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ミステリの祭典

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平均点:6.33点 書評数:2110件

プロフィール| 書評

No.770 6点 暁のデッドライン
中田耕治
(2020/03/15 04:20登録)
(ネタバレなし)
「おれ」こと、現在は週刊誌編集部の資料係を務める川崎隆は、女優の恋人・和泉燎子と交際中。燎子は夫と数年前に別れた三十代の美女で、高校三年生の娘のまゆみがいたが、そのまゆみを誘拐したので三百万の身代金を用意しろと電話が入る。犯人は当然のごとく警察への連絡を禁じたが、身代金が安すぎること、また燎子に聞いた情報から状況に不審を覚えた川崎は、まゆみが本当に誘拐されたのか確認しようと独自の調査を開始。まゆみの友人の女子高校生で資産家の娘・片桐藍子に接触する。その藍子からの情報をもとにさらに関係者を訪ねて回る川崎だが、彼の前には惨殺された死体が転がっていた。

 スピレインやマッギヴァーン、ロス・マク、さらには『死の接吻』や『虎よ、虎よ!』まで多数の海外ミステリ、SFほかの翻訳を担当し、一方で海外史研究家や舞台演出家の顔も持つ著者・中田耕治のオリジナル国産ミステリ。

 例によって長年自宅の一角に眠っていた蔵書を思い立って読んでみるまでは、表紙折り返し・袖口のあらすじ紹介とこの題名から、タイムサスペンスの誘拐もの&ノンシリーズの単発編だろうと思っていたが、実際にはジャーナリストの川崎隆を主人公にした長編シリーズものの第二弾であった(シリーズ第一弾は1961年に刊行の『危険な女』らしい)。内容もサスペンス編というよりは、一人称のハードボイルド作品という方がふさわしい。
 物語も予想外の方向に転がっていき、その辺はさすがに詳しくはいえないが、作品の仕上がりは、よく考えられた部分と雑な叙述が一冊のなかに同居。一流半の国産ハードボイルドミステリにあと一歩という印象なのだが、思っていたよりずっと、骨っぽさは感じた。
 ただし女性連中はそれなりにキャラクターが描き込まれている反面、主人公の川崎以外の男キャラ連中はまるで精細がない。この辺は書きたくなかったものには熱量を傾けなかった作者の正直さがモロに出た、そんな雰囲気である。

 事件の黒幕も大筋の流れでわかってしまうのはまあ仕方がないが、手がかりというか伏線に関して妙な気の配り方をしているのは感じられ、その辺はちょっと面白い。ただし刊行当時の日常文化ならもっとわかりやすかったかも知れないギミックが、21世紀の今となってはいまひとつ理解しにくくなってしまっているきらいはある。

 あと終盤でメインヒロインの燎子(高校生の娘がいるのだから、いくら女優で若く見える美人といっても三十代後半のはず)と別の23歳の女優が、かつで同期のニューフェイスだったという記述があるが、これはどう見てもヘンでしょう。その昔、二十代半ばの遅咲きニューフェイスと新人の子役の少女が同期だったとでもいうのか? 
 ほかにも細部で、あ~雑だなと思える箇所がいくつか目に付いた一方、うん、なかなか……と思わせる部分も散在し、その辺のカオスぶりは確かに本書の味ではある。文章もところどころ、ポケミスや創元でおなじみの中田節が目について、くすぐったい気分で快い。

 リアルの皮をかぶったファンタジー的な和製ハードボイルドだし(物語は川崎視点で、事件開幕から収束まで一日半もかかっていない)、国産ハードボイルドの傑作を十本なり二十本なり選んだとして、その中に入るような一冊でも決してないけれど、これはこれでまあ悪くはないね。


No.769 5点 愛の囚人
ユベール・モンテイエ
(2020/03/13 05:44登録)
(ネタバレなし)
 1963年9月のイスタンブール。ヒルトンホテルに滞在していた「わたし」こと弁護士ジャン・カルパンは、電報でパリに急遽呼び戻される。パリでは15年来の旧友で名家の息子、そして現在は国務次官のオレスト・レアンデルが新妻クレール・アルヌーを毒殺した嫌疑で逮捕されていた。カルパンとオレストの交際は密接な時期もあればほぼ疎遠な期間もあったが、彼の最初の妻デュボン・ド・ヴリクールが事故で死亡、そして先の妻だった美女クロードもまた62年6月に一人旅の最中に交通事故で死んだことはもちろん聞き及んでいた。自身の潔白を訴えるオレストだが、やがてカルパンの前に、意外な隠されていた事実が。

 1965年のフランス作品。モンティエの長編第四作目で、紙幅は約130ページとかなり薄く二時間もかからずに読めてしまう。
 独特の恋愛観、結婚観、女性観を持つ主人公オレスト(といっても別段そんなにイカれたものでもないが)と、さる劇中ヒロインとの奇妙な? 関係性が主題の作品(まあギリギリ、ここまでは言っていいだろう)。
 限りなく普通小説に近い手応えであり、読んでる内はくだんのメインヒロインに対して「こういう女も現実にいるのかなあ、いないだろうなあ、しかしまあいるかもしれないし、いたらある意味面白いなあ」的な、けったいな感興を覚えた(笑)。

 妙なキャラクターの登場人物たちが織りなす人生喜劇? という言い方をするなら、前に読んだ同じ作者の『悪魔の舗道』と同じだが、今回は少なくとも、話に乗れた分だけ、そっちよりはマシ。最後、いかにもという手際でミステリのフィールドに転調するのもなんか微笑ましくってよい。まあ文芸味がそこそこ活きた、佳作というところで。

※追記:少し前に送られてきた「SRマンスリー」によると、作者は昨年5月12日に亡くなられたそうである。享年90~91歳。邦訳は7冊。今回のレビューは特に追悼を意図したものではないけれど、ご冥福をお祈りします。


No.768 5点 現金を捜せ!
フレドリック・ブラウン
(2020/03/12 22:08登録)
(ネタバレなし)
 アメリカのどこか。地方のそれなりの規模のカーニバルの呼び込み役のマック・アービーは、同じカーニバルに勤めるチャーリー・フラックに誘われて、銀行強盗を行った。計画は成功し、身元もばれていない。しかしふたりが4万2千ドルの獲物を山分け寸前、フラックが交通事故で死亡。同じ車に乗っていたアービーは足を骨折しながらも一命を取り留めた。だが退院したアービーが隠しておいた金を回収にカーニバルの周辺に来た時、銀行強盗の正体がこの二人だと推察していた「殺人犯人」がアービーを殺す。「殺人犯人」は金を奪おうとするが、その在処は分からないままだった。さらに一人二人と、金の匂いを嗅ぎつけた周囲の人間たちが……。

 1953年のアメリカ作品。ブラウンのノンシリーズ作品の一本で、薄口のノワール風クライムストーリーと、サスペンススリラーをない交ぜにしたような内容。
 ちなみに邦訳の創元文庫版のあらすじを読むと、アービーを殺し、さらに金のために人死にを生じさせていく「殺人犯人」(「男」とも叙述)の正体を謎の主題にした、一応のフーダニット作品のようにも思える。
 だが実際には地の文でそのキャラを「殺人犯人」と叙述しておきながら、一方で、早々と別の人物から当の殺人犯に向けて本名を呼ばせて、読者にその正体を割ってしまう(でもそのあともまた「殺人犯人」と延々と叙述)。なんなのだ、これは。評者は一度は、これは何かの××トリック的なミスディレクションかとさえ思ったりしてしまった。
 さすがブラウン、『やさしい死神』もそうだったが、ミステリを書く際には意外に天然っぽい。まあもしかすると、折り目正しい謎解きミステリなんか、自分にとっては二の次なんだよという、創作者としてのアピールかもしれんが。

 そういう訳で中盤まではちょっと、気の抜けたビールみたいなダレた感じも覚えてたりしたが、後半3分の1くらいになって何人かの主要キャラがそれぞれの欲望や動機にもとづいて積極的に動き出してくると、それなりに面白くなってくる。ラストは、良い意味で、ああ、こんな感じになるよね、という思いでいっぱい。最後まで読むとキャラクターたちの書き込みも、思っていた以上の膨らみを実感した。

 あとこの作品を読むと、ミステリに限らず物語のなかで描かれる、カーニバルの華やかさと裏表にある、刹那的な寂寞感といかがわしさというのは、いつだって文芸上の普遍的な主題なんだよなと改めて感慨。たぶん星の数ほどの作家がそれを詩情豊かに語ることに心血を注いできたと思うが、ブラウンはそれを相応にしっかりやった作家だったという印象がいまいちど強まる。そのうちエド・ハンターものの『三人のこびと』も読み返してみよう。


No.767 5点 ナッシュヴィルの殺し屋
ジェイムズ・パタースン
(2020/03/11 23:55登録)
(ネタバレなし)
 1974年。「わたし」こと、31歳の田舎学者で地方新聞「ナッシュヴィル・シチズン・リポーター」の記者でもあるオックス・ジョーンズは、先日の黒人の市長ジミー・リー・ホーンの射殺事件に際して、29歳の殺し屋トマス・ジョン・ベリーマン周辺の情報を追う。ベリーマンの相棒で今は精神病院に収監されるベン・トイを初めとして、関係者を訪ねて回るジョーンズだが……。

 1976年のアメリカ作品で、1977年度のMWA新人賞受賞作品。

 作者ジェイムズ・パタースンは共著を含めてすでに著作が百冊以上に及び、日本でも20冊以上の邦訳が出ている。評者も、作者のシリーズものの主人公で看板キャラらしい、心理学者兼政府のコンサルタント、アレックス・クロスの名前くらいは聞いたことがあるが、とにかくシリーズものもノンシリーズものも一冊も読んだことはなかった(と思う)。とはいえWikipediaを見ると世界的にも大人気らしく、相当、成功した作家らしいが。
 しかしながら本サイトにはまだ登録もないのが気になって、しばらく前にこの本を取り寄せたものの、例によってなんとなく放置。それから半年ほど経った昨日、ついに思い立って読んでみた。ちなみにもちろん本作は、新人賞受賞ということで明らかなように、そんな現在の大家の処女長編である。 

 物語の構造は、キーパーソンというかタイトルロールの人物「ナッシュヴィルの殺し屋」ことベリーマンが現在どのような状況なのか未詳なまま、主人公のジョーンズがあちこちを飛び回り、その一人称の叙述に混ざるように、ある程度自由なカメラワークの三人称の描写が挟み込まれる。
 大昔に観たボガートの晩年の映画『裸足の伯爵夫人』がこんな感じだったような……と思いながら読み進めていくが、お話そのものはそんなに起伏はないものの、小説的な語り口は悪くない、というか脇役の配置、ひとつひとつの場面の見せ方など全体的に器用なので、それなりに読ませる。どちらかというと、犯罪実話を素材にしたドキュメントノヴェルを読んでいるような感じもあるが、たぶんその辺は正に作者が狙った方向だったのではないかという印象。
 全体の紙幅がそんなに厚くないことも含めて、どういう形で物語がまとまっていくのかという興味でよくも悪くも淡々と読み進め、そうしたら最後まで淡々と終ってしまった感触であった。ラストの仕掛け(?)は……うーん。

 大半のエンターテインメントというのは、多かれ少なかれどっか読み手を刺激してハジける部分があると思うのだが、この作品はそういう要素がかなり希薄な感じ。かといってすごく地味で色味も薄いつまらない一冊かというと、決してそんなこともなく、それなりの腹ごたえもあった気もする。
 ちょっと狐につままれたような感触もあるが、まあ、たまにはこういう作品もあるでしょう、最後はそんな思いを抱かせた、そういったミステリ。


No.766 6点 枯れゆく孤島の殺意
神郷智也
(2020/03/09 03:01登録)
(ネタバレなし)
 26歳の植物生態学の研究家・相川優真は、引退した富裕な実業家・田中平蔵からある依頼を受ける。それは本土からかなり離れた、田中家の邸宅がある孤島で、草木が異常な枯れ方をしているので調査を願うというものだった。案件に関心を抱き、さらに数日間で30万円という高額の報酬に背中を押された相川は、アパートの大家で同年齢の若者・美堂棟未人(むどうむねみと)を伴って島に向かうが、そこで二人が遭遇したのは密室ともいえる状況での殺人事件、そして予想を超えた草木の異常な枯れぶりであった。

 講談社が2008年から2011年にかけて新人作家、新人作画アーティストの登竜門として門戸を開いていた「講談社Birth」レーベルの一冊。お恥ずかしながら数年前までこんな企画&叢書があること自体知らなかった。

 本書はミステリファンサークル「SRの会」の正会誌「SRマンスリー」の誌上で数年前に「新本格誕生から現在まで約30年のうちに書かれた、あまり評判にならなかったちょっと面白い? 一冊」という趣旨の特集をした際に、紹介されたものの一冊。その特集のお題目からわかるように基本的にやや~相応にマイナー系の作品が語られたが、本書の作者も少なくともこれ一冊しか著作がないようである?

 内容は120%完全なクローズドサークルもので館もの、広義の密室といえる不可能犯罪っぽい殺人事件を扱うが、その一方で本作の特色として急激に枯れゆく草木の謎という興味が加わる。まあ評者は後者の方は、どうせ専門外の知識から正解が出てくるのだろうと思い、当初から思考放棄したが(そうしたら半分その読みは当たって、半分は意外によく耳にする話題にからんできたような……これ以上はもちろんナイショ)。

 一方、パズラーとして本願となる殺人事件の展開は、登場人物の絶対数もギリギリまで絞られ(物語に出てくるまともな人物だけでひとけたしかいない)、これでどうやってミステリ的なサプライズを見せるつもりだ、少なくとも犯人の意外性だけは(どんな人物を犯人にしたところで頭数が少ない分、疑惑の濃度は高くなるだろという意味で)犠牲になるだろうと考えた。そうしたら……おや、結構、面白いところを突いてきた。小ぶりな仕掛けといえば小ぶりだが、私見ではけっこうセンスのいいアイデアで作者が勝負を仕掛けてきている。
 まあそれこそどこかの新本格作品とかのなかに類似の手が絶対にないとは言えないが、少なくとも自分は今回のギミックとまんま同じものは知らない。ちょっと海外作家(中略)のような感触もある。

 かたや小説の弱点としては文章が全般的に大味なことで、クライマックスの真犯人判明のくだりなど作者がそれっぽく書こうとしている感じだけはわかるものの、効果が上がっていない。いや、なんかかえって、不器用な叙述ゆえの迫力みたいなものは醸し出されたかもしれないが。
 いずれにしろ凡百の館もの、クローズドサークルもののパターンに倣ったとしても、もうちょっとゾクゾク感は出たのではないか、とさえ思った。

 総体としては、まだまだ書き慣れてない(熟成までに至らずに終った)新人作家の習作感は強く抱くが、それでも奇妙な魅力と味わいは認められる一冊。大きな期待をかけない程度に、機会と興味があれば読まれてみてもいいかもしれない……? とも思う。


No.765 5点 ヤオと七つの時空の謎
アンソロジー(国内編集者)
(2020/03/07 05:24登録)
(ネタバレなし)
 本好きで剣道の心得がある女子高校生・ヤオが、ある日、世界の崩壊に遭遇。謎の声の主との接触を経たのち、日本のさまざまな過去の時代にある目的のたびに飛ばされる……という導入部を、本書の編著者の立場の芦辺拓がまず担当(執筆)。
 続いて、獅子宮敏彦、山田彩人、秋梨惟喬、高井忍、安萬純一、柄刀一の6人が、各時代でのヤオが遭遇、あるいはに連する事件や騒乱を語り、最後にエピローグをまた芦辺がまとめる、オムニバス形式? の連作ミステリアンソロジー。特に書下ろしとは謳ってないが、雑誌初出データの記載がないから、たぶんそうなのであろう?
 
 なかなか面白そうな趣向で、さらにこの題名ゆえに、評者は当初、ヤオ本人または彼女が出会った歴史上の有名な人物たちがそれぞれの時代の不可思議な事件で探偵役となる、シオドー・マシスンの『名探偵群像』の変種みたいな内容の連作アンソロジーを予期した。
 そうしたら、期待を下回って正統派の謎解きミステリは少なく、かなり拍子抜けした。日本史に強いというか、一定の見識がある人なら楽しめそうな作品もいくつかあるようだが、残念ながら評者はその対象ではない。
 個人的には高井忍の『天狗火起請』(江戸時代の吉原周辺が舞台。密室殺人が生じて、意外な凶器とハウダニットがフーダニットに繋がる)みたいなので大半が埋まるかと楽しみにしていたのだが、そういうマトモなパズラーはこの一つだけであった。他の作家はみな、フツーのミステリというより、ヤオが向かった先の歴史についての側面の方に話作りの興味を傾注した感が強い(まあその上で、広義のミステリ味が皆無というわけでは決してないのだが……)。
 あと、中にはほとんどヤオをチラリと見せるだけで本筋にからまないような作品も一、二あったり……。
 ちなみに主人公であるヤオそのもののキャラクターは、作家によってかなり印象が異なるのだが、これ自体はこういう趣向の本なのだから、まあよしとは思っている。あ、元ネタはもしかして2019年の深夜アニメ版『江古田ちゃん』か?(笑)
 
 なお最後のエピローグは芦辺先生、キレイに決めたつもりであろうが、筆に勢いがなくもうひとつ効果が上がらなかった印象なのも残念。
 もっと面白くなりそうな趣向の一冊ではあったんだけどな。読むこっちも(日本史に詳しくないという意味で)よくなかったか。


No.764 6点 パスカル夫人の秘密
ウィリアムズ・スティーヴンス・ヘイワード
(2020/03/04 13:53登録)
(ネタバレなし)
 19世紀半ばの英国。「わたし」こと、突然未亡人になった30歳代末のパスカル夫人は、ロンドン警視庁の刑事課長ワーナー大佐の請願を受けて女性刑事になった。まだ婦人警官が珍しい時代。パスカル夫人はときにメイドなどの下働きを装いながら事件の関係者に接近し、最後には刑事としての権能をふるい、多様な犯罪に挑んでいく。

 1864年(1861年説もあり)の英国作品。海外ミステリ史における重要な短編集を歴史順に解題した研究「(エラリー・)クイーンの定員」。その順列5番目の短編集で、当時の元版は作者未詳で刊行されたらしい。日本国内のweb上のミステリ研究サイトではこの作者の名前を「チャールズ・H・クラーク」と標記し、刊行年を1861年としているものもあるが、本作を2019年に同人叢書「ヒラヤマ探偵文庫」の一冊として翻訳刊行した平山雄一は、最近の文学的研究にもとづき作者名をウィリアム・スティーヴンス・ヘイワードと特定。刊行年も1864年としている。このレビューも、その書誌観にもとづいて執筆する。ちなみに翻訳書の刊行時期は、奥付記載で2019年5月。

 内容は、長め短め全10編の連作短編が収録された一冊で、基本パターンはパスカル夫人がワーナー大佐に呼び出されて捜査の指示を受けるところから始まるが、一部のエピソードは三人称の叙述でパスカル夫人の視野の外から始まるものもあり、作劇の自由度は高い。その分、バラエティ感も豊かな連作が楽しめる。

 1864年といえば『ルルージュ事件』(1866年)の二年前(!)、『緋色の研究』(1887年)のふた昔以上前で、事実上、本書が史上初のプロの女性捜査官のミステリであったらしい。作中でパスカル夫人の詳細な前身は明らかにされず、第一話『謎の伯爵夫人』の序盤で夫を失った40歳近い女性が、ロンドン警視庁の刑事課長から声をかけられて女性刑事になったという簡単な経緯が語られるだけ。たぶん亡き夫が警察関係者か何かだったのだろかと想像できる。
 ミステリ的な内容は浅めで、明らかに意外な犯人の効果を狙いながら伏線や手がかりなどもなくいきなり読者をびっくりさせてよしとするものもあれば、本来は法律で裁くべきであろう悪人と妙な手打ちをして幕を閉じてしまう話もあり、これはこれで刊行当時のミステリの形質を実感する意味で、なかなか新鮮で面白い。150年以上前のクラシックだからこその味わいだ。
 最後の事件『匿名の女』などは、公式の捜査の枠外を外れたパスカル夫人の事件簿だが、敵役? の美女ファニー・ウィリアムズのしたたかなキャラクターと渡り合う図なども含めて、のちのちの東西ミステリ界で事件屋稼業ものの先駆的な趣もある。
 
 もちろん同じクラシックの連作女探偵ものでも、のちのヒュームの『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』(1898年)あたりに比べると、ミステリとしても読みものとしてもまだまだ洗練も研鑽もされていない未成熟な面もあるが、黎明期のミステリ史的な関心もふくめて、これはこれで楽しめた一冊。

 期待された旧作発掘叢書「奇想天外の本棚」(原書房)が事実上の死に態の今、平山氏には今後もこの手のクラシックの発掘をお願いしたい。


No.763 6点 家族パズル
黒田研二
(2020/03/03 12:43登録)
(ネタバレなし)
「家族」を主題にした、ヒューマンミステリの連作集(とはいえ設定も登場人物も全部バラバラだが)。「ジャーロ」に掲載の3編、「メフィスト」に掲載の1編、書下ろしの1本の編成で、全部で5本の短編が収められている。

 黒田作品はまだ長編を3冊読んでいるのみで大きなことは何も言えないが、処女作『ウェディング・ドレス』から随分と遠くにきたものだという感慨の一端を覚えたりする。
 言い換えれば黒田作品らしさ? はあまり感じず、21世紀国内の筆の立つ現役作家ならよくも悪くもかなりの面々が書けそうな手応えもあるが。

 それでも全5編の内容は、おおむね佳作~秀作以上。こういう傾向の作品はたまに補充したくなるので、その意味では快く読めた。
(ただし巻頭の『はだしの親父』はミステリとしては、ここで提示された謎の答えを気づかない人間は100人の読者がいて100人ともいないだろという印象だが。その点では、ある意味でスゴイ作品であった。)
 ベスト編は『神様の思惑』と『家族の序列』がツートップ。それに最後の『言霊の亡霊』が続く。

 黒田研二に今後もこういう路線のヒューマンミステリをお願いします、と書くのは、O・ヘンリーベースの作風に傾倒していった時期の赤塚不二夫に「これからも悲しい悲しいおそ松くんを描いてくださいね」とファンレターを送り、赤塚当人に爆笑された女子高校生(実際にそういう人がいたそうである)のような感じだが、まあ、これはこれでいいのだ。 


No.762 6点 名探偵の密室
クリス・マクジョージ
(2020/03/03 03:03登録)
(ネタバレなし)「少年探偵」として世間の注目を集めたモーガン・シェパード。36歳になった現在の彼は通俗的なテレビのショー番組で売れっ子の「名探偵」タレントとなっていたが、陰では酒と薬物に耽溺する毎日だった。シェパードはパリで行きずりの女性と一夜をともにするが、気がつくと高級ホテル風のベッドに手錠で繋がれ、その周囲には5人の男女が横たわっていた。ついで彼らは現在いる場が脱出不能の密室と認め、しかも屋内には何者かに殺されたシェパードの知人の死体があった。やがて馬のマスクをかぶった謎の人物がテレビモニターを通じて、3時間以内に屋内の誰が殺人犯人かを当てろ、期限の時刻を過ぎた場合はホテルをほかの宿泊客もろとも爆破すると通告してきた。

 2018年の英国作品。
 いかにもそれっぽい題名だが、密室ネタの不可能犯罪ものではないことは予めネットの噂で聞かされていた。密室とは主人公たちが監禁された脱出不可の空間のこと。
 それでも一応はフーダニットで、目的の見えない事件というか物語そのものにも仕掛けがある。これは、まんまイギリスの新世代作家(1992年生まれ)によって書かれた、海の向こうの「新本格作品」。
 中盤から語られるシェパードの11歳の時の事件の経緯と真相も、良い感じでストーリー上の立体感を築いている。
 一方で、真相が判明したのちに明かされる真犯人の設定とその作中での扱いについては、正直あれこれ言いたいことばかり。その辺は若さの勢いで書いた作品という印象も大だが、それでも破天荒なパワフルさは確かに全編にみなぎっており、個人的には結構楽しめた。
(とはいえ読者を選ぶ作品という感触も強いね。引っかかる人は本編の描写のあちこちで、何かしら嫌ってしまうかもしれない。)

 ああそうそう、大事な事として、本作はもともと大学の小説創作学科のスリラー分野の実作論文として、原型が完成。それを商業出版用にまとめ直したものらしい。そんな異色の経緯の一冊ではあるが、訳者あとがきによると、本国ではまさかのシリーズ化? もされるそうな。ちょっと楽しみな感じで、また翻訳されたらたぶん読むでしょう。


No.761 6点 まほり
高田大介
(2020/03/01 04:11登録)
(ネタバレなし)
 喘息の妹の療養のため、家族ぐるみで埼玉県から上州に引っ越してきた中学生・長谷川淳。彼はある日、川辺で奇矯な行動をとる謎の美少女に出会う。それからしばらくしたのち、社会学を専攻する大学四年生・勝山裕(ゆう)は学友たちと各地の都市伝説を話題にしていたが、仲間の一人から上州のある寒村での奇妙な風習? を聞かされる。その村が自分の出身地と近いこともあって、関心を抱いた裕は現地でのフィールドワークを開始。故郷の図書館で司書の卵として働く中学時代のガールフレンド・「メシヤマ」こと飯山香織を相棒に迎えて調査を続けるが、やがて現地の異常な秘密が……。

 話題になっている昨年の新刊の一冊として、読んでみた。
 評者は、作者の人気作品で本サイトでもtider-tigerさんの熱いレビューがある『図書館の魔女』の方は未読。本作が作者との初めての出会いである。

 それで内容だが「(著者の)初の民俗学ミステリ」を謳うだけあって、何かただならぬ事態を予感しつつ、それに関連するかもしれない史料や伝承を読解・考察・受容していく主人公コンビ(ここでは裕と香織)の探求ぶりはボリューム感たっぷりに語られる。
 その道筋は、事件性のある謎(ミステリ)を探るための手段というより、正に<学究の徒はいかに古来からの文献や情報に接するべきかという方法論や立ち位置の再確認>。そんな叙述をエンタテインメント小説としてぐいぐい読ませるパワフルな筆力は十分に感じた。この部分だけ切り離して愉しむなら、民俗学ミステリ、あるいは歴史ミステリというよりも『舟を編む』みたいな、専門分野への実践的な取り組みドラマとかの触感に近いような気がする(と言いつつ評者は、くだんの『舟を~』は、深夜アニメ版しか観てないんだけど~汗~)。

 それでその辺の学究部分はともあれ、肝心の事件の実体はどうなの? と改めて思い始めた頃合いに、物語は本筋に回帰。裕たちがもう一人の主人公・淳と合流して、絶妙なタイミングでクライマックスに向けてストーリーが動き出す。このあたりのお話作りの呼吸もよく出来ている。

 とはいえ本作のキーワード「まほり」の真実に関しては意外といえば意外だが、仰々しくドラマを盛り上げた割に、謀(はかりごと)の実体としては大山鳴動して鼠一匹という感も……。というか、それ以前に真相を先読みできる人も多そう。
 評者もたしか昭和40年代の秋田書店の少年漫画誌の増刊号か何かの読み切り作品で、まったく同じネタのものを読んだ記憶が甦ってきた(あまりにマイナーすぎる漫画ゆえ、こう書いてもぜ~ったいにネタバレにならないと思うが)。

 あと、事件終結後のエピローグは鮮やかにドラマを決めてくれた……という感じに受け取るべきなんだろうけれど、一方でこういうクロージングに持って行かれると、そこにいくまでの登場人物の内面描写に、やや不自然な印象も抱いてしまう。<あのタイミング>で<そっち>への連想は生じていなかったのであろうかな、とか(あるいはあえてその辺りは、叙述の上でぼかされていた……という解釈でもいい……のか?)。

 読み応えはたしかにあったが、優秀作と褒めきるには、ちょっと引っかかるところがなくもない一冊。でもトータルとしてはなかなかの出来ではある。普通の作家には絶対に書けないタイプの作品だとは思うし。


No.760 7点 完訳版 秘中の秘
ウィリアム・ル・キュー
(2020/02/29 18:44登録)
(ネタバレなし)
 その年の6月末、「わたし」こと32歳の代診医師ポール・ピッカリングは、短期契約の診療所の応援仕事を終えて、友人である老船長ジョブ・シールの中型船舶「スラッシュ号」に乗り込む。船は老朽船だが、船医ではなくあくまで客人として乗船したピッカリングは10人弱の船員とともにのんびりした船旅を過ごすが、ある日、ノアの箱舟を思わせる古式騒然とした大型船に遭遇した。同船「タツノオトシゴ号」は16世紀のイタリアの船で、一度海中に沈没したものが何らかの浮力によって洋上に浮かび上がってきたらしかった。しかも驚いたことに船内には、無数の白骨とともに記憶を失ったひとりの老人が残留。さらに金貨を詰め込んだ箱が見つかるが、その周囲からはさらに莫大な価値の隠し財宝が地上のどこかにあると暗示した文書が発見される。ジョブ船長とピッカリングは法的に正式な手続きを経た金貨の管理を考え、さらにその財宝の捜索を試みるが、航海中、そして陸に上がってから、不審な男たちの怪しい動きが……。

 1903年の英国作品。もともとは明治時代から菊池幽芳の筆で翻案作品『秘中の秘』として紹介され、少年時代の江戸川乱歩の心に(広義の)ミステリ熱を呼び起こした作品であった(というかこの作品が翻案作品『秘中の秘』の原書であったことは近年になって判明したようだが)。
 その原書をミステリ研究家、翻訳家として精力的に近年活躍中の平山雄一が、自費出版(同人書籍)の形で完訳して出版したのが本書である。2020年2月現在、まだ通販でも買えるようだが、評者は昨年秋の同人イベントの初売りの場に出向いて購入した。奥付は2019年11月の刊行。
(ちなみに『完訳版 秘中の秘』というのは、本サイトへの登録上、評者が独断で便宜的につけた書名ではない。表紙にも背表紙にも奥付にも書かれている、この翻訳ミステリの正式な作品名である。)

 評者は浅学にして、作者ウィリアム・ル・キューはヘイクラフトの著作やほかの海外ミステリ研究家の評論署などでのみこれまで名前を見た覚えがある程度で、ジョン・バカンあたりによって現代英国冒険小説の礎が築かれる前の世代のスリラー作家というくらいの認識しかない(実はそんなレベルの知見すら、本当に正確か心許ないくらいだが)。

 とはいえ、ある時代の欧米ミステリ史を探求するとよく出てくる名前なのは確かであり、一度くらいは実作を読んでみたいとは思っていた。その意味では、乱歩の少年時代のエピソードなどを抜きにしても、今回の全訳の刊行は、結構、有り難い、長年の(それなりの)念願に応えた一冊という趣もある。
 
 16世紀の古文書が手がかりになり、暗号の謎解きや悪人たちとの相克を交え、さらには主人公ピカッリングのどこかきな臭い感じのロマンスも散りばめて語られるストーリーは古式ゆかしいが、一方で時代を超えたハイテンポな筋運びではあり、少なくとも最後まで退屈はしない。都合良く物語が進みすぎる部分もないではないが、かたや随所の描写には意外性に富んで印象的なものも散見する。
 宝探しの興味を主題にしたクラシックスリラーで、アマチュア主人公とその仲間の冒険譚として読むならば、それなりに楽しめる出来ではあった。
(まあ正直、純粋に一冊の作品として愉しむというよりは、オレやあなたみたいなミステリファンの好事家が探求的に読む、歴史的な価値のある本、という感じも強いけれど。)

 しかし(乱歩のエピソードにまた頭を戻して)こういう日本のミステリファンにとって、ちょっとややこしい? あるいはドラマチックな? 意味で意義のある作品を21世紀の世の中にきちんとした形で発掘し、誰もが読みやすい日本語にして出してくれた平山氏の心意気は改めてすごく嬉しい。その熱意と実働に対し、ミステリファンの末席の一人として、厚くお礼申し上げます。その意味で評点は1点加算。


No.759 5点 逢魔が刻 腕貫探偵リブート
西澤保彦
(2020/02/29 02:03登録)
(ネタバレなし)
 全4編の中編を収録。本シリーズはこれで7冊目だと思うが、評者が読んだのはつまみ食いでこれが二冊目(前回読んだのは、このひとつ前の『帰ってきた腕貫探偵』)。
 本書の巻末の既刊紹介のところに「どこから読んでも面白い!」とあり、あくまでこのシリーズの本質はキャラクターミステリではなく、毎回毎回の謎解き事件だと謳ってるようである。
 とはいえなんか今回はヒロインのお嬢様・ユリエとその周囲の関係者の距離感が掴みにくく、いかにも一見さんお断りという感じであった。おまけにタイトルロールの腕貫さんがマトモに登場するのは全4話の最後だけ。これでいいの?
 
 しかしながら第2話は久々にヘンな作品を読んだ思いで、なかなか楽しかった。アンフェアとか伏線が薄いとかどうとかいう感慨を越えて、こーゆーものをしれっと出されると結構じわじわ来る。なんだこれは(笑)。
 ほかの3編はまあボチボチ。

 Amazonのレビューで余計な情報を先に見てしまったのは良くなかった。
 未読でこれから読むつもりの人は注意のほどを。


No.758 5点 今昔百鬼拾遺 天狗
京極夏彦
(2020/02/28 05:33登録)
(ネタバレなし)
 失踪した女性の服をまとった別人の死体が発見された? という発端の謎は魅力的だが、作品全体としては悪い意味でごく普通のミステリっぽい。登場人物が少ないため、真犯人の察しもすぐつくのも難。
 あと京極堂シリーズとその派生作品は、昭和二十年代の法医学がまだ未熟という世界観を底流に書かれていてそれ自体はもちろん良いのだが、この作品ではあまりよろしくない形でそういう形質に寄り掛かってしまった印象。
 
 さらに今回の物語の主題は、作品世界内の時代設定的には、たしかに物議を呼ぶような種類のものであろうが、一方で京極堂シリーズの正編と派生編が多く書かれ過ぎた結果、ネタ切れでこういうものを出してきたようにも思える。
(それでも作品全体を、極力いつものシリーズの質感に近づけようという作者の奮闘ぶりは感じたが。)

 ちなみに評者は、先行作の『鳴釜』はまだ未読なので、世間でファンが騒いでいる本作の第三のヒロイン・篠村美弥子の復活祭りに乗れないのは残念(とはいえ本作で初対面ながら、彼女の豪胆な魅力の一端は理解できたつもり)。
 あとクライマックスに爆発する美由紀の怒りの正論は今回もしごく真っ当だが、シリーズ三冊を間を空けずに読んだためか、おなじみのパターンが水戸黄門の印籠かドリフのコントのように思えてしまう。というより元ネタはもしかしたら昭和のバラエティ番組での初代・桂小金治か?

 それなりに面白かったが、京極堂シリーズの派生作品という前提から考えると、コレジャナイ感が横溢。
 昭和三十年代の「探偵倶楽部」か「探偵実話」に連載されて、そのまま一度も本にならず埋もれていた作品を発掘したのがこれだったとしたら、たぶん諸手を挙げて絶賛していただろうけど。


No.757 7点 金時計
ポール・アルテ
(2020/02/27 04:28登録)
(ネタバレなし)
 本筋の1910年代パートと、現代の1990年代パート。
 一方は正統派パズラー、一方は(中略)の作りでぐいぐい読ませはするものの、結局はしょぼい接点でリンクするだけじゃないかと舐めていたが……。最後は「こう来たか!?」という快い驚きが待っていた。
 例によって人物メモを作りながら読んだが、その作業に意味があったのにもほくそ笑む。
 ホックの短編パズラーの感覚を思わせる不可能犯罪の真相にもニヤリ。モダンパズラーの作法なら、これで良いのだと思うぞ。
(※ちなみにAmazonのレビューは事前に読まないように。盛大にネタバレされています。評者はまったく知らずに楽しめて、ラッキーだった。)

 前作も面白かったけど、今回はそれ以上に満足度が高い。本シリーズの未訳5本がどんなレベルかは当然まだ分からないんだけど、少なくとも本作はたぶん上位の方だろうね? 少なくともこんな(中略)的な大技が、そうそう使えるわけはない(とはいえそんな予感が裏切られるのなら、それはそれでもちろん幸福)。
 あえて不満を言うなら、過去設定の日常描写に1910年代という時代色がいまひとつ感じられないことかな。この作品ならもう少しその演出が濃厚な方が、さらに終盤に向けての効果があがったように思える。
 
 何はともあれ、今後もシリーズの邦訳が順調に続くことを切に願います。

【一箇所だけ重箱の隅】
P87の6行目
ダリル(×)
ダレン(○)
……電子書籍版は、直ってるのであろうか?


No.756 8点 探偵小説の黄金時代
伝記・評伝
(2020/02/25 14:00登録)
 自宅内の周囲にずっと置きながら、その重量感に怖じてなかなかページを開かないでいた。
 そうしたらある夜、家人が具合が悪くて早めに寝込み、中途半端に深夜にひとりだけ手持ち無沙汰になったので読み始めた。そうしたら(そうなる予感もあった(笑)のが)、正に止められない、止まらない!

 1930~49年までの英国「ディテクション・クラブ」初期。その前夜から始まって、組織そのものと関係者、さらには参加していた作家たちに関わった現実の事態や事件が語られる(特に現実に特異な殺人事件が起きて、それがどう作家たちに影響を与えたかの記述部分はかなり多い)。

 巻頭には角版で42人の作家の顔が並べられているが、中心人物はセイヤーズとバークリーの2人。クリスティーの扱いも大きく、後半になって登場するカーなどもドラマチックに語られるが、先の2人の記述には及ばない。個人的に評者はこの2人はどちらもまだまだ読むものが残っているので、先にその創作の軌跡にざっとでも触れたことは良かったかどうか(ネタバレの類は皆無ではないにせよ、意外に少なかったが)。

 なおゴシップやスキャンダルの類には筆を控えた一冊、という主旨の文言が、巻末の森英俊氏の解説などにある。たしかに扇情的な記述などは少ないのだが、それでもセイヤーズの性遍歴などは相応に赤裸々に綴られ、ところどころそこまで踏み込まないのではいいのではないかとも思わされた(一方で名前のみ出てくる程度の作家も何人かいるし)。とはいえこの辺もセイヤーズの実作に通じた人なら、また違うものが見えてくるかもしれない。
 個人的にはディテクション・クラブの創設に後を託す? ようなタイミングで逝去するドイルの逸話、大先輩であるオースティン・フリーマンの老体を息子か孫かのように気づかう若き日のカーの話題などが読めたのは、とても楽しかった(もしかしたらカーとフリーマンの逸話は『ジョン・ディクスン・カー―「奇蹟を解く男」』に書かれていたかもしれないが、だとしたら評者は読んでいて忘れている)。途中の写真で紹介される、同じ母校(オックスフォード)出身の、ともに若き日のマイケル・イネスとニコラス・ブレイクが笑い合う図なんか見ていて涙が出てくる。そしてここでもクリスチアナ・ブランドはやっぱり、意地悪婆さんであった(まあまだ当時は若いけど)。

 ちなみにディテクション・クラブは、基本的に謎解き作家、あるいはサスペンス犯罪小説作家のみが参加を許され、冒険小説作家やスリラー作家は、たとえジョン・バカンのようにその業績が偉大だと万人に認められていても加入を許されなかったという。この規約はのちにギャビン・ライアルの入会によって破られるというが、そこに行くまでには英国のミステリ文壇にいろいろあったんだろうなあとも思わされる。できたら本書の続刊、ディテクション・クラブの50年代編以降も読みたい。
 
 英国の作家勢が米国に隆盛してくる作家たちの動向をうかがう図なども興味深く、さらに当然のことながら本書で話題にされながらまだ日本に未訳の作品群などで面白そうなものもいくつもある。
 一読しただけではとてもすべての情報量を吸収できるわけもないし、ヘイクラフトのかの著作同様に何度も繰り返し読む必要も価値もあると思う。

 ただし(それ自体は誠に仕方がないと思うが)とにかく記述される作家の焦点に偏りがあるきらいがいささか残念。
 あまり総花的になっても問題だが、結局のところはこういう本は、同じ主題に関して別の史家がまた別の視点からいつかまた何度も書き直し、大局的な見識を高めていくものかもしれないとも思う。


No.755 6点 今昔百鬼拾遺 河童
京極夏彦
(2020/02/25 13:19登録)
(ネタバレなし)
 敦子&美由紀コンビを主役にした長編路線の二冊目。

 フーダニットの作品としてはゆるい作りだが、昭和の戦後期の世相を活かしたという意味では前作より面白かった。昭和30年代前半に書かれたこんな作風の、ミステリファン全般に忘れられたマイナーな長編探偵小説が発掘されたような気分すら覚える。
 個人的にはそれほど恣意的なユーモラスな感覚は覚えなかったのだが(京極堂の正編シリーズでも、似たような雰囲気に流れることはままあると思うし)、ラストはそれなりにいつものこの世界観らしいネタが出てきて楽しかった(軽くゾクゾクした)。
 キーパーソンとなる登場人物の何人かの思考の道筋はそれぞれ特殊で印象的だが、ショッキングさの域にはいかない。それでもある種の感慨を覚えたのだが、そういう点では成功であろう(少なくとも筆者にとっては)。

 前作『鬼』同様に、ぶっとびながら振り切った感覚は希薄だが、今回も悪くはない。いつか期待される正編が登場するまでの繋ぎ役としては、一定の成果をあげているのではないか。


No.754 7点 論理仕掛けの奇談 有栖川有栖解説集
評論・エッセイ
(2020/02/24 03:16登録)
(ネタバレなし)
 またここのところ忙しくなって、読みたい本(特に新旧の長編ミステリ)が読みたくても読めないミステリ中毒者(現状の評者のこと)の渇を癒やしてくれた一冊。眠る前に少しずつ読んで(時には興が乗ってそれ以外の時も手に取り続けて)何日かかけて読了した。
 本書は、他者の著作の文庫などの巻末に有栖川有栖が書いた解説を集成したもので、『Xの悲劇』や『点と線』などの旧作・名作から21世紀の国内外の新作群まで60本以上の文章がまとめられている。

 実作者かつミステリファンとしての胸襟を開きながら、各作品や作家の魅力・個性に触れていく語り口はひとつひとつの文章が実に心地よく、大昔に『深夜の散歩』や『夜明けの睡魔』さらには石上三登志の『男たちのための寓話』などを読みふけった際の快感に近いものを受け取った。
 とにかく未読の作品の大半を読ませたくなる口上の見事さは絶品である。

 とはいえこれだけの数の同系の文章をまとめて読まされるとどうしても綻びが出てくる感もあり、たとえば『致死量未満の謎』と『闇に香る嘘』なんか続けて載っているけれど、両作品の新人賞(乱歩賞は厳密には新人賞ではないが)受賞までの選考経過についての肯定の仕方なんか、ものの見事にダブルスタンダードの物言いじゃないの? とも思う。
 そういう意味では、頭のいい人が口先で作品を褒めあげる解説というきらいも無くもなく、商業原稿とミステリファンによる原稿との兼ね合いの落しどころに限界を感じてしまった部分もあった。
 まあ、ミステリ作家としてもミステリファンとしても異才の有栖川有栖でなければ、これだけの解説をまとめて読まされた際には、もっともっとあちこちに評価のスタンダードにおける破綻が出ていたこととは思うが。

 なんにせよ、前から気になっていた作品でさっさと読みなさいよと背中を押されたタイトルも、初めて書名を教えられて面白そうだと意識してタイトルもいっぱいあった。追々、読んでいきたいと思います。


No.753 7点 ブラックバード
マイケル・フィーゲル
(2020/02/19 23:34登録)
(ネタバレなし)
 2008年9月8日のワシントン。「おれ」こと国内でテロ活動を請け負う殺し屋エディソン・ノースは、重度の卵アレルギーだったため、ファーストフード店でマヨネーズ抜きのメニューを注文する。だが店員は傲慢に対応し、憤怒したエディソンは店内で銃を乱射した。その時、店内にいた「わたし」こと8歳の少女クリスチャンもまた、惨状の直前に店員の横柄な対応を受けており、それを契機に彼女に関心を抱いたエディソンは、気まぐれのように少女を連れ出してしまう。その直後、クリスチャンに逃げる機会を与えたエディソンだが、なぜか彼女は彼のもとを去ろうとはしない。奇妙な縁のなか、親子のように旅を続ける2人。やがてクリスチャン=Xチャンはエディソンの訓育を受け、暗殺者として成長し始めるが、2人の前には激動の日々が待っていた。

 2017年のアメリカ作品。
『ニキータ』だの『グロリア』だの『レオン』だのあれやこれやの映画の題名が連想で浮かぶ、子供+ノワールもの(ちなみに正直に言うと、いま名前をあげた映画はどれもマトモに観てない)。
 エディソンは1962年生まれ、クリスチャンは2000年生まれと、二世代近くも年の違う主人公コンビだが、年輩の方が生きる上で次第に年若き相棒の存在に依存していく流れは王道。この辺は『家なき子』のレミとビタリスだ。
 さらに2人にさる事情から追撃の手がかかるが、その事態の全容は終盤まで茫洋としており、読者にも明かされない。500ページ近くの厚めの長編ながら、名前のある登場人物は10人いるかいないかで、結局のところ主人公2人が突き落とされた迷宮感もこの叙述のおかげで際立っている(正確には、これまでずっと裏世界の依頼を受けてきたエディソンは相応に詳しいことを知っているはずだが、彼は考えあって? Xチャンにいっぺんにすべてを明かそうとはしない)。
 クリスチャンの人生を巻き込んでいくエディソンは、通例の意味での倫理や道徳観など希薄(請け負った仕事の上なら罪もない市民も必要に応じて殺す)。それでも少女の養育者としての立ち位置に独自のコードを設け、一定のストイシズムを感じさせる(いささか歪んだ形なのは間違いないが)中年主人公エディソンのキャラクターにいつしか読み手は魅せられていく。このあたりのバランス取りはかなりうまい。

 前述のように厚めの一冊だが、エディソン視点の「おれ」パートと、Xチャン(クリスチャン)視点の「わたし」パートを交錯させながら滑らかに物語が進み、気がついたら半日もかからずに読了していた。
 先に書いたような迷宮感を経た、最後の対峙シーンの雰囲気はトレヴェニアンの『シブミ』の終盤のあの雰囲気と緊張感に近いかも。
 随所に仕込まれた21世紀アメリカ&世界規模の文明観や、独特の文芸っぽい香気も含めて、予期した以上の満足感のある作品。 


No.752 5点 クラヴァートンの謎
ジョン・ロード
(2020/02/18 23:59登録)
(ネタバレなし)
 評者は、マイルズ・バートン名義を含めてロードはこれで4冊目。
 望外の大技を使った『代診医の死』と愉快なトリックを重視した『素性を明かさぬ死』は面白かったが、これと『見えない凶器』はイマイチ。
 
 いや確かに本書はそれなりにストーリーのテンポは良く、一部を除いてそれぞれの登場人物のキャラも立っている。だからロード作品に付き合い馴れた常連の読者の方からすれば、これはいつもより健闘してる、という評価になるのもわかるような気もする。

 とはいえ、公開された遺言状の中にいきなり名前が出てくる人物の素性とか、肝心の殺人事件の犯人とか、いくら90年前の作品だからってあまりに曲がない作りでは。
 殺害トリックも読者の専門知識があるのなしのを言うよりも、そもそもこの謎の提示だけで、当初からほぼ犯人が見えてしまうのでないか? 少なくともかなりの読者がある人物を一回は疑い、それを否定する要素も無いまま真相にたどり着くのではないかと思う。1933年といえばもう英米ミステリ界の黄金時代なんだから、クラシックミステリとして甘めに見ましょうとかの話じゃないね。
 作劇上の降霊術の使い方も、シリーズ探偵もののなかで扱うのなら、もう少しネタの広げようもあった気が。この辺は単純にややもったいない。
 日本のシリーズものの量産作家だったら、凡作~水準作というところでは。
 評点は5.5点くらいだけど、下馬評の良さに鼻白んでこの点数に。


No.751 7点 世界樹の棺
筒城灯士郎
(2020/02/18 03:58登録)
(ネタバレなし)
 美しく平和な小国「石国」。その小さな王宮のなかでただ二人のメイドのうちの一方として働くのは、十代半ばの少女、恋塚愛埋(こいづかあいまい)。だが石国は、強大な国家「帝国」から共栄の美名のもとに不平等な条約を押しつけられ、亡国の危機にあった。そんな折、愛埋はわずかな人数で小国にある不思議な空間「世界樹の樹木」の調査に向かう。そこは古代文明の町並みが残り、人間と変わらぬ「古代人形」が住むという世界であった。やがて愛埋は、そこで人間とも古代人形とも判然としない6人の美少女に対面。さらに不可解な殺人? 事件にまで遭遇する。愛埋は眼前の事件の現場が密室状況だと認めるが……。

 2019年のミステリ界を騒がせた(?)三大異世界パズラーの最後のひとつ(他はすでにレビューを書いた『異世界の名探偵 1 首なし姫殺人事件』と『不死人(アンデッド)の検屍人ロザリア・バーネットの検屍録 骸骨城連続殺人事件』の二編)。
 三作ともそれぞれに読み応えがあって面白かったが、物語の最後に明かされる世界観のスケールの大きさではこれが一番だろう。「世界の姿が反転する」の謳い文句は伊達ではない。

 とはいえ奇抜な大技・奇想というよりは、正統的なある種の文芸、文明観を丁寧に再構築して新規の工夫のもとに巧妙に見せたという感じ。
 謎解きミステリのロジックも密に練り込まれているし(ほんのわずかだけツッコミ所もあるが)、しかもそのミステリ部分が整然とした上で、そこからビジョンがさらに外側に広がっていく。
 中盤の「え?」という叙述の真意もあえて直接は説明されないが、最後まで読んで世界観の真相を語られたときに腑に落ちる。
(それにしてもあの一行は、連城三紀彦の某作品を思い出した~こう書いてもネタバレにはなってないハズ。)

 なお終盤の一大ギミックの登場(というか判明)はやや唐突感はあったが、その時点ではすでにおおむねミステリとしての叙述は完了。すでに別のジャンルに向かいながらの筋立てなので、その意味で、文句の類は生じない。

「圧倒的スケールで放つファンタジー×SF×ミステリー巨編」というもうひとつのキャッチフレーズにもウソは無かった。
 あえて不満を言えば登場人物がみんな記号っぽいことだが、これはそういうものを書き込む要のない作品だとも思うので、実のところは文句にも当たらないだろう。
 優秀作、でいいと思うよ。

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