home

ミステリの祭典

login
YMYさんの登録情報
平均点:5.86点 書評数:338件

プロフィール| 書評

No.318 5点 バサジャウンの影
ドロレス・レドンド
(2024/07/30 21:18登録)
緑濃く水豊かなスペイン・バスク地方の山間の町で起きた連続少女絞殺事件。死体の上に置かれた伝統的なお菓子は何を意味するのか。
捜査を命じられた地元出身のアマイアは、捨てたはずの故郷で否応なく過去と向き合いつつ、殺人犯を狩り出すべく奔走する。多くの住民が魔女の存在を信じ、今なお夜の深い土地を舞台にしたバスク神話の精霊やタロットカードなどに彩られた豊かな物語。


No.317 5点 彼女が家に帰るまで
ローリー・ロイ
(2024/07/30 21:13登録)
一九五八年、舞台は経済の衰退が著しいデトロイト近郊の郊外住宅地サバービア。一家の主たちが働く工場の近くでひとりの黒人売春婦の撲殺死体が発見された翌日、コミュニティの一員であるひとりの若い白人女性の行方が判らなくなる。二つの事件は、この町の誰かによるものなのか。
それぞれ嘘と秘密を抱える三人の主婦を主役に、頻繁に視点を切り替えて、彼女らの悩みと願いを淡々のされど深く描写することで、作者はアメリカンドリームの向こう側を見せつける。「人生は二度ともとには戻らない」という述懐が澱のように残り、じっくりと読ませる。


No.316 5点 刑事失格
ジョン・マクマホン
(2024/07/18 22:26登録)
自分が殺人を犯したのではないかという「信頼の出来ない語り手」のような謎かけをはらみつつ、物語はマーシュの捜査を軸に進行していく。
人種差別、アルコール依存の問題など、現代の犯罪小説や警察捜査小説が扱う定番の題材が用意されている。だが、本作はそうした問題を深く考えさせるような小説にはなっていない。
不確かなマーシュの記憶をはじめ、作中に散りばめられた不穏な出来事が、どのように繋がっていくのか、あるいは繋がらないのか。靄がかかった世界を彷徨い歩くような不思議な読み心地の刑事小説である。


No.315 6点 厳寒の町
アーナルデュル・インドリダソン
(2024/07/18 22:17登録)
現在で起こった事件に徹底して光を当て、現代のアイスランドが抱える諸問題を掘り下げる手法を取っている。貧困問題、移民問題など、本作に登場する人物たちの誰もが社会の病巣と繋がっている。
捜査小説としての骨太なプロットは健在。それぞれの捜査官たちが追っていた複数の線が整理され、やがて一本の太い線へと整理されていく終盤の展開は巧い。


No.314 8点 黄色い部屋の謎
ガストン・ルルー
(2024/07/03 22:33登録)
有名な博士の邸宅の「黄色い部屋」と呼ばれる一室で、深夜に令嬢の悲鳴が聞こえる。博士や召使いが駆けつけると、扉は内側から閉められ窓も開いていない部屋で、令嬢が重傷を負って倒れ室内は荒らされて、しかも犯人の姿はなかった。
完全な密室での謎を新聞記者が解決するのだが、そのトリックは現在では、いささか馬鹿げた感じがする。しかし、ポーやドイルの物理的密室に対して、心理的密室を創案した点に価値がある。


No.313 6点 薔薇の名前
ウンベルト・エーコ
(2024/07/03 22:27登録)
ミステリ小説であり、歴史小説であり、哲学・神学小説であり、オカルト小説である。そのようなジャンルを越境し、過去の様々な小説から引用、パロディ、模倣で物語を構成しながら記号論を説いた、難解な娯楽小説。
小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」のようなペンダミックな作品が好きな人にはお薦めできる。


No.312 7点 凍氷
ジェイムズ・トンプソン
(2024/06/22 22:18登録)
フィンランド警察の警部を主人公とする第二作。性倒錯の気配をただよわす惨殺事件と、自身の祖父も巻き込むナチ時代の戦争犯罪という二つの大事件を通じて、政治と警察の腐敗構造、暗い歴史の真相と伝説、といった大いなる主題に肉薄する。
この二つをつなぐプロット上の工夫も見事だが、二つの主題を「人間の獣性」で結び合わせる重層性が重い感慨をもたらす。銃器マニアな刑事や硬骨のお爺さんなど脇役も光る。


No.311 6点 ダークサイド
ベリンダ・バウアー
(2024/06/22 22:11登録)
英国南西部に広がる荒野の寒村で起きた全身麻痺の老女殺し。話すことさえ出来ない彼女をなぜ殺したのか。州都から乗り込んできた田舎嫌いの警部に目の敵にされ、捜査から閉め出されてしまった地域でただ一人の巡査のもとに、「それでも警察か?」という挑発的なメッセージが届く。そして第二の殺人が。
捻りのきいたフーダニットとホワイダニット。不条理な出来事によって人生を変えられてしまった人々の懊悩と葛藤を、随所に黒いユーモアを交えつつ冷徹に描いた独特の風味の犯罪小説。


No.310 5点 悪魔の羽根
ミネット・ウォルターズ
(2024/06/08 22:34登録)
二〇〇四年、殺戮の巷バクダッドで拉致監禁され三日後に解放された記者コニー。一切の質問に答えることなくイギリスへと帰り、絵に描いたような田園地帯の古屋敷に隠棲することにした彼女の身に、一体何が起きたのか、そして何が起きようとしているのか。
可視化と繋がりが急激に進む世界にあって、凄惨な目に遭ったコニーは、田舎町の人間関係に否応なく巻き込まれつつ、過去と対峙し、脅威に立ち向かわなければならない。謎解きの興趣とサスペンスの妙味を堪能できる。


No.309 7点 彼は彼女の顔が見えない
アリス・フィーニー
(2024/06/08 22:28登録)
脚本家のアダムは相貌失認で妻の顔さえ認識できない。13歳の時、母がひき逃げで死んだ時にも犯人の顔を警察に教えることが出来なかった。妻との関係は悪化しており、週末のスコットランドへの旅は結婚を救うための最後の手段だった。雪嵐の中の長旅で到着したのは人里離れた古い教会だった。歓迎のメモはあったが持ち主は姿を見せない。引き続き不穏なことが次々と起こり、夫婦は互いを疑い始める。
夫アダムと妻アメリア、近所の謎の女性ロビンの3人の視点、加えて毎年結婚記念日に妻が夫に宛てて書いた秘密の手紙で進行する個のスリラーは、最初に抱く印象と予測を見事に裏切ってくれる。緻密なプロット、不気味な雰囲気もなかなかのもの。


No.308 5点 ささやかな頼み
ダーシー・ベル
(2024/05/27 22:25登録)
語り手は、ある母親ブロガーで、「息子の友だちのお母さんが失踪した」というのが話の発端。だがその母親も、失踪したママ友の母親も、様々な秘密を抱えていたり、表と裏を使い分けて何か企んでいたりという腹黒のサスペンスが展開していく。
いささか極端で強引に思える場面もあるものの、人物造形や細部は巧さを見せている。この先どうなるか続きを知りたくなる驚愕のラスト。


No.307 6点 悪徳小説家
ザーシャ・アランゴ
(2024/05/27 22:19登録)
主人公をはじめ、主要登場人物の内面描写がすこぶる秀逸。誰も彼もが自己中心的であり、都合の悪いことからは目を逸らしたり逃げたりしつつ、うまく立ち回ろうとエゴを強く出す。だが、同時に情や矜持、そればかりか愛他精神や博愛精神すらしっかり持っていることもまた再三描写される。
本書に示されるのは、人間の愛すべき矛盾に他ならない。露悪的なだけの小説には描き得ない世界がここにはある。


No.306 5点 楽園の骨
アーロン・エルキンズ
(2024/05/13 22:38登録)
オリヴァーがタヒチまで出向くことになったのは、親友ジョン・ロウの強い頼みがあったからだ。タヒチに住むジョンの親戚が崖から墜落死し、すでに埋葬されているが、状況証拠から他殺の可能性もあるので、遺体を掘り出してその男の骨を調査して欲しい、というわけである。
この導入部は快調で、事件関係者全員を簡潔に紹介する手際もうまい。後半への期待は膨らむが、オリヴァーの事件への係り方は消極的だし、人骨調査から得られる意外性も小粒。尻すぼみ的展開になっているのが惜しまれる。


No.305 6点 埋葬された夏
キャシー・アンズワース
(2024/05/13 22:33登録)
二十年前の夏に、イングランド東部のスモールタウンで残虐な殺人者として断罪された少女。被害者の名を伏せたまま。元刑事の私立探偵が新たな証拠に基づき再調査する現代パートと、ゼロ時間に向かって邪悪なエントロピーを増大させていく過去パートを切り替えて「あの夏いったい何が起きたのか」という核に向かって収斂させていく手際は実に見事。
終盤、とある人物が放つ、「秘密は人を殺せるのよ」という一言に、思わず身がすくむ。秘密を植え付けた者と抱えざるを得なかった者たちの織り成す、やるせなくも目をそらすことの出来ない犯罪小説。


No.304 8点 チャイルド44
トム・ロブ・スミス
(2024/04/30 22:12登録)
舞台はスターリンの恐怖政治下にある旧ソ連。国家保安院の上級捜査官レオ・ステパノヴィッチは、狡猾な副官の計略によって妻とともに田舎の民警へと左遷されてしまう。そこでレオたちが遭遇したのは、かつて自分が事故として処理した少年の遺体と酷似した、比類なき殺人の悲惨な痕跡だった。全てを失い、失意に浸るレオは再生を賭けて捜査を開始する。
国家への忠誠こそが全てであると確信して生きてきたレオを待ち受ける唐突な転落。自分の存在意義、国家、思想、そして妻。かつての自分が信じてきたもの全てが反逆する風景の中で、レオが一人の人間としての再生を賭けて行う命懸けの大捜査。その手に汗握る緊迫感と、残虐な連続殺人に隠された驚愕の真実。最高水準で揃えられたスリルと冒険の要素が、精緻に描き出されるその物語は、傷ついた者だけがつかみ取れる温かさと、ゆるぎなき力強さを持っている。


No.303 6点 あの本は読まれているか
ラーラ・プレスコット
(2024/04/30 22:04登録)
東西冷戦期真っ只中の一九五〇年代末に、CIAにより実行されたドクトル・ジバゴ作戦に材を取り、運命を左右された男女の半生と諜報戦の内幕を、多種多様な視点から描いたエスピオナージュ。
これまでほとんど語られることのなかった冷戦期の諜報戦での彼女らの活動と人生を、現在の視座から見据え、愛と憎しみ、野心と挫折、希望と絶望、欲求と献身、そして彼女らに対する偏見と抑圧を瑞々しい筆致で紡いでゆく。
圧倒的な男性優位社会であった当時の諜報機関で働く女性職員を取り巻く空気を、冷徹に皮肉を効かせつつもユーモアを漂わせて活写し甦らせる手腕は見事。


No.302 5点 血の奔流
ジェス・ウォルター
(2024/04/19 22:27登録)
女囮捜査官も上司も、FBIプロファイラーも、犯人や犠牲者たちまでもが個性的。作り物臭くないし、切ないまでに不条理でスラップスティックなこの世のありさまが、きれいに再現されている。
純文学の風格を持ったエンターテインメントである。犯罪小説が苦手な人におすすめ。


No.301 9点 深夜プラス1
ギャビン・ライアル
(2024/04/19 22:22登録)
主人公は、予期せぬ方向から敵が次々と攻撃してくるので、予定通りにいかず、臨機応変に対処しなけばいけない。その度に局面は変化するし、自動車を乗り換えたり鉄道を利用したりする移動手段のバリエーションも楽しい。
こうした派手なアクションの面白さを背景に、主人公の魅力もさることながら、彼の眼を通してアル中に悩むガンマンのロヴェルの陰影に富んだキャラクターを描き出した部分が何より秀逸である。
物語の枠組みが単純なだけに、プロットのひねりにせよ男のドラマにせよ、鮮明に印象付けられる。シンプルなかたちに切り取られた設定の中で、濃密な作品世界を繰り広げた完成度の高さがこの作品の魅力である。


No.300 6点 メソッド15/33
シャノン・カーク
(2024/04/07 22:34登録)
17歳の女子高生が何者かに拉致され、監禁されるところからスタートする。だが、ありがちな女性監禁ものではない。性暴力が登場しないからではなく、主人公の女子高生が、理知的な天才少女だからである。粗暴な犯人を巧みにやりすごしながら、何やら逆転のための策を練る。暴力と性的アピールに寄りかかりがちな監禁サスペンスとは一線を画している。
彼女が助かるのは、誰もが想像つくと思うが、物語が最後に辿り着くのは予想できなかった。ありふれたカタルシスさえも裏切る結末となっている。


No.299 7点 そしてミランダを殺す
ピーター・スワンソン
(2024/04/07 22:30登録)
男が空港のバーで知り合った相手に殺人計画を語るという、冒頭こそ交換殺人スリラーを匂わせているが、章が変わるとある語り手の忌まわしい過去が明かされていくなど、一筋縄ではいかない。
丁寧な登場人物の描写をベースに、捻りの効いたストーリーが緊迫感に満ちて展開し、視点の切り替えによる怒涛のどんでん返しで翻弄する。どのように収拾をつけるのかと思ったが、言われてみればそれしかないという結末を提示してみせる手さばきはお見事としか言いようがない。

338中の書評を表示しています 21 - 40