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ミステリの祭典

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糸色女少さんの登録情報
平均点:6.41点 書評数:174件

プロフィール| 書評

No.94 6点 限りなき夏
クリストファー・プリースト
(2021/12/23 23:21登録)
本書は時空に隔てられた男女の恋愛を描く二編、熱気をはらんだ初期SF二編、そして数千年も戦争が続く「夢幻群島」を舞台とする蠱惑的な連作四編を収録している。
「奇跡の石塚」の仕掛けには誰もが目を白黒させるだろうし、娼家に迷い込んだ歩兵の眼前で夢の絵画が次々と現実化する「ディスチャージ」はその題名にも戦争から性まで多数の意味が折り重なる。作者の長編は言葉の重層性が制御されすぎて、言葉で構築される小説内に閉じ、読了後すべてが本の内側へと収束してしまう印象を受けるが、短編では逆に鮮やかに広がってくる。


No.93 7点 生まれ変わり
ケン・リュウ
(2021/11/30 23:05登録)
難民、差別、いじめ、DVといった問題への人々の抵抗や無関心を、SF的想像力で昇華させた秀作揃い。これらの物語に通底するのは、世界にはびこる不条理への無力感である。
正論を掲げるだけでは何も解決しない世界。主人公たちは、時に現実的な解決策を見いだそうとあがく。しかし同じ思いを共有しながら解決の手立てで合意することが出来なかったり、超越的な第三者に頼ることしか出来なかったりと、作者は自らの手で状況を覆すことの困難さを、そこかしこに滲ませる。
マイノリティとして生きるとはどういうことか。これまで多くの日本人が無縁を装い、見ないふりをしてきたその痛みやままならなさが、じわじわと胸に迫ってくる。


No.92 4点 雪降る夏空にきみと眠る
ジャスパー・フォード
(2021/11/10 23:10登録)
冬になると平均最低気温がマイナス四十度を記録し、冬至の前後八週間の間は人口の99.9%が冬眠する、架空のウェールズを舞台にしている。
伝染性の夢、神話上の魔物が実在するのではないかという噂、かつて失敗した夢現空間計画など、長期間にわたって冬眠をするため自然に夢の要素が物語に入り込んできて、なんでもありの「不思議の国のアリス」的なナンセンス性と、SFが入り混じった面白さに繋がっている。


No.91 7点 完全な真空
スタニスワフ・レム
(2021/10/23 23:46登録)
実在しない本の書評という看板をある種の言い訳として採用することで、その思考過程を茶目っ気たっぷりに作品化している。読者の認識を揺るがす驚天動地のアイデアを次々に繰り出す一方、真面目くさった口振りで与太を飛ばすのが特徴で、作者のなかでは一番笑える本だろう。
恐るべきはそのジャンルの横断性。ヌーヴォーロマンをやっつけ、神話を語り直し、ジョイスを飛び越え、奇怪極まる宇宙論を弁じ立てる。本書は快刀乱麻の科学解説書であり、抱腹絶倒のコメディであり、明晰なポストモダン文学論であり、奇想に満ち満ちた現代SFの極北である。


No.90 6点 ポストコロナのSF
アンソロジー(国内編集者)
(2021/10/03 23:47登録)
現代SFの最先端で活躍する作家19人がコロナ後の世界を書いた作品集。
作風もテーマとの距離感もさまざまだが、いずれも閉塞感に包まれた私たちの気持ちを解きほぐすユニークな思索に満ちている。
伊野隆之「オネストマスク」はマスク着用が義務付けられた社会を風刺的に描く。表情が分からず不便だということで、コミュニケーションを円滑にしようと感情が表示されるマスクが開発されるが、不都合が生じ...。リモート勤務の拡大が続けば、本当に起こりそうな物語だ。
過酷な状況を叙情的に描く樋口恭介「愛の夢」のような作品もある。感染症を抑えられなかった人類は、全てをAIに委ね、千年の眠りにつく。その間AIは世界を浄化し、人類の再起動を待つ。だが、約束の時が来て目覚めた人類は、再び眠りにつき、美しい夢を見続けることを選ぶ。
また北野勇作「不要不急の断片」は100字ピッタリで書かれた単文が70個羅列し、ゆるやかに結びついている。SNS時代らしい少ない文字数の表現で、日常と幻想が入り交じった光景を詩情豊かに描き出している。


No.89 5点 デウス・マシーン
ピエール・ウーレット
(2021/09/16 22:51登録)
バイオ・テクノロジーとコンピューターの過度の進化の恐怖を描いている。描かれている未来の姿は、作者の目指すテクノ・スリラーというよりも、SFを強く感じさせる。作者はSFの創造力よりも現実の方が進んでいるということを、本書において示そうとしているように思える。
欠点を挙げるとすると、本書の半分ほどがコンピューターとバイオ・テクノロジーの説明で埋められているため、ストーリーの流れが切れてしまっているところ。また、マウス・ボールと名付けられたコンピューターの中に生まれた知性が、安易に擬人化されすぎている。しかし、そんな欠点に目をつぶってもマウスボールがジミという両親を失った少年の父親代わりになって彼を育て、災難から守ろうとするシーンや、つくり出されたバイオ動物が跳梁する世界など、コンピューターと人間の関わりを示唆しているさまが興味深く読める。


No.88 5点 時間衝突
バリントン・J・ベイリー
(2021/09/16 22:42登録)
時代と共に新しくなってゆく遺跡という魅惑的な謎が物語の発端になるが、それはこの宇宙全体の成り立ちに関わる途方もない発想へと導くための糸口でしかない。
冒頭の謎が解明されることで見慣れた日常が回復するのではなく、それによって世界が異様なものへと変貌してゆく。その過程にあるアクロバティックな論理のエスカレーションが興奮を生む。SF的には、作者が作中で開陳する奇怪な時間理論こそまさしく究極の奇想。バカSFの真髄ここにあり。


No.87 5点 ヴィンダウス・エンジン
十三不塔
(2021/08/23 23:02登録)
まず魅力的なのは、景色であれ物体であれ、静止しているものが全く見えなくなるという架空の病ヴィンダウス症の設定だ。
動いているものしか「見える」と脳が認識しなくなる奇病で、例えば目の前に人がいても動いている口元や手しか見えない。発症者は世界に70人ほどしかおらず、不明な点も多いが、病状が進行すると自我を保てず精神崩壊する。そんな理解しがたい視界や精神的葛藤を、著者は豊かな語彙と巧みな語法で描き出す。
その病を克服した者はふたりだけ。そのひとり、韓国の青年キム・テフンの元に中国から、都市を運営するAI群と彼の体を接続して、その脳内情報処理力を活用したいとの勧誘が舞い込む。地下組織なども登場して物語は不穏の度を増し、やがて神にも比すべき存在との対決にまで発展していく、構えの大きな作品。でも少々、詰め込みすぎかな。


No.86 8点 七十四秒の旋律と孤独
久永実木彦
(2021/08/23 22:49登録)
マ・フと呼ばれる人工知性体を主人公にしていた連作短編集で、表題作は2017年の創元SF短編賞受賞作。タイトルは宇宙空間で物体がワープ移動する際に生じる74秒間の空白に起きた、ある事件を描いている。
続く連作「マ・フ クロニクル」は、既に人類は滅んでしまった遠い未来を描いているが、マ・フたちは人類が残した規範である「聖典」にのっとって秩序正しく行動し、宇宙観測を続けている。マ・フは劣化しないボディーと無限の電力を生む螺旋器官を備えたほぼ不老不死の存在。機械なので規格的に同質で、個性や感情は持たない。しかしさまざまな事態に対処するうちに「聖典」に反して死にかけていた生物を助け、愛や憎しみを抱くようになる。
無垢な賢者のようなマ・フたちが「人間的」に変化していくさまは美しく切なく、ハラハラする。


No.85 8点 マルドゥック・スクランブル
冲方丁
(2021/08/06 23:39登録)
ルビや言葉遊びを多用し、ひとつの文章の中に重層的にイメージを重ねた独特の文体。描かれるのは、スピード感のある圧倒的な戦闘描写と、SFという手法だからこそ描けた、緊迫感あふれるカジノシーン。全編にほとばしる熱情の奔流は、魂を揺さぶられることでしょう。


No.84 5点 スノウ・クラッシュ
ニール・スティーヴンスン
(2021/07/21 22:49登録)
舞台は、高速ピザ配達業が音楽・映画・ソフトウェアと並ぶ四大産業のひとつとなった未来のアメリカ。主人公のヒロ・プロタゴニストが、「果たして30分以内にこのピザを配達できるのか?」という最高にくだらないピンチに陥る冒頭のエピソードが素晴らしくいかす。ボーイ・ミーツ・ガールの王道を突っ走りつつ、SFの伝統に対する敬意も忘れないところが妙に義理堅い。


No.83 8点 あなたの人生の物語
テッド・チャン
(2021/07/13 22:59登録)
「人類とは本質的に異なる知性を、いかに異なるかが理解できるように描く」という難題を成し遂げたうえで全体を感動の物語に仕上げた表題作をはじめ、文字通りに天まで届く塔の建築現場を生活感あふれる筆致で描写する「バビロンの塔」、機械ではなくゴーレムにより産業革命が起きたもうひとつのイギリスを舞台とする「七十二文字」、神が顕現し奇蹟が日常のものとなっている世界における信仰のあり方を考察する「地獄とは神の不在なり」など全八篇。
どれもみな、一級の奇想に徹底した論理展開で肉付けし、ふさわしいドラマに乗せて適切な文体で語った隙のない作品ばかり。


No.82 8点 時間旅行者のキャンディボックス
ケイト・マスカレナス
(2021/06/25 23:07登録)
1967年の英国で4人の女性科学者がタイムマシン開発に成功したという改変歴史設定の時間もの。
300年先までの時間旅行が実用化されるものの、時間管理局的な組織が技術を独占、システムが硬直化してゆく。それに反旗を翻す人々のドラマをはさみつつ、密室で発見された身元不明の銃殺死体をめぐるフーダニット+ハウダニットが焦点になる。SF的には原題が示す通り、時間旅行がもたらす心理的な問題にスポットを当てたのがキモ。時間SFのメルクマールになりそうな一冊。


No.81 7点 ニューロマンサー
ウィリアム・ギブスン
(2021/06/17 00:07登録)
脳とコンピューター端末を接続、そのデータ網を頭の中で再構成した「電脳空間」と呼ばれる幻想世界を舞台にした近未来SF。
情報、場面、人物がさまざまに交錯するスピーディーな展開は、まさに「反射神経で読む」感がある。冒頭に登場するハイテクノロジーの最先端と闇市場が混在する、奇怪に変容した東洋のイメージは、映画「ブレードランナー」に通じている。


No.80 8点 祈りの海
グレッグ・イーガン
(2021/05/31 22:50登録)
日本オリジナル編集の初短編集。長編と比べると大風呂敷度が低いものの、身近な話から入っていく話が多い分、SFに慣れていない人にもとっつきやすいでしょう。
短編集全体の通しのテーマはアイデンティティ。今の科学を小説に取り入れようとすると、読者の日常生活との接点をどこに見出すかが問題になるけれど、作者は一貫としてアイデンティティの問題だけにこだわり、その関心が現代科学の各分野と交差する断面を小説に仕立て上げる。
カオス理論やヒトゲノムの話題にある程度、通じていた方が面白く読めるだろうが、この小説をきっかけにして現代科学のスリルとサスペンスに目覚める人もいるはず。


No.79 5点 黒魚都市
サム・J・ミラー
(2021/05/21 23:35登録)
温暖化による海面上昇の進んだ未来、北極海に浮かぶ洋上巨大建造物クアナークに、シャチとホッキョクグマを連れた謎の女がやってきたことから物語が動き始める。
禁断のナノテクにより動物と絆を結ぶナノボンダーの最後の生き残りとおぼしきオルカ使いの目的とは?四人の視点から語られるストーリーがやがて合流し、壮絶なアクションへと雪崩れ込む。
W・ギブスンをエンタメ寄りにした作風で後半、家族小説っぽくなるあたりが独特。


No.78 7点 宇宙の春
ケン・リュウ
(2021/05/09 23:31登録)
巻末に収められた「歴史を終わらせた男―ドキュメンタリー」は、日本人なら避けて通れない歴史SFであり時間SF。
過去を(一度だけ人間の被験者によって)観測できる技術が開発された結果、葬りたい過去を観測されないために、各国が醜い争いを繰り広げるアイデアも面白いが(行き先の時代の主権はどの国に属するか論争になる)731部隊および歴史認識をめぐる生々しい議論と、その先の皮肉な展開が強烈なインパクトを持つ。
妻は日系の実験物理学者、夫は中国系の歴史学者(専門は平安時代の日本)という米国人夫婦を中心に据えることで、物語がさらに重層化されている。


No.77 8点 ワン・モア・ヌーク
藤井太洋
(2021/04/22 23:15登録)
福島第一原発事故があったのと同じ三月十一日に東京で原爆テロを起こすという予告をめぐる三日間の攻防を描いた作品。
それぞれ目的は異なるものの表面上は手を結んでいる二人のテロリスト、彼らを追う原子力の専門家とCIAのエージェント、そして警視庁公安部外事二課の刑事たち。という三組の動きを中心に追いつ追われつ、騙し騙されのサスペンスが白熱の展開を見せる。
作中の東京はほぼ現実そのもので、徹底したリアリズムを基調にすることで作中のテロ計画に説得力を持たせている。危機を描いた国際謀略小説にして警察小説である。


No.76 6点 統計外事態
芝村裕吏
(2021/04/06 21:31登録)
主人公の数宝数成は猫が心のよりどころ、というか生活の中心になっている独身の四十男。時は2014年、日本は少子高齢化による経済低迷が続き、過疎化やライフライン老朽化も深刻という、希望に乏しい衰退社会になっている。数宝は「安全調査庁」に雇われて在宅で働く統計分析官。ただし外注なので給料はぱっとしない。
不遇だが数学に強い彼は、廃村の水道使用量が不自然に多いことに気付くと、しなくてもいい調査に向かった。そこで彼を待ち受けていたのは、表情を持たない全裸の少女たちに襲撃されるという異常事態だった。
ほうほうの体で逃げ出した数宝だったが、戻ってみると、なぜか巨額の年金運用資金を一瞬にして消滅させた国際的サイバーテロリストに仕立てられている。経歴データも書き換えられていて身の潔白の示しようがない。改竄された経歴データと自分の記憶のズレから陰謀を嗅ぎ取った政府の工作員で大学の後輩の伊藤と共に、謎を解くために、再び廃村へ向かう。
次第に少女の不思議な自意識のありようと高度な知性が判明し、数宝はユニークな推論で真相に近づいていく。データ改竄の真犯人は誰か。少女集団の正体は。そして、人類に未来はどうなるのか。ユーモラスな語り口と猫への愛着に救われるが、物語の底には衝撃的な犯罪も横たわっている。


No.75 7点 オブ・ザ・ベースボール
円城塔
(2021/03/19 22:18登録)
破天荒で不条理な設定。物理学や数学や哲学の「ゴタク」を並べるのが妙味となっている。全体を包む倦怠感やワイズクラックの応酬、短い断章を重ねる構成も「ジェイ」というバーテンも出てくる村上春樹の「風の歌を聴け」あたりを彷彿させる。断章が四十章ちょうどというのも「風の歌を聴け」と同じ。これは意図的に合わせたのだろうか。
文章には類語反復が多用され、名目はあれど内実はあやふやなまま、いつ降るとも知れぬ人を待って毎日を無為に過ごすという話は、カフカの「城」やベケットの「ゴドーを待ちながら」も想起させる。そのような文学的仄めかしによるくすぐりが満載。
残酷な結末は唐突に訪れる。ラストの語り手の従容とした足取りは、「前向きの傍観」のようなものを感じさせ、いやな読後感はない。併録作「つぎの著者につづく」は、虚構の魔術師ボルヘスの上を行こうとする手の込んだ意欲作で大いにうけた。

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