(2023/03/04 18:15登録)
岩田喜久子法律事務所に現れた若い女性は、望月良子の娘・麻希と名乗った。亮子は喜久子の友人だったが、19年前に夫と二人の子供とともに失踪していた。乳児だった麻希だけが、何者かに連れられて、養護施設に預けられたという。岩田弁護士から依頼を受けた調査員の真崎雄一は、望月一家が暮らしていた鳩羽地区に向かう。かつてこの土地では小学一年の男児が拉致された翌日に遺体で発見される事件があったが、20年以上たった今も未解決のままである。わが子の事件がきっかけで、自治会がカルト化していく様子を、被害者の母である木本千春は、流されるように見つめていく。事件直後には、地区の防犯係が扇動し、他地区に住む外国人を犯人と決めつけ、自首を求めて大勢で押し掛けたこともあった。有力者への忖度も加わり、安全な街という理想が、監視の強化、異分子の排除へと変容し、住民の間で同調圧力が強まっていったのだ。真崎はすぐにこの地区の異様さに気づく。彼も同調圧力に加担したことが遠因で、仕事も家庭も失っていた。そのため過去の嫌な記憶がよみがえり、悔恨が胸をよぎるのだ。私立探偵小説を彷彿させる真崎と麻希による調査と、拉致事件で一人息子を失った母親の視点によるパートが交互に配されているのが本書の特徴だ。過去と現在の二つのパートが互いに補完し、関連していくことで、未解決事件と望月一家の失踪の真相が、徐々に浮かび上がってくる。全体主義国家の縮図のような一地域の物語は、決してフィクションの中にとどまるものではない。コロナ禍によって、より鮮明になった現代社会が抱える問題点を浮き彫りにする、時宜を得たミステリなのである。
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