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ミステリの祭典

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人並由真さんの登録情報
平均点:6.33点 書評数:2108件

プロフィール| 書評

No.1348 7点 密室は御手の中
犬飼ねこそぎ
(2021/11/21 05:27登録)
(ネタバレなし)
 さる人物から依頼を受けた27歳の女性探偵、安威和音(あい わおん)は、新興宗教「こころの宇宙」の総本山「心在院」がある深山の奥に向かう。そこでは、まだ14歳の少年にして二代目教祖である神室密(かみむろ ひそむ)を中核に十人に満たない「意徒(いと・信者と同意)」が共同生活を送っていた。だがこの地には百年前、密室状況の空間から修行中の修験者が突如として姿を消し、やがて離れた場所に出現したという怪事があった。そして現在、今度は怪異な状況の密室殺人事件が生じて。

 コテコテ、王道の新本格パズラーで、謎の密室殺人がメインストリームという嬉しくなる直球の一冊。
 個人的には終盤の二転三転にも楽しませてもらったし、真犯人のぶっとんだ動機も、まあ大振りをしてみたかった作者の気持ちもわかるような感じはある(結果は大ファールの手ごたえだが)。

 しかし第一の殺人の密室トリックは、数年前に似たような発想の新本格パズラーを読んだような……(あまり評判にならなかった作品だった? から、見過ごされたかな)。
 かたや第二の密室トリックは、やはり某旧作のバリエーションという印象だが、なかなか細かく組み立ててはある。作中のリアルとしてはかなり犯人にとってリスキーではあるが、それは当人が自覚してるので、文句には当たらない。真相を説明する叙述としては、これでいいよね。
 
 あー、口がムズムズするところはいっぱいあるな。
 ネタバレを警戒する向きは、早く読んじゃうことをオススメ。
 力を込めすぎたいびつな箇所は多かれど、力作だとは言っていいんじゃないだろうか。ああ、また口がムズムズ……。


No.1347 6点 殺人部隊
ドナルド・ハミルトン
(2021/11/20 15:09登録)
(ネタバレなし)
「私」こと、アメリカの諜報工作組織「M機関」のエージェントであるマット・ヘルムは、上司マックから新たな任務を言いつかる。それはポラリス型戦略核潜水艦についての機密を握る科学者ノーマン・マイケリーズが東側陣営に軟禁されているらしいので、女性工作員「ジーン」を指揮して、現地に潜入させる段取りをとれというものだった。ヘルムはすでに現地周辺にいるというジーンに接触を図ろうとするが、予想外のトラブルが発生。さらには、ヘルムの隠密行動用の顔(暗黒街の荒事師ジミー(ラッシ)・パトローニ)を信じ込んだこの件の関係者、現地の人間たちが彼を殺し屋として雇おうと、殺人仕事の依頼を持ち掛けてくる。ヘルムは現在の状況に揺さぶりを掛けるため、半ばこの流れに乗るふりをするが。

 1962年のアメリカ作品。
 マット・ヘルムシリーズの第4弾(第5弾というWEB上での資料もある)。評者は前回、第一弾『誘拐部隊』を読んだので、本来ならそのまま第二弾『破壊部隊』に進むつもりだったが、先日、出かけた都内の某所の古書店で本作のHM文庫版を安く入手。それでつまみ食いで、こちらから先に読んでしまった。
 本書の冒頭で何やら以前の任務・事件がらみのものらしい話題が出るが、それは本作以前のシリーズのものだろう。こういういい加減な読み方のために『誘拐部隊』のその後の展開がちょっと分かってしまった。

 50~60年代私立探偵小説の作法やスピリットをスパイ小説の方に導入した、とよく言われる本シリーズだが、本作も正にそういった趣が濃厚な一冊。
 あらすじに書いた通り、時には殺し屋も務める素性の暗黒街の人間に誤認された(まあ当人自身がそう装っているのだが)ヘルムに、作中の複数のメインゲストキャラが殺人を依頼。ヘルム自身がそんな流れを利用して事態をかき回そうとする辺りは、エスピオナージというよりはクライムノワールもののような展開で、なかなか面白い。
 それと、冒頭からのキーパーソンとして名前が出てくる科学者マイケリーズ博士がなかなか物語の表面に出てこないのもこの話のミソだ(しかしこの博士、40歳前~30代後半と叙述されながら、すでに22歳の娘テディ―がいる。いや、ありえないことじゃないが、ちょっと無理があるような……)。

 陰謀の中核にいた黒幕の正体というか、その動機もなかなか意外で、スパイスリラーとしては面白いところをついてきた感じ。ある種のリアリティを感じさせる原動で、終盤のクライマックスの緊張感も相応のもの。妙に男気めいたものを感じさせた、某サブキャラクターの扱いも良い。
 全体的にとても良くできたシリーズもののスパイ活劇編の一本だと思うが、まとまりの良さ、全体の小品感が7点をつけるのをはばかって、この評点で。まあ6点の最高クラスということで。このシリーズのファンが多かったというのは、今さらながらによくわかる。

 なおHM文庫版の巻末には、竜弓人(なんか久々にこの名前に触れた)による、ディーン・マーチン版の映画4部作の話題を主にした、詳細な解説がついている。原作と大きく離れた映画の各作についてひとつずつ、良いところもダメなところも語った興味深い文章で、映画版の第四作のシナリオがあのマッギヴァーンだということもこれで教えられてぶっとんだ。評者は映画は何作か過去に観ている記憶があるが、たぶんこの第四作はまだ未見。紹介によると凡作っぽいが、ちょっと興味が湧いたので、機会があれば観てみたい。


No.1346 6点 ガラス箱の蟻
ピーター・ディキンスン
(2021/11/19 04:59登録)
(ネタバレなし)
 少年時代にどっかの新刊書店で購入し、しかし一筋縄でいかない作品であろうという予見と不安が高まってウン十年。思いきって、ようやっと今夜、読んだが……うーん、こういう話か。

 まあ評者はまだ『盃の~』と『毒の~』しか読んでないんだけれど、それでもきっと<この作者らしい>内容ではあろう。
 異文化同士の摩擦から、謎解きは泡坂のあの短編みたいな超論理めいたものになるのでは? と期待したが、いや、ラストはまったく別の方向にストトンとオチた。
 ピブルの観測と推理で説明される真犯人と事件の真相はいささか舌っ足らずな感触もあったが、一方で、これ以上丁寧に語ると、現状のなんともいえない味が薄れてしまいそうな気配はある。確かにパズラーとしてのミステリと考えるならば、この結末はなかなか面白かった。

 で、個人的にちょっと残念に思ったのは、某メインキャラ(ちゃんと巻頭の人物表に名前が出ている)の翻訳上のキャラ演出が、あまりよくなかったのでは? ということ。確かに(中略は)ピブルと(中略)なんだろうけれど、(中略)はもっと(中略)というキャラ設定なんだよね? その辺のキャラクター同士の距離感などが、あんまり感じられない翻訳であった。ここがもうちょっと座りが良ければ、終盤はもっと効果があったよな。

 とはいえ、ページ数は短めだけれど、内容の密度はそれなりに濃かった。未読のピブルシリーズはまだ何冊も残っているが、おそらくコレが一番マトモなミステリっぽいらしい? というウワサにも納得。

 まあソレはソレとして、未訳のピブル最後の長編「One Foot in the Grave」(墓場に片足、の題名通り、養老院でピブルはボケて死にかかっていると聞く)の翻訳そろそろ出ないかの? 大昔にミステリマガジンだったか「EQ」だったかの海外ニュース記事でこの作品の内容を知って以来、読みたくてたまらないんだけど(だって、ソコまでレギュラー名探偵を蔑ろにした作品はそうそうないよね!? 興味が湧いて仕方がないじゃん)。


No.1345 7点 火星兵団
海野十三
(2021/11/18 05:48登録)
(ネタバレなし)
 高名な世界有数の天文学者ながら、先日なぜか、ひそかに、所属する大学の名誉教授職を追われた蟻田老博士。彼は本来は自分の半生を語るはずの夜間のラジオ番組で、突然「火星兵団」なる謎の話題を掲げ、聴取者への警告を促した。かたや同じ夜、千葉在住の科学好き少年・友永千二は怪しい物体に遭遇。やがて「丸木」と名乗る謎の怪人に出会う。知性はあるようだが一般常識が欠損した丸木は、銀座で殺人と強盗を働いて逃亡。現場にひとり残った千二は、共犯の容疑者として逮捕されてしまう。これら相次ぐ事件のなかで、地球に外宇宙から衝突不可避の軌道に乗って、モロー彗星が飛来しているのが確認された。そんな非常事態のなか、地球上の全生物を一定数ずつ捕獲し、火星に家畜として鹵獲しようとする火星兵団の脅威が露わになってゆく。

 1980年の桃源社ソフトカバー版で読了。
 これもウン十年前に購入していた一冊だが、昨日、部屋から見つかったので思い立って、一気読みした。

 「少国民新聞」(のちの「毎日小学生新聞」)の昭和14年9月から翌年12月まで全460回にわたって連載された、作者の最大長編。
 下手すりゃ二日かかるかな? と思ったが、当時としては最高級にハイクォリティのライトノベル(ジュブナイル)、強烈な加速感のもとに3~4時間で読み終えた。
 
 なお本レビューのはじめに結構、長め? のあらすじを書いてしまったが、実はここまでの展開は、書籍化の際に付加した前書きで本編より先にしっかり作者自身が語っている。
 しかもソコまでの筋立てから、まだまだまだまだ先があるので、今回はそういうことで、乞・御了承。

 それで<地球に迫る二重の危機(彗星の激突と火星人の侵略)>という大設定は、東西SF全部の系譜のなかで完全に画期的なものかどうかは知らないが、少なくとも本邦のSF作品のなかではそれなりに初期のひとつであったろうとは思う。
 100%この設定を活かしきれているとはいえないが、十全に物語に緊張感を与えているのも間違いない。
 地球の最期を自覚してなお捜査活動に励む警察組織の描写など、正に『地上最後の刑事』の先駆だ。点描的に語られる、地上各地の騒乱図も昭和・戦前SFとして味わい深い(地球の最後が近づき、株価が下がるという描写がでてきてかなり驚いたが、先駆は海外SFか何かにあるのだろうか?)。
 あと、火星兵団の侵略に勇敢に立ち向かった列国が、日独伊というのはああ、いかにも時代だな、という感慨だったが、さらにもう一国、意外な? 国が勇壮な活躍を見せている。この辺も現代史にからめて深読み? すれば、興味深いかもしれない。

 しかしキーパーソンである謎の怪人・丸木のなんともいえないキャラクターの魅力と存在感は、かねてより石上三登志などが随時エッセイそのほかで語っていたとおり。最終的にその丸木がどういう物語上のポジションに落ち着くかはここでは書かないが、このキャラなくしては本作の面白さはありえなかったのは絶対に間違いない。

 いくつかの伏線らしきものが忘れられたり、作中のリアルとして「ああいう事態は起こらないのか」「こういう発想をする者は誰もいないのか」といったツメの甘さもそれなりにあるが、乱歩的な探偵物語とのちの香山滋に継承されるロマン派SF、その双方の要素を融合させた作品としても楽しめた(蟻田博士の屋敷の秘密のカラクリ描写なんか、エスエフというより、あくまで少年探偵ものの面白さだな)。

 のちの手塚治虫の諸作(アレやアレやアレ)や、果ては1970年代の某ロボットアニメまで、この一作からおそらく影響を受けたのであろう後世のタイトルは限りなくあると思う。そういう意味でも興味深く読めた。
(かのアーサー・C・クラークの名言「先鋭的な科学は、ほとんど魔法と区別がつかない」と同意の叙述が出てきたのにもビックリ!)

 そーいえばこの作品、1980~90年代に、前述の石上三登志の参与の上で東宝で特撮映画化の企画もあったと読んだことがある。もちろん企画が実現しても、『海底軍艦』みたいに大幅に潤色されて映像化されたんだろうけど、それはそれでこの原作の面白いところを掬い上げた形で観てみたかった。
 とりあえずは今年になってスタートしたみたいな板橋しゅうほうのコミカライズ(そんなのが始まっていたのは、本当についさっき知った)に期待しようか?


No.1344 7点 捜査線上のアリア
森村誠一
(2021/11/17 05:44登録)
(ネタバレなし)
 あー……。
 最後まで読んで作者の狙いは理解したつもりだが、それでも狐につままれたような気分で終わった一冊。
 素直に面白かった、かと問われると躊躇する部分もあるが、遊戯文学としての(中略)ミステリとしては、かなりのレベルだろう。正直、この一冊でかなり作者の株が上がった。
 
 あんまり詳しいことは書かない方がいい作品なので、この辺で。

 興味が湧いたら、読んでみてくだされ。


No.1343 8点 懐かしき友へ―オールド・フレンズ
井上淳
(2021/11/16 18:02登録)
(ネタバレなし)
 1980年代後半のアメリカ。次期大統領の座を巡って、再選を狙う現職のリチャード・ゴードンと、若手の対立候補キース・ハミルトンが選挙戦で火花を散らしていた。そんななか、ニューヨークでは謎の殺人鬼「金曜日の処刑人」が無差別な凶行を繰り返す。一方で、高名な外科医サイラス・ブラヴォが行方をくらまし、彼は何故かハミルトンに接触を求めた。だがそんなブラヴォに謎の刺客の手が迫る。さらに元大統領で、現在はハミルトンとその妻ルイザを後見する75歳のウィンストン・シンクレアは、旧知の間柄の50歳がらみの男ケン・スパイナーに再会。このスパイナーこそは、かつて「ランナー」と呼ばれた、アメリカ政府御用達のCIAの暗殺者だった。複数の局面がそれぞれの状況と時局の中で動き出し、その多くはやがて密接に関わり合う真の姿を見せていく。

 第二回「サントリーミステリー大賞」愛読者賞受賞作。
 同時に作者・井上淳の処女長編。
 
 1980年代にデビューし、その後それなりの実績を積みながら、21世紀現在のミステリファン(広義の)の間ではあまり語られなくなってしまった不遇な作家というのは、何人かいる。この井上淳(いのうえきよし)なんか確実にその一人だろう。

 評者も読むのは本作でまだ4冊目(それも本当に久々)だが、初期の連作長編である「キース大佐三部作」(『トラブルメイカー』『クレムリンの虎』『シベリア・ゲーム』)は本気で大好きで、今でもオールタイムの国産冒険小説マイ・ベスト10を選べと言ったら、この三部作のどれかあるいは全部が候補になる。それくらいにスキ・スキ・大スキだ。
 で、<SRの会>などでも黎明期の井上淳作品はそれなり以上に評価・今後を期待されていたのだが、1985年の『鷹はしなやかに闇を舞う』が当時のSRの会の会誌「SRマンスリー」誌上で大酷評を受けた。その事情は大雑把に言えば、初期作(今回レビューの本作や『トラブルメイカー』)が骨太の傑作・秀作だったのに、この作品でいっきにB級の書き飛ばし作品になった、という主旨の文句を食らったのである。評者は、その怒った古参会員氏の剣幕がいささかコワイほどだったので、くだんの『鷹は~』はいまだ未読(しかし、こう書いていたら、今ではなんとなく読みたくなってきた・笑)だが、なんかそういうものなのかな、という感じで、その後の諸作からも遠ざかってしまったきらいはある。あー、主体性がないね(苦笑)。
(今にして思えば、80年代の冒険小説ジャンルにおける、初期に傑作を書いたあと、いきなりダメダメ作品に転じた高木彬光みたいな感じなのか? とにかく実際のところは『鷹は~』の現物を読まなければわからないが。)

 で、話を戻して本作だが、これは記憶に間違いがなければ、刊行当時から北上次郎とかが時評で絶賛。船戸や志水、北上などの諸作と並べて、国産ニューウェーブ冒険小説(あるいはその傾向にあるニュー・エンターテインメント←もう死語か?)の一角として激賞していた覚えがある。
 というわけで、なんだかんだの井上淳作品だが、いつかコレだけはまず読まなければ、と思っていて昨夜、一晩でいっきに読了(元版のハードカバーの初版)したが、……いや、確かに力作で優秀作。
 物語全般の舞台をアメリカとし、日本人はサブ(モブ?)キャラのビジネスマン数人以外、ほとんど登場しない。それ自体は作品の評価を上げ下げする要因ではないが、少なくとも一冊の国産エンターテインメントミステリの個性を際立たせることには、もちろん十分、機能している。
 そしてその上で群像劇風に、時局の推移を導入し、カットバック手法を多用して語る翻訳ミステリ風の作劇が高い効果を上げている。こういう作りなので、物語の核が何かはなかなか見えないが、作者もまちがいなくそういう読み手のストレスを勘案した上で、各シーンに印象的・ビジュアル的&観念的な描写を用意し、読者を飽きさせない。その一方で、いくつかの物語の流れが収束していくベクトル感も申し分ない。
 現状のAmazonのレビューなどでは主人公がわかりにくい、という意見もあり、それもまあわからなくもないが、メインキャラクターとなるのは4~5人(特に「ランナー」ことスパイバーと、NY市警の警官ノーマン・ユーイングが軸)で、その動向を追っているうちに周辺のキャラクターの関係性も緊張感満点で絡み合ってくる。これはこういう作りの作品として、十分に狙いを射止め、そして効果をあげていると見るべきだろう。
 
 終盤に明かされる真相、そしてそこからの話の広がりは、いささか当時の翻訳ミステリ、それこそ<ニュー・エンターテインメント>を意識してその気風を盛り込み過ぎた感もあるが、最後まで加速感いっぱいに熱く読ませるダイナミズムは申し分ない。
 まあそういう盛り上げ方をした分、80年代の時代の中で生まれた一冊という感触も強いのだが、それでも2020年代の現在でも十分に楽しめるエンターテインメントだと思う。
 この処女長編が先にあったからこそ、前述のキース大佐三部作も生まれたという現実にも納得。

 たぶん、まだまだ未読の井上淳の諸作のなかに相応に面白いものは眠っていると期待する(実際のところ、当たりはずれ? はあるのかもしれないが)。そのうちまた読んでみよう(と、言いつつ、すでに古書でもう次の井上作品を入手していたりするのだが・笑&汗)。


No.1342 7点 赤毛のストレーガ
アンドリュー・ヴァクス
(2021/11/15 05:06登録)
(ネタバレなし)
 ニューヨークの一角。「おれ」こと、前科27犯のアウトローにして無免許私立探偵の「バーク」は、刑務所の仲間だったマファイアの大物ジュリオ・クルニーニを介して相談を受け、赤毛の人妻ジーナを付け狙う変質者の男を成敗した。後日、その女性ジーナ(自称の愛称「(魔女の)ストレーガ」)からまた別の相談がある。その内容は、ジーナの友人アンーマリーの息子スコット(スコッティ)に性的な悪戯を働いた変質者がおり、犯人はその行為の現場を好事家向けの写真として撮影したらしいので、犯人を突き止めて写真を回収してほしいとのものだった。バークと裏の世界の仲間たちは、下劣な小児愛業界の世界に切り込んでいくが。

 1987年のアメリカ作品。アウトロー探偵、バークシリーズの第二弾。
 初弾『フラッド』から4年ぶりに、2冊目を読了。今回もHM文庫版で読んだが、巻末の故・小鷹信光の解説&エッセイがなかなか興味深い。

 下劣な悪人を粛清するメインプロットそのものはシンプルで、とことんコンデンスされたクライマックスに向けて、そこまでの経路の方を、これでもかこれでもかと緻密にみっちりと描きこんでいく作劇。
 たぶん大筋だけ拾えば、パーカーのスペンサーものの中期以降とそんなに変わらないのじゃないかとも思うが、読み手に小説としてのボリューム感を味合わせながら、その一方でストレスは少なく、しかし主題や枝葉の描写を心に沁みさせる手際、それら全部をひっくるめてのバランス感は、申し分ない。
(しかし、ジーナ(ストレーガ)からの本筋の依頼が来るまでに延々と語られる、バークの過去のヤバイ犯罪行為の部分だけでも、もうちょっと膨らませれば十分に長編一本分のクライムストーリーになりそうで、読みながら、ナンダコレハ!? と唖然とした。)

 前作も読みごたえあったが、本作はそれ以上の重量感。
 ただしこのシリーズ、もっともっと面白いものに出会えそうな気配があるので、評点はちょっと低めにつけておく。フツーに単品の作品なら十分に8点でいいけれどね。

 アウトローな主人公だけど、弱い、力のない子供を苦しめる外道には絶対に容赦はしない(変質者側の自己肯定も語らせるが、そんなものに結局は耳を貸す気もない)という<あまりにも真っ当な、倫理と正義>。
 そんな主題をこれだけ照れもせず、また(偽善者に見られるのではと)怖じもせず語れる送り手の胆力、これが強烈な魅力となっている。
 少なくとも私にとって、ヴァクスの著作はいつも(まだ3冊目だが)そういう作品ばっかりだ。


No.1341 6点 サモアン・サマーの悪夢
小林信彦
(2021/11/13 05:20登録)
(ネタバレなし)
 テレビ番組企画会社の代表である30代後半の柳井英之は、かつての恋人・山尾伶子がハワイで自殺したという知らせを現地から受け取る。伶子はオアフ島の日本系ブティックで支店長として活躍していたが、死体はキラウェア火山の火口で発見された。現地に飛んだ柳井は、彼女の自殺とされる状況に不審を抱く。そんな柳井に謎の日系人の老富豪・志水守が接近。やがて事態は、柳井の想像もしない方向へと展開してゆく。

 あらら……。小林信彦の書いた作品の中では、一番まっとうなミステリではなかろうか(評者がこれまで読んできた小林作品の小説群は、かなり偏っているが)。
 新潮文庫版で読んだが、その裏表紙に、いかにもソレっぽい文言が並べてあり、コレは正に<そーゆー作品>かな? と思いながらページをめくったが、完全に、和製(中略)ミステリであった。
 もしかしたら、黎明期の、あの技巧派の後輩作家なんかも意識(対抗)しながら、これを書いたのかとも思わせる。
 
 それでも観光ガイド小説的なサービスで読者と編集者に気を使ったり、さらにその一方で物語の核となる部分にいつもの小林信彦らしいルサンチマン<(中略)への怨念、(中略)への嫌悪……etc>をしっかり埋め込んであるあたりは、ああ、まぎれもなく小林作品だなあ……という感じだ。

 トータルとしては普通以上に面白かったけれど、終盤で明かされる某キャラの正体など、ちょっと作りこみ過ぎちゃった気もしないでもない。まあ、まとまりは良くなったけれど、一方で最後の最後まで、作者の情念の捌け口に付合わされるのかというゲップ感も、正直、湧いてくるんだよね(汗)。
 こんな感想、万が一にも作者の目に留まったら、それこそまたギャーギャー言われそうだが(大汗)。
 
 実際、作者はミステリファンとして、長年の間に浴びるほど東西のミステリを読み込んでいるんだから、こういうマトモな作品が自然と醸造されてきてもちっともおかしくはない。
 小林信彦ミステリと言っても「オヨヨ」と「神野推理」「紳士同盟」だけじゃないんだ、としごく当たり前のことを十二分に実感させてくれる佳作~秀作。


No.1340 6点 探偵家族
マイクル・Z・リューイン
(2021/11/11 15:15登録)
(ネタバレなし)
 アメリカの一角、風光明媚なバースの町。そこでは祖父「親爺さん」が創設した「ルンギ探偵事務所」を引き継ぐ次男アンジェロとその妻ジーナを核とした、三世代8人の家族「ルンギ一家」が探偵家族として活動していた。祖母「ママ」の懸念は、売れない画家でもある長男サルヴァトーレと、事務所の経理役である長女ロゼッタ(ローズ)がなかなか身を固めないことだ。だがそんな矢先、サルヴァトーレがガールフレンドの医学研究生マフィン・メッケルを家に連れてきた。一方で探偵事務所には、夫ジャックの些細な素行に不審を覚えた女性アイリーン・シェイラーから相談があった。さらに事務所には、美人の若いモデル、キット・ブリッジスが、なぜ自分の周囲を嗅ぎまわるのかと怒鳴り込んできたが、それはルンギ一家には身に覚えのないことだった。そして一家の活動は、やがてさる過去の事件へと連鎖していく。

 1995年のアメリカ作品。
 なんか、アルバート・サムスンものとそのスピンオフシリーズ、リーロイ・パウダーものを書き飽きた作者に向かい、編集者の方から作風を広げませんかと提案されて始めたようなシリーズ。いや、実際のところは全然知らんが、そういう雰囲気がある。なんか90年代以降の国内・若手新本格作家が中年になって、敷居の低い新たなシリーズに手を出すような感触に近いものがある。
 
 以前から興味はある作品だったが、こないだ近所でボランティア系の古書市があり、そこでHM文庫版のキレイなのが50円で売られていたから引き取ってきた。
 もともとリューインの作品は基本的にスキだし、その朴訥なユーモア味も快いと思ってはいる。翻訳もリューイン作品おなじみの田口俊樹だし、これは普通に楽しめるだろうと思って読みだしたが、うーん……。つまらなくはないが、思ったほどにもいかなかった……という印象。
 
 物語は、ルンギ事務所に持ち込まれた少なくとも最初はまったく無関係の案件が、いわゆるモジュラー警察小説風に同時並行で進行。それらの事件が絡み合うかあるいはまったく別個に終わるかはもちろんここでは書かない。
 が、主役であるルンギ一家8人(祖父母から孫2人の世代)までを、そういった複数の案件のなかでそれぞれ丁寧に語り、見せ場を設けたため、かえってお話が散漫になってしまった感想である。この辺のさじ加減は、なかなか難しい。いや、ルンギ一家の面々は、みんなそれなりには愛せるんだけどね。

 あとは作品の形質上、ある程度仕方がないのだが、悪い意味で事件の規模が広がらず、かといって地味なストーリーゆえの妙味も獲得できなかった感じ。個人的にはサルヴァトーレのガールフレンドで、ルンギ一家と仲を深めていくマフィンの意外な(?)キャラクターの叙述が一番面白かった。
  
 20世紀末の作品で、日常にパソコン文化が浸透し始める時代の物語。メールソフトを開けられないとかどうとか家族内でからかい合うような描写も、時代の推移の刹那を切り取ったような感じで、その意味では興味深かった。
 本シリーズは、長編としては早くも次で一区切りみたいなので(安永航一郎の『腕立て一代男』か)、そのうちまた読むとは思う。


No.1339 6点 加里岬の踊子
岡村雄輔
(2021/11/10 05:28登録)
(ネタバレなし)
 東京近郊にある人口三万ほどの海辺の町「加里岬」の町。そこは第一次大戦の少し前から、日本有数の加里(カリウム)の生産地として発展した地方都市で、戦後の現在は大企業「東方化学工業(E・C・I)」の工場が栄えていた。その年の4月のある夜、26歳の踊り子、青木奈美はさる経緯から、岬の広間を見下ろす低い山の望楼に身を潜めていた。広間の小屋には逢引らしい男女が入るが、先に女が小屋を出たのち、小屋の中から合図があり、奈美にこちらに来るように誘う。だがそこで奈美が見たのは、惨殺された死体だった。先の合図のタイミング以降、小屋に近づいた者は誰もいない、これは密室状況の殺人だった。

 1961年刊行の「別冊宝石」106号「異色推理小説18人衆」版で読了。本作の作者改定稿版の初出誌であり、神津久三の挿し絵がなかなか味わい深い。
 長編に一応分類していい紙幅だとは思うものの、長めの中編みたいなボリュームでもあり、さらに登場人物が多彩な感じでサクサク読める。
 メインヒロインのひとりで事件の観測役を務めた奈美の証言は疑わないものとして(その前提が揺らいだら、さすがに本作はパズラーにならないだろう)、なかなか魅力的な謎の提示だが、解決はああ、そう来たか、という感じ。やや強引な感触はあるが、フィクションの枠内のトリック作品としてはこれはこれでアリ、ではあろう(ただし犯罪の形成がナンなので、読み手の推理で全貌を先読みすることはまず無理だとは思う)。
 サブスト―リー的に配された、某・謎の人物の正体など見え見えだが、これはまあ、原型の初出年の世相を踏まえて、素直に受け取るべきか。
 昭和のB級……というか1.5流パズラーとしてはそこそこ楽しめる、かな。残りの二長編もそのうち、いつか読んでみよう。
「インディアンみたいな」と修辞された(長身で浅黒く、頭に羽根飾りが似合いそう、ということらしい)、主人公の青年探偵・秋水魚太郎の描写はちょっと愉快。性格的には、特に目立つ個性はあまり感じなかったけれど。
(最後にちょっとだけ顔を出す、秘書役の女の子がちょっぴり気になった。)


No.1338 6点 ど田舎警察のミズ署長はNY帰りのべっぴんサ。
ジョーン・ヘス
(2021/11/09 06:30登録)
(ネタバレなし)
 アメリカ南部アーカンソー州にある、人口がわずか800人にも満たない田舎町マゴディ。「わたし」こと34歳の離婚女性でNYからこの故郷に里帰りしたアーリー・ハンクスは、以前に警備会社勤務の経験があったことから地元の警察署長に就任していた。だが着任して8ケ月、部下は青年巡査ポーリー・ブキャナンひとりというこの警察署は、いまだ大した事件も起きていない。そんな中、アーリーの母ルビー・ビーが経営する酒場「ルビー・ビーズ」の美人ウェイトレス、ジェイリー・ウィザースの夫であるDV男カールが収監中の刑務所から脱獄したという知らせが入る。さらにそれと前後して、合衆国環境保護局の役人でこの町の視察に来たロバート・ドレイクが行方不明になった。二つの事案で町が揺れる中、今度は予期せぬ殺人事件までが発生した。

 1987年のアメリカ作品。アーリー・ハンクス署長シリーズの第一弾。
 前々から、ス、スゲー邦題だ! まるで21世紀のラノベのようだ! と思っていたが、たまたま近所のブックオフの100円コーナーにあったので買ってきた。この作者は別のシリーズの邦訳もあるようだが、評者はコレが初読み。

 で、邦題には「マゴディ町ローカル事件簿」の副題がついているが、原題は"Malice in Maggody"(マゴディ町の殺意)ときわめてシンプルなもの。少なくとも人目を引くには絶対にこの邦題の方がヨカッタ訳で、その意味では思い切った日本語タイトルをつけた当時の集英社文庫の編集者、エライ!?

 ちなみに原作シリーズは邦訳1冊目が出た時点ですでにアメリカでは10冊目まで刊行。現在では20冊の大台に乗ったかどうとかの、人気長寿シリーズに発展したようだ(ただし邦訳は3冊目までで打ち止め)。
 
 中身の方は、本文の約半分ほどが主人公アーリーの一人称「わたし」で、残り半分ほどが多様な登場人物たちの三人称で綴られる、かなりフレキシブルな形式。
 こういうフリーな小説作法はあまり出逢ったことがないが、ヒロインのキャラクターをタテながら、群像劇的な多数のキャラクターの動きや内面を紡いでいく上では効果を上げている。

 ミステリのジャンルとしては主人公が警察署長とはいえ、ほとんど自警団みたいなものだし(アーリーの署長任命も、町会会議によって行われたらしい)、ほとんどコージー派でいい? と思えた? 実際、本国でもアガサ賞のコージー部門で賞を取ったらしい。

 本文は300ページでそんなに長くもないが、情報や叙述はしっかり書き込まれ、途中で起きる殺人のフーダニット性もギリギリまで隠している、割と歯ごたえのあるもの。いわゆるコージー派ミステリにはそんなに強くない評者だが、たぶんこれはその中でも出来がいい方だとは思える。
 前述のように殺人事件の謎解きを最後まで引っ張りながら、別の前半からの事件の方で、読み手の興味を維持し続けていくあたりとか、町の連中の猥雑ともいえるスラプスティックギャグで飽きさせないあたりとか、職人的な面白さは十分に感じた。
 ただしフーダニットに関しては、<ある種のミステリの作り方のセオリー>ゆえ、ああ、この手でサプライズを設けようとしているのだな、と勘が働き、見事正解であった。あんまり書かない方がいいけれど、本サイトに来るようなミステリファンで、現代のフーダニット作品を読みなれた人なら大方、察しがつくかもしれない。
 
 それでも期待以上には十分に面白かった。3~4時間かけて一晩で読了。
 多少、下らなくてイヤらしいけれど、下品にはなりきらない田舎町の住人たちのシモの描写も個人的には愉快であった。
 またそのうち、気が向いたらシリーズの続きも読んでみよう。


No.1337 5点 果された期待
ミッキー・スピレイン
(2021/11/07 05:52登録)
(ネタバレなし)
 シカゴからそう遠くないリンカスルの街。そこに「僕」こと一人の男が足を踏み入れた。男の名は、ジョニー・マックブライト。ジョニーは、6年前に市政がらみの悪事を暴く途中で殺された地方検事ロバート・ミノウ、その殺人容疑者として目された人物だった。現在の「僕」は記憶を失っている。だが土地の警察部長リンドジーは、当時は証拠不十分なまま姿を消したジョニーのことを、いまでも検事殺しの最有力容疑者として見ていた。「僕」は、記憶を回復しないまま、6年前の事件の重要な証人らしい人物で、現在は行方不明の女性ヴェラ・ウェストの行方を独自に追うが……。

 1951年のアメリカ作品。
 スピレインの初めて公刊されたノンシリーズ長編で、マイク・ハマーものの第5弾『復讐は俺の手に』と第6弾『燃える接吻を(燃える接吻)』の合間に上梓された。
 
 マイク・ハマーものがぞろりと並ぶスピレイン初期作の中で珍しいノンシリーズもの、さらにのちにハヤカワで復刊されていない、などの理由から、大昔から評者の興味を引いていた一冊。
 実は例によって少年時代から古書は入手していたが、この数年、読みたいと思っても見つからないので、ついにまたWEBで状態の良い古書を安い値段の際に買ってしまった。それで届いてからすぐ読んだが、向井啓雄の翻訳がかなり古めなのと、予想以上に力作なこともあって読了までに3晩もかかってしまった(個人的にさる理由から、早寝しなきゃならない事情もあったが)。

 なお本作は、現状ではAmazonと本サイトのリンクが不順で、書誌を表示できないが、
三笠書房 スピレーン選集4(1959)
潮書房(1956)
日本出版共同 ミッキー・スピレーン選集4(1953)
田園書房(?)
と、版元と仕様を変えた同じ向井訳がいくつか出ている。
 今回、評者は日本出版共同版を購入(以前に持ってる版もコレだったので、どうせならダブらない別の版が欲しかったが)。

 それで邦訳では、主人公の一人称が「僕」。コレに関しては、まあハマーみたいなプロ探偵ではなくアマチュアの一般人(少し前までオクラホマの鉱山で働いていた)だし、とりあえずはアイリッシュの巻き込まれ型サスペンスの主役の若者みたいな気分で付き合えばいいのかな、と思っていると、とんでもない、結構、主体的に荒っぽい真似もする。これならやっぱ、一人称は「俺」にして貰った方が良かったね。

 ちなみに本作は、スピレインのポケミス『明日よさらば』の巻末の解説で、都筑道夫が初期スピレインの「いちばんの傑作」「ちゃんとそれぞれに謎もあり、伏線も張ってあるし、展開もたくみなスリラーに仕立てられている」と高評(原文のママ。ちゃんと該当のポケミスを膝の上に置きながら書いている)。
 なるほど、たしかに前半3分の1くらいで本作は結構な大技を使っているし(もちろんここでは詳しくは書かない)、のちにさらにその文芸・設定を受けての、もう一度サプライズが設けられている。スピレイン、本作はココを最大の勝負どころにしたな? というポイントが、かなり明確だ。

 ただし一方で、最終的にその文芸が尻切れトンボに終わってしまったり、事件の謎が深化して徐々に暴かれるのは良い一方で、意外なほどお話に広がりがなかったり、さらに最大の興味である「表面になかなか出てこない(中略)の行方」が(中略)だったり……と。うーん、ちょっとね……の部分も少なくない。特に最後のソノどんでん返しは、前もって大方の予想がつく半面で、作中のリアルを考えれば無理筋じゃないか、という感じであった。

 主人公に疑惑の目を向け続けるものの、根はあくまで正義漢の警察官リンドジー、さらに主人公に協力する地元紙の記者アラン・ロウガンが、ハマー・シリーズの名レギュラーサブキャラ、パット・チェンバース警部のキャラクターをふたつに割ったようで面白かった。特に行方不明のままのヒロイン、ヴェラに対して不器用な片想いの念を抱いていたロウガンの描写は、ハマーの恋人兼秘書のヴェルダにひそかに惚れているパットの描写そのままだ。スピレインはこういうオトコの純情がスキなんだよね。
 あとは、最後まで毅然とした態度をとり続ける、殺された地方検事の未亡人ミノウ夫人がやたらカッコイイ。 

 作品トータルとしては、力作だとは十分に思う(最初に書いた、軸となるミステリ的な大きな趣向も踏まえて)ものの、完成度としてはいささか練り込み不足、さらにムニャムニャ……というところ。
 ただしスピレインファンなら他の作品との接点みたいなもの(メタ的、作劇的な意味で)がいくつも覗くので、一度は読んでおいた方がいいとは思う。
 できれば読みやすい21世紀の新訳で、改めて楽しんでみたい気もするが……まあ、なかなか難しいだろーな。
 
 評者は通例、翻訳の古さはあんまり気にしない? 方だが、今回はフツーにそこもちょっと減点。
 嫌いになれない内容だけど、もろもろのマイナス要素も見過ごせず、評点はこれ……くらいか。6点を惜しくも取れなかったという感じで。

【追記】
 本作において、ちょっと心に残ったこと。邦訳(日本出版共同版)のP105で主人公が、戦争で心に傷を負って復員した者に思いを馳せる描写があるのだが、そこで彼は「そういう人物がもう戦場に行きたくないというと、愛国心が薄いとか、勇気がないとかいうが、そういうものじゃない」とかなり言葉を費やして訴える。時にタカ派だとかなんとか言われるスピレインだけど、こういうところを読むと、精神はきちんと健全なんだと思う。


No.1336 7点 探偵くんと鋭い山田さん 俺を挟んで両隣の双子姉妹が勝手に推理してくる
玩具堂
(2021/11/04 21:03登録)
(ネタバレなし)
 高校に進学した春。1年B組の「俺」こと戸村和(とむら なぎ)は自己紹介の際につい弾みで、実家の稼業が私立探偵だと口にしてしまった。実際には浮気や素行の調査といった地味な親の仕事だが、クラスの面々は勝手に和に「名探偵」の血脈と才能を期待し、妙な相談をいくつも持ち込んでくる。だがそんな時、和に<力を貸す>のは、彼の両隣の双子姉妹で、ともに美少女だが性格はまるで真逆の雨恵(あまえ)と雪音(ゆきね)コンビだった。

 えー。なんか評判がいいので読んでみた(笑)。
 帯には「<本格派>学園ミステリーラブコメ」と謳われており、最終的には青春ラブコメのためにミステリ要素が奉仕する結構だとは思うのだが、それはソレで、ウワサ通りにミステリファンも楽しめる作りになっている(と思う、とお約束で付け足しておく)。

 現状で二冊目まで出ていて最初の方しかまだ読んでいないけれど、ある程度シリーズを継続させてゆきたい雰囲気は一冊目から満々で、そのための布石もあちこちにバラまかれている。
 で、一冊目はプロローグとエピローグに挟まれ、さらに随所にインターミッション編を挟みながら3本の事件が順々に持ちこまれる連作短編形式。その上で主人公トリオの関係性も深化していくから広義の長編作品だともいえる。

 3つのミステリはそれぞれいわゆる「日常の謎」だが、謎の提示は個々に明快で、特に、ネタとしては第二話の「史上最薄殺人事件」が面白い。
<10年ほど前に刊行されて、今ではなかなか入手しにくい連作長編ミステリのクライマックス直前の巻、そのジャケットカバーだけがある。本文はない。そのジャケットカバーに書かれたあらすじ、登場人物一覧、作者のコメント、それだけから手元にない本文の、真犯人を推理する>というもの。イイねえ、こーゆー外連味、大好きだ(笑)。
 もちろん主人公トリオが「真犯人」にたどり着く道筋はきちんとロジカルなもの。まああれやこれやといろいろ思うところもあるけれど、ここはニヤニヤしながら、最後まで得点的に楽しんだ。

 作者自身はあとがきで「謎解きを志向した探偵モノ」ながら「事件の内容は(当事者以外には)たわいないもの」「ミステリというよりはクイズ・ストーリー」と謙遜し、実際に第三話の密室で刃が使われた事件の最終的な真相など古すぎるネタではあるが、それを一回半くらいヒネって料理するミステリの書き手としてのセンスは結構、好感触。完成度もさながら、全般に送り手なりのミステリそのものへの愛が感じられ、そこが心地よい作品ではある。
 
 ちなみにラブコメの方は、大雑把に言っちゃえば『超時空要塞マクロス』(TV版)のミンメイと未沙がそのまま姉妹になったようなキャラクターのコンビに、男子主人公が関わっていく感じで。
 前者の姉「雨」がきわめてマイペースなしかし観察&閃き型の天才、後者の妹「雪」の方が博識&分析型の秀才で、戸村との恋愛要素としては、この第一巻から曖昧な三角関係にせず、はっきりと(中略)の方に重点が置かれてしまっているのがなかなか今風。まあ詳しくは興味を持たれたら本編を(笑)。
 これも二巻はそのうち、読むでしょう。現状維持レベルで、楽しめることを期待。 


No.1335 6点 ホットサマー・コールドマーダー
ゲイロード・ドルド
(2021/11/03 03:52登録)
(ネタバレなし)
 1950年代のアメリカ。カンザス州の工業地帯ウィチタ。「おれ」こと、30代後半の私立探偵ミッチ・ロバーツは、鉄屑屋の経営者カール・プラマーから、いなくなった息子フランキー(フランク)の捜索を頼まれる。プラマーは捜索の手掛かりとして息子のGFだった娘カーメン・グレンジャーの情報を与えるが、彼女は土地の警察の風俗犯罪取締隊長ビル・グレンジャーの亡き妻の連れ子であり、現在もそのまま養子だった。とりあえずカーメンと接触したミッチだがさしたる成果は得られず、一方でカーメンの実の姉でやはりグレンジャーの亡き妻の連れ子であるカーロッタと知り合いになる。グレンジャーはミッチに娘たちの周囲を嗅ぎまわらないよう警告するが、かたやミッチはフランキー失踪の背後に暗黒街の麻薬犯罪の気配を認めていた。そして……。

 1987年のアメリカ作品。
 私立探偵ミッチ・ロバーツシリーズの第一弾。といっても翻訳は、本書の日本語版が出てから四半世紀経った今でも、これ一作しかない(講談社文庫版のあとがきによると、本国では少なくともシリーズは4冊目までは出たらしい)。 
 内容は、時代設定からも何となく察せられる通り、1950年代の並みいるB級または軽ハードボイルド私立探偵小説の系譜にオマージュを捧げたもの(ちなみに評者のお好みの、女性秘書キャラの類はいない)。

 とはいえ、もうじき21世紀という時期にソレ(50年代リスペクト)だけで済ますにはやはり気が引けたかなんだか、けっこうなケレン味とか今風の登場人物の属性とかの<カツの衣>で食材をボリュームアップしている。
 たとえば独身男(リンダという妻がいたが離婚した)ミッチがいきなり、料理上手の乙男(オトメン)として台所に立つあたりはともかく、そのあと延々と具体的に何を料理した何を食うといった饒舌な叙述が続くのは、ああ、やっぱり中身はネオハードボイルド時代の作品だな、という気分。まんまスペンサーのフォロワーじゃん。
 
 で、ここで、あえていきなり、本作を<怪獣ソフビ人形>に例えるなら(例えるなよ)1960年代半ばの第一次怪獣ブームにマルサンが、1970年代前半の第二次怪獣ブーム時代にブルマァクが作った<当時もの>ではなく、1990年代~21世紀になってから後年のマニア派小中規模メーカーが往年のレトロ趣味にオマージュを捧げて作った<それっぽい当時もの風の新作>という感じ。
 それがいいか悪いとか、魅力があるとかないとかじゃなく、さらに奮闘や原典への探求も認めるんだけれど、やはりどっか、違う風が吹いてしまったのちの時代の影響が(技術的な部分でもスピリット的な面でも)相応に感じられてしまうというか。良くも悪くも。
 
 ただまあ、それは単にネオハードボイルド後期の作家の一人が選択した作風スタイルの問題に過ぎないわけでもある。レトロなことをやって滑ったとか、書き手が勝手に自作に制約をかけてダメにした、とかは思わないんだけれど、とにかく登場人物は少ない、事件の枠は広がらない、しかし一応以上はグイグイ読ませる、そして……となんとも奇妙な触感の作品ではあった。
 特に主人公探偵ミッチの扱いは(中略)。というか、星の数ほど先駆があるであろう私立探偵小説ジャンルの中に新しいシリーズで切り込むにはこれくらい……という<そのキャラ設定>の計算から始めて、そこを中盤の見せ場にした作品がこれか? という感じ。あんまり詳しくは言えないし、まあ前例や類例みたいなものがないわけでもないんだけどね。
 乾いた文体だけど、1950年代当時の風俗描写をサービス過剰なまでに盛り込んで(まあ大体、映画とかテレビとかラジオとか、人気スターとか、割とあとから調べやすいものも多いけど)妙に読者をもてなそうとするあたりとか、そういう職人っぽさは良し。あと、ほぼ終盤、某サブキャラの味のある運用と、犯罪事件の裏を返すと別のジャンルの(中略)ミステリになるような趣向はなかなかだった。
 (精神的な意味での)ハードボイルド度? これは結構高いとは思う。ただ、どうしても「どこか」で似たのを見たような感じが……(ネタバレにはなってないと思うが)。

 トータルとしては、7点にかなり近いけれど、そこまでホメちゃイケないという気分にとどまりたい、6.8点くらいの心情で、この評点。悪くはないです。

 ミッチのその後がちょいと気になるし、シリーズ二冊目以降も読んでみたかったが、もう翻訳が出ることは多分ないであろうな。この手の出オチ(意味が違う)した私立探偵小説シリーズって、日本の翻訳ミステリ界に、これまでどのくらいあるのであろう?

 最後に、本作は同じ作品世界に先輩の同業者としてスペードもマーロウもアーチャーもいる設定らしい?(解釈の違いはあるかもしれんが)。
 その上で本書の151ページのミッチの述懐で
「八時間前に(某ヒロインの名前)の体を抱きあげてベッドまで運んだことが信じられない。ああいうことはサム・スペードやリュウ・アーチャーのような男たちに起こることであって、フィリップ・マーロウやおれのような男には起こらないはずのことなのだ。」
 というのがあって爆笑した。ここで<御三家>を2と1に分ける意味は何なのだ!? まあ50年代のアーチャーは後年の<アメリカの父>的なキャラクターへの成熟が信じられない、マーロウよりもまだ本質がスペードに近い男だったのだとでも言いたいのか? だとしたら、それはソレで、なかなか独特な視座に基づいた「批評」になっている。いや、こういうのがあるから、私立探偵小説の系譜を探るのはオモシロイね(かなりいい加減にやっていますが・汗)。  


No.1334 7点 グッバイ・マイ・スイート・フレンド
三沢陽一
(2021/10/29 04:30登録)
(ネタバレなし)
 幼少時から格闘技マニアだった「俺」こと高校一年生の藤怜士(ふじ れいじ)。怜士は中学時代から、新興の総合格闘技「ライジング」の女子部で無差別級チャンピオンの座に輝く同年代の少女、本城麻里奈に声援を送っていた。そして高校に入学した怜士は、同級生にその麻里奈当人がいるのに気づく。校内では秘密のまま、格闘技チャンピオンとそのサポーターとして距離を縮めていく二人だが、そんななか、麻里奈の次の相手が格闘技界の女子アイドルで「ヴィーナス」の異名をとる九条亜美に決定した。麻里奈と亜美はもともと同門の流派で、特別カードとして今度の対戦はマッチングされていた。そんな時、亜美から麻里奈宛に予想外のメールが届く。それは都市伝説の殺人妖怪「紫の隙間女」に関するものであった。

 クリスティー賞受賞作家である作者による、第五冊目の著作。
 評者は『アガサ・クリスティー賞殺人事件』『華を殺す』に次いでこれで三冊目の付き合いだが、シンプルな面白さ&読みごたえというか物語の熱量としては、これが今のところ一番、好感触。

 作者あとがきによるとご本人がもともと格闘技&それを題材としたエンターテインメントの大ファンだったらしいが、本作はその格闘技ネタを主題に、オカルトと謎解きミステリの要素を組み合わせ、ライトノベルの仕様でまとめた感じ。
 やや強引に言うなら、青春格闘技アクション・ホラー、いくぶんミステリ風味というところか。

 書き手が自分の好きな分野のことを良い意味でマイペースに綴り、しかしちゃんとエンターテインメントとしてまとめている感じで、クライマックスの対決シーンは結構な読み応え。クロージングの文芸も、いい感じにシメている。

 ミステリの書評サイトで扱うにはギリギリという気もする(一方でまったく無縁な中身だとも思わない)が、なかなかユニークな作品を読んだ感触はあった。
(なんか初期の菊地秀行の、ノンシリーズものの青春アクションホラーに通じる味わいもあるが。)

 物語全体のボリューム感の点でやや貫録不足だが、一方で主軸の部分には確かに相応の熱気は感じた。
 相応に心に残る一冊だとは思う。私は推します。


No.1333 7点 霧の旗
松本清張
(2021/10/28 04:58登録)
(ネタバレなし)
 清張版「(ウールリッチの)ノワール・シリーズ」。
 まったくの数奇な経緯から、復讐という情念に憑りつかれてしまった柳田桐子というオンナの、どす黒くそして哀しい物語。

 清張が描きたかったのは<どれだけ理不尽だろうと逆恨みだろうと、復讐にしがみつかなければ、もはや生き続ける意味が見出せなくなってしまった人間の切なさと悲しみ>であろう(そして東西のミステリ史上、その観念を究極・最高の域まで高めて具現化したキャラクターが、あの『喪服のランデヴー』の主人公ジョニー・マーだ!)。
 だからそんなメインテーマの文芸をくっきり、はっきりと栄えさせるためだけに、もう一人の主人公である弁護士・大塚欽三の「等身大のいい人ぶり」は、逆説的にみっちりと描きこまれる。ああ、コワイ。

 しかし、ほとんどストレートノベル風のノワールロマンかと思っていたら、後半、あららと言うほど、ミステリ味が強くなるのが意外であった。

 でもまあ、長年、想像していたものとは2~3割違う中身だったけれど、それでも十分に期待に応えた作品ではある。
 紙幅的には結構短めの上、余計なモブキャラにはいちいち固有名詞も与えていない小説の作りも読者にやさしく、リーダビリティは最強。

 ただまあ、このクライマックスが、ストーリーの道筋として必然であったかというと、なんかいくつかの前哨的な分岐点で枝分かれの可能性はあったんじゃないか、とも思えてしまった。
 その意味では、若干、恣意的にこのラストに向けてお話を転がしちゃった作者の「神の手」が見えるような気もするので、そこで1点減点。


No.1332 7点 さよならの値打ちもない
ウィリアム・モール
(2021/10/26 13:21登録)
(ネタバレなし)
 その年の3月。葡萄酒商会の重役でアマチュア探偵でもあるキャソン・デューカーはロンドンでの「ハマースミスのうじ虫」事件に決着をつけて、今は英国の領地である西インド諸島のバーバドス島に静養に来ていた。そこで土地の者や旅行者の白人たちと知己になるキャソンだが、そんな連中の中のひとりで女好きで嫌われ者のティモシー・フラワーが死体となって海浜で見つかる。彼は、年上の妻で生活を支える社交界の有名人エミーとともに夜釣りに出たらしいが、海に落ちて絶命したようだった。検死審問を経て事故死とされるティモシーだが、キャソンはこの件が実は殺人であろうと察していた。そして……。

 1956年の英国作品。
 『ハマースミスのうじ虫』に続く、アリステア・キャソン・デューカーシリーズの第二弾。
 現状のAmazonでは翻訳本の刊行日データが未詳だが、昭和34年7月25日に初版刊行。
 
 本作では独特のエキゾチシズムを感じさせる西インド諸島を舞台に変えて、その作風はどことなくT・S・ストリブリングの「ポジオリ教授」ものを思わせたりもする。
「まじめに抱え込むものの多いアマチュア名探偵」キャソン・デューカーのキャラクターは前作からそのまま継承されており、彼は前作のラストで「悪人を狩るアマチュア探偵」としての自分にひとつの区切りをつけたはずだが、まだ完全に葛藤を整理できないでいる。というか見方によっては、キャソンはいまだに足踏みしているとも、いやそれどころか、心のありようがさらに後ろ向きになっている? とも言えるかもしれない。

 本作も前作同様の、メタ的ともいえるテーマに向き合った「シリーズもののアマチュア探偵のありよう」を語るキャラクター小説かつ人間ドラマであり、それゆえにキャソン・デューカーはこいつが犯人だと首根っこを押さえ込んだ? 相手に対して、恣意的に適宜な距離感をはかろうとしていく。
 デリケートな心理劇がしばらく続き、読者によっては退屈かもしれないが、個人的にはそんな主人公と容疑者の関係性から生じる緊張感がたまらなく面白かった。
(キャソンを軸に描かれる、多様な登場人物たちの群像劇も、とあるキーパーソンが仕掛けたある策略の実態が少しずつ見えていく流れも、シンクロすれば楽しめるものと思う。)

 それでくだんのキャソンと容疑者との対峙シフトは前半のうちにほぼ固まってしまうので、これで最後までもたせる訳はないだろうな、と思っていたらストーリーは後半の展開に突入する。
 その後半ではふたたび「うじ虫」的な人間の悪意が覗きはじめ、くだんの悪党の確定のために、キャソンと土地の捜査陣たちの活動が深化してゆく。
 そんな後半のヤマ場に至る前哨として、キャソン自身の<名探偵かつひとりの人間としての思惑>が彼自身の立場をややこしくする遠因になってしまったり、周囲の人たちとの軋轢を招いたり、この辺もなかなか面白い。まさにその意味でも「名探偵ミステリ」である。
(ちなみに題名の意味は「別れの際に、きちんとさよならを言うだけの価値もないほどのゲス野郎」というような感じ。)

 クライマックスに向かっていく流れはやや強引な勢いも感じたりもした(とあるロジックというか人間観にもとづいてある結論が出されるが、それにツッコミたくなるような……)。
 が、そこをひとまず了解する、あるいは受けいれるなら、さすがに終盤のヤマ場の対決図はなかなか歯ごたえがある。ここは良い意味で前作の主題を継承しながら、その変奏を味わわされた感じだ。

 いろんな意味で、必ず前作から読んでほしい。
 また前作を読んで<謎解き&捜査ミステリにおける名探偵のありよう>という命題に何らかの引っ掛かりを覚えた人なら、ぜひともこちらも読んでほしい(現時点では稀覯本なので、容易に入手しにくいのが難点だが)。
 そして、このシリーズはこのあとどういう方向に行ったのであろう。
 未訳のシリーズ第三作の発掘翻訳が、今からでも出ないかなあ。心から願う。

 最後に、創元の旧クライムクラブは本体のジャケットカバーの折り返しに登場人物表が載っているのだが、本書の場合はわずか6人しか名前が並べられておらず、しかし実際に劇中に登場する名前があるキャラクターは30人以上に及んだ。そして現実の主要キャラの大半が一覧表に名前がなく、当時の編集部のとんだ手抜きぶりを実感した。
 もしこれから読まれる際は、自分で人物メモをとりながら楽しまれることをオススメします。


No.1331 7点 死が目の前に
ハロルド・Q・マスル
(2021/10/25 06:05登録)
(ネタバレなし)
「私」ことニューヨークの弁護士スカット・ジョーダンは、元学友の演劇プロデューサー、ジュシュ(ジュシュア)・ワイルドから相談を受けた。現在ブロードウェイでは新作ミュージカル『陽気な未亡人』が大ヒット中で、同作は少し前までジュシュのパートナーだった初老のプロデューサー、ニック(ニコラス)・クリールが単独で興業を仕切って利益を得ている。が、実はその台本はジュシュがまだクルールの共同経営者だったタイミングに外部の作家ウィラード・ソーンから持ち込まれたものらしく、それが証明できれば『陽気な未亡人』の収益の半分はジュシュのものになるはずだった。ジュシュの言い分に法律的な正当性を認めたジョーダンは公文書の訴状を持ってクルールの住居に向かうが、そこには当人は不在で謎の女性のみがいた。しかもその室内の奥には、射殺された死体があった。

 1951年のアメリカ作品。スカット・ジョーダンシリーズの第三作目。

 評者は順当にシリーズ順に読んでいるが、今回がたぶん一番、出来がいい&面白い。
 序盤からの掴みのうまさもなかなかだが、殺人現場からいつのまにかいなくなった謎の女は何者か? という興味と同時に、台本が独占された経緯の調査&証明についても明快かつハイテンポにストーリーが進行し、まったくダレることがない。
 さらにそうこうしていくうちに、事件はどんどん先のステップへと進展してゆく。
 
 最後の真相については、ものの見事に意外な角度からのどんでん返しで、よくよく考えればシリーズの先行作でも似たような種類のサプライズを設けていた気もするが、たぶん今回の方が仕上げがウマイ気がする。
(なお石川喬司は「極楽の鬼」のなかで本作について「推理しようにも伏線などはありません」と言い切っており、確かに通常のフーダニットにもパズラーにもなってはいないが、最後のサプライズのための布石はちゃんと? 張ってあると思える。)
 とても面白かったけれど、今回でなんとなく、作者マスルの手癖は見えた気もする? 次作ではダマされないぞ。

 登場人物連中が総じてくっきりしたキャラクターであり、特に年配の面々の爺さんばあさんたちの描写がよろしい。
 1920年代から「ブロードウェイの天使」の異名のもとに、カネにがめつい一方で多くの才能を後見してきた老富豪ニール・アッシャーも、終盤になって出てきてやたら存在感のある芝居を見せる婆ちゃんデボラ・オーキン(クリールの秘書グラディスの伯母)もそれぞれステキ。特に後者はジョーダンに向けて傘を武器にしかける素振りで、アニメ版『空手バカ一代』の人気キャラ「傘ババア」を想起させた(実にどうでもいい)。

 あと、作中の時代設定はそのまま1950年前後だろうけど、この時代はまたもアメリカが世界大戦の脅威におびえ始めた頃合いで、しかも今度は核戦争で人類滅亡だとペシミスティックになっている時節。その辺の空気は、メインゲストヒロインの美貌の人妻ヒルデガルドの慨嘆のセリフとかに滲んでいて、21世紀のいま読むと独特の寂寞感と哀感を抱いたりする。

 ポケミスで200ページちょっとで3~4時間で読めちゃったけど、中身はしっかり濃かった。ほとんど8点という気分でこの評点。

 ちなみに、シリーズ前作でいなくなった? かと思っていたジョーダンの有能な秘書、太った中年おばさんのキャシディがちゃんと職場に復帰している(出番はそんなに多くないが)。前作ではたまたま休暇でもとっていたのか?
 特に言及はなかったけれど。

 あらためて、期待以上に面白いな、このシリーズ。しばらくしたら、また次の作品を楽しむことにしよう。


No.1330 7点 黒いハンカチ
小沼丹
(2021/10/24 16:13登録)
(ネタバレなし)
 どこかの、海の近くの住宅地、そこの高台にある「A女学院」。その屋根裏部屋のような小さな空間で休み時間に昼寝を楽しむのが、若い女性教師ニシ・アズマの日課だった。だがそんな彼女には、アマチュア名探偵という、一般には知られざるもう一つの顔がある。そんなニシ・アズマの周囲では、またも思いがけない事件が起きて……。

 創元推理文庫版で読了。
 評者が本作の存在を初めて知ったのは、たしか「本の雑誌」誌上の、何らかの企画ものの連載エッセイのなか。おそらく1990年代のことで、まだ創元文庫での復刊が叶う前だったのは確かであった。
 女性版ブラウン神父を思わせる、というニシ・アズマの名探偵キャラクターに関してはたぶんその時点で刷り込まれていたはず。
 現実に作品の本編を通して読んでみると、なるほど毎回、何となく事件の場に介在して、かねてより周囲をつぶさに観察して得ていた情報にもとづいて推理するその名探偵ぶりは確かにブラウン神父やのちの亜愛一郎の系譜に近い。
 
 創元文庫の解説によると、もともと文化実業社の雑誌「新婦人」に「ある女教師の探偵記録」の副題で全12編が連載されたらしい。美人ではないが愛らしい顔立ちで、その魅力ある容貌を太い赤縁のロイド眼鏡で隠している(いわゆる隠れ眼鏡で、主に事件が起きた際にかけたりする)というキャラクター設定は21世紀のいま、改めて昭和の萌えヒロイン探偵としての求心力も発揮する。ちなみに20代半ばの彼女の恋愛模様に関しては、第5話「十二号」のなかでそっと語られた。

 創元文庫の巻末の解説でシンポ教授も語るとおり、全12編のなかでは殺人事件も往々に主題になるが、基調は「日常の謎」ものといえる連作集の趣もあり、評者のようなバラエティ感を楽しむタイプの読み手の側からすればその作品の振り幅の広さがまた面白かった。
 ニシ・アズマの周辺には何人かの同世代の男女(一部はレギュラー、セミレギュラー)も登場するが、その辺の描写もあわせて昭和の若者たちの遅めの青春譚を覗き込むような小説的な興趣もある。

 ミステリとして面白かったのは、謎の変死事件?の「眼鏡」、別荘地での参事を扱った「蛇」、山中のロッジでの殺人事件「十二号」、パーティでの珍事「スクェア・ダンス」、ニシ・アズマの観察が斜め上? の事態に連鎖してゆく「赤い自転車」……結構あるな。
 本作の強みは「シルク・ハット」のような、他愛ないともいえる日常の謎編までが連作シリーズのアクセントになることで。
 そういう意味では適当にサクサク、この世界に浸りながら読み進めた方が楽しめると思う。

 通読すると、さらにもう一冊くらいこのニシ・アズマ主役の連作を読みたかった気もするが、まあここでこれでまとまっている故の感興というものもあるかとも思う。

 しかしこの創元文庫版、ブックオフで購入したのだが、手にしたのが2014年2月の8版。この出版不況の中で、21世紀に発掘された旧作としては結構売れているよね? 
 自分なんかようやっと作品を楽しんだ遅めの読者で、ファンのほんの末席だけれど、全国のミステリファンのあちこちに、現在形での本作の愛読者が多くいるというのなら、なんか嬉しい。


No.1329 7点 魔物どもの聖餐
積木鏡介
(2021/10/24 05:09登録)
(ネタバレなし)
 35歳の「野呂啓介」(仮名)は、小学校時代の友人・縄文寺久羅(じょうもんじ くら)からの手紙を受け取り、彼のマンションを訪ねる。そこには久羅当人の姿はなく、野呂宛のさらなる書置きがあった。文中には、久羅の「呪われた兄弟」縄文寺幽羅(ゆら)が、久羅の心に冷徹な復讐計画を促している旨の記述があった。精神が闇に支配された久羅は暗黒の道を突き進むのか? そしてログハウス「桔梗荘」の中では、そこに集まった男女が御伽噺を思わせる趣向のなかで、次々と命を奪われていく?

 評者は積木作品は、1年半前に『芙路魅』を読んだのみ。
 それで本作もその『芙路魅』も、数年前まであった何駅か先のブックオフの閉店セールで10円で買ってきた本ですが、今ではどっちもAmazonでは結構なプレミアがついています。なんか申し訳ない(汗)。

 閑話休題。
 まさに外連味だけを盛り付けて一冊書いちゃったようなシン・ホンカクで、どうにも頭のおかしい復讐計画? の開陳からスタート。そのまま物語の主舞台がログハウス「桔梗荘」に移動すると、そこでは作中作? とおぼしきメタ要素の濃厚そうな御伽噺仕立ての連作パズラーっぽい流れになる。青柳の「昔話ミステリ」の先駆みたいな感じだ。
 しかしその作中作ひとつひとつの解決についてはバカミスというのもはばかれるような仕上げて、ほとんどヨコジュンのハチャメチャギャグのような世界。まあ、それはそれでいいです。のちのちには、実はこれにも(中略)。

 全体の構造については、絶対に詳しくは書けない種類の作品だけど、終盤3分の1からの切り返しはある程度は読める部分もありながら、それでもなかなか。途中の作中作の面白そうな謎解きが(中略)という弱点? も生じてくるんだけど、それにもちゃんと一応のイクスキューズはつく。

 破天荒に力技で押し切った、しかしそれなりに手数は多い技巧派の新本格ミステリ。パワフルなその分、ちょっとしょーもないネタも混じってるが、遊戯文学としてのパズラーというかトリックテクニック小説として結構、愛は感じてしまった。
 まあ、なんじゃこりゃと怒る人はいるかもしれないし、そういう向きにはあえて異を唱えるつもりもないけれど。

 <いい意味で腐った新本格ミステリ>といえるかも? しれない。

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