糸色女少さんの登録情報 | |
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平均点:6.41点 | 書評数:180件 |
No.120 | 7点 | シルク警視と宇宙の謎 ユーリ・ツェー |
(2022/12/14 22:58登録) 主人公の一人、物理学者のセバスティアンは量子力学の「多世界解釈」の論客だ。原子や電子の世界では複数の状態が同時に重なることがあるが、この解釈は、それが日常世界にも及ぶと考える。異端視されてきたが、正統派解釈にかげりが見える中で脚光を浴びつつある。 セバスティアンはキャンプ場に向かう途中、車を離れたすきに息子を誘拐される。犯人の意図に沿うべく殺人を犯すが、息子は何事もなかったかのようにキャンプ場にいて。誘拐があった世界と、なかった世界。多世界風の筋立てだが、殺人の事実は揺るがない。 セバスティアンと妻の心理戦、肉食系の女性警部に仕える草食系男性警察官の慕情、死期の迫るシルフに恋人が言う「あなたは、私の過去をきかなかった。私はあなたの未来をきかない」という取引。謎解きは男女の心模様と泣かせる言葉を織り込んで潤いを増してゆく。 SFの仕掛けは扱いながらも、並行世界が語られる。滋味に富む洞察力にあふれ、うたい文句の通り「哲学ミステリ」である。 |
No.119 | 6点 | パラドックス・メン チャールズ・L・ハーネス |
(2022/12/14 22:45登録) 二十二世紀、帝国と化したアメリカを舞台とし、どこからやってきたのか、自分が何者なのかもわからない記憶喪失の男アラールを中心人物として、帝国とそれに反抗する結社らの物語が描かれている。 無尽蔵に投入されるアイデア、時間軸は錯綜し、物語はスケールアップして最終的には太陽系人類の終末さえも結末の射程に入ってくるのだが、読み終えると訳が分からなかった事が、一つの円環をなすように収束し、大きな充足感が残る。 |
No.118 | 6点 | 5まで数える 松崎有理 |
(2022/11/27 23:29登録) ある秘密のために数学ができない少年と心優しい天才数学者の幽霊が交流する表題作、動物実験が全面的に禁じられた世界で「彗星病」と呼ばれる不治の病と医師たちが命懸けで戦う「たとえわれ命死ぬとも」など、六編を収録している。 印象深いのは無知と盲信の恐ろしさだ。例えば「やつはアル・クシガイだ」。トリックをを見破る能力に長けた元奇術師・ホークアイ、世界的な科学賞を二度受賞したワイズマン博士、二人の補佐役を務めるマコトが、疑似科学バスターズとしてある殺人事件を調査する。売れないホラー作家がジョークのつもりで出したトンデモ本が、未曽有の惨劇の引き金になる。「ひとは幻想の幻想ではなく、真実の幻想を求めているんだ」というホークアイのつぶやきは忘れがたい。ポスト真実が幅を利かせる今、絶対に起こらないとは言えない話でゾッとする。次に収められている「バスターズ・ライジング」も切なく、疑似科学バスターズの物語がもっと読みたくなる。 |
No.117 | 6点 | ピアリス 萩尾望都 |
(2022/11/27 23:20登録) 十歳のユーロ少年が断片的だった過去の記憶を再構成して、妹のピアリスのことを思い出す。五年前、二人は故郷を追われ、離れ離れになった。難民として他の星の修道院に引き取られたユーロは、謎めいた教師に出会い、近い未来に起こる悲劇のビジョンを見てしまう。一方、過去が見えるピアリスは、ユーロとは違う惑星の貧困層が集まる島で育つ。 ユーロとピアリスには過去と未来にまつわる特殊な能力があるのに、彼ら自身の過去は奪われ、未来を選ぶ自由も与えられていない。過酷すぎる現在と格闘する人に、世界はどんな風に見えるのか。透明度が高く傷つきやすい子供の目を通して描いている。自然災害、性的虐待、戦争など思い要素もある。二人とも大切な友達を失う。ただ悲しいだけではなく、かけがえのない愛に巡り合うところがいい。 未完のままなのは残念だが、東南アジアやルネサンスの文化をヒントにしたという世界観は魅力的で、話の続きを想像するのは楽しい。 |
No.116 | 8点 | 法治の獣 春暮康一 |
(2022/11/10 22:20登録) 知的好奇心に駆られた人類が、宇宙探査に乗り出した未来を舞台にした物語で、異なる知的生物との出会いの最前線で起きた出来事を描いた三つの中編からなっている。 それぞれの星で出会った生物は、クラゲかイソギンチャクのような姿をした発光生物や、ユニコーン型の動物、意志を持って移動する水塊と、とてもユニーク。だがそんな形態以上に驚異なのは、それぞれの生命が進化の末に獲得した知能や精神の在り方だ。 巻頭作「主観者」の主題は、身体発光を通して意思の疎通をしているらしい知的生命体とのファースト・コンタクト。表題作では知性を持たないにもかかわらずすべての行動が法理に則っている聖獣のような存在と人間の関りを、「方舟は荒野をわたる」では多様な生物からなる知的生命体との出会いを描く。 地球生命は微生物から軟体動物、昆虫、植物でさえも人類とどこかでつながっている。しかし異星生物は全く別の惑星環境のもと、地球生命とは異なる進化で、その状態にたどり着いた。水に覆われた星や自転周期が不安定な惑星など、彼らの住む星と彼らとの関係の設定も秀逸だ。 地球生物の常識とは大きくかけ離れた環境下にあっても、自己保存と種の発展という生命根本の合理性にかなった異種の知的生命体を前にして、人類はどう行動すべきか。時に失敗しながらも、知性と良識の限りを尽くして、最善であろうと努める宇宙探索の物語が清々しい。 |
No.115 | 7点 | ウロボロスの波動 林譲治 |
(2022/10/25 22:34登録) 太陽系に進入した小型ブラックホールを利用し、無限のエネルギーを得ようと企てる科学者たち。だがこの破天荒な計画を無数の困難が待ち構えていた。 人工知能や他の生命体に接触した人間の戸惑い、あるいは宇宙に生きる人間集団と地球政府との軋轢。そうした認識のずれが事件を作り上げてしまう。 凶暴な怪獣、敵対する異星人、反逆する人工知能といった悪役が、引き起こしたかのような怪事件が現れるが、科学的知見を駆使した指輪が導き出す真相は、こうした悪とは無縁なものなのだ。 異常な事件と思われた出来事が、異常でなく事件でさえないものへと解体されてゆく意外性に驚かされた。 |
No.114 | 7点 | 時の他に敵なし マイクル・ビショップ |
(2022/10/13 22:36登録) 数奇な生い立ちの黒人青年ジョシュアは、夢の中で繰り返し石器時代に時間遡行する特異体質の持ち主。世界的に有名な古人類学者に見込まれ、アメリカ某国が莫大な予算を投入した国家的プロジェクトの被験者となる。 小説は、時系列順に語られるわけではない。順番がバラバラになった家族写真のスライドショーさながら、現在と過去を行き来しながら、徐々に全体像が見えてくる。現在パートの中心は、200万年前に飛んだ主人公が未来との連絡を絶たれたまま、化石人類の集団に加わって生き延びる冒険譚だが、ジャンルSFの文法を徹底的に踏み外す点が特徴で、まさかここまで変な話だったとは。 ディテールの輝きとテーマ性は、40年を経ても色褪せず、幻の名作の名に恥じない独創的な時間SFの大作だ。 |
No.113 | 7点 | アド・バード 椎名誠 |
(2022/09/06 22:12登録) エスカレートした広告戦争の結果、文明が没落した世界での父親探しの物語と言えばよくある話のようだが、この架空世界の描写がとんでもなく奇想天外でスリリング。スターリング風の生体改造・遺伝子改変によって広告のために生み出されたキメラ生物群の異様さは、筒井康隆の「ポルノ惑星のサルモネラ人間」にも匹敵する。 配下の小鳥や虫たちを使い壮絶な死闘を繰り広げる戦闘樹、カーテンを開けて泊り客に外の広告を見せるだけに命を捨てる虫、人間の客を待ち続けるうちに発狂してしまった百貨店の接客アンドロイド、など物語の合間に挿入されるこれらのエピソードは、独立した短編としても抜群の出来で強烈な印象を残す。 グロテスクな中にブラッドベリ的な詩情さえ漂い、異様でありながら奇妙に美しい。これは英国SFの伝統を受け継ぐロードノベルであり、椎名誠版「地球の長い午後」でもある。 |
No.112 | 8点 | 復活の日 小松左京 |
(2022/08/22 22:31登録) 生物兵器として開発された致死量ウィルスが軍の施設から漏出する。その症状は一見インフルエンザと区別できないため、人類は真相を知る間もなく滅亡の淵へと追い込まれる。 破滅SFの古典であり、コロナ禍で改めて注目されたパンデミックの描写は、半世紀以上前の作品とは思えない迫真性に満ちている。だが本書を単なる予言の書とするなら、その真価は矮小化しかねない。人類を極小のウィルスと極大の宇宙との間の「宙づりの存在」とすることで、近代文学では自明のものとされてきた人間観を更新することこそ作者の狙いだったはずだ。 私たちが疫病という人類共通の敵を前にしてもなお、目先の面子や利権などに囚われている今、真に再読されるべきは第一部の最後で発せられる哲学者の遺言であろう。 |
No.111 | 5点 | ハイブリッド・チャイルド 大原まり子 |
(2022/08/06 22:14登録) アデイアプトロン機械帝国と人類との存亡を賭けた抗争を背景とする大原版未来史シリーズの集大成ともいえる。 サンプリングした生命体の遺伝情報をもとに、自由自在に姿かたちを変える無敵の宇宙戦闘生体メカとして開発されたサンプルB群、別名ハイブリッド・チャイルド。その一体が軍から脱走、果てしない逃亡の旅が始まる。 ミリタリー系本格宇宙SFを思わせる設定ながら、同時にこれは痛切なラブストーリーでもある。無数の生命の血と傷によって抉り出される痛みの激烈さが、結末に現れる救済のビジョンを限りなく美しいものにする。 |
No.110 | 9点 | 三体 劉慈欣 |
(2022/07/13 22:34登録) ストーリーは波乱と奇想に満ちている。地球外文明とのファーストコンタクトという古典的テーマの中に、現代的な要素が散りばめられている。特に、主人公のナノマテリアル研究者が、謎のVRゲーム「三体」にログインし続ける場面は、本書の最大の見せ場だろう。 この奇妙なゲームでは、過去の人類の文明が天体の異常のせいで何度も崩壊し、再起動を繰り返す。周の文王や孔子のような聖人も、すさまじい災厄においては無力なピエロでしかない。かたや、皇帝が人力計算機を動かす場面では、破天荒な想像力が全開にされるのも面白い。 興味深いことに、これらのSF的奇想の出発点は現実の政治、すなわち文化大革命における科学者への弾圧にあった。そのせいでどん底に落とされた女性の物理学者が、ストーリーの鍵を握っているのだ。文革のおぞましい反科学的な暴力が、最先端の科学と予測不可能なVRゲームに接続させる、荒々しいまでの魅力がある。 原著のあとがきでは、道徳を共有しない異星人との生存闘争がテーマであることが示唆されている。思えば、この半世紀の中国の歩みをのものが、道徳を粉々にするほどに錯乱的なものであった。その凶暴なカオスを映し出す本書は、まさに今の中国でしか生まれない「文明論としてのSF」なのである。 |
No.109 | 8点 | プロジェクト・ヘイル・メアリー アンディ・ウィアー |
(2022/07/13 22:21登録) 道の生物の影響で太陽に異変が生じたために、急激に氷河期に突入しそうな近未来の地球。人類存続の危機に際して全世界規模での対策が始動するが、宇宙船ヘイル・メアリー号で宇宙へ送り出され、唯一生き残ったのは半ば記憶喪失状態にある一人の男だった。 どう考えても悲惨な状況だが、主人公は前向きなチャレンジ精神とユーモアを失わず、次々と起こる難問を前に、冷静な計算と科学的思考によって解決し、さらなる難問へと立ち向かっていく。 次第に記憶を取り戻しながら、恒星間飛行を続ける主人公は、やがて異星人と最初の接触を果たすことになる。苦労しながら意思の疎通を図るうちに、次第に両者の間には友情のようなものが芽生えていく。一方地球でのプロジェクトは、権力を集中させて強権的に推し進められていくが、指導者はその責任も十分に自覚している様子だ。物語の最後には目頭が熱くなる感動が待っている。 |
No.108 | 8点 | 攻殻機動隊 士郎正宗 |
(2022/06/27 22:48登録) 本書には単なるSF漫画を超えた未来予想図が含まれている。時代は近未来、ネットと現実が複雑に絡み合った社会の秩序を守るために設置された公安9課、そのリーダーの草薙素子が主人公。初出は1989年であるにもかかわらず、そのコンセプト、技術描写、そして政治や社会問題設定は、現在読んでも全く古くないどころか、これから私たちが向かう未来を示している。 核戦争で東京が破壊され、首都が西日本に移っている設定などは、まるで福島原発事故を予測していたかのようで身震いがする。「義体」といわれる体の一部を機械化する技術、「電脳化」という脳にネットを直接接続し、情報をやり取りする技術。インターネット技術やSNSによる新しいコミュニケーションの将来像がすでに示唆されていたことに驚きを禁じ得ない。 限定的核戦争後の世界でいち早く放射能除去の技術で確立した日本が、世界の中で重要なポジションを占めており、再び経済大国として世界の一極をなしているという設定は、日本の将来に対する希望とも読めるか。 複雑な政府組織の闇、テロリストの破壊工作や、独裁国家の暴走、人間らしさを維持し電脳化や義体化に反対する人々と社会の摩擦など、まさに未来社会の抱えそうな問題も次々と描写されていく。 一方で、電脳化や機械化が進んだ人間の人間たるゆえんはいったいどこにあるのか、ということを問い続け、悩み続ける主人公の姿は、進化し続ける技術の進化に対する哲学的な問題を提起している。 本書はハリウッドの近未来映画にも大きな影響を与え、世界的にも人気が高い。ネット時代が本格的に到来した今こそ読み返すべき一冊といえる。 |
No.107 | 5点 | なまづま 堀井拓馬 |
(2022/06/27 22:31登録) 舞台は現代の東京。ただしこの世界では、30年ほど前から、ヌメリヒトモデキなる、すさまじい悪臭を放つ奇怪な生物が街を徘徊している。 その研究施設に勤める「私」は、最愛の妻を2年前に亡くし、失意のどん底にあったが、ヌメリヒトモドキが人間そっくりに進化しうることを知り、妻を甦らせる夢を抱く。ヒトモドキをこっそり捕獲して自宅の浴室で飼育し、毎日妻の遺髪を与え、妻の思い出を語り聞かせる。 「ソラリス」から恋愛要素を抽出し「フランケンシュタイン」で培養したような設定だが、細部まで実によく考えられている。前代未聞の純愛SF。 |
No.106 | 6点 | 蒼衣の末姫 門田充宏 |
(2022/06/14 22:55登録) 「冥凮」と呼ばれる怪獣のような恐ろしい生物が、人間の生活圏を脅かしている世界の物語。人間社会は分業体制で営まれており、軍事を担う者たちは冥凮と戦うための砦を築いて備えている。武人の中で「蒼衣」の一族だけが冥凮を倒す能力を持っている。しかし主人公の少女・キサは蒼衣に生まれながら能力を発揮できず、冥凮をおびき出すための「捨姫」にされる。そんな彼女が、自分を助けてくれたあぶれもの商業民・生などと協力し、思わぬ働きを見せていく。このバトル・スペクタクルは排除された者たちによる存在証明のドラマでもある。 |
No.105 | 6点 | 時間の王 宝樹 |
(2022/06/14 22:44登録) 時間テーマはSFでも人気のジャンルだが、この作品は時間もの7編を収めている。その内容やスタイルは、太古から未来に至る遠大な時の流れの断片を切り取り、人類の進歩と流転を描いた「穴居するものたち」や、店の看板料理を守るために時をさかのぼって三国志の英雄にその料理を食べさせようとする「三国献麺記」など、さまざまだ。 表題作「時間の王」は事故で植物状態に陥り、記憶している自分の過去に戻る特殊能力を発現させた男の物語で、彼はその能力でかつての受験の失敗をやり直したり、青春時代を満喫したりするが、一番の望みをかなえることはできない。少年時代の初恋の相手は、重い病で亡くなっており、過去に戻ったところで治療法がないので誰にも直すことができない。ところが...。 多くの人は自分の人生に「もしもあの時」という分岐点を持っている。しかし現実の人間は、時間をやり直すことはできない。時間SFの描く世界は、そんな私たちの心の痛みにそっと触れる。そして甘く切ない思いを抱えながら、一度きりの現実の大切さをかみしめることになる。 |
No.104 | 5点 | 海を失った男 シオドア・スタージョン |
(2022/05/22 23:08登録) 社会の底辺に生きる人々が孤独に震えながら、それぞれの愛を求める姿を透明に、優しく描いている。従来あまり光をあてられていない側面を強調しようとしたという癖のあるセレクションのため、初めて読む人には手強いかもしれない。しかし、じっくり噛みしめて読めば、きっと滲み出る味わいが分かってくるでしょう。 |
No.103 | 8点 | 解錠師 スティーヴ・ハミルトン |
(2022/05/08 23:39登録) 魅力的な犯罪小説であり、卓抜なサスペンスであり、清冽な青春小説であり、胸キュンのラブストーリーであり、そして実によくできた教養小説である。 この作品の語り手であるマイクは、八歳の時に巻き込まれた事件以後、一言も言葉を発さなくなった。だが彼は二つの飛び抜けた才能を持っていた。ひとつは絵をを描くこと。そしてもうひとつは、鍵のかかった錠を開けること。高校生になったマイクは、ゴーストと呼ばれる伝説の金庫破りに弟子入りし、プロの「ロック・アーティスト」として仕事を始める。泥棒に手を貸し、時には凄惨な現場に立ち会いながらも、彼の脳裏にはいつも愛する少女アメリアの姿があった。 冒頭から現在は収監中であることが示唆されるマイクの回想というかたちで物語は進行してゆく。なぜ彼は一切口を利かなくなったのか。なぜ彼は今、獄中にいるのか。二つの謎を随所ににおわせつつ、孤独で繊細な少年が、残酷な運命に翻弄されながらも、あるべき自分を見出してゆく姿を、鮮やかに描き出している。離れていても、互いの出てくる漫画を描き送って気持ちを確かめ合うマイクとアメリアの恋も儚く美しい。 |
No.102 | 7点 | 息吹 テッド・チャン |
(2022/04/23 22:58登録) 自分の未来が分かったとしたならどうするかという問いは、使い古された感さえもあるが、テッド・チャンの手に掛かれば、そこにはまだまだ美しい物語や時間と人間の関係についての新たな理解を見出し得ることが明らかにされる。 人間と人間、人間と他の生き物、この宇宙と他の宇宙での出来事と並べてみるとひどく異なるテーマのように思える。しかし他人の心の中も、他の生き物の思考も、他の宇宙の出来事も本質的には読者の想像の中でしか到達できないという意味では同じである。 想像し、考え続けることによって、他の存在より深く理解出来るようになること。進歩が常に良いものばかりではないことを踏まえたうえで、それでも今がより良く成り得ること。その可能性が存在することを、実例を提示することで示している。 |
No.101 | 6点 | 茶匠と探偵 アリエット・ド・ボダール |
(2022/03/31 22:39登録) 生体と機械の融合やバーチャル・リアリティなどの道具立ては、現代SFおなじみといって良い。特徴的なのは、人格と知性を持つ宇宙船である「有魂船」だろう。 舞台設定や登場人物の属性、状況に関する説明が意図的に小出しに行われるので最初はとっつきにくいが、読み進めていくと緻密な構成に唸らされる。 作者はソフトウエア・エンジニア出身だが、その作風は必ずしもテクノロジー重視のハードSFではなく、社会科学の知見を踏まえたソフトSFに近い。 見事などんでん返しの短編も収録されているが、作者の本領は登場人物の心の機微を繊細に描き出す点にある。抒情的な文体、そして人種やジェンダー、カルチャーショックなどに関する問題のこだわりを見ると、アーシュラ・K・ル=グウィンやジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの影響を受けているように感じられる。 |