home

ミステリの祭典

login
女豹―サンセット77
私立探偵スチュアート・ベイリー

作家 ロイ・ハギンズ
出版日1962年01月
平均点6.00点
書評数1人

No.1 6点 人並由真
(2020/09/15 04:31登録)
(ネタバレなし)
 1944年のロスアンジェルス。「私」こと私立探偵スチュアート・ベイリーは、40歳の広告会社社長ラルフ・ジョンストンのオフィスに招かれ、依頼の相談を受ける。相談内容は、ジョンストンは先週、24歳の若妻マーガレットの秘密を握るという男から匿名の電話を受け、恐喝の事前連絡めいた物言いをされた、まだ直接の実害はないが妻の秘められた過去について調査してほしいというものだ。早速、マーガレットの母校などを訪ねて回るベイリーだが、やがて彼女が1938年に喜劇役者バスター・バフィンと駆け落ちしていた? という情報を入手。ベイリーはバフィン当人に接触を図るが、やがて予期しない殺人事件に遭遇した。さらにこれ以上調査を続けないようにと、ベイリーにも脅迫の手が伸びてくる。

 1946年のアメリカ作品。
 作者ロイ・ハギンズ(1914~2002年)は若い頃は小説家として活躍。本作を含む数冊のミステリを著したのち、1950年代にはテレビ業界人に転向。あの『逃亡者』『ロックフォード(氏)の事件メモ』など多くのヒット作にプロデューサーとして携わるが、その中のひとつが本書『女豹』を原型に1958年からアメリカで製作放映されたTVシリーズ『サンセット77』である。

 邦訳ミステリ『女豹』は1962年5月にポケミスから刊行される前に、日本語版「EQMM」に1961年12月号~62年5月号にかけて連載。
 これは日本でも当時、前述のTVシリーズ『サンセット77』が1960年10月から放映されて人気を博していたため、その原作(原型)小説を発掘する趣旨で翻訳紹介された流れだったようである。

 ちなみに評者などは外国テレビ史上にて『サンセット77』が50~60年代にかなりの人気番組&話題作だったことは、あちこちで聞き及んでいる。が、1980年代からずっと自分なりに機会があれば観たいと網を張っていても、ほとんど日本語版の再放送や映像ソフト化の機会もなく、現物に触れるチャンスもない(数エピソード分、20世紀の末に、地上波で傑作選を放映したこともあったような覚えもあるが、その時には視聴がかなわなかった)。

 とはいえ原型小説『女豹』とTVシリーズ『サンセット77』の内容がかなり乖離していることは自明のようで、スチュアート・ベイリーという同じ名前の私立探偵(主人公)はそれぞれに登場するものの、そのキャラクターはだいぶ違っているらしい(要はコミック版&東映動画版『ゲッターロボ』とか、松田優作の主演TV版&小鷹信光版『探偵物語』とか、ああいう感じなんだろう)。

 それでまあ、評者は前述のように(興味は十分あるにせよ)TV版『サンセット77』は現在まで全く未見。従って今回のレビューはあくまで小説単体の感想ということになるが、正直、良かったところと不満点が相半ばという感じ。

 ところでポケミス巻末の訳者あとがきで稲葉由紀(明雄)は、本作が正統派ハードボイルドである論拠として、
1:私立探偵の一人称による叙述スタイル
2:口語体の文体
3:内面描写の徹底した排除
4:作者の都合によらない、あくまで作中の時系列による叙述
 ……をあげており、その観測はおおむね正確ではあろう。だが一方で正統派ハードボイルドの形質に沿っていれば、できの良いハードボイルドミステリになるという訳ではないよね? と不満のひとこともいいたくなる(苦笑)。
 それくらい、よくいえばストーリーに起伏があるし、悪く言えば話がとっちらかっている作品なのだ。

 作品のタイトルも原題は「The Double Take(喜劇役者が「ぎょっ」と驚く際の仕草の意、のようなもの)」で日本語にしにくいから、ひとくせありそうな女性ばかり登場する作品とのいうことで『女豹』という邦題にしたそうだ。
 が、これがまた意味深。実際に、物語にからむメインヒロインっぽい女性が4人も登場してきて、その役割の配置が散漫。特にそのうちの2人のヒロインは、ひとりにまとめればいいんじゃないか? とも思える。
 まあ、作者ハギンズ、のちのプロデューサー気質をすでにこのころからしっかり備えていて、きれいどころの女優をバンバン登用するような気分で、作中ヒロインだけは多めに用意していた、という印象だ。

 一方で、かなりややこしい複雑な事件の流れが、終盤になって実は(中略)という物語の構造の判明と同時にいっきにわりきれるのは、ミステリとしてはなかなかよくできているかもしれない。
 ただまあ見方によっては、一種のHIBK派ともいえそうな仕掛けでもあり、まあここではこれ以上は書けない。

 全体に骨太っぽい作風は悪くはないが、エンタテインメントミステリとしても、文芸性に頼る傾向のハードボイルドミステリとしても、それぞれ良くも悪くも中途半端(繰り返すが、良い面もそれなり、にはある)。

 ある意味では、のちにこれをもとにしたTVシリーズなんか作られたのも不幸だったかもしれない。クラシック・ハードボイルドが好きな好事家があくまで本作を単品の作品として鑑賞して、40年代の後半にこんな佳作? があったんだよ、と折に触れて語りつげばいい、もしかしたら本当はそういった作品になるはずだったようにも思えてくる。

1レコード表示中です 書評