三体 「地球往事」三部作 |
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作家 | 劉慈欣 |
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出版日 | 2019年07月 |
平均点 | 7.50点 |
書評数 | 4人 |
No.4 | 9点 | 糸色女少 | |
(2022/07/13 22:34登録) ストーリーは波乱と奇想に満ちている。地球外文明とのファーストコンタクトという古典的テーマの中に、現代的な要素が散りばめられている。特に、主人公のナノマテリアル研究者が、謎のVRゲーム「三体」にログインし続ける場面は、本書の最大の見せ場だろう。 この奇妙なゲームでは、過去の人類の文明が天体の異常のせいで何度も崩壊し、再起動を繰り返す。周の文王や孔子のような聖人も、すさまじい災厄においては無力なピエロでしかない。かたや、皇帝が人力計算機を動かす場面では、破天荒な想像力が全開にされるのも面白い。 興味深いことに、これらのSF的奇想の出発点は現実の政治、すなわち文化大革命における科学者への弾圧にあった。そのせいでどん底に落とされた女性の物理学者が、ストーリーの鍵を握っているのだ。文革のおぞましい反科学的な暴力が、最先端の科学と予測不可能なVRゲームに接続させる、荒々しいまでの魅力がある。 原著のあとがきでは、道徳を共有しない異星人との生存闘争がテーマであることが示唆されている。思えば、この半世紀の中国の歩みをのものが、道徳を粉々にするほどに錯乱的なものであった。その凶暴なカオスを映し出す本書は、まさに今の中国でしか生まれない「文明論としてのSF」なのである。 |
No.3 | 8点 | 虫暮部 | |
(2021/07/30 10:41登録) 物語の基盤はさほど珍しくもないファースト・コンタクトのヴァリエーション? しかしその上に盛ったトッピングが美味珍味全部乗せ! 小林泰三もびっくりの人列コンピュータやら、西尾維新も顔負けの巨船攻略やら、長編数冊分のネタを惜しげもなく投入。“中国”と言う偏見まで味方に付けて、そのくせちょっといい話もそれはそれで泣ける。 そして、それらの配置が整然としていて、混沌としたイメージになっていないのが、迫力不足どころか、本作に於いてはプラスに作用しているところが面白い。作者がエンジニアだからね(偏見?)。 |
No.2 | 6点 | 臣 | |
(2020/11/27 09:49登録) 話題の作品や、新聞に書評が載ったものを、うれしがって図書館にすぐに(といっても、たいてい100人超待ちレベルにはなっているが)予約を入れるほうなので、忘れたころに通知があり、そのときには気持ちが乗っていない状態のことが多く、読むべきか断るべきか迷ってしまう。 本書の場合、いちおう借りてみたが、けっこうな部厚さにすこし戸惑う。SFを読み慣れないということもあって、腰が引けた。でも、なんとかがんばって読んだ。 なんせオバマ元大統領も読んだとのことなので。 スケールのでかさ、というか歴史(文革)あり、宇宙あり、ゲームありの、とんでもなさが感じられた。肝心のSFとしては、宇宙へのメッセージというのがありがちな気がした。 ひとことで言えば、歴史小説風・謎解きサスペンスタッチSFって感じかな。米国が好んで映画化しそうなタイプだ。 ジャンルはさておき、巻き込まれ型探偵のような主人公や、ガラが悪く強引な刑事、そして文革絡みの謎の人物などが登場し、ミステリーとしては十分に体をなし、ミステリー好きとして身近な印象を持てたのはよかった。どんな小説でもむりやりミステリーにしてしまうのが、悪い癖なのかもしれないが・・・ それと、VRゲーム『三体』の話の中に始皇帝、ニュートン、フォンノイマンが登場するのが面白い。ゲームならよくあることかもしれないが、ゲームをやらないので、こんなめちゃくちゃな組み合わせにはとても魅かれる。いちおうテーマには合ってはいる。 とにかく、いろんな箇所で楽しめたことはよかった。ただ全体としてまとまりが欠如していることが気になった。連載小説だったらしいので、それも仕方ないのかもしれない。 三部作なので続編も絶対に読みたい。 ただ、その前に本作を今度こそは購入して、復習をしておきたい。もったいないから文庫版が出てからかもしれないが。 |
No.1 | 7点 | 雪 | |
(2020/03/27 08:50登録) 一九六七年、北京。大学教授にして理論物理学の権威・葉哲泰(イエ・ジョータイ)は文化大革命の狂乱のさなか、妻・紹琳(シャオリン)に裏切られ、荒れ狂う四人の少女紅衛兵のリンチを受けて息絶えた。父親の死のすべてを目の当たりにした娘・文潔(ウェンジェ)は矯正のため内モンゴル・大興安嶺の生産建設兵団に送られるが、そこでも彼女は心を許した機関紙記者の保身の犠牲にされる。 拘置所でまたもや利用されようとした文潔は全てを拒み死の淵へと墜ちかけるが、辛くも父の大学時代の教え子・楊衛寧(ヤン・ウェイニン)と計画責任者にして政治委員の雷志成(レイ・ジーチョン)に救われた。国家プロジェクト「紅岸」の推進者である二人は、彼女が〈天体物理学(アストロフィジカル)ジャーナル〉に発表した論文に着目し、スカウトに訪れたのだった。だがそれに応じることは、一生研究基地の外には出られないことを意味していた。巨大パラボラアンテナに風が吹きつける音のなか、文潔は瞬時に紅岸プロジェクトへの参加を決断する。 それから四十数年後。ナノ素材(マテリアル)の専門家にしてナノテクノロジー研究センターに勤務する汪淼(ワン・ミャオ)教授は、突然四名からなる私服警官と軍人の訪問を受けた。所長には既に連絡が行っているので、これからある会議に出席してほしいという。半ば強引に連れ込まれた作戦司令センターのテーブルには、NATO軍の連絡将校や、CIAの担当官までもがオブザーバーとして参加していた。議長の常偉思(チャン・ウェイスー)少将は汪に、高名な科学者たちの姓名が記された名簿を見せる。彼の視線は、最後のひとりの名に釘付けになっていた。 楊冬(ヤン・ドン)。超弦理論モデルを提唱する物理学者で、汪が密かに惹かれていた女性だった。少将は彼に告げる。リストにある物理学者たちはこの二ヵ月たらずのうちに、たてつづけに自殺しているのだと。楊は最後の自殺者で、二日前の晩、睡眠薬を大量に服用して死んでいた。遺書にはこう書かれていた。「これまでも、これからも、物理学は存在しない」と。そして彼女は、衛寧と文潔とのあいだにできた娘だった。 そして常偉思は汪に依頼する。自殺した学者のほとんどが関係していた国際的学術組織、〈科学フロンティア〉に潜入し、事件の謎を探って欲しいと―― 本国だけでトータル二一〇〇万部を売り上げた、中華人民共和国のSF作家、劉慈欣(リウ・ツーシン)のモンスター小説「地球往事」三部作の第一弾。SF専門誌《科幻世界》2006年5月号~2006年12月号にかけて連載され、2008年1月に重慶出版社より刊行。2015年にはいくつかの幸運も重なり、アジア圏の小説として初めてヒューゴー賞長篇部門を受賞しています。 〈現代中国最大の衝撃作、ついに日本上陸〉という刺激的なアオリに加え、各書評子も絶賛。いったいどんなもんかとアタックしてみましたが、うーん、良くも悪くもトンデモSFだなこりゃ。とにかく風呂敷広げまくってます。 読後感は最先端科学知識をブチ込みまくった小松左京。これは単なる感想ではなく、後で調べたら実際に愛読者だそうです。それに独特の中華テイストが加わり(作中の謎のゲーム「三体」には周の文王・墨子・始皇帝などが登場)、これも大掛かりなアクションを経たのち奇想・智子計画(プロジェクト・ソフォン)が爆発。九次元構造を二次元に展開とか、陽子サイズのミクロ集積回路とか訳が分かりません。作者も分かって書いてはいないのだと信じたい。 そういう内容を『果てしなき流れの果てに』や『ゴルディアスの結び目』風に、ミステリ的な誘導テクニックを尽くして語っていく。これだけならただの大法螺小説ですが、冒頭部、作者の実体験を織り交ぜた文革の絶望が重石となり、軸となって物語を支えています。この辺の描写はかなりヘビー。 全体としてはかなりのゴッタ煮で、統一感よりパワー優先。本国では〈文章ヘタクソ〉との声もあるそうですが(原典冒頭部との比較も読みましたが、大森訳のプラスはかなりのもの)、それを場面転換などの力技で押し切る手法。まあシリーズ的にはほんのとっかかりでストーリー的にはやっと敵味方の状況が定まり、相手側が絶妙な一手を指したとこで終わってます。 採点し辛い作品ですが、不良警官キャラ・大史(ダーシー)創案の〈古箏作戦〉がミステリ的に面白かったので7点。どこぞのラノベに似たアイデアが有ったような無かったような。続編に登場するかは分かりませんが、なかなか頼もしいおじさんです。 |