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ミステリの祭典

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マーチン・ヒューイットの事件簿
ホームズのライヴァルたち

作家 アーサー・モリスン
出版日1978年09月
平均点6.20点
書評数5人

No.5 6点 nukkam
(2021/08/15 01:39登録)
(ネタバレなしです) 国内でこのタイトルで思い起こすのは1978年に独自編集で10作を収めて出版された創元推理文庫版でしょう(私も初めて読んだシリーズ作品集はこちら)。一方で2021年出版の「マーチン・ヒューイット【完全版】」(作品社版)では英国オリジナルの第2短編集「The Chronicles of Martin Hewitt」(1895年)の邦題です。「Chronicle」は直訳するなら「年代記」ですが収められた作品は特に作中時期が記載されてはいないので「Chronicle」という原題の方もいい加減と言えばいい加減なんですけど。さてここで紹介する「事件簿」は後者の方です。このシリーズはコナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズが断筆された期間に書かれたことから「ホームズのピンチヒッター」と評価されていて、第1短編集の「マーチン・ヒューイット、探偵」(1894年)に収められた7作はホームズ作品と同じ雑誌に掲載されていて確かにピンチヒッターの役目を果たしているのですが、本書に収められた6作は何とライバル雑誌に掲載されました。ピンチヒッターどころか寝返っての敵対関係ですね(笑)。ヒューイットの足を使った捜査の丁寧な描写は相変わらずで、私立探偵作品ながら後年のF・W・クロフツのフレンチ警部シリーズに通じるような印象を受けました。但し読者が自力で謎を解こうとするには肝心な場面が描かれていなかったりするのはフェアプレーの謎解きが意識されるよりも前の時代の作品なので仕方ありません。個人的な好みの作品は容疑者たちが互いを疑う設定と海底捜査が印象的な「ニコバー号の金塊事件」と、プロットがシンプルで読みやすくヒューイットのちょっとしたいたずらが効果的な「ホルフォード遺言状事件」です。

No.4 7点 弾十六
(2021/01/17 22:36登録)
華のない探偵マーチン・ヒューイット。どの作品も変事にヒューイットが呼ばれ、調査する探偵の謎めいた行動に書き手と読者が置いてけぼりにされ、驚くべき(そうでもないか)犯人逮捕の後に自慢話をははあ、と聞く面白みのない構成。手掛かりもちゃんと提示されてないから、こちらが推理する楽しみが全く欠けている。ヴィクトリア朝の風習などに興味が無ければ、読む気にならない作品群だと思う。
ところでヒューイットものの最初の2篇(The Lenton CroftとSammy Crockett)は作者名を記さず掲載。同時期にユーモラスな動物スケッチZig-Zags at the Zooをアーサー・モリスン名義(J. A. Shepherdのイラストが素晴らしい!)で同誌に連載中だったから?
私はストランド誌がワザと名前を伏せたのでは?と疑っている。シャーロックの『最後の事件』が1893年12月掲載で、シドニー・パジェットの挿絵が再登場するのが1894年3月掲載のヒューイットもの第1作『レントン館盗難事件』、単純な読者なら、あっパジェット画の探偵ものだ!作者名が伏せられてるがコナン・ドイル作の新シリーズか?と飛びついちゃう誤解を狙った悪質な手口なんじゃないか。(パジェットがシャーロック登場以降、ストランド誌でシャーロックもの以外のイラストを描いたのは僅か2作品のみ。)
(以下*まで2021-12-21追記)
手がかりの一部を読者に隠しておくやり方は、当時の常套手段。手品と同じく、種明かししない方が楽しめるのでは、という書き手の親切心だったとも考えられる。そうなると、手品同様、意外な結果が重要となるが、そこら辺、ヒューイットものは小粒で不満が残ることが多い。
私は再読して、ヒューイットものの醍醐味は、こまかなディテールだと思う。何気ない文章だが、繊細な表現で、作者モリスンの心優しさ(貧しい出身だが高貴な人たちとの付き合いも多い。南方熊楠との交際もあり、熊楠は偉ぶらない人柄に感心している)とか世情を観察し判断する能力の確かさとか豊富な知識(ジャーナリスト生活で培ったものだろう)とかが窺える。
さらに作品の展開も、無理のない現実的な範囲でなかなかに工夫されてて、非常に楽しめる。「読む気にならない作品群」と評価した奴(以前の私です…)は、どこに眼ェつけてんでしょうね?バカ目ってヤツかい?
なので全体評価点を大幅に引き上げました。(従来は5点)個々の作品の詳細は平山版のほうで。
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以下、初出はFictionMags Index調べ。ストランド誌のシリーズ・タイトルはMartin Hewitt, Investigator、ウインザー誌にはシリーズ・タイトル無し。❶は英国版第一短篇集、❷は第二短篇集収録を示す。#はヒューイットものの連番。本短篇集は第2作目から第12作目まで(第11作The Case of the Missing Handを除き)初期シリーズ全てを収録している。
気が向いたらトリビアを追記します…
本書冒頭の「探偵マーチン・ヒューイット」は『レントン館盗難事件』の前書きとして雑誌連載時及び短篇集に収録されたもの。
(1) The Loss of Sammy Crockett (初出: The Strand Magazine 1894-4 挿絵Sidney Paget)#2 ❶「サミー・クロケットの失踪」
何故かリプリント(主として英国で)のタイトルがThe Loss of Sammy Throckettとなっているものがある。(『クイーンの定員1』など) 初出誌も英版&米版の短篇集もCrockettなのだが…
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(2) The Case of Mr. Foggatt (初出: The Strand Magazine 1894-5 挿絵Sidney Paget)#3 ❶「フォガット氏の事件」
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(3) The Case of the Dixon Torpedo (初出: The Strand Magazine 1894-6 挿絵Sidney Paget)#4 ❶「ディクソン魚雷事件」
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(4) The Quinton Jewel Affair (初出: The Strand Magazine 1894-7 挿絵Sidney Paget)#5 ❶「クイントン宝石事件」
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(5) The Stanway Cameo Mystery (初出: The Strand Magazine 1894-8 挿絵Sidney Paget)#6 ❶「スタンウェイ・カメオの謎」
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(6) The Affair of the Tortoise (初出: The Strand Magazine 1894-9 挿絵Sidney Paget)#7 ❶「亀の事件」
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(7) The Ivy Cottage Mystery (初出: The Windsor Magazine 1895-1 挿絵D. Murray Smith)#8 ❷「アイヴィ・コテージの謎」
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(8) The Nicobar Bullion Case (初出: The Windsor Magazine 1895-2 挿絵D. Murray Smith)#9 ❷「〈ニコウバー〉号の金塊事件」
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(9) The Holford Will Case (初出: The Windsor Magazine 1895-3 挿絵D. Murray Smith)#10 ❷「ホールファド遺言状事件」
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(10) The Case of Laker, Absconded (初出: The Windsor Magazine 1895-5 挿絵D. Murray Smith)#12 ❷「レイカー失踪事件」

No.3 6点 斎藤警部
(2015/11/10 17:52登録)
ホームズ(の良作期)に較べると流石に閃きに欠けるが、よく出来ているし決して詰まらない代物ではない。時代を感じるのも心地よい。ビートルズのライヴァルだったデイヴ・クラーク・ファイヴあたりの音盤を聴いているかの様な感覚。

サミー・クロケットの失踪/フォガット氏の事件/ディクソン魚雷事件/クイントン宝石事件/スタンウェイ・カメオの謎/亀の事件/アイヴィ・コテージの謎/〈ニコウバー〉号の金塊事件/ホールファド遺言状事件/レイカー失踪事件
(創元推理文庫)  

探偵役がホームズ等と違って常識人という設定もあり、全体通してほんわかしたムードに包まれている。が決して緩くなり過ぎないバランスが見事。

No.2 6点 おっさん
(2011/10/20 17:32登録)
「最後の事件」で退場したシャーロック・ホームズのあとを受けて、『ストランド』誌に登場した、さながらリリーフ的存在の名探偵、マーチン・ヒューイット。その活躍を十篇収めた、日本オリジナルの作品集です。創元推理文庫の好企画<シャーロック・ホームズのライヴァルたち>第一期全七巻の、悼尾を飾る一冊でした(1978年刊)。
ただし、ヒューイット譚の開幕篇にして一番人気のエピソード「レントン館盗難事件」は、同文庫の『世界短編傑作集1』に収録済みのため、割愛されています(そちらも、他日レヴューせずばなりますまい)。

ヒューイットものは、良く言えば堅実。でもって、悪く言えば地味。「名探偵」ヒーローの活躍を描く冒険譚、という、ホームズもののコンセプトを踏襲しながらも、人物や背景は、誇張を抑えて写実的です。

たとえば「サミー・クロケットの失踪」というお話は、徒競争の選手が競争路のなかほどまで足跡を残し、空中消失する、言ってみれば不可能犯罪ものなのですが、その解決自体は、大山鳴動鼠一匹というか、なんの飛躍もなくつまらない。でも、作品世界にはマッチしており、また徒競争の不正をめぐる背景にはリアリティが感じられ(ホームズ譚の「名馬シルヴァー・ブレイズ」の、都合良くデフォルメされた“競馬界”との対比)、風俗推理としての興趣は失われていません。

意外性と説得力のバランスという点で、集中のベストは「スタンウェイ・カメオの謎」。宝石盗難事件の真相(「こういうお話」と、そのカラクリを一言で説明できる点でも、「レントン館盗難事件」と双璧)を浮き彫りにするヒューイットの謎解きは、そのロジカルな組み立てにおいて、ホームズ譚のどの傑作をも凌駕します。事前に手掛りを具体的に描写せず、漠然とほのめかすにとどまっているのが、残念、この時代の限界ではありますが。

全体にハッタリに欠けるシリーズのなかにあって、沈没船から消えていた金塊の謎を追う「<ニコウバー>号の金塊事件」(miniさんご推薦)は、そのセッティングがきわだちます。不穏な空気の中、海難事故で沈みゆく船を描く導入部から――手掛りを求めて、アクアラングに身を包み、海底へおもむくヒューイット! 読み返していて、筆者は『水晶のピラミッド』の御手洗潔を想起しましたよ。ひところ、コード型本格への反発からアクティブな探偵像の復権を提唱していた、島田荘司なら、大喜びしそうな作です。ていうか、多分これ、読んでるよね、島荘。

とりあえずクラシック・ミステリ・ファンなら――ないし英国ミステリのファンなら、目を通しておいて損の無い一冊です。「レントン館」が入っていれば、7点つけたんだけどなあ・・・。

No.1 6点 mini
(2009/02/26 10:01登録)
ホームズのライヴァルたちの一つで創元文庫版
マーチン・ヒューイットを端的に表現する言葉はまさに”ホームズのピンチヒッター”だ
雑誌連載中のホームズが例の滝転落で一時中断した後、読者の要望に答え空き家で復活するが、その空白期間中に同雑誌に連載されたのがヒューイットだった
ヒューイットはエキセントリックなホームズの造形とはかなり異なっていて、一見平凡に設定されている
これは一つにはピンチヒッターとは言え、いかにもな二番煎じは避けようとの出版社の思惑もあったのだろう
もう一つはヒューイットは巧みな変装の行動派探偵なので、かえって普段は平凡に見える方が都合が良いわけだ

隅の老人やカラドスがプロット、ソーンダイク博士や思考機械がトリックならば、ヒューイットの特徴はロジックだと思う
読者に対する伏線には乏しいかもしれないが、それ言ったらライヴァルたちは皆そうだし、ヒューイットだけに言うのは不公平というものだろう
ソーンダイク博士のはロジックと言うより科学的分析だし、切れ味勝負な隅の老人や思考機械とは対照的だ
特に日本の読者は思考機械に対しては嗜好が合うのか評価が甘いと思う、ロジックではヒューイットのが上だよ
クイーン風のロジックはなかなか面白く、案外と重厚にロジックを展開するのは他のライヴァルには少ないし、こういう面を指摘した書評が少ないのは残念だ
「スタンウェイ・カメオの謎」なんてその代表作だろう
トリックに特化しているのが乱歩の目に留まったのか創元のアンソロジーに採用された「レントン館盗難事件」などよりも、「スタンウェイ・カメオ」の方が持ち味が発揮されている

もう一つの魅力に活動的な捜査がある
先ほど述べた変装等もそうだが、ロンドンのスラム街への潜入など社会派の芽生えもある
活動範囲は海中にまで及び、潜水服での海底探査中に手掛りを掴む「(ニコウバー号)の金塊事件」などはシリーズ屈指の傑作だ
ホームズのライヴァルたちの中でヒューイットの評価は低いものが多いが、私は不当な評価だと思う

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