ただの眠りを 新作フィリップ・マーロウ(72歳) |
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作家 | ローレンス・オズボーン |
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出版日 | 2020年01月 |
平均点 | 6.00点 |
書評数 | 1人 |
No.1 | 6点 | 人並由真 | |
(2022/03/31 17:30登録) (ネタバレなし) 1988年のメキシコの一角。「私」こと72歳の隠居中の私立探偵フィリップ・マーロウは、生命保険株式会社の社員マイケル・D・キャルプとオケインの両人と出会い、久しぶりに仕事の依頼を受ける。その内容は、先日、71歳のアメリカ人の不動産業者ドナルド・ジンが溺死し、その若い未亡人ドロレス・アラヤに多額の保険料を払ったが、疑義が残るので再調査してほしいというものだ。マーロウは、30歳前後の美女ドロレスに対面し、さらに死体発見前後の証言を集めて回るが、やがて意外な事実が浮かび上がってくる。 2018年の英国作品。同年度のMWA最優秀長編賞の候補作のひとつ。 本サイトでも、老人となったマーロウを主人公とするというぶっとんだ趣向に何らかの感慨を覚えたファンは少なくないと思うのだが、なぜか今までレビューがひとつもない。 かくいう評者も原典のチャンドラー作品とは最近はあまり縁がなく、この数年の間には『長いお別れ』『高い窓』の村上訳を読んだ程度だが、それでもそろそろ気になって、今回、手にしてみた。 一読すると、いろいろと微妙な作品。どちらかというと肯定したい面の方が多いのは確かだが、なによりも自分は<本当に>あのマーロウの老境の姿に付合っているのだろうかという違和感がどこかにつきまとい続けた。 とは言え、そんなもの(マーロウの老後)は、チャンドラーの原典をふくめてホンモノなどどこにもないのだから、こういう文芸設定という了解のもとに読むしかない。 そして結局はそんな大前提そのものに好悪さまざまな受け手の反応があるのだろうから、本作に関心を抱く人も多ければ、たぶん絶対に読みたくもない人、も多いのであろうことは容易に想像がつく。 先に、なぜか本サイトにもレビューがないと書いたが、かかるひねった設定のパスティーシュ? なら、実は当然のことであった。 ストーリーの前半は、足で歩いて回る調査の積み重ねで、やや淡々としており、老マーロウの心象と重ね合わされるメキシコの情景描写の比重も多い。 いわゆるチャンドラーらしさはあまり感じられないような、そうでもないような雰囲気だが、1980年代の老境マーロウという大設定なら、これくらい少し違ったものになっても当然だという感触もあり、その意味では独特の世界を獲得した本作の趣向が活きている。繰り返すが、その程度の別物感さえ気になる人は、読まない方がいいかもしれない。 あまり設定についてのネタバレもしたくないが、現在のマーロウは中年家政婦マリアと、拾った捨て犬とメキシコの小さな町に暮らす孤独な老人(そこそこお金はあるようだが)。かつて結婚歴があったことは語られるが、かのリンダと離婚したのか、死別したのかは一切、語られない。 ほかの主要な原典の旧キャラクターについてもまったく名前などは登場せず(ポケミス101ページ目にちょっとそれっぽい名前はあるので、これは要確認)、ただ、ああ、作者はアレについて暗示したいのだな、という思わせぶりな演出は一部の描写に感じられる。 ミステリとしては大ネタが(中略)で明かされ、そこで話にはずみがつくのはいいが、ある意味で後半の展開は異様ではあった。だがそこが、チャンドラー原典の諸作のプロットの悪い意味での錯綜? ぶりや破綻加減を、意図的にトレースしている気配も感じられた。 実際に作者も本編を終えたあとのあとがきで、その主旨の旨を語っている。 マーロウに心惹かれたもの、チャンドラーファンとして読む意味はある作品だとは思うが、決して素直なパスティーシュではない。ただしこの老マーロウがメキシコを舞台に事件の真相を追うという作劇のアプローチの仕方は、この作品の形質として、ちょっと感じるものはある。 ちなみに訳者あとがきで、田口俊樹は、チャンドラーの死後に書かれたマーロウの長編は3冊あると、パーカーが関わった二冊と近作『黒い瞳のブロンド』を挙げているが、実際にはコンテリースの『マーロウもう一つの事件』などもある(評者もまだ未読で脇にツンドクだが、かなりヘンな作品のはず?)。 あと、木村二郎氏のミステリマガジンの連載エッセイのなかで、マーロウが「マロー・フィリップス」の名前のチェス好き、富豪の女性と結婚した老私立探偵として登場し、主人公の後輩探偵を後見する作品もあると読んだ覚えがある。まだ未訳のはず。この辺のことは早川編集部の方で、田口氏のあとがき原稿を受け取った際に、ちゃんとしたフォローが欲しかったところだ。 実際、後進作家の新作ミステリに老境マーロウを登場させるなら、そういう新世代ヒーローの支援役の方が似合うような気もする(まあ、ヒギンズのデヴリンみたいな、誰でも考えるありふれたポジションかもしれないが)。 |