home

ミステリの祭典

login
猫サーカスさんの登録情報
平均点:6.19点 書評数:415件

プロフィール| 書評

No.315 8点 一の悲劇
法月綸太郎
(2022/03/15 18:13登録)
山倉家に突然入った長男誘拐の知らせ。しかし実際に連れ去られたのは近所に住む富沢家の息子。犯人は子供を取り違えたのか。山倉家の父親は身代金の受け渡しに赴くが失敗、少年は遺体で発見されてしまう。やがて容疑者が浮上するものの、その人物には強固なアリバイが。事故当日は、作家の法月綸太郎と一緒にいたというのだ。作者と同名の探偵作家が活躍するシリーズの一冊。探偵は脇役にまわり渦中の父親の視点で話が進むため、全編に緊張感がみなぎっている。そして後半は二転三転の怒涛の展開。穴のないロジックもさすがだが、家族のドラマが重層的に描かれている点もこの作品の磁力。巧みに欺かれ続けた揚げ句の真相に呆然とした後、ラスト一行の子供の一言にグッとくる。惹句は「めくるめく、どんでん返し!」「どんなに身構えても、あなたはきっと騙される」。この文句に嘘偽りなし。


No.314 6点 泳ぐ者
青山文平
(2022/02/28 18:49登録)
扱う事件は、離縁して三年半たつのに、なぜ女は前の夫を刺したのかという謎Aと、毎日決まった時刻に大川を泳ぐ男がいるが、それは何のためなのかという謎Bの二つ。謎Bからはさらに、不敵な笑みをもらして男が殺されるという謎Cも浮上し、一段と奥が深くなる。Aを探ると思いがけない家族のありようが、Bを追うと過去にさかのぼる凄惨な大量殺人事件が浮かび上がり、おのずとCの意味が見えてくるという仕掛けで、実に緊密に作られていて驚く。深い罪と悔恨という主題が、Aの後日談とともに片岡直人の苦い自己発見へとつながるのもいい。いささか謎解きに終始していて小説としての厚みがもう一つのところもあるのだが。


No.313 6点 行動審理捜査官・楯岡絵麻VSミステリー作家・佐藤青南
佐藤青南
(2022/02/28 18:49登録)
相手のしぐさから嘘を見破る「行動審理捜査官」楯岡絵麻ものの9作目。テレビ化もされている人気シリーズで、今回の敵は作家の佐藤青南。佐藤はオンラインサロンを主宰していて、その会員たちがアンチを狙って殺人を犯した事件を、楯岡たちが追求する。行動心理学を得意とする作家と捜査官の虚々実々の駆け引きが終盤展開される。細かいしぐさが何をあらわすのか、どんな意味があるのかを絶えず見極めて切り込んでいく対決が読ませる。悪乗りの部分もあるが、小説を取り巻く環境を皮肉たっぷり描いているのも興味をそそる。


No.312 7点 狩人の悪夢
有栖川有栖
(2022/02/14 18:30登録)
アリスはホラー作家の白布施に誘われ、京都府亀岡市にある白布施の家を訪ねる。翌日、白布施のアシスタントで急死した渡瀬が住んでいた家で、首に矢が刺さり右手首が切断された女の死体が見つかる。現場には、犯人のものらしき血の手形も残されていた。論理性を重視する本格ミステリでは、警察の介入を排し名探偵が活躍しやすい環境を整えるため、絶海の孤島や吹雪の山荘が物語の舞台に選ばれることがある。落雷による倒木で道が寸断され、容疑者が現場近くにいた六人に限られる本書も、このパターンを踏襲しているように思える。ところが火村による謎解きが始まると、本格ミステリのお約束に見えた倒木が実は事件解決の重要な鍵だったと明かされるので衝撃が大きい。それだけではなく、なぜ被害者の手は切断されたのか、犯人が現場に手形を残した目的は、といった不可解な要素を合理的に説明することで、容疑者の中から犯人になり得ない人物を除外していき、唯一絶対の真相を導き出しすプロセスは、数学の証明問題のような美しさがある。


No.311 8点 魔眼の匣の殺人
今村昌弘
(2022/02/14 18:30登録)
必ず的中する予言を相手に廻して闘う名探偵の物語。剣崎比留子と葉村譲は、かつて超能力の研究が行われていた施設を訪れた。そこに住む老女は、あと二日のうちにこの地で四人死ぬと告げる。外界から孤立した施設に足止めされた十一人のうち、誰が命を落とすのか。本書には百発百中の予言をする老女のほか、絵を描くことで近い未来を予知できる人物も登場する。比留子は予言の成就を食い止めるためにある手を打つが、果たしてそれは有効なのか。連続死を阻止できなければ名探偵とはいえないだろうし、かといって簡単に阻止できるならば畏れに足るほどの予言ではない。この作劇上のジレンマに作者がどのような決着を与えるかが読みどころ。その決着に先立ち、比留子は譲に、これはミステリの解決編ではなく、自分と犯人との人生を懸けた死闘だと宣言する。事件に一応の決着がついたあとの伏線回収も見事で、謎解きの論理性においては前作を上回ったのではないか。


No.310 6点 見知らぬ人
エリー・グリフィス
(2022/02/03 18:48登録)
ゴシック風の怪奇小説が作中作として挿入され、その小説を模したような殺人が起きる。ゴシックホラー風の趣向は確かにあるものの、あくまでも物語を支える脇役。本書の小説としての面白さを作り上げているのは、主人公とその娘、そして事件を捜査する刑事の、それぞれの視点からの語りである。母と娘、お互いに知っているつもりで知らないこと。刑事が見た母娘の印象。母娘から見た刑事の姿。視点を変えて同じ出来事を語るので、決して展開はスピーディーではないけれど、三者それぞれのキャラクターと語りの妙で読ませる。主人公が英語教師で、英語圏の文学への言及も多く、小説好きを引きつける仕掛けがあちこちに施されている。ミステリとしてはもちろん、現代の英国を描いた小説として楽しめる一冊。


No.309 6点 傍聞き(かたえぎき)
長岡弘樹
(2022/01/22 18:33登録)
「傍聞き」とは「どうしても信じさせたい情報は、別の人に喋って、それを聞かせるのがコツ」ということだそうだ。あまり聞き慣れない言葉かもしれないが、なるほどと思う。小学生の娘と二人暮らしの女性刑事に、留置中の容疑者の男が話したいことがあると伝えてくる。男はかつて彼女が逮捕した男だった。出所して間もないのに、もう別の事件で捕まったのだ。だが面会に行っても、男はなかなか話そうとしない。ことによると、彼女を逆恨みしてお礼参りでも計画しているのか。男が取り調べを受けているのは、彼女の近所に住む独居老人宅への窃盗容疑だった。もしも男が本当に狙っているのは娘だったとしたら...。ごく短い小説であるにもかかわらず、一切の無駄を排した隅々まで伏線が張られた精密な作りは、あらすじとして簡潔にまとめられることを強力に拒んでいる。じわじわとサスペンスが高まっていった果てに、思いがけぬ真相が明らかにされた時、ミステリならではの見事に騙されたという快感とともに、しみじみとした感動がやってくるだろう。他の3編も、淡々とした筆致、サスペンスフルな展開、意外な結末、そして人間味あふれる余韻とを兼ね備えた作品が揃う。


No.308 8点 第八の探偵
アレックス・パヴェージ
(2022/01/06 19:24登録)
物語の中に別の物語を登場させる、いわゆる作中作を用いたミステリはいくつも存在するが、この作品は七つも駆使しており凝りに凝っている。主要登場人物は、地中海の小島に穏棲する元教授のグラントと彼を訪ねてきた女性編集者のジュリアの二人。かつてグラントは一九三〇年代に、殺人ミステリを数学的に定義する論文「探偵小説の順列」を発表。それを元に短編集「ホワイトの殺人事件集」を少部数の私家版として出版したが、その後表舞台から退いてしまう。この書籍の復刊を持ち掛けるジュリアは、グラントの前で収録された七つの短編を一つ一つ読み上げ、物語の疑問点を洗い出し、議論を重ねていく。殺人現場でお互い疑心を募らせる男女の話を皮切りに、タイプの異なるミステリが語られていく中で、毎回浮かび上がる違和感、何かを隠している作者、内容に合っているとは思えない書名の謎等々、ページから湧き上がる企みの気配をひしひしと感じながら読み進めていくと思わぬ急展開が。特異な構成と、ジュリアとグラントに訪れる結末も単に驚かせるだけで終わらない味わいがある。


No.307 7点 満願
米澤穂信
(2022/01/06 19:24登録)
六編収録されているが、一番スリリングなのは「関守」。フリーライターの「俺」が都市伝説を取材することになり、車の転落事故が多発する「死を呼ぶ峠」に赴き、ドライブインを経営するおばあちゃんに話を聞く。のんびりした話から、だんだんと鬼気迫るものになり、驚きの真実に触れることになる。迫力という点では「万灯」もいい。在外ビジネスマンの冷徹な犯罪遂行を意外な落とし穴を捉えているのだが、ジレンマに陥り不幸な選択を迫られる結末が何とも皮肉。そのほか中学生姉妹が両親の離婚に際して親権争いで予想外の行動をとる「柘榴」、警官の殉職の裏に隠された周到な計画をあぶりだす「夜警」、元彼女が働く温泉宿での事件阻止をめぐる思いがけない顛末「死人宿」、そして殺人を犯して刑期を終えた女との再会と事件検証「満願」など、どれも巧妙に作り上げられていて着地も見事。奇妙な事件の意外な成り行きを、驚きと共に語る語り口は抜群であり、プロットの切れ味も良い。静かな心理ドラマを潜ませてたっぷり読ませる優れた短編集といえる。


No.306 7点 かがみの孤城
辻村深月
(2021/12/24 19:01登録)
中学一年のこころは、入学早々いじめられて不登校になる。ある日、こころの部屋の鏡が光り、手を触れると異世界に立つ城へと導かれる。そこには、こころと似た境遇の中学生の少年少女6人が集められていた。城を一種の避難所と見なして通うようになった7人が、すれ違ったり対立しながらも次第に心を通わせ、自分の秘密を話すようになる前半は、切ない青春小説となっている。終盤には、ファンタジー的なスペクタルも満載。わずかな手掛かりから鍵を探したり、周到な伏線がどんでん返しを連続させたりするミステリの仕掛けもプラスされ、加速する展開に圧倒された。そして、全ての謎が解き明かされると、生きづらさを感じている人へのエールが浮かび上がってくる。意外な真相が読者の心を揺さぶるだけに、より大きな感動が味わえるのではないか。本書は著者の原点回帰といえるが、それだけではない。こころを守る母親、子供の話を真剣に聞くフリースクールの喜多島を登場させ、子供を救うために大人は何をすべきかを問う新たな視点もあるのだ。その意味で本書は、主人公の同世代も、その親の世代も共感できる物語なのである。


No.305 6点 この世の春
宮部みゆき
(2021/12/24 19:01登録)
著者の時代小説では、当時の人々が呪いや祟りに極めて敏感だったことがわかる。そして怪異な現象を綴るだけでなく、それが元々は人の心の闇から生まれる由縁を描くことに力を注いできた。本書の重要なキーワードも「呪い」で、権力争いなどから生じた呪いをはき出す闇の深さに愕然とさせられる。明らかになっていく呪いの犠牲者たちの事件は、現代の精神病質に基づく残忍な犯罪に通じる面もあり、その時代を超えた意味合いを持つ。一方、闇を晴らす光を描く筆にも説得力が宿る。重興の内面に隠された暗雲に立ち向かう多紀らの良心が確かなものであるからだ。なかでも火傷を顔に残した不幸な生い立ちを持つ幼い女中お鈴の純真な心は、欲得にまみれた闇の世界に対抗する力を表現しているように思えた。


No.304 8点 64(ロクヨン)
横山秀夫
(2021/12/12 18:24登録)
D県警警務部の広報官、三上義信警視は元捜査二課に所属する、辣腕の刑事だった。それが人事抗争の余波で刑事畑をはずされ、広報官に回されたことで、内心鬱々たるものがある。しかも一人娘、あゆみが家出して行方不明、という悩みを抱えている。こうした状況のもとで、三上はしたたかな記者クラブを相手に、交通事故を起こした妊婦の匿名問題や、警視庁長官の緊急視察問題を巡り、体を張って対峙する。長官視察には、14年前に発生した未解決事件、「ロクヨン」と符丁で呼ばれる少女誘拐事件が関わっている。作者はデビュー以来、犯罪捜査を主体とする従来の警察小説に、斬新な視点を持ち込んできた。本書もまた、記者クラブと警察広報のせめぎ合いを、臨場感あふれる迫力で描き出し、あますところがない。加えて、キャリアと地方警察官の対立、刑事部と警務部のすさまじい軋轢など、さまざまなコンフリクトが同時進行で絡み合う。終盤の、新たな誘拐事件の追跡劇は、圧倒的なスピード感をもって展開され、息を継ぐいとまもない。やや強引な結末も、その熱気の余韻によって、十分なカタルシスとなる。


No.303 7点 湖畔荘
ケイト・モートン
(2021/12/12 18:24登録)
複雑な時間軸を行き来するのがモートン流だが、本作のストーリーラインは三つ、三人の女性が視点人物となる。一つ目は、一九三三年、コーンウォールの湖畔の別荘でパーティの晩に起きた乳児失踪事件をめぐるパート。二つ目は、二〇〇三年、ある幼児の置き去り事件にからみ、現場から干されたロンドン警視庁刑事やセイディを中心とする物語。そして三つ目は、二十世紀初頭、若いエリナの目線で、第一次大戦や財政難をくぐり抜けたエダヴェイン家の様子が語られる。物語の背景を準備し、謎を仕込み、七十年後に一気に展開させる。三人はそれぞれの過去と向き合うことになるが、各々に思い込みはあり、叙述のすべては信用できないかもしれない。三つの物語は謎解きの意外な二転三転を経て、巧緻かつ鮮やかに結ばれていく。歴史小説としても、一族のサーガとしても秀逸なゴシックミステリである。


No.302 6点 アニーはどこにいった
C・J・チューダー
(2021/11/29 19:05登録)
かつて炭鉱で栄えていた故郷の町に戻り、学校教師を勤め始めた男ジョーが主人公。彼が子供の頃、妹アニーが行方不明になるという事件があり、最近になって「同じことが起きようとしている」という怪しい文面のメールを受け取った。一体アニーの身に何が起きたのか、これから何が起こるのか。過去と現在が交互に語られ、次第に恐怖とサスペンスが盛り上がっていくという、いわば王道スタイルによるホラーミステリで、悪ガキたちによる廃坑探検など、キングの名作を思い起こさせる場面もある。しかしあらすじだけではわからない良さを感じるのは、人物の細やかな感情が伝わってくる筆致にあるのかもしれない。意外な真相が最後にしっかり待ち構えているあたりも含め読み応えがある。


No.301 9点 天使のナイフ
薬丸岳
(2021/11/29 19:05登録)
カフェ店の店長である桧山は、刑事の訪問を受ける。刑事は四年前、妻の祥子が殺された時の担当だった。犯人は十三歳の少年三人で、十四歳未満のために刑事責任は問われず、そのうちの二人は林間学校の合宿程度の拘束しか与えられない児童自立支援施設への送致だった。人一人殺して、その程度なのか。何よりも見事なのは、テーマである少年法を多角的に捉えていることだろう。厳罰にすべきなのか、それとも子供の人権を守り、更生に期待を寄せるのか。そんな厳罰派と保護派との相克を、桧山がつぶさに検証する。本書の最大の魅力は、この倫理の煉獄ともいうべき境地が、関係者たちの隠された肖像とあいまって一段と深まることだろう。決して理想に走らず、かといって総花的にもならずに主題を追求する。ストーリー展開は二転三転し、終盤はどんでん返しの連続。まさにミステリ的興奮がみなぎっている。伏線の張り方は周到で、人物像にも陰影がある。デビュー作とは思えないほど目配りがよく、細部が充実している。


No.300 6点 鉄槌
高田侑
(2021/11/17 18:13登録)
母と子の凄まじい愛憎が絡んだサスペンス。ある日、洋介のもとに兄の大輔から「父が倒れた」という知らせが入った。病院に着いた時、既に父親は死亡していた。姉を含む三人兄弟の母親春子は、二十年前に失踪したまま音信不通。居場所に探し当てた大輔は、記憶とはかけ離れた年老いた女を見つけた。やがてその母は愛人らしき男とともに、まるで鬼婆のごとく、兄弟を苦しめていく。大輔が妖艶なうなぎ屋の女将に惑わされるさまが冒頭に描かれているなど、全編にわたって独特の色気と笑いにあふれている。官能とブラックユーモアに満ちた兄弟それぞれの奇矯な日常に目を離せなくなる。後半から恐怖の展開が強まり、登場人物たちの表裏や、それぞれの身から出たさびのようなトラブルがますます深い混迷と悪夢を呼び込んでいく。実に刺激の強い一冊。


No.299 5点 1gの巨人
大山尚利
(2021/11/17 18:13登録)
全編にわたり不安な感情を喚起させられるミステリ。ある時「私」と妻のみどりは、川にかかった橋の中央で欄干を乗り越え立っている男に気が付いた。飛び降り自殺を心配し話しかけたところ、男は歩道に戻った。2メートル以上はあるかという大男だった。ところが、その翌日、大男がみどりの勤務先に現れ、命を助けてもらったお礼に「なんでも言いつけてください」という。男は自分のことをガリバーと名乗った。やがて「私」の周囲で異常な出来事が起こっていく。飼い猫の死にはじまる夫婦のあいだの微妙な空気、一晩で書き上げた詩集が大当たりした先輩の傲慢さに耐える姿など、語り手の日常が冒頭から生々しく描かれている。悩みだらけの「私」の立場が他人事でなくなるのだ。そのためか正体不明のガリバーの存在がますます不気味な怪物に見えてくる。心理サスペンス好きな方には一読の価値ありです。


No.298 6点 琥珀の夏
辻村深月
(2021/11/05 18:49登録)
大人になる途中で私たちが取りこぼし、忘れてしまったものはどうなるのだろう。大切に思っていた友達もいつの間にか疎遠になって。この作品は、大人になるまでに忘れてしまった友情の行く末を描いている。ある事件を機に現在は「カルト的」と批判される団体「ミライの学校」の跡地から、子供の白骨死体が見つかった。自主性を育てるため、「問答」などの教育プログラムで思考を言葉に代え、親元を離れて共同生活を送った子供たち。小学生の時、その地で開かれた夏合宿に数回参加した経験がある弁護士の法子は、死体がかつての友人、ミカのものではないかとの疑念を抱き始める。物語は小学生のミカとノリコ、そして40代の法子の視点などが交錯しながら進む。主たるテーマは「幼い頃の記憶」。白骨死体が行方知れずの孫ではないかと案じる依頼人の代わりに、法子は弁護士として「ミライの学校」の東京事務所に向かう。交渉を重ねるうち、彼女は思いも寄らない真相に辿り着く。琥珀のように美しく結晶化していた思い出とのギャップに傷つく法子。それでも再び関係を結ぼうと奔走する。「無意識の傲慢さが原因で断絶が生まれ、交わらないまま終わる小説もたくさん書いてきたが、今回は相手へもう一度誠実に手を伸ばす場面を描きたいと思った」と作者は言う。クライマックスに、心が揺さぶられる作品。


No.297 5点 黒野葉月は鳥籠で眠らない
織守きょうや
(2021/11/05 18:49登録)
登場人物が巻き込まれる非日常的な問題を法律によって解決しようとするリーガルミステリ。リーガルミステリというと、法廷を舞台に、弁護士や検察官が丁々発止のやり取りを繰り広げる光景を想像するかもしれない。本作の主人公も弁護士だが、舞台は法廷ではない。それでも、起訴を取り下げさせようと奔走する姿などに接すると、紛れもないリーガルミステリだと感じる。本作は、物語のために法律が存在しているし、その中心には魅力的な登場人物がいる。法律の抜け道を探す悪党は登場せず、幸せになってほしいと応援したくなる人物ばかり。法律の面白さを再認識させてくれる作品。


No.296 6点 カード師
中村文則
(2021/10/23 18:26登録)
理不尽な運命にどう向き合うのかを読者に問いかけている作品。主人公は、信じてもいない占いをなりわいとし、違法なポーカー賭博のディーラーも務める「僕」。正体不明の組織から「占い狂」の会社社長・佐藤の専属占い師になるように命じられ、これまで何人もの占い師が「失敗」して殺されたと明らかになる。追い詰められた「僕」が知ることになる佐藤の過去と末路とは。未来は誰にも分からない。選択の葛藤と結果の悲喜こもごもが、カードをめくるかどうかに集約される。佐藤が異様なほど占いに固執するのには、この国を襲った数々の災厄が濃い影を落としている。「古来、人は先のことさえわかれば悲劇を避けられたのにという願いをずっと待っていた」。それは「占いが人類史上、敗北し続けている」ことを意味する。1970年代にオカルトブームが到来した時代の流れとも、物語は響き合う。作品には現代の空気感もにじみ出ている。自分の考えを一時的に放棄し、他の誰かに、何かに決めてもらうことを望むから、占いというものがあるのだろう。それでも結末には、そこはかとなく希望の光がともる。未来のことは分からない。だからこそ、絶望することも出来ない。

415中の書評を表示しています 101 - 120