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ミステリの祭典

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アラスカ戦線

作家 ハンス=オットー・マイスナー
出版日1970年01月
平均点9.00点
書評数1人

No.1 9点 人並由真
(2020/09/27 04:59登録)
(ネタバレなし)
 1942年6月18日。日本軍はアリューシャン列島の一角アッツ島に侵攻。島を占拠した。その事実はアメリカ本国にも知られるが、大戦の主戦場が太平洋方面のなか、さしたる警戒ははかられなかった。それから2年、日本軍はアッツ島を拠点にアメリカ首都部への爆撃を行う作戦に着手。突貫工事で島にひそかに空港が建造されるのと並行して、爆撃機の飛行ルートであるアラスカ山中の気候を逐次確認・連絡する特殊部隊が派遣される。かくして元オリンピック選手で海外にもその名を知られた31歳の日高遠三大尉率いる全11人の選抜チームはアラスカ山中に潜入し、居住用の環境を整えながらアッツ島空港の完成を待つが、米国のアラスカ方面軍司令官ハミルトン将軍はふとしたことから日本軍の秘密作戦を察知。将軍の腹心の部下フランク・ウィリアム大尉は、遭難者の救助や野生動物の生態系保護に務める「アラスカ・スカウト」の第一人者アラン・マックルィアとその仲間12人に協力を要請。かくしてアメリカ本土攻撃作戦の捨て石となる覚悟の日本軍人たちと、彼らを追撃する地元アラスカの精鋭勢の戦いが開始された。

 1964年のドイツ作品。作者ハンス=オットー・マイスナー(1909~1992年)は1936年から39年まで日本のドイツ大使館に勤務。日本の瑞宝章を受けたほどの親日家。
 そんな作者による本作は、ヤマトダマシイを持つ日本軍軍人をこの上なく勇壮に描いた戦争山岳冒険小説の名作として、1970年代前半からすでに日本でも高い評価を受けていた(その辺の事実は、当時の「ミステリマガジン」の書評そのほかを探求すれば、21世紀の現在でもすぐわかる)。
 評者も少年時代にそんな世評に触れて興味を抱き、高校生の頃に旧版の文庫版を購入。そのうちいつか読もう読もうと思いながら、実際に楽しむのは数十年後の今日になってしまった(まあ評者の場合、よくあることだが~苦笑~)。

 ちなみに往年のミステリマガジンなどでは、マクリーンの『シンガポール脱出』(評者はまだ未読だが)でのステロタイプな悪役日本軍軍人キャラなどと本作を比較。その上で、まあ一般の欧米の第二次大戦ものの日本軍人の扱いならマクリーンなんかの方がスタンダードであり、本作『アラスカ戦線』みたいな立派で高潔な日本軍軍人の描写の方が希少なのだ、と語る文章を見た覚えもあった。
 そんな背景もあって、たぶん本作はおそらく十分以上によくできた作品なのではあろうけれど、あまり軽い気分では読めないと敷居が高くなってしまった面もあった。それゆえ作品現物を味わうまでにあまりにも長い時間がかかった……ということもある(まあ、何やかんやではある)。
 
 でもって実際に読むまでは、日高大尉、いかに立派な武人とはいえ、あくまでライバルキャラなんだよね? 主人公は別にいるんだよね、と踏んでいたが、現物を紐解くと、押しも押されぬ完全な主人公! これにはちょっとビックリした(アメリカ側にももうひとりの主人公といえるキャラがいるが、誰がそのポジションになるのかは、ここではナイショ←まあ、読めばすぐに大体わかるとは思うが)。
 
 それでミッション遂行もの戦争冒険小説としての本作の妙味は、主人公の日高大尉の立場からすれば常に作戦の目的が流動的であること。
 というのは、首都攻撃飛行ルートの本拠であるアッツ島の空港建設がアラスカ潜入と同時進行で続いているものの、まだ未完成。
 空港がさっさと完成して、その上でアラスカから送られてきた情報をもとに爆撃機の発進が叶えばベストなのだが、戦争が激化するなかで空港の建設はなかなか予定通りにいくわけはない。それゆえ、日高の一行はアラスカ山中での無期限在留=サバイバル生活を強いられることになり、さらにそこにアメリカ側の追撃が迫る。二重三重の立体的な設定のお膳立てが、実に効果的である。

 さらに、日本側、アメリカ側双方のチーム、それぞれ十数人ずつのキャラクター描写はもちろん均一に語られているわけではなく、ほとんど名前だけ登場して……の面々も何人かいる。その辺のキャラシフトを留意しながら読むと、物語の進行にかなりの緩急があって唸らされる。この辺もあまり詳しく書かない方がいいだろうけれど、すごく自然な感じで定石を外しにくる作者の作劇がすこぶる鮮やかだ。
(詳しくは、興味が湧いたら現物をぜひ。)

 しかし本作の本当の真価は後半ラストの4分の1であろう。思いも寄らない、しかしあまりにもドラマチックな物語の流れには一種のトリップ感さえ覚えた。というより最後の(中略)はドラマというより、完全に一級のロマンであった。

 なおラストに関しては道筋が読めてしまう部分もあるんだけけれど、むしろ<そこ>に着地するまで、作者はとにかく安易な作劇だけはしまいと描写を積み重ねた、そんな手応えがある。
 言い換えるなら、読者のためにも、そしてなにより作中の登場人物たちの長い重い辛苦を軽んじないためにも、極力イージーな物語の組み上げは最後までしたくない、という作者の気概を見た。そういう意味で、すごく誠実な作品。万感の思いのクロージングに関しては、ここでは、あえて何も言わない。

 かねてより評判の良い名作と聞きおよんで読んで、さらにその世評を上回る傑作ってやっぱりあるんだと、そういう感じの一冊であった。

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