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ミステリの祭典

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糸色女少さんの登録情報
平均点:6.41点 書評数:174件

プロフィール| 書評

No.34 6点 新生
瀬名秀明
(2018/09/23 10:17登録)
三つの中短編からなり、いずれもダンテの「神曲」を通奏低音とし、小松左京の「ゴルディアスの結び目」「果しなき流れの果に」「虚無回廊」の設定を大胆に引用、発展させた異色作。人類が人類を超える可能性が追求される。
表題作「新生」では、ヒトが種として深層レベルではつながっており、宇宙ともまた直接的に結ばれているという思想が、「Wonderful World」では、未来シュミレーションシステムが、人類の倫理的成熟を引き出すとのビジョンが示される。
さらに中編「ミシェル」では、人工頭脳ではなく「人口実存」として開発された存在の精神的内部に「虚無回廊」が出現する。そして実際にも、地球以外に巨大な虚無回廊が・・・。この作品は、さらなる大作に発展する予感がする


No.33 7点 みずは無間
六冬和生
(2018/09/02 10:07登録)
土星調査に派遣された宇宙探査機のAIには、研究者「雨野透」の人格が転写されていた。ところが広大な宇宙に放り出され、無目的で孤独な放浪に強いられることに。そんな「彼」の心に、恋人みずはとの思い出が去来する。
記憶と感情、精神と魂、それら「人格」を構成する諸要素が「彼」の中で化学反応を起こす。過食症だった彼女との思い出は、やがて宇宙の意味にも関わって・・・。
情報知性体の創出、自己複製する人工機能、ポストヒューマンな存在といった硬質なSF的設定を背景に、人間とは何か、人間性とは何か、人生とは何かと考えさせる。


No.32 6点 隣のずこずこ
柿村将彦
(2018/08/14 19:37登録)
昨年再開した「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞した作品。
中学3年のはじめの住む田舎町にある日突然、昔話で聞かされたたぬきの怪物が出現。昔話通りにすべての住民をのみ込み、町の痕跡自体も記憶とともに消滅するのだという。
避けがたい破滅を淡々と受け入れ、いろいろなことを忘れていく人々と、抵抗を試みる少女たち。語り口は飄々としているが、忘れっぽく諦めのいい日本人への風刺に富んだ怖い物語。


No.31 7点 深紅の碑文
上田早夕里
(2018/08/01 19:07登録)
人も社会も存続が困難なほどの大惨事に見舞われたとき、人はどうすればいいのか、また社会はどう変わればいいのか。この作品は日本SF大賞を受賞した「華竜の宮」の最終章とエピローグのあいだに横たわる、空白の40年の出来事を描いた姉妹編。
海面上昇によって地表の大部分が失われた25世紀の地球では、人類は残された地上や海上都市で科学文明を維持する陸上民と生物船「魚舟」に乗って海と共に生きる海上民とに分かれていた。しかし人類滅亡の危機が迫り、両者間の資源争奪戦、生き残り闘争が激化していく。各人組織が信じるそれぞれの正義と利害が激突する壮大な群集劇は読み応えたっぷり。
本書は多角的な視点から、人類とは、世界とはというスケールの大きな問いに挑んだ全体小説といえる。


No.30 7点 月と太陽
瀬名秀明
(2018/07/19 20:09登録)
飛行機、人工衛星、情報通信や監視システムなど、いずれも現実と地続きの現場で働く科学者や技術者、さらにその知識を伝える者の間に生じる齟齬と絆の物語。
科学的事実は動かせないが、それをどのように社会に生かすかという応用方法は、人間の取り組みによって変えられる。恐ろしいのは科学ではなく、人間の無知や欲望。それに気づいても、科学者・技術者は、社会構造までは変えられない。
その限界を意識し、諦念を抱えながら、それでも何度でもやり直す「現場」の静かな闘志が、作者の世界の真骨頂といえる。


No.29 5点 the SIX
井上夢人
(2018/07/06 21:35登録)
超能力をもつ少年少女たちを描いた連作。
予知夢ならぬ予知絵を描く「あした絵」、目の前のものを念力で一刀両断する「空気剃刀」、指先から強烈な電流を雷のように発射することができる「魔の手」、あらゆる傷を完治させてしまう「聖なる子」など計6編。
という紹介をすると映画「X-MEN」を想起するかもしれないが本書の場合、超能力があだとなり、家庭や学校や社会から疎外されて孤独を味わう少年少女が中心となる。彼らを救済しようとする関係者や復讐のために超能力を利用しようとする者などを主人公にして、物語にひねりをきかせ、温かな結末へと向かう。
「聖なる子」では超能力をもった者たちが一堂に会して、不慮の事故にあった者たちの救出にむかい気持ちのいいエンディングを迎えるけれど、例えば宮部みゆきの時代小説「ぼんくら」のように、五つの短編に長編と終章が続く形にしたら、もっと物語に厚みが出たのではないだろうか。


No.28 7点 超動く家にて
宮内悠介
(2018/06/24 11:38登録)
収録された16編は、いずれも律儀な筆致で書かれたバカバカしい作品で、その真面目くさったユーモアが素晴らしい。
例えば表題作は、出入り口の無い円筒形建築物で発生した殺人事件の謎に、探偵の「エラリイ」と「ルルウ」が挑むミステリ。定番の設定かと思いきや、この建築物は回転しながら、宇宙を飛んでいたことが分かってくる。おまけに乗組員がひとり増えていたり、人工知能(AI)が歌ったりと、ミステリやSFファンならニヤリとさせられるネタが満載。
全編を通じて伝わってくるのは風刺や批評ではなく、ただただ熱いナンセンス魂。知的興奮を味わいながら、大笑いすること間違いなし。


No.27 7点 まだなにかある
パトリック・ネス
(2018/06/06 22:02登録)
16歳の少年セスは寒い冬の日、荒れ狂う海に飛び込んで死んだ。ところが気が付くと、体には布が巻かれ、ほぼ丸刈りで、傷だらけで倒れていた。無人の町に一人で。
セスは水と缶詰で命をつなぎ自問する。ここは地獄なのか、自分はなぜこんな格好なのか、そもそも本当に死んだのか。最後の疑問にだけは「死んだ」と自信をもって答えられたのだが・・・。
セスは町をさまよい、過去を振り返る。そして現れる黒人の少女と、ポーランド人の少年。セスは2人に反感を持ちながらも行動を共にするうち、恐ろしい可能性に気付く。
やがてセスの自殺の原因が明らかになり、世界の全貌が見えてくるとともに「死」が襲ってくる。意表を突くスリリングな展開と、深い感動が凝縮された近未来SF.


No.26 5点 世界の終わりの天文台
リリー・ブルックス=ダルトン
(2018/05/24 23:01登録)
身近な近未来が舞台。物語は、北極圏の天文台に孤立した老研究者と、地球との交信が途絶えてしまった木星探査船の乗員という、ふたつの視点から語られる。どうやら全面核戦争のような出来事で、人類は滅亡したらしいのだが、取り残された彼らには、現状確認すら困難。
絶望的な状況下で彼らが望むものとは何か。老天文学者と宇宙船乗員というふたつの点は、どんな線を結ぶのか。人類の静かなたそがれの物語が紡がれる。


No.25 7点 薫香のカナピウム
上田早夕里
(2018/05/18 20:13登録)
熱帯雨林の豊かな生態系を背景に、樹上で生活する<巡りの者>や<カイの一族>、さらには高度な文明を持つ<巨人>が登場するこの作品は、一見するとファンタジーのように思える。
しかし熱帯の人々や生態系は<巨人>の文明と関りがあるらしい。森に危機が迫る中、次第に世界の構造が明らかにされるが・・・。
成長期の少女の目を通して、人類を含む生物の人為的改変や生態系再生、社会の再建実験といった「大きな物語」と、ひとりの人間にとって幸福とは何かという「深い物語」が交錯する。本書は出色の生態系SFにして堂々なる社会派SF。


No.24 7点 磁極反転
伊与原新
(2018/05/07 19:32登録)
東京の空に真っ赤なオーロラが出現、さらに人工衛星の落下や通信障害など深刻な問題が発生する。一方、都内の病院から妊婦が次々に姿を消すという怪事件が起こる。
地球に異常事態が起これば、世界はどうなってしまうのか。そうした天文及び自然現象の描き方が実にリアル。もともと作者の専門は地球惑星物理学で、本作にはその確かな知識がふんだんに取り入れられている。
また地球史レベルの異常を扱いながら、人間模様と犯罪ドラマがしっかり描かれており、取材を通じて謎を探求するヒロインの行動から目が離せない。知的興奮を誘う一作。


No.23 6点 監視機構
ジェフ・ヴァンダミア
(2018/04/25 19:58登録)
謎の領域(エリアX)をめぐる3部作の第2作にあたる。第1作「全滅領域」は(エリアX)に赴いた調査隊が遭遇する衝撃的な出来事を描いていたが、本作の主な舞台は監視機構「サザーン・リーチ」。
そもそもサザーン・リーチは、(エリアX)調査の前線基地として優秀な人材を集めてつくられたはずだった。しかし、さしたる成果を挙げられないまま、組織自体が崩壊の危機に瀕している。
何度も送り込んだ調査隊員の多くは帰還せず、戻った者もどこかがおかしくなっており、職員たちは疑心暗鬼に陥っていた。そんな組織に、新たに赴任してきた局長は、何を信じたらいいのか分からない。
公式発表は信用できず、内部データも入り乱れ矛盾している。人間関係の摩擦や思惑、噂に陰謀、そうした不確定要素の中で、人はまともな思考を維持することができるだろうか・・・。
(エリアX)とは何なのか。そこで何が起こっているのか。どうしてそれは出現したのか。そうした本来的な謎が拡張してくる一方、謎が解けないままに疲弊していく人々のドラマが、新たな謎へと読者を誘う。


No.22 7点 アンダーグラウンド・マーケット
藤井太洋
(2018/04/16 19:21登録)
仮想通貨と地下経済をテーマにしている。
多くの外国人労働者を受け入れ、経済格差がますます拡大した日本では、仮想通貨「N円」による地下経済が、表の経済を圧迫するまでに成長しつつあった。
仮想通貨は移民らに浸透する一方、脱税や麻薬取引、資金洗浄にも使われ、一般市民の感情を逆なでしている。だが、就職に失敗して表経済では生きられない主人公の木谷らは、地下経済でIT技術者として働く。
木谷は地下経済が社会のインフラに寄生していると認識する一方、社会の制度的不備や構造的不平等に不満も感じている。例えば日本には善意で医療行為を行う”善きサマリア人”を守る法律がない。だが弱者に利便性を提供するかに見える地下経済も、決して公正ではなく、当然ながら裏切りや搾取があり、肥大化につれ表側とのシェア争いにも激化する。
そもそも金銀との兌換を廃した現代の通貨は信用によって機能している。信用の揺らぎは経済社会を侵食する。本書の筆致はライトだが、扱われる課題は重い。


No.21 6点 メビウス・ファクトリー
三崎亜記
(2018/03/30 20:05登録)
町の住民のほとんどが一つの巨大工場で働いている企業城下町が舞台。
そこでは市役所の機能も会社が代行し、商店もバスも会社の傘下にある。福利厚生は行き届き、社員家族は「メグリ」と呼ばれる互助システムで結ばれていて、一見すると理想的な環境。しかし、その「理想」が気持ち悪い。
社員たちは工場での仕事を「奉仕」、製品を「子ども」と呼び、愛情と使命感を込めて製品を作っている。そんな会社を、そして、町を包んでいる連帯感は、私財保有を放棄した実験的な共同農場の生活、あるいは宗教団体を思わせる。実際、会社のシステムを支えているのは一種の「信仰」。
「みんなと一緒」が尊重された世界にあって、規格を外れた人間はとても生き難い。そんな人間たちの疑問と怨念が、やがて恐ろしい事態を引き起こすことになる。だいたい工場で作られている品物が何に使われるものなのか、誰も知らない、そんな欺瞞が、やがて破綻するのは当然。
だが、本当に恐ろしいのはここから。嘘が暴かれた先に何があるのか。悪夢から覚めたら、また悪夢だった、という恐怖。それが本を手から離した後も続いていた。


No.20 5点 失われた過去と未来の犯罪
小林泰三
(2018/03/21 11:29登録)
記憶や思い出と「現実」のズレをめぐる物語。
ある日、書いた覚えのない自分の書き込みに驚いた女子高生は、記憶が短い時間しか保てなくなっていることに気付く。彼女だけではない、全ての人間が記憶障害に陥っていた。
やがて人類は、長期記憶の喪失を、身体に埋め込む外部メモリーで補うようになる。しかし「わたし」のなかには、何人分もの記憶や思い出が詰まっていた・・・。
情報記憶と感情の関係から、自意識や意思の生成までを視野に入れた物語。


No.19 7点 ドン・キホーテの消息
樺山三英
(2018/03/11 10:56登録)
かつては「首領」と呼ばれ、社会のあらゆる利権とつながっていた老人が、生きているのが不思議なほどの症状で入院していた。それがどういうわけか病院から姿を消した。捜索を依頼されたのは迷子のペット捜しを専門とする、妙に哲学的な探偵。
そんな「探偵」の章と、よみがえったドン・キホーテが再び遍歴する「騎士」の章が交互に配置され、ドラマは意外な方向へと転がっていく。
自分は既に死んだはずだと自覚するドン・キホーテは、自分の生に半信半疑だが、サンチョ・パンサにねだられて理想の王国を求める旅に出る。やがて彼らは、王が統治せず、「みんな」の総意がすべてを決する世界に辿り着き、「みんな」の願望に沿って戦うことになる。
本家のドン・キホーテは現実と虚構の区別がつかない滑稽な男の冒険譚で、作中に架空の成立史などを含む人を食った作品だったが、本作ではいつしか「現実」の「みんな」が「虚構」にのみ込まれていく。
そもそも「現実」の大半は情報でできている。社会の出来事はメディアを通して知ることがほとんどだ。しかし、それが本当に正しいのか、全てを確かめることは、われわれには、できず、皆がそうだと言えば、それは「現実」になってしまう。
ドン・キホーテは決して死なない。今も昔も思い込みの正義を信じ、幸福を目指して騒ぎ立て、思いも寄らない惨劇を招いてしまう「みんな」の中に生きている。


No.18 7点 お台場アイランドベイビー
伊与原新
(2018/03/04 22:51登録)
直下型大地震で壊滅状況となった近未来の東京が舞台の異色冒険サスペンス。
物語の主人公は、元刑事の巽。ある時不思議な黒人少年、丈太と出会い親しくなる。やがて「震災ストリートチルドレン」失踪をはじめとする、いくつもの謎や事件の鍵を丈太が握っていることを知る。
描かれている近未来の悲惨な荒廃ぶりが実に生々しい。経済の破綻によりすべてが悪化し、弱い者はさらに追い込まれ、都合よく利用されたり排除されていく。
息子の死の痛手をいまだに克服できない巽をはじめ、登場するのは、みな社会から逸脱した者ばかり。巨漢による事件をめぐり、彼らの反撃と冒険行がクライマックスに向けてなだれ込むように展開する。
その痛快さ、人物それぞれの過去が絡み合うことで、読むほうも情感が揺さぶられ、次第に心が熱くなっていく。
豊かな才能が感じられる小説。


No.17 5点 ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン
ピーター・トライアス
(2018/02/10 18:08登録)
日本とドイツが第二次世界大戦に勝利し、米国を分割統合している世界を舞台にしている。
テクノロジーは進歩しているものの、戦前的な国家主義が継続した世界は、デジタルゲーム的にチープ。そこで非合法ゲーム「USA」が流行し始め、実際に死者も出る。そのゲームは「もし米国が勝っていたら」という架空世界を描いていた。
仮想のねじれを通して描き出される両国の家族や個人の姿は、読者に自分と他者や社会との関係を見直す機会を与えてくれる。


No.16 6点 叛逆航路
アン・レッキー
(2018/01/29 19:56登録)
ヒューゴー賞、ネビュラ賞など7冠に輝く、デビュー長編で、王道の宇宙SF。
銀河に広範な領土を有する国家ラドチにはローマ帝国を思わせる軍団制度があり、宇宙戦艦の人工知能(AI)はその人格を多くの兵士の肉体に転写し、「属体」として操る。また家同士の関係が代々引き継がれるなど、伝統的な階級制度を持っている。
と書くと、古めかしい作品のようだが、一方でラドチには性別は存在するものの、社会的な性差意識が存在しない。それは言語面にも現れており、この小説では三人称は「彼女」と記される。「彼」「彼女」という言語的区別がない。
しかし別文明の多くの惑星では、性差意識が強く、主人公は、相手の性別を判断、配慮して行動せねばならないから、「彼女は多分男だ」なんてセリフがふいに出てくる。日常的な思考の盲点を突く作品といえる。


No.15 7点 わたしの本当の子どもたち
ジョー・ウォルトン
(2018/01/07 11:55登録)
SF嫌いの人にもぜひ薦めたい、パラレルワールドを描いた小説。
舞台は英国。1926年生まれのパトリシアは第二次世界大戦後、大学を卒業し、女子高で教えるようになるが、突然、彼から電話で、結婚するか、別れるか、決めろと言われる。ここからパトリシアは二人の自分を生きることになる。
ひとりは悲惨な結婚生活を送りながらも、子どもたちがそれぞれの道を歩む姿を見つめるうち、社会的な問題に関心を持つようになる。もうひとりは結婚をあきらめて学校で教えながら、イタリアの旅行ガイドブックを出版。植物学者の女性と愛し合うようになって、やがて知人男性の協力を得て子供もできる。
みじめな結婚生活を余儀なくされるパトリシアの住む世界が平和なのに対し、良き伴侶に恵まれて暮らすもう一方の世界では、何度もテロや小規模な核戦争が起こるという皮肉な設定が、作品をより深いものにしている。
最初の章も最後の章も、老齢で意識が混濁し、二つの人生をまだらに思い出して「今日も混乱」しているパトリシアを描いているのも見事。
ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」やカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」にも通じる作品。

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