| 人並由真さんの登録情報 | |
|---|---|
| 平均点:6.36点 | 書評数:2341件 |
| No.1481 | 7点 | 五つの季節に探偵は 逸木裕 |
|
(2022/04/29 20:21登録) (ネタバレなし) 同じ作者の先行作『星空の16進数』(2018年)に登場した女性探偵・森田みどりの、旧姓、榊原みどり時代からの過去設定の事件簿を集めた連作短編(中編)集。 2002年の女子高校生時代、初めて探偵の道を志すことになったみどりの「イヤー・ワン」的なエピソードから開幕し、最後は『星空』の刊行年2018年の時世の事件まで、数年ごとの間を置いた5本のエピソードが収録されている。 この1~2年、逸木作品を読んでなかったのでしばらくぶりに予備知識なしで本書を手にしたら、「あの」森田みどりの再登場作品(設定上は前述のとおり過去の事件簿だが)であった。これは嬉しいサプライズで、思わず「おおっ」と軽く喜びの言葉が漏れた(笑)。 人の本性を覗く、真実を暴く、その結果、誰が不幸になっても、その結果の責任を問われるのは、探偵の領分ではない、という主旨のことをうそぶくみどりのキャラクター。 それは正にサム・スペードの末裔で、そして長編『迷路荘の惨劇』で職業探偵の因果を嘆いた金田一耕助なども想起させる。 本作の諸編はそれぞれがそういうハードボイルド精神を背骨にした謎解きパズラーであり、特にフーダニットの形質に束縛されない各話ごとの意外な真実が暴かれる。 ある種のホワイダニットの「イミテーション・ガールズ(2002年 春)」 みどりのハードボイルド性が最も感じられた「龍の残り香(2007年 夏)」 犯罪者の意外な狙い(これもホワイダニットだが)「解錠の音が(2009年 秋)」 反転の演出が印象的、かつ人間の切なく暗い内面を覗く「スケーターズ・ワルツ(2012年 冬)」 そして本書の積み重ねを経た決算的な趣もある「ゴーストの雫(2018年 春)」 各編がスラスラ読めて、それなり以上の腹ごたえ。 きわめてまっとうな、連作形式の謎解きハードボイルドミステリだが、ひとつひとつの小説の出来はなかなかで、2016年のデビュー以来、書き手としての作者の成熟を感じさせるところだ。 個人的に『星空』を刊行年か翌年に読んだときには、あの葉村晶に対抗できる可能性の国産女性私立探偵キャラが登場した、シリーズ化せんかな~と思っていたので4年越しのこの再会は嬉しい。 (まあもし、この数年の未読の逸木作品のどれかにみどりがすでに再登場していたら、それは評者がお間抜けということで・笑)。 本シリーズはみどりのほかにもう一人、そのエピソードごとのメインキャラ(女性が多い)を作中に配して、その相手の周囲からみどりが事件の真相に切り込むというスタイルで基本的に一貫。特に最後の「ゴースト」のゲスト主人公、須美要との関係性はたぶん今後のシリーズの基軸のひとつにもなりそうで、その内いつか書かれるであろうみどりシリーズの第三冊目が今から楽しみである。 |
||
| No.1480 | 6点 | 黒星博士 山中峯太郎 |
|
(2022/04/28 15:29登録) (ネタバレなし) 元号が昭和に変わってしばらくした頃の日本。35歳の海軍少佐にして科学者でもある緒方弘明は、世界中を騒がす謎の国事探偵(スパイ)「黒星博士」またの名を「博士(ドクトル)黒星」が日本に出現したことを知る。標的とする情報や資料などの獲物を奪ったのち「★」マークの名刺を残していくこの謎の賊は、国宝級とも評される緒方の頭脳が構想中の新型兵器と、その科学システムの機密を狙っていた。緒方の可憐な18歳の姪・志津子と、緒方を尊敬する15歳の少年・吉江達郎は、謎の怪人、黒星博士の情報を探ろうとするが、黒星博士一派の中にも緒方の機密をめぐって複数の思惑や、組織内の人間模様が渦巻いていた。やがて警視庁の外事課も本格的に参入し、国内の騒乱はさらに深まるが。 昭和初頭から「少年倶楽部」にいくつもの作品を発表していた山中峯太郎が、同誌の姉妹紙(文字通り)「少女倶楽部」に昭和9年1~12月にかけて連載した、シリーズキャラクターものの冒険スパイジュブナイル。戦後の乱歩の『魔法(悪魔)人形』『塔上の奇術師』そのほかを例に引くまでもなく、昭和の前半には少女誌でも少年誌同様に、ジュブナイルミステリ(広義の)は人気を博していた。 ここでまたジジイの大昔の回顧譚になるが、1960年代の「別冊少年サンデー」だったか「増刊少年サンデー」だったかで、毎号ワンテーマの十数ページほどの? 読み物記事を掲載していたことがあった。今でいう世界のUMA50とか、世界の不思議な伝説50とか、そんな感じのアレだ。で、その中の一回に確か「世界の怪盗50」だったか「~悪人50」みたいなテーマの号があり、東西のフイクションの犯罪者連中を網羅(実在した犯罪者連中も、扱われていたかもしれない)。たぶん当然、ルパンも平吉さんも、もしかしたら鼠小僧あたりもいたんだろうが、その辺はもはや記憶にない。 そこで当時の幼い評者は、2人のとても印象的なキャラクターに初めて出会う。そのうちの一人が横溝の怪獣男爵であり、もう一人が、犯行現場に「★」マークの名刺を置いていく、この覆面の怪人「黒星博士」であった。子供心になんというスタイリッシュな演出の怪人キャラ、と実感。 この手のカードを毎回残していくキャラは来生三姉妹だのズバットだのフォー・スクエア・ジェーンだの、オールタイムでいくらでもいるが、たぶんこの黒星博士こそが自分の原体験キャラになる(笑)。 くだんの「別冊? サンデー」の特集は怪人ひとりひとりが、何という作家がどの作品に登場させたかのデータなどもないかなり荒っぽいカタログ記事だったが、今でも怪しい地下室らしい場に潜む怪獣男爵のイラストと、★カードを投げ捨てていく覆面の怪人・黒星博士のイラストは、なんとなく、いやけっこうはっきり覚えている? で、後年に黒星博士が山中峯太郎のキャラクターと知り、戦後にもシリーズ第一弾の本作『黒星博士』は復刊されたものの、昭和50年代あたりにはすでに稀覯本? こりゃなかなか読めそうにないな、と諦めていたら、数年前に図書館にもある「少年小説大系」の「山中峯太郎」編に収録されているのを発見。 そこでまた何かほっと気持ちが緩んでしまい、それから数年後の昨夜、借りてきた同「大系」で通読した。 作中で登場する黒星博士は、どこかの国の外国人。数年前から親日の市民を装って在住し、シンジケートを作ってきたらしいが、全貌は明らかにならない。あまりここで説明しちゃうと、本書をこれから読むかもしれない奇特な人に悪いので、なるべくアイマイに書くが、まず当初は全身が黒ずくめの覆面の大男として登場する。 たぶんすでに本作以前に、翻案の形で日本に紹介されていたルパンがベースのキャラクターであろうし、機密を狙われる緒方少佐本人も、敵ながら、国(祖国?)のために戦う偉人といえる、世界有数の優秀な国事探偵だという評価を送っている。暴力沙汰は劇中ではほとんど行わず、というかある事態に巻き込まれて少年少女主人公コンビとその協力者の井上二等水兵の生命が危機に陥った際には、思いがけない行動までしている。 一方で間諜としての本分を忘れる訳にもいかないので、荒事を匂わせた脅迫ぐらいはやはり行うが、これはまあ、2年後に登場する後輩の平吉さんもそのままだね。 トータルとしては、やはり日本ジュブナイルミステリ史の上で記憶の一角ににとどめたいキャラクターだ。 悪役キャラクターである黒星博士をタイトルロールにして、それを追っていく少年推理冒険ものではあるが、最後まで志津子&達郎コンビのお手柄で終わる訳ではなく、中盤から海軍の防諜機関や警視庁の外事課が前面に出てくるのは、当時の少年小説なりの譲れないリアリティであろう。後半の展開は、その流れの波に乗ることができれば、それなりに楽しめると思う。 実はこれだけ執着(?)していても評者の「黒星博士」シリーズについての知見は乏しく(汗)、長編はこれ一本であとは短編だけだと思うが、もしかしたら違っているかも知れない。その辺りは機会を見て識者の教示を授かりたいところ。 なお戦後には、あの本郷義昭と共演する短編も書かれたらしい? いつかこれも図書館経由とかで、読めればいいなあ。 |
||
| No.1479 | 6点 | 殺人は自策で レックス・スタウト |
|
(2022/04/27 15:47登録) (ネタバレなし) ネロ・ウルフのもとに、彼が愛読する作家フィリップ・ハーヴェイが仲間の作家や出版業界の関係者を連れて依頼に来た。ハーヴェイは作家&脚本家連盟に所属し、盗作問題調査組織の代表をしているが、現在、若手女流作家のエイミー・ウィンと劇作家モーティマー・オシンが、それぞれ別のマイナーな物書きから自作を盗作したと訴えられているという。実は過去にも類例の案件が3件あり、この各件は相互に関連があるらしい。ウルフとその助手の「ぼく」ことアーチー・グッドウィンは事実の調査に乗り出すが、やがて予期せぬ殺人事件が発生する。 1959年のアメリカ作品。ネロ・ウルフシリーズの長編、第22作。 翻訳書の巻頭に登場人物の名前がずらりと並んでいるのを見ると、うえ~となるが、人物メモを取りながら読めば意外にストレスはない(ただし本作の場合は、盗作問題で原告と被告側の物書きだけで10人近く、さらに出版関係者も続々と出てくるので、人物相関図を作った方がいいかもネ)。 それでも全体のページは220ページちょっとと薄目。人物の配置さえ読み手の中で整理できれば、スラスラと読める。 いつもの外注チームをフルに使うウルフ一家の機動力ぶりもパワフルで、個人的にはシリーズの長編の中ではかなり楽しめた方。 ラストの犯人像は、なんか……(中略)。英国ミステリのあの大名作を想起させる、かなり(中略)なものを覚えた。 スタウトが今回本当にいちばん書きたかったのは、この真犯人のキャラクターだったんじゃないかという気さえする。 パズラーとしてはツメの甘い感じもしないでもないが、どっちかというと都会派の行動派私立探偵小説として佳作~秀作。 ハードボイルドかな? うん、被害者に対してある種の責任を感じ、自分に枷を設けるウルフの今回の思考はそれっぽいね。わがままおやじではあるけれど、基本はプロの矜持を尊ぶウルフの真面目さがよく出た一編。 実質6,5~6.8点くらいか。 |
||
| No.1478 | 6点 | 梅雨と西洋風呂 松本清張 |
|
(2022/04/26 15:10登録) (ネタバレなし) 海に面したとある県。人口30万人の水尾市。中堅の酒造業の社長で市会議員の47歳の鐘崎義介は、週一回の地元新聞「民知新報」を発行。与党「憲友党」所属の義介は自分の新聞紙上では社会正義を謳って、市政や民間の問題を摘発。一方で、まずい案件の記事化を望まない関係者からのお目こぼし料は巧妙に戴いて、紙面の編集に手心を加えることもあった。そんななか、義介は30代半ばの愚直そうな男・土井源造を専任の編集長に雇用。使いつぶすつもりで働かせると、源造は取材に広告集めにと意外に才能を発揮する。そんななか、義介と同じ党所属の市会議員で政敵である宮前晋治郎が次回の市長選に立つという噂が聞こえてきた。義介は新聞を源造に任せ、政界の関係者の動向を探るが、その過程で浦野カツ子という美しい娘と出会う。 『黒の図説』シリーズの一編として書かれた短めの長編。 大昔に、瀬戸川猛資がミステリマガジンの国内ミステリ連載月評「警戒信号」の中で新刊としてレビューしたのを、ずっとうっすら覚えていた。 その「警戒信号」のレビューには、最近また『二人がかりで死体をどうぞ』で再会したが、記憶の中ではけっこうホメてあると思ったものの、実際にはそんなでも無かった。 なおタイトルの「梅雨」は「つゆ」ではなく「ばいう」と読むようにルビがふってあるが、瀬戸川氏はこの題名は妙なタイトリングのようだが、味があっていいと褒めている。 延々と主人公の中年・義介を中心に地方都市での政争とそれにからむ人間模様、さらに妻子ある義介とカツ子との不倫模様が語られ、フツーの意味のミステリっぽさはかなり話が進むまで何もない。それがある事態の判明と同時に、ある種のミステリに転調するかなり個性的な作品。 まあ清張らしい、というか、いかにもこの人ならこんなもの、書きそうだ、という作品である。 評者は今回、最初にミステリマガジンの新刊レビューで本作を意識したことを踏まえ、元版のカッパ・ノベルスの初版を古書で入手。けっこう美本が安く買えて良かった。 (ちなみに、カッパ・ノベルス版の後期の清張作品は黙っていても売れると編集者が考えているのか、挿し絵も入れていない。) なお現状のAmazonの書誌データはヘンで、実際のカッパ・ノベルスの初版は昭和46年5月30日の刊行。 前述の瀬戸川レビューでも触れられていたが、トリックそのものは短編ネタで、評者の個人的な感慨をネタバレにならない程度に言うなら『クロフツ短編集』か『殺人者はへまをする』辺りにありそうな感じ。 ただまあ、トータルとしての小説の作りではさすが清張、とにもかくにも読ませるのでひと晩しっかり楽しめた。 ミステリファン、というより、清張の作風になじんでいる作者のファン、にちょっとお勧めという感じの一作か。 評点は、この点数の最大値という意味合いで。 |
||
| No.1477 | 6点 | 陽だまりに至る病 天祢涼 |
|
(2022/04/25 15:22登録) (ネタバレなし) コロナ禍で各方面に影響が出る現代。登戸北小学校の五年生の女子・上坂咲陽(さよ)は、レストラン経営の父、小児科の看護師の母の双方の仕事がコロナのために鈍化しているのを察し、家計に不安を抱く。そんななか、咲陽は、同じクラス内ではみ出し者の女子で、隣のアパートの住人でもある「ノラヨコ」こと野原小夜子を、とある事情から秘密裏に自室に匿うようになった。コロナの罹病を警戒する両親の目を盗んで、小夜子が潜む自室に食事を運び続ける咲陽。だがやがて小夜子の父、虎生が若い女性殺人の嫌疑で、警察に追われているらしいことが分かってくる。 神奈川県警の真壁巧警部補と、多摩署生活安全課の婦警・仲田蛍という所属の異なる警官同士が、所轄の域を超えて(その時その時の流れから)連携しあう「仲田・真壁シリーズ」の第三弾。 評者はシリーズ前作の『あの子の殺人計画』は未読なので、シリーズ第一弾『希望が死んだ夜に』以来の、仲田&真壁コンビとの再会になる。 とはいえ、本作の実質的な主人公はまず第一に小五の児童・咲陽で、それと対峙されるポジションのもうひとりのメインキャラが小夜子。 『希望が~』もメインゲストの少女の描写に比重を置いた作品だったと記憶しているが、今回はさらに、21世紀のコロナ禍の状況下にアレンジされた、仁木悦子の児童主人公ものみたいな雰囲気だ。 (そういえば、これは特に作者が意識したわけでもないだろうけど、本作の伏線の張り方には、ちょっと仁木作品っぽいところもある。詳しくはもちろん書かないが。) 活字も大きく、スラスラと読める。一方で社会派ミステリを謳うように、コロナ禍で生活にひずみが出る人々の苦渋にさまざまな形で焦点が当てられており、内容はその意味で重い。 物語の奥にあるメインテーマは、第一作と同様、貧困。ただし逆境に陥っていくメインキャラの中には、普遍的にコロナ禍の被害にあったと同時に、当人自身のいびつさが原因となった部分もあり、ここはちょっと微妙だ。 まあ読者に息苦しさを感じさせ過ぎないエンターテインメントとしては、問題の根源は(普遍的に読者にも相通ずる部分ばかりでなく)作中人物の特異な個性にあったのだ(ヒトゴトだ)、とする方が良いという計算もあるのだろうか? それは嫌らしい見方か。 そんな一方、コロナ禍で経済的に苦しくなっていく作中の人々に、小説的な(安易な?)救済の道が与えられないのは、ある種の作者の誠実さを感じたりもした。 なおミステリとしては、結構なサプライズを体験させてくれた『希望が』に比して、まあ(中略)。正直、素で物足りなさを覚える人も多いと思う。 ただし小説としては終盤に結構なツイストがあり、読みごたえがあった。とはいえこれも、ある意味でシリーズものの枠組みという制約に関わってきてしまっている面もある。詳しくはここでは言えないが。 小説として佳作、ミステリとしては水準作、というところ。 |
||
| No.1476 | 6点 | 完全殺人事件 クリストファー・ブッシュ |
|
(2022/04/24 14:55登録) (ネタバレなし) 1930年代のイギリス。その年の10月7日。「デイリー・レコード」ほか、いくつかの新聞社に「マリウス」なる人物から、自分はしかるべき理由から今月の11日にロンドンのテムズ川周辺で、決して罪科を問われることのない「完全殺人」を行なうという主旨の手紙が届く。英国中の市民がこの怪事に関心を抱くなか、殺人は現実に発生し、理髪店ほかを経営する資産家トマス・リッチレイが殺される。リッチレイの周辺で容疑者が浮かび、なかでも被害者の甥である4人の兄弟は特に疑念を呼ぶが、彼らにはそれぞれ明確なアリバイがあった。 1929年の英国作品。ルドヴィック・トラヴァースシリーズ第二弾。 数年前からそろそろ読もうと思って、少年時代に購入した創元文庫の旧版(洒落た素晴らしいジャケットアートだと思っていたら、粟津潔という大家の仕事だったようで。クリスティ再読さんのレビューで知った。ありがとです)を家のなかで探していたが、例によって見つからない。 そのうちにツヅキの『やぶにらみの時計』の中で、本作の大ネタをポロっとバラされてしまう(怒)。 そこで思いついて、近所の図書館の蔵書を検索したら創元の「大系」版があるので、それを借りてきて読んだ。 大昔のミステリ初心者時代に、この大仰なタイトルにどんな傑作だろうと胸をときめかした思いはなんとなく記憶にあるが、さすがに今となっては「そこそこの作品」なのであろうという予見を抱く。 しかも先の通りに大ネタのトリックも教えられてしまっているので、悔しい反面、その分、気楽に読み始める。すると、冒頭のいわくありげな先出しの断片描写、外連味に富んだ殺人予告と、掴みは結構面白い。 作品そのものは、本サイトの先のレビューでみなさん書かれるようにクロフツでありガーヴである。クリスティ再読さんの『闇からの声』を想起というのも、ああなるほどね、ではあった。 で、たまによくあるパターンだが、この作品の場合は先に大ネタをツヅキに教えられていた分、じゃあその条件に合致するのは? 的に頭が動いて良かった面もあった。もちろん、ネタバレ・ネタバラシという行為そのものは首肯しないが。 後半までぎりぎりフーダニットの枠が守られるバランスも悪くないとは思う。 今回の実質的な探偵はトラヴァースよりフランクリンという感じだ。しかし、物語の舞台があちこちに飛ぶ分、登場人物は多い。名前のあるキャラクターだけで70~80人。しかも翻訳のせいか、原文の雰囲気の再現かは知らないが、いきなり先に固有名詞が出てきて、そのあとから該当人物の素性を語るパターンも多いのには閉口した。 中村能三の訳文そのものは、古いながら、けっこう読みやすかったけれどね。 一回、全体の5分の3くらいのところで中断し、二日に分けて読んだのでテンションがやや下がってしまったところはあるが、トータルとしてみれば、期待値がそんなに高くなかったこともあって、まあまあ悪くない。 ちなみに例の冒頭のジグソー描写が本筋にハメこまれる辺りは、やや微妙。着想はすごく良かったのに、小説の演出の悪さでソンをしてる感じだ。 読後、寝る前に気になって井上良夫の『探偵小説のぷろふぃる』を手に取り、本作の原書を読んでの同人のレビューを拝見すると、すごい大激賞。とはいえ、井上御当人が面白いと思ったポイントにはさほど異論はないので、現時点で評者などが抱く感想とかつての井上の称賛の深さとの温度差などは、当時までのミステリ文化の蓄積と受け手の距離感とかの問題もあるのだろう。 とにもかくにもミステリファンとしての人生の宿題をまたひとつ終えた。今はそれが一番かな(笑)。 【2022年11月19日追記】 今年の秋、埋もれて見えにくい自宅の本の山の中で、本作収録の「大系」(わざわざ図書館から借りて読んだやつ)が見つかった。いろいろとダメである(汗)。 |
||
| No.1475 | 6点 | 復讐クラブ ジェニイ・サヴェージ |
|
(2022/04/22 14:35登録) (ネタバレなし) イギリス中部地方のハラートンの町。そこで12歳の少女、ジャニス・クレイトンの凌辱された上に体を切り刻まれた、凄惨な死体が見つかる。謎の犯人は殺される直前の被害者の声を録音し、それを関係者にこっそり届けるというサイコ犯罪者だった。市民は事件の再発を恐れて警戒するが、大人の愚かな油断のなかで第二、第三の少女が犠牲となった。スコットランドヤード、さらにはFBIからも応援が呼ばれ、広域捜査が進むが、一方で三人目の被害者ヒラリー・デンハムの葬儀の場で、三人の被害者の母親が対面。やがて彼女たちの中に、自らの手で犯人に報復しようという気運が生まれる。中でも最大に積極的になったのはヒラリーの母で美貌の未亡人アイリーンだが、彼女の心は次第に平衡を失っていく。そんなアイリーンを、FBI捜査官のダン(ダニエル)・ハーデスティは気に掛け、やがて二人の間には予期せぬ関係が生じていった。 1977年の英国作品。作者ジェニイ・サヴェージは本書の刊行時に31歳だった新人作家で、日本での翻訳もこれひとつ。 物語は作者サヴェージの分身らしい? 名前の出ない女性ライター「わたし」が地方の町で起きた凄惨な猟奇殺人事件の顛末を、後に関係者から取材し、まとめていくというスタイルで語られる。 一時期の文春文庫の海外ミステリによくあった、小味なトリッキィな作品を読まされる感じで、最後に「何か」があるのを明確に予見させながら、ドライなタッチの警察捜査小説、被害者側の人間模様が綴られていく流れは、なかなかの好テンション。 事件そのものは残忍で痛ましいことこの上ないが、恣意的にどぎつい書き方をする気は作者にほとんどないようで、そういう意味ではストレスはない。その分、地味だともいえるが、ポイントの絞られた登場人物のその後の動きが気になる書き方なので、退屈はまったくしない。 本文180ページちょっと、一晩で確実にいっきに読めるが、良い意味で佳作。ああ、やっぱり文春文庫系だった、という読後感であった。 安い古書でほかの作品といっしょに思い付きで買ったポケミスだが、お値段を考えればなかなかの拾い物。 |
||
| No.1474 | 7点 | 午前零時のサンドリヨン 相沢沙呼 |
|
(2022/04/21 06:10登録) (ネタバレなし) 全4編の中短編のうち、最初の2中編の完成度が高いのでそこでいったん、満足感を覚えて読むのをストップ。 本が手元から離れたのち、久々に短めの第3話とクライマックスの第4話をほとんど続けて読んだら、前半の2本の内容もしっかり布石になっていた。前半の細部を忘れてしまったところもあるので、これならまるまる一冊、一気呵成に読めばヨカッタね。 これから本書を読む人は、その辺、参考にしてもらえますといいかも? 全体的によく出来た連作ミステリとは思うが、青春ラブストーリーとしてはあまりに王道な仕上げに、おじさん、いささか赤面。でも気持ちの悪い感触ではない。良い意味でストレートに受け取れる世代の読者の方が、ちょっとうらやましい。 シリーズ2冊目はどうなるんだろうね。なんとなく方向が窺えるような、そうでないような。 本シリーズはその現状の2冊目だけで止まっており、ほかの方の『ロートケプシェン』のレビューをちょっと覗くとまだまだ継続できる余地はありそうだが、これだけ時間が空いちゃうと、もう再開は難しいのだろうか。 |
||
| No.1473 | 7点 | 死の舞踏 ヘレン・マクロイ |
|
(2022/04/19 06:42登録) (ネタバレなし) 中盤から20章に至るまで、マイペースな関係者たちに振り回される捜査陣の描写がすこぶる愉快。ライスかグルーバーみたいな20世紀前半のユーモアミステリに通じる楽しさを感じた。 で、たまたま20~21章の狭間でいちど小休止してからまた読み始めたら、なんか急に空気感が変わっていた思いで、アレレ、であった。まあこれはきっと、こちらの読み方が悪かったのであろう? 犯人に関しては伏線の張り方が露骨なので、そのポイントの場でピーンと来て見事に正解であったが、動機についてはなるほどね、となかなか感心。 わたしゃ(中略)は(中略)あたりかと思っていた。当時とすれば、かなり洗練された文芸だと思う。その上でどこかクリスティーっぽい。 やや盛り込み過ぎてこなれが悪くなった部分も感じたりしたし、肝心の<雪中の熱い死体>の真相というのは、みなさんおっしゃるようにアレだ。 しかしまあ、いびつでちょっとばかし凸凹感はあるが、なかなか悪くないシリーズ第一作ではあった。もしかしたらこの内容なら、2~3作目くらいに書いた方が、もっと良かったようなタイプの作品だった気もするが。 評点は6点……じゃキビシイな。0.25点ほどオマケして、この点数で。 何より、大好きなウィリングをデビューさせてくれた作品だしね。 |
||
| No.1472 | 6点 | 突然の明日 笹沢左保 |
|
(2022/04/18 06:38登録) (ネタバレなし) たぶん昭和30年代のその年の2月15日。銀行の本店課長である小山田義久は、妻の雅子、そして上は28歳の長男から下は19歳の次女まで6人の家族で食卓を囲んでいた。その場で、長男で保健所に勤務する晴光が、今日の昼間、銀座の路上でかつて同僚だった女性を見かけたが、相手はほんの一瞬の間に目前から消失したと家族に語った。半信半疑の一家だが、やがて翌日の夜、その晴光が都内のマンションから転落死。しかも晴光には死の直前に、同じマンション内の人物を殺害していた容疑がかけられた。殺人者の家族という汚名をかぶって分解しかける小山田家。だが兄の容疑に疑惑を抱いた次女の凉子は、父の義久、晴光の友人だった瀬田大二郎に協力を求めながら、独自に事件の再調査を開始するが。 今年刊行された、徳間文庫の新版で読了。 本サイトの斎藤警部さんも、そしてその徳間文庫での巻末の解説で有栖川先生もともに書かれているが、自分も本作との最初の接点は、たぶんミステリ・トリック・クイズ本「トリック・ゲーム」だったと思う。 (あるいはもしかしたら、同じように、ミステリ実作のトリックを引用もしくはパクってネタバレさせた、トリック・クイズ系のまた別の類書だったかもしれないが。) ただし今回、実際にこの作品『突然の明日(あした)』を読むまでは ・その笹沢左保の該当作品では、印象的な人間消失の謎とそれにからむトリックが設けられている ・しかしそのトリック・クイズ本を読んでおきながら、長い歳月が経つうちに、それが具体的にはどんなトリック だったのかは、まったく忘れた(その作品名すら一時期はおぼろげになった) ・なんとなく、そのトリックそのものは(中略)というか(中略)系だったような印象がある ……という、評者の立場であった(汗・笑)。 実は、ひと昔前までは、この路上人間消失ネタの笹沢作品は『空白の起点』だと勘違いしていた。そんなこともあったので(実際はまったく違います。そもそも『空白~』には、通例の人間消失事件なんか、出てこない)、その疑いが晴れたこの数年に至っては「じゃあやっぱり、都会の路上で人が消えるのは『突然の明日』なんだな、改めてちょっと読みたい」とは思っていた。 ただまあ、これについてはそんなに高い古書価を払う気もなかったので、評者の欲求に応えて適当な頃合いで実現された、今回の復刊はありがたかった。 で、くだんの人間消失トリックは、妙にキー要素として最後まで引っ張られるものの、メインの謎解きのポイントは別のところにあるし、犯人の意外性も(中略)で割と早々と見当がついてしまう。あと中盤からは全体的に、トラベルミステリっぽいね。 犯人の犯行事情というか動機に関しては、なるほどちょっと感じるものはあったが、まあ全体的には笹沢初期作品の中での、Bの中~下クラスというところか。 案の定(中略)ぽかった消失トリックは、ほほえましい。フラットにホメられはしないけど。 なお作中人物の推理のロジックが一部、強引なのは、いかにもこの作者らしいが、実は同じ理屈で、この感想を書いている評者自身もそのロジック通りのことをしているのに気づいて苦笑した。文句は言えない。 今回の徳間文庫版の裏表紙の作品紹介で、締めの言葉は「ヒューマニズム溢れる佳作」。 とはいえ正直、ヒューマニズム溢れるとはあんまり感じないし、一方で、物語の後半で調査にいった義久が捜査の不順でストレスを感じ、証人になってくれた人の飼い猫に八つ当たりしかける描写にも腹が立った(怒)。こういう人間の弱い(というよりダメダメな)部分で、ヒューマンさを見せられてもねえ。 だから1~2点減点してやろうかと思ったが、まあ笑える人間消失トリックに免じて、その辺には目を瞑ってあえてこの点数で。 21世紀でのホメ言葉としては、確かに「佳作」でいいんじゃね。 |
||
| No.1471 | 6点 | 仮面 伊岡瞬 |
|
(2022/04/17 07:37登録) (ネタバレなし) テレビトークでも活躍するハンサムな作家・評論家、三条公彦。だが彼が読者から支持を得る最大のポイントは、同人が「読字障害」というハンディキャップを抱えながらも文筆家として活動する、その独特な属性にあった。そんななか、三条の秘書として働くジャーナリスト志望で28歳の女性・菊井早紀は、三条が出演するテレビ局のプロデューサー、堤彰久から、さりげなく今後の活躍の場と引き換えの枕営業の話を持ち掛けられる。一方で東京と埼玉の県境では、白骨化した身元不明の女性の他殺らしい死体が発見されていた。 2016年の『痣』で、主人公の刑事、真壁修のパートナーとして初登場。その後『悪寒』でまた真壁と組んだのち、2018年の『本性』では別の先輩刑事、安井と、さらに今回は女性刑事・小野田静と相棒になる青年刑事、宮下真人。 彼が登場する作品シリーズの第四弾。 (このカウントで間違ってないだろーな。実言うと評者はまだ『本性』だけ読んでないが。) ちなみに本シリーズの次作『水脈』(これから本になる)の噂も聞こえているが、詳しくはナイショ。 事件の主題はこの作者お得意のモンスター的なサイコ犯罪者の凶行だが、一方で主人公の刑事コンビ(今回は小野田&宮下)の描写が軸になっているのも、いつもの通り。 異常犯罪者のキャラクターについては、本の帯を含めて序盤から読者の前に小出しにされていくが、まあ、悪い言い方をすればこれまでも似たようなモンスター異常者を輩出してきた作者なので、さほど新鮮味はない。 それでも終盤に至るまで、いろいろトリッキィな仕込みをしてあるのはさすがだが、その分、全体的にお話が冗長になってしまった印象もある。 作者の著作のなかでは、Bの下か、Cの上クラスといったところ。ちゃんと、直球での主人公っぽい、今回の宮下の扱いはいいんだけどね。 |
||
| No.1470 | 6点 | 階段の家 バーバラ・ヴァイン |
|
(2022/04/15 15:35登録) (ネタバレなし) 1980年代。「私」こと39歳の中堅女流作家エリザベス(リジー)・ヴェッチは、長い刑務所暮らしの末に出所した、かつては美貌だった友人ベル(クリスタベル)・サンガーに再会する。ベルは、少女時代に母ローズマリーを失ったエリザベスが、本当の母親のように接していた未亡人コゼットの屋敷「階段の家」に集う若者の一人だった。エリザベスの胸中に、長い歳月を経た1960年前後の日々、あの当時の記憶が甦る。 1988年の英国作品。 レンデルのバーバラ・ヴァイン名義の長編第三弾。 ……猥雑で重厚な叙述の積み重ねには、もちろん意味があるとは思うのだが、事件らしい事件が生じずに日常のなかでの人間模様が連綿と継続し、そして登場人物は名前があるものだけで、最終的に70人近く。 何より1960年代の回想と80年代リアルタイムの記述(ともにエリザベスの一人称、本書の60年代パートは彼女が書き記している小説、という設定のようである)が縦横に錯綜するので、読み進むのに相当にカロリーを使う。 いや決して読んでいる間はつまらない訳ではなく、あー、小説らしい小説に付合っているという歯応えが、ある種の快感になっているのだが、一方で粘度の高い水でいっぱいのプールの中を果てしなく泳いでいるような疲労感が次第に溜まってくるというか。 (主人公エリザベスのとある肉体上の事情にも、かなり重い設定が用意されている。ここでは詳しく書かないが。) まあすべては終盤にドラマが爆発するための「タメ」であることもわかっているので、そのつもりでとにかく付き合う。一時期の主人公が耐えて耐えて最後に敵陣に殴り込み、カタルシス昇華という高倉健映画みたいじゃ(実は健さんのヤクザ映画はよく知らんのだけど、なんかのミステリのレビューでそういうレトリックがあってオモシロかったので、今回ここで、マネしてみる・笑)。 で、お話は、終盤3分の1ほどで、キーパーソンのひとり、売れない美男俳優の青年マークが出てきてからいっきに加速。最後のミステリ的なサプライズはいかにもヴァイン(レンデル)っぽい感じで、ある種のミステリの定型に彼女なりの挑戦をした趣がある。細かいものを含めれば、三重四重の驚きがあり、さすがにクライマックスは十分に面白かった。 クロージングの、いかにもボワロー&ナルスジャックの諸作に通じるような余韻ある締め方も、色々なことを思わせてくれて○(マル)。 それにしてもとにかく読むのに疲れた。しかしよくあることだが、読み終わるとその疲労感に苛まれていた時間がなんとなく懐かしくなってくるタイプの作品。本当にツラかったときは、あーもう評点4点でもいいや、とも思ったが、最後まで読むと、そして読み終えて半日経った今となってはそれはない。 こういう作品を読むのも、ある種の贅沢ではあるな。 |
||
| No.1469 | 6点 | こだま446号の死者 沼五月 |
|
(2022/04/11 19:50登録) (ネタバレなし) その年の4月22日。東京に向かう新幹線「こだま446号」のトイレで、刺殺された男の死体が見つかる。だが当日の乗客の証言をまとめると、死体は静岡駅周辺で一度トイレに出現。その後、一度消失し、新横浜周辺でまたトイレに現れたようであった!? 二度目の死体の発見者で都立高校の日本史教師、足立敬介は、大学時代の友人・武田とともに、また別の学友・芝川直哉の結婚式に出た帰りだった。さらにこだま446号には、足立の同僚である若い美人の体育教師・香島菜々子も乗り込んでおり、足立は彼女とともにこの事件の謎に関わっていく。 沼五月は1986年に『松本城殺人事件』でデビューしたミステリ作家で、基本的のノンシリーズのフーダニットパズラーを執筆。本作は作者の第三長編となる。新書判での書き下ろし。 作者・沼は、ともに劇画や漫画の原作などを手掛ける男性作家・沼礼一と女性作家・五月祥子との、合作ペンネームという。 たとえば、新幹線内で刺殺された被害者で、大手デパート従業員だった岸本功一があざといほどにイヤな狡猾な性格の人物として描かれ、その悪辣な奔放さゆえ、多くの容疑者が周囲に浮き上がっていく展開など、なるほど、とにかく見せ場で読者の興味をひっぱる書き手らしい雰囲気はある。 序盤からの消えてまた出現した死体の謎、さらに進展してゆく殺人事件など、ミステリ的な趣向もそれなりだが、終盤の謎解きと意外性の演出はなかなか良く出来ている感触。ただまあ、死体出没のトリック? 真相? など、まあこんなものだろという面もある。あと、フーダニットパズラーの謎解きで(中略)は禁じ手にしてほしいとするタイプの読者が読んだら、評価はキビシイかも? それでも個人的には、思っていた以上に歯ごたえを感じた一冊。一読すると、物語の流れに絡んでくる(1980年代当時の)デパート業界などの妙な耳知識が増えるあたりも、ちょっと楽しい。 |
||
| No.1468 | 7点 | 嘆きの探偵 バート・スパイサー |
|
(2022/04/11 05:28登録) (ネタバレなし) 「おれ」ことカーニー・ワイルドは、フィラデルフィア在住の33歳の私立探偵。実績を重ねて事業を拡張し、現在では12人の所員を雇用する探偵事務所の所長となった。だが事務所の大口の顧客である、百貨店協会の会長イーライ・ジョナスのゆかりの銀行で強盗事件が発生。ワイルドはその犯人で元銀行の出納員チャールズ・アレクサンダー・スチュワートに撃たれて重傷を負い、さらに当のスチュワートをとり逃がしてしまう。百貨店協会から半ば役立たずと烙印を押されて次期の契約を打ち切られかけるワイルドは、退院後すぐさま、今も逃亡中のスチュワートを捕らえて汚名をすすがねばならない。フィラデルフィア警察の警部で、懇意にしているジョン・グロドニックから情報をもらったワイルドは、警察の捜査を支援する形で、スチュワートが乗船、もしくは何らかの接触を見せそうなミシシッピ川縦断の客船「ディキシー・ダンディー号」に乗り込むが。 1954年のアメリカ作品。私立探偵カーニー・ワイルドものの長編第6弾。 本邦初紹介作品でシリーズ第一弾の『ダークライト』以来、数年ぶりの登場。それ自体はと・て・も嬉しいが(論創のハードボイルド私立小説の紹介そのものが久しぶりだしねえ……)、なんでいきなり2~5作目をすっとばして第6作なのか? 物語の序盤でグロドニックの娘ジェーンというのが登場し、この彼女がワイルドと付き合ってたのどーのと語られるが、くだんの経緯もこの辺の未訳分の中でのことだったらしい。 まあそれはまだいいとして、第1作では個人営業だったはずのワイルドの事務所はいつのまにか事業拡張し、十人以上の所員の大所帯になっている。まるでピート・チェンバースか、ネロ・ウルフのとこ、あるいはエリンの『第八の地獄』みたいな賑わいだ(まあウルフのとこは外注メンバーが多いけどね)。 これって1950年代私立探偵小説としては、ヘンリイ・ケインなどと並んでそれなりに珍しい設定のように思えるので、本来なら、ワイルドの事務所が商売繁盛してくるまでの流れを、シリーズの順番どおりに21世紀に追体験したかったな~と強く思ったりした。 (ちなみに訳者あとがきでも、解説を担当の二階堂センセの原稿でも、この大所帯設定についてほとんど言及してないのは何故? 繰り返すが、結構、当時としてはユニークな文芸設定だったと思うんだけれど。) ということで思うのは、なんで二冊目の翻訳(いや、重ねて言うけど、出してくれたこと自体は本当に大感謝なのヨ)に、このシリーズ第6弾を選んだかということ。 ミシシッピ川船上での捜査がドラマの主体というのは確かに印象的な趣向だけど、そういうのがセールスに繋がるのか? と思ったりもした。 特に50年代私立探偵ハードボイルド小説というジャンルの場合。 で、中身そのものの話だけど、ストーリーはテンポいいし、登場人物は色鮮やかに描き分けられているし、何より今回は天中殺(古い)みたいに、次から次へと、やることなすことが裏目になってしまうワイルドの悲喜劇ぶりが実に小説として面白い。特に、所員の今後の給料を払い続けるため、今回の捜査を絶対に失敗できないという文芸が泣かせる。 ただまあミステリとしては最後にどんでん返しがあるにせよ、そんなに入り組んだ謎解きではなく、良くも悪くも佳作クラスか。伏線とフーダニットの興味を踏まえたミステリとしては『ダークライト』の方が数段面白かったとは思う。まあその分、今回は、変化球の主人公ポジションについたワイルドの設定やキャラ描写など、別の面白さが増した感じではあるのだが。 それで前述のとおり、今回の解説は論創の編集部が何を考えたか、二階堂センセを起用。フツーの意味でのハードボイルドファンではないことを前提に、かなり挑発的なものを言いまくっているが、個人的にはまあうなずけるところとそうでないところ、それぞれ。 例のジョン・ロードの『プレード街の殺人』の件以来、実作者としてはともかく、ミステリファンとしての二階堂センセって、どーも眉唾ものだしね(詳しくは本サイトでの『プレード街の殺人』の当方のレビュー、さらにそれに関連される、掲示板でのおっさん様のコメントをお読みください。ネタバレにはご注意。) ただまあ、日本のハードボイルドファンが、実作者を含めて悪い意味で『長いお別れ』に影響を受けすぎていると言いたげな発言があり、そこらへんは完全に同意。ここだけは少なくとも、今回よく言ってくださった、という感じである。私なんか「あー、これは『長いお別れ』のインフルエンスから生まれたな」という国産作品なんか、三つどころかたぶん五つ以上言えるわ。 (正確な数は、数えたことないけれど。) いずれにしろ、一冊の作品としての本書は、ミステリとしてはまあまあ、ハードボイルド私立探偵小説としては結構、面白い。その上で、重ね重ね、順番通り訳してほしかったというところ。 (まあ、一時期のネオハードボイルド作品なんか、律儀に順番通り訳しすぎて、シリーズが面白くなる前に翻訳刊行が打ち切られちゃったシリーズなんかもあるみたいだから、難しいところではあるんだろうけれど。) |
||
| No.1467 | 6点 | 裏六甲異人館の惨劇 梶龍雄 |
|
(2022/04/09 08:08登録) (ネタバレなし) 映画の助監督(雑用係)である20台の青年・吉田隼人は、とある仕事で神戸に来ていた。吉田は深酒の果てに地元のタクシーを利用するが、酔って朦朧とした頭で、近隣に建つ異人館の周辺で殺人前後の光景を見たような気がする。その直後、地元の大学教授・真隅重弘の屋敷の異人館で、来客である外国人の老人ウッドリッチの死体が実際に発見された。吉田が目撃したのはこの殺人の現場だったのか? だが殺人の状況は、吉田の記憶と相応の異同があった。映画業界で吉田と名コンビを組む監督の五城秀樹は、かつて奥秩父での殺人事件を解決したアマチュア名探偵で、今回もこの怪事件に乗り出すが。 『奥秩父狐火殺人事件』に続く、映画監督でアマチュア名探偵・五城のシリーズ第二弾。とはいっても登場作品はこの2つしかないみたいだし、しかも前作で「五城賀津雄」という設定名だったはずの五城監督は、今回はなぜか名前が「五城秀樹」に変わっている。本作の作中では前作の内容に則った奥秩父での殺人事件の話題も登場するので、大枠としては同一シリーズのハズだが、厳密にはニアイコール世界のパラレルワールド、近似の存在の別の主人公として書かれているかもしれん? なんでそんなややこしいことになったか知らんけど。 (『奥秩父』は10年くらい前に、当時としては珍しく人物メモまで作りながら読了したはずだが、もう細部はトリックも犯人もふくめてまったく忘れてる。まさか、前作のラストで某EQの長編の終盤みたいに、メインキャラクターが改名していたってことはないと思うが?) 事実上のメインヒロインといえる異人館の女主人=重弘の美人の奥さん・絹子の名前が中盤になるまで登場しない(本人は序盤から登場しながら、しばらく「真隅夫人」と地の文でも呼ばれてた)。 特にそのことに小説やミステリとしての意味なんかなく、この辺りもふくめて全体的に雑な文章で小説だという感慨も生じたが、量産期の梶作品ならこういうものもあるか、とも思ったり。 それで裏表紙には「恐るべき真相が明らかになる!」とあるが、最後まで読んでああ、そういうことね、という感じ。正直、大山鳴動して鼠一匹のパターンだが、しつこくしつこく張ってあった伏線を回収しまくる作者の執着は、ちょっとトキメいた。 前半から怪しい人が本当に(中略)だったのは困ったもんだけど、トータルとしてのキャラクター描写は、グレイゾーンでまあまあ良い仕上がりになっている気もする。 しかし読みやすい割に、クライマックスに至るまでの部分では「ワクワク面白いからリーダビリティが高い」という感覚などとはまるで無縁で、なんだかな、である。 例によってAmazonでとんでもない古書価がついているけど、もちろんそんな大枚払う作品ではないです。自分は、15~20年くらい前にブックオフで105円で買っておいて、ずっと放っておいた蔵書を気が向いて読んだけど。 興味がある人は図書館か人からか借りるか、安い古書に出会えるのを待つか、あるいは、また動きのあるみたいな梶作品復刊の波に乗るのを期待するか、その辺がよろしいかと。 |
||
| No.1466 | 7点 | ビスケーン湾の殺人 ブレット・ハリデイ |
|
(2022/04/08 07:12登録) (ネタバレなし) 世界大戦が終焉した1945年11月。ニュー・オルリンズに新たな事務所を開いていた私立探偵マイケル・シェーンは、秘書のルーシイ・ハミルトンに留守を任せて古巣のマイアミに息抜きにきていた。亡き妻フィリスとの思い出が残るアパートを一時的に借りうけていたシェーンはルーシイから電報を受け取り、世間を騒がしているベルトン夫人殺人事件の捜査のため、ニュー・オルリンズへの帰還を求められた。だがそんなシェーンのもとを、3年前にフィリスが親しい友人として紹介した女性クリスティン・ティルベットが来訪。今は青年実業家レスリー・P・ハドスンの新妻となっているクリスティンは、シェーンにある秘密の相談事を訴える。だがこの依頼は、思わぬ局面を経て、若い女性の死体がビスケーン湾に浮かぶ殺人事件へと繋がっていく? 1946年のアメリカ作品。マイケル・シェーン、シリーズの長編第13弾。 シリーズの流れの上では、この前が未訳の第12弾「Marked for Murder」で、さらにその前がメキシコ出張編の第11弾『殺人稼業』。 フィリスとの死別を経た「ニュー・オルリンズ」編もそろそろ終わりそうな気配があるが、実際のところは次作『シェーン贋札を追う』を読まなければ、わからない。 本作は冒頭でシェーンが、ニュー・オルリンズに残してきたルーシイへの恋心を意識する叙述に始まり、その直後にフィリスの大学時代からの親友でシェーン夫妻の幸福な結婚生活もずっと見守ってきたという、メインゲストヒロインのクリスティンが登場。第一作『死の配当』以降のフィリスとの思い出も続々とシェーンの記憶のなかに甦り、まさに本シリーズファン感涙の一冊。なに、このサービスぶり? まあ、たぶんこれって『長いお別れ』を経て『プレイバック』と『ペンシル』をほぼ同時に? 書いて、リンダ・ローリングとアン・リアードンというマーロウにとっての二大ダブルヒロインを見つめ直したチャンドラーに近しい気分だったんだろうね。この当時のハリデイは(その際のチャンドラーより、こっちの方がずっと先だが)。 ということで本作のラストは、このシリーズのファンである評者などにとってはすんごく腑に落ちるクロージングであった。もちろん具体的には、ココでは書かないけど。ただなんというか「ああ、すべてはここに至るための物語だったのね」という気分である。 でもって肝心の現在形メインヒロインのルーシイが最後までドラマの表舞台には不在なのも、この作品のミソだ。たぶん。 クリスティンが陥ったさるトラブルを打開するためにシェーンが動くうちに、どういう事情で生じたのかなかなかわからない(仮説や推理は立てられる)若い美女の殺人事件が発生。登場人物の多くもそれぞれ秘密を抱えたり嘘をついている気配もあり、錯綜する物語だが、ミステリとしての着想はクリスティとかの一部の作品にありそうな雰囲気のもの(特に具体的な作品をさすのではなく、あくまでそんなイメージとして)。なかなかトリッキィな仕掛けがある。まあ気づいちゃう人は気づいてしまうかもしれないが。 終盤に関係者一同を集めて、の謎解きは本シリーズの半ばお約束(例外のときもあるが)でいつもの外連味がたっぷりだ。 レギュラーキャラであるシェーンの友人の新聞記者ティモシイ・ラークも、普段の良い意味で無色透明な彼のキャラクターに似合わないダーティプレイをしているのでは? という疑惑も生じ、その辺もなかなかスリリング。シリーズが完全に軌道に乗った段階での一冊という余裕を感じさせた。 (ちなみに本作での登場時点からラークは銃に撃たれた傷が回復とかなんとかあるんだけど、これがその未訳の第12弾「Marked for Murder」でのことなんだろね? 本作はほかにも、シェーンがベッドで死体とともに朝を迎えたとか、たぶんまだ未訳の長編で語られているのであろう、そんな過去の事件のエピソードも作中で話題になっている。で、ソレはなんという作品なんですか?) 本作に話題を戻すと、謎解きとして、ちょっとネタが後出しの部分があるのは、やや減点。ただ「ああ、あの話題はやっぱり伏線だったんだね」という感じでの作劇の設け方は、ガードナーやスタウトあたりの雰囲気に近いものを感じたりする。 でもってこの作品は、シェーンがルーシイから電報を受け取り、明日の夜までは帰るから、と期限を自らきった中で、わずか二日のうちに解決する設定の物語である。そしてこの趣向そのもの(先のヒロイン、フィリスとの関係性から始まった事件を解決し、現在のヒロイン、ルーシイのもとにきちんと戻る)が、もう何をいわんかや、であり、うん、やっぱりこれはハリデイ=シェーンシリーズ版『ペンシル』だな、コレ。 できるなら一見さんよりも、シェーンシリーズの流れになんとなくでも通じたファンにこそ読んでほしい一作。 思いのほか、心の弾む作品ではあった。シェーンシリーズのファンには。 |
||
| No.1465 | 6点 | 改訂新版 真夜中のミステリー読本 事典・ガイド |
|
(2022/04/07 07:11登録) (ネタバレなし) 1990年9月にKKベストセラーズワニ文庫から刊行された旧版をベースに、著者の藤原宰太郎がほぼ30年ぶりに改訂。しかしこの新版の刊行の少し前、2019年5月に藤原宰太郎が逝去したため(ご冥福をお祈りいたします)、セミプロ文筆家である娘の藤原遊子さんが補遺執筆・編集して発刊された一冊だそうである。 ちなみに評者は旧版は持ってないし読んだこともないが、Amazonでのこの改訂版でのレビューで、新旧版の内容の詳しい比較をされている方がいるので、とても参考になる。 内容はいつもおなじみの藤原宰太郎の著作っぽい、ミステリ雑学コラム集&トリックの類別分類本。 ただしネタバレについてのクレームがうるさくなった21世紀の本らしく、トリックの概要を先に本文中で語る場合でも、文中ではなるべく具体名を出さずに作者の名前までに控えて、それぞれに註としてつけた索引ナンバーから、興味がある人のみ自己責任で該当作品のタイトルを、ずっと後のまとめたページで、リファレンスできるようになっている。この編集・配慮はとてもいい。 (ただしこういう工夫をしながらも、ごく一部の記事で、いきなりネタバレをしてしまう記述があるのは、なんだかな、だが。) 雑学コラムはテーマそのものはベーシックなものを並べた感じだが、具体例として紹介される作品のタイトル(とりあえずネタバレなしを主体に)が幅広い感じで、未読のミステリへの見識や関心が広がっていくようで楽しい。一方で浅く広く、そしてその広さについても中途半端な印象もあるが、まあそれは個人(親子にせよ)の読者・研究家の視座によるものとしての限界であろう。それを考えるなら、確かに豊富な作品タイトルの羅列で楽しませてくれる。 なお後半のトリックカタログの記事は、直接具体的な作品名のネタバレに直結しなくても、未読の作品のいろんなトリックそのものを先に教えられてしまう怖さがあるのでスルー。 いや、読んでみれば「そんなスゴイ着想の作品があるのか!? 読みてっ~!」となるパターンも十分に想像できるし、実際の自分はそういう経路を実践して現在のようなミステリファンの末席に着いたのだが、とにもかくにも今回は読むのはヤメにした(汗)。そういう意味では、本レビューは真部分的に中途半端な感想であることをお断りしてお詫びしたい。 (基本的には、書籍のレビューって一冊全部、ちゃんと読まなきゃダメだと思うけどね。) 事前に予期していたよりは浅い薄い感じもしないでもないが、おおむねは期待通りに楽しい一冊ではあった。 ただひとつ重箱の隅を楊枝でほじくるようだが、P57「大統領はミステリーがお好き」の項目。ここで例のルーズベルト原案『大統領のミステリ』に触れて「(そのルーズベルトは)有名な推理作家ヴァン・ダインやE・S・ガードナーなど六人の作家にストーリーを話して代作してもらった(原文ママ)」とあるが、これはもちろんマチガイ。 周知の通り『大統領のミステリ』の終盤部にガードナーが執筆参加したのは、元版の1935年の時点ではなく、後年の1967年に改訂新版が刊行された際の書き足し追加での形なので、「(1945年に死んだ)ルーズベルトが、(60年代の)ガードナーにストーリーを話して」というのは絶対にありえない。 論創の編集部もさながら、巻末を見ると飯城だの北原だの錚々たる? メンバーが本書の協力者として名を連ねているが、みんな校正に参加しなかったり、あるいは見落としたりしたのだろうか? この辺はいささか素人臭いケアレスミスで、ちょっと残念であった。 (いや、あのガードナーの追加部分は、あれでメイスンチームとヴァンスが同じ世界にいることになったという意味でウレシクて、印象深いのよ・笑。) もし本書の文庫化とかの機会でもあったら、ご確認の上で改修の検討をお願いします。 |
||
| No.1464 | 5点 | 犬の首 草野唯雄 |
|
(2022/04/07 06:18登録) (ネタバレなし) 都内の所轄・坂下署に勤務する、45歳の柴田与三郎部長刑事、そして27歳で身長190㎝、体重105kgの高見茂作刑事。この両人に彼らの上司、木下吉之助警部を加えた同署の問題刑事トリオは、常日頃から行き過ぎた捜査で上層部を悩ませていた。現在は資料整理の閑職に追いやられている柴田と高見だが、そんな二人は近所のスーパーマーケット「富士ストア」が商業法に抵触する豪華景品つきの抽選セールをやっているということで、調査を命じられる。高見は店内のレジスター・ガール、新田利恵に接触して内偵の協力を願うが、やがて思わぬ事件が発生。事態は、大規模な惨劇へと繋がっていく。 作者のユーモア・ミステリと謳った「ハラハラ刑事」シリーズ第一弾。元版は1975年8月に、祥伝社のノン・ノベルスシリーズとして書き下ろしで刊行。 評者は本シリーズは第二弾『警視泥棒』を大昔に先に読んだが、なんで順番通りに第一弾のこっちから読まなかったかというと、本作のタイトルに、なんか動物虐待的な気配を感じたから。昔からそういうものを売りにする? 作品はキライなのだった。 今回は少し前に、出先のブックオフで角川文庫版(帯付き)を100円棚から購入。まあそういうイヤンな気分で敬遠しなくてもそろそろいいか、程度の興味で読んでみた。 話が進むにつれて悪い意味で劇画チックな、かつ大規模な犯罪計画が明らかになっていき、そのぶっとんだ内容に若干引く。 しかし何より問題なのは、ユーモアミステリと公称しているのに、ほぼ全編ニコリともできなかったこと。いや、ああ、ここで作者は笑わせようとしているのだな、と冷えた頭で思わせる箇所は随所にあるのだが。 むしろ、ゆがんだ犯罪者側の情念というか、シリアスな事情の方がそのグルーミーさゆえに、こちらの内なる感性を刺激した。ブラックユーモアとして受け取るならば、こっちの妙味の方がまだ笑えるかもしれない。 途中、本当にロー・テンションで読んでいる間は、コレは4点の評点でもいいかと思ったりもしたが、後半、最後まで付き合って、まあ5点はあげてもいいかとも思い直す。ピンチを救われた高見が、恩人のじいちゃんにちゃんとしっかりお礼を言って別れる描写は良かった。あと、作者なりに最後の方で、事件(犯罪)に奥行きを出そうとしている努力のほども感じた。肝心の? タイトルの意味も、予想どおりに? 良くも悪くもインプレッシブ。 とはいえ、草野唯雄作品で笑うのって、当人がそのつもりで書いたとかいうユーモアミステリで、じゃないよね。ご本人がマジメに著して滑った天然もののときの方が1000倍オモシロイ(その最高傑作が、あの『死霊鉱山』であろう)。 まあそれでも本作もあれやこれやで作者らしさは感じたが。 |
||
| No.1463 | 8点 | 金髪女は若死にする ウィリアム・P・マッギヴァーン |
|
(2022/04/06 22:05登録) (ネタバレなし) その年の4月のシカゴ。「私」ことフィラデルフィア在住の38歳の独身の私立探偵ビル・カナリは、以前に故郷の町で10日ばかり付き合ったブロンドの美女ジェーン(ジェニイ)・ネルスンに会いに、シカゴに来ていた。先方から再会の約束をもらっていたカナリはジェーンのアパートに向かうが彼女は不在で、そこに別の男「フィリー」が現れる。当惑するカナリのもとにジェーン当人から電話があり、仔細はあとで説明するということで場所を指定されたカナリはジェーンのもとに向かうが。 1952年のアメリカ作品。 ポケミス巻末の都筑解説を読むと当時の出版界全般が「ポスト・スピレーン」の流れを狙う中で企画刊行された一冊とあり、事実その通りなのだと思うが、個人的にはとても手ごたえのあった作品で、あえて通俗ハードボイルドだのどうだののレッテルを貼らなくてもいいような中身だった。 というか、こういう作品を読むと改めて「ハードボイルド」の定義がわからなくなるし、さらに正統派ハードボイルドと通俗ハードボイルドのカテゴライズ分類ってなんぞや? セックス(お色気)描写があり、アクションに比重を置いていても、一級のハードボイルド私立探偵小説というのが登場したっていいよね、という思いに駆られる。 本作はまさにそんな内容で、プロット、キャラクター描写、テーマ性、そして主人公の立ち位置とメンタリティの在り方、そのすべてを踏まえた上で、ある意味では個人的にこれまで出逢ってきた1950年代・ハードボイルド私立探偵小説のひとつの理想形。 思うところあってミステリとしての部分は、ここであまり語りたくないが、十分に楽しめた。そしてその上で、先に並べたような、評者が50年代の私立探偵小説ハードボイルドミステリに求める、あるいはバランスよく取り揃えてほしいと思った多くの賞味要素が、十二分以上に詰め込まれている。 作者の正体がマッギヴァーンだと知って納得。というか、これってかなり(シャレではない)マッギヴァーンらしい作品だろ。 最後の一行が胸に染みた。このまとめ方、ああ、間違いなく「ハードボイルドミステリ」で「ハードボイルド私立探偵小説」。こういうのもれっきとした、フィニッシング・ストロークだな。 |
||
| No.1462 | 8点 | 夕日と拳銃 檀一雄 |
|
(2022/04/05 05:49登録) (ネタバレなし) 大正3年(1914年)。伊達政宗の末裔・時宗伯の孫息子で幼少時を九州で過ごした13歳の少年・伊達麟之介は、祖父の後見を受けて学習院に入学する。だが純朴で不器用な心根の主ながら、幼少時から山中で狩猟に勤しみ、銃器に慣れ親しんできた麟之介の最大の親友は人間ではなく、九州の母・鶴子が授けた拳銃であった。いびつな生き方ながら周囲の何人もの心を掴み、成長していく麟之介。そんな彼には広大なユーラシア大陸で、波乱万丈の人生が待っていた。 昭和30~31年にかけて「読売新聞」夕刊に連載され、のちに『夕日と拳銃』『続夕日と拳銃』『完結夕日の拳銃』の三分冊で書籍化された、国産戦争冒険小説の名作。 大昔(80~90年代だったと思う)に「本の雑誌」で、誰かがオールタイム国産冒険小説のベスト作品を羅列した際に、短いコメントとともにこれがセレクトされていた時から、数十年間、この作品が気になっていた。 とはいえ本作を「国産冒険小説」として広義のミステリファンの視座から語った文章というのは、その後ほとんどお目にかかった記憶がない(評者の不勉強なら申し訳ないが)。 だったら、自分で読んで拙いレビューのひとつもしてやれと以前から思っており、このたび一念発起し、最初に関心を抱いてから数十年目にしてようやっと通読する。 なお今回は、前述の元版三冊分をまとめた正編、それを二分冊に編集した河出文庫版の上下巻で読了。 昭和史上の実在人物(伊達政宗の子孫・伊達順之介)をモデルにした、彼の馬賊としての活躍を語る長編小説ということぐらいは前知識としてあり、日頃、評者が読みなれている作品群とは毛色の違う作風だろうなと警戒したが、実際には会話も多く、思いのほか読みやすかった。 文体に少し癖があり、場面場面がポンポン弾んでいくような感じもあるが、これは毎日の連載に小規模な見せ場や引きを必要とする新聞小説ならではの形質だろう。最初はやや戸惑うが、テンポに慣れてくると、このリズム感が心地よくなってもくる。 明治天皇崩御の直後、学習院周辺で起きたかの参事を経て、話に相応の転換が発生。その後は本作のメインヒロインである出戻りの年上の貴族令嬢・綾子と麟之介のロマンスなども絡めながら、話のベクトルが作品の主舞台となる大陸へと少しずつ向かっていく。 最後まで思想はほとんど持たず、あくまで拳銃を友とする戦士として、そして一介の不器用な人間として生き抜く麟之介の叙述が物語前編の主軸なのは間違いないが、周辺の多様な登場人物たちもそれぞれ魅力的に描かれる。 昭和30年台初頭の作品という本作の出自を思えば、直接的、間接的に、後年の広範なジャンルの作品に及ぼした影響も少なくないだろう。 (えらく敷居の低い言い方をするが、サブヒロインのひとりの設定が、今風の深夜アニメか美少女ラノベに出てきそうな×××ネタだったのには、ぶっとんだ。) 戦争冒険小説としては、河出文庫版下巻の後半からが頭がヒートするくらい加速度的に面白くなり、強敵ライバルキャラ、腐れ外道、裏切り者などの悪役、敵役の配置も万全。でも何より、麟之介の周囲の人間関係というか主要キャラたちとの絶妙な距離感がいい。 (中略)の時世の中で迎えるクロージングは、熱い万感の思いとともに読了した。 実在のモデルを基盤とし、作者の壇自身も満州従軍、さらには放浪の経験があるというから当然であろうが、昭和裏面史の臨場感もたっぷりである(もちろん評者としては、あくまで疑似体験させてもらったに過ぎないが)。 国産冒険小説の系譜に関心のある人なら、戦後の古典として一度は読んでおいて損はない作品。 (たぶん実際に通読すると、あら、こういう内容だったの?、と思うような部分もあると思えるが、そこもまたこの作品の広がりであり、個性で魅力だと信じる。) 「じゃ、今度は何所で会おうかな?」 「やっぱり、弾丸の中でしょう」 「よし」 |
||