人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.33点 | 書評数:2194件 |
No.2054 | 7点 | 救いの死 ミルワード・ケネディ |
(2024/05/25 06:01登録) (ネタバレなし) 第一次世界大戦後の英国。地方のグレイハースト村に住む「わたし」こと独身の中年の地主グレゴリー・エイマーは、3年前に少し離れた隣の屋敷に越してきたモートン夫妻に関心を抱く。村人と距離を置くモートンだが、エイマーは実は彼が20年ほど前に活躍した曲芸を売りにする映画男優ボウ(色男)・ビーヴァーの変貌ではないかと疑念を抱いた。なじみの未亡人の姪の魅力的な娘オードリー・エムワースを秘書にしてモートンの調査を進めるエイマーだが、やがて彼の前に過去のとある殺人事件が浮かび上がってくる。 1931年の英国作品。 作者ケネディの6作目の長編で、盟友バークリーへのアンチテーゼというかあてこすりというかおちょくりというか……の意図も込めて書かれた一冊。バークリー好きは読んでみてもいいかもね。 ケネディはそもそもマトモな翻訳が少ないが、10年前に訳された『霧に包まれた骸』はリアルタイムで読んでいた(実は、自分は大体その時期から、ミステリファンとして再覚醒した)ので、これが二冊目の読んだ作品になる。 本サイトの先行のお二人のレビューを読むと何やらクセのある作品のようなので、楽しみに手に取った。 本文は二部構成で、第一部がほとんど大半を占めるが、そこでの多重解決(というかデクスター風の推理の反復)はややこしいわりに、意外に読みやすい。話も比較的、スムーズに頭に入ってくる。たぶん小説も翻訳もうまいのだと思う。 で、最後まで読んで……わはっはははは、こーゆーことか(笑)。 いや、遊戯文学としてのミステリ、こーゆーのもタマには十分にアリでしょう。まあ、こういうのばっかでも困るけど(笑)。 そーいえば『霧に包まれた骸』も、一種のメタミステリとしていまだに印象に残っている。面白いかつまらないか、ではなく、とにかくミステリというジャンル小説の中で、何か仕掛けてやろうという遊び心は買うんだよね。 『霧に』も今回の本作も。 この手のものがまだまだあるのなら、未訳が山のようにあるケネディ作品、もっともっと翻訳してください(笑)。 最後に、タイトル(邦題)の意味のみ、ちょっとピンとこない。分かる人、未読の方のネタバレにならないのなら、なんでこの邦訳タイトルなのか、教えてくだされ。 |
No.2053 | 6点 | ガラスの仮面殺人事件 辻真先 |
(2024/05/23 06:35登録) (ネタバレなし) 都内の経堂にある東西大学。そこの演劇サークル「バブル座」は小規模ながらアマチュア劇団として評価を集め、映画館「吉祥寺シネマ」の場を借りて活動を続けていた。若手ミステリ作家の「ポテト」こと牧薩次は白泉社から依頼された(今でいう)コラボ小説のミステリ「ガラスの仮面殺人事件」を執筆するため、取材の目的で恋人の「スーパー」こと可能キリコを誘って吉祥寺シネマに赴くが、そこで二人を待っていたのは不可解な密室殺人だった。 91年に白泉社の知り合いの編集者から頼まれた作者が『ガラスの仮面』をモチーフにというか、あるいはコラボというか、で書いた企画ものミステリ。装丁が白泉社の「花とゆめ」コミックスの、セルフパロディチックなのがオシャレである。挿し絵は橘いさぎという方の新規書き下ろし。一部には原作『ガラスの仮面』の図版も流用で使用。 探偵役はあらすじのとおりにおなじみスーパー&ポテトのコンビで独身時代の後期のものだけど、大詰めの『本格・結婚殺人事件』までは、間にあと二冊あるようである(そのうち読もう)。 で、本作の読後にAmazonの評を覗くと、本家『ガラスの仮面』にまったく関係ないやんけ! という怒りの声があるが、実際にあんまりモチーフ作品との密着感はないね。20年前に原作本編を一度読んでその後読み返してない読者でも目をつぶってかけそうな程度の、原作『ガラスの仮面』の大設定が登場人物の話題になるくらい。なんかこの辺の薄さはいかにも辻センセイらしい。 <マヤは紫のバラの人をついに追いつめた! しかし次の瞬間、その相手は(以下略)>とか <楽屋で続発する悪意のある妨害工作。そうよ私は伯爵令嬢……(以下略)>とか、 そのまんまミステリのネタにしても面白そう? な名シーンが原作にはいくらでもあるんだけどね。 さすがお忙しい辻先生、原作を読み返すお時間は当時もなかったようで、と軽くイヤミ。 でまあ、その辺の<趣向が『ガラスの仮面』に沿ってない、別にほかの演劇ネタだっていいよね?>的な不満は最後まで残りましたが、変化球のフーダニットパズラーとしてはちょっとだけメタ的に面白い? ことやってはおります。まあその辺が無ければ、水準作~佳作だけど。 あと、ミステリ的な興味とはあんまり関係ないけれど、ポテトがさっさと求婚してくれないことに焦れるキリコの描写はちょっと可愛い。リアルタイムで『中学』からずっと、この二人の軌跡を追っかけた読者もこの広い日本のどっかにはきっといたんだろうけど、そういう人は『結婚』の刊行がさぞ感無量だったろうな。そーゆー人生の体験をした人が、ちょっとうらやましく思える(笑・照)。 |
No.2052 | 8点 | VR浮遊館の謎ー探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝 |
(2024/05/22 07:00登録) (ネタバレなし) 「四元館の殺人」事件を解決した、人工知能(AI)探偵・相以(あい)と「僕」こと助手の合尾輔(あいお たすく)。そんな両者のもとに、知人の編集者・大川が現れた。輔たちは大川の手引きで、以前に縁ができた別の高性能AIのもとに向かうが、そこでは異様な特殊空間での探偵推理ゲームが二人を待っていた。 探偵AIシリーズ、3年ぶりの新作。 込み入った大設定の上でのシリーズ4冊目なので、基本はこれまでの3冊を読んでおいた方がいい。 (それでも本作は一応、単品でも楽しめるとは思うが。) さらに言うなら前作が前述のとおりに3年前なので、評者など前巻までの細かい設定や作中での情報を忘れていたが、その辺はさすがに書き手がプロの作家。これまでのシリーズの軌跡をなんとなく思い出せるように、地の文の説明で補助線を引いてくれている。 で、ミステリとしては堂々たる特殊設定ものだが、最後の最後でかなりの大技が炸裂。 さらにまた、そこに行くひとつ前の<真相の仮想>の方も面白かった。このネタ、ここでダミーというか当て馬というかで使っちゃったのが、いささかもったいないくらいのものだったね。 大技を用意しながら実は先駆例があり、その意味ちょっとイマイチだった前作に比べ、今回は最後まで二段三段のヒネリ、いやそれ以上? の仕込みでとても楽しかった。外連味のダイナミズムだけなら、今回はシリーズ全体でのベストワン。 結構な数の人が楽しめるとは思うけど、くれぐれも(できるなら)順番にシリーズ既刊の3冊を消化してから、本書を手にしてください。 さて……次回はいつ読めるか? まあ気長に待ちましょう。 |
No.2051 | 6点 | 一本足のガチョウの秘密 フランク・グルーバー |
(2024/05/21 14:12登録) (ネタバレなし) 常宿である「四十五丁目ホテル」の宿泊代を滞納中のジョニー・フレッチャーと、サム・クラッグ。さらにそこに、以前にサムが月賦で購入した楽器の残金が未払いだと、強面の巨漢の借金取りJ・J・キルケニーが押しかけて来た。キルケニーに対応したジョニーは成り行きから、手数料をもらうという約束で、別のキルケニーにとっての債務者である美女アリス・カミングスの借金の取り立てを代行することになる。だがこれがまた、新たな殺人事件の幕開けにつながっていく。 1954年のアメリカ作品。ジョニー&サムものの第13番目の長編。 もはやおなじみのユーモアミステリの世界に付き合うために(だけ)読むという感じの一冊。 良くも悪くもなじみの店の定食を食べている気分だが、それはそれで悪くはない。 苦労して財を成した大富豪カーマイケル老が、まだ若造のジョニーに妙な親近感を覚えるらしい描写なんかほっこりする。 タイトルの意味は生きた鳥のことではなく、アンデルセンの鉛の兵隊みたいに、製造上の事情から片足が欠損して完成したガチョウ型の青銅の貯金箱のこと。事件に関わるアイテムになる。 今回はサムがシリーズでは珍しい? はずのピンチに陥り、その辺がちょっとした趣向か。 フーダニットのミステリとしてはもはや読者に推理させる気なんかカケラもない決着で、その開き直りぶりにはさすがにちょっと唖然としたが、むしろ今回は(中略)が最終的にどういう意味をもっているのか? を終盤までに当てるのが、謎の眼目の作品ということだろう。たぶん。 ついにシリーズの未訳の残りもあと一冊。発掘翻訳企画のレールを敷いてくれた今は亡き仁賀克雄と各作品の翻訳家、それに論創社に改めて感謝。 (まあ自分はまだ、全部のシリーズのうちの半分くらいしか読んでないと思うけど。) |
No.2050 | 6点 | ロニョン刑事とネズミ ジョルジュ・シムノン |
(2024/05/19 14:53登録) (ネタバレなし) その年の6月下旬のパリ。68歳の浮浪者「ネズミ」ことユゴー・モーゼルバックは、たまたまある男の死体に遭遇。その男の携帯していた大金入りの財布を見つけた。ネズミは財布を単なる拾得物として警察に届け、一年後に落とし主不明のものとして、自分の財産にしようと考えるが……。 1938年のフランス作品。 メグレシリーズの番外編で、「無愛想な刑事」ジョゼフ・ロニョンが初デビューの作品がこれだそうである(シリーズの正編にロニョンが登場するのは、十年後の1947年の『メグレと無愛想な刑事』から)。 なおロニョンに「無愛想な刑事」の綽名を授けたのも、この本作のネズミ老人であった。本作の時点から、貧乏くじをひく体質、奥さんがやや面倒な女性(単純に悪妻ではないが)……などのロニョンのキャラクターはほぼ固まっていた感じで、興味深い。 本作ではおなじみリュカが警視になっているが、書誌データを検索すると1934~38年はちょうどメグレシリーズの刊行が休止期だったようだ。 つまりはこの世界線ではメグレはすでに現場を(一度)去り、後継者的なポジションのリュカがかなりの地位まで昇進していた……という解釈でよいのだろうか? (シリーズ全体を俯瞰すると、EQとか以上にパラレルワールド理論を導入しないと説明のつかない世界観である。) 短いからあっという間に読み終わってしまう。後半の動きのある展開はシムノンの世界の枠組みギリギリ(?)という感じで面白かったが、捜査側の主人公? のはずのロニョンの扱いに、あれ!? となった。まあロニョンらしくはある。 こういうメグレシリーズ番外編がいくつも書かれて、シリーズの世界観の裾野を広げたこと自体はとても良いと認めるのだが、なぜか今回に限っては、そのメグレの不在が相当に寂しく思えた。近くまた何か、シリーズの正編を読むことにしよう。 |
No.2049 | 7点 | 87分署インタビュー エド・マクベインに聞く 伝記・評伝 |
(2024/05/18 21:06登録) (ネタバレなし) 本業は海外の各国勤務の商社マンだったが、大のミステリファンで87分署の研究書「87分署グラフィティ」で第42回日本推理作家協会賞の評論部門も獲得した著者・直井明による、エド・マクベインへのインタビュー本。取材は1990年10月にマクベインが来日した際に行われたが、この時点で直井氏はすでにマクベイン当人と親交があり、マクベインの方も新作を書くために、直井氏がシャーロッキアン的に研究したデータベースを参照することもたびたびあった。 取材の話題は、おおまかに13の主題(項目)に分かれて、87分署周辺の作品内外に関することはもちろん多いが、それ以外に商業作家としてのマクベインの履歴やほかの作家との親交、脚本家として仕事した際の述懐……など多岐に及ぶ。 それらのインタビュー(対談)の集積の中から与えられる情報量の多さには十分にお腹いっぱいだが、一ファンとしてはもうちょっとキャラミーハーな質問をしてほしかった気もしないでもない(なんでああもバート・クリングはいじめられるのか、とか、シンディ・フォレストの再登場を考えたことはないのか、とか)。 しかしマクベインが亡くなったのは2005年。この本が出たときより15年もあとで、最後まで現役作家だったのだから、実はこのインタビュー本はきわめて貴重な一冊ではあると同時に、まだまだこのあと晩節のある作家の過渡期の一瞬を捉えたもの、という感もあった。そういう意味で本の内容には、実際に語られていない部分で、まだ見ぬ奥行きの広がりを幾らでも感じたりもする。 通読してスゲーと改めて思ったのは、著者・直井氏の博覧強記ぶりとおしゃべり好きで、特に巻末に設けられた本文各所への註釈のそれぞれのボリューム感には唖然。ひとつ話題を振ったら、二十は語る、というようなマシンガントーク的な記述であり、いろいろ勉強になる。 実際、作者のトリヴィア探求の情熱はすさまじく、たとえば87分署の本文中に実在人物らしいかなりマイナーな音楽業界の関係者の名前が出てきたら、20冊ほど原書の音楽関係書を実際にリファレンスして、ようやく見つけたと安心する。あの島崎博にも匹敵する熱量で、そりゃまあ、協会賞のひとつふたつホイホイと取れるだろう、と思う。 直井氏の著作はほかにも買ってあるけど、実はマトモに一冊読んだのはこれが初めてであった(汗)。少しずつ勉強させていただきます。 |
No.2048 | 5点 | 母親探し レックス・スタウト |
(2024/05/17 19:08登録) (ネタバレなし) その年の5月20日のニューヨーク。9か月前に42歳で逝去した人気小説家リチャード(ディック)・ヴァルドンの屋敷に男児の赤ん坊の捨て子があった。メモにはこの子は故人(リチャード)の遺児ですと書かれている。リチャードの未亡人で26歳の美女ルーシーは、ネロ・ウルフ探偵事務所を訪問。赤ん坊が本当に亡き夫の庶子なら引き取って養育も考えるので、まずはメモの真実とこの子の素性、誰が母親かを調べてほしいと相談を願う。「ぼく」ことウルフの助手アーチー・グッドウィンは、ルーシーと距離を狭めながら手掛かりを探るが、やがて予期せぬ殺人事件が。 1963年のアメリカ作品。 漠然とした人探し(情報調査)の依頼から始まって、いささか唐突に殺人事件に連鎖する。そのあたりの話の流れのテンポの良さは、秀作『黄金の蜘蛛』を思わせる(なお、その被害者が殺されていささか痛ましいキャラなのも、同作と同じ)。 これは面白くなるかな? と期待したが、後半は、出て来るキャラクターたちの全般に精彩がなく、かなり退屈。個人的には『腰抜け連盟』と同様に、キャラばかりムダに出て来る感じだった。 当然ながら、nukkamさんのおっしゃるように、真犯人が判明しても、ああ、そうですか(読み手的には、誰がホンボシでも、ほとんどどうでもいい)という感慨であった。 ウルフシリーズのなかでは、オチる方じゃないかと。 まあ、こういうのもあるでしょうね。長期シリーズなんだし。そういうのに出会うこともあるのも、ミステリファンの人生だと割り切ろう(笑)。 |
No.2047 | 6点 | スリー・カード・マーダー J・L・ブラックハースト |
(2024/05/16 07:31登録) (ネタバレなし) その年の2月5日。英国のブライトン。11階建ての高層共同住宅の上階から、喉に傷のある男=41歳のショーン・ミッチェルが落下した。だが捜査が進むにつれて、ミッチェルは何者かに殺害されたが防犯用の、防犯用の記録映像から、その犯行現場に容疑者が入った形跡がない? ということが明らかになる。サセックス警察の女性警部補テス・フォックスは、警部への昇進をかけてこの事件に取り組むが、それと前後してテスは、異母妹で、そして実父のフランク同様、熟練した詐欺師であるセアラ・ジェイコブズと15年ぶりに再会した。 2023年の英国作品。 刑事と詐欺師の姉妹コンビが主人公というキャラ設定の妙(ちょっと、懐かしの探偵ドラマ『華麗な探偵 ピート&マック』を思い出す)、それに不可能犯罪の連続という趣向を聞き及んで、それは面白そう、と読んでみた。 読んでいる間は、設定とプロットの割にちょっと小説が長めかと感じたが、最後まで通読すると、さほどでもなかったかと思い直す。むしろもうちょっと書き込んでおいてほしい部分もあったが、その辺はシリーズ化も決まっているというので、二作目以降のお楽しみか。 謎解きミステリとしては最初の事件の解法がまあまあで、あとの方はああ、おなじみのあれね、という感じだったが、真相がわかるまでは主人公コンビや捜査陣がそれなりに騒ぎまくるので、テンションは高く、そこそこ楽しかった。 作者がミステリファン向けのアイコン風に、劇中に『三つの棺』などカーの諸作を引っ張り出すのも、田舎芝居のハリボテ的な外連味でたのしい。 登場人物は多めだけど、主要キャラ&バイプレイヤーキャラは割と書き込まれていて、なかなか好ましい。なお解説ではテスの署内の味方は年下の美男刑事のジェロームのみだ、と話を盛ってるけど、実際にはそんなことないでしょ。同僚連中はいい奴らばかだし、上司のオズワルド主任警部もこの上なくあれこれ融通してくれてるじゃないの。 最後の真相というか犯人の設定には、なんか日本の21世紀のラノベみたいだな、と思ったが、精神的には近いものがあるかもね。まあこれはこれで、でしょう。 7点にはちょっと足りない、という意味で6点。でもそれなりには楽しめた。 いずれ刊行される(本国で)という2冊目は、(翻訳されたら)事件の設定や趣向が面白そうだったら、あるいは、先に読んだ人の評判が良かったら、読むでしょう。 |
No.2046 | 5点 | 越前岬の女 斎藤澪 |
(2024/05/14 15:34登録) (ネタバレなし) その年の一月下旬。プロ棋士(囲碁の方)八段で50歳の真城寺欽也は金沢支部での大会に参加したのち、同行の「東都新聞」の中年記者、苗場幸雄と若手カメラマンの瀬能俊彦を連れて、福井県は越前岬の大橋旅館に逗留した。目的は季節の名物であるカニを味わうためだ。そこで真城寺は以前にこの地を訪れた際に知り合ったおでん屋の若女将、玉木睦美に再会するが、瀬能は初対面のはずの睦美をどこかで見かけた覚えがあると洩らす。やがて旅館~岬の周辺で変死体が発見され、さらに事件は真城寺たちにも深く関わっていく。 同じ夜に先に読んだ『ポケミス読者よ~』が割に早く読み終わったため、寝る前にもう一冊手に取った。このところ新刊ばかり読んでいるので、気分を変えて完全な旧作を選ぶ。 文庫化もされていないマイナーな書き下ろし国産ミステリで、表紙周りには「書き下ろし長編旅情ミステリー」とある。数年前にブックオフの100円棚で見つけた一冊だが、遊び紙には作者から謹呈相手への為書(名前のみ)が記されていた。 斎藤作品を読むのは、少年時代に手に取った第二作『赤いランドセル』以来かもしれない。同作の内容はもう完全に忘却の彼方だが、なんともいえないイヤンな、しかし作風そのものは真面目で軽く揶揄できない雰囲気はなんとなく覚えている。今で言うなら、シリアス味の強いイヤミスの系譜の先駆みたいなものだったかもしれない。 いずれにしろ斎藤作品にはどこかそういった湿ったイメージがあるのだが、この本(今回レビューの本作)をブックオフで見つけた際には、それでもなんか懐かしくなって即座に購入した。たまにはそういう系列の作家もいいだろうと、いう思いだ。 トラベルミステリを謳うだけあって、地方の景観や風物はそれなり以上に書き込まれ、ある種の臨場感は十分。お話の方は主人公の周辺に怪しい人物が続出し、さらにちょっと都合の良い偶然も手伝ってストーリーが転がっていく昭和ミステリ(正確には平成初期の刊行)だが、今回はさほど暗さも湿った感じもない(主要な登場人物の情念もからむ筋立てなので、もちろんそういう部分が皆無ではないが)。 読み手としてはあまり推理をする余地はないまま、事件の真相(いくぶん社会派寄り)と人間関係の綾を語られて、そのままクライマックスに流れ込む、作りであった。感触で言うなら、やや薄口の初期の日下圭介あたりみたいな感じ。水準作~佳作。 |
No.2045 | 7点 | ポケミス読者よ信ずるなかれ ダン・マクドーマン |
(2024/05/14 05:02登録) (ネタバレなし) 1976年のニューヨーク。市街地から離れた狩猟場「ウェスト・ハート」に設置された会員限定の狩猟クラブの宿泊施設に、35歳の私立探偵アダム・マカニスが現れる。マカニスはクラブの一員である老医師ロジャー・ドレイクの息子ジェームズの学友だったが、今回のマカニスはそれとは別に誰かの依頼でこの場に来訪したようだ。クラブに参加する主だった4つの家庭やほかの関係者と接触するマカニスは、一同の人間関係の綾や過去の秘話などを少しずつ見知っていく。そしてそんななか、ひとりの人物が死体で発見された。 2023年のアメリカ作品。ポケミス2000番突破記念の一環で、叢書の通しナンバー2002番で刊行された一冊。 なんともぶっとんだ邦題だが、これは早川側の演出のようで、実際の現代は「WEST HEART KILL」。キルの意味は通常の英語の「殺す」ではなく、ポケミス本文の139ページ目で語られるので、気になる人は実際に読み進んで、そこまで待とう。 60~70年代の文学派私立探偵小説みたいな仕様の設定と物語のスタイルだが、それはあくまで大筋で、作者は序盤からメタ的な小技・中技を、あれやこれや使いまくる。ここで具体的な例をあげて興を削ぐのは本意ではないので、とにかく最後の最後までオモチャ箱をひっくり返したようなギミックが満載の長編であった。 奇妙奇天烈な、オフビートなミステリを読んでみたい、という向きになら、まさに願ったり叶ったりの一冊ではある。 ただし大皿に山盛りされたギミックが全部、同じ決着点に向けて足並みを揃えて機能している作品かというと必ずしもそんなこともなく、書き手は単に好き勝手しまくっているだけのような気がしないでもない? 巻末の解説で小山正は懸命に、作中の仕掛けの累積に作者の自覚的な意味性を見出そうとしているようだが、個人的には、はて? どんなものでしょうね? 作者はそこまで考えてるのかな? といささかニヒルな思い。 いや、あれこれと、受け手が妄想の翼を広げる事こそがオモシロイ作品だということは、よ~くわかりますが(笑)。 スゴイ作品とか、ぶっとんだ怪作(快作)だとか賞賛するよりは、作者がやりたいこと、思いついたことをやりまくって、それでそこそこヒットした作品、という受け止め方がいいんじゃないかなあ、と思う。 いや、軽視するのではなく、それなり以上にこの作品を楽しませてもらいましたが。 (ただ正直、序盤5分の1くらいはかなり退屈で眠かった。途中からはサクサク、ページをめくった。) まあ興味が湧いた方は、どんどんお試しされることをオススメする。 最初っからヘンな作品だと思って読んで、怒る人はそういないだろうし。 ◆作中で『アクロイド』だの『カーテン』だのの大ネタをバラシたり、暗示したりしてるので、その辺はくれぐれも注意のこと。 |
No.2044 | 6点 | レザー・デュークの秘密 フランク・グルーバー |
(2024/05/13 15:11登録) (ネタバレなし) 版元の事情で巡回セールス用の配本が届かないため、いつものセールスマン稼業を続けられないジョニー・フレッチャーとサム・クラッグのおなじみコンビ。仕方なくふたりは、ほとんど生まれて初めてまともな会社に就職することになった。工員をひとりだけ募集している「タウナー皮革会社」の工場に赴いたふたりだが、たまたまそこでさらに辞職者が出たため、補充員が必要な工場はふたりを同時に雇うことにする。だがそこでまたまたふたりは、殺人事件に出くわすことになった。 1949年のアメリカ作品。ジョニー&サムシリーズの第十二弾。 シリーズもここまで来ると、作者の方ももう十分にこの主人公コンビを使い慣れた感があり(読むこっちは、まだその半分くらい~もうちょっとかな~しか読んでないが)、たまには変わったシチュエーションでやってみようという趣向の一編。『新・必殺仕事人』のサブタイトルパターン(「主水、~する」で統一)風に言うなら「ジョニーとサム、就職する」と副題をつけたいような巻である。 途中(後半の時点)で気づいたが、物語全編が二日間の事件であった。とんでもないスピーディぶりに軽く驚きつつ笑う。その分、中味は動きがあって、オモシロイが。 ミステリとしては残りの紙幅がギリギリまで少なくなる中、どうやってまとめるんだ、と思っていたら予想以上に強引に決着させた。 後出しの情報も多く、その分、謎解きミステリとしてはいささかアレだが、それでもトータルとして、この作品はなかなか楽しかった。グルーバー完全に職人芸の世界。 シリーズ全冊翻訳という夢のような事態の完走までもうちょっと。最後までよろしくお願いします。 できるなら、シリーズ完結後は、さらにほかのグルーバーのシリーズキャラクターの未訳作品の発掘(特に人間百科事典オリヴァー・クェイドもの)も頼んます! |
No.2043 | 6点 | 対怪異アンドロイド開発研究室 饗庭淵 |
(2024/05/13 04:15登録) (ネタバレなし) 近城(きんじょう)大学の女性工学者・白川教授が、外部の企業のスポンサードのもとに生み出した超高性能アンドロイド「アリサ」。若い美女の姿をした全重量130㎏の彼女は、複数の超科学機能を備えた高性能AIのアンドロイドだった。その活動目的は、すでにこの世に実在が前提視されているさまざまな「怪異」を探求し、その真偽のほどを数値化して分析しながら、データを持ち帰ることだが。 怪談ホラー連作(本書には全7話収録)の物語世界に、高性能アンドロイドのスーパーヒロインを放り込むという趣向というか発想が面白そうで、まったくのフリで読んでみる。 当然、初めて読む作家だが、webで検索して調べてみると、この作者の人(饗庭淵=あえば ふち)は、ちょっと興味深そうなR15ゲームの原作も手掛けていた。まあ本作は、そっちの方向とはまるで関係ないが。 アクションホラーではないので、アンドロイドヒロインのアリサが科学パワーで怪異(妖怪やモンスターなど)を次々と一刀両断していく話ではなく、むしろ怪異が結局は人外のものという現実を際立たせるために、アリサと彼女をバックアップする面々の背骨となる科学性は、その相対化の便法となる(こともある)。そこら辺のグレイゾーンのバランス感は、なかなか趣深い。 (ネットでは『裏世界ピクニック』シリーズと似てるといった趣旨の感想も見かけたが、個人的には、まあわかるような、なんかそれは違うような? という感じ。) 合理思考の高性能アンドロイドとして、冷徹な判断や言動をとるのが基調のアリサだが、製作者の意向的なもので「人間らしく」ジョークも言うようにプログラミングされており、その辺もあって、かなりすっとぼけた、しかし妙にかっこいいヒロイン像が確立。この辺のキャラクター造形はとても良い。良い意味で古典的なロボットテーマのSF、その21世紀版を読む楽しさもあった。 日常モダンホラーとして何ともいえない味わいの話が続き、心に澱(おり)が溜まっていった頃合いに最後のエピソードを迎え、本書はそこでいったんのマトメとなる。 とはいえ続編は間違いなく書かれそうなクロージング。今回は連作の形で設定篇~世界観のありようを消化したので、たぶん次回はこってりした長編が上梓されるのじゃないか? と予期する。 今後のシリーズの展開を見守りましょう。 評点は受け手の評者が中身を読み切れていない感じがあるので6点にとどめておくが、実質7点。悪い数字ではない、ということで。 |
No.2042 | 7点 | シャーロック+アカデミー Logic.1 犯罪王の孫、名探偵を論破する 紙城境介 |
(2024/05/12 09:07登録) (ネタバレなし) 横行する凶悪犯罪に対処すべく、優れた探偵の才能のある者に、国家認定の探偵資格が与えられるもうひとつの世界。「俺」こと不実崎未咲(ふみさき みさき)は、本邦で唯一「国家探偵資格」を取得できる超難関校・真理峰探偵学園の高等部に入学した。だが不実崎の入学は、さる重大な出自上の事情から決して周囲に歓迎されるものではなかった。そんななか、彼は「私」こと、特異な家柄の美少女探偵、詩亜・E・ヘーゼルダインと対面する。 すでに数タイトルのラノベミステリを著し、一般ラノベ読者&アニメファンには青春恋愛ラノベ(ややラブコメ寄り)『継母の連れ子が元カノだった』の大ヒットで知られる紙城先生の新シリーズ。 といっても本シリーズはすでに、この第一弾を皮切りに今年2024年の4月の時点で、もう3冊出ています。で、評者はようやっと、その一冊目を読みました。 今回も『元カノ』同様、互いに異性として意識し合いながらも、こじれた関係の不器用な男女コンビが主人公。 青春ラブコメ風恋愛ものとしては例によって根がマジメな分、そこが微笑ましくて魅力ですが、なにしろそれ以上に、本人が大のミステリファン~マニアという地を自作の各編に滲ませてくるのが持ち味の作者です。 なにせ自分は『不連続殺人事件』が劇中に登場したラノベを、くだんの『元カノ』以外に知りません(笑)。 そんな作者だけに、今回も伏線となる地の文を全部? ゴシック体で強調という、外連味ある趣向を採用。これってもしかしたら、どっかの新本格作家がすでにやってるギミックかもしれませんが、寡聞にして私は知りません。 いずれにしろ、本作でもイイ感じにアレコレ、要所でミステリファンのツボを突いてきます。 もちろんシリーズものの第一作のラノベですから、今後の物語の広がりを想定した仕込みも多く、作品世界はまだまだ序盤です。それでも期待通りに、なかなか楽しめる作品ではありました。 (ある種の特殊設定のなか、グレイゾーン的にムニャムニャな部分はまったくないではないですが。) ちょっとじっくりとマイペースで、このあとの続巻も付き合わせていただきたいと思います。 |
No.2041 | 6点 | 鬼火列車 吉岡道夫 |
(2024/05/10 08:08登録) (ネタバレなし) その年の9月。千葉県市川市の山林から、男性の白骨死体が見つかった。一方、海外のオークションで高額の美術品を見事落札した画廊の主人で37歳の刀根直之は意気揚々と日本に帰るが、そこで彼を待っていたのは十数年前に別れた恋人で今は大スターの歌手・志摩奈津子からのいわくありげな留守電だった。その直後、刀根は奈津子の急死を知るが、その状況にはある不審さが認められた。警視庁捜査一課の面々が奈津子の周辺を洗う一方、刀根は奈津子から書面で託されたある依頼に応えようとするが。 1988年の乱歩賞を、坂本光一の『白色の残像』と最終選考まで争って敗れた作品。同年の同格の候補作には、あの折原作品『倒錯のロンド』(本サイトで現状レビュー数が50の、大メジャー作品)がある。 少し前にネット上やリアルのあちこちで、本書の作者・吉岡道夫の名が、なぜか、たまたま? 目につく。 昭和世代人の自分としてはこの人は、何と言っても1960年代の「少年マガジン」の誌面を飾った青春学園ジュブナイル小説(のちにソノラマ文庫に入った『さいごの番長』とか)の作者である(何はさておき、これが一番~とはいえ自分はその辺のジュブナイルをまともに通読した記憶はない・汗)。 で、ほかにも改めて調べると、特撮怪獣テレビ番組『怪獣王子』のメイン脚本家だったり、晩年には麻雀劇画の原作や小説で名を成したり、実に幅広い活躍をしている。当然のごとく(?)ミステリも何冊か著作があり、それじゃあ……と興味が湧いて、まずはこの辺の今回の本作、乱歩賞がらみの作品から読んでみる。 文章は平易で、登場人物の描写もあっさり気味で読みやすい(しかしこれなんか正に、例の、臣さんが草野作品『死体消失』のレビューでおっしゃった「読みやすいというより、読みごたえない」かもしれない……・汗)。 おどろおどろしく白骨死体が出てくるプロローグで読み手の気を惹き、しかしその件をいったん脇に置いたまま、本筋のスター歌手・奈津子の変死の方に舵を切り返す作劇なんかは、王道なれどちょっとゾクゾク。地味な状況のなか、とある明快な不審から、他殺の疑念が捜査陣や主人公の刀根の内面に生じる外連味のある流れもよい。 ……という感じで昭和のエンターテインメントよみものミステリとしてはそれなりにページをグイグイめくらせるのだが、後半~クライマックスになって話の風呂敷を畳みにかかると、作者が実はあのキャラは……的な種類の意外性を連続して狙うために作品世界が少しずつ狭くなり、一方で、そのうちのいくつかは、いや、当初から見え見えだろ、という不満も生じて来る。 2時間ちょっとの時間をさほど退屈しないで読ませてくれた筆力は評価する(一部のなかなか味のある刑事たちが、捜査に飛び回る描写とか存外に楽しい)けれど、ミステリ的にはあまり光るものはなく……でもないかな? 1988年に書かれて1990年に刊行された長編、そういう時代色を感じさせるトリックはちょっとだけ用意されていた。まあ30年も経った今となっては、昭和晩期の時代を探る風物的な読み方しかできないが。 職人作家の書いた昭和末期の読み物ミステリとしてはそんなに悪くはないけれど、一方であくまでその程度のものと思って楽しむが吉。 ちなみにタイトルの「鬼火」は、ある登場人物の過去の心象にからむもの。「列車」の方は特に、列車とか時刻表とかに関係する訳ではなく、あくまで観念的なレトリックなのだが、あえてこの言葉を使う必然性がほとんど覗けず、なんかハズしている印象。実をいうと、この禍々しいタイトルにも相応に興味を惹かれて、それで手に取った一冊だったんだけどね(笑)。 ジャンルは一応、パズラーにしとくけど、サスペンスにした方がいいかもしれない。フーダニットぽい面もあるが、謎解きの面白さをメインに期待すると、ちょっと拍子抜け。 |
No.2040 | 7点 | 奇妙な捕虜 マイケル・ホーム |
(2024/05/09 06:37登録) (ネタバレなし) 1945年3月。すでに世界大戦の大勢も決しかけたなか「わたし」こと英国陸軍大尉で36歳のジョン・ベナムはドイツ語とフランス語を話せることを理由に、ドイツ軍の捕虜が集う施設「サヴァイナム捕虜収容所」への派遣を指示される。そこでベナムを待っていたのは、奇妙なドイツ軍捕虜パウル・ネムリング中尉との出会いであった。 1947年の英国作品。 『完全殺人事件』などのブッシュが別名義で書いた、大戦末期の欧州(主に英仏)を舞台にした広義のスパイスリラー。 広義のと書いたのは、事件どころか物語の概要が不明なホワットダニット作品で、いったいどういうストーリーの中身なのか終盤まで不明なため(その上で、作中人物の視点で諜報・謀略活動の可能性も浮上するから、広義のスパイもの、ということになる)。同時に、つまりは、パズラーとはいわないけれど、たぶんに謎解きものの醍醐味もあるわけで。 巻末の解説には、読みなれたミステリファンの読者なら真相の(中略)を推することは可能かもしれないという主旨の文言があったが、評者などにはなかなか意外な真実であった(ああ、そっち? という面も含めて)。 物語の最初の語り手は冒頭から登場のベナム大尉だが、一人称の話し手(手記の記述者)はのべ数名に交代。その叙述の連鎖の果てに用意されていたサプライズが明らかになるが、途中で作者が「仕掛けてきた」気配もあり……まあ、これはここまで。 (ココでストップするなら、ネタバレにならないだろう。) 全体に緊張感のある話で、なかなか面白かった。 実は大ネタは、のちに本邦の新本格系の作家も数十年後にやっている、とある大技の先駆でもあった(これもここまでなら書いていいだろう)。実はこの作品以前にも、どっかに前例があるのかもしれんが。 テンションだけいうなら、なじみのブッシュ名義のものも含めて、この作者の読んだ作品のなかで一番面白かったかも。ちょっとだけ随所に、戦後数年目にして、戦争批判や文明批判のニュアンスを込めているのも地味なポイントか。 なおメインキャラのひとり、ジョン・ベナムは、のちにまた再登場して、シリーズキャラクター? になるらしい。 ホーム名義の作品も、ブッシュ名義の方も、面白そうなのはもうちょっと発掘してほしい。 |
No.2039 | 8点 | ウナギの罠 ヤーン・エクストレム |
(2024/05/08 07:08登録) (ネタバレなし) 1967年9月。スウェーデンのポーラリード地方では、親類から莫大な土地資産を相続した49歳の大地主ブルーノ・フレドネルが土地の権力者として君臨。多くの住民を経済的、精神的に支配して苦しめていた。そんなある夜、何者かに殺害されたフレドネルの死体が、河川のウナギ罠の装置の中で見つかる。赤毛の小男でオペラ愛好家の刑事、バーティル・ドゥレル主任警部が捜査を進めるなか、被害者に悪感情を抱く関係者が続出するが、やがてとある新事実が発覚。殺人現場はいっきに、不可能犯罪(完全密室)の様相を呈した!? 1967年のスウェーデン作品。ドゥレル主任警部シリーズ第5弾。 往年のファンが待ちに待った伝説的作品が、ついに翻訳。 で、また期待が先走り過ぎて、アレな結果になる一縷の危惧の念も湧いたりしたが、それは杞憂。翻訳の滑らかさもあって、予想以上にスラスラ読める。 登場人物はやや多いが、メインキャラは、嫌われ者の被害者の周辺に複数の家庭が並んでいる人物配置が基調で、キャラシフトの構造をいちど掴めばわかりやすい。 例によって登場人物メモを作りながら読んだが、話が進むに従って各キャラのデータメモが増えていくのが楽しくなるような物語の造り。個人的には、黄金期~近代の英国女流作家系の面白さに近いストーリーの転がし方だった。 正直、犯人のフーダニットに関しては登場人物の多さが悪い方に出た感じだが(その理由はもちろんここではナイショ)、ギリギリまでその真犯人の名を秘匿する小説テクニックは〇(マル)。 (欧米の大家の、あの名作を思わせる。) で、キモは ①なんで犯人は密室にしたか、の理由付け ②唖然、呆然の密室トリック ③そのための伏線の張りよう ……で、非常に楽しかった。特に②は久々のヒットだね(笑)。いや、個人的に、かもしれないが(笑)。 ミステリの練度としてマトモに評価すべきなら、①のポイントの方か。 『17人』ともども、エクストレム、ぢつに面白い。 ぜひともこのあとも、この作家の作品の発掘紹介を続けてほしいモンです。 |
No.2038 | 6点 | ラリーレースの惨劇 ジョン・ロード |
(2024/05/07 10:54登録) (ネタバレなし) 名探偵プリーストリー博士の青年秘書ハロルド・メリフィールドは、2人の友人とともに、数日間かけて英国の各所を回るカーラリーに参加した。単純に早く最終ゴールに着けばいいのではなく、各ポイントを設定時間内に回ることを繰り返す条件レースだ。だがその最中、3人は停車する不審な競争車を発見。中にはドライバー2人の死体があった。 1933年の英国作品。プリーストリー博士(本書のカタカナ表記)シリーズの第15弾。 殺人事件は序盤にしか起きない地味な長編だが、物語は動きがあって面白い。話が脇に逸れず、徹頭徹尾、殺人事件の捜査と推理に費やされるド直球ぶりは、いつものジョン・ロード。とても気持ちがいい。 で、フーダニットのパズラーとしては、作者が面白いことをしようとしてるのはわかるが、まともに伏線や手掛かりを整えてないので、ほとんどただのチョンボ作品(欧米の某・巨匠作家の・某問題作のようである)。 翻訳は読みやすかったが、巻頭の人物表はヒドい。ちょっと複数の問題点を言いたいが、まずはここでは、列記しておくべき数名の登場人物の名前が出てないでしょう、とだけ書いておく(具体的には、弁護士のチャールズ・ファラントとか執事のウィリアム・オーチャードとか)。 あれこれ思うことはあるが、それでも今回もそれなりに楽しめた。 この数年間で、これで7~8冊読んでるけど、自分は地味にロード作品がスキみたいだ(笑)。 邦訳があるので、あと未読の残りは二冊か……。関係者の方は、発掘・新訳を適当にまたそろそろ、お願いします。 |
No.2037 | 6点 | すみせごの贄 澤村伊智 |
(2024/05/06 06:10登録) (ネタバレなし) 「比嘉姉妹シリーズ(正確には、比嘉姉妹がいる世界観での連作シリーズ)」の短編集第三弾。 今回は6本収録。 「たなわれしょうき」 ……「僕」こと不登校の中学生・稲葉翔太は、父の指示でフリーライターの野崎崑に同行。ある村で彼の取材の助手を務めるが……。 「戸栗魅姫(とぐり みき)の仕事」 ……「私」こと、中野に事務所謙店舗を構える霊能者・戸栗魅姫は、兵庫の老舗旅館「六輔光陽閣」を訪れた。だがそこで私は、二人の少女とともに不思議な体験に遭遇する。 「火曜夕方の客」 ……高円寺の駅近くに、幾原青年が開いたカレー店「いくお」。そこには毎週の火曜日に奇妙な客があった? 「くろがねのわざ」 ……80年代の日本映画界に、伝説的な仕事を残した特撮美術アーティストの鉄成生(くろがねなるお)。彼にはある秘話と、そしてジンクスがあった。 「とこよだけ」 ……「俺」ことフリーライターの野崎崑は、先輩の心霊ライターの築井とともに、いわくのある四国周辺の小さな孤島・床代(とこしろ)島に向かうが……。 「すみせごの贄」 ……「わたし」こと羽仁鈴菜は、元・銀座の高級料亭の料理長だった父・孝夫とともに、田舎で料理教室を開いていた。そして今日は不在の父のかわりに、実技講師の辻村ゆかりを迎えるが……。 バラエティ感に富んだ怪談連作。個人的に、ホラーショッカー度が特に高いと思うのは「とこよだけ」。ちなみにこれはできるなら本シリーズの現状までの長編をひととおり読んでからの方がいい……かも? 表題作はミステリ的な要素が強く、ちょっと感じが違うような……あんまり言わない方がいいね。 シリーズファンなら、世界観の広がりも含めて、買いの一冊。 |
No.2036 | 5点 | 傷モノの花嫁 友麻碧 |
(2024/05/04 05:08登録) (ネタバレなし) 人間と異形の存在・あやかしが対立し、ときに共存する異世界。「大和皇國」の五大名家、その一角である白蓮寺家の血筋である「私こと」17歳の娘・菜々緒は本来なら、本家の嫡子である若君・麗人の正妻になるはずが、数年前のさる事情からその立場を奪われ、いまは仮面をつけて下女まがいの扱いを受けていた。だが五大名家内で上格の現当主で26歳の青年、紅椿夜行がそんな菜々美を妻に迎える。だが夜行には、さる秘密があった。 作者の原作で大ヒットしている同名少女漫画、その原作をセルフノベライズの形で作者自身が小説化したもの。同じタイガ文庫の「虚構推理」シリーズなどと同様のパターンである。 年下の友人が面白い、これはイイです、と貸してくれたので一読。明後日(正確には明日)その友人と顔を合わせるので、そのときに返そうと思い、今夜、読んだ。アマゾンで250以上の星マーク評価がついている人気作品だが、お話は異世界時代もの(近代もの)版「シンデレラ」にして「(中略)」。 序盤は菜々緒の一人称で始まったのち、途中で視点を変えて別の登場人物たちの一人称になり、変化のある叙述で読み手を飽きさせないのは結構な工夫だが、それならそれで菜々緒=「私」、麗人=「俺」、ほかの女性=「わたし」とか表記を分けてほしかった。 あと後半、ちょっと重要なサブキャラが出てきて片目に眼帯をつけてるそうだが、どっちの目か叙述してないのもいいんかいな? と思ったり。 小説としては結構ラフで、もう少し整わせる余地も見やるが、途中からの良い意味での大衆小説的なお話の作りは、それはそれでまあ良いということで。 まああまり小説を読んだことがない若い世代にウケてるのかな? とも思う。評価は6点……じゃちょっと甘いな。まあ不満は特にないが、ホメるところも(個人的には)そんなにないので、こんなところで。 |
No.2035 | 6点 | 渡された場面 松本清張 |
(2024/05/03 06:07登録) (ネタバレなし) その年の2月。佐賀県の漁村にある「千鳥旅館」にひとりの男性客が泊った。十日ほど滞在した客は、39歳の著述家・小寺康司と記帳した。小寺の部屋を担当する女中で24歳の真野信子は小寺の著作は読んだことはなかったが、林芙美子の作品が好きだった。信子が小説好きらしいと認めた小寺は、やさしい言葉を残して旅館を去った。それからしばらくして、某県の県警の捜査一課長で、文学に興味がある香春(かわら)銀作は、趣味で読んでいた文芸同人内のある事実に気づく。 新潮文庫版で読了。 半年前後前にブックオフの100円棚で、フリで手に取って、面白そうだと購入した一冊である。300頁ちょっとと清張にしては薄目で、実際にスラスラ読めた。以前から、割と長らく耳に残っていたタイトルだったので、なんとなく60年代の作品かと思っていたが、実際には70年代半ばの長編であった。 ジャンルミックス型の作品で、ALFAさんがおっしゃるような「若干「木に竹を継いだ」感が」というのは同感。 それでもこのアクロバティックな構成は見事だろう。 (そしてそれをホメた上で、たしかに荒っぽいというか、悪い意味で話がスイスイ行き過ぎる感は否めないが。) それでなお小説の細部には、円熟した巨匠作家ならではの旨味があり(たとえば捜査陣の思わぬ助っ人となる、無名の婦警のシーンなんかイイねえ)、トータルとしては十分に楽しめた。 清張の作品のなかでは佳作、という意味合いでこの評点だけど、リアルタイムの新刊で読んでいたら、その年のSRのベスト投票では7~8点つけていたろう。 ネタバレにまったくならずに、この作品から海外作家の誰を連想するか? といわれたら、もちろんヴィカーズ。 |