糸色女少さんの登録情報 | |
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平均点:6.41点 | 書評数:182件 |
No.142 | 6点 | 悪魔のいる天国 星新一 |
(2023/09/13 22:14登録) ショートショート集だが、タイトルと同名の作品はない。天国のごとき状況にも、ある瞬間に悪夢が入り込むことがある。それは時に異星人であり、時に狂人であり、よく知った身近な人であり、政府の残酷な政策であり、仕込まれた作戦であり、ふとしたアクシデントである。 シニカルな展開には、しばしばニヤリとさせられる。しかし、作品に含まれる毒は、決して世の人を害することなく、むしろ読む者に自省をうながすはずだ。 大人のための小洒落た寓話集でありながら、SF入門書として小中学生にも勧められる。そんな星新一の稀有な作風と改めて向き合うことが出来る一冊である。 |
No.141 | 7点 | プレイヤー・ピアノ カート・ヴォネガット |
(2023/09/13 22:05登録) 工業が徹底的に自動化され、文化的活動も目的の明確さと効率が最優先になった未来のアメリカ。格差は極端になり知識階級と単純労務者と軍人に大別された。知識階級の上位に属する主人公は、いくつかのきっかけにより体制に反旗を翻すのだが。 ヴォネガットの長編デビュー作で、いわゆるデストピア小説に分類できるが、後の作品よりストレートながらヴォネガットらしい特異さが既に読み取れる。社会・文明批判は人間個々に跳ね返ってくるという皮肉と、人間性の肯定も否定も所詮は立場違いの同じ生物によるものだという達観である。人々の愚かな行いへの眼差しに、愛情よりシニカルさが勝っているのが初々しく感じられる。 機械化管理社会という舞台設定は、わかりやすくSF的であるが、本作はSFというより、そうした肯定、否定される、あるいは全く変化しない「アメリカンウェイ」についての小説であるように読める。 |
No.140 | 6点 | 呑み込まれた男 エドワード・ケアリー |
(2023/08/18 21:41登録) 主人公はジュゼッぺ。ピノッキオを創り出したジュゼッペじいさんだ。この物語の成り立ちは少し変わっている。イタリアのトスカーナ州にあるピノッキオ公園を運営する財団から、オブジェを作って欲しいと依頼されたケアリー。 巨大な魚に呑み込まれたジュゼッペは、その腹の中で二年間、たった一人で生きていく。ケアリーならではの奇妙で美しく、ユーモアとペーソスに満ちた語りで描かれる、もう一つのピノッキオ物語。 ジュゼッペの半生、ピノッキオとの関係、自身の父親との関係をめぐる内省、そして命を創り出すとはどういうことか、という問いかけが静かに響いてくる思弁小説だ。 |
No.139 | 5点 | 前夜 森晶麿 |
(2023/08/18 21:32登録) 物語は、稔流が変死体となって発見されるエピソードからスタートする。現場の山荘は密室状態で、死体には猫に嚙まれたような歯型があった。不老不死の姪鬼は、猫に噛まれると死ぬとされているのだが。 子の密室殺人の謎を序章として、本編は時を遡り真斗の視点で比留間兄弟の生い立ちが語られてゆく。兄弟の血統の真実とは、稔流は真斗が信じているように蘇るのか、稔流のあとを継いだ真斗が主演することになった映画は完成するのか。二つの大震災を経てポスト・トゥルースの現在に至る時流を背景に、さまざまな謎が絡み合う異形の青春譚は思いがけない結末を迎える。伏線が十分でないため、やや唐突感はあるが。 |
No.138 | 6点 | 記憶汚染 林譲治 |
(2023/07/23 23:14登録) ユビキタス・コンピューティングによる厳密な認証社会の功罪、歴史認識を巡る対立、テロリズム、時間の観念がない異質な知性を持った人工知能。 社会とテクノロジーを巡る現代的で刺激的なテーマを贅沢に盛り込みつつ、伝奇SF的な大ネタまで挑んで見せた意欲的な作品。 |
No.137 | 5点 | イリヤの空、UFOの夏 その1 秋山瑞人 |
(2023/07/23 23:11登録) ボーイ・ミーツ・ガール、不思議な美少女、不安を抱えつつ繰り返される日常。漫画や小説で、今まで何度となく目にしたことのある設定ではあるが、作者は圧倒的なキャラクター造型と描写力で、この古い設定を新鮮で瑞々しい物語へと仕立て直した。 懐かしく笑えて、そして哀切で痛々しい。二度とは戻らない夏の物語である。 |
No.136 | 8点 | ガラスの顔 フランシス・ハーディング |
(2023/07/01 21:38登録) 舞台はカヴェルナという地下世界。そこに住む人々は表情を持たず、「面」と呼ばれる作られた表情を使い分けているが、身分によって使える「面」の種類は異なっている。主人公のネヴァフェルは、五歳くらいの時に記憶喪失の状態でこの年に現れ、外界から隔絶されたトンネルに住むチーズの匠グランディブルに拾われる。やがて数奇で旺盛な少女に育ったネヴァフェルは、大長官が統治する宮廷の陰謀に巻き込まれてゆく。 とにかく、細部に至るまで精巧に作り込まれた地下世界の存在感が圧倒的だ。迷宮のように拡がるトンネルに、幻を見せるチーズ、記者を消したり甦らせたりするワイン、恐ろしい審問所、華麗でありながら平然と暗殺が横行する剣呑な宮廷晩餐会など暗鬱な妖しさが溢れる世界観は、マーヴィン・ピークの「ゴーメンガースト」を想起させる。 そんな舞台でネヴァフェルは、十重二十重の危機と陰謀の渦中を潜り抜け、ついにはカヴェルナの真実に辿り着く。クライマックスの盛り上がりと、特殊設定ミステリとしての伏線回収の見事さは、溜め息が出るほどである。 |
No.135 | 6点 | 百万のマルコ 柳広司 |
(2023/07/01 21:27登録) 舞台は十三世紀末のジェノヴァの牢獄。無実の罪である戦争捕虜として、五年前から囚われている若者を中心とした五人の囚人たちがいた。いつまで拘束されるか分からない絶望を抱え、退屈で劣悪な環境の中にいた彼らの前に現れた新入りがマルコ・ポーロ。 冒頭から繰り広げられるのは、活き活きとしたマルコの語りによる「東方見聞録」の世界。大ハーン・フビライの指令によって辺境を訪ね歩き、命懸けの冒険によって財宝を持ち帰る武勇伝の数々に血沸き肉躍る。 シリアスな話があれば、ユーモアあふれる話もある。人間の理性も感情も切れ味鋭く描ききる。この作品には、読む者の人生を、そしてこの世の価値観を変えてしまう力がある。 |
No.134 | 5点 | 妻の帝国 佐藤哲也 |
(2023/06/05 22:34登録) ある日、人々のもとに「最高指導者」から指令の書かれた手紙が届きはじめる。人々はその手紙を読んだとたん、民衆感覚に目覚め直観による民衆独裁国家を成立させるための行動を始める。 「民衆の意志」と称するものが暴走する恐ろしさを、私たちはすでに二十世紀の歴史から学んでいる。本書は、我々の社会にも隠されているそんな危うさを、シニカルで冷徹な筆致によって描いた寓話である。 |
No.133 | 6点 | 忘却の船に流れは光 田中啓文 |
(2023/06/05 22:29登録) 日本神話、キリスト教、密教など様々な宗教をごった煮にしたような世界観に、凄惨な殺戮や汚物の描写といった、聖俗のないまぜになった世界はまさに作者ならでは。 それだけではなく、奇怪な閉鎖空間を巡る壮大な謎を描いた堂々たる骨格の本格SFであるのがうれしい。 |
No.132 | 5点 | シャングリ・ラ 池上永一 |
(2023/05/10 22:44登録) ブーメランを操る美少女、驚異の戦闘力を持つ美貌のニューハーフ、十二単に身を包み牛舎に乗る少女、感情のない殺人マシーンと化した女医などなど、漫画のキャラのような過剰性を帯びた登場人物たちが全編にわたって縦横無尽に暴れまわる物語はコミカルにして過激。 破天荒なファンタジーで知られる作家だが、本書では初めて東京という都市を舞台に魔術的な長編小説を構築している。しかも、司祭的な物語の中で作者は、これまでの近未来小説が避けてきた東京の秘められたタブーに切り込んでいる。 |
No.131 | 5点 | 神様のパズル 機本伸司 |
(2023/05/10 22:36登録) 物語は、天才少女が劣等生に説明する形で、宇宙論や量子論についての議論が繰り返されていく。議論の果てに辿り着くのは、人間の生きる意味という哲学的で普遍的な問題。しかし、この作品は決して難解な小説ではない。本書は一方ではまた、ヤングアダルト風の生き生きとしたキャラクターの魅力で一気に読めるエンターテインメントでもあるのだ。 「宇宙の作り方」という壮大なテーマを真正面から、しかもポップな学園SFとして描いた異色の本格ハードSFなのである。 |
No.130 | 7点 | 海を見る人 小林泰三 |
(2023/04/14 22:22登録) 場所によって時間の進行の異なる世界での悲しい恋の物語を描き、SFマガジン読者賞を受賞した表題作を中心とする短編集。 いずれも、物語は表面上のストーリーと舞台となる世界の構造が見えてくる過程との二重構造になっていて、一見奇妙に見える世界の裏にも物理的に確かな論理が隠されている。物語の過程で主人公は大切な何かを失い、それと引き換えに世界の像を手に入れる。世界を知った歓びと喪失感とがないまぜになった読後感はほろ苦い。 |
No.129 | 6点 | アンドロメダ病原体ー変異ー ダニエル・H・ウィルソン |
(2023/04/14 22:16登録) 前作の内容を実在の報告書として作品にとりこみ、あの事件の50年後に再び発生した第二次アンドロメダ事件のレポートという体裁をとっている。 今回、アンドロメダ因子に襲われるのはアマゾンの密林。永遠の不寝番と呼ばれる世界的な監視網が異変を察知し、ワイルドファイア警報が発令されるまでの導入は抜群の牽引力を誇る。 手に汗握るサスペンス調の前半に対し、後半は一転、壮大なスケールの本格SFに変貌する。前作の謎解きから考えれば当然の帰結とはいえ、これほど構えの大きなSFになるとは驚き。 |
No.128 | 5点 | ハイドゥナン 藤崎慎吾 |
(2023/03/20 22:41登録) テレパシー、与那国海底遺跡、祈りのネットワーク、神との交信などニューエイジ本と見まごうばかりの描写が出てきて、物語はトンデモと科学の間の実に微妙なところでバランスを取りながら突き進み、それまでの提示された数々のテーマが一つの理論として収束し、圧倒的なクライマックスへと到達する。超常現象を科学的に説明する作中の理屈に納得できるか意見が分かれるところだろうが、圧倒的なヴィジョンで読者をねじ伏せる力技は見事。 |
No.127 | 7点 | イリーガル・エイリアン ロバート・J・ソウヤー |
(2023/03/20 22:22登録) 順調に進んでいたエイリアンとのファーストコンタクトでとんでもない事件が起きた。エイリアンの滞在する施設で交渉に当たっていた地球人が殺されたのだ。 エイリアンが殺人事件の容疑で裁かれるという酒席の与太話のようなアイデアを、あくまでまじめにやった時点で勝利は半ば約束されたようなもの。更にファーストコンタクトの丁寧な描写、リアルな法廷ものとしての雰囲気、伏線をきちんと処理するミステリとしての鮮やかさ、そしてSFとしてのロジカルな大法螺と、個々の要素までしっかりとしている。SFとミステリ双方のファンに安心しておすすめできる。 |
No.126 | 7点 | 永遠の森 菅浩江 |
(2023/02/19 23:00登録) 衛星軌道上に浮かぶ巨大博物館(アフロディーテ)は、学芸員がコンピューターと直接接続し、極めて高い分析精度を誇る。本書は、総合管轄部署に属する田代孝弘の目を通して学芸員たちの活躍を描いた連作短編集である。 各編とも、捻りの利いたオチや展開が楽しめる。また最後の第九話では、前八話で隠されていた事実が浮かび上がる。その伏線が緊密に張られているのも魅力の一つ。 しかしこれらの意外性が、芸術の繊細さを示すために用意されたことを忘れてはならない。リリカルな文章も作品の趣旨にマッチしている。何とも瀟洒な一冊なのである。 |
No.125 | 8点 | グラン・ヴァカンス 廃園の天使Ⅰ 飛浩隆 |
(2023/02/19 22:55登録) AIたちが暮らすバーチャルな夏のリゾート地。人間が来なくなって千年、AIたちは変わらぬ夏の日を平和に過ごしていた。だがある日地獄が訪れた。どこからともなく「蜘蛛」が現れ、町を破壊し、AIたちを残酷に殺戮し始める。 本書では、官能的で残酷な描写、苦痛と快楽を極めた徹底してサディスティックな描写が、くっきりとした透明感をもって続く。そうして作られた「何か」が天使と戦うのに必要と示唆される。ヴァーチャルな世界での生理的感覚や感情は、実はリアル世界のものと本質的に変わりないのかも知れない。本書はそれを実体験しているかのような圧倒的な「場」の雰囲気に満ちた作品である。 |
No.124 | 6点 | 最果ての銀河船団 ヴァーナー・ヴィンジ |
(2023/01/29 22:20登録) 二百五十年のうち三十五年間だけ光を放つオンオフ星。その星の調査に赴いた二つの人類系文明の船団は、星をまわる惑星上の蜘蛛に似た種族との交易権をめぐり対立、ついに本格的な宇宙戦を始める。 物語は、生き残りと相手文明のだし抜きに奔走する人類文明同士の知恵比べのパートと、一人の天才を中心に蜘蛛族の文明の発展を追うパートの二つからなる。双方に共通するのが魅力的なキャラクター同士の知力をふりしぼった駆け引き。この駆け引きの妙が本書最大の売りとなる。設定の派手さはないが、痛快な宇宙SFであることには間違いない。 |
No.123 | 5点 | まほろばの王たち 仁木英之 |
(2023/01/29 22:12登録) 験者を束ねる賀茂大蔵は、大化の改新を呪術でサポートし、朝廷の信任を得る。だが弟子の広足は、妖を無残に殺す大蔵に嫌悪感を抱くようになっていた。やがて広足は、大蔵を救った小角に仕えることになる。朝廷は、支配権を広げるため道路建設を始め、その工事に中央にあらがっていた山の民動員する。やがて都には人を喰う鬼が、山には土着の神を殺す神喰いが出没。小角は、相手が妖を送り込んできたと考え疑心暗鬼に陥った都の民と山の民の仲を取り持つため奔走する。 事件の発端となる道路は、開発か自然保護か、中央集権化か地方分権か、という現代にも通じる社会問題を浮かび上がらせていくので、テーマは重厚だ。小角は、信じる神やベースとなる文化が異なる人々が共存できる方法を模索するが、この展開は排外主義を強める現代日本への批判のように思えた。 |