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ミステリの祭典

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ALFAさんの登録情報
平均点:6.62点 書評数:199件

プロフィール| 書評

No.159 8点 日本の黒い霧
松本清張
(2024/03/21 09:00登録)
小説ではない清張の代表作。
アメリカ占領下の日本で現実に起きた12の怪事件が主題。膨大な資料を読み込んで緻密に推理するという作法はミステリーに通じるものがある。
こんな作品を締め切りに追われる連載で書くのだから、やはり清張ただ者ではない。載ったのが文藝春秋というのも何だか今日の「文春砲」を思い起こさせて愉快。

最も読み応えのあるのは「下山国鉄総裁謀殺論」。ここにはミステリーのすべてが揃っている。
重厚なクライムストーリーだがラスボスの闇は「けものみち」や「点と線」の比ではない。



No.158 6点 孤島の来訪者
方丈貴恵
(2024/03/03 17:56登録)
「プロローグ  船上にて
竜泉佑樹はこれから人を殺すつもりだった。」

いや、申し分ない書き出し。本格の倒叙か、はたまたそれを装った新手の叙述トリックか・・・と期待するのだが。
実態は特殊設定パズラー版「誰もいなくなった」だった。読み口は本格風だが、真の動機を考えるとやはりSFなのでは?
プロットは精緻だが、もっと整理されていれば更に高得点。
それにしても特殊設定にする意味はあるかな。


No.157 7点 八点鐘
モーリス・ルブラン
(2024/02/17 09:29登録)
半世紀ぶりに再読。以前のは子供向けの抄訳版と思っていたがディテールに覚えがあるのでそうでもなかったのか・・・
なかでも記憶に鮮明なのは 「女をさらって逃げる時には、パンクなんかしないものよ」 ウーンそうなのか!そうなんだ!と深く納得した小学生でした。

8編の連作短編ミステリであり、ロマンチックな長編冒険小説にもなっている。
お気に入りは「塔のてっぺんで」と「テレーズとジュルメール」どちらも動機やトリックが現代的な本格味。
ミステリ味は薄いが「ジャン=ルイの場合」も皮肉が効いていて面白い。

モーリス・ルブランってコナン・ドイルに劣らぬトリックメーカーだったんだ。


No.156 6点 黒後家蜘蛛の会1
アイザック・アシモフ
(2024/01/16 08:47登録)
12編からなる有名連作短編集。
常にメンバー6人、給仕1人の閉じられた空間。提示される「日常の謎」(事件そのものは必ずしも日常的ではないが)。そして謎を解くのはいつも安楽椅子探偵(給仕なので常に立っているが)。

徹底したワンパターンの枠組みで、読者が謎解きをする余地はあまりないが語り口の面白さで楽しめる。
各編ごとに付けられた作者のコメントもいい。


No.155 8点 底惚れ
青山文平
(2023/12/12 11:09登録)
短編「江戸染まぬ」をそのまま冒頭に置き、230ページを加えて長編化したユニークな作品。「江戸染まぬ」はじわりと滲みるサスペンス風味と捻りのあるエンディングが効いた秀作だった。
ここでは刺された男が・・・以下ネタバレします。



実は命拾いしていた。
半端者の自分を始末してくれた女の恩に報いようと知恵を絞るうちに、やがて身上がって女郎屋の楼主として成功する。デュマの冒険小説を読む思いがする。
人物の出し入れが実に巧み。
謎の鍵を握る信との再会。主人公に手を貸す銀次との出会い。それぞれの絡みによって、けっこう都合のいい展開が自然なものに見えてくる。
信の人物造形もいいし、銀次の因縁話もプロットに奥行きを与えている。

最後に謎解きがあるが、ミステリ風味は薄い。
万事めでたしとはならない、ふわりとしたエンディングがいい。


No.154 5点 泳ぐ者
青山文平
(2023/12/05 15:37登録)
徒目付片岡直人を主人公とする長編。
連作短編集「半席」から数年後、30歳近くなった直人が関わる三つの話。
離縁された女が元の夫を刺殺した件、大川を泳いで渡って切り殺された男の件、上司内藤から持ち掛けられる海防の話。

それぞれが無関係のまま終わる。ミステリ長編としては纏まりがいかにも悪い。
切り分けて連作中編に仕立てたらさぞいい作品になっただろう。
メインテーマである直人の内省的な物語も、そのほうが流れが良くなったのではないか。


No.153 9点 白樫の樹の下で
青山文平
(2023/11/29 15:39登録)
第18回松本清張賞受賞作。
作者は若者を描くのがうまい。この作品にも三人の若い武士が登場する。ともに少年時代から同じ道場に通う腕達者だが無役。彼らの屈託や青臭さや危うい情熱が丁寧な文体で綴られる。
もとよりただの青春譚にはならない。互いの亀裂は次第に深まっていく。「たぶん、俺たちがもう十歳ではないということだろう」主人公の登にかけた昇平の言葉が滲みる。
四人目の若者、巳乃介も魅力的である。富裕な商家の次男坊ながら剣の腕がたつ。気に入った刀を身近に見ていたいから、といって登に名刀を預けるが、これはやはりよくできた口実だろう。この時すでに養子縁組で武士になることは決まっている。身近にというなら自分が差せばいい。見ていたいのは在るべき処を得た名刀と、それを帯びた凛々しい登の姿ではないだろうか。このあとも巳乃介改め岡倉武明は献身的に登を支える。

大江戸の辻斬りという茫漠とした事件を、巧みな人物造形で精緻なミステリに仕立てている。途中で示されるダミー解もスリリングでいい。
唯一残念なのは・・・以下ネタバレします。





二つの事件の複合であること。


No.152 7点 遠縁の女
青山文平
(2023/11/29 07:13登録)
作者はあるあとがきに、「構成ではなく考証から始める」と書いている。
時代物に限らず、多くの作家はまず構成を考えてから資料を読み込むが、この作者の場合は徹底的に資料を読み込むなかでおのずとストーリーが降りてくるということだ。
今回は織物の流通、新田開発、藩の財政などの資料が読み込まれていると伺える。

中編3編のうち、お気に入りは「機織る武家」。
主人公の嫁、婿、姑三人が絡むドラマだが、主人公の心の持ちようで婿と姑の人物像が変容していく様が面白い。
ミステリの要素はないがウェストマコット名義の名作を読む思いがする。
表題作は唯一のミステリだが終盤の急展開がいささか慌ただしい。
遠縁の女の人物像をもう少し丁寧に描いてほしかった。主人公の人生を変えるほどの存在なのだから。


No.151 7点 やっと訪れた春に
青山文平
(2023/11/23 11:20登録)
端正な文体で綴られた長編時代物ミステリ。
情景描写、人物の造形、過去の因縁話、いずれも申し分ない。
冒頭、主人公が濠に落ちる話はミステリ的興趣があって面白い。

(少しネタバレ)
一方本筋の謎は、残念ながら犯人推定のプロセスが物足りない。なぜ暗殺者は鉢花衆でなければならぬのか。鉢花衆の残るひとりがなぜあの人物と推定できるのか。
クローズドサークルならともかく、町あるいは藩というオープンな設定においてはこのロジックではいかにも弱い。
さらにはいくら主君の命とはいえ、三代にわたってあの強烈な「斬気」を保ち続けられるのか。などミステリの根幹部分で腑に落ちないところがある。

とはいえ、上質な時代物としては十分楽しめた。


No.150 8点 江戸染まぬ
青山文平
(2023/11/23 08:19登録)
作者の端正な語り口が気に入って選んだ2冊目の短編集。
中でもお気に入りは表題作「江戸染まぬ」。じわりと滲みるサスペンス風味から一気に捻りの効いたクライマックスへの構成が見事。
「日和山」「台」もいい。片や活劇、片や人情喜劇からいきなり歴史が顔を覗かせてのエンディングというのが痛快。

このサイト的にマッチするのは表題作のみだが、楽しめたので1点オマケ。
なお、作者による文庫のあとがきは、作品の制作過程がとても平易な言葉で綴られていて面白い。


No.149 8点 半席
青山文平
(2023/11/15 08:55登録)
すべてホワイダニットというユニークな時代物連作短編集。主人公は20代の徒目付、片岡直人。下級とはいえ幕臣である。旗本への出世を目指してはいるが「爺殺し」と揶揄される青臭く誠実な人物像がいい。
ホワイダニットを探ることで必然的に犯人や被害者の心に深く分け入ることになる。というわけでこの話、頼まれ御用を通して成長していく直人の物語と読むこともできる。

どの話も直人が仮説をたて、犯人が自白するパターンで、読者が謎解きをする余地はあまりない。
お気に入りは「見抜く者」。「己よりも強い相手ならば、心おきなく剣が振るえる。」逆説的な動機が面白い。
表題作「半席」は89歳にしてなお現役にしがみつく老醜を描いて深いが、もはやミステリの枠を超えているのでは・・・

端正な楷書のような文体も好ましい。


No.148 6点 殺人鬼(角川文庫版)
横溝正史
(2023/10/17 06:47登録)
横溝の雰囲気を軽く楽しむにはいい。
表題作はスリラーテイスト。
一方「百日紅の下にて」は本格味。典型的な過去の犯罪もので、こちらの方が出来はいい。


No.147 6点 陰陽師 龍笛ノ巻
夢枕獏
(2023/10/13 11:17登録)
このシリーズ、晴明と博雅が主役とすると酒は重要な脇役になる。
書き出しはたいてい晴明の屋敷。二人が季節の風情を愛でながら飲んでいる。
肴は鮎であったり、焼いたキノコに味噌を添えたものであったり・・・読んでる方が思わず飲みたくなる。
二人とも酒飲みのお手本のような品格ある飲み方である。
ひとしきり飲むと、「ゆこう」「ゆこう」そういうことになった。・・・ここは徹底したワンパターン。
 
この巻のお気に入りは「飛仙」。中途半端な通力しか持たぬ仙人が引き起こしたトラブルを晴明が後始末してやる話。
ことが収まって、晴明に酒をごちそうになった仙人が、バルーンのように浮き上がって帰って行くシーンはなんともいえず可笑しい。「こういう生き方も、淋しいながら、そこそこには楽しゅうござりまするぞ・・・」


No.146 7点 陰陽師 飛天ノ巻
夢枕獏
(2023/10/07 09:33登録)
あとがきに作者は「ぼくの好きな、晴明と博雅の話の、二巻目である。」と記している。
この二人のホームズ、ワトソン関係はたしかにシリーズを通しての大いなる魅力。ツンデレキャラの晴明はまさにホームズ、一方の博雅はワトソンより存在感がある。武士とされているがこれは鎌倉以降のいわゆる侍ではない。平安貴族の武官という意味で、官位も晴明より上。太刀と笛の名手で、ピュアな人柄が晴明といいコンビになる。

二人の関係はかなり濃い。
「おれは晴明が好きなんだ。たとえ、おまえが、妖物であってもだよ。だから、おまえに刃なんか向けたくはない・・・俺に正体を明かすときにはだな、ゆっくりと、驚かさないようにやってもらいたいんだよ。そうしてくれるんなら、おれは、大丈夫さ。」(第一巻) 晴明が、冗談まじりに博雅を驚かせたときのセリフである。ブロマンスなどと言ってしまってはかえって趣を損ねるだろう。

この巻でのお気に入りは、可愛い怪異「天邪鬼」と、よく知られた逸話を織り込んだ「鬼小町」。7話からなる連作短編集。


No.145 8点 陰陽師
夢枕獏
(2023/09/26 09:23登録)
ドラマ、アニメ、さらにはフィギュアスケートでも知られた作品だが、原作は初めて。
一種のファンタジーかと思っていたらなんと本格の謎解きだった。6話からなる連作短編で、安倍晴明がホームズ、太刀と笛の名手である源博雅がワトソン役。
たいていは博雅が、酒の肴を手土産に謎を持ち込んでくる。
まずは庭の風情を愛でながらの静かな酒宴。各話ごとに移り変わる季節の情景描写がいい。
謎を話題にひとしきり飲んでから、では「ゆこう」「ゆこう」と出掛けていく。このワンパターンも心地いい。
お気に入りは「鬼のみちゆき」。ホラーのロジックが見事に通っている。

ところで分類がホラーではなく歴史ミステリで登録されていて不思議に思ったが、闇が身近に存在したこの時代を思えば深く納得。

長く続く作品なのでゆっくり楽しもうか・・・


No.144 5点 名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件
白井智之
(2023/09/07 15:08登録)
ミステリーの謎解きは現実のロジックに則ってほしい。
この世に存在しない特殊設定を持ち出して謎解きをするなら、それはミステリーを離れた一種のパズラーノベル。
そのつもりで読めば楽しめるかもしれない。


No.143 6点 動機
横山秀夫
(2023/09/05 08:22登録)
切れ味鋭い「第三の時効」は連城を思わせたが、この「動機」は清張風味。
重く暑苦しい人物造形はまさに昭和。携帯電話が出てこなければ清張短編に紛れても違和感はない。
読み応えはやはり表題作「動機」と「逆転の夏」。


No.142 6点 臨場
横山秀夫
(2023/09/02 08:43登録)
終身検視官の異名を持つ倉石調査官を主人公にした8編の短編集。一般人には縁のない検死の世界を覗けて面白い。
複雑なプロットで読ませる「真夜中の調書」、丁寧な伏線が埋め込んである「赤い名刺」などが本格味。

殺伐としたモチーフが続くなか、各編ともに人情の隠し味が仕掛けてある。ベタだが「餞」の人情味も捨てがたい。


No.141 8点 第三の時効
横山秀夫
(2023/08/29 08:47登録)
6編からなる警察ミステリー。

以前親族にちょっとした事故があって警察署に出向いた時、対応してくれた部署が「強行班」と聞いてギョっとしたが、そうか強行班は刑事の花形部署なんだ。そうするとあの時お目にかかった背筋の伸びたお兄さんは花形刑事だったのか。

この作品、三つの強行班長のキャラが立っていて面白い。それぞれを主役にした三篇がやはりいい。どれも読者が推理する余地はあまりなく、作者のドラマティックなネタ割りを楽しむ作品だろう。中でも表題作「第三の時効」と「沈黙のアリバイ」が読みごたえある。

連城の短編とも比較されるが、あちらがカミソリならこっちは出刃包丁の切れ味。血と汗の匂いがする。乾いた文体もよく似合う。


No.140 7点 返事はいらない
宮部みゆき
(2023/08/23 08:36登録)
日常の謎から殺人事件まで6話からなる短編集。いずれも社会派風味。
この社会派風味の頃合いがちょうどいい。
カードローンをモチーフにした「裏切らないで」は、欲望の虚像都市「東京」の罠に嵌まった女性を主人公にした秀作。シンプルなミステリーだが、声高に社会派を振りかざした有名長編より味わい深い。逆トリックによるドライなエンディングは清張を思わせる

お気に入りは表題作「返事はいらない」と読後感のいい「ドルシネアにようこそ」。

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