持っていない(I haven't more than three or four hundred dollars): $400=73万円。金持ちなので「しか」
p1186 強盗の指紋がついた手袋(gloves fitted with the finger-prints of a notorious housebreaker): どうやら映画や小説ではお馴染みのブツだったようだ。もちろん当時、現実には存在しない。現代なら技術的に可能かな?
p1229 最近の流行歌を口笛で(whistling the latest air): [CASA] 当時なら流行歌はミュージック・ホール経由か。英国のラジオ放送は1922年5月開始。
p1309 バーナビー・ウィリアムズの『少年探偵』 (Barnaby Williams, the Boy Detective): 正しくは『少年探偵バーナビー・ウィリアムズ』、もちろん架空の本。
p1384 お給料は五十ポンド、いえ六十ポンド出すわ(I will give you £50—£60—whatever you want): 60ポンド=41万円、月額3万4千円。メイドの年給。[CASA] 熟練労働者の給与は週2〜3ポンド(=12776〜19150円、月額5万5千円〜8万3千円)、女性はその半分だった。ハウスメイドの相場は年£20〜£40(月額1万1千円〜2万1千円)
p1693 ロールス・ロイス(Rolls-Royces)... 先導車みたいなもの(some pace-maker)… 相場20000ドル: [CASA] 当時のロード・レースはコースが舗装が未整備で、自動車レースのpace maker carは馬力があって信頼性の高さが必要だった。このロールスは40/50HP Silver Ghost(1906-1925)。$20000=3661万円。
p1739 紳士録(the Red Book): 英国の貴族人名録Burke’s Peerage(1826初版)は大きな赤い装丁(26x18cm, 2800頁)なので別名The Red Book。
p1821 百万ドル(one million dollars)… ポンドに換算すると25万ポンドを上回る(At the present rate of exchange it amounts to considerably over two hundred and fifty thousand pounds): 100万ドル=18億3024万円、25万ポンド=15億9681万円。金基準1920の換算だと£1=$3.64で100万ドル=27.5万ポンド。当時の為替レートは概ね£1=$4弱なので単純に4で割って暗算したようだ。
p2687 おはよう…きみは高級石鹸を使っていないんだね(Good morning... You have not used Pear’s soap, I see): [CASA] Andrew Pears(c1770-1845)が1789年に創始したPears’ Soap。Eric Partridgeの本でGood morning, have you used Pears’ soapというキャッチ・フレーズを見つけたので、検索すると広告絵が沢山ありました。
p3023 五シリング: 1596円。ボーイへの情報料。
p3367 銃をいつも肌身はなさず持っているんです(I carry a gun. Little Willie here travels round with me everywhere): 後の方ではa murderous-looking automatic, the big automaticと表現。Little Willie又はLittle William(p3430)の愛称(翻訳ではいずれも省略)を持つ拳銃は存在しない。肌身離さずが可能な big 自動拳銃ならコルトM1911(全長216mm)か、Savage M1907の45口径版(全長約221mm、販売数はたったの118丁)が候補か。普通に考えれば前者だが、a murderous-lookingなら後者がふさわしい?製造者のColt, Savageや設計者のBrowning, Searleのいずれもファースト・ネームはWilliamではない。拳銃を愛称で呼ぶのは『トレント最後の事件』(Little Arthur、これも米国での呼び方という設定)の前例あり。当時の英国通俗小説では、米国人は拳銃を愛称で呼ぶのが通例だったのか。(Sexton Blake シリーズ1893-1978とかBulldog Drummond シリーズ1920-1969とかを読めばわかるのかも…)
p3402 フランス人は恋愛と結婚を分けて考える: ここの感じでは、当時の潔癖な英米人には、とんでもないことだったようだ。
p3770 僕は兵隊/陽気なイギリスの兵隊/ほら、ぼくの歩調を見てごらん(I am a Soldier/A jolly British Soldier;/You can see that I'm a Soldier by my feet): トミーが歌っているのだが調べつかず。[CASA]にも項目なし。
p3804 十シリング紙幣: 3192円。頼み事の駄賃。当時の10シリング紙幣はHM Treasury発行 、緑色の印刷、表に女神ブリタニアとジョージ5世の横顔、裏は2細胞胚みたいな図案に10シリングの文字、サイズは138x78mm。
p3880 精神状態が異常だったという医者の診断: [CASA] 人を殺しても金を積めば大丈夫、という自信は1906年のStanford White殺人事件が根拠か。大富豪の息子Harry Thawが犯人で、衆人環視のもとで撃ち殺したにも関わらず、陪審裁判の結果は精神異常により無罪。後に精神病院を脱し、精神は正常だ、との判定を得て自由放免になった。
p4073 運転手に五シリング: 1596円。頼み事の駄賃。
p4336 昨夜の脱出劇(the exciting events of the evening): 経過を考えると「今夜」28日の出来事。
p4353 官給の銃(a service revolver): Webley Revolver Mark VIか。
p4419 シーザー万歳!今、死にのぞんで汝に敬礼す(Ave, Caesar! te morituri salutant): [CASA] 剣闘士たちが闘う前に叫んだ、とスエトニウスが書いている。

1983年のTVドラマを見ました。概ね作品に忠実。時代は1930年前半の設定か。トミーとタペンスに愛嬌があって良い感じ。Little Willieは残念ながら自動拳銃じゃなくてWebley Revolverになってました。


No.268 6点 ホワイトコテージの殺人
マージェリー・アリンガム
(2020/02/24 12:41登録)
1928年出版。初出Daily Express 1927年の連載。創元文庫で読みました。
シンプルな(悪くいえば、コクのない)文章。それに状況設定や登場人物の発言が所々違和感あり。作者はちょっと世間知らずなお嬢さん(当時23歳)な感じ。父と息子のコンビってかなり難しい関係性です。(ベテランと若き刑事にした方が良かったのでは?) 気軽にフランスに旅立ちますが、感じとしては東京人が北海道に旅行するようなもんでしょうか。(クロフツ『樽』もそんな感じだったような…) 文庫の解説(森 英俊さん)が行きとどいていて大変参考になりました。でもアンフェア部分がどこを指してるのか良くわかりません…
以下トリビア。原文はkindleのサンプル部分だけ参照。この版(Bloomsbury Reader 2011)は翻訳と比べてかなりの省略あり。(本書の解説に、犯人は実妹ジョイス・アリンガムと書いてありました)
作中時間はp40, p195の記述から約6年前に戦争がはじまったものと推察されるので、1920年、秋の初め(p155)の事件。これは発表時よりも過去の話だよ、という記述はずっと後ろの方で出てきます。
現在価値は英国消費者物価指数基準1920/2020(44.99倍)で£1=6383円、仏国消費者物価指数基準1920/2020(671.56倍)で1フラン=€1.02=122円により換算。
p17 散弾銃の銃声(report of a shot-gun): プロなら聴き分けられる?
p21 単銃身の散弾銃—かなり大口径(a single-barrel shot-gun): 「かなり大口径」が気になりますが、参照した原文では省略。普通は12番径(=18.53mm)か20番径(=15.63mm)ですが、かなり大口径なら10番径(=19.69mm)かな。銃の発砲数が全く話題になっていないので、シェルを一発ずつ込める中折式(連続発射不可能)ですね。重さ6.5ポンド(3キロ弱)くらいか。
p108 世界一の力… パリ警視庁: まだまだ評判が高い。
p156 マントン: コートダジュール(紺碧海岸)に面したリヴィエラ地方の町。人口18001人(1921) 本書のマントンの描写にはあまり臨場感はありません。この地はマクロイ『死の舞踏』で「物価が安い… マントンは(遊ぶ所ではなく)死ぬところ」と表現されてて気になってました。『クリスティー自伝』でもWWI以前はフランスの物価が安かったので、お金に困ったミラー家(アガサさんの実家)は英国の家を貸してフランスに移り住んでいます。
p179 百フラン札を二枚: 200フランは24457円。情報提供料。当時の100フラン札はtype 1906 « Luc-Olivier Merson » デザインは表が2組の女性&子供、裏が鍛冶屋と女性&子供、天然色印刷。112x180mm。
p221 三百ポンド: 191万円。
p249『グロスの犯罪心理学』: Criminal Psychology(Kriminalpsychologie 1898, 2nd ed.1905) 警部がいつも先々に持ち歩いている本。グロス(Hans Gustav Adolf Groß 1847-1915)は随分と探偵小説に貢献しています。どこかで翻訳されないかな。(英訳版はGutenbergにあり)
p250 馬車: 当時はタクシーと共存していたのですね。(パリではなくマントンだからか?) パリでは1905年からタクシーが走っています。(当初はルノーType AG1、1933年以降はType KZ11)
p253 アルゼンチン: 当時の人気国。肥沃な国土を背景とした経済成長により、1913年には1人当たり国民所得で世界十指に入る裕福な国になった。しかし1926年の英国の牛肉輸入規制で経済的なダメージを受けることになる。


No.267 5点 愛の探偵たち
アガサ・クリスティー
(2020/02/23 16:54登録)
1950年出版。原題Three Blind Mice and Other Stories(米国オリジナル編集) 早川クリスティー文庫版は、原本(9篇収録)から「二十四羽の黒つぐみ」を除いたもの。
なるべく発表順に読む試み。カッコ付き数字は文庫収録順。初出データはwikiを基本にFictionMags Indexで補正。英語タイトルは初出優先です。
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⑺ジョニー・ウェイバリーの冒険(ポアロ) The Grey Cells of M. Poirot, Series II III. The Kidnapping of Johnnie Waverly (Sketch 1923-10-10) 単行本タイトルThe Adventure of Johnnie Waverly: 評価5点
語りの流れが良い。話自体はシンプルなもの。ヘイスティングスが用心深くなってるのが面白い。
p291 二万五千ポンド♠️身代金。英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で約2億1600万円。
p298 十シリング♠️4318円。伝言の駄賃。成功したらさらに10シリング、という約束。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 1期3話)は楽しい作品に仕上がっている。誘拐が英国で起こるなんてあり得ない!みたいな反応だが、英国初の身代金誘拐は1969-12-29発生のMuriel KcKay(55歳)誘拐事件とwikiのKidnapping in the United Kingdomにあり。(子供は1975-1-14のLesley Whittle(17歳)事件が初) ヘイスティングズの車(Lagonda)が活躍。仲良くポワロと歌う童謡はOne Man Went to Mow。
(2020-3-14記載)
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⑻愛の探偵たち(クィン) At the Crossroads (Flynn’s Weekly 1926-10-30 挿絵画家不明; 英初出Story-teller 1926-12 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. I. At the Cross Roads) 単行本タイトルThe Love Detectives: 評価4点
この頃の作品はロマンチックな空想力のたまもの。
p323 危険な十字路(dangerous crossroads)◆アガサさんが自分で自動車を運転していた感じが出ていると思う。当時の交通ルールは幹線道路(main road)優先なのか?
p324 最後に会ったのは… <鐘と道化師>(Bells and Motley)◆雑誌発表順だと正しい順番。クリスティ文庫『クィン氏』の表記は<鈴と道化服>
p327 肌の色はやや浅黒いが(Rather dark)◆クィン氏の感じ。外国人風ではない… という観察なので、肌の色で良いのだろう。
p328 修道僧たちが金曜日のために鯉を飼っていた池(the fishpond, where monks had kept their carp for Fridays)
p350 ゴルフボールそっくりの銀の懐中時計(a silver watch marked like a golf ball)◆ Dunlop Golf Ball Pocket Watch 1920で当時のブツが見られる。読んでいて私は球形だと誤解したが、実際は平べったい普通の懐中時計型でカバーにディンプルをつけてゴルフボール風にしたもの。試訳「ゴルフボールに似せたカバーの銀の懐中時計」
(2022-5-14記載)
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⑹四階のフラット(ポアロ) The Third Floor Flat (英初出Hutchinson's Story-Magazine 1929-1; 米初出Detective Story Magazine 1929-1-5 掲載タイトルIn the Third Floor Flat 挿絵画家不明)
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⑵奇妙な冗談(マープル) A Case of Buried Treasure (This Week 1941-11-2) 単行本タイトルStrange Jest
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⑶昔ながらの殺人事件(マープル) Tape-Measure Murder (This Week 1941-11-16 挿絵Arthur Sarnoff)
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⑸管理人事件(マープル) The Case of the Caretaker (Strand 1942-1)
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⑷申し分のないメイド(マープル) The Perfect Maid (Strand 1942-4) 単行本タイトルThe Case of the Perfect Maid
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⑴三匹の盲目のねずみ Three Blind Mice (Cosmopolitan 1948-5)
BBCのラジオ劇(1947-5-30放送 タイトル同じ)を小説化。のちの超ロングラン劇The Mousetrap(1952-11-25)


No.266 6点 緑衣の鬼
江戸川乱歩
(2020/02/23 16:26登録)
初出「講談倶楽部」昭和11年(1936)1月号~12月号(12回連載) 創元文庫(乱歩16)の電子版で読みました。連載当時の挿絵(前半は嶺田 弘、後半は伊東 顕)を全て収録してるのが非常に良いです。
フィルポッツ『赤毛のレドメイン』(1922)の翻案、といってもかなり手を入れてるので半分オリジナルと言っても良いでしょう。冒頭は映像的効果抜群。犯人像が奇矯過ぎて、ファンタジー味が強くなっている。望遠鏡で蛮行を覗くシーンが素晴らしい。全体的な雰囲気は映画とか漫画とかに似た娯楽重視の軽本格探偵作品、といった感じ。「真犯人」中のp3610の説明が丁寧に感じたのですが、まだアレはあまり知られてなかったのかな。
以下トリビア。
現在価値は、都市部物価指数基準1935/2015(1804倍)で換算。(文庫は400倍換算だが、国家公務員初任給が1935年75円、2015年181200円で2416倍)
p837/3943 資産は百万を下るまい: 18億円。
p1419 電話の便利もない: 寒村には普及していなかった。
p1596 二十円: 三万六千円。伝言の駄賃。
p2269 ポオの『盗まれた手紙』: 意外な引用… (いやいや意外ではないですね)


No.265 5点 赤毛のレドメイン家
イーデン・フィルポッツ
(2020/02/23 05:14登録)
1922年出版。雑誌Popular Magazine 1922-4-7〜6-7(5回連載)が初出か。
Popular Magazineは小説中心のパルプ雑誌。この頃は隔週刊行。当時20セント(=337円)208ページ。40年前には新潮文庫(橋本福夫訳)、今回は創元文庫の新訳(2019)で読みました。
時々「やがて彼には衝撃が襲う」みたいな先回り文章がたくさん出てきて、これ、当時の流行だったんでしょうかね。物語の興味を削ぐこと夥しい。
40年前に読んだときの記憶は、なんか陰鬱でつまらなかった印象しか残ってなかったのですが、導入(特に第1章)は非常に面白い。でも、途中から「志村、後ろ!」のヤキモキ感。(もう古いですか?) 弟子アガサさんのヘイスティングスを思わせるようなノロマな展開。さて結末は…
この小説、ブレンドン刑事の一人称で行くべき作品。そーなれば恋愛描写はもっと盛り上がる。ネタは良いのですが構成が下手。恋敵に感じるジリジリしたやりとりとか、名探偵に対するライヴァル心とかをもっと効果的に描けるはず。でもそんな胚芽を乱歩さんは気に入ったのでしょうね。翻案『緑衣の鬼』も読んでみたい。
以下トリビア。
現在価値は英国消費者物価指数基準1922/2020(57.20倍)、£1=8116円で換算。
p9 貯金は五千ポンド(five thousand pounds saved): 4千万円。
p37 二万ポンド: 1億6千万円。遺産。
p40 外傷の手当てに使う苔の巨大な集積所(a big moss depôt for the preparation of surgical dressings): 苔の種類はsphagnum(peat moss)。第一次大戦では、大量の戦傷者が出たため包帯が不足した。戦争初期に、園芸家Isaac Bayley Balfourと軍の外科医Charles Walker Cathcartは、英国に豊富な二種の苔S. papillosumとS. palustreが特に傷を癒すことを見つけ、多くの命が救われた。歴史的には普仏戦争(1870)辺りまで、苔で傷を覆う療法があったようだ。
p82 ヴェルディの初期のオペラを歌っている(His song was from an early opera of Verdi): 何の歌か気になる。初期の名作といえば「ナブッコ」(1842)、有名な「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」なんてぴったりか。
p108 探偵さん(the sleuth): これはカタカナ表記が良かったのでは?
p135 コーンウォール出身には多いメソジスト派… 楽しいことは許されんと考える連中: Methodistは禁酒禁煙や几帳面な生活様式を重視する。コーンウォールに多いのか…
p161 最新流行の安全剃刀(the newfangled safety razors): 交換刃の安全剃刀は1904年の特許。第一次大戦でガスマスクをつけるため毎日ヒゲを剃る必要が生じ流行したようだ。
p175 パイプの掃除には羽根を使って(For the master's pipe... He uses feathers to cleanse it): パイプの管部分に通して使うようだ。
p226 嗅ぎ煙草… 鼻が肥大: 嗅ぎ煙草の習慣は鼻を肥大化させ、テカテカにするらしい。
p240 ガボリオ: ここは探偵小説への言及ではない。この作品には、小説みたいな事件だ!という感嘆や探偵小説のもじりは見られない。
p244 アクロスティック: わかりやすいミニ講座。英国では1924年以後、クロスワードにその地位を奪われることになります… (ここを読んだ感じでは鍵の作り方がクロスワードに引き継がれている感じ)
p333 飼い葉桶のなかの犬(a dog in the manger): ギリシャの古い寓話に遡る話らしい。イソップ童話で広まった。英wikiに項目あり。


No.264 5点 死の猟犬
アガサ・クリスティー
(2020/02/22 06:07登録)
1933年10月にOdhams Pressが雑誌The Passing Show(セイヤーズのモンタギュー・エッグものが連載されています)の販促企画として製作した本のひとつ。(雑誌添付のクーポンが無いと入手出来ない本だった) そういう本なら最初の掲載誌がわからない5作は単行本初出なのかも。Collins Crime Clubで出版されたのは1936年。早川クリスティー文庫で読了。
なるべく発表順に読む試み。カッコ付き数字は文庫収録順。初出データはwikiを基本にFictionMags Indexで補正。英語タイトルは初出優先。
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⑵赤信号 The Red Signal (Grand Magazine 1924-6 挿絵Graham Simmons): 評価5点
冒頭からの流れは良いのだが、でも最後はしゃべりすぎ、全然詰めが甘い感じ。なおその法律は後で是正されました…
p53 また潜在意識か。この頃はなんでもかんでもそれで片付けられちまう
p54 以心伝心(テレパシー)
p63 こうした場合のしきたりで、あらたまった紹介はなかった(No further introductions were made, as was evidently the custom)♠️へえ、そうなんだ。
p63 シロマコ(Shiromako)♠️日本の霊(Japanese control)の名前
p63 ウェルシュ・ラビット(Welsh rabbit)♠️Welsh rarebitで英Wikiに美味しそうな写真あり。
p80 下男(His man)
p81 回転拳銃(リヴォルヴァー)… あまり見なれない型(a somewhat unfamiliar pattern)♠️英国陸軍のリボルバーなら第一次大戦中からずっとWebleyだが、米国製の上質なSmith & Wessonだったので、この登場人物には馴染みが無かった… という意味か?(考えすぎです) そのような描写は一切無く、この解説は私の妄想にすぎません、念の為。
(2022-4-26記載)
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⑻青い壺の謎 The Mystery of the Blue Jar (Grand Magazine 1924-7 挿絵Graham Simmons): 評価5点
ゴルフもの。アガサさんはアーチーとゴルフを楽しんでいたようだ。美人と怪奇現象という取り合わせ。初期アガサさんならではの軽さ。
p259 あと一、二分というところで◆この頃の英国では列車は時間通りなんでしょうね。
(2022-4-26記載)
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⑺検察側の証人 Traitor’s Hands (Flynn's 1925-1-31) 単行本タイトルThe Witness for the Prosecution: 評価5点
Flynn’s [Weekly]は有名な探偵小説系パルプ誌Detective Fiction Weeklyの前身。10¢(=160円)192ページ。当時はH. C. ベイリーとかオースチン・フリーマンとかの英国作家を結構掲載しています。この作品がアガサさんの米国雑誌初出の最初。その後、この雑誌にクィン氏ものを多く掲載することになります。
久しぶりに再読したが、思い出の中の印象より、かなりキレが悪い。翻訳のせいかなあ(昔読んだのは創元文庫 厚木 淳 訳)。戯曲版(1953)を読みたくなりました。短篇版の結末はとてもロマンチックなものだ、と急に気づき、それが戯曲版での変更に繋がっているのかも。たくさんのソリシタやバリスタの助言を得て戯曲版を書く前は、法廷関係の知識は全く無かった、と自伝で告白しています。
p212 彼女はいきなりむちゃくちゃに人が好きになる性質(たち)のお年寄り(an old lady who took sudden violent fancies to people)
p222 鉄梃(かなてこ)(crowbar)♣️今なら「バール」の方がわかりやすいか。
p227 掃除婦(charwoman)♣️メイドはいないが掃除婦はいる。貧乏な若夫婦なのだが…
p234 警察裁判所の予審(The police court proceedings)
p236 二百ポンド♣️英国消費者物価指数基準1924/2022(64.78倍)で£1=10548円。
p240 一ポンド紙幣♣️当時の£1紙幣は£1 3rd Series Treasury Issue(1917-1933)、茶と緑の配色、ジョージ五世の肖像と竜と戦う馬上の聖ジョージ、裏はウェストミンスター宮、サイズ151x84mm。
p243 チャールズ卿♣️唐突に名前が出てくるが、この事件の被告側バリスタ(法廷弁護士)。法廷での弁論はバリスタが専門に行い、ソリシタ(事務弁護士)は法廷外の仕事をする、というのが英国弁護士の分業制。現代ではソリシタでも弁論が出来るようになっているようだが、よく調べていません…
(2022-4-27記載)
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⑶第四の男 The Fourth Man (Pearson’s Magazine 1925-12): 評価6点
Wikiでは初出Grand Magazine 1925-12だが、同号にはThe Benevolent Butler(単行本タイトルThe Listerdale Mystery)が収録されてるのでFictionMags Indexにより修正。グレアム・グリーンのThe Third Manを連想してしまうタイトルですが、あっちは第二次大戦後の話です。
子供の頃に読んでずっと心に残っていたことに、今回再読して気付きました。子供の残酷な感じとか、嫌いだけど意志の強い相手に何故か従ってしまう感じとかが上手に表現されている、と思います。
p97 色は浅黒く(a slight dark man)♠️「外国人らしい」という印象を語り手は受けている。でも私は肌の色ではなく髪の色では?と思うのだが…
(2022-5-15記載)
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(12)S・O・S 原題S.O.S. (Grand Magazine 1926-2): 評価4点
バランスの悪さを感じさせる作品。もしかすると記事は実在のもので、当時の読者は、ああアレね、と思ったのかも。
(2022-5-15記載)
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⑹ラジオ Wireless (米初出Mystery Magazine 1926-3-1, 英初出Sunday Chronicle Annual 1926-12): 評価5点
英国初出のSunday Chronicleは週刊新聞(1885-1955) 掲載誌はクリスマス特集号だと思われる。
英国でラジオの公式実験放送は1920年6月15日(火曜日)が最初らしい(正式にラジオ放送が始まったのは1922年11月)。ラジオは当時の最新流行。外国の放送が聴ける、というのもウリだったのだろう。
老婦人を描くと生き生きしてしまうのがアガサさん。ちょうど母の死(1926年4月)の頃の作品だが、書いたのはその前なのでは?と感じた。
(2022-5-18記載)
(2022-9-11追記: 初出が米雑誌Mystery Magazine 1926-3-1らしいと判明したので、順番を変更した。やはり母の死の前の作品だった)
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(11)最後の降霊会 The Woman Who Stole a Ghost (Ghost Stories 1926-11) 単行本タイトルThe Last Seance: 評価4点
Ghost Storiesは米国のホラー系パルプ誌、当時25¢(=400円)96ページ。 (1927年1月号は無料で入手出来ます。知ってる名前はレイ・カミングスくらいですが、広告がとても楽しい)
工夫のない話だが、米国ホラー誌には、こんな話がよくあるよね… その線を狙った? 同時期のクィン氏もの『闇の声』にも交霊会が出てくるが、扱い方は全然違う。
(2022-5-18記載)
*****************(以下は掲載誌不明。単行本1933-10が初出か?)
⑴死の猟犬 The Hound of Death (初出不明): 評価5点
七つの宮はヨハネ黙示録に繰り返される「七」(封印、ラッパ、鉢)を思いだしました。(ただし第五は「青」などという連想p36を見ると黙示録にある象徴の順番とは対応していない) 変な話だねえ、という感じだが、理に落ちすぎてないのが良い。語り口はちょっとぎこちない。少なくとも作者1930年代の作品とは思えない。未発表、というより初期の売れなかった作品か。
(2020-2-22記載)
自伝に出てくるMay Sinclair作「水晶玉の傷」(The Flaw in the Crystal)に影響されたデビュー前の習作で、後年短篇集に収録したという超自然小説「幻影」(Vision)はこれかも。(Visionという題の作品はアガサさんの短篇集には見当たらず、雑誌発表タイトルにもないようだ) 自伝での評価は「今再読してみてもやはり気に入っている。」
(2020-2-23追記)
**********
⑷ジプシー The Gipsy (初出不明): 評価6点
いろんな要素を詰め込んでて話は散らかってるが、その散らかり具合が程良くて好き。自伝によるとデビュー前の娘時代に「霊魂小説」(psychic stories)を書くのにハマってたらしいから、これもその頃の作品なのかも。
p143 ジプシー女が/荒野に住んで…: 歌の一節のようだ。調べつかず。
p147 ファーガスン: 妙な注がついてるが、多分架空ネタ。
(2020-2-23記載)
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⑸ランプ The Lamp (初出不明): 評価5点
ムードは悪くない。死という概念を弄べる未成年にしか書けないような話。大人ならトーンが変わると思う。なので、デビュー前の娘時代に「霊魂小説」(psychic stories)を書くのにハマってた頃の作品だと思います。
(2020-2-23記載)
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⑼アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件 The Strange Case of Sir Arthur Carmichael (初出不明): 評価4点
超自然もの。これはつまらない。明明白白なものを勿体ぶってぼかしても仕方がない。
(2020-2-23記載)
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⑽翼の呼ぶ声 The Call of Wings (初出不明): 評価5点
自伝に出てくる、小説を書き始めたばかりの娘時代の最初期の作品かも。自伝での評価は「悪くなし」(not bad)。
夢の内容が面白い。冗長な部分が見受けられるけれど、最初期の作品と考えれば悪くない。
p347 一シリング: 辻楽師へのチップ。成立年代不明だが1910年基準(118.57倍)で841円。
(2020-2-23記載)


No.263 5点 マン島の黄金
アガサ・クリスティー
(2020/02/21 05:57登録)
While the Light Lasts and Other Stories(1997 英HarperCollins) 9篇収録。 (10)〜(12)の三篇(※付き)は、早川クリスティー文庫での付加作品。
アガサさんの短篇小説で生前のコレクションに含まれなかった作品の集成。
初出順に読んでゆきます。カッコ付き数字は本書収録順。英語タイトルは初出優先です。初出データはwiki情報をFictionMags Indexで補正しました。
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⑵名演技 A Trap for the Unwary (Novel Magazine 1923-5 挿絵Emile Verpilleux) 単行本タイトルThe Actress(こちらが作者のつけた題) 中村 妙子 訳: 評価5点
ポアロもの以外で刊行された(多分)初の短篇。(初期作品を集めたと思われる怪奇小説集『死の猟犬』に初出不明の5篇があるので一応保留) まだまだ作家修行中、流れがちょっと悪い。でも同時期のポアロものよりずっと良い感じ。編集者の後書きは無駄口が過ぎる。(初出誌を書いてはいるが最初期の短篇であることには触れていない) なおNovel MagazineはPearsonのパルプ誌、当時10ペンス(=389円)100ページほどか。
(2020-2-21記載)
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⑷クリスマスの冒険(ポアロ) The Grey Cells of M. Poirot, Series II XII. The Adventure of the Christmas Pudding (Sketch 1923-12-12) 単行本タイトルChristmas Adventure 深町 眞理子 訳: 評価6点
中篇「クリスマス・プディングの冒険」(1960)の元となる作品。時系列は『ゴルフ場』の後、Grey Cellシリーズ24篇の最後の作品。(発表は『呪われた相続人』Magpie1923年クリスマス号が最後か) 今までのシリーズとは文章の調子が変わっている。込み入った筋だが楽しげな雰囲気が良い。
p119 浅黒い肌の、ジプシー風の美少女(her dark, gipsy beauty): やはり「黒髪」だと思います… 眞理子さまも浅黒党?ジプシーなので全体的に浅黒い?
p122 ポアロのヘイスティングズ評: ひどいよ、ポアロ! でも愛情に満ちている。
p127 殺人を仕組んだら?(Let’s get up a murder): これはもしかしてMurder Gameなのか?しかし思いつきのアイディアな感じ。当時Murder Party Gameは一般的な余興ではなかったようだ。(1930年以前の例を依然として捜索中)
p129 執事のグレーヴス(Graves, the butler): バークリーの法則(1925)。1923年発表のセイヤーズとクリスティの作品に現れている、ということは、執事Gravesはその頃に上演された劇の登場人物なのだろうか?
p131 プディングのなかにまぜこんである六ペンス貨その他、さまざまなおまじないの品(sixpences and other matters found in the trifle): クリスマス・プディングの一般的な伝統は、家族の全員がかき混ぜに参加、コインを入れて(最初Farthing銀貨、第一次大戦後は値上がりして3ペンス銀貨、やがて6ペンス銀貨)当たった人には幸運が。他に入れるものとしてBachelor's Button(独身男に当たればもう一年独身)、Spinster's Thimble(独身女性に当たればもう一年独身)、A Ring(独身に当たれば1年内に結婚と富が)などがあるようです。6ペンス銀貨は当時ジョージ五世の肖像、1920年以降は.500 Silver、直径19mm、重さ2.88g、220円。(ところで何故「ガラス」が入っていることに驚き、怒ったのか。上述の通り、何かが入ってるのは当然のことなのに… それに沢山のプディングが用意されていたのはどうして?)
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TVドラマのスーシェ版(1992, 3期9話)は中篇「クリスマス・プディングの冒険」(1960)を元にしているはずなので、その時に観ます。
(2020-3-14記載)
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⑼ 光が消えぬかぎり While the Light Lasts (Novel Magazine 1924-4 挿絵Howard K. Elcock) 中村 妙子 訳: 評価5点
プロットがGiant’s Breadに似ているらしい。
アフリカ(ローデシア)の話。実際にローデシアに行ったときの経験が生かされているのかも。ふと、もしアーチーが… と夢想した感じの作品。でも人生を薄っぺらく捉えている気がする。子供っぽい想像力。
p329 フォード(Ford car)
p331 ロールスロイス(Rolls-Royce cars)
(2022-4-23記載; 2022-4-26修正)
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⑺壁の中 Within a Wall (Royal Magazine 1925-10) 中村 妙子 訳: 評価6点
非常に拙い作文なのだが、何か言葉にならない想いを伝えようとしているような不思議な作品。絵画についての文章などハラハラさせるような恥ずかしいものだし、登場人物の感情の流れなども全く納得がいかない。でも、どんなつもりでこれを書いて発表するつもりになったんだろう?という作者の深層心理が興味深い。愛さえあれば幸せになれる、という初期作品特有のロマンチックな感じがカケラも無い。作者の初期最大の問題作、といって良いだろう。まだ夫アーチーに裏切られておらず、母の死も迎えていない、人生が順風満帆だった頃のアガサさん。実はただの気まぐれな空想から出ただけの単純な作品なのかも。
p256 茶色の習作(a study in brown)
p276 謎々◆ 原文をあげておきます。Within a wall as white as milk, within a curtain soft as silk, bathed in a sea of crystal clear, a golden apple doth appear
(2022-5-5記載)
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⑴夢の家 The House of Dream (Sovereign Magazine 1926-1 挿絵Stanley Lloyd) 中村 妙子 訳: 評価4点
Sovereign MagazineはHutchinsonのパルプ誌、当時1シリング120ページ。
編集者の後書きで、アガサさんが作家になる前に書いた習作に手を入れたものだとわかる。まあそんな作品。(7)も同様なのだろうか。若い頃の不安な想い、という感じは出ているが…
多分、ここらへんの時期は、アガサさんがリテラリイ・エージェントのEdmund Corkと契約した頃なので、作家的可能性を広げよう、という助言があって、こういう様々な作品を試しているのではないか。
(2022-5-14記載)
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(11)※白木蓮の花 Magnolia Blossom (Royal Magazine 1926-3 挿絵Albert Bailey) 中村 妙子 訳: 評価6点
非常に理念的で技巧的な小品だが、自分自身の失踪事件のあと、アガサさんは己の若さ全開の本作に苦笑いしたことだろう。そんな皮肉な作品。そういう意味での面白さを感じた。
(2022-5-14記載)
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⑸孤独な神さま The Lonely God (Royal Magazine 1926-7 挿絵H. Coller) 中村 妙子 訳: 評価4点
作者のつけた題はThe Little Lonely Godだという。自伝ではresult of reading The City of Beautiful Nonsense [Ernest Temple Thurston作1909年]: regrettably sentimental という自己評価。これもデビュー前の習作が元のようだ。
ロマンチックで非現実的なオハナシ。芸術は救いになる、というのがテーマ?とは違うか。
(2022-5-14記載; 2022-5-18追記)
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⑶崖っぷち The Edge (Pearson's Magazine 1927-2) 中村 妙子 訳: 評価8点
カバーストーリーではないが、表紙にAgatha Christie Story Insideと目立つように表示。当然1926年12月の作者失踪事件を当て込んだものだが、内容もその事件を連想させる問題作。激しい感情の荒波が読者をも動揺させる。生前、アガサさんは短篇集への収録を許さなかったようだ。
作中で愛犬が車にはねられるエピソードがあり、作者の愛犬が1926年8月ごろに目の前で交通事故にあったことを想起させる。
(2022-9-17記載)
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(12)※愛犬の死 Next To A Dog (Grand Magazine 1929-9) 中村 妙子 訳
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⑹マン島の黄金 Manx Gold (Daily Dispatch 1930-5-23, 24, 26, 27, 28 5回分載) 中村 妙子 訳
マン島の観光客誘致のために企画された、宝探しの手がかりとなる作品。島に隠された宝は£100(=93万円)入りの嗅ぎタバコ入れ四つ。全話掲載のパンフレットJune in Douglasは旅館や旅行スポットに25万冊ほど配布されたが、たった一冊しか現存しないらしい。
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⑻バグダッド大櫃の謎(ポアロ) The Mystery of the Baghdad Chest (Strand Magazine 1932-1 挿絵Jack M. Faulks) 中村 妙子 訳
中篇「スペイン櫃の謎」(1960)の元となる作品。
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⑽※クィン氏のティー・セット(クィン) The Harlequin Tea Set (George Hardinge編Winter’s Crimes 3, 1971) 小倉 多加志 訳
クィン最後の作品。


No.262 5点 人魚とビスケット
J・M・スコット
(2020/02/20 03:44登録)
1955年出版。現実の新聞に載ってた個人広告、それって本当なのかな?とネットで調べてみたのですが、よくわかりません。原文も知りたかったのですが、簡単には手に入らないようです。九マイルの人風に、あれこれ想像する話のほうが楽しそう。この小説自体は実際に起こったことに近いとは思えない展開でした。あーでもない、こーでもない、とちゃんと推理した人、いませんか?(新聞広告自体がフィクションなのかな?)

…という感じ(若干変更)で2015-2-7にアマゾン書評に書いたのですが、今、Web検索したら2018年にJohn Higginsさんが詳しいことを書いてくれています。個人広告の最初の文、Sea-Wyf. Home at last. Please get in touch. Biscuit.で検索してみてください。現実のDaily Telegraphに1951-3-7から3-21までに載った原文が全て掲載されています。当時はけっこう話題になったらしく、Daily Mirrorが全やりとりを1951-5-26に転載し、フランスやオーストラリアでも取り上げられたようです。ただし、当時J. M. ScottはDaily Telegraphのスタッフだったというので、もしかするとウケ狙いのでっち上げだったのかも。この小説は同社を辞めた後に発表してるところが怪しい…
(私がこの作品を知ったのはミステリ・マガジンの山口雅也さんの絶版本紹介の連載でした。創元文庫が出たときにはとびついたものです… 前評判が高すぎてガッカリしたところもあるので、落ち着いて読んだら結構面白い作品なのかも。2015年の書評もぼんやりとした15年前?の記憶で書いてます。)


No.261 10点 謎のクィン氏
アガサ・クリスティー
(2020/02/18 22:22登録)
1930年4月出版。初出誌はGrand MagazineやStory-Teller、1924〜1929に断続的に掲載。同時期の短篇が1作だけ『愛の探偵たち』に収録されています。もう少し後で読むつもりでしたが、古本屋で見つけて思わず入手、待ちきれずに読み始めちゃいました。やはり素晴らしい!好きすぎるので殿堂入り10点です。40年前は創元の一ノ瀬さんの訳。今回読んでいる早川クリスティー文庫の嵯峨静枝さんの訳は上品で非常に良い感じです。
発表順に少しずつ読んで行きます。読み終わるのが勿体無いような気持ち。
タイトルは初出優先で記載。カッコ付き数字は単行本収録順。おまけで「愛の探偵たち」もリストアップしておきました。フィナーレを飾る「クィン氏のティー・セット」(『マン島の黄金』収録)も加えるべきでしょうかね。
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⑴クィン氏登場 The Passing of Mr Quinn (初出Grand Magazine 1924-3 挿絵Toby Hoyn) 単行本タイトルThe Coming of Mr Quin: 評価7点
不穏な冒頭から謎の人物の登場、炉辺での昔語りは佳境に入り、そしてサタスウェイト氏に突然ピンスポットがあたるところまで絶妙な流れ。掲載時期から『茶色の服』の後に書いたものと思われます。初出誌では名前がQuinnとなっています。お正月の話だったのですね。(執筆も正月かも) 初出タイトルはUn ange passe(天使のお通り)を連想させ、単行本タイトルはキリスト降臨を思わせます。(考え過ぎです)
p15 若い頃は、みんなで手をつないで輪になって《懐かしき日々》(ほたるの光)を歌ったもの(In my young days we all joined hands in a circle and sang “Auld Lang Syne”)♠️語っている女性は六十代くらいか。
p18 元日に黒髪の男性が最初に訪ねてくると、その家に幸運が(To bring luck to the house it must be a dark man who first steps over the door step on New Year’s Day)♠️wikiのFirst-footに記載あり。背が高く、黒髪の男(a tall, dark-haired male)が良いらしい。ある地方では、女性や金髪の男(a female or fair-haired male)は不運だという。
(2020-2-18記載)
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⑵窓ガラスに映る影 The Shadow on the Glass (初出Grand Magazine 1924-10): 評価4点
登場人物があまり印象に残らない。人物紹介がごたついている。これ、アガサさんには死の場面の強烈なイメージが先に思い浮かんで、そこを上手に描けなかったのでは?
(2022-4-27記載)
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⑷空のしるし The Sign in the Sky (米初出The Police Magazine 1925-6; 英初出Grand Magazine 1925-7 as ‘A Sign in the Sky’) 単行本タイトルThe Sign in the Sky: 評価4点
発端は非常にワクワクさせられるが、残念な話になっちゃうのが惜しい。前作「検察側の証人」(1925-1)の残響が作者にあって法廷シーンから始まっているのかも。本作の初出が米国雑誌というところも「検察側の証人」と共通している)
列車が時刻に非常に正確だというイメージがある、というところに注目。やはり当時は定時運行が当たり前だったのだ。(メチャクチャ遅れるのが普通ならクロフツのアリバイ・トリックなんて成立しないだろう)
p127 銃(the gun)♣️猟銃(散弾銃)のようだ。
p127 九月十三日、金曜日♣️直近は1913年だが、アガサさんは1924年をイメージしていたかも。(普通は曜日は1日ずつズレるのだが、1924年は閏年なので二日ズレている。正月だけに注目してると間違えることが多い)
p129 ジャズ♣️当時ならニューオリンズ・スタイル(Louis ArmstrongのHot Fiveなど)のイメージ
p129 古めかしい表現♣️「これはこれは(God bless my soul)」のこと。
p130 三度♣️単行本で書き換えた可能性あり。雑誌掲載順なら「二度」が正しい。
p142 ヨハネ祭の前日(Midsummer’s Eve)♣️英国のMidsummer’s dayは6月24日、これは四旬日のひとつでもある。何か意味ありげな会話だが、趣旨が良くわからない。前回、といえば連載順だと(2)のはず、これは6月の事件である可能性は十分にある。短篇集収録順だと(3)になるが、その作中現在は3月〜5月なので該当しない。
p144 バンフ(Banff)♣️アガサさんが当時行きたいと思っていた観光地なのだろう、と妄想した。
(2022-5-4記載)
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⑶〈鈴と道化服〉亭奇聞 A Man of Magic (初出Grand Magazine 1925-11) 単行本タイトルAt the Bells and Motley: 評価4点
冒頭の好きな人に偶然会えた時のトキメキが非常に良い。ときめいているのはいい歳をした金持ちのおっさんなんだが… 本作もミステリ的には凡作。
p92 へんぴなところ(God-forsaken hole)
p92 料理の名人(a cordon bleu)
p97 冬の事件の3か月後なので、作中現在は3月〜5月に絞られる。
p114 百年後が2025年、という事は作中現在は1925年
p115 クロスワード・パズル(Crossword Puzzles)♠️1924年のトピック。サタスウェイト氏はこのパズルに馴染みがない。Crossword Puzzleは米国1913年の発明、英国初上陸はPearson’s Magazine 1922年2月号、新聞紙ではSunday Express 1924-11-2が最初。セイヤーズのクロスワード小説は1925年7月号掲載。
p115 天窓強盗(Cat Burglar)♠️1924年にスコットランド・ヤードが逮捕したRobert Augustus Delaney(?-1948)がCat Burglarのあだ名で有名になった嚆矢だという。フォーマルウェアで外出し、するりと窓から侵入して盗むスタイル。
(2022-5-4記載)
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◆愛の探偵たち(『愛の探偵たち』に収録) At the Crossroads (米初出Flynn’s Weekly 1926-10-30; 英初出Story-Teller 1926-12 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. I. At the Cross Roads) 単行本タイトルThe Love Detectives
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⑸クルピエの真情 The Soul of the Croupier (米初出Flynn’s Weekly 1926-11-13; 英初出Story-Teller 1927-1 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. II. The Soul of the Croupier): 評価4点
モンテ・カルロの話。私はアノーの友人リカード氏を大人しくしたのがサタスウェイト氏なのでは?と勝手に思っているのだが、その薄い根拠が毎年モンテ・カルロに滞在している、というここら辺の記述。まあ人生の傍観者なら満遍なく社交の舞台に顔を出しているだろうから当然なんだが…
本作は話自体は単純なもの。米国風味と欧州風味の掛け合わせが見どころ。(2022-5-17追記: 寓話なので、イチャモン的な文句だが、全員が顔を合わせた時点で、こういう話の流れに絶対ならないよね…)
p161 社交カレンダーあり。
p162 為替相場♣️サタスウェイト氏は戦前と比較しているのか?1911年は1ポンド=25.25フラン、1926年は1ポンド=149.21フラン(5.9倍)。ドル・ベースなら1911年は5.20フラン、1926年は30.72フラン(5.9倍)。フランの価値がかなり低下しているようだが… (2022-5-17追記: 私は貧乏人なので、値段が安くなったのに文句を言ってるのが理解出来なかった。よく考えてみると、フランが非常に安くなったので、有象無象が押しかけてくるようになり、本物の金持ちはモンテ・カルロを避けるようになった、ということなのだろう)
p162 例のスイスの観光地(these Swiss places)
p163 かぎ鼻で顔色の悪いヘブライ系(Hebraic extraction, sallow men with hooked noses)♣️今はこういう表現はダメなんだろうね。
p176 浅黒く、魅力的な顔(his dark attractive face)
p181 “掻き集め”パーティ(“Hedges and Highways” party)♣️ルカ伝14:23から。(KJV) And the lord said unto the servant, Go out into the highways and hedges, and compel them to come in, that my house may be filled. (文語訳) 主人、僕に言ふ「道や籬の邊にゆき、人々を強ひて連れきたり、我が家に充たしめよ。
p190 五万フラン札(A fifty thousand franc bank note)♣️当時の最高額紙幣は5000フラン札なので10枚分という意味か?(多分この場面は違う) 5000フラン札はこの頃ならBillet de 5 000 francs Flameng(1918-1938)サイズ256x128mm。仏国消費者物価指数基準1926/2022(451.45倍)で1フラン=0.69€=93円。
(2022-5-15記載)
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(11)世界の果て World's End (米初出Flynn’s Weekly 1926-11-20; 英初出Story-Teller 1927-2 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. III. World’s End) 単行本タイトルThe World's End: 評価7点
コルシカ島の話。世界のどん詰まりという舞台、公爵夫人のキャラ、若い娘の態度、全てが上出来。二人が変に活躍しないのも逆に良い。淀みない話の流れが非常に素晴らしい。
p417 アヤッチオ(Ajaccio)♠️コルシカ島の実在の地名。
p424 エドウィン・ランドシア♠️Sir Edwin Henry Landseer(1802-1873)、動物の絵で有名。最も知られている作品はトラファルガー広場のライオン像。
p425 一枚五ギニー♠️絵の値段。
p431 コチ・キャヴェエリ(Coti Chiaveeri)♠️架空地名かと思ったら、実在だった。コルシカ島南西、Coti-Chiavariが正しい綴りのようだ。話のイメージにぴったりの風景。アガサさんは行ったことがあったのだろうか。
p440 あの女は食い物のために生きている(That woman lives for food)♠️女優に対する、このセリフも実に良い。
p441 ジム・ザ・ペンマン(Jim the Penman)♠️Theatre Royal Haymarket, Londonで1886年4月に初演、大当たりとなり、映画化(1915, 1922)もされた戯曲。Charles Lawrence Young(1839-1887)作、とされるが、実際はドイツのFelix Philippi(1851-1921)作Der Advokat(1885?)の翻案のようだ。
p443 二シリング銀貨ほどの大きさ(the size of a two-shilling piece)♠️当時のフローリン銀貨(=2s.)はジョージ五世の肖像、1920-1936鋳造のものなら.500 Silver, 11.3g, 直径28.3mm。こういう大きさは訳注で処理してほしいなあ… (英国人なら身体に染み込んでると思うので) ついでに言っておくと五百円玉が26.5mm。
(2022-5-17記載)
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⑺闇の声 The Voice in the Dark (米初出Flynn’s Weekly 1926-12-4; 英初出Story-Teller 1927-3 連載タイトルThe Magic of Mr. Quin, No. IV. The Voice in the Dark): 評価4点
いつものようにレディの描写が上手。読書中はアガサ・マジックに幻惑されたが、ちょっと考えると、とても成立しなさそうなところがある変テコなオハナシ。雰囲気は良いので残念。
p255 事故◆数年前にこの鉄道路線で起こった事故。カンヌからの帰りなのでフランスか。
p256 コルシカ◆「世界の果て」を指す。
p258 ユーレリア号の難破(the wreck of the “Uralia”)◆ニュージーランド沖合いで沈没。40年前(p265)だと言う。サタスウェイト氏が若い頃、と言っている感じからすると、彼は少なくとも五十代後半。
p259 鈴と道化服◆再登場。アボッツ・ミードから15マイルほどのところ(p277)。
(2022-5-18記載)
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⑻ヘレンの顔 The Magic of Mr. Quin, No. V. The Face of Helen (初出Story-Teller 1927-4): 評価6点
何気なくサスペンスを高めていくところが上手。1926年のある短篇とちょっとした共通点あり。
p290 近頃では、だれもが刈りあげている(It’s more noticeable now that everyone is shingled)♣️Aileen PringleのPringle Shingle(1925)が有名のようだ。
p293 “芸術家気取り”の連中(be of the ‘Arty’ class)
(2022-9-17記載)
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(12)道化師の小径 The Magic of Mr. Quin, No. VI. Harlequin’s Lane (初出Story-Teller 1927-5): 評価7点
ラストまで不可思議な話。傍観者がうろたえるところが良い。執筆時期はアガサさんが一番混乱していた時期なのかも。
p460 『幸福な王子』の一節… 「この町でいちばん美しいものを二つ持っていらっしゃい、と神様はおっしゃいました」(Bring me the two most beautiful things in the city, said God)♠️原文に『幸福な王子』は無し。The Happy Princeの原文だとthe two most precious things、神様に答えて天使が運んできたゴミ同然の物とは…
p464 オランダ人形(Dutch Doll)♠️英Wiki “Peg wooden doll”参照。ああ、こういうイメージなんだね。
p476 ワルキューレの第一幕… ジークムントとジークリンデ♠️ここら辺は、このオペラを知っていた方が面白いと思う。
p480 古いアイルランド民謡… シーラ、黒い髪のシーラ (後略) (Shiela, dark Shiela, what is it that you’re seeing? / What is it that you’re seeing, that you’re seeing in the fire?’ / ‘I see a lad that loves me – and I see a lad that leaves me, / And a third lad, a Shadow Lad – and he’s the lad that grieves me.)♠️どうやらアガサさん自作の詩をアレンジしたものらしい。
p482 ワルキューレの恋の主題歌(the love motif from the Walküre)♠️某Tubeでは“Wagner Leitmotives - 39 - Love”で聴けます。
(2022-9-17記載)
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⑼死んだ道化役者 The Dead Harlequin (初出Grand Magazine 1929-3)
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⑹海から来た男 The Man From the Sea (初出Britannia and Eve 1929-10 挿絵Steven Spurrier)
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⑽翼の折れた鳥 The Bird with the Broken Wing (初出不明)


No.260 5点 ポアロ登場
アガサ・クリスティー
(2020/02/16 01:20登録)
英版1924年、米版1925年出版、三篇追加。(下の(12)〜(14)※付きのもの) 早川クリスティー文庫は14篇収録の米版によるもの。
もともとはSketch誌に1923年に発表したポアロシリーズ12篇×2回とSketch誌の増刊号的なMagpie1923年クリスマス号に収録の1篇で、この年にアガサさんはポアロもの25篇を発表しています。クリスティー文庫では残りの11篇中9篇を『教会で死んだ男』に、1篇ずつを『愛の探偵たち』(「ジョニー・ウェイバリーの冒険」Grey Cellシリーズ2第3話)と『マン島の黄金』(「クリスマスの冒険」Grey Cellシリーズ2第12話、中篇「クリスマス・プディングの冒険」1960の元)に収録。ポアロとヘイスティングズの会話は、同文庫の『スタイルズ荘』や『ゴルフ場』みたいにバカ丁寧であるべき、と思うので、会話の調子を訳し直して発表順に整理したポアロ・シリーズを刊行して欲しいですね。
アイディアが閃いたから書いてみました、という感じなので、続けて読むと単調に感じるでしょう。一作ずつ、合間に読むくらいがちょうど良い。まだまだ工夫不足なアガサさんなのは否めません。
順番はSketch掲載順に再構成しています。カッコつき数字は単行本収録順。英語タイトルは初出時のものを優先しました。

⑺グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot II. The Curious Disappearance of the Opalsen Pearls (初出Sketch 1923-3-14) 単行本タイトルThe Jewel Robbery at the Grand Metropolitan: 評価5点
単純な話。でも現場の見取り図があってアガサさんの張り切りぶりが伝わります。
p1819 超過利得税(E.P.D.): Excess Profit Duty 英国では戦費を賄うため1915年から企業の“超過利益”の50%に課税した。1921年廃止。
p1899 両袖のドレッシング・テーブル(the knee-hole dressingtable): 上に鏡を置いて座って化粧など出来そうな机。日本語では「化粧台、ドレッサー」か。
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TVドラマのスーシェ版(1994, 5期8話)では色々ふくらましてるけど問題なし。Lucky LenはJDCのラジオ・ドラマ「白虎の通路」(『ヴァンパイアの塔』収録)の“頰ひげウィリー”と同じ企画なのかも。どっちもブライトンが舞台だし… 桟橋はブライトンのではなくEastbourne Pier(2014の火災で大半を焼失) 、昔の競馬場の風景が良い。
(2020-2-16記載)

⑼ミスタ・ダヴンハイムの失踪 The Grey Cells of M. Poirot IV. The Disappearance of Mr. Davenheim (初出Sketch 1923-3-28): 評価5点
上手にまとめた話。蒸発の三つのカテゴリーは後年の自分の失踪を予言してるような…
p2505 賭けよう…五ポンド(Bet you a fiver): 英国消費者物価指数基準1923/2020(60.87倍)で43180円。ポアロは「イギリス人の大好きな遊び(the passion of you English)」と評しています。
p2513 背の高い浅黒い顔の男(a tall, dark man): 「黒髪の」
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TVドラマのスーシェ版(1991, 2期5話)では奇術、自動車レース、鸚鵡を追加。昔のレース映像や古いレースカーが沢山登場します。スーシェがみせる手品の手際はなかなかのもの。
(2020-2-16記載)

⑴<西洋の星>盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot VI. The Adventure of the Western Star (初出Sketch 1923-4-11): 評価4点
ヘイスティングズの空回り。怪しい中国人が出てくるのが如何にもな感じ。以前の話を引き合いに出すのは作者が疲れてきた証拠、と思ってます…
p37 映画スター: 時代はまだサイレントの頃。当時のハリウッドの有名女優ならLillian Gish, Mary Pickford, Gloria Swanson, Marion Daviesなど。
p45 ヴァレリー・サンクレア: シリーズ第三話「クラブのキング」事件に登場。
p68 五万ポンドという巨額の保険: 4億3千万円。保険の金額で物事の価値をあらわすようになったのはいつ頃からだろう…
p68 クロンショウ卿: シリーズ第一話「戦勝舞踏会」事件に登場。
p176 こう見えても私にだって探偵のセンスはかなりある: 自信を持ってこのセリフが言えるヘイスティングズが素晴らしすぎる。
p200 メアリ・キャヴァンディッシュ: 『スタイルズ荘』に登場。
p208 貴族名鑑(Peerage): Burke’s Peerageは1826年創刊の英国貴族の人名禄。1839から1940までほぼ毎年改訂された。
p463 女というやつは手紙を破り捨てたりはしない(never does a woman destroy a letter): これは真理だと思います…
(2020-2-17記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期9話)は上手な脚色で付加部分も納得の出来栄え。演者もみんなそれっぽくて良い。傑作です。
(2020-2-23追記)

⑵マースドン荘の悲劇 The Grey Cells of M. Poirot VII. The Tragedy at Marsdon Manor (初出Sketch 1923-4-18): 評価4点
まとまりの悪い話。ポアロの考え方が散漫な感じ。言葉の連想テストは1928年にはもう既にヴァン・ダインが陳腐と言っています。当時、アガサさんは銃に全く詳しくなかったのでしょう。扱いが雑すぎです。
p519 クリスチャン・サイエンス(a Christian Scientist): 今まで調べたことはなかったのですが、起源は結構古いのですね。米国ボストンのMary Baker Eddy(1821-1910)により1879年創設。
p558 カラス撃ちの小型ライフル(his little rook rifle)… 二発撃っていますね(Two shots fired): root rifleという銃は単発が多いらしいが、ここでは2発撃てるライフルのようだ。通常のライフルより軽量で小さく、全長1メートルくらいが普通か。
(2020-2-19記載)
TVドラマのスーシェ版(1992, 3期6話)は、流石に銃の扱い方を変更。原作通り軽そうな単銃身のrook rifleが登場してました。脚本で追加された教会でのガスマスク訓練風景が興味深い。敵国の毒ガス爆撃に備えた訓練だと思うが、各地で行っていたのだろうか。
(2020-2-24記載)

⑻首相誘拐事件 The Grey Cells of M. Poirot VIII. The Kidnapped Prime Minister (初出Sketch 1923-4-25): 評価4点
何だか切実感のない、盛り上がらない話。状況も変テコ、解決も唐突です。
p2099 除隊になり、徴兵事務の仕事を与えられていた:『スタイルズ荘』以降のヘイスティングズの状況。
p2106 イギリス首相: 当時の現実の首相はDavid Lloyd George(在任1916-12-6〜1922-10-19)
p2114 日雇いのお手伝いさん(charlady): charwomanが普通か。
p2325 船酔い(mal de mer): お馴染みの描写だが、作者が初めて書いてる感じ。本作は『ゴルフ場』(初出1922年12月号から連載)より先に書いたのかも。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 2期8話)はロケが素晴らしい映像。銃も沢山出て来ます。(SMLE Mk III小銃とパラベラムP08拳銃) 画面ではポアロの電話番号はTrafalgar 8317でした。
(2020-2-29記載)

⑸百万ドル債券盗難事件 The Grey Cells of M. Poirot IX. The Million Dollar Bond Robbery (初出Sketch 1923-5-2): 評価5点
中途半端な謎。捻りも少ない。
p1277 最近はなんて債券の盗難が多いんだ!(What a number of bond robberies there have been lately!): 実際にそうだったのか。
p1277 自由公債百万ドル分(the million dollars’ worth of Liberty Bonds): 米国消費者物価指数基準1923/2020(15.09倍)で16億円。Liberty bondは第一次大戦の連合国支援のために米国で販売された戦債のこと。
p1316 チェシャー・チーズ: 17世紀からの歴史あるパブYe Olde Cheshire Cheeseのことか。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 3期3話)はポワロの船旅を追加。なかなか上手な脚本。冒頭に多勢の英国人が傘を使うシーン。降ってればやはり使うのね。RMS Queen Mary号の記録映像は1936年5月27日処女航海の時のもののようです。
(2020-3-7記載)

⑶安アパート事件 The Grey Cells of M. Poirot X. The Adventure of the Cheap Flat (初出Sketch 1923-5-9): 評価5点
こーゆー日常の謎だと筆のノリが違います。冒頭の流れは実に良いんですが… 途中で失速し、ぎこちない話になって幕。
p759 年に80ポンド: 69万円。月額57573円。「ただみたいに安い家賃」本当の家賃は350ポンド(=302万円、月額25万円)。
p759 権利金(premium): 貸しアパートのプレミアム。英国にも礼金みたいなのがあったのか。どのような仕組みなのかよくわかりません。
p759 備え付けの家具は買い取り(buy the furniture)… 50ポンド: 43万円。家具備え付け、というのもピンと来ない外国の風習。家具も貸す場合は家賃が高くなるようだ。
p767 幽霊屋敷の話など、聞いたことがありません(Never heard of a haunted flat): 由緒あるお屋敷や城ならともかく幽霊付き「フラット」なんてあるもんか… という意味では?
p822 例によって、きみは赤毛がお気に入り(Always you have had a penchant for auburn hair!): ヘイスティングズの好みを揶揄うポアロ。『スタイルズ荘』のシンシア・マードックがauburn hairの持ち主。
p829 浅黒い肌なのか、色白か?(Dark or fair?): 「黒髪か金髪か?」
p852 週に十ギニー(at ten guineas a week): 9万円、月額39万円。p759の本当の家賃と比べてもかなり高い家賃なので、ヘイスティングズが反対したのだろう。
p859 レヴォルヴァー: ヘイスティングズの銃は初登場のような気がする。
p867 石炭を引き上げる荷台(the coal-lift): 石炭用のエレベーターですね。p907では正しく「石炭用のリフト」と訳してるのに… 人力でロープを引っ張って動かすようだ。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1991, 2期7話)は米国ナイトクラブも出てくる楽しい話。石炭用エレベーターは残念ながらゴミ収集用の裏口に変わってました。家賃は何故か週6ギニー(物価1935/2020で月額28万円)に値下げ。画面の物件的にその程度の感じなのか。
冒頭の米国白黒映画はキャグニー主演のG Men(1935)、ヘイスティングズの銃はWebley "WG" Army Model、悪党の銃はSmith & Wesson Safety Hammerless、FBIの銃はColtっぽい。劇中歌Sugar(That Sugar Baby o' Mine)はMaceo Pinkard, Edna Alexander, Sidney D. Mitchell作の1926年の曲、そしてIf I Had YouはTed Shapiro, Irving King(Jimmy Campbell & Reg Connelly)作の1928年の曲。
(2020-3-7記載)

⑷狩人荘の怪事件 The Grey Cells of M. Poirot XI. The Mystery of Hunter’s Lodge (初出Sketch 1923-5-16): 評価5点
ポアロによる遠隔捜査という状況設定が面白い。ドラマ版が見てみたくなるトリック。
p1024 インフルエンザ(influenza): 1918年〜1919年の「スペイン風邪」が初のインフルエンザ・パンデミック。
p1155 フル・ロードの状態(fully loaded): 弾丸が全て装填されている状態。そんな保管方法は銃器室を持っているようなガンマニアならあり得ない状況だと思う。(当時は安全機構が不十分だったので、落としたら暴発する可能性もある)
p1172 同型のレヴォルヴァーから発射された(fired from a revolver identical with the one): 線条痕による銃の特定は1925年以降の鑑識技術。
p1235 そんな人物(sech person): ディケンズからの引用。Martin Chuzzlewit(1844)第49章、Mrs. PrigとMrs. Gampの会話。Mrs. Prigはsich a personと言い、Mrs. Gampはsech a personと言っています。
(2020-2-20記載)
TVドラマのスーシェ版(1992, 3期11話)は狩の風景を追加。列車のシーンも良い感じ。銃の取り扱いは大幅に変更してマトモになり、M1911が登場。トリックは頑張って忠実にやってましたが、やっぱり変テコな仕上がり。
(2020-3-8記載)

(14)※チョコレートの箱 The Grey Cells of M. Poirot XII. The Clue of the Chocolate Box (初出Sketch 1923-5-23): 評価6点
なんだか楽しい。いわゆるノウブリもの。ポアロの雑誌連載12回シリーズの最後を締めくくるのにふさわしい。評判が良かったようで4カ月後にさらに12篇が連載されることになります。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期6話)はジャップとベルギーに帰るポアロ、過去の事件を語る、というストーリー。1910年ごろの馬車が走ってる時代の風景が良い。残念ながら、ほろ苦い話の脈絡が上手くいっていない感じです。ベルギーの話だから名物のチョコレートというアガサさんの発想だったのかも…
(2020-3-9記載)

⑹エジプト墳墓の謎 The Grey Cells of M. Poirot, Series II I. The Adventure of the Egyptian Tomb (初出Sketch 1923-9-23): 評価4点
第2シリーズの幕開けは、作者が後年大好きになる中東の発掘現場が舞台。Lord Carnarvonの死(1923-4-5)による「ツタンカーメンの呪い」騒ぎが発想のタネ。この作品発表までの関係者の死はGeorge Jay Gould(米国の富豪。風邪で1923-5-16死亡)とAli Fahmy Bey(エジプトのprince。1923-7-10に妻に撃ち殺された)の二人で、概ね物語と照応している。Aubrey Herbert(カーナヴォンの異母兄弟。歯科治療中の血液中毒で死亡)は雑誌発売後の1923年9月26日。
なおSketch誌編集長Bruce Ingram(ポアロ好きでこのシリーズの依頼主)はHoward Carterの友人で、1925年に発掘品の文鎮を贈られたが、直後に家が火事になり、再建後の家も洪水被害にあう、という因縁が…
本作自体は、他愛もない内容。ラクダのくだりはアガサさんの娘時代に母とエジプトに行った時の思い出か。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1993, 5期1話)ではラクダのくだりはカット。ミス・レモンとヘイスティングズがやってたのはPlanchette。1853年の発明らしい。銃はCompact top-break revolver(メーカー不詳)とWebley .38 Mk IVとのこと。探偵ドラマとしては原作同様、安直な作り。
(2020-3-10記載)

(12)※ヴェールをかけた女 The Grey Cells of M. Poirot, Series II II. The Case of the Veiled Lady (初出Sketch 1923-10-23) 単行本タイトルThe Veiled Lady: 評価6点
完全に作者が遊んでいますが、悪い気はしません。ドラマ映えしそうな話。
p3139 チャー(Tchah!): ポアロがよく使う感嘆詞、と書いてるが、ここだけの設定のような気がする。(2020-3-7追記: 1923年掲載のポアロものではここにしか出てきません)
p3187 薄汚い下衆野郎め!(The dirty swine!)… これは失礼しました(I beg your pardon): 汚い言葉を女性の前で使って謝るヘイスティングズ。
p3194 二万ポンド… 一千ポンド: 1億7千万円と860万円。
(2020-2-23記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期2話)もかなり羽目を外して遊んでる感じ。ヴェールで顔がよく見えない、というのだが、画面で見ると結構識別出来る… あんな風に顔を覆ってると逆に目立つと思う。
(2020-3-11記載)

(10)イタリア貴族殺害事件 The Grey Cells of M. Poirot, Series II V. The Adventure of the Italian Nobleman (初出Sketch 1923-10-24): 評価5点
コンパクトにまとまった話。アパートの最新設備って食堂用リフトのことだったのね。地下に調理場があって電話で発注出来る仕組み。便利ですね…
p2769 執事のグレイヴズ(Graves, valet-butler): バークリーの法則の実例がここにも。
p2903 ゴータ年鑑(Almanach de Gotha): 独語Gothaischer Hofkalender、ヨーロッパの貴人の人名録。初版は1763年、チューリンゲン地方ゴータのC. W. Ettingerによる。1785年以降はJustus Perthes出版が毎年発行(1944年まで)。1945年にソ連軍が文書庫を破壊した。
(2020-2-29記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期5話)はヘイスティングズのスポーツ・カーAlfa Romeo 2900AとVauxhall Light Sixとのカーチェイスが見もの。他にイタリア式ウェディングが追加。ミス・レモンの活躍回。
(2020-3-14記載)

(11)謎の遺言書 The Grey Cells of M. Poirot, Series II VI. The Case of the Missing Will (初出Sketch 1923-10-31): 評価5点
宝探しゲームは楽しいですね。
p2960 いわゆる“新しい女性”(New Woman): ヘイスティングズは賛成じゃない。
(2020-2-29記載)
TVドラマのスーシェ版(1994, 5期4話)はかなり改変が多くて、殺人まで発生。そんなに重くしなくても良いのに… 大学の非公式の女学生卒業式のシーンが貴重。セイヤーズさんの卒業もあんな感じだったのだろうか。
(2020-3-20記載)

(13)※消えた廃坑 The Grey Cells of M. Poirot, Series II IX. The Lost Mine (初出Sketch 1923-11-21): 評価4点
けっこう付き合いの良いポアロ。
p3337 四百四十四ポンド四シリング四ペンス: 384万円。ポアロの銀行残高。
p3358 きみの大好きな金褐色の髪の美女(auburn hair that so excites you always): ヘイスティングズを揶揄うポアロ。『スタイルズ荘』のシンシア・マードックがauburn hairの持ち主。auburn hair beautyで検索すると、みんな赤毛ちゃんですね… p822『安アパート』では「赤毛」と訳してる。
(2020-3-7記載)
TVドラマのスーシェ版(1990, 2期3話)は上手く原作を再構成して納得のゆく物語に仕上げています。1935年8月の事件という設定。ボードゲームのモノポリーが全編にわたって出てきますが1935年2月からパーカー兄弟が販売してるので時代考証は間違いありません。ジャップ警部ご自慢の最新式警察司令室は、流石にフィクションだと思います。
(2020-3-20記載)

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