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ミステリの祭典

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夕日と拳銃

作家 檀一雄
出版日1955年01月
平均点8.00点
書評数1人

No.1 8点 人並由真
(2022/04/05 05:49登録)
(ネタバレなし)
 大正3年(1914年)。伊達政宗の末裔・時宗伯の孫息子で幼少時を九州で過ごした13歳の少年・伊達麟之介は、祖父の後見を受けて学習院に入学する。だが純朴で不器用な心根の主ながら、幼少時から山中で狩猟に勤しみ、銃器に慣れ親しんできた麟之介の最大の親友は人間ではなく、九州の母・鶴子が授けた拳銃であった。いびつな生き方ながら周囲の何人もの心を掴み、成長していく麟之介。そんな彼には広大なユーラシア大陸で、波乱万丈の人生が待っていた。

 昭和30~31年にかけて「読売新聞」夕刊に連載され、のちに『夕日と拳銃』『続夕日と拳銃』『完結夕日の拳銃』の三分冊で書籍化された、国産戦争冒険小説の名作。
 
 大昔(80~90年代だったと思う)に「本の雑誌」で、誰かがオールタイム国産冒険小説のベスト作品を羅列した際に、短いコメントとともにこれがセレクトされていた時から、数十年間、この作品が気になっていた。
 とはいえ本作を「国産冒険小説」として広義のミステリファンの視座から語った文章というのは、その後ほとんどお目にかかった記憶がない(評者の不勉強なら申し訳ないが)。
 だったら、自分で読んで拙いレビューのひとつもしてやれと以前から思っており、このたび一念発起し、最初に関心を抱いてから数十年目にしてようやっと通読する。
 なお今回は、前述の元版三冊分をまとめた正編、それを二分冊に編集した河出文庫版の上下巻で読了。

 昭和史上の実在人物(伊達政宗の子孫・伊達順之介)をモデルにした、彼の馬賊としての活躍を語る長編小説ということぐらいは前知識としてあり、日頃、評者が読みなれている作品群とは毛色の違う作風だろうなと警戒したが、実際には会話も多く、思いのほか読みやすかった。
 文体に少し癖があり、場面場面がポンポン弾んでいくような感じもあるが、これは毎日の連載に小規模な見せ場や引きを必要とする新聞小説ならではの形質だろう。最初はやや戸惑うが、テンポに慣れてくると、このリズム感が心地よくなってもくる。

 明治天皇崩御の直後、学習院周辺で起きたかの参事を経て、話に相応の転換が発生。その後は本作のメインヒロインである出戻りの年上の貴族令嬢・綾子と麟之介のロマンスなども絡めながら、話のベクトルが作品の主舞台となる大陸へと少しずつ向かっていく。

 最後まで思想はほとんど持たず、あくまで拳銃を友とする戦士として、そして一介の不器用な人間として生き抜く麟之介の叙述が物語前編の主軸なのは間違いないが、周辺の多様な登場人物たちもそれぞれ魅力的に描かれる。
 昭和30年台初頭の作品という本作の出自を思えば、直接的、間接的に、後年の広範なジャンルの作品に及ぼした影響も少なくないだろう。
(えらく敷居の低い言い方をするが、サブヒロインのひとりの設定が、今風の深夜アニメか美少女ラノベに出てきそうな×××ネタだったのには、ぶっとんだ。)
 戦争冒険小説としては、河出文庫版下巻の後半からが頭がヒートするくらい加速度的に面白くなり、強敵ライバルキャラ、腐れ外道、裏切り者などの悪役、敵役の配置も万全。でも何より、麟之介の周囲の人間関係というか主要キャラたちとの絶妙な距離感がいい。
 (中略)の時世の中で迎えるクロージングは、熱い万感の思いとともに読了した。
 実在のモデルを基盤とし、作者の壇自身も満州従軍、さらには放浪の経験があるというから当然であろうが、昭和裏面史の臨場感もたっぷりである(もちろん評者としては、あくまで疑似体験させてもらったに過ぎないが)。

 国産冒険小説の系譜に関心のある人なら、戦後の古典として一度は読んでおいて損はない作品。
(たぶん実際に通読すると、あら、こういう内容だったの?、と思うような部分もあると思えるが、そこもまたこの作品の広がりであり、個性で魅力だと信じる。)


「じゃ、今度は何所で会おうかな?」
「やっぱり、弾丸の中でしょう」
「よし」

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