糸色女少さんの登録情報 | |
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平均点:6.39点 | 書評数:188件 |
No.128 | 5点 | ハイドゥナン 藤崎慎吾 |
(2023/03/20 22:41登録) テレパシー、与那国海底遺跡、祈りのネットワーク、神との交信などニューエイジ本と見まごうばかりの描写が出てきて、物語はトンデモと科学の間の実に微妙なところでバランスを取りながら突き進み、それまでの提示された数々のテーマが一つの理論として収束し、圧倒的なクライマックスへと到達する。超常現象を科学的に説明する作中の理屈に納得できるか意見が分かれるところだろうが、圧倒的なヴィジョンで読者をねじ伏せる力技は見事。 |
No.127 | 7点 | イリーガル・エイリアン ロバート・J・ソウヤー |
(2023/03/20 22:22登録) 順調に進んでいたエイリアンとのファーストコンタクトでとんでもない事件が起きた。エイリアンの滞在する施設で交渉に当たっていた地球人が殺されたのだ。 エイリアンが殺人事件の容疑で裁かれるという酒席の与太話のようなアイデアを、あくまでまじめにやった時点で勝利は半ば約束されたようなもの。更にファーストコンタクトの丁寧な描写、リアルな法廷ものとしての雰囲気、伏線をきちんと処理するミステリとしての鮮やかさ、そしてSFとしてのロジカルな大法螺と、個々の要素までしっかりとしている。SFとミステリ双方のファンに安心しておすすめできる。 |
No.126 | 7点 | 永遠の森 菅浩江 |
(2023/02/19 23:00登録) 衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館(アフロディーテ)は、学芸員がコンピューターと直接接続し、極めて高い分析精度を誇る。本書は、総合管轄部署に属する田代孝弘の目を通して学芸員たちの活躍を描いた連作短編集である。 各編とも、捻りの利いたオチや展開が楽しめる。また最後の第九話では、前八話で隠されていた事実が浮かび上がる。その伏線が緊密に張られているのも魅力の一つ。 しかしこれらの意外性が、芸術の繊細さを示すために用意されたことを忘れてはならない。リリカルな文章も作品の趣旨にマッチしている。何とも瀟洒な一冊なのである。 |
No.125 | 8点 | グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ 飛浩隆 |
(2023/02/19 22:55登録) AIたちが暮らすバーチャルな夏のリゾート地。人間が来なくなって千年、AIたちは変わらぬ夏の日を平和に過ごしていた。だがある日地獄が訪れた。どこからともなく「蜘蛛」が現れ、町を破壊し、AIたちを残酷に殺戮し始める。 本書では、官能的で残酷な描写、苦痛と快楽を極めた徹底してサディスティックな描写が、くっきりとした透明感をもって続く。そうして作られた「何か」が天使と戦うのに必要と示唆される。ヴァーチャルな世界での生理的感覚や感情は、実はリアル世界のものと本質的に変わりないのかも知れない。本書はそれを実体験しているかのような圧倒的な「場」の雰囲気に満ちた作品である。 |
No.124 | 6点 | 最果ての銀河船団 ヴァーナー・ヴィンジ |
(2023/01/29 22:20登録) 二百五十年のうち三十五年間だけ光を放つオンオフ星。その星の調査に赴いた二つの人類系文明の船団は、星をまわる惑星上の蜘蛛に似た種族との交易権をめぐり対立、ついに本格的な宇宙戦を始める。 物語は、生き残りと相手文明のだし抜きに奔走する人類文明同士の知恵比べのパートと、一人の天才を中心に蜘蛛族の文明の発展を追うパートの二つからなる。双方に共通するのが魅力的なキャラクター同士の知力をふりしぼった駆け引き。この駆け引きの妙が本書最大の売りとなる。設定の派手さはないが、痛快な宇宙SFであることには間違いない。 |
No.123 | 5点 | まほろばの王たち 仁木英之 |
(2023/01/29 22:12登録) 験者を束ねる賀茂大蔵は、大化の改新を呪術でサポートし、朝廷の信任を得る。だが弟子の広足は、妖を無残に殺す大蔵に嫌悪感を抱くようになっていた。やがて広足は、大蔵を救った小角に仕えることになる。朝廷は、支配権を広げるため道路建設を始め、その工事に中央にあらがっていた山の民動員する。やがて都には人を喰う鬼が、山には土着の神を殺す神喰いが出没。小角は、相手が妖を送り込んできたと考え疑心暗鬼に陥った都の民と山の民の仲を取り持つため奔走する。 事件の発端となる道路は、開発か自然保護か、中央集権化か地方分権か、という現代にも通じる社会問題を浮かび上がらせていくので、テーマは重厚だ。小角は、信じる神やベースとなる文化が異なる人々が共存できる方法を模索するが、この展開は排外主義を強める現代日本への批判のように思えた。 |
No.122 | 5点 | デイヴィー 荒野の旅 エドガー・パンクボーン |
(2023/01/07 22:59登録) 文明の崩壊から三百年を経た北米大陸東部。そこには抑圧的な宗教の支配のもと小国家が覇を競い合う、中世欧州のような社会となっていた。小国モーハで国家所有の奴隷として育ったデイヴィーは十四歳の春に故郷の村を抜け出し、世界を巡る旅に出る。 デイヴィーの下品で猥雑な、しかし才気に満ちた文章やそこに突っ込みを入れるニッキーのキュートでウィットに富んだ文章など、語り口が大きな魅力。 形式を最大限に生かし、描かれるエピソードだけでなく描かれないエピソードにより物語の深みを増す構成が巧み。 |
No.121 | 5点 | クリプトノミコン ニール・スティーヴンスン |
(2023/01/07 22:50登録) 邦訳では文庫四分冊、計千八百ページにも及ぶボリュームで圧倒する本書は、二つの時代の暗号の専門家たちを主人公に技術屋の力を讃える新時代の冒険小説。 全体のパートは大きく二つ。コンピューターの生みの親が第二次大戦下で奇妙な暗号戦を繰り広げる過去パートと、ハッカーたちが独立国にデータ・ヘブンを作り一山当てようとする現代パート。この二つのパートが日本軍の隠した黄金を核に一つにまとまっていく。 話の流れを断ち切ってまでも無関係なエピソードを詳述する作風には一層磨きがかかっている。全体のまとまりはないが、細部の楽しさの前にはそんな些細なことは気にならなくなってくる。 |
No.120 | 7点 | シルク警視と宇宙の謎 ユーリ・ツェー |
(2022/12/14 22:58登録) 主人公の一人、物理学者のセバスティアンは量子力学の「多世界解釈」の論客だ。原子や電子の世界では複数の状態が同時に重なることがあるが、この解釈は、それが日常世界にも及ぶと考える。異端視されてきたが、正統派解釈にかげりが見える中で脚光を浴びつつある。 セバスティアンはキャンプ場に向かう途中、車を離れたすきに息子を誘拐される。犯人の意図に沿うべく殺人を犯すが、息子は何事もなかったかのようにキャンプ場にいて。誘拐があった世界と、なかった世界。多世界風の筋立てだが、殺人の事実は揺るがない。 セバスティアンと妻の心理戦、肉食系の女性警部に仕える草食系男性警察官の慕情、死期の迫るシルフに恋人が言う「あなたは、私の過去をきかなかった。私はあなたの未来をきかない」という取引。謎解きは男女の心模様と泣かせる言葉を織り込んで潤いを増してゆく。 SFの仕掛けは扱いながらも、並行世界が語られる。滋味に富む洞察力にあふれ、うたい文句の通り「哲学ミステリ」である。 |
No.119 | 6点 | パラドックス・メン チャールズ・L・ハーネス |
(2022/12/14 22:45登録) 二十二世紀、帝国と化したアメリカを舞台とし、どこからやってきたのか、自分が何者なのかもわからない記憶喪失の男アラールを中心人物として、帝国とそれに反抗する結社らの物語が描かれている。 無尽蔵に投入されるアイデア、時間軸は錯綜し、物語はスケールアップして最終的には太陽系人類の終末さえも結末の射程に入ってくるのだが、読み終えると訳が分からなかった事が、一つの円環をなすように収束し、大きな充足感が残る。 |
No.118 | 6点 | 5まで数える 松崎有理 |
(2022/11/27 23:29登録) ある秘密のために数学ができない少年と心優しい天才数学者の幽霊が交流する表題作、動物実験が全面的に禁じられた世界で「彗星病」と呼ばれる不治の病と医師たちが命懸けで戦う「たとえわれ命死ぬとも」など、六編を収録している。 印象深いのは無知と盲信の恐ろしさだ。例えば「やつはアル・クシガイだ」。トリックをを見破る能力に長けた元奇術師・ホークアイ、世界的な科学賞を二度受賞したワイズマン博士、二人の補佐役を務めるマコトが、疑似科学バスターズとしてある殺人事件を調査する。売れないホラー作家がジョークのつもりで出したトンデモ本が、未曽有の惨劇の引き金になる。「ひとは幻想の幻想ではなく、真実の幻想を求めているんだ」というホークアイのつぶやきは忘れがたい。ポスト真実が幅を利かせる今、絶対に起こらないとは言えない話でゾッとする。次に収められている「バスターズ・ライジング」も切なく、疑似科学バスターズの物語がもっと読みたくなる。 |
No.117 | 6点 | ピアリス 萩尾望都 |
(2022/11/27 23:20登録) 十歳のユーロ少年が断片的だった過去の記憶を再構成して、妹のピアリスのことを思い出す。五年前、二人は故郷を追われ、離れ離れになった。難民として他の星の修道院に引き取られたユーロは、謎めいた教師に出会い、近い未来に起こる悲劇のビジョンを見てしまう。一方、過去が見えるピアリスは、ユーロとは違う惑星の貧困層が集まる島で育つ。 ユーロとピアリスには過去と未来にまつわる特殊な能力があるのに、彼ら自身の過去は奪われ、未来を選ぶ自由も与えられていない。過酷すぎる現在と格闘する人に、世界はどんな風に見えるのか。透明度が高く傷つきやすい子供の目を通して描いている。自然災害、性的虐待、戦争など思い要素もある。二人とも大切な友達を失う。ただ悲しいだけではなく、かけがえのない愛に巡り合うところがいい。 未完のままなのは残念だが、東南アジアやルネサンスの文化をヒントにしたという世界観は魅力的で、話の続きを想像するのは楽しい。 |
No.116 | 8点 | 法治の獣 春暮康一 |
(2022/11/10 22:20登録) 知的好奇心に駆られた人類が、宇宙探査に乗り出した未来を舞台にした物語で、異なる知的生物との出会いの最前線で起きた出来事を描いた三つの中編からなっている。 それぞれの星で出会った生物は、クラゲかイソギンチャクのような姿をした発光生物や、ユニコーン型の動物、意志を持って移動する水塊と、とてもユニーク。だがそんな形態以上に驚異なのは、それぞれの生命が進化の末に獲得した知能や精神の在り方だ。 巻頭作「主観者」の主題は、身体発光を通して意思の疎通をしているらしい知的生命体とのファースト・コンタクト。表題作では知性を持たないにもかかわらずすべての行動が法理に則っている聖獣のような存在と人間の関りを、「方舟は荒野をわたる」では多様な生物からなる知的生命体との出会いを描く。 地球生命は微生物から軟体動物、昆虫、植物でさえも人類とどこかでつながっている。しかし異星生物は全く別の惑星環境のもと、地球生命とは異なる進化で、その状態にたどり着いた。水に覆われた星や自転周期が不安定な惑星など、彼らの住む星と彼らとの関係の設定も秀逸だ。 地球生物の常識とは大きくかけ離れた環境下にあっても、自己保存と種の発展という生命根本の合理性にかなった異種の知的生命体を前にして、人類はどう行動すべきか。時に失敗しながらも、知性と良識の限りを尽くして、最善であろうと努める宇宙探索の物語が清々しい。 |
No.115 | 7点 | ウロボロスの波動 林譲治 |
(2022/10/25 22:34登録) 太陽系に進入した小型ブラックホールを利用し、無限のエネルギーを得ようと企てる科学者たち。だがこの破天荒な計画を無数の困難が待ち構えていた。 人工知能や他の生命体に接触した人間の戸惑い、あるいは宇宙に生きる人間集団と地球政府との軋轢。そうした認識のずれが事件を作り上げてしまう。 凶暴な怪獣、敵対する異星人、反逆する人工知能といった悪役が、引き起こしたかのような怪事件が現れるが、科学的知見を駆使した指輪が導き出す真相は、こうした悪とは無縁なものなのだ。 異常な事件と思われた出来事が、異常でなく事件でさえないものへと解体されてゆく意外性に驚かされた。 |
No.114 | 7点 | 時の他に敵なし マイクル・ビショップ |
(2022/10/13 22:36登録) 数奇な生い立ちの黒人青年ジョシュアは、夢の中で繰り返し石器時代に時間遡行する特異体質の持ち主。世界的に有名な古人類学者に見込まれ、アメリカ某国が莫大な予算を投入した国家的プロジェクトの被験者となる。 小説は、時系列順に語られるわけではない。順番がバラバラになった家族写真のスライドショーさながら、現在と過去を行き来しながら、徐々に全体像が見えてくる。現在パートの中心は、200万年前に飛んだ主人公が未来との連絡を絶たれたまま、化石人類の集団に加わって生き延びる冒険譚だが、ジャンルSFの文法を徹底的に踏み外す点が特徴で、まさかここまで変な話だったとは。 ディテールの輝きとテーマ性は、40年を経ても色褪せず、幻の名作の名に恥じない独創的な時間SFの大作だ。 |
No.113 | 7点 | アド・バード 椎名誠 |
(2022/09/06 22:12登録) エスカレートした広告戦争の結果、文明が没落した世界での父親探しの物語と言えばよくある話のようだが、この架空世界の描写がとんでもなく奇想天外でスリリング。スターリング風の生体改造・遺伝子改変によって広告のために生み出されたキメラ生物群の異様さは、筒井康隆の「ポルノ惑星のサルモネラ人間」にも匹敵する。 配下の小鳥や虫たちを使い壮絶な死闘を繰り広げる戦闘樹、カーテンを開けて泊り客に外の広告を見せるだけに命を捨てる虫、人間の客を待ち続けるうちに発狂してしまった百貨店の接客アンドロイド、など物語の合間に挿入されるこれらのエピソードは、独立した短編としても抜群の出来で強烈な印象を残す。 グロテスクな中にブラッドベリ的な詩情さえ漂い、異様でありながら奇妙に美しい。これは英国SFの伝統を受け継ぐロードノベルであり、椎名誠版「地球の長い午後」でもある。 |
No.112 | 8点 | 復活の日 小松左京 |
(2022/08/22 22:31登録) 生物兵器として開発された致死量ウィルスが軍の施設から漏出する。その症状は一見インフルエンザと区別できないため、人類は真相を知る間もなく滅亡の淵へと追い込まれる。 破滅SFの古典であり、コロナ禍で改めて注目されたパンデミックの描写は、半世紀以上前の作品とは思えない迫真性に満ちている。だが本書を単なる予言の書とするなら、その真価は矮小化しかねない。人類を極小のウィルスと極大の宇宙との間の「宙づりの存在」とすることで、近代文学では自明のものとされてきた人間観を更新することこそ作者の狙いだったはずだ。 私たちが疫病という人類共通の敵を前にしてもなお、目先の面子や利権などに囚われている今、真に再読されるべきは第一部の最後で発せられる哲学者の遺言であろう。 |
No.111 | 5点 | ハイブリッド・チャイルド 大原まり子 |
(2022/08/06 22:14登録) アデイアプトロン機械帝国と人類との存亡を賭けた抗争を背景とする大原版未来史シリーズの集大成ともいえる。 サンプリングした生命体の遺伝情報をもとに、自由自在に姿かたちを変える無敵の宇宙戦闘生体メカとして開発されたサンプルB群、別名ハイブリッド・チャイルド。その一体が軍から脱走、果てしない逃亡の旅が始まる。 ミリタリー系本格宇宙SFを思わせる設定ながら、同時にこれは痛切なラブストーリーでもある。無数の生命の血と傷によって抉り出される痛みの激烈さが、結末に現れる救済のビジョンを限りなく美しいものにする。 |
No.110 | 9点 | 三体 劉慈欣 |
(2022/07/13 22:34登録) ストーリーは波乱と奇想に満ちている。地球外文明とのファーストコンタクトという古典的テーマの中に、現代的な要素が散りばめられている。特に、主人公のナノマテリアル研究者が、謎のVRゲーム「三体」にログインし続ける場面は、本書の最大の見せ場だろう。 この奇妙なゲームでは、過去の人類の文明が天体の異常のせいで何度も崩壊し、再起動を繰り返す。周の文王や孔子のような聖人も、すさまじい災厄においては無力なピエロでしかない。かたや、皇帝が人力計算機を動かす場面では、破天荒な想像力が全開にされるのも面白い。 興味深いことに、これらのSF的奇想の出発点は現実の政治、すなわち文化大革命における科学者への弾圧にあった。そのせいでどん底に落とされた女性の物理学者が、ストーリーの鍵を握っているのだ。文革のおぞましい反科学的な暴力が、最先端の科学と予測不可能なVRゲームに接続させる、荒々しいまでの魅力がある。 原著のあとがきでは、道徳を共有しない異星人との生存闘争がテーマであることが示唆されている。思えば、この半世紀の中国の歩みをのものが、道徳を粉々にするほどに錯乱的なものであった。その凶暴なカオスを映し出す本書は、まさに今の中国でしか生まれない「文明論としてのSF」なのである。 |
No.109 | 8点 | プロジェクト・ヘイル・メアリー アンディ・ウィアー |
(2022/07/13 22:21登録) 道の生物の影響で太陽に異変が生じたために、急激に氷河期に突入しそうな近未来の地球。人類存続の危機に際して全世界規模での対策が始動するが、宇宙船ヘイル・メアリー号で宇宙へ送り出され、唯一生き残ったのは半ば記憶喪失状態にある一人の男だった。 どう考えても悲惨な状況だが、主人公は前向きなチャレンジ精神とユーモアを失わず、次々と起こる難問を前に、冷静な計算と科学的思考によって解決し、さらなる難問へと立ち向かっていく。 次第に記憶を取り戻しながら、恒星間飛行を続ける主人公は、やがて異星人と最初の接触を果たすことになる。苦労しながら意思の疎通を図るうちに、次第に両者の間には友情のようなものが芽生えていく。一方地球でのプロジェクトは、権力を集中させて強権的に推し進められていくが、指導者はその責任も十分に自覚している様子だ。物語の最後には目頭が熱くなる感動が待っている。 |