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ミステリの祭典

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『花』シリーズ

作家 道尾秀介
出版日2021年10月
平均点5.00点
書評数3人

No.3 5点 パメル
(2023/08/21 06:47登録)
六つの章を自由な順序で読むことが出来る作りになっている。各章の間では、登場人物や時系列が緩やかに繋がっている。AからBの順に読めば特に意外でもない出来事も、BからAの順に読めば驚きをもたらす。さらにCを読むとAとBに登場した人物の過去が明かされるといいう形で、読む順序によって何に驚くか、どこに衝撃を受けるかが変化する。装丁も一編ずつ逆さになっているという凝りようだ。
複数の短編が、人物や事件でリンクしているだけなら珍しくはない。本書の特色は「どんな順序に読まれるか」を考慮した上で、それぞれの章で何を語り、何を語らないかを入念に選んでいるところにある。
「名のない毒液と花」魔法の鼻を持つ犬とともに教え子の秘密を探る理科教師。
「笑わない少女の死」定年を迎えた英語教師だけが知る、少女を殺害した真犯人。
「落ちない魔球と鳥」鳥が喋った「死んでくれない?」という言葉の謎を解く高校生。
「消えない硝子の星」ターミナルケアを通じて、生まれて初めて奇跡を見た看護士。
「飛べない雄蜂の嘘」殺した恋人の遺体を消し去ってくれた正体不明の侵入者。
「眠らない刑事と犬」殺人事件の真実を掴むべく、ペット探偵を尾行する女性刑事。
読み味が720通りあるというのが、この作品のひとつの売りとなっている。とはいえ、おすすめしたい読み方はある。ミステリとしての驚きを存分に味わいたければ、「笑わない少女の死」を最後に読むのは避けたほうがいいだろう。この章は作中の時系列では一番最後に相当するが、ミステリらしい驚きを味わいたければ最後には向かない。異なる順序に読めば、また異なる感興が生じる作りだが、720通り読んでみようと思う奇特な人はいないだろう。個人的には2通り読めば十分かなと感じた。

No.2 5点 猫サーカス
(2022/10/13 18:04登録)
全六章で構成された物語の最初には、奇妙な注意書きが置かれている。このページをめくると、各章の冒頭部分だけが書かれています。そこから読みたい章へと自由に移動し、読み終わったら一覧に戻り、再び次に読む章を選んでくださいと。順番は実に720通りもある。文章が逆向きに印刷されているのは奇数章。本を上下逆さに持つことになり、少し戸惑う。野球少年、ペット探偵、警察官、退職した元教師。舞台はやがて日本の港町からアイルランドに移り、喪失の痛みを抱える者たちの人生が交錯していく。「日本の港町からアイルランドへと移り」と書いたが、読む順番によっては「アイルランドから日本の港町へと移り」となる。ある人物の秘密が後に明かされる展開もきっと、順番によっては意外な人物が脇役として再登場する展開に変じる。物語を読むとは本来、能動的な営みだ。物語は人が読むときにだけ立ち上がり、そこで描かれた風景や語られた言葉をどう解釈するのかは、全て読み手に委ねられている。だからこそ、作者と読者の密やかで豊かなコミュニケーションが生じ得る。そんな読書の本質に、はたと思い至る。たどり着く先にあるのは光あふれる希望か、ほの暗い後悔か。立ち現れてくる自分だけの物語を味わえる。

No.1 5点 文生
(2022/09/17 19:26登録)
全6章からなる作品で、読む順番を変えることで6×5×4×3×2×1=720通りの物語が楽しめるというのだけど、これは誇大広告気味で実際はA→Bと読むとAの伏線がBで回収されるのに対してB→Aで読むとBの伏線がAで回収されて読み味がちょっと変わる程度。読む順番によってストーリーが一変する物語を期待していた身としてはかなり肩すかしでした。
その程度のことで行ったり来たりしながら読むのが面倒くさく、また、目的の章が探しやすいようにと紙の本の場合は章ごとに上下を反転しているのだけど、それゆえ章ごとで本を上下反転しなければならにのがまた面倒くさい。
さらに、あくまでも技巧中心なので物語としての面白さは(決して全くつまらないというわけではありませんが)二の次になっている感もあります。

筒井康隆の諸作品をはじめとして実験的なスタイルの作品自体は嫌いではないのですが、本作の場合はちょっと中途半端だった気がします。

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