人並由真さんの登録情報 | |
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平均点:6.34点 | 書評数:2190件 |
No.1430 | 9点 | 同志少女よ、敵を撃て 逢坂冬馬 |
(2022/02/24 15:34登録) (ネタバレなし) 1941年。ドイツ軍がソ連に侵攻。翌年2月7日、村民わずか40人ほどの農村イワノフスカヤ村は、数名のドイツ歩兵とひとりの狙撃兵によって皆殺しにされる。猟師だった母まで殺され、自分も凌辱・殺害されかかった16歳の少女セラフィマ(フィーマ)・マルコヴナ・アルスカヤは、赤軍の女性兵士で元狙撃兵のイリーナ・エメリャノヴナ・ストローガヤに救われる。だがイリーナの冷徹ともいえる言動はセラフィマの心に、残忍なドイツ兵に対するものとはまた違う種類の憎しみを刻んだ。母譲りの優れた猟師=スナイパーの素質をイリーナに認められたセラフィマは、赤軍の「中央女性狙撃訓練学校」の分校に寄宿入学。セラフィマは、のちに「魔女の巣」と呼ばれるそこで狙撃兵としての訓練を積んでいくが。 第11回アガサ・クリスティー大賞受賞作。 Amazonでは膨大なレビュー数の高い評価がつき、北上次郎などは昨年は本書を読むための年だったとまで激賞している作品。 評者が参加するミステリファンサークル「SRの会」の2021年度ベスト投票の締め切りが迫っているなか、これは読んでおいた方がよいと判断し、ページをめくり始めた。 読み始める前に中から透ける世界観や文芸設定から、重厚で苛烈な物語を予見。これはどんなに頑張っても読了に2日はかかるな、と思っていたが、途中でまったくやめられず、一息に一晩で読んでしまった。 平明な文体で、しかし的確にエピソードを積み重ねていく小説作りのうまさ、そして膨大な資料を読み込んで構築したのであろう<世界大戦という地獄の場>の臨場感が、ただただ圧巻。 (復讐相手の狙撃兵ハンス・イェーガーと戦場で対決する好機を得たいという思惑で、打算めいた行動をよしとするセラフィマの図など、実に印象的。) たとえば、貧相な読書歴の評者などは、これまでにもし「21世紀の国産戦争冒険小説で、かの『ユリシーズ号』や『アラスカ戦線』に匹敵する可能性のあるものをあげろ」と問われたら「いや、とても思いつかない」と苦笑していたのだが(深緑野分の二冊は、ちょっと方向が違うと思う。それぞれ秀作だけけど)、今夜をもってその認識はガラリと変わった。これは唯一、それらのマイベスト作品に伍するポテンシャルのある一冊である。 個人的にはスターリングラード戦のくだりの強烈な密度感が圧巻だったが、終盤で作者が語ろうとする、セラフィマたちが撃つ「敵」の含意、その多重性にもシビれた。 よくできた、視野の広い、踏み込みの深い一冊だが、これで優等生的な作品としての嫌味をほとんど微塵も感じさせない、仕上がりのスキの無さも鮮やか。 (なお、本作の大設定である女子狙撃部隊という文芸ゆえに、キャラクター小説だのマンガだのと揶揄する読者もいるようだが、個人的にはそのあたりは、繰り返し作中でセラフィマたちが受ける問いかけの反復と変遷で、ちゃんとクリアされているんじゃないかと思うぞ。) 自分などが賞賛しなくても、前述のように世の中はすでに激賞の嵐だが、これは9点をつけなくてはなるまい。 |
No.1429 | 6点 | 赫衣の闇 三津田信三 |
(2022/02/23 07:30登録) (ネタバレなし~少なくとも、謎解きミステリ部分に関しては) 昭和22年の東京。少し前に九州の抜井炭鉱の周辺で怪異な殺人事件を解決したアマチュア探偵の青年・物理波矢多(もとろいはやた)は、ひさびさに再会した大学時代の友人・熊井新市から、ある相談を受ける。それは新市が懇意にする的屋(闇市の元締め)の親分、私市(さきいち)吉之助が仕切る闇市の街「赤迷路」に出没する謎の怪人「赫衣(あかごろも)」の正体を暴くことであった。吉之助をはじめとする赤迷路周辺の人々と親交を深めながら、これまでに起きた怪異な事件についての情報を集める波矢多。だがやがて、密室状況といえる殺人、そして怪人の出現、不可解な人間消失? 事件……が続発する。 物理波矢多シリーズ第三弾。ただし作中の時系列としては、第一作の『黒面の狐』→本作→前作の『白魔の塔』の順番で、タイムラインが流れる。 時代設定を戦後直後に据えた世界観ゆえ、昭和20年代前半の日本人の苦境や混乱図がみっちりと語られるのが本シリーズの特色のひとつだが、本作では「闇市」という主題を介して、特にその辺が色濃く語られる。 厳しく凄惨な時代が描き出される一方、意外にしたたかな当時の人々の活力なども物語のなかには滲み出し、そういう意味での臨場感でいえば三作中、一番であろう。 (あと、この時代設定なら<いつかやってくれるであろう>とかねてより期待していた<かの趣向>がついに今回、ここで実現! というわけで<向こうのシリーズ>のファンの人は、こっちの路線も読んだ方がいいよ(笑)。 まーなんかラノベの『緋弾のアリア』と『やがて魔剱のアリスベル』の関係性的な、マイナーシリーズにメジャーシリーズのファンを呼び込む作者の作戦というか、ぶっちゃけ客寄せパンダっぽい(中略)みたいな気もしないでもないが・汗。) で、ミステリとしては、例によって多重解決っぽいことをしてくれていいんだけれど、同じく昨年に刊行の刀城言耶シリーズの方の『忌名の如き贄るもの』が優秀作だった分、こちらは向こうの終盤のダイナミズムに比較してちょっと弱く感じてしまう。 あと、何より肝心の真相が、いわゆる<短編ネタ>ぽくもある。そういう意味では、三作中、一番弱いか。 くわえて、かなり大きな謎? が放っておかれたまま終わってしまったような……。 (個人的には、犯人の動機そのものは理解はできた。共感も賛同もできんけど。) 今のところ本シリーズでは、ロケーションの求心性で『白魔』が一番スキ。でも僅差で残りの2つも、妙に惹かれる面はある。 評点は、他の作者だったら7点だけど、というところで、この点数。 |
No.1428 | 7点 | 四元館の殺人―探偵AIのリアル・ディープラーニング 早坂吝 |
(2022/02/22 05:37登録) (ネタバレなし) 驚愕の大ネタは、それなりに以前に刊行された某作品に、先例がアリ(汗)。 ただし(早坂センセが、その前例を知っていたかどうかは不明だが)後出しの分、料理の仕方は今回のほうがこなれていると思う。何より本シリーズの作風には合っている。 素で驚くことができていれば、十分に8点だったが、もしかしたら作者が先駆作を知らないでドヤ顔で書いてしまった可能性を踏まえて、この評点で。それでも自分なりにデリケートな採点のつもりです(笑・汗) とはいえ、その大ネタ以外の部分でも、いろいろ得点はしている作品ではある。それは認める。ある意味ではくだんの大ネタよりも、物語全体の事件の流れの方が気に入った。 で、ちょっとだけ気になったのは、特異な血痕が残った経緯。そんなにうまく(中略)ものかな。 いや、絶対にありえないこととはいえないから、いいのか? 余計なことを書いちゃったりするとマズイので、今回はこの辺で(笑)。 |
No.1427 | 6点 | 夜と少女 ギヨーム・ミュッソ |
(2022/02/21 05:24登録) (ネタバレなし) 1992年のコート・ダジュール。地元の名門高校「サン=テグジュペリ」で、学内でも有名な美少女ヴィンカ・ロックウェルがある夜、姿を消した。ほぼ同時に当時27歳の哲学教師アレクシス・クレマンも行方をくらましており、両者は駆け落ちしたのでは? と噂されるが、その後の去就は不明だった。そして2017年の現在、当時、ヴィンカと同窓で彼女に心惹かれていた「わたし」こと40代前半の人気作家トマ・ドゥガレは、母校の式典と同窓会に参列するが……。 2018年のフランス作品。 評者には2冊目のミュッソの作品。先日読んだ『作家の秘められた人生』は、けっこうトラディッショナルな技巧派フランス・ミステリの味わいがあったが、本作は400ページ以上とやや厚めの紙幅に見合った、割と小説として読み応えのある仕上がりになっている。 前半から後半に至るまで、小さい山場とサプライズを適当な間隔で設けた構成で、いかにも職人作家のエンターテインメント然とした感じ。 後半の二転三転の展開は普通に面白いが、ちょっと作者側の都合を優先したあざとさを一部に感じないでもない。(結局、トマのNYでの2010年のあれって……。) あと、黒幕の隠し方がややチョンボだね。 全体としてはフランス・ミステリというより、21世紀の筆の立つ若手~中堅作家の安定作を一冊、読まされた感じ。具体的に国産作家名で言うなら、伊岡瞬とかあの辺のクラスの作家の平均作の感触だ。 それと、小説そのものの作りがマジメな分、とある文芸ポイントにおいて、おじさんのような古い読者には「え、これでいいの?」と引っかかる面もあった。あんまり書くとネタバレでまずいが、結局(中略)というのは、どうなんでしょう。 読んでる間は面白かった。それは認める。 |
No.1426 | 6点 | 鷲の巣 西村寿行 |
(2022/02/19 08:18登録) (ネタバレなし) 日本全国を震撼させた「死神」テロリスト・僧都保行を打倒した、警視庁公安特科隊の警視正コンビ、中郷広秋と伊能紀之。彼らはかの宿敵から「死神」の異名を襲名し、その後は出向を命じられた世界各国で暴れまわったのち、日本政府とケンカ。今は無職の立場で、政府から分捕った成功報酬1億4千万円を元手に豪華クルーザーを買い込み、焼津で有閑の日を送っていた。だが地元でとある事件が起きて、コンビはそれを瞬時に解決。すると今度は大西洋で、6万トンクラスの英国の豪華客船キング・ネルソン号がシージャックにあい、2000人以上の乗客が人質になる。英国政府は巨額の報酬と引き換えに「死神」コンビに事件の解決を依頼するが。 第一弾『往きてまた還らず』に始まる「死神」(伊能&中郷コンビ)シリーズの第四弾。 評者は本シリーズはその『往きて』を読んでいただけだったので、ウン十年ぶりにこの主役コンビとの再会となる(正直、大昔にこのコンビと初めて出会った際には、シリーズものになるなんて想像もできなかった)。 しかしまあ、何度も笑っちゃうくらいにストレスフリーの主人公コンビの無敵ぶりで、伊能&中郷を窮地に追い込んで盛り上げようなどという作劇上の工夫や配慮の類は微塵もない。その潔さは却って清々しいほどだ。 ぐいぐい押してくるホラ話とエゲツない描写(しかし乾いた文章ゆえに、常にどっかに妙な品格のある)のボリュームで、最後までオモシロク読ませてしまう。 とはいえこれが『安楽死』や『屍海峡』を書いた、いや『滅びの笛』ですら、それを書いたのと同じ作家の著作とは思えんな(笑)。 (ちなみに同じバディものでも『荒涼山河風ありて』あたりは、もうちょっと抒情と風情があったような……)。 あ、『峠に棲む鬼』あたりなら、接点はそれなりに感じるかも。 それでも中盤までは割と直球のボリューム勝負という感じだが、第四章になると円熟期の寿行っぽいイカれたユーモア味が全開で、なかなかそっちの意味で楽しくなってくる。 焼津のヤクザの親分で、自分から死神コンビの舎弟になる人斬り伊造、正に「味わいのある男」であった。 破天荒な活劇バイオレンス小説で、個人的には寿行の本道とは認めたくないけれど、それでも一気に読むのをやめられない程度にはオモシロイ。 |
No.1425 | 6点 | 殺意の焦点 草野唯雄 |
(2022/02/17 14:57登録) (ネタバレなし) その年の8月23日の火曜日。酒屋の若主人・須藤信一が、店のトラックに紛れ込んでいたカバンを渋谷警察署に届ける。鞄の中には5枚のモノクロの風景写真が入っていたが、それらの写真にはそれぞれ別の日付らしい数字が書かれていた。署内のひとりの捜査員が、その日付に何か見覚えがあると気が付く。やがて署員たちは、署内の資料の新聞記事から、そのうちの3つの日付の日に、未解決の女性殺人事件がバラバラの場所で起きている事実を認めた。 角川文庫版で読了。 広義のフーダニットパズラーであり、同時に本庁を含む複数の警察署の捜査官たちの連携によって、話が二転三転する警察捜査小説ミステリ。趣向はミッシング・リンクもの。 お話は好テンポで、ラストの真相も十分に意外。 ただし、ネタが明かされると驚かされる一方で、犯罪計画を立案・実行した犯人の「神の御業への期待値」があまりに高すぎて、ソコに心底呆れる。 これはあれだな、偶然によりかかりすぎる、甘えた思考の天才犯罪者の作戦がたまたまいいところまでいった、希少な事例のストーリーだな。それこそ何億何兆、無限の並行世界で、(中略)までしておきながら、まったく犯人の思惑にカスりもしなかった物語宇宙があるのに違いない。 サプライズは大好きだけど、あまりに作中のリアルの説得力がないのはねー。まあ、とにもかくにも、この作品の犯人はこれでやってみようと考えて実行し、ソレで【たまたま】うまくいったのだ、と解釈すればいいんだろうけど、そこまでの義理も感じないよ。 まあそう考えれば、作者が意外性の追求だけに気をとられるあまり、作品全体のバランスを見失ったまま一冊仕上げちゃった、割とよくあるミステリかもしれない。いかにも草野作品らしいかも。 評点は、得点要素の方を重視して。 |
No.1424 | 6点 | アルプス特急あずさ殺人事件 峰隆一郎 |
(2022/02/16 06:47登録) (ネタバレなし) その年の11月14日。金曜日。新宿発松本行き「あずさ13号」の車内で、女子大生・五貫倫子(いぬきみちこ)が毒物によって死亡する。捜査本部を設けた北松本署の刑事たちは、倫子の隣席の男に嫌疑をかけるが捜査は難航した。そんななか、倫子の11歳年上の兄で、元海上自衛隊員だが今は警備会社に籍を置く吾郎は、独自に妹の死の真相に迫るが。 それなりの著作数(多くの時代小説とある程度の冊数のミステリ)を誇りながら、一般には「隆慶一郎と誤認される、名前のよく似た作家」という、そんなネタ的な認識がまず真っ先に来るのが、この作者の最大公約数的なイメージであろう(笑)。 そのせいか本サイトでも作家も作品の登録も、自分がするまでなかったのだが、実際のところ、そんなこの人の実作のほどはどんなのであろう? と興味が湧き、まずは一冊読んでみた。 (自分が手に取ったのは、1993年の集英社文庫の改題版ね。) でまあ、一読してみると、うん、コレはコレでなかなか悪くない。 いや題名から察するに、なんかトラベルミステリっぽくて、いいとこ一流半~二流のアリバイ崩しか毒殺トリックもののパズラーの線で行きそうな雰囲気だが、実際の中身は体術に心得のある主人公の青年・五貫吾郎が、足と腕っぷしで事件の真相を暴いていく(非・私立探偵ものの)国産通俗ハードボイルドであった。 結構、刺激的な設定や文芸も出てくるが、小説の叙述そのものはエロにはさほど流れず、暴力描写なんかにも意外に抑制が効いた内面描写がされているのが良い。 じつは試みに、この作者の名前と「ミステリ」というキーワードを並べてTwitterで検索してみると、大藪春彦、勝目梓と作家ランクを並べている人もいた。で、その妥当性はどうあれ、この作者の文体はいい意味で手堅く、好感が持てる。まあ職人作家的に主人公の人間味を随所で覗かせる、そういう点とか意外に丁寧で、そんなところで評価ポイントを結構、稼いでいたりする。 吾郎がまるで50年代の翻訳ハードボイルドミステリの主人公みたいなタフガイ。しかも全編を通じてほぼノーダメージ、しかし意外に悪党たちに冷酷さとドライさを見せ付ける一方で、完全にサディスティックにしない辺りも、いい意味での大衆小説ぽくってよろしい。 バイオレンスヒーローなれども、ギリギリのところで嫌悪感を抱かせないキャラクターの造形と、気を使った描写は、エンターテインメントとしての大事なポイントだとも思うので。 肝心のミステリとしての(中略)も、まあこれはこれで……ではある。 一瞬? だけ、しょーもない三流エロバイオレンス小説かとも思いかけたけど、二転三転の筋立てもふくめて、全体的にはなかなか悪くはない。 うん、たまにはこーゆーものもいいやね。 |
No.1423 | 6点 | 密室殺人ありがとう 田中小実昌 |
(2022/02/16 03:59登録) (ネタバレなし) カーター・ブラウンやA・A・フェア、87分署シリーズその他の翻訳で知られ、創作者、エッセイストほかのマルチ人間としても多大な業績を残した田中小実昌の、まだ本に一度もなっていない、雑誌に埋もれたままの広義のミステリ短編を12本集めた一冊。 こういう、昭和期を主体に活躍した作家の未書籍化の中短編の発掘企画といえば、論創社のハードカバーかはたまたマニアックな同人出版あたりが専科だが、こういう風に一般書店に並ぶ文庫の新刊で出してくれるのはありがたい。功労者はおなじみの日下先生で、今回もありがとう。 先に12編の広義のミステリと書いたが、マトモなパズラーや私立探偵小説などの類は一本もなく、よく言えばバラエティに富んでいるし、悪く言えば方向性のバラバラな作品群の集成。 1971年から81年までの雑誌に掲載された作品が収録されたが、その大半はもっと前の時代の戦後すぐから昭和30年台~40年代の前半までを時代設定に置いたもので、それぞれの作品にはかなり奔放かつ勤勉な半生を送った作者自身の影が見える(ほとんど作者の分身みたいな、プロやセミプロの翻訳家のキャラクターが登場する話も多い)。 そういう時代色の上で、話の方向は前述のようにかなり雑多な賑わいを呈し、人生の裏側を覗くような人間ドラマもあれば、昭和の裏面史を切り取るような逸話、さらには意外に正統的な? ゴーストストーリーめいたホラー(というよりモダンな怪談か)みたいなものまで語られる。 ご存じのとおり、作者は文章は達者な御仁なので、日本語的に読みにくいなどということはまずないが、独特のペースの口上みたいなテンポはあり、それに合わないとちょっとキツイ部分もないではない。あと、話によって文章の重みがチェンジアップされるというか、雰囲気が変わるものもあり、それは続けて読むとちょっとペースを狂わされる感じもした。 一本一本それぞれツマラないわけでは決してないが、他の作家といっしょにバラバラに一本ずつ雑誌で読んだときの方が楽しめるような雰囲気もある。 まあそれでも、もう1~2冊、こういう初書籍化の形で個人短編集を組めるかもしれないとのことなので、ソレはそれでまた、期待しておきたい。 最後に余談だが、田中小実昌の最初の翻訳本は、ポケミスのJ・B・オサリヴァンの私立探偵もの&幽霊探偵もの『憑かれた死』だったそうだが、本書中の収録作の中で、前述した作者の分身みたいなキャラクターがそのときの記憶を述懐。オサリヴァン当人と個人的に手紙をやり取りし、向こうから新刊までもらったエピソードなども語られている。たぶん実話であろう。本書はそういうミステリ翻訳家・田中小実昌の地の顔をちょっと覗かせてもらえる、そんな私小説っぽいというか、余禄的な愉しみも授かることのできる一冊であった。 |
No.1422 | 8点 | 蒼海館の殺人 阿津川辰海 |
(2022/02/15 07:23登録) (ネタバレなし) これだけの密度の内容で、大部の600ページ以上。それを一日でいっきに読ませたのだから、とんでもない求心力であった。 なにより<レギュラー名探偵自身の実家で起きる連続殺人>、この趣向が楽しくってたまらない(前例があるかもしれないが、評者は知りません・笑)。 とはいえデティルが細かくて複雑すぎて、数ヶ月経ったら細部の大半は、頭の中で整理できなくなっていると思う。 (さすがにこの犯人像だけは、忘れることは、たぶん今後もないであろうが。) なお、先行のレビューの方々の、真犯人があまりに都合のよい状況に頼りすぎるという不満はもっともだと思う。 が、個人的にはそれ以上に、もしも自分が犯人の立場だったら、ここまでデリケートな犯行計画を作中のリアルで実行なんか、とても怖くてできない、と思った。すぐに綻びかけるポイントが、ざっと見ても3つ4つあるように思える。 ワトスン役の田所と名探偵・葛城の繊細な関係は、前回以上にとても良い。嫌味や悪口でなく、今風のBL要素を、ちゃんと名探偵ミステリの枠内でのキャラクタードラマに転化させている。 文句なしに昨年の収穫のひとつ。 |
No.1421 | 5点 | 三十三人目の探偵 吉村達也 |
(2022/02/14 06:34登録) (ネタバレなし) 一学年1クラス、各33人の生徒。基本的に金持ちの子女のみを生徒とする全寮制の私立高校「ベルエア学園」。両親と死別した高校二年生の女子・栗田つぐみは、遠縁の者と称する老和尚・伊集院尚吾の計らいで、尚吾の息子・太郎が理事長兼校長を務めるベルエア学園に転入する。だがそこでは少し前に退学処分になったばかりの女子高校生が殺害されたばかりで、しかも校内には、転校生が決まって何者かに殺されるという噂があった。 1991年1~3月にテレビ東京系で放映された、東宝製作のテレビドラマ『ハイスクール大脱走』の原案として構想され、テレビ放映スタートと同時に文庫書き下ろしで刊行されたタイアップ小説。 メディアミックス前提のオリジナルストーリーだが、実際にオンエアされたドラマの内容はかなり違っているらしい。評者は本書を読むまで、そんな番組の存在すら知らなかった(webで検索すると、最近でも結構ファンがいるようだが)。 作者があとがきで、企画ものの青春学園ミステリであることを開陳し、さらにあくまで「大人のために書いた青春ミステリ」である旨を訴えている。 ミステリとしての献立は、ミッシングリンク的な相次ぐ怪死の謎、不可解なダイイングメッセージ、教室のほとんどの生徒の所持品からなぜか盗まれた古文のテキストブックの謎(ホワイダニット)など、それなりに取り揃え。 その上で一応はフーダニットのパズラーになっているが、いま書いた三つのネタのうちのひとつは、完全に腰砕けである。これはないだろ、という感じ。あとの二つはまあまあか。 ぢつは読み始める際の期待値はかなり低く、最悪、赤川次郎のCクラスレベルのものまで覚悟していたので、その辺のモンよりはずっとマシではあった。ただまあ、やっぱりあれこれ強引だね。 まあまあ楽しめた、という意味でこの評点で。 |
No.1420 | 7点 | 泥棒は図書室で推理する ローレンス・ブロック |
(2022/02/12 03:48登録) (ネタバレなし) 「私」ことプロの泥棒で、ミステリ専門の古書店主人バーニイ(バーン)・ローデンバーは、恋人がほかの男と結婚したため、傷心状態だった。そんななか、アメリカの片田舎にある<英国カントリーハウス>風のホテル「カトルフォード・ハウス」の宿泊客向けの図書室に、レイモンド・チャンドラーがダシール・ハメットに贈った献辞入りの『大いなる眠り』の初版本があるという情報が飛び込む。バーニイは、親友でレズビアンの女性キャロリン・カイザーそして自分の愛猫ラッフルズとともに同ホテルに赴き、数万ドルの価値があるこの稀覯本を狙うが、そこで彼らを待っていたのは「閉ざされた雪の山荘」での殺人事件であった。 1997年のアメリカ作品。泥棒バーニイシリーズの第8弾。 評者は本シリーズは邦訳の初期分(たぶん4冊めまで)をリアルタイムで追いかけたのち、第7弾『ボガート』と最新作(といっても原書はほぼ10年前)の『スプーン』のみ、つまみ食いで消化。もしかしたらもう1、2冊読んでるかもしれないが、たぶんこれが全11作のうち読了した7冊目だと思う(もっとも犯人ほかの内容に関しては、第1作目以外まったく忘れている)。 読めば、おおむねどれもフツーに面白い、程度の印象がある本シリーズだが、本作はクローズド・サークルもののフーダニット謎解きの興味に加え、チャンドラーからハメットに贈られた『大いなる眠り』の元版(クノッフ社版)初版という泣かせるアイテムを大ネタに設定。 しかも作中ではこの稀覯本、もともとチャンドラーが別の盟友のミステリ作家ジョージ・ハーモン・コックス(なつかしい名前を聞いた! 長編の翻訳はないが「日本版EQMM」そのほかでいくつかの中短編が紹介されている)に贈りかけたものの、成り行きから先輩ハメットに贈与したという、いかにももっともらしい逸話が設定されている(このエピソード、フィクションだろうね?) ほかにも往年のミステリ作家たちのネタがちらほら登場し、その辺だけでもかなり楽しめる。 (ちなみにハメットの主要な長編は、先に読んでおいた方がいいよ。) で、謎解きミステリとしては、ホテルに集う滞在客(容疑者)たちをほとんどまるで(一部の例外を除いて)描き分ける気がない作者のやる気のなさがナンだが、終盤で明らかになる真相はソコソコ面白い。 (正直、犯人の意外性そのものは、ドウッテコトないが。) ちょっと英国作家の(中略)あたりがよく使うあの趣向を思わせた。 でまあ、そこまでなら、評点はギリギリ6点の上位の方だが、エピローグの味のある演出でニヤリというかクスリと笑わされて、もう1点追加。 作中の細部について、妙に意固地な作者ブロックとやりとりした巻末の訳者あとがきも愉しい。 よくできたシリーズキャラクターものの、いい意味での定番作品。 |
No.1419 | 7点 | レイトン・コートの謎 アントニイ・バークリー |
(2022/02/10 15:19登録) (ネタバレなし) 複数の企業を経営する資産家で60歳代の独身男ヴィクター・スタンワースは、亡き弟の未亡人で名家の出自である義妹レディ・シンシアとともに、屋敷「レイトン・コート」に暮らしていた。陽気な社交家のスタンワースは屋敷にほぼ常時、宿泊客を招き、現在も友人やさらにその関係者など、複数の人物が滞在していた。が、そんななかで、屋敷のなかで密室内の自殺と思われる事態が発生する。居合わせた青年作家ロジャー・シェリンガムは、年下の友人アレグザンダー(アレック)・グリアスンを相手に、今回の自殺が実は殺人ではないかとの推理を展開し、アマチュア探偵としての活動を続けるが。 1925年の英国作品。 バークリーの長編デビュー作で、ロジャー・シェリンガムシリーズの第一弾。 『チョコレート』『銃声』を別にして、評者が長らく手付かずで放っておいたシェリンガムもの、面白そうな趣向らしいウワサのものも結構あるので、そろそろマジメに読んでいこうと決意、どうせなら残りの未読の作品はなるべく順番通りに消化していきたいとも思う。 そういうわけでまずはこの第一弾だが、日本での紹介が遅れたことから地味めな作品じゃないの? さらにバークリーの作風や、英国ミステリ黄金時代の名探偵として、いささかメタ的な方向性を託されたシェリンガムのキャラクター(というか文芸設定)ゆえ、なんとなくやることの先が見えるような……という気分で読み進める。 それゆえラスト(事件の真相)は実は……(中略)という種類のものを予想していたが、いや、こちらの思惑を超えたサプライズ! フツーにしっかり面白かった。そーいや、その手(こちらが読みながら予想&推察していた趣向)は、その(中略)前に同じ英国の作家がやっていたな……。 なんにせよ、さすがはバークリー、いきなり初手からなかなか、という感じの一作。大ネタを機軸に、手数の多さで実に楽しめた(さすがに一世紀近く前の作品だけあって、読みながら見え見えなアイデアもないわけではないけど)。 このあとの諸作も楽しみです(嬉)。 |
No.1418 | 6点 | 仮面家族 悠木シュン |
(2022/02/07 06:09登録) (ネタバレなし) 「あたし」こと北高の冴えない女子高校生・黒崎美湖(みこ)は、平凡なサラリーマンのパパと、ケチで若作りのママ・紗香(さやか)と都内のマンションに3人で暮らす。その隣人で佐久間家の娘・栄子は美湖と同じ年の美少女で、制服が魅力的な名門・清鸞(せいらん)高校の生徒のようだ。だが佐久間家には何か表に見えない事情があるらしい。そんななか、美湖は栄子の家庭教師だという大学生・福田柊(しゅう)と知り合う。 大きめの活字で、本文は一段組の全240ページ。あっという間に読める。 イヤミスを謳っているが、むしろ中身はミッシェル・ルブランかフレッド・カサックあたりの(ちょっと古めで王道の)フランス・ミステリっぽい。 あんまり詳しくは書けない内容だが、最後まで読んで、個人的にはなかなか面白かった。 (逆に言うと、読んでいる間のリアルタイムではソコソコのテンションで、フツーに筋を追いかけるだけという感じであったが。) ジグソーのハマり方がキレイかどうかを評価の基準にするのなら、よくできているというよりは、ちょっと強引な感じで、却ってそこに好感を抱くタイプの作品。 秀作の域にかすり掛ける佳作、というところか。 |
No.1417 | 6点 | 時空犯 潮谷験 |
(2022/02/06 06:23登録) (ネタバレなし) 2018年6月1日の京都。35歳の私立探偵・姫崎(きさき)智弘は、40万円の先渡し金を受け取り、依頼人である60歳代半ばの女性科学者・北神伊織が指定した場所に来た。そこには旧知の警察官、合間や、かつて姫崎に恋焦がれていた娘・蒼井麻緒など姫崎以外に7人の老若男女が集められていた。その8人の前で、北神博士は、驚愕の現実を打ち明ける。 評者は本作が初読み。タイムループを主題にした特殊設定パズラーで、中盤でのSF設定の枠が広がるあたりとか、いささかややこしい。 が、多彩なキャラクターの会話形式で、SF設定や筋立て上のロジックのポイントをなるべくわかりやすく読者に伝えようとする配慮は実感するので、ストーリーそのものは意外にスムーズに読める。 ただし先にレビューされたお二方のおっしゃる通り、肝心の謎解きにダイナミズムがないというか、すんごく地味なため、フーダニットパズラーとしていささか食い足りないのは間違いない。 それでも最後に明かされる犯人の動機の真相は(中略)だし、そのあとのキャラクター描写などなかなか情感のある味わいではある。 作者が登場人物の大半に対し、適度な距離感での愛情を込めている? そんな雰囲気もいい。特に<あのキャラ>が一番のもうけ役。 これも7点に近い6点というところで。 |
No.1416 | 7点 | ボーンヤードは語らない 市川憂人 |
(2022/02/05 20:45登録) (ネタバレなし) 短めの中編といえる短編が4本。それぞれ手強いかなと予期していたが、いずれもスムーズにかつ適度な歯応えで楽しめた。 とはいっても各篇の芯となる大ネタは、ほとんどどっかで見たような読んだようなのばっかりで。 この辺は70年代以降の都筑の諸作や、そのツヅキがホメたホックの秀作みたいな、モダーンディテクティブ調の作風であった(要はアイデアよりも、その謎の出し方と推理の過程の見せ方で勝負している感じ)。 ただし2話の(中略)トリックだけは、妙に突出して、こっちを見てくれ(この作品はココを記憶してくれ)と、自己主張しているような気配があったが。 ベスト編は僅差で第4話かなあ。 |
No.1415 | 6点 | 君が護りたい人は 石持浅海 |
(2022/02/05 06:35登録) (ネタバレなし) 茨城県つくば市のトレッキング(山歩き)・サークル「アンクルの会」。その一員である24歳の青年・三原一樹は、サークル仲間で同年の女性・成富歩夏(ほのか)のために、殺人計画を立てた。三原が狙う相手は44歳の市役所職員かつやはりサークル仲間の奥津だ。奥津は両親と中学時代に死別した歩夏を10年間も後見、経済的に支援していたが、その恩を売って彼女と無理やり婚約したのだというのが、三原が心に抱く奥津殺害の動機だった。そんな三原から、年の離れた友人として秘めた殺意を打ち明けられたのは、奥津の大学時代からの友人でやはり「アンクルの会」のメンバーでもある弁護士の芳野友晴。芳野は、奥津殺害を願う三原の決意が固いものとして説得をあきらめ、自分に累が及ばないように配慮しながら、三原の殺人計画の進行を見守るが。 大きめの活字で二段組、新書版200ページ弱なのでサラっと読める。 それでもリアルタイムでの三原の殺人計画の右往左往と、過去の回想シーンをからめたサークル周辺の人間関係や歩夏をとりまく経緯の叙述、その二つを交互にテンポよく語るストーリーの流れは、なかなか腹ごたえがある。 なお物語の途中で、終盤にどういう方向のオチはつくかは大体読める? 自信が湧いたが、はたして実際にどうなったかは、もちろんナイショ(笑)。 ただしラストの余韻というか、クロージングの演出は、ちょっとムリかとも思う。だって……(中略)。 全体としては、1950年代頃の英国のミステリ作家連中あたりが、旧来の定型のフーダニットパズラーの枠から脱却しようと試みながら書いた、技巧派っぽい、一種のブラックユーモアミステリみたいで楽しかった。 評点は、7点に近いこの点数という意味合いで。 |
No.1414 | 5点 | 見知らぬ人 エリー・グリフィス |
(2022/02/04 18:56登録) (ネタバレなし) 2017年10月。英国のウェスト・サセックス。そこにある中等学校タルガース校の旧館はヴィクトリア朝時代の怪奇小説作家M・R・ホランドの屋敷だった。その周辺で、同校の40歳代の女性教師エラ・エルフィックが何者かに殺害される。さらにエラの僚友でホランド研究家の美人教師クレア・キャシディの周辺にも異常な事件が生じた。サセックス警察の女性捜査官でインド系のハービンダー・カー部長刑事は、同僚のニール・ウィンストン部長刑事とともに事件の真相を探るが。 2018年の英国作品。2020年度のMWA最優秀長編賞受賞作品。 (どうでもいいが、2018年に刊行されてなぜ2019年度の受賞作品ではなく、さらに翌年の2020年度の扱いなのだ? どっかの国の「このミス」みたいに、年末の刊行物なんかは、運営側の都合や事情で翌年の扱いにズレこんでいるのか?) でまあ、評判がいいので読んでみたが……正直、ムダになげぇ(長い)! 登場人物もウザいくらいにモブキャラにまで名前をつけてあり(メモを取ったら120人以上の名前ありキャラがいた。本そのものの人物名一覧にあるのは30人弱だが)、作者が自分の創作物という箱庭の神になる作業を、読者不在で楽しんでいるようだ。 ストーリーも面白いようなつまらないような、あるいはその真逆かどっちか本気でわからないレベルで微妙。特に一人称の語り手を章ごとに変えるのはいいとして、クレアが先に語ったのと同じタイムラインでの出来事をもう一度ハービンダー側から語りなおしたりする構成は、その狙いを一応は理解した上で、大した効果が出ていると思えない。『ジキルとハイド』とかの共通ネタなんか、たぶんもっと面白いドライユーモアに出来たはずと思うが。 序盤の50ページを読んだところで一度中座し、残りは翌日にいっぺんに通読したが、これはイッキ読みするほど面白かったとかそういうのでは決してない。こんな、有象無象のキャラの名前をこまめに憶えてくれと読み手に要求してくるような作者本位な作品は、半ば以降で中断しちゃうと、もう何が何だか話の流れも人物配置もわからくなってしまうに決まっているから。 だから無理やり、ほぼ徹夜して最後までいっぺんに読んだ。決してそれほど惹きこまれたから、ではない。 んでウリの? 意外な犯人だけど、たしかに「意外」ではあった。ただこういう文芸設定で犯人のキャラクターを最後に明かしていいのなら、本当にいろいろできちゃうよね? という感じ。だって当人が(中略)とすればいいのだから。 シリーズ化されるようだけど、次作が翻訳されてもあまり積極的には読む気はしない。先にヒトの評判を聞いて面白そうだったら、あるいは手に取るかもしれない。 まあ今回も、面白いらしいとのウワサを認めて、この流れではあるが。 |
No.1413 | 8点 | エラリー・クイーン創作の秘密 往復書簡1947―1950年 伝記・評伝 |
(2022/02/03 08:26登録) (ネタバレなし) アメリカの小説家&劇作家ジョゼフ・グッドリッチによって発掘、確保、編纂された1947~50年の4年間(さらにもうちょっと)の期間における、リーとダネイの創作討議のための意見交換書簡集。原書は2012年に刊行。 この1947~50年の時期に生み出された新作長編は『十日間の不思議』『九尾の猫』『悪の起源』の3本で、これらのメイキングが本文の主眼(正確には『ダブル・ダブル』もこのシークエンスに該当するのだが、なぜかそれだけは関連の書簡が残ってないらしい?)。 時代とともに形質が変遷するエラリイ(エラリー)・クイーンシリーズの新作、そのミステリとしての完成度を高めるための構想&意見交換、そして、より多くの収入を得るために雑誌掲載(連載)や映画化を視野に入れた、新作によるビジネス戦略など、作家コンビの思惟が実に赤裸々に語られるが、それらミステリファンの関心を募る案件と並行して、双方の家族のやリー&ダネイ本人のプライベートな生活や健康なども話題になる(が、しかし……)。 ラジオドラマが終わって収入の減退を憂う話題とか、ダネイのみが実働する「EQMM」編集の話題とか、高級紙「コスモポリタン」の編集部がチャンドラーの新作『かわいい女』のクズみたいなコンデンス版(たぶんチャンドラー自身も消極的にダイジェストしたものとEQコンビは観測)を高価で買ったのに、こっちの『九尾』の新作原稿にはハナもひっかけてくれないととルサンチマンをぶちまけるあたりとか、それぞれ実に面白い。 ちなみに前述の三長編のなかで最もメイキング事情が豊富に語られているのは『九尾の猫』で、それから『十日間』『悪の起源』の順番で紙幅を費やしている。各作品の幻に終わったタイトリングの中にも、なかなか味のあるものがあったりする。 なかでも『九尾の猫』のデティルを討議するあたりは本書の白眉で、特に被害者のジェンダーや人種にこだわり、意見を交換するあたりが圧巻。なぜそれでなくてはならないか、のロジックを表明しあう辺りは、正にクイーンのミステリ作中でのエラリイの推理シーンのごとしであった。 20世紀最大のパズラー作家コンビの一時期の内実を明け透けに覗ける、限りなく興味深い一冊である。 ちなみに『十日間』が「エラリイ最後の事件」として構想されていたであろう可能性~事実は、すでに評者をふくめて多くの読者が予見していたところだが、その発想が小説叙述役のリー側ではなく、プロット創案役のダネイの方から出ていたらしいのには、けっこう驚いた。 もちろん作者コンビは、国名シリーズとハリウッドものを終えてライツヴィルものほかの中期路線に突入したなかで、探偵ヒーローのエラリイの扱いにはかなりセンシティブになっていた。 だから評者などは、より自在な方向性でミステリ小説を書きたいリーの方が、使い込んだエラリイとお別れしたいと思っていたのだと、以前からなんとなく考えていたので。 が、そもそもダネイが何を契機にエラリイを一度表舞台から降ろそうと思ったかは、本書のなかでははっきりと明言されていない。本書の直前の書簡集ほかの資料でも刊行されれば、その辺はさらに詳しく明らかになるのかもしれないが。 (まあ、当時にして「エラリイをシリーズ探偵として、ある意味、使い尽くしてしまった感」が作者コンビの頭をよぎっていたであろうことは、想像に難くない。) 親切で丁寧な注釈もふくめてほぼ満足。 あえて言えば、本文ページのそれぞれの肩の部分に書簡が出されたときの年月日が入っているが、その年月日のあとに(リー)(ダネイ)と常に一瞥しただけでわかるようにしてくれれば、さらに丁寧な編集であった(一冊の本を読む間には、何度か栞を挟んで中座することもあるので、また読み始める際、そういう配慮があると、現実的に便利なんだよ)。 ところでスタージョンやデビッドソンたちの(遺族の?)ところには、ダネイとのやりとりの手紙とか、残ってないのかしらね。それはそれで読んでみたい。 本サイトへの登録ジャンルは広義の「評伝」ということで。厳密には「ミステリ関連の資料」とかそういう項目を新設していただいた方がいいかもしれない。今後、機会を見て管理人さんに相談させていただこうか? |
No.1412 | 6点 | 救国ゲーム 結城真一郎 |
(2022/02/02 07:07登録) (ネタバレなし) 加速する限界集落問題に呻吟する、202X年の日本。岡山県K市の北部にある過疎集落「奥霜里」で、元経産省官僚の青年・神楽零士の生首、そして胴体が別々の状況のなかで発見される。零士は6年前に官僚を退職後、単身で限界集落だった奥霜里(霜里)の地に活力を与えて復興させた、現代の奇跡の立役者だった。だが事件は多くの謎をはらみ、そして地元の容疑者たちには堅牢なアリバイがある、この殺人事件の話題で日本中が騒然とするなか、謎の仮面の人物「パトリシア」がネットにて、全国民に向けて、とあるメッセージを放った。 2018年に新潮ミステリー大賞でデビューした作者の、長編第三作。 評者はこれが初めて読む作者の著作だが、ほとんどまったく予備知識なしにページをめくり始めた。 内容は、現実の日本がはらむ課題に問題提起する社会派ミステリっぽいが、それ以上に、どのような経緯で凄惨な事件は起きたか? なぜ首を切られたか? その前後の奇妙な状況は? そして鉄壁のアリバイは? ……など、もろもろの謎解きへと読者の興味を引き込んでいくガチガチのパズラーだ。 特にアリバイ崩しに関わる事件現場(首切り関連もふくめて)のロケーションには運搬用ドローンや無人カー(除雪車)などの現代メカニックが重要な小道具として使われており(これはネタバレにならない大前提なので言っていいだろう)、本作をすでに高評している一部のミステリ作家や評論家たちからは「21世紀現代の『黒いトランク』」といった主旨の称賛まで受けている(!)。 (個人的には、最後まで読んでメイントリックの真相を認めると『黒いトランク』よりは、むしろ……『(中略)』みたいだ、と思ったが……。) 歯応えのある謎解き作品だが、一方である種の方向にポイントを絞り込んだため、(中略)の部分はあえて犠牲にした印象もある。 で、作中の重要キャラのひとりで謎のテロリスト活動家の訴える「地方を整理して都市圏に人口を密集させる日本全体の合理化構想」。 メッセージそのものは真剣かつ重厚だが、理想論&強硬論をふりかざされても現実にすぐ何かができる問題でもなく、この辺の主題にマジメに付き合ってかなり疲れた。まあそういう種類の刺激を凡庸な読み手に与えることも、この作品の刊行意義のひとつなのであろう(評者の場合、このあと続けて、もうちょっとこの作品のそういった部分についてモノを言いたいけれど、それをやったら、なんか負けだという気もする~汗~)。 しかし作者が東大出ということもあって、同じ出身の古野まほろのある種の側面あたりに、非常に近しいものを見やったりした。 力作だと思うし、骨太で真剣な一冊だとも認めるけれど、これで素直に7~8点もつけたくないなあ、というワガママな気分でこの評点で(汗)。 たぶんこのあと、ほかの人がどんな評点をつけても、きっとそれぞれの高い低い点数に対して、評者は安心しちゃう。高い点をつけてくれた人は、オレのかわりに高い点をつけてくださった、という気分だし、逆に低い点なら、ああ、やっぱりこの作品に対してそんなに構えて評価せんでいいのだな、と気持ちが楽になるから。そんな感じの一冊じゃ。 |
No.1411 | 6点 | 作家の秘められた人生 ギヨーム・ミュッソ |
(2022/02/01 09:06登録) (ネタバレなし) 2018年。地中海のボーモン島。「ぼく」こと、作家になるため2年間の小説修行(実作と出版社への投稿)を続けたが、成果が出せないフランス人の青年ラファエル・バタイユはボーモン島に赴き、そこに20年間隠棲するかつての大流行作家ネイサン・フォウルズとの接触を試みる。同じころ、女性新聞記者のマティルド・モネーもまた、ネイサンに会うために島に渡っていた。だがその島では、惨殺された女性の死体が見つかり、島は非常事態として海軍の管理下のもと封鎖状態に陥る。やがて秘められた奥深い真相が……。 2019年のフランス作品。本邦でも人気作家となったミュッソだが、評者は読むのは本作が初めて。 一人称の主人公ラファエルのパートは紙幅的には全体の半分弱で、あとはネイサンやマティルドたち別の主要キャラの三人称叙述が交錯する。 多人数視点での叙述は下手に進めると、読み手の煩雑さを招くばかりだが、本作の場合はこなれた丁寧な訳文の良さもあってか、ストーリーをテンポよく起伏豊かに読ませる効果をあげている。 本文300ページちょっとと短めの話だが、仕掛けがふんだんでしかも終盤のコンデンスぶりは、良い意味で旧来のフランスミステリらしいトリッキィさを継承した、21世紀の新世代作品という感じ。 とはいえ全体の4分の3~5分の4あたりで、全体の構図が見えかけて、おいおいこれでこのまま終わるんじゃないだろな、と思ったら、大丈夫ちゃんと(中略)。 まあ大筋は語られたとおりのものでよいのだろうが? さらにまたミョーなギミックめいたものもあり? その辺もまた本作の個性。 細かいことを言えばちょっと作劇の進行の上で強引な感じの部分もないわけではないが、まあ……グレイゾーンか。 余談ながら、小説家志望のラファエルがシムノンのファンであり、ほかの登場人物に『汽車を見送る男』(や他の数作)を勧めているのが楽しかった。まあ『汽車~』は、先にリュカの登場するメグレものを何冊か読んでもらってから読ませるのがベターだと思うけど。 評価は7点に近いこの点数ということで。 |