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ミステリの祭典

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ALFAさんの登録情報
平均点:6.67点 書評数:190件

プロフィール| 書評

No.110 7点 白夜行
東野圭吾
(2023/02/23 08:19登録)
事件発生からエンディングまで、約20年の歳月をたどる重厚なクライムノベル。
(以下ネタバレします)



動機や犯人二人の関係性などの謎解き要素もあるが、本質は「けものみち」や「火車」に通じる犯罪小説だろう。
あまり得意ではない心理描写を省き、たとえと出来事だけで二人の関係を暗示するのがいい。

老刑事の迫力とくたびれ加減がいい味を出している。終盤、かつては容疑者の一人だった居酒屋の女将との会話の中から、事件の輪郭が浮かび上がってくるのが印象的。

エピソードが多すぎてそれぞれが必ずしも着地していないこと。トイレットペーパーの買いだめなど、各時代のトピックが多すぎてわざとらしいことを減点してこの評価。


No.109 7点 オランダ靴の秘密
エラリイ・クイーン
(2023/02/17 08:41登録)
ロジックが美しく、テンポもよく、多くの登場人物もよく整理されている。パズルミステリの完成形といえる。
ただし、ミステリのもう一つの楽しみである人間ドラマとしては薄味。名探偵が妙に浮き上がっているのに、対になる犯人はショボイ。ここはやはり存在感のある名犯人が欲しいところ。


No.108 5点 ミス・オイスター・ブラウンの犯罪
ピーター・ラヴゼイ
(2023/01/29 13:57登録)
表題作を含む18編からなる、著者の第二短編集。

バラエティに富んだ第一短編集「煙草屋の密室」や切れ味のいい第三短編集「服用量に注意のこと」に比べると、同工異曲が目に付く。
状況説明に続くひねったエンディングというパターンなのだが、ひねりがいまいちでヌルい感じ。
唯一のお気に入りは「床屋」。これは「切れ味」いい。


No.107 5点 方舟
夕木春央
(2023/01/28 13:57登録)
ロジックの美しいミステリ。

本格ミステリと見せかけたサスペンスが本質か。
いかにもなクローズドサークル、しかもタイムリミット付き。いかにもな殺しの手口。いかにもな探偵。そして明かされるいかにもな動機・・・

こうして作者は我々の思考を本格ミステリのフレームにはめておいて、衝撃のエンディングをかます。
明かされた真の動機はシンプルかつ根源的なもの。犯人は途中はっきりと口にしている。
犯人の最後の告白も、状況を考えるとエグイ。

最大の減点要素は登場人物が記号的であること。その割に最後の大技には強烈な「情」が絡んでいること。全体が豊潤な物語性に支えられていれば申し分なかったが、すべてはラストの大ネタのための長い前振りとなってしまった。
それでもなかなか読み応えのある作品です。


No.106 7点 Xの悲劇
エラリイ・クイーン
(2023/01/26 18:50登録)
半世紀ぶりに再読。
初読のときと同様に精緻なロジックを楽しめたが、新たな印象も…

印象その1 路面電車やフェリーなど、ニューヨークの街の雰囲気が活写されていて楽しい。以前はプロットを追うのに必死でそんな雰囲気を味わう余裕はなかったのだろう。

印象その2 さっそうとした名探偵だったはずのドルリー・レーンが、今回はすっかりもったいぶった嫌味なジジイになってしまった。いやこれはもちろん当方が変わったのであって、おそらくは年齢的同類嫌悪なんだろうな。とにかくあまりお近づきにはなりたくない人物像になった。ハムレット荘もなんだかキッチュで芝居の書割みたいな印象に。生き生きとした街の雰囲気とはアンマッチ。

印象その3 スレッカラシ読者となった今では、ロジックの精緻さだけでは満足できない。名探偵ならぬ名犯人が欲しいところだが、この犯人では物足りない。明かされた段階では、「ダレやそれ?」的。過去の因縁話が明かされてもリアルタイムでの犯人の存在感は薄すぎ。因縁話そのものもホームズ以来使い倒されてすっかり手垢がついてしまっているし。

とまあ、むしろ当方の経年変化を実感する再読となった。50年前なら10点満点にしたところだが。


No.105 7点 鏡は横にひび割れて
アガサ・クリスティー
(2023/01/25 11:04登録)
二つの側面を持つ作品である。以下ネタバレ気味です・・・

一面はホワイ&フーダニットの謎解きミステリ、もう一面は女優マリーナ・グレッグの悲劇。
そして厄介なことに前者より後者のほうが圧倒的に素晴らしい。
マリーナは中盤まで登場しないが、周辺の人物たちへの尋問によって彼女の半生が浮び上がる。クリスティお得意の手法。
一方ミステリとしてはシンプルな構造である。メインの殺人は序盤に起こる。あとは尋問が続き中盤は冗長。終盤の事件は口封じに過ぎないと推測がつく。これはむしろ短編向きのプロットかもしれない。

ミステリ部分をうんと軽くしたら、ウェストマコット名義の名作になったのではないだろうか。


No.104 7点 服用量に注意のこと
ピーター・ラヴゼイ
(2023/01/24 09:28登録)
著者の第三短編集。魅力的な「服用量に注意のこと」は短編集としてのタイトルで、この表題作があるわけではない。
「暇つぶしになる」というのはミステリの場合決して悪口にはならないと思うが、ここにある短編はおおむね良質の暇つぶしになる。

そんな中、暇つぶしを超えて衝撃の読後感を持つ作品は「空軍仲間」。
海外短編ミステリの最高峰はクリスティの「検察側の証人」とブランドの「ジェミニー・クリケット事件」だろう。どちらも最後数行の破壊力は強烈だ、
「空軍仲間」はこの二作にも引けを取らない出来。本格謎解きと叙述トリックが仕掛けられていて前者が巧みに後者をカムフラージュしている。
最後の二ページで鮮やかな背負い投げをくらわされた上に衝撃のエンディングが待っているこの一編は10点満点。

余談だがこの作品、原題はネタの伏線になっているが邦題はある種レッドへリング(目くらまし)になっているのが面白い、


No.103 7点 僧正殺人事件
S・S・ヴァン・ダイン
(2023/01/22 09:37登録)
結構突っ込みどころのある作品だが今なお本格ミステリの名作として風格を保っているのはなぜか・・・     
以下ネタバレしますよ




その一 「加齢による能力の枯渇と若き才能への嫉妬」というとても現代的かつ普遍的な主題であること。
その二 並外れた才能と、紙一重の狂気とをあわせ持った犯人のキャラ立てが面白いこと。
その三 ただようゴシックホラーの雰囲気と本格ミステリとしてのエンディングがよくマッチしていること。

余談だけどニューヨークってピカピカの現代都市のイメージだけど結構「ゴシック」な場がある。フリックコレクション(美術館)のような豪壮な館などがあって、ここに出てくる二つの邸宅もイメージしやすい。
もちろんマザーグースの見立てもその雰囲気づくりに役立っているし、「僧正(BISHOP)」なるワードも何やら中世めいていて効果的。

余談を重ねると、見立て殺人の「効果」なるものがよく書評のネタになる。たしか横溝のところでも評者同士が派手にケンカされていたと記憶するが、当方にはこれが不思議でならない。現実の事件に「見立て」がないのでもわかるように、この効果はあくまでもメタな部分つまり読者への効果として考えないと意味がない。要は大きな矛盾さえなければ雰囲気作りに効果があれば十分なのだ、くらいに割り切るべきでは?

余談ついでに、この時代の名探偵たちってけっこう神の代理で犯人を裁くよね。クイーンしかり、クリスティしかり。
これって現代コードではやはりNGじゃないかなあ。痛快だけど。


No.102 7点 皇帝のかぎ煙草入れ
ジョン・ディクスン・カー
(2023/01/21 14:19登録)
数十年ぶりに再読。すっかり忘れていて楽しめるかと思ったけど、けっこう覚えていて残念!

シンプルなプロット、整理された登場人物、小粒だがキレのいいトリック。まさに優等生のような本格ミステリー。
ただ十代の頃とは違い、スレッカラシ読者の今となってはもう少しコクというかアクというか個性、さらに言えば独特の世界観が欲しくなる。ここではカーの個性は強く出ていない。

そういう意味では、同じ動機とトリックからなるクリスティの某作品のほうが好みではある。
どちらも名探偵と名犯人が登場するが、あちらにはさらに名被害者と濃い人間ドラマがあるぶん楽しい。


No.101 6点 親指のうずき
アガサ・クリスティー
(2023/01/20 11:38登録)
いわくありげな題名よし、曖昧模糊としたストーリーよし、衝撃のエンディングよし。
しかしどうしてタペンスにするかなあ。明朗快活なキャラがチグハグ。
ノンシリーズにして、ほの昏いトーンで徹底すれば傑作サイコスリラーになっただろうに。


No.100 4点 蒼ざめた馬
アガサ・クリスティー
(2023/01/20 09:25登録)
霧のロンドン、臨終の信者の告白を聞き取った神父が殺される。残されたメモには9人の名前が・・・
申し分ない導入部だ。
しかし謎の犯罪組織がちらつきはじめて何やら悪い予感が・・・
ポアロもミス・マープルも「犯罪組織」が出てくる作品は駄作凡作揃い。そして残念なことに予感は大当たり。
突っ込みどころはたくさんあるがなんと言ってもラスボスがショボイ。あの人物の器で精緻な犯罪組織を統括できるわけがない。クリスティの傑作には欠かせない「名犯人」の対極にある。
おそらく、捜査小説形式にして嘱託殺人システムの暴露を最後に持ってきたらマシになったのかも知れないが、それはクリスティの得意とするところではないのだろう。

あえての読みどころは若い探偵役二人の活躍ぶり。トミーとタペンスばりで楽しいが、これもダークな主題と妙にチグハグ。冒頭のバナナ・ベーコンサンドイッチみたい(食べたくない!)

まあクリスティ研究でもしないかぎりスルーしていい作品だと思います。


No.99 5点 シタフォードの秘密
アガサ・クリスティー
(2023/01/17 15:45登録)
冒頭から降霊会という魅力的なモチーフが出てくる。
しかしクリスティはオカルト方向には向かわないことがわかっているから、その時点で犯人の見当がついてしまってガッカリ。

トリックは日本の風土からすればショボイが英国ではレアだというならまずまず。
でもクリスティ作品に求めたいのは濃密な人間関係の描写やその反転なので、これはものたりない作品だった。
八つ当たり気味に言うと何だか昭和日本のいわゆる「本格」を読んだ気持ち。

でも若い探偵役二人の活躍はトミーとタペンスみたいで楽しい。


No.98 4点 凶鳥の如き忌むもの
三津田信三
(2023/01/17 15:08登録)
トリックが強烈なだけに、それを支える土台つまり「お話」がしっかりしていないとリアリティが出ない。
名作「首無」や「忌名」に比べるとこの作品は動機、人物描写、時代感といったお話部分が物足りない。

たとえば時代感。ここは横溝流の濃い昭和感が欲しいところだが、真知子巻きをわざわざ現代人向きに解説したり、Gパンがジーンズになってたりと平成感が丸出しになっている。
「とある昭和の卯月」の手記のはずが、平成の視点になっていて興ざめ。 
ディテールに神が宿っていないのだ。

余談だけどファッションアイテム名って時代性がよく出るよね。
昭和のGパン、平成のジーンズ、令和ではデニム。チョッキ、ベストまあジレは特殊かな。
ズボン、スラックス、パンツ等々。
「今日はスカートをやめてパンツで街に出た・・・」なんてことのない文だが、昭和の記述ならとんでもないことに・・・


No.97 7点 ポケットにライ麦を
アガサ・クリスティー
(2023/01/06 09:53登録)
列車での登場シーンから手紙を読むエンディングまで、とにかくミス・マープルがカッコいい。
唯一残念なのは犯人との直接対決がなかったこと。ポアロと違って描きにくいだろうが、ここはやはり一騎討ちで犯人を破滅させてほしかった。

犯罪の真相を把握しながらも自らは動かないある登場人物を描くことで、ストーリーに奥行きが出ている。
過去の因縁話は結構重要なのだが関係する人物の描写が淡白なのは残念。


No.96 6点 厭魅の如き憑くもの
三津田信三
(2022/07/15 10:18登録)
「首無」や「忌名」といった名作を先に読んでいるため、どうしても辛口になる。
シリーズの第一作だが、作者が創りたい世界観が早くも現れている。
この世界観や構成上の個性は最新作「忌名」に至るまで変わらない。

文体はまだ生硬で、一人称三人称ともに説明的。同じ世界観を持つ横溝正史の饒舌にして滑らか、芳醇な文体には及ばない。

叙述の「視点」による違いは非常に面白い。




No.95 6点 ビブリア古書堂の事件手帖
三上延
(2022/06/28 11:49登録)
ささやかな日常の謎解き短編集かと思いきや、終盤になってダークな犯罪に収れんする構成はとても面白い。
マニアックなビブリオファイルの生態もなかなかツボです。
ただ文章は読みやすいが平板で、情景や心理の機微を味わうには至らない。


No.94 9点 虚無への供物
中井英夫
(2022/05/31 13:14登録)
数十年ぶりに再読

作家の顔と作品との関係はなかなかに面白い。松本清張の総髪とタラコ唇は作品の重苦しい昭和の雰囲気に釣り合っているし、連城三紀彦の端正な風貌は精緻を極めたプロットに似つかわしい。
さて中井英夫だが、ポートレートを見る限り謹厳な大学教授か法律家のようだ。ところがその代表作「虚無への供物」はいきなりゲイバーのショータイムから始まり、美少年たちのチャラいおしゃべりへと続く。文章は会話体も多く、時代特有の文物や風俗を今風に読み替えるとBLノベルのようにスラスラ読める。
一方、随所にちりばめられたペダントリーは作者の風貌にふさわしくとても深い。まずミステリーの古典は押さえていないと楽しめない。品種名や作出者名が出てくるバラや戦前から戦後にかけてのシャンソンも結構大事なキーになる。したがって厭味な言い方をすれば人を選ぶ作品でもある。

ネタバレします



初読のときは作者のアンチミステリという解説を真に受けて、ミステリーの体裁で人間の死の意味を問う哲学的な純文学であると理解した。まあそれでも間違いではないのだろうが、数十年たって再読すると、まずはごくまっとうな読みごたえのあるミステリーという感じがする。
哲学的な動機や社会的な問題提起がミステリーの枠の中に巧みに落とし込んである。安直に「トラウマ」を動機にしたミステリーが横行する今となっては奇書どころか「哲学派ミステリー」の名作と呼べるのではないか。
そのうえで「戦後」という奇怪な時代の全体小説にもなっているのがすごいところ。

途中出てくるダミーの謎解きがあまりに多いこと、唯一の女性である久生がウザいこと、塚本邦夫が監修した八田の大阪弁があまりにオーセンティックで上方落語のようであることを減点してこの評価。
冒頭、ショータイムの黒いカーテンが開いて物語が始まり、最後は屋敷の辛子色のカーテンが閉じて(完)となる、この様式美も中井英夫の真骨頂。


No.93 8点 悪夢の骨牌
中井英夫
(2022/05/29 08:55登録)
「悪夢の骨牌」はマニエリスムを極めた中井英夫の連作短編集四部作「とらんぷ譚」の第二作。四作の中ではミステリー的味わいがあるほうだが本質は「時間」をモチーフにした幻想小説である。

中でもお気に入りは「緑の時間」で、昭和48年の夏、謎めいた優雅な女性が新婚当時の自分に会いに行く話。戦後まもなくと高度成長期、二つの時代の風俗と心理をディテール細かに描くことでタイムトリップのリアリティを出している。
出版からおよそ半世紀たった今、この本を手に取るとテキストの『現在』である昭和48年がはるかな記憶として甦り、主人公のさらに二倍近い年月をタイムトリップする思いにとらわれる。とすれば美しく装丁されたこの一冊は小さなタイムマシンに他ならないのか。

もし愛書趣味をお持ちなら平凡社の初版がおすすめ(たいして高くない)。限定本ならぬ通常出版にもかかわらず、スリップケースに収められたハードカバーはサテンクロス装、箔押し、本文二色刷り。外箱、口絵、トビラ、さらには各短編のタイトルページにも建石修志の挿絵が入るという凝りに凝った装丁で、この時代の出版文化の高さを感じます。
四部作それぞれに黒、深緑、ワイン、赤のクロス装が見事。





No.92 6点 堪忍箱
宮部みゆき
(2022/04/19 08:28登録)
8編からなるノンシリーズ短編集。茂七親分は出てこない。
ミステリー風味やホラー風味のものもあるが基本は素の人情噺。
筆は滑らかで読みやすいが切れ味はさほどでも・・・

中では「敵持ち」がミステリー的解決を伴っていて面白い。
エンディングも味がある。


No.91 7点 香菜里屋を知っていますか
北森鴻
(2022/04/14 17:15登録)
お気に入りのバーは自分の財産だと思っているので、この世界観は大好き。香菜里屋にも香月にも行ってみたいなあ。
シリーズ最終巻というのは承知でこれを先に読んでしまった。そのうちさかのぼって第一巻から読んでいくか。

本格的な謎解きではなく、謎を肴に酒を飲むといった風情。

お気に入りは「ラストマティーニ」。老バーテンダーが作る完璧なクラシックマティーニがその日に限って不出来だったのは?・・・
マティーニだけあって辛口で逆説に満ちた動機がいい。
私はひとひねり前のケレン味たっぷりな動機でもいいとは思うが・・・

ただし谷川への香月の「頼むよ、爺さん。少し濃いめに」はあり得ない。
客として入っても同業者にこんな言葉遣いはしない。まして相手が先輩バーマンなら尚更。

シリーズ最終巻としてのエンディングも味わい深い。

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