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ミステリの祭典

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その死者の名は
トビー&ジョージ

作家 エリザベス・フェラーズ
出版日2002年08月
平均点5.00点
書評数5人

No.5 7点 弾十六
(2021/05/03 12:20登録)
Give a Corpse a Bad Name(1940) 原題は「死者の名を汚せ」みたいな感じか。他の意味にも掛けているのだろうから、なかなか上手なタイトル。「死んじまったらロクな名前で呼ばれない」を上手く短い日本語にまとめると洒落た題になりそうだが、私にはそんな才能は無かった。
さてフェラーズさんはまともな小説を数冊書いたのち、生涯の伴侶と知り合い、初の探偵小説である本作を書いた。作者の幸せ感があらわれている、楽しげな小説に仕上がっていると思う。小ネタを上手く散りばめ、巧みに構成された作品。自虐ネタ(金のためにエロ小説を書く女)もある。ミステリとしては上出来。でも三作目『自殺の殺人』を先に読んで良かった。順番が逆だったら、続けて読んだかどうか。本作は見事に三作目とネガポジ関係。母親の存在感が重い。三作目は父親がテーマで、こっちの方が作者の切実感があった。本作の母親観はちょっと他人事のような印象。
私は探偵トビーがベネディクト・カンバーバッチに思えて、ずっとそのイメージで読んだ。じゃあジョージは?というとなかなか思いつかなかったがハーポ・マルクスで良いんじゃないか?と後半はそのイメージ。天使的なところが合ってるだけだが… ノッポとチビなら当時はMutt & Jeffかなあ。(アニメSlick Sleuth 1926/1930が簡単に見られます。探偵ものっぽいのは見かけだけですが…)
当時の英国っぽいところが沢山あって面白かった。人物造形もなかなかのもの。会話ははぐらかしと言い淀みが多いが、普通はこんなものだろう。これに慣れると普通の探偵小説の会話はスムーズ過ぎると思ってしまうかも。
以下、トリビアを簡単に。原文は入手してません。(2021-8-14追記)原文入手しました。以下、追記箇所は「追記★」で表示。
作中年代は、1月5日火曜日(p13)とあり1937年が該当。貨幣換算は、英国消費者物価指数基準1937/2020(68.57倍)で£1=9060円。
拳銃は「古い軍用拳銃(追記★My old service revolver)」が登場。多分Webley Revolverだろうと思う。1887以降、英国はずっと(一時期を除き)この大型拳銃を制式としていた。文章の感じではWWI以前のもののような気がする。
p7 ベントレー♠️一流高級車。Bentley 3 1/2 litreだろうか。基本的なお値段は£1500程のようだ。
p7 バドミントン♠️よく調べていないが1930年代に流行があったらしい。
p12 昔、文無しだったころ… 半クラウンの賭け… 一週間で27シリング半まきあげて、二週間食べられた♠️英国人は賭けが好きだねえ。十五年前として換算すると英国CPI基準1922/2020(57.88倍)で£1=8328円。半クラウン(=2s.6d.)=1041円。(ジョージ五世のなら.500 Silver, 14.1g, 直径32mm) 27s.6d.=£1.375=11451円。一日818円。まあなんとかなるか。
p13 車高の低いスポーツカー♠️残念ながらメーカーや車種は明かされずじまい。
p17 六ペンス硬貨と半ペニー硬貨♠️ジョージ五世の硬貨だろう。Sixpenceは.500 Silver, 2.88g, 直径19mm、HalfpennyはBronze, 5.7g, 直径26mm。
p26 検死審問… 木曜の午後… 身元がわからなかったら… 延期♠️水曜に発見されてすぐ開催。やはり当時でも48時間以内ルールがあったのか。(追記★「身元〜」の原文は“if you haven’t got your identification by then?”)
p27 ダートムア
p35 歳は32、3というところ♠️トビーの年齢。地の文だが、巡査の印象を書いている?
p35 夜十時… 荘園で食事してきた… メニューが、カリフラワーのグラタンにいちじくのカスタードがけ… オレンジジュース (追記★原文はCauliflower au gratin, figs, custard, and a double orange juice apiece)
p39 テーブルスキットルズ(Table Skittles)♠️パブのゲーム。知りませんでした…
p40 農夫が、若いころに流行ったダンスミュージックを歌いだした (追記★原文はOne of the farmers began to sing a song that had been dance-music when he was young)
p41 瞬間芸… 英国人であんなことする奴ぁ、いねえ… トルコ人… デンマーク人… ノルウェー人か♠️この瞬間芸がどんなものだか、翻訳からはイメージが掴めなかった。(追記★瞬間芸の原文は“The little man made a few inconspicuous movements, a sudden loud clatter with his heels, flung up a hand and struck the side of his head, stood erect and smiled chubbily.”)
p42 ラジオ… アテネのタイモン
p44 BBCのアナウンサー
p53 宿の昼食… トースト… 紅茶… 目玉焼き
p67 ベッドはそっちがわからおりると決めているんだ♠️何かの迷信か? 昔は右側から、が良いとされていたらしい。Penguine Guide to the Superstitions of Britain & Ireland 2003から。(追記★原文はthat’s the side I get out、上手い翻訳)
p68 ベーコンエッグ… 朝食
p71 巡査部長のオースティン・セブン♠️大衆車。当時の広告だと£120ほど。
p71 ピアノ… ショパン… ワルツ… エチュード
p71 化粧品会社の広告風に言えば、花咲けるナチュラルビューティー(追記★原文はThere was, in the terms of the cosmetic advertisements, a blooming naturalness about her)
p77 酒の携帯瓶(フラスク)… ガラスの壜で、底には銀のカップがはまっている♠️ London sterling silver/glass hip flaskで検索すると出てくるようなやつだろう。
p91 一シリング銀貨♠️453円。ジョージ五世のなら500 Silver, 5.65g, 直径23mm。ちょっとした情報の女中へのお礼
p94 簡単な夕食… 前日のローストチキンの残りと、デヴォンシャークリームを添えたアップルパイと、デヴォンシャークリームをてんこもりしたアーモンドのトライフルと、ビスケットとチーズ♠️Devonshire CreamはClotted Creamというのが正式名称か。濃厚な濃縮生クリーム(甘さは加えない)のようだ。美味しそう!(追記★原文はcold chicken, apple pie and Devonshire cream, trifle with almonds and more Devonshire cream on top, and biscuits and cheese.)
p101 スコットランドヤードの刑事… 福祉委員やアメリカ人の観光客や何かに変装して(追記★原文はScotland Yard detectives disguising themselves as social workers or American tourists or something)
p105 オート三輪車… 12年ものの空冷式エンジン♠️という事は1925年の車。Three Wheeler御三家のうちMorganは1910から、BSAは1929から、Coventry-Victorは1926からなので、Morgan 1925なのだろう。無理矢理三人が乗れそうなのはStandard Modelか(かなり無理っぽいが)。当時で£85ほど。日本の軽自動車みたいに税金も安くて普及したようだ。(追記★原文は three-wheeler…The twelve-year-old, air-cooled engine)
p106 陽気な讃美歌を
p106 聞いたことのあるご立派な主義… 動物実験反対、菜食主義、より高潔な人生の知識の伝道 (追記★原文はanti-vivisection, vegetarianism, propagation of the knowledge of the Higher Life、このthe Higher Lifeはthe Keswick movement(Keswickianism)のことか?英Wiki参照)
p108 ぼくの小説は五百部売れた
p109 性的な愛を糖蜜で煮込んで作った本
p114 パンクハースト夫人やペシック・ローレンス夫人♠️ Emmeline Pankhurst(1858-1928)、Emmeline Pethick-Lawrence(1867-1954)
p118 我が家には驚くほど牧師がいて
p132 シェリー「アドネイス」
p133 フランス風に言えば、メランジェ♠️mélangé=ごた混ぜ。混血の意味ではない。フランス語ならmétisseだろうが、あまり使われないという。moitié italien, moitié japonais などと国をはっきりいうのが好まれるようだ。
p141 一九二一年もののサンビーム♠️Sunbeam 1921なら24hpか。英国車でレース優勝の実績あり。
p141 エドガー・ウォーレス
p143 ジャズを弾く♠️当時のピアノ・ジャズならバレルハウス風のやつ?(Albert Ammons大好きです!)
p144 二十一歳になるまで結婚を許さない♠️当時の英国では保護者の承諾のない結婚は21未満では無効(Age of Marriage Act 1929; The Family Law Reform Act 1987で18歳に引き下げ)
p152 僕のブリッジはいつも、ビッドの前にダミーのカードは六枚しかおもてに返さない♠️ダミーが決まるのはビッドの後だが… 何か勘違いしてるのかな。(追記★原文はI always turn up six cards in dummy before I start bidding、よくわからない… 「ブリッジ」とは言ってないのでin dummyが違う意味か)
p152 攻撃は最大の防御… この言葉についてボールドウィン首相がなんて言ったか♠️1936-5-2のNYTimesの記事によると、首相はアルバートホールの演説で、空襲の危機に対して、Danger of attack could be cut by preparednessと宣言した。(追記★原文は“on the old line that attack’s the best method of defence. You know what Lord Baldwin said about that”)
p155 お茶の時間… レタス… バターを塗った全粒粉のパン
p170 夜のドライブ… 電柱が襲いかかってくるようですてき
p188 映画は七本も選び放題だった
p191 当時のここに書かれているやり方って、どういうものなのか。Prentif式が当時の流行か。
p248 十五年前… 長編一本で50ポンド♠️アガサさんが第二作目の『秘密組織』の新聞連載(1921)で得たのが£50。

No.4 5点 人並由真
(2020/09/10 12:56登録)
(ネタバレなし)
 1930年代の後半(たぶん)、その年の1月。英国の片田舎チョービーの村。ある夜、そこに住む40代前半の未亡人アンナ・ミルンが、自分の車で人を轢き殺してしまったと青年巡査のセシル・リートに訴える。路上の死体は村で見かけない中年の男で、やがてその死体と現場の状況にはいくつかの不審な点が露見。そして肝心の死体の身元が判然としなかった。土地の警察の巡査部長サム・エッグベアは捜査を進めるが、そこに現れたのは彼の旧友で元事件記者のトビー・ダイク、そしてトビーの相棒のジョージだった。

 1940年の英国作品。評者はフェラーズ作品は、この数年内に翻訳されたノンシリーズものはいくつか読んでいるが、トビー&ジョージものはこれが初めて。一応、読む順番を選ぶことができるのでシリーズ第一弾(作者のデビュー長編)の本作から入ったが、読み終えての全体の感想は、面白いような、そうでもないような……といったところ。
 被害者の素性が半ばで一応は見定められたもののまだ疑義が残り、そして……(中略)の流れとか、終盤の(中略)とか、ミステリの作法として処女作からそれなりに高いハードルをこなそうとしている意欲は評価したい。ただし肝心の真相の相応の部分の明かされ方が(中略)というのは、ちょっとイージーに思えたりする。最初の事件(人死に)に至る事情の流れなんかは、なかなか面白いとは思ったんだけれどね。
 
 ちなみに主人公探偵コンビのトビー&ジョージの実質どっちがホームズでどっちがワトスンかわからない? という趣向は、なんかノックスを思わせる感覚で笑ったけれど、訳者あとがきななどで「迷探偵」と称されているのがわかるような、いまひとつピンとこないような……。この辺は本書の翻訳刊行の時点で、すでにのちのシリーズ作品を先に読んでいた当時の現在形ファンならわかる感触だろうか?
 
 個人的には翻訳はおおむね悪くはないと思うが、一部の人物名の表記で妙なこだわりがあるのが、ちょっとひっかかった(エメライン・マクスウェル→ほぼ一貫して「奥方」とか)。ただしこれは、役者があえて原文のクセを拾い上げたのかもしれないけれど。
 あとジョージが自分の苗字で延々と人をケムにまくのは、これは今後シリーズを読み進めれば、事情が見えてくるんだよね? 
 それなりには楽しめたけれど、期待したほどではなかったかな、という感じ。評点は実質5.5点というところで。

No.3 5点 E-BANKER
(2016/07/31 22:13登録)
トビー&ジョージのコンビが活躍するシリーズの第一弾。
(作者というと「猿来たりなば」という印象しかなかったのだが・・・)
1940年の発表。

~深夜、人を轢いてしまったと警察署に女性が飛び込んできた。死んだ男は泥酔して道の真ん中で寝込んでしまったらしい。土地のものではないと見当はつくものの、顔は潰れていてどこの誰だか分からない。ただ奇妙なことに、この男どの酒場にも寄った様子がなく、酒壜も持っていなかった。そこで、酒壜探しを命じられた若い巡査が涙ぐましい捜索を続けていると、勝手にそれを手伝い始めた男がふたり。その名をトビーとジョージといった・・・~

プロットとしては悪くないと思う。
轢いた犯人は明白である代わりに、死者が誰だか分からない。
中途で恐らくこの人物ということは判明するのだが、事件そのものが徐々に混迷していく・・・
という展開。

トビー&ジョージのコンビも名探偵というよりは、事件をかき回していく役割も担っている感じ。
言われてみれば簡単な真相を、もって回ったように複雑化しているきらいはある。
そこが本作の不満点に繋がっているのだろう。
(最終的には死者の名前というよりは、純粋なフーダニットで終わっているもんね)

シリーズ一作目ということで、作者も手探りで書いていた面もあったのかな。
登場人物の造形も今ひとつ頭に入ってこなかった。
でもまぁそれほど悪くはないと思う。
(どこがどうという理由は思い付かないのだが・・・)
どうも煮え切らない書評でスミマセン・・・

No.2 6点 nukkam
(2016/05/17 19:59登録)
(ネタバレなしです) 英国の女性作家エリザベス・フェラーズ(1907-1995)は活躍時期がアガサ・クリスティー(1890-1976)とほぼ20年ずれています。70冊を越す多作家であること、80歳過ぎても精力的に作品を書き続けたこと、英米両国での評価も高いことなど質量共に間違いなくポスト・クリスティー作家の一人と言える存在のようですが、ほとんどの作品がまだ日本に未紹介でその実力を十分に確認できないのが残念です。本書は1940年発表のデビュー作で、全部で5作書かれたトビー・ダイク&ジョージの第1作です。この珍コンビシリーズはユーモアたっぷりの明るい本格派推理小説であることが特徴で、これはフェラーズとしてはむしろ異色です。犯人探しであると同時に被害者探しのユニークなミステリーで、なかなか凝った造りになっています。

No.1 2点 mini
(2008/10/26 11:36登録)
そもそも私には中村有希の訳が合わないのかもしれないが、訳文だけでなくフェラーズ自身の文章も良くないんじゃあるまいかと推測する
地の文章も読み難い上に、会話文もすっと頭に入ってこないので、事件の概要がよく分からない
物語の方もただゴチャゴチャしてる印象で、正直もう真相なんてどうでもいいよと読んでる間何度も感じた
「猿来たりなば」位の真相の捻りがあればまた別だが、このシリーズ第1作の点数はこんなものだろう
戦後のフェラーズがトビー&ジョージものを捨て去り、サスペンス風本格に転向したのを残念がる人もいるが私は正解だったと思う

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