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ミステリの祭典

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糸色女少さんの登録情報
平均点:6.41点 書評数:174件

プロフィール| 書評

No.114 7点 時の他に敵なし
マイクル・ビショップ
(2022/10/13 22:36登録)
数奇な生い立ちの黒人青年ジョシュアは、夢の中で繰り返し石器時代に時間遡行する特異体質の持ち主。世界的に有名な古人類学者に見込まれ、アメリカ某国が莫大な予算を投入した国家的プロジェクトの被験者となる。
小説は、時系列順に語られるわけではない。順番がバラバラになった家族写真のスライドショーさながら、現在と過去を行き来しながら、徐々に全体像が見えてくる。現在パートの中心は、200万年前に飛んだ主人公が未来との連絡を絶たれたまま、化石人類の集団に加わって生き延びる冒険譚だが、ジャンルSFの文法を徹底的に踏み外す点が特徴で、まさかここまで変な話だったとは。
ディテールの輝きとテーマ性は、40年を経ても色褪せず、幻の名作の名に恥じない独創的な時間SFの大作だ。


No.113 7点 アド・バード
椎名誠
(2022/09/06 22:12登録)
エスカレートした広告戦争の結果、文明が没落した世界での父親探しの物語と言えばよくある話のようだが、この架空世界の描写がとんでもなく奇想天外でスリリング。スターリング風の生体改造・遺伝子改変によって広告のために生み出されたキメラ生物群の異様さは、筒井康隆の「ポルノ惑星のサルモネラ人間」にも匹敵する。
配下の小鳥や虫たちを使い壮絶な死闘を繰り広げる戦闘樹、カーテンを開けて泊り客に外の広告を見せるだけに命を捨てる虫、人間の客を待ち続けるうちに発狂してしまった百貨店の接客アンドロイド、など物語の合間に挿入されるこれらのエピソードは、独立した短編としても抜群の出来で強烈な印象を残す。
グロテスクな中にブラッドベリ的な詩情さえ漂い、異様でありながら奇妙に美しい。これは英国SFの伝統を受け継ぐロードノベルであり、椎名誠版「地球の長い午後」でもある。


No.112 8点 復活の日
小松左京
(2022/08/22 22:31登録)
生物兵器として開発された致死量ウィルスが軍の施設から漏出する。その症状は一見インフルエンザと区別できないため、人類は真相を知る間もなく滅亡の淵へと追い込まれる。
破滅SFの古典であり、コロナ禍で改めて注目されたパンデミックの描写は、半世紀以上前の作品とは思えない迫真性に満ちている。だが本書を単なる予言の書とするなら、その真価は矮小化しかねない。人類を極小のウィルスと極大の宇宙との間の「宙づりの存在」とすることで、近代文学では自明のものとされてきた人間観を更新することこそ作者の狙いだったはずだ。
私たちが疫病という人類共通の敵を前にしてもなお、目先の面子や利権などに囚われている今、真に再読されるべきは第一部の最後で発せられる哲学者の遺言であろう。


No.111 5点 ハイブリッド・チャイルド
大原まり子
(2022/08/06 22:14登録)
アデイアプトロン機械帝国と人類との存亡を賭けた抗争を背景とする大原版未来史シリーズの集大成ともいえる。
サンプリングした生命体の遺伝情報をもとに、自由自在に姿かたちを変える無敵の宇宙戦闘生体メカとして開発されたサンプルB群、別名ハイブリッド・チャイルド。その一体が軍から脱走、果てしない逃亡の旅が始まる。
ミリタリー系本格宇宙SFを思わせる設定ながら、同時にこれは痛切なラブストーリーでもある。無数の生命の血と傷によって抉り出される痛みの激烈さが、結末に現れる救済のビジョンを限りなく美しいものにする。


No.110 9点 三体
劉慈欣
(2022/07/13 22:34登録)
ストーリーは波乱と奇想に満ちている。地球外文明とのファーストコンタクトという古典的テーマの中に、現代的な要素が散りばめられている。特に、主人公のナノマテリアル研究者が、謎のVRゲーム「三体」にログインし続ける場面は、本書の最大の見せ場だろう。
この奇妙なゲームでは、過去の人類の文明が天体の異常のせいで何度も崩壊し、再起動を繰り返す。周の文王や孔子のような聖人も、すさまじい災厄においては無力なピエロでしかない。かたや、皇帝が人力計算機を動かす場面では、破天荒な想像力が全開にされるのも面白い。
興味深いことに、これらのSF的奇想の出発点は現実の政治、すなわち文化大革命における科学者への弾圧にあった。そのせいでどん底に落とされた女性の物理学者が、ストーリーの鍵を握っているのだ。文革のおぞましい反科学的な暴力が、最先端の科学と予測不可能なVRゲームに接続させる、荒々しいまでの魅力がある。
原著のあとがきでは、道徳を共有しない異星人との生存闘争がテーマであることが示唆されている。思えば、この半世紀の中国の歩みをのものが、道徳を粉々にするほどに錯乱的なものであった。その凶暴なカオスを映し出す本書は、まさに今の中国でしか生まれない「文明論としてのSF」なのである。


No.109 8点 プロジェクト・ヘイル・メアリー
アンディ・ウィアー
(2022/07/13 22:21登録)
道の生物の影響で太陽に異変が生じたために、急激に氷河期に突入しそうな近未来の地球。人類存続の危機に際して全世界規模での対策が始動するが、宇宙船ヘイル・メアリー号で宇宙へ送り出され、唯一生き残ったのは半ば記憶喪失状態にある一人の男だった。
どう考えても悲惨な状況だが、主人公は前向きなチャレンジ精神とユーモアを失わず、次々と起こる難問を前に、冷静な計算と科学的思考によって解決し、さらなる難問へと立ち向かっていく。
次第に記憶を取り戻しながら、恒星間飛行を続ける主人公は、やがて異星人と最初の接触を果たすことになる。苦労しながら意思の疎通を図るうちに、次第に両者の間には友情のようなものが芽生えていく。一方地球でのプロジェクトは、権力を集中させて強権的に推し進められていくが、指導者はその責任も十分に自覚している様子だ。物語の最後には目頭が熱くなる感動が待っている。


No.108 8点 攻殻機動隊
士郎正宗
(2022/06/27 22:48登録)
本書には単なるSF漫画を超えた未来予想図が含まれている。時代は近未来、ネットと現実が複雑に絡み合った社会の秩序を守るために設置された公安9課、そのリーダーの草薙素子が主人公。初出は1989年であるにもかかわらず、そのコンセプト、技術描写、そして政治や社会問題設定は、現在読んでも全く古くないどころか、これから私たちが向かう未来を示している。
核戦争で東京が破壊され、首都が西日本に移っている設定などは、まるで福島原発事故を予測していたかのようで身震いがする。「義体」といわれる体の一部を機械化する技術、「電脳化」という脳にネットを直接接続し、情報をやり取りする技術。インターネット技術やSNSによる新しいコミュニケーションの将来像がすでに示唆されていたことに驚きを禁じ得ない。
限定的核戦争後の世界でいち早く放射能除去の技術で確立した日本が、世界の中で重要なポジションを占めており、再び経済大国として世界の一極をなしているという設定は、日本の将来に対する希望とも読めるか。
複雑な政府組織の闇、テロリストの破壊工作や、独裁国家の暴走、人間らしさを維持し電脳化や義体化に反対する人々と社会の摩擦など、まさに未来社会の抱えそうな問題も次々と描写されていく。
一方で、電脳化や機械化が進んだ人間の人間たるゆえんはいったいどこにあるのか、ということを問い続け、悩み続ける主人公の姿は、進化し続ける技術の進化に対する哲学的な問題を提起している。
本書はハリウッドの近未来映画にも大きな影響を与え、世界的にも人気が高い。ネット時代が本格的に到来した今こそ読み返すべき一冊といえる。


No.107 5点 なまづま
堀井拓馬
(2022/06/27 22:31登録)
舞台は現代の東京。ただしこの世界では、30年ほど前から、ヌメリヒトモデキなる、すさまじい悪臭を放つ奇怪な生物が街を徘徊している。
その研究施設に勤める「私」は、最愛の妻を2年前に亡くし、失意のどん底にあったが、ヌメリヒトモドキが人間そっくりに進化しうることを知り、妻を甦らせる夢を抱く。ヒトモドキをこっそり捕獲して自宅の浴室で飼育し、毎日妻の遺髪を与え、妻の思い出を語り聞かせる。
「ソラリス」から恋愛要素を抽出し「フランケンシュタイン」で培養したような設定だが、細部まで実によく考えられている。前代未聞の純愛SF。


No.106 6点 蒼衣の末姫
門田充宏
(2022/06/14 22:55登録)
「冥凮」と呼ばれる怪獣のような恐ろしい生物が、人間の生活圏を脅かしている世界の物語。人間社会は分業体制で営まれており、軍事を担う者たちは冥凮と戦うための砦を築いて備えている。武人の中で「蒼衣」の一族だけが冥凮を倒す能力を持っている。しかし主人公の少女・キサは蒼衣に生まれながら能力を発揮できず、冥凮をおびき出すための「捨姫」にされる。そんな彼女が、自分を助けてくれたあぶれもの商業民・生などと協力し、思わぬ働きを見せていく。このバトル・スペクタクルは排除された者たちによる存在証明のドラマでもある。


No.105 6点 時間の王
宝樹
(2022/06/14 22:44登録)
時間テーマはSFでも人気のジャンルだが、この作品は時間もの7編を収めている。その内容やスタイルは、太古から未来に至る遠大な時の流れの断片を切り取り、人類の進歩と流転を描いた「穴居するものたち」や、店の看板料理を守るために時をさかのぼって三国志の英雄にその料理を食べさせようとする「三国献麺記」など、さまざまだ。
表題作「時間の王」は事故で植物状態に陥り、記憶している自分の過去に戻る特殊能力を発現させた男の物語で、彼はその能力でかつての受験の失敗をやり直したり、青春時代を満喫したりするが、一番の望みをかなえることはできない。少年時代の初恋の相手は、重い病で亡くなっており、過去に戻ったところで治療法がないので誰にも直すことができない。ところが...。
多くの人は自分の人生に「もしもあの時」という分岐点を持っている。しかし現実の人間は、時間をやり直すことはできない。時間SFの描く世界は、そんな私たちの心の痛みにそっと触れる。そして甘く切ない思いを抱えながら、一度きりの現実の大切さをかみしめることになる。


No.104 5点 海を失った男
シオドア・スタージョン
(2022/05/22 23:08登録)
社会の底辺に生きる人々が孤独に震えながら、それぞれの愛を求める姿を透明に、優しく描いている。従来あまり光をあてられていない側面を強調しようとしたという癖のあるセレクションのため、初めて読む人には手強いかもしれない。しかし、じっくり噛みしめて読めば、きっと滲み出る味わいが分かってくるでしょう。


No.103 8点 解錠師
スティーヴ・ハミルトン
(2022/05/08 23:39登録)
魅力的な犯罪小説であり、卓抜なサスペンスであり、清冽な青春小説であり、胸キュンのラブストーリーであり、そして実によくできた教養小説である。
この作品の語り手であるマイクは、八歳の時に巻き込まれた事件以後、一言も言葉を発さなくなった。だが彼は二つの飛び抜けた才能を持っていた。ひとつは絵をを描くこと。そしてもうひとつは、鍵のかかった錠を開けること。高校生になったマイクは、ゴーストと呼ばれる伝説の金庫破りに弟子入りし、プロの「ロック・アーティスト」として仕事を始める。泥棒に手を貸し、時には凄惨な現場に立ち会いながらも、彼の脳裏にはいつも愛する少女アメリアの姿があった。
冒頭から現在は収監中であることが示唆されるマイクの回想というかたちで物語は進行してゆく。なぜ彼は一切口を利かなくなったのか。なぜ彼は今、獄中にいるのか。二つの謎を随所ににおわせつつ、孤独で繊細な少年が、残酷な運命に翻弄されながらも、あるべき自分を見出してゆく姿を、鮮やかに描き出している。離れていても、互いの出てくる漫画を描き送って気持ちを確かめ合うマイクとアメリアの恋も儚く美しい。


No.102 7点 息吹
テッド・チャン
(2022/04/23 22:58登録)
自分の未来が分かったとしたならどうするかという問いは、使い古された感さえもあるが、テッド・チャンの手に掛かれば、そこにはまだまだ美しい物語や時間と人間の関係についての新たな理解を見出し得ることが明らかにされる。
人間と人間、人間と他の生き物、この宇宙と他の宇宙での出来事と並べてみるとひどく異なるテーマのように思える。しかし他人の心の中も、他の生き物の思考も、他の宇宙の出来事も本質的には読者の想像の中でしか到達できないという意味では同じである。
想像し、考え続けることによって、他の存在より深く理解出来るようになること。進歩が常に良いものばかりではないことを踏まえたうえで、それでも今がより良く成り得ること。その可能性が存在することを、実例を提示することで示している。


No.101 6点 茶匠と探偵
アリエット・ド・ボダール
(2022/03/31 22:39登録)
生体と機械の融合やバーチャル・リアリティなどの道具立ては、現代SFおなじみといって良い。特徴的なのは、人格と知性を持つ宇宙船である「有魂船」だろう。
舞台設定や登場人物の属性、状況に関する説明が意図的に小出しに行われるので最初はとっつきにくいが、読み進めていくと緻密な構成に唸らされる。
作者はソフトウエア・エンジニア出身だが、その作風は必ずしもテクノロジー重視のハードSFではなく、社会科学の知見を踏まえたソフトSFに近い。
見事などんでん返しの短編も収録されているが、作者の本領は登場人物の心の機微を繊細に描き出す点にある。抒情的な文体、そして人種やジェンダー、カルチャーショックなどに関する問題のこだわりを見ると、アーシュラ・K・ル=グウィンやジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの影響を受けているように感じられる。


No.100 8点 白熱光
グレッグ・イーガン
(2022/03/15 22:29登録)
奇数章と偶数章で別々の物語が進行し、いずれも舞台は超未来の異質な世界。その世界観を楽しむ事が一つのポイントになる。
奇数章は、冒頭で主人公が「あなたはDNA生まれですか?」と問われるところから始まる。有機的な「生物」として進化した知性も、電子的な情報世界から出た知性も、区別なく暮らす「融合世界」が銀河に広がっており、人々は事実上の不死を謳歌している。ただし銀河中心部には外との連絡を一切拒絶する「孤高世界」が存在する。この謎めいた銀河の核への旅を描く。
偶数章は、ブラックホールの周りを回る岩の中に洞窟を張り巡らせて住む異形の知性の物語。岩の内部からは天体観測できないため、宇宙についての知識は乏しい。力学の概念もない。しかし岩の自転などで生じる重力パターンを観測することから力学の基本概念を発見し、一世代で相対性理論まで至る。地球とは全く違う環境で、知性がいかに物理学をものにするかという点を分厚く描いているので、物理学に詳しいほど楽しめる。
二つの物語が直接合流する終わり方はしないものの、「孤高世界」の起源をめぐって両社は交錯する。謎は謎と残したまま、超絶的なスケールで想像力を喚起してくれる。


No.99 7点 日本SFの臨界点 冬至草/雪女
石黒達昌
(2022/02/27 00:02登録)
無機的で抑制の効いた科学者的文体が醸し出す情念が魅力の中短編8作が収録。
「冬至草」は北海道で発見されたという設定の架空植物・冬至草を巡る物語。冬至草を育てるために、実験者が自身の血液を与える場面には、感情を揺さぶられる。またかつての冬至草研究の背景には太平洋戦争下での日本の代用燃料研究や原子爆弾開発なども見え隠れする。
「雪女」は架空の低体温症と異常な長寿命の秘密を巡る物語。患者を救いたいという医療の視線と、この生体構造を解明したいという研究者的視線が交差する。
医師でもある著者ならではの、詳細な生物学的記述が魅力だが、生命を冷徹に見つめる科学者の造形も卓越している。戦争と科学の関係や、生体実験や遺伝子操作にまつわる非倫理性への厳粛な姿勢が、さりげなくも深く掘り下げられているのも魅力の一つ。


No.98 7点 都市と都市
チャイナ・ミエヴィル
(2022/02/14 22:54登録)
舞台となるのは、バルカン半島あたりに位置する二つの都市国家のべジェルとウル・コーマ。地理的にはほぼ同じ位置を占める二つの国は、ミルフィーユ状に領土が重ね合わされている。それぞれの国民は、互いに相手の国が存在しないように振る舞わなくてはならない。訓練によって反動的な「失認」状態を作り出し、それによって国境が維持される。
この奇妙な場所で殺人が起こる。ベジェル警察のティアドール・ボルル警部補は、この国際犯罪の犯人を追いつつ、第三の空間の謎に接近していく。ボルルが逃走する犯人を追うシーンは、同じ道を走る両者が実際にはそれぞれの国の領土しか走れないという設定が最大限に活かされたクライマックスになっている。
ミステリとしても十分に面白いが、本作の醍醐味は精神医学的には「解離」のメカニズムの政治的応用という優れたSF的な設定にある。


No.97 5点 消えたサンフランシスコ
ブライアン・ハーバート
(2022/01/22 23:19登録)
宇宙人に街ごと誘拐されてしまう話で、導入こそ小松左京の「首都消失」を内側から書いたようなムードだけど、実は崩壊寸前の一家の日常ドラマを入念に描く破天荒な家族小説なのである。
母親は重度の精神疾患を患い、家の中は散らかり放題。父親は三つの仕事を掛け持ちして疲労困憊。長男は仕事にも就かず学校にも行かず遊び呆け、次男は父親から自分の子供ではないと疑われている。この悲惨な家庭で健気に生きる十一歳の少女ミシェルが主人公。辛気臭い話だと思うかもしれないが、深刻な問題の合間にスラップスティックなギャグが散りばめられ、爆笑を誘う。レイドローの「パパの原発」をもう少しダークにした感じ。


No.96 8点 三体Ⅲ 死神永生
劉慈欣
(2022/01/11 22:13登録)
危ういバランスで回避されていた人類を超える科学力を持つ三体文明との全面戦争は、三体側の計略で均衡が崩れ、物語は光の低速化による太陽系の封鎖プラン、空間をゆがめることで太陽系外に光速宇宙船で脱出する計画が飛び出すなど怒涛の展開に。それに伴い人類の文化、政治、経済は大きく変容していく。
光粒による太陽攻撃や、あらゆるものを二次元化する次元破壊など、SFファンにはたまらない魅力的な仕掛けも登場する。
しかし、本作は二つの文明の戦争では終わらず、宇宙全体の存亡というさらに壮大な展開が控えているのだ。
SF大作では大風呂敷はどこまで広げられるかだけでなく、いかに巧みにたたむかが読みどころとなる。本作では、宇宙の時空が多元的に広がり、最後には「本当に」折りたたまれていく。宇宙を丸ごと描いたような世界観は老荘思想にも通じるように思える。
多元宇宙より広い世界があるとしたら、それは人間の想像力だろう。


No.95 6点 レオノーラの卵
日高トモキチ
(2022/01/11 22:03登録)
ある女が生んだ卵から生まれるのが男か女かを予想する賭けで始まる表題作は、奇想と奇抜なロジックが惜しげもなく投入される。筋よりも思考の跳躍を楽しむべき作品で、無理を承知でその魅力を例えると「笑えるボルヘス」と言ったところか。
「旅人と砂の船が寄る波止場」など冒険要素が濃い作品もある。かつての活気を失った港町で、乗船中の町の有力者たちが突然姿を消す怪事件が発生したが、船は無人のままで今も操業を続けているという。果たして事件の真相は?
また「ガヴィアル博士の喪失」では、小学生の男子が語るお話と現実が融合し、探偵や怪しい博士や、ピーター・パンが登場する型破りなドラマへとなだれ込んでいく。いずれの作品も笑いと驚愕に満ち、郷愁も誘う。

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