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ミステリの祭典

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猫サーカスさんの登録情報
平均点:6.19点 書評数:405件

プロフィール| 書評

No.305 6点 この世の春
宮部みゆき
(2021/12/24 19:01登録)
著者の時代小説では、当時の人々が呪いや祟りに極めて敏感だったことがわかる。そして怪異な現象を綴るだけでなく、それが元々は人の心の闇から生まれる由縁を描くことに力を注いできた。本書の重要なキーワードも「呪い」で、権力争いなどから生じた呪いをはき出す闇の深さに愕然とさせられる。明らかになっていく呪いの犠牲者たちの事件は、現代の精神病質に基づく残忍な犯罪に通じる面もあり、その時代を超えた意味合いを持つ。一方、闇を晴らす光を描く筆にも説得力が宿る。重興の内面に隠された暗雲に立ち向かう多紀らの良心が確かなものであるからだ。なかでも火傷を顔に残した不幸な生い立ちを持つ幼い女中お鈴の純真な心は、欲得にまみれた闇の世界に対抗する力を表現しているように思えた。


No.304 8点 64(ロクヨン)
横山秀夫
(2021/12/12 18:24登録)
D県警警務部の広報官、三上義信警視は元捜査二課に所属する、辣腕の刑事だった。それが人事抗争の余波で刑事畑をはずされ、広報官に回されたことで、内心鬱々たるものがある。しかも一人娘、あゆみが家出して行方不明、という悩みを抱えている。こうした状況のもとで、三上はしたたかな記者クラブを相手に、交通事故を起こした妊婦の匿名問題や、警視庁長官の緊急視察問題を巡り、体を張って対峙する。長官視察には、14年前に発生した未解決事件、「ロクヨン」と符丁で呼ばれる少女誘拐事件が関わっている。作者はデビュー以来、犯罪捜査を主体とする従来の警察小説に、斬新な視点を持ち込んできた。本書もまた、記者クラブと警察広報のせめぎ合いを、臨場感あふれる迫力で描き出し、あますところがない。加えて、キャリアと地方警察官の対立、刑事部と警務部のすさまじい軋轢など、さまざまなコンフリクトが同時進行で絡み合う。終盤の、新たな誘拐事件の追跡劇は、圧倒的なスピード感をもって展開され、息を継ぐいとまもない。やや強引な結末も、その熱気の余韻によって、十分なカタルシスとなる。


No.303 7点 湖畔荘
ケイト・モートン
(2021/12/12 18:24登録)
複雑な時間軸を行き来するのがモートン流だが、本作のストーリーラインは三つ、三人の女性が視点人物となる。一つ目は、一九三三年、コーンウォールの湖畔の別荘でパーティの晩に起きた乳児失踪事件をめぐるパート。二つ目は、二〇〇三年、ある幼児の置き去り事件にからみ、現場から干されたロンドン警視庁刑事やセイディを中心とする物語。そして三つ目は、二十世紀初頭、若いエリナの目線で、第一次大戦や財政難をくぐり抜けたエダヴェイン家の様子が語られる。物語の背景を準備し、謎を仕込み、七十年後に一気に展開させる。三人はそれぞれの過去と向き合うことになるが、各々に思い込みはあり、叙述のすべては信用できないかもしれない。三つの物語は謎解きの意外な二転三転を経て、巧緻かつ鮮やかに結ばれていく。歴史小説としても、一族のサーガとしても秀逸なゴシックミステリである。


No.302 6点 アニーはどこにいった
C・J・チューダー
(2021/11/29 19:05登録)
かつて炭鉱で栄えていた故郷の町に戻り、学校教師を勤め始めた男ジョーが主人公。彼が子供の頃、妹アニーが行方不明になるという事件があり、最近になって「同じことが起きようとしている」という怪しい文面のメールを受け取った。一体アニーの身に何が起きたのか、これから何が起こるのか。過去と現在が交互に語られ、次第に恐怖とサスペンスが盛り上がっていくという、いわば王道スタイルによるホラーミステリで、悪ガキたちによる廃坑探検など、キングの名作を思い起こさせる場面もある。しかしあらすじだけではわからない良さを感じるのは、人物の細やかな感情が伝わってくる筆致にあるのかもしれない。意外な真相が最後にしっかり待ち構えているあたりも含め読み応えがある。


No.301 9点 天使のナイフ
薬丸岳
(2021/11/29 19:05登録)
カフェ店の店長である桧山は、刑事の訪問を受ける。刑事は四年前、妻の祥子が殺された時の担当だった。犯人は十三歳の少年三人で、十四歳未満のために刑事責任は問われず、そのうちの二人は林間学校の合宿程度の拘束しか与えられない児童自立支援施設への送致だった。人一人殺して、その程度なのか。何よりも見事なのは、テーマである少年法を多角的に捉えていることだろう。厳罰にすべきなのか、それとも子供の人権を守り、更生に期待を寄せるのか。そんな厳罰派と保護派との相克を、桧山がつぶさに検証する。本書の最大の魅力は、この倫理の煉獄ともいうべき境地が、関係者たちの隠された肖像とあいまって一段と深まることだろう。決して理想に走らず、かといって総花的にもならずに主題を追求する。ストーリー展開は二転三転し、終盤はどんでん返しの連続。まさにミステリ的興奮がみなぎっている。伏線の張り方は周到で、人物像にも陰影がある。デビュー作とは思えないほど目配りがよく、細部が充実している。


No.300 6点 鉄槌
高田侑
(2021/11/17 18:13登録)
母と子の凄まじい愛憎が絡んだサスペンス。ある日、洋介のもとに兄の大輔から「父が倒れた」という知らせが入った。病院に着いた時、既に父親は死亡していた。姉を含む三人兄弟の母親春子は、二十年前に失踪したまま音信不通。居場所に探し当てた大輔は、記憶とはかけ離れた年老いた女を見つけた。やがてその母は愛人らしき男とともに、まるで鬼婆のごとく、兄弟を苦しめていく。大輔が妖艶なうなぎ屋の女将に惑わされるさまが冒頭に描かれているなど、全編にわたって独特の色気と笑いにあふれている。官能とブラックユーモアに満ちた兄弟それぞれの奇矯な日常に目を離せなくなる。後半から恐怖の展開が強まり、登場人物たちの表裏や、それぞれの身から出たさびのようなトラブルがますます深い混迷と悪夢を呼び込んでいく。実に刺激の強い一冊。


No.299 5点 1gの巨人
大山尚利
(2021/11/17 18:13登録)
全編にわたり不安な感情を喚起させられるミステリ。ある時「私」と妻のみどりは、川にかかった橋の中央で欄干を乗り越え立っている男に気が付いた。飛び降り自殺を心配し話しかけたところ、男は歩道に戻った。2メートル以上はあるかという大男だった。ところが、その翌日、大男がみどりの勤務先に現れ、命を助けてもらったお礼に「なんでも言いつけてください」という。男は自分のことをガリバーと名乗った。やがて「私」の周囲で異常な出来事が起こっていく。飼い猫の死にはじまる夫婦のあいだの微妙な空気、一晩で書き上げた詩集が大当たりした先輩の傲慢さに耐える姿など、語り手の日常が冒頭から生々しく描かれている。悩みだらけの「私」の立場が他人事でなくなるのだ。そのためか正体不明のガリバーの存在がますます不気味な怪物に見えてくる。心理サスペンス好きな方には一読の価値ありです。


No.298 6点 琥珀の夏
辻村深月
(2021/11/05 18:49登録)
大人になる途中で私たちが取りこぼし、忘れてしまったものはどうなるのだろう。大切に思っていた友達もいつの間にか疎遠になって。この作品は、大人になるまでに忘れてしまった友情の行く末を描いている。ある事件を機に現在は「カルト的」と批判される団体「ミライの学校」の跡地から、子供の白骨死体が見つかった。自主性を育てるため、「問答」などの教育プログラムで思考を言葉に代え、親元を離れて共同生活を送った子供たち。小学生の時、その地で開かれた夏合宿に数回参加した経験がある弁護士の法子は、死体がかつての友人、ミカのものではないかとの疑念を抱き始める。物語は小学生のミカとノリコ、そして40代の法子の視点などが交錯しながら進む。主たるテーマは「幼い頃の記憶」。白骨死体が行方知れずの孫ではないかと案じる依頼人の代わりに、法子は弁護士として「ミライの学校」の東京事務所に向かう。交渉を重ねるうち、彼女は思いも寄らない真相に辿り着く。琥珀のように美しく結晶化していた思い出とのギャップに傷つく法子。それでも再び関係を結ぼうと奔走する。「無意識の傲慢さが原因で断絶が生まれ、交わらないまま終わる小説もたくさん書いてきたが、今回は相手へもう一度誠実に手を伸ばす場面を描きたいと思った」と作者は言う。クライマックスに、心が揺さぶられる作品。


No.297 5点 黒野葉月は鳥籠で眠らない
織守きょうや
(2021/11/05 18:49登録)
登場人物が巻き込まれる非日常的な問題を法律によって解決しようとするリーガルミステリ。リーガルミステリというと、法廷を舞台に、弁護士や検察官が丁々発止のやり取りを繰り広げる光景を想像するかもしれない。本作の主人公も弁護士だが、舞台は法廷ではない。それでも、起訴を取り下げさせようと奔走する姿などに接すると、紛れもないリーガルミステリだと感じる。本作は、物語のために法律が存在しているし、その中心には魅力的な登場人物がいる。法律の抜け道を探す悪党は登場せず、幸せになってほしいと応援したくなる人物ばかり。法律の面白さを再認識させてくれる作品。


No.296 6点 カード師
中村文則
(2021/10/23 18:26登録)
理不尽な運命にどう向き合うのかを読者に問いかけている作品。主人公は、信じてもいない占いをなりわいとし、違法なポーカー賭博のディーラーも務める「僕」。正体不明の組織から「占い狂」の会社社長・佐藤の専属占い師になるように命じられ、これまで何人もの占い師が「失敗」して殺されたと明らかになる。追い詰められた「僕」が知ることになる佐藤の過去と末路とは。未来は誰にも分からない。選択の葛藤と結果の悲喜こもごもが、カードをめくるかどうかに集約される。佐藤が異様なほど占いに固執するのには、この国を襲った数々の災厄が濃い影を落としている。「古来、人は先のことさえわかれば悲劇を避けられたのにという願いをずっと待っていた」。それは「占いが人類史上、敗北し続けている」ことを意味する。1970年代にオカルトブームが到来した時代の流れとも、物語は響き合う。作品には現代の空気感もにじみ出ている。自分の考えを一時的に放棄し、他の誰かに、何かに決めてもらうことを望むから、占いというものがあるのだろう。それでも結末には、そこはかとなく希望の光がともる。未来のことは分からない。だからこそ、絶望することも出来ない。


No.295 8点 父を撃った12の銃弾
ハンナ・ティンティ
(2021/10/23 18:26登録)
10代の少女とその父の、過去と現在を綴った作品。父ホーリーと2人で、米国各地を転々として暮らしていたルーは、亡き母の故郷に腰を落ち着けて住むことになった。父は定職に就き、彼女は地元の学校へ通うことに。家族にはルーの知らない過去があった。父の体に残る数々の銃撃の傷痕は何がもたらしたのか。母はどのように亡くなったのか。そんな過去の因縁は、決して消え去ったわけではなかった。ルーの成長を描く現在と、ホーリーが銃で撃たれた過去のエピソードが交互に語られる。ルーの物語は、いじめや恋愛を経て、やがて彼女の知らない母リリーへと向かう。ホーリーの物語は、無駄を省いたシンプルな犯罪小説として読ませる。こちらもまた、リリーとの出会いと死別へと進む。焦点となるリリーへの、父と娘それぞれの思いが響き合い、力強いラストへと着地する。物語を支えるのは雄大にして危険な自然と、印象深い登場人物たち。運命に流されず、何かをつかみ取ろうと抗う姿を描いた力強い小説だ。


No.294 5点 図地反転
曽根圭介
(2021/10/13 18:45登録)
己の目で見たものは間違いない、と誰しも思っている。だが、見た目や先入観に惑わされる人は多い。ましてや、自分の記憶さえ、後になって都合よく改竄してしまう場合があるという。そんな人間心理の複雑なあやを扱った犯罪サスペンス。新米刑事の一杉研志は、幼児殺害事件捜査の応援で隣の署へまわされた。約二カ月たっても進展が見られなかったとき、ある目撃証言により犯人らしき男が特定された。だが前歴や言動などからも有力な容疑者とされたものの、決め手に欠けていた。実は研志は、子供の頃に妹を同じような事件で失っていた。犯人は逮捕され刑に服したが、一方で冤罪の可能性があったという。単なる犯人捜しではなく、現在と過去の犯罪を追うことによって見える真実を暴き出そうという物語。個人ばかりか、組織全体が見誤ることは、これまでも多くあったことだ。その過程を具体的に描き出すことで、奥底にある心理をあぶりだし、ドラマを劇的なものにしている。


No.293 5点 疑心
今野敏
(2021/10/13 18:45登録)
警察上層部の対立や人質事件の現場指揮といった模様が描かれていたこれまでの話とは大きく異なり、意外な題材が盛り込まれている。主人公は、かつて出会ったことのない「敵」に遭遇することになる。大森署署長の竜崎は、米国大統領訪日に際して、方面警備本部長をに抜擢された。厳戒な警備の準備に追われていた時、補佐役として配属されたのは、美貌の女性キャリア畠山美奈子。だが、堅物を絵に描いたような男である竜崎は、こともあろうに常に畠山の存在が気になるようになってしまった。そこへ米国からやってきたシークレットサービスのハックマンが強引とも思える要求を突き付けてきた。大掛かりな警備の遂行と米国大統領を狙うテロリストとの攻防よりむしろ、さまざまな内側の困難に対して竜崎がいかに職務をこなしていくのか、その行方から目が離せないストーリー。なにしろ、これまで徹底した合理主義者だった男が、理性の力ではどうしようもない自身の揺れる恋心に悩まされ続ける。家族や職場の問題も、いつもの流儀では対応が難しいことばかり。まさかこんな展開の警察サスペンスになるとは予想外だった。


No.292 5点 イタリアン・シューズ
ヘニング・マンケル
(2021/09/30 18:45登録)
マンケルといえば刑事ヴァランダー・シリーズが有名だが、本書はミステリ色の薄い独立した作品となっている。物語はヴェリーンの一人称で進行するが、何より目につくのがこの男の性格だ。あまり好感の持てる人間じゃないのである。他人の荷物をあさる、手紙を勝手に読む、会話を盗み聞きするのは常習。自意識が強く、己のプライドを守るためなら平然と嘘をつく。自分に正直といえば聞こえはいいが、なにぶん感情が複雑で傷つきやすく、急に感情を噴出させたかと思えば、すぐに自己嫌悪したり、理解できない行動に出たりする。とにかく孤立しやすい気質なのだ。そんな彼のエゴの塊ともいえる孤島の住処に、37年前に捨てた恋人が現れたことで無味乾燥とした生活は一変、引きこもって空費した時間ならびに背けてきた現実を受け止めざるを得ない状況に陥っていく。だから穏やかな話では全くない。むしろ様々な悔悟や警句に満ちた悲喜こもごもの激動の旅なのである。老人が主役ではあるけれど、男女問わず幅広い年齢層に味わい深い感慨と省察をもたらしてくれるだろう。


No.291 6点 ラガド 煉獄の教室
両角長彦
(2021/09/30 18:45登録)
第13回日本ミステリー文学大賞新人賞の受賞作。地下講堂で警察官らによる事件の取り調べが密かに行われた。ある中学校の教室がそこに「再現」され、ゼッケンをつけた生徒役が席に並ぶ。これは教室で起きた無差別殺傷事件の「再現」だった。酒に酔った中年男が侵入し、生徒を刺殺したのだ。だが単純に思えた事件も、検証を重ねる過程で全く別の様相を見せ始め、二転三転していった。各ページの余白にクラス全員の配置と行動が分かるように図で示されている。まるでボードゲームのようだが、その見せ方が極めて斬新で分かりやすい。さらに事件の背後に隠された大胆な謎とその真相をラストで明確に見せる効果を果たしている。


No.290 6点 虎と月
柳広司
(2021/09/21 19:13登録)
中島敦氏の名作「山月記」を題材にした異色ミステリ。父は虎になった。幼い頃から、そう聞かされて育った十四歳の「ぼく」は、父がなぜ虎になったのか、その真相を突き止めるための旅に出ることにした。やがて「ぼく」は、目的地の村で遭遇した出来事を経て、父が詠んだという一編の漢詩の謎に迫る。恐らく高校時代の教科書で「山月記」を読んだという人は多いでしょう。中国の説話を元にしたこの作品をさらに作者は、李徴の息子を主人公にして書き直した。唐の時代の歴史的な背景をそのまま生かしつつ、子供の語りを導入することにより、ミステリとしての謎、ひねり、そしてユーモアまでも効果的に盛り込んでいる。若者向けに書かれた平明な現代文で読む「新・山月記」として、大人の読者もぜひ手に取ってほしい。


No.289 7点 ホット・キッド
エルモア・レナード
(2021/09/21 19:05登録)
映画「俺たちに明日はない」のボニーとクラウド、「明日に向かって撃て!」のブッチとサンダースを彷彿とさせる登場人物たちが、実にいい味を出している。禁酒時代のアウトローたちは不思議と魅力だ。元海兵隊員の父親をもつカール・ウェブスターが初めて人を射殺したのは十五歳の時。牛泥棒を二百メートルの距離から撃ち殺したのだった。その後カールは連邦執行官補となり、早撃ちとして有名になる。彼が土壇場で犯人に警告する台詞は「おれが銃を抜くことになったら、必ず撃ち殺す」。その言葉通り、犯人が引き金を引いた時には、既にカールの銃は発射されている。名声に溺れることなく、淡々と職務を果たしていくカールに絡むのが、富豪の息子で性根の腐った悪党ジャック、カールの仕事ぶりを熱心に取材する記者、肝っ玉の据わった赤毛の美女ルーリー。銀行強盗が日常茶飯事でジャズが流行した禁酒法時代の雰囲気を満喫しつつ、正義と悪の戦いをたっぷり堪能できる。


No.288 6点 明日の雨は。
伊岡瞬
(2021/09/11 18:41登録)
教師が主人公の連作ミステリで、第一話「ミスファイア」は、第63回日本推理作家協会賞短編部門のノミネート作。森島巧は公立小学校の音楽講師。それまで担当だった女性教諭が産休することになり、森島が臨時で入ったのだ。ところが、職員室に乗り込んで教師を糾弾する親にはじまり、陰湿ないじめ、生徒や教師の個人的な悩みなど、次々にトラブルが発生していく。あらすじから、近年の小学校における深刻な問題をテーマにした作品集とわかるが、決してそれだけではない。腰掛け教員として中途半端な姿勢で取り組むにはあまりにも過酷な教育の現場。そこへ23歳の森島が悩みつつ臨む。その葛藤ぶりや成長していく姿に痛く心を打たれる。子供たちに近い視点で教室がとらえられており、生徒や教員の描き方も巧み。


No.287 6点 ブギウギ
坂東眞砂子
(2021/09/11 18:31登録)
溺死したネッツバント艦長は、果たして自殺か他殺か。さまざまな思惑を隠しているらしい軍人たち、ドイツ軍将校との情交に溺れるリツ、そしてリツが働く温泉宿・大黒屋の女将、事件に関わった人物たちの運命は、日本の敗戦によって大きく変わることになる。多彩な登場人物を鮮やかに造形する描写力は当然としても、フィルムの行方をめぐって終盤までもつれにもつれるストーリーの構成は見事。もちろん謎解きの面白さだけに頼った作品ではなく、時代の波に翻弄されながらも、臨機応変にたくましく生きる女性たちの強さが、物語の通底音になっているのにも注目したい。近代日本の歴史の中で最大の転換点であった昭和20年が事件の背景として選ばれているのは、その点を際立たせるための作者の周到な仕掛けに他ならない。


No.286 6点 撃てない警官
安東能明
(2021/09/02 18:28登録)
第63回日本推理作家協会賞短編部門受賞作「随監」を含む連作集。主人公柴崎は、本庁の総務部企画課に籍を置く警部。だが、あるとき部下が拳銃自殺し、その責任をとらねばならなくなった。そもそも拳銃を射撃訓練の許可を出したのは上司の中田課長だったが、中田はそんな電話をした覚えはないという。これは仕組まれた陰謀なのか。単に事件捜査の行方を追うだけではなく、描かれているのは警察内の出世競争、上司、同僚、部下との複雑な関係など、一般の企業でも見られる人間模様の醜い一面。警察ミステリの妙に加え、連作集としての展開にも目が離せない。エリートコースから脱落したという屈託を抱える柴崎の感情と行動があまりにも生々しい。「随監」は、あるコンビニで起きた傷害事件をめぐる物語。事件を扱ったのが地元交番の巡査部長だった。その広松というふてぶてしい態度の警官が極めてユニークなキャラクターなのである。リアルな警官たちの姿がこの一冊に詰め込まれている。

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