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ミステリの祭典

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黒衣婦人の香り
新聞記者ルールタビーユシリーズ 別題『黒衣夫人の香り』

作家 ガストン・ルルー
出版日1957年04月
平均点3.40点
書評数5人

No.5 4点 おっさん
(2023/03/18 17:05登録)
ご存じ『黄色い部屋の謎』Part2。
カバーと本文ページの経年ヤケが目立つ、1976年の創元推理文庫版(石川湧訳)、栞紐の付いている初版で読み返しました。
が……、うん、やっぱりね、読み辛い。字が小さいんだもんw

「黄色い部屋」の事件から2年後。
心の傷の癒えたマチルド嬢は、正式にダルザック夫人となり、新婚旅行に旅立つ。しかし、悪夢はまだ終わっていなかった。奴が帰ってきたのだ。死んだはずの悪漢、さながらアルセーヌ・ルパンのライヴァルにしてファントマの前身のような、変装名人バルメイエが、再びマチルド嬢の前に姿を現す。
SOSを受けた、我らがルールタビーユは、「わたし」ことサンクレールとともに、夫妻の滞在するヘラクレス半島の古城に向かうのだが……。
ストーカー野郎・バルメイエの影に怯えるサスペンス編の第Ⅰ部から、要塞と化し外部からの侵入が不可能なはずの城内で、異形の密室事件が発生する、謎解き編の第Ⅱ部へ。誰がバルメイエなのか? 果たしてバルメイエは、生きているのか?

とまあ、ストーリー自体は、波乱に富んでて、面白そうではあります。そして、意外にルルーが、本作においても、フェアなミステリを志向していたらしいことは、一人称の語り手サンクレールの「……わたしたちに少しずつわかったとおりに真相を明らかにするよう、この物語の中で忠実につとめるつもりである」という導入部の文章(じつはこれ、きわめて重要)からも確認できます。「黄色い部屋」がそうであったように、隠れモダーン・ディテクティヴ・ストーリー要素(なぜバルメイエは、わざわざ自分に不都合な行為をせざるをえなかったのか? というホワイを巡る論理のアクロバット)があって、その発見は、今回の再読の最大の収穫でした。

が……、うん、やっぱりね、読み辛いww
サンクレールの、というか原作者ルルーの、大時代すぎてシリアスな内容がほとんどギャグになってしまうような文章表現(とりわけ、主人公ルールタビーユ個人の、秘密の掘り下げに筆を費やした第Ⅰ部において著しい)に責任の大半があることは間違いないでしょうが、訳文もまた、やたらと隔靴掻痒な表現が多く、先日、ネットの某掲示板で、最近出たフランス・ミステリの訳文が読み辛いとか叩かれてましたが、なんのなんの、こっちは読み辛さのレベルが違うぞぉwww

できれば「新訳」で再読したかった。
とはいえ、あらためて、作品の出来そのものを考えると……「新訳」は望み薄かなあ。ありていにいって、失敗作ですから。
前述のように、案外とフェアプレイを意識してみたり、モダンなホワイダニットの要素を盛り込んでみたりと苦心はしていますが、基本的なプロットが、無理筋すぎる。
ただ、失敗作であっても、その設定に関するアイデアは、なかなかに蠱惑的で、表立って語られることの多い「黄色い部屋」とはまた別な意味で、後世のクリエイターに、少なからず影響を及ぼしていそうです。
本サイトで、すでに弾十六さんがご指摘されているように、ディクスン・カーはその筆頭。換骨奪胎の名手カーは、確実に本作を叩き台にして、記念すべき長編第一作を世に送り出していますし、若き日に「黄色い部屋」を愛読したことで知られるアガサ・クリスティーにも、じつは本作のエコーが強く感じられる、無理筋の長編(1936)がありますw
また、クリスティ再読さんは、そのレビューにおいて、「乱歩通俗ミステリへの影響」を示唆されていますが、筆者は、乱歩が通俗路線に走る前の、比較的、短めの長編(1926~1927)をまっさきに想起しました。『黒衣婦人の香り』では、表面上のサスペンスとは別に、水面下で異様な心理サスペンスが進行していたことが、最後になってわかるわけですが、なまじの「謎解き」ミステリ仕立てが仇になって、その一番の、小説的な凄みが不完全燃焼に終わっています。その、いかにも乱歩好みな設定を、発展させたのが、前述の乱歩長編の、「あの」場面ではなかったか――などと夢想するわけです。「黒衣婦人」の初訳『古塔の幻』が、金剛社の〈ルレタビーユ叢書〉で出たのが1921年ですから、乱歩が読んでないわけないですものね。
あと、ずっとくだって、和田慎二の漫画『スケバン刑事』の、第一部クライマックスのエピソードなども、引き合いに出して熱く語りたい誘惑にかられるのですが、それはまた別な機会にでもww

というわけで。
たとえ駄目な作品でも、ミステリ・ファンに限らずエンタテインメント小説のファンならば、目を通しておいて、いろいろ損のない一冊であるかとは思います。そうした価値を鑑みての、4点ではありますが……
最後にこれだけは言っておきます。悲劇のヒロインっぽく描かれてますけど、実際のところは、もう、ホント――「マチルドが悪いんだよ」。

No.4 5点 クリスティ再読
(2022/08/18 15:47登録)
さて問題の作品。弾十六さんに「やれやれ!」と促されたこともあって、取り上げましょう。実は半月ほど所用で海外に行っていて、それが全然本の読めない旅行だったこともあり、読むのに二週間もかかってしまった。でもね、この本そのくらいのペースがいいんじゃないかと思う。
要するに首尾一貫したミステリを期待したら本作、本当に読みどころがない。でもね、今までの評者さんの中で私が最高の点をつけることになるのは、そういう「ゆったりとした十九世紀浪漫」の味わいが何となく気に入ってるあたり。

いやミステリだと思わずに、ヒーロー小説だと思うと、ルーレタビーユ、やたらな勿体つけ名探偵ぶりでこれがカッコいい。しかも第三者的名探偵ではなくて、自身の出生の秘密やら、孤児から新聞記者になるまでのエピソードやら、なかなか悲劇性、というあたりでは盛り上がるのだ。ベタと言えばベタ、でもこれが荘重なブンガク味で語られちゃうと、ベタが目立たなくて、大仰で読みづらいけども「…浪漫!」という雰囲気は盛り上がる。

おお、そうだ! 彼だ! 大フ〇〇〇だ。小舟は静かに、不動の立像を乗せたまま、城砦の周りを進む。今、四角な塔の窓の下をとおっている。それから、へさきをガリバルディ岬のほうへ、ロシェ・ルージュの石切り場のほうへ向ける。そして男は、腕を組み、顔を塔のほうへむけて、あいかわらず立っている。さながら夜の敷居に立った悪魔の幽霊だ。夜はゆっくり陰険にうしろから彼に近より、軽い薄布で彼を包み、運んでいく。

いやね、こんなテンション。たとえば「赤毛のレドメイン家」を評者が好きなのと同じように、オペラチックなほどの過剰な浪漫のカラーが、妙に心地いい。

まあでもそんな読者は今時評者くらいだろう。当然「黄色い部屋」を読んでから読むのがお約束。不可能興味2発を期待してはいけなくて、「黄色い部屋」マイナス推理、といった感覚だけども、防御側に回ったルーレタビーユが一同を指揮して防衛線を作り上げるあたりに、冒険小説風の味わいがあるのも確か。

(思うけど、意外に本作って乱歩通俗ミステリへの影響が強いのかな? 設定やらテンションに共通するものを感じる)

No.3 4点 弾十六
(2021/01/31 19:22登録)
1908年出版。初出: 仏週刊誌L’Illustration 1908-9-26〜1909-1-2(14回連載) 訳者の日影さんは「ル・マタン」連載、としてるが… ハヤカワ文庫(1979)完訳版で読了。HPB版(1957)は訳者あとがきによると「完訳」を謳っているが、所々抜いている、という。
いやー、これJDC/CD好きは絶対読むべし!ギミック全部載せ。しかしながら、非常につまんないから重度のJDC/CDファン以外にはお薦めしませんけどね。
でもJDC/CDの原点だと思う。少年ジョン・ディクスンは『黄色い部屋』と『黒衣婦人』を読んで雷に打たれたのだろう。そして僕ならもっと上手くやれる!と叫んで… 結局、似たようなのを沢山書いちゃう、という悲劇。まあでも、ガストンのおかげで宝石のような傑作が色々と生み出されたのだから、良しとすべきだと思う。若者をそのジャンルに引き込む力は、パンクにおけるSex Pistolsみたいなモンだ。(2022-6-4追記: ここはThe Crushの誤り!ああ恥ずかしい…)
本作は『黄色い部屋』の欠点を拡大増幅した感じ。キャラが全然立っていない。文章が大袈裟(時代、というなかれ。先輩ガボリオの方がずっとクール。) 構成が下手(やりたい趣旨はわかる。結構ドラマチックなネタ。でもこんな料理では勿体ない)。トリックが無茶。(この手のトリックでOK出しちゃうセンスって、なんだろう?まともな読者をミステリから確実に遠ざけちゃうんだが…)
ネタバレにならないように要素を上げると、誰にでも化けられる変装の名人、またしても完全密室の謎、数枚の見取図、全員にアリバイがあるのに凶事が起こる、語り手が「この証言は後に真実だったと証明された」と書いてみたり、あり得ない状況を補足するために「こういう事実があった」と注釈するセンス。途中で作者が「俺は中学生か」と自分に突っ込む。まさにまさにJDC/CDの世界、そして解決はバカミスの極み。締めもJDC/CDな感じ。
ラストは次作『ルルタビユとロシア皇帝(Rouletabille chez le Tsar)』(初出は同じ週刊誌1913-8-3〜1913-10-19)に続くような書きっぷりだが、次作の舞台は1905年だという。作品連載の間も空いているので、『黒衣婦人』は元々評判は良くなかったんだろう、と思う。
注意点として『黄色い部屋』のネタバレが、冒頭から随所に限りなくあるので、先に『黄色い部屋』を必ず読んでから、本作を読むこと。
『オペラ座の怪人』(1910)は小説として大丈夫なのか、非常に心配、とともに興味が出てきた。今、じゃなければ絶対読まないと思うので、読んでみようか…
トリビアは後で埋めます。とりあえず項目だけ。
本作に登場する拳銃について。ロンドン製の刻印のあるブルドッグ銃。
p11 一八九五年四月六日
p13 ドルドーニュ号
p36 ユー
p49 『盗まれた手紙』
p51 新聞記者ガストン・ルルーの記事
p93 ガラヴァン
p96 古人類学
p124 電話詐欺
p133 『湖の佳人』『ランメルモールの許嫁』
p152 シェンキエヴィチ
(以下2022-6-4追記)
トリビアをちょっぴり肉付け。
まず「ユー」(p36あたり)の描写がいやに充実してると思ったら、ルルーが中学校生活を送ったのがユーだった。(suit sa scolarité au collège d'Eu、仏Wikiより)
唐突に引用される新聞記事(p51)はルルーが実際に書いて当時掲載された記事なんだろうと思う。のびのびしてて良いスケッチ。
電話詐欺(p124)は、時代を考えると最先端の技術だったろうと思う。小説中のタイムラインでは1870年台くらいになっちゃうと思うので、フランスの電話普及率を考えたら成立するかなあ…
なおInternet Archiveに掲載誌L’Illustrationをそのまま翻刻した版(多分これが初版)がアップされているので、Simontの流麗なイラストや連載時の切れ目が知りたい人は参照すると良い。
José Simont Guillèn(1875-1968)はスペイン出身、当時一流の雑誌イラストレーター、José Simontとしてパリで活躍。Le Monde Illustré, L'Illustration, Fémina, The Illustrated London News or the Berliner Illustrierte Zeitungなど。1921年に米国に渡りCollier’sと契約した。

No.2 3点 測量ボ-イ
(2009/06/03 19:56登録)
身内から駄作という評判(?)を聞き、怖いもの見たさで
読んでみました・・やっぱり駄作でした(笑)。
このサイトで3点以下つけるのはじめてだと思います。

No.1 1点 Tetchy
(2008/09/12 20:09登録)
疲れた…。
古典ミステリ独特のもったいぶった云い回しで、もう何が何だか解んなかった。
しかし、フランスミステリは一人二役、二人一役のトリックがよっぽど好きなのだろう。
ルパンシリーズもこの趣向は多いし。

しかしルルーの作品は前作、前々作に関わった人物、込められたエピソードが次作、次々作へと持ち越されるのが特徴のようだ。
推理小説という1作完結型の様式に人物又は挿話を以って一大相関図を描こうという狙いらしいのだが…。
私としてはご容赦願いたい。

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