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ミステリの祭典

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平均点:6.34点 書評数:2199件

プロフィール| 書評

No.1439 5点 京都貴船連続殺人
池田雄一
(2022/03/05 07:56登録)
(ネタバレなし)
 京都貴船神社の境内。深夜に行われる怨念の丑の刻参り。やがてその呪詛に影響されたように、京都の大手料亭「加倉井」の女将・加倉井康代が午前二時頃に凄惨な死を迎えた。さらにその家族がまたひとり犠牲になる。身の不安を感じた康代のとある親族は、私立探偵事務所「すみれリサーチ」を営む若い美人探偵・石坂すみれに調査を依頼。すみれは加倉井家に恨みを抱くと思われる容疑者の周囲に潜入捜査するが、やがてまた新たな事件の展開が。

 評者は池田雄一の小説作品は、これが初読み。
 シナリオライターとしての作者には、昭和のテレビドラマの脚本家としてかなり多くの番組で付き合ってきたはずで、番組のOPやEDに表記されるその名前にも馴染みがある。ただし具体的に、エピソード単位でどの番組のどれが良かったとは、即興で言えない。そんな程度の距離感である。
 
 本作は1994年の文庫書き下ろし。作者は21世紀の初めに他界されたようで、この作品はおそらく晩期の一作(もしかしたら最後のミステリ?)ということになるようだ。
 ストーリーはオカルトチックな丑の刻参りの呪いに連続殺人事件がからみ、適度なエロ描写を混ぜ込みながら行動派の女性探偵の捜査と推理で展開していく。さらにもう一人の探偵役として、和製コロンボ風の中年刑事も別働。後半にはちょっとライバル関係になりながら、最後には協力体制で事件の謎に迫る。

 B~C級の昭和風俗ミステリ(あ、正確にはもう平成の作品か)かと思いながら読んでいったら、終盤にはちょっとクロフツっぽいアイデアというかトリック(具体的にクロフツのどのその作品というのではなく、いかにもクロフツがやりそうな感じの)が用意されており、謎解きミステリとしてもそれなりの手ごたえは感じた。軽いキャラクターものに全体を仕上げながら、ひとつふたつ骨っぽい部分は残しておいたところは好感を抱く(そんなに大騒ぎするほどのアイデアやトリックの創意でもないけれど)。

 評点は悪い意味でなく、この数字。もうちょっとで6点というところ。


No.1438 6点 虚構推理 逆襲と敗北の日
城平京
(2022/03/05 07:33登録)
(ネタバレなし)
 小説版としてのシリーズ最新刊。
「容疑者が自分の犯行を示威したがる? 刺殺事件」という短編(ホワイダニットの謎)、そして山中に現れた巨獣の亡霊事件にからむ中編、実質2つのエピソードで構成されている。例によって先にコミック版で刊行されたおひいさまの事件簿の後発・小説版のようである
(評者は小説の方しか読んでないが)。

 前者はチェスタートンっぽい真相が語られるが、シリーズの中では比較的、地味な印象。
 後者はハウダニット、ホワイダニットなど複合的な謎を組み合わせた中身だが、真相はちょっと思うところあり。
 どちらにも九郎の従姉妹の六花がしっかりからんでくるが、劇中での彼女の立ち位置はこれまでのポジションとちょっと変化を見せている。これ以上はここでは言わない。

 しかし本巻の眼目は、むしろ別の意味でのメインキャラクターたちの関係性の推移で、ああ、こういう方向にいくかと軽く、いや相応に驚いた。なんかシリーズの過渡期の緊張感という意味合いで、アダルトウルフガイなら『人狼天使』辺りを読んだタイミングのような気分だ。

 緩慢にダラダラシリーズを続ける気はないと意志表明した作者の気概を感じるが、読み手としては複雑な思いにも駆られる。しばらくは本シリーズ(小説版)から目が離せない。


No.1437 8点 六人の嘘つきな大学生
浅倉秋成
(2022/03/04 05:17登録)
(ネタバレなし)
 まぎれもなく、21世紀リアルタイムの国産新作ミステリではある。
 が、そのテクニカルな物語の作りには、1950年代のポケミスに収録された、当時のリアルタイムの<洗練された前衛的な技巧派ミステリ>の香りを感じた(特に前半)。

 終盤の真相、展開はあざとい。この上なくあざとい!
 しかしそれは文句や非難ではなく、最大級のホメ言葉として、本作と作者に向けて贈りたい!!

 たぶんこれが、評者が2021年度の「SRの会」のベスト投票のために読む昨年の新刊、そのラストの一冊になると思うが、最後の最後にコレを読めて本当に良かった。
 
 なおジャンル投票は、自分も「青春ミステリ」以外の何物でもないと思うが、あえて「社会派」に入れておく。理由と言うか、その気分は、読んだ方なら、きっと分かってもらえることと信じる。


No.1436 7点 兇人邸の殺人
今村昌弘
(2022/03/04 02:17登録)
(ネタバレなし)
『パックマン』か『平安京エイリアン』を想起させる、迷路的空間を徘徊するモンスターを相手にしたサバイバルゲームのごときシチュエーションは鮮烈。モンスターのSF設定もパズルストーリー部分をふくむ作劇要素に十二分に奉仕し、舞台設定を作りこんだという面では文句なしに三作中、一番であろう。

 ただし波状攻撃のごとく明かされる意外な真相は読みごたえがあった一方、正に手数の多さが読む側の感興を相殺してしまった一面もある(先行の方のレビューで言うなら、個人的には文生さんのものに一番、共感)。入念な作品を楽しむのは、ときに難しいものだと改めて感じた。
 で、イカれた、しかし(中略)動機の真相は、思いきり賞賛したいような反面、反応に困るところも……(汗)。

 なお先にモンスターのSF設定をホメたが、最後に明かされる(中略)のロジックは、ちょっと説明不足だったとは思う。あまり丁寧に書いて読者に勘付かれまいとした配慮かもしれないが、ここはミステリ初心者さんの感想に近しい感慨を覚えた。
 あとこのモンスター、どうやって(中略)してきたのでしょう。そこらへんは不要な生態になっていたのか?
 評点はさすがに6点ではちょっと低すぎるという思いで、この数字で。


No.1435 7点 人狼ヴァグナー
ジョージ・ウィリアム・マッカーサー・レノルズ
(2022/03/03 04:05登録)
(ネタバレなし)
 1516年1月。ドイツの辺境「黒き森」にて、90歳を超した老醜の羊飼いフェルナンド・ヴァグナーは、唯一の身寄りである16歳の孫で美少女アグネスから見捨てられたのではと不安を抱く。そんな彼の前に、見知らぬ一人の男性が登場。魔性の力を持つその相手はヴァグナーの心身に、20歳代の若さと端正な容姿、そして土や屑を高価な金品に変える能力を授けた。だがその代価としてヴァグナーは18ケ月のみその謎の男の従者となり、そして不老の肉体がひと月に一度、狼の姿に変わるという呪いを受けた。それから5年、イタリアのフェレンツェにある、病床のアンドレア・リヴェロラ伯爵の屋敷を舞台に、もう一つの物語が動き出す。

 1846~47年の英国作品。
 昨年の翻訳ミステリ最大の収穫『ユドルフォ城の怪奇』を読了後、Twitterで同作の感想や評判を漁っていたら「同じくらい面白い、昨年に発掘新訳された『ユドルフォ』同様の古典ゴシックロマン」という主旨で、本作のタイトルが挙げられていた。
 Twitterで騒いでいるホラー、ゴシックロマンファン&マニアの方々からすれば、待望の完訳・訳出のようだが、評者はまったく一見のスタンスで読み始めてみる。

 ハードカバー一段組、630ページ以上の大冊で、読み終えるまでに三日かかったが、お話そのものは確かに『ユドルフォ城』に近しいレベルのハイテンポ、二世紀近く前の作品ということを考えれば驚異的なリーダビリティであった。

 美青年に若返った狼男ヴァグナーはぎりぎり主人公といえるポジションの一角にはいるが、同格かそれ以上にメインキャラと呼んでいいい男女の登場人物たちを主軸に物語も展開。全体としては、カメラをかなり器用に切り替えながらストーリーを転がしていく、群像劇の様相を見せる。
 男女間の嫉妬、階級差を超えた恋愛、不倫、策謀、フィレンツェに迫るオスマン帝国の脅威などの要素、さらには邪な情念の巣窟となった修道院や、登場人物が漂着する無人島などのロケーションまで自在に作劇に活用され、ほとんどジェットコースター的な展開と言っていい。
(ちなみに本作は、狼男を主人公にしながらも、決して殺戮の衝動に駆られるモンスターショッカーでは全くない。あくまで群像劇的な、ゴシックロマンに分類できる一作である。)

 原書は、もともと貴族向けの読み物であった「ゴシックロマン」を、もっと一般の人や労働階級の読者にも楽しませようとした当時の欧米の出版界の風潮「ペニードレッドフル(1ペニー恐怖小説)」というジャンルの一冊だったそうである。
(評者はゴシックロマンの歴史はそこまで詳しくないのだが、要は1940~50年代のアメリカで、シグネットブックあたりのペーパーバックオリジナルで刊行された私立探偵小説ミステリ、みたいなものだったのだろうな。)
 
 良い意味で奔放にあちこちに話が飛びながら、終盤、冒頭で語られていたリヴェロラ伯爵家の秘密にちゃんと物語の流れが戻ってくる、お話を語る上での舵の切り方にニヤリとした。プロットのメインストリームの捌き方とあわせて、終盤には二層三層、いやもっとか……の多重的な読書の楽しみが満喫できる。
 
 なお本作は、ヴァグナーが対面する悪魔「ファウスト」が登場する連作というか姉妹編の中の一本であり、世界観的には別の物語にもリンクしていくらしい。そっちも面白そうなら、ちょっと読んでみたい。
 もちろんゲーテの『ファウスト』にインスパイアされての設定らしいけれど。
 
 『ユドルフォ』がビフテキなら、こちらはたっぷり肉汁の沁み出る厚いハンバーグという感じ。ゴシックロマンも広義のミステリとして楽しめる人なら、どっちも読んでおいて損はないね。つーか読んだ方がいい。


No.1434 5点 困ったときは再起動しましょう 社内ヘルプデスク・蜜石莉名の事件チケット
柾木政宗
(2022/03/01 04:09登録)
(ネタバレなし)
 パソコンなど職場の電子機器類の保全とユーザー指導を担当する、26歳の情報システム技術者・蜜石莉名。彼女は中央区にある老舗の文具会社「株式会社BBG」の職場で2年間、前向きに日々の業務に向き合っていた。だが時には、パソコントラブルに混じって、思いがけない人間関係の問題も発生。莉名は彼女なりの知見と才覚で事態に向き合い、解決の道を探すが。

 書き下ろしで全5話の長めの短編というか、短めの中編をまとめた連作集。
 若手社会人の職場オフィスを舞台にした「日常の謎」ミステリっぽく開幕するが、その辺の興味は実際にはまあ第2話まで、甘く見ても第3話までで、第4~5話は、まったく非ミステリの青春お仕事小説になってしまう。
 副題の最後に「事件チケット」とあるし、何しろあの「アイとユウ」シリーズの作者だから、今回もまた一応はミステリの枠に入るものかと思っていたが、そういう興味で読むとえらくフツーのストレートノベルで、謎解き作品としてはかなり薄口であった。

 一応はミステリの形質が成立している第1・2話からして、なんか普通の職場もので、クエストというかトラブルシューティングしただけという感じである。

 青春お仕事作品として読むかぎり、主人公・莉名の考え方や連作の中での精神的な成長の仕方、さらには憎まれ役のキャラクターにも公平な視点を向ける叙述など、決して悪くはない、というか普通に良かったけれど。
 まあ、良くも悪くも、普通に良かった、というのが、微妙なところ(汗)。

 「アイ&ユウ」から「うさぎ」で今度はこれというのは、破天荒なものを書きたくても受け入れられず、守りに入ってしまっているような感じだなあ。いや余人が勝手に観測するほど、そんな単純なものじゃないのであろうけど。
 作者がこういうものもソツなく書けるのはわかりましたが、個人的にはそのうちまた、あの裏技的な快作『ネタバレ厳禁症候群~So signs can’t be missed!~』みたいな方向で行ってほしいもんです。

 広い意味での読み物としては、ふつうに楽しめたことを改めて強調しながら、この評点で。


No.1433 8点 Butterfly World 最後の六日間
岡崎琢磨
(2022/02/28 05:57登録)
(ネタバレなし)
「わたし」こと花沢亜紀は、同じ高校の学友で彼氏だった秀才・西園寺和馬との恋愛に破綻。自宅に引きこもり、VR空間「バタフライワールド(BW)」の住人「アキ」となっていた。現実に背を向けたアキはずっとログアウトしないでこの世界にいられるという特異な場の噂を聞き、BWでの相棒・マヒトとともに、そんな連中の集うBW内の館「紅招館」に辿り着く。だがそのとき、BWの外部からサイバー攻撃があり、システム上の移動手段を奪われたアキとマヒトは、館の中に住人たちとともに閉じ込められてしまう。そしてBW世界には、管理運営者の設けたルールによって、いかなる暴力行為も認めないという絶対のルールがあった。だが館の中の住人が、次々と「殺されて」ゆく!?

 この数年『さよなら僕らのスツールハウス』『夏を取り戻す』と、ミステリとして読み応えのある、そして情感に富んだ秀作を刊行している作者。
 昨年はアバター住人が集う電脳世界を舞台にした特殊設定の、クローズドサークルもののパズラーを上梓した。
 
 刊行後、半年目にしてようやっと読むが、多重的な意味で起こりえない不可思議な密室殺人? が3件、さらにVR空間と現実世界の相関に関わる大きな秘密などを用意し、しかもクライマックス直前には6つの項目にわたり、作者から読者への挑戦状まで提示してくれるサービスぶり。
(評者はそのうち、設問のひとつめのみ正解。あと設問6の真犯人は、半ば当て推量でヒットした~汗~。
 ちなみに前者の方は、しばらく前に非・ミステリ小説以外のメディア&ジャンルで出会った某作品から、評者は正解のヒントをもらっている。)

 実によく練りこまれた作品だが、先のレビューの文生さんがおっしゃる通り、「連続殺人」の形成の経緯に、ちょっとどうしても強引さが生じてしまうのが難点。
 ただまあ、得点の方の加算(特にこのVR空間でしか成立しない複数の××トリックなど)で、十分に面白い謎解きミステリにはなっている。

 ただね、この本に高い評価をしたいのは、謎解きミステリとしての練度もさることながら、クロージングのどうしようもなくやるせない(中略)であった。ジャック・フイニィの大々々・大好きなあの作品のラストを思い出し、夜中に本気で泣いてしまったりする。
 『スツールハウス』『夏』もそれぞれ本当に良かったが、今回はさらにそれ以上。
 途中の描写もね、313ページのあの一行とか。たぶん作者も自覚的に読者の弱いところをついて泣かせてるんだろうけど。あー、くやしい(笑・汗)


No.1432 7点 地底怪生物マントラ
福島正実
(2022/02/26 18:21登録)
(ネタバレなし)
「日洋漁業」の漁業パトロール用水上機「おおとり号」の青年パイロット、峰大二は東太平洋上で、無人の幽霊船団と化した自社の漁船団を見つける。9隻の漁船から109人の船員が忽然と消えた怪事は、正にマリー・セレスト号事件の再発だった。やがてアメリカの原潜「シー・ウルフ号」が海底で300~400メートルの巨体ながら時速40ノットの高速で迫る怪物に遭遇。そのまま行方を絶つ。そしてこれらの事件と前後して、日本のN大学海洋研究室のバチスカーフ「わだつみ2号」は、日本海溝のそばラマポ海淵(かいえん)で、全長3000~4000メートルに及ぶ巨大な動く海藻のような生物の姿を捉えていた。

 第一怪獣ブームの後期、「週刊少年サンデー」1966年7月17日28号から同年11月6日44号にかけて『大怪物マントラ』の題名で連載されたジュブナイル怪獣SF。
 本サイトに福島正実の名前の登録があって、これがなければ世代人としてはダメだろう(そうか?)。

 まとまった作品としては、評者は数十年前にソノラマ文庫版で初読。
 もう一回、再読して本サイトにレビューを書きたいなと、以前からなんとなく思っていたが、その文庫版が見つからない。そこで図書館の力を借りて、その文庫版に先立つ元版の朝日ソノラマ、サンヤングシリーズの方で久々に再読した。こっちの叢書で読むのは、たぶん初めてだと思う。

 サンヤングシリーズ版『地底怪生物マントラ』は、現状ではAmazonにはノーブランド品の個人出品のみ登録。書誌なども明記されてないが「地球SOSヤング」(どんなヤングだ・笑)との肩書がついており、昭和44年10月1日に初版刊行。挿し絵は第一次怪獣ブームの雄・南村喬之で、本文は279ページ。箱付きで価格は390円。

 まえがき(文庫版にはなかったかもしれない?)には作者の言葉で

「怪獣ものは、なんといってもSFの本格派です。ある日、あるとき、とつぜん、常識では考えられないモンスターが現れて、平和な世界と人びとの生活をうちこわそうとする。そのショックと「どうして生きのびるか」という工夫とは、SFの第一の魅力です。
 しかし、怪獣ものがさかんになったとき、ぼくは首をかしげっぱなしでした。その怪獣が、みんな恐竜のまがいもので、ちっとも本当らしくなかったからです。そして、ぼくは、もっと、この世界と、大自然とむすびついた、本当らしさをもった怪獣SFがほしいと思っていました。この小説は、そんな願いをこめて書いたものですが……。」

とある。作品の本文を読む前の時点で、4~5箇所くらい、意地悪にツッコミたい部分もなくもないが、作者の抱負と意欲はよくわかる文章である。

 実際、子供の頃に初めて断片的にスナオに物語に接したときは、東宝の巨大怪獣映画の読み物版みたいなものを期待していたので、ゴジラやラドン、ガイラなどとは違う、地球規模のスケールで出現する植物怪獣マントラの怪獣キャラクターに違和感。さらにマントラの寄生虫の巨大カブトムシの群れや、その体液の影響で人間が獣人化するミュータント部隊の描写にかなりコレハチガウノデハナイカ、と断絶感まで覚えた。
 それはそれでショッキングで面白かったけれど、子供時代の自分が希求していたのはもっと正統的な、良い意味で曲のない、まんまの東宝怪獣映画の世界だったのだ。

 とはいえのちに文庫版で改めてしっかり全体を読んだ際には、怪獣ものをダシに当時の児童をマトモなSFジャンルの方に勧誘してやりたげな作者の心情もなんとなく透けていたし、これはそういうものだと思って最後まで通読した。
 実際、中盤、地球の救世主らしきタウ星人の来訪から、あまりにも気宇雄大なラストの決着まで、作者が本当に書きたかったものはもちろんそっちではあろうとも、ここで理解する。

 で、今回の改めての通読では、その辺やあの辺の興味や側面も全部踏まえた、怪獣SFとして読んだので、フツーに面白かった。
 マントラの触手が地上で人間をスパスパ斬るならば、最初の漁船団も同じ災禍にあったのであろうに血痕もまったく残っていないのは変ではないかとか細部の描写の不整合もあるし、地上に無数に誕生してしまったであろうミュータント獣人も最終的にどのように処理されたのかなどもわからない。

 ただ、怪獣と人間のバトルもの、銀河宇宙規模のSFビジョン、そして世界終末ものとしては、意外にバランスが良い印象もあり、逆説ながら『シン・ゴジラ』や新作テレビドラマ『日本沈没 希望の人』(評者は個人的には結構評価している)を経た国産SF&怪獣ドラマ&映画の系譜の上で、改めて本作を原作に映像化してほしいとも思ったりした。まあ夢想だね。いろんな意味で。

 それでも昭和のジュブナイル怪獣SF(怪獣ものよりSFより)という認識の中で、いつまでも絶版にしておくのもちょっと惜しい気もある。
 どこかの奇特な出版社、南村先生のビジュアル図版込みで、そんなに高くない値段で(笑)復刻してみませんか?


No.1431 7点 帰らざる故郷
ジョン・ハート
(2022/02/26 14:57登録)
(ネタバレなし)
 1972年。アメリカ南東部のノース・カロライナ。地元警察殺人課のベテラン刑事ウィリアム(ビル)・フレンチの一家は、ヘロイン所持・使用の罪状で2年半服役していた同家の次男で23歳のジェイソンが出所したことを知る。ヴェトナム帰りのジェイソンは、戦地で23人を殺したのちに海兵隊から除籍処分を受け、退役後は故郷の町で荒んだ生活を送っていたようだ。ジェイソンと双子の兄ロバートは先にヴェトナムで戦死。出所したジェイソンに、父ウィリアムが微妙な、母ガブリエルが冷淡な態度をとるなか、「ぼく」こと18歳の三男ギブソン(ギビー)のみは、何とか兄との接点を探そうとする。だがそんななかで町で残虐な殺人事件が発生。ジェイソンはその容疑者となって逮捕されるが、ギビーは兄の無実を晴らそうと奔走する。だが……。

 2020年のアメリカ作品。
 評者が初めて読む、この作者の著作。
 秀作と噂の『アイアン・ハウス』が2012年度のSRの会のベスト選出で高順位を獲得したことは記憶にあり、そのうち何か読もうと思ってたジョン・ハート作品だが、単発の物語らしいということもあって、昨年の新刊の本書から読んでみてみた。
 設定が1972年の過去の時世ということに、ちょっと興味を惹かれる。

 で、ポケミスで本文がきっちり500ページの内容を、2日間で読了。名前のあるキャラクターだけで70人以上のそれなりの大冊だが、さすがは人気作家というべきかリーダビリティは高い。
 
 ミステリとしての大枠は、家族の絆を語った冤罪晴らしものと言ってしまって間違いではないが、同時に物語の大きな主題のひとつは、1972年という時代設定のなかでアメリカ国民全体がヴェトナム戦争にどう向き合い、どのような影響を受けたか、でもあった。後半はかなり重い、苛烈な、作中の現実が口を開けて待っている。
 その辺りの文芸が相応に衝撃的だが、一方で作者は戦争の異常さとそれに巻き込まれた人々の参事を良くも悪くもあえて図式的にドラマ、あるいはエンターテインメントの中に組み込んでいる面もあり、そういう意味でのまとまりも良い作品といえる。
  
 しかしこの作品のさらなる最大のポイントは、フレンチ家の三人の男たちと並ぶ、もう一人の(あるいは二人の)某メインキャラクターで、双方の存在感は圧巻。ある意味ではそっちの方が裏の主人公と言ってもいい。
 特に片方の該当キャラの設定の着想そのものは、もしかしたら他の作家にも思いつくかもしれないが、ここまでモンスターなキャラクターの造形と叙述はなかなか困難であろう。いや腹に応える登場人物だった。
 
 クロージングがややあっけない印象もあったが、これはたぶん読者を当時の時代の空気のなかにしばらく放って置き去りにしてやりたいという、作者の狙いかもしれない。

 とりあえず一冊読んだジョン・ハート作品だが、なるほどただ者ならぬ力量の一端は思い知らされた。


No.1430 9点 同志少女よ、敵を撃て
逢坂冬馬
(2022/02/24 15:34登録)
(ネタバレなし)
 1941年。ドイツ軍がソ連に侵攻。翌年2月7日、村民わずか40人ほどの農村イワノフスカヤ村は、数名のドイツ歩兵とひとりの狙撃兵によって皆殺しにされる。猟師だった母まで殺され、自分も凌辱・殺害されかかった16歳の少女セラフィマ(フィーマ)・マルコヴナ・アルスカヤは、赤軍の女性兵士で元狙撃兵のイリーナ・エメリャノヴナ・ストローガヤに救われる。だがイリーナの冷徹ともいえる言動はセラフィマの心に、残忍なドイツ兵に対するものとはまた違う種類の憎しみを刻んだ。母譲りの優れた猟師=スナイパーの素質をイリーナに認められたセラフィマは、赤軍の「中央女性狙撃訓練学校」の分校に寄宿入学。セラフィマは、のちに「魔女の巣」と呼ばれるそこで狙撃兵としての訓練を積んでいくが。

 第11回アガサ・クリスティー大賞受賞作。
 Amazonでは膨大なレビュー数の高い評価がつき、北上次郎などは昨年は本書を読むための年だったとまで激賞している作品。
 評者が参加するミステリファンサークル「SRの会」の2021年度ベスト投票の締め切りが迫っているなか、これは読んでおいた方がよいと判断し、ページをめくり始めた。
 
 読み始める前に中から透ける世界観や文芸設定から、重厚で苛烈な物語を予見。これはどんなに頑張っても読了に2日はかかるな、と思っていたが、途中でまったくやめられず、一息に一晩で読んでしまった。
 
 平明な文体で、しかし的確にエピソードを積み重ねていく小説作りのうまさ、そして膨大な資料を読み込んで構築したのであろう<世界大戦という地獄の場>の臨場感が、ただただ圧巻。
(復讐相手の狙撃兵ハンス・イェーガーと戦場で対決する好機を得たいという思惑で、打算めいた行動をよしとするセラフィマの図など、実に印象的。)

 たとえば、貧相な読書歴の評者などは、これまでにもし「21世紀の国産戦争冒険小説で、かの『ユリシーズ号』や『アラスカ戦線』に匹敵する可能性のあるものをあげろ」と問われたら「いや、とても思いつかない」と苦笑していたのだが(深緑野分の二冊は、ちょっと方向が違うと思う。それぞれ秀作だけけど)、今夜をもってその認識はガラリと変わった。これは唯一、それらのマイベスト作品に伍するポテンシャルのある一冊である。

 個人的にはスターリングラード戦のくだりの強烈な密度感が圧巻だったが、終盤で作者が語ろうとする、セラフィマたちが撃つ「敵」の含意、その多重性にもシビれた。
 よくできた、視野の広い、踏み込みの深い一冊だが、これで優等生的な作品としての嫌味をほとんど微塵も感じさせない、仕上がりのスキの無さも鮮やか。
(なお、本作の大設定である女子狙撃部隊という文芸ゆえに、キャラクター小説だのマンガだのと揶揄する読者もいるようだが、個人的にはそのあたりは、繰り返し作中でセラフィマたちが受ける問いかけの反復と変遷で、ちゃんとクリアされているんじゃないかと思うぞ。)

 自分などが賞賛しなくても、前述のように世の中はすでに激賞の嵐だが、これは9点をつけなくてはなるまい。


No.1429 6点 赫衣の闇
三津田信三
(2022/02/23 07:30登録)
(ネタバレなし~少なくとも、謎解きミステリ部分に関しては)
 昭和22年の東京。少し前に九州の抜井炭鉱の周辺で怪異な殺人事件を解決したアマチュア探偵の青年・物理波矢多(もとろいはやた)は、ひさびさに再会した大学時代の友人・熊井新市から、ある相談を受ける。それは新市が懇意にする的屋(闇市の元締め)の親分、私市(さきいち)吉之助が仕切る闇市の街「赤迷路」に出没する謎の怪人「赫衣(あかごろも)」の正体を暴くことであった。吉之助をはじめとする赤迷路周辺の人々と親交を深めながら、これまでに起きた怪異な事件についての情報を集める波矢多。だがやがて、密室状況といえる殺人、そして怪人の出現、不可解な人間消失? 事件……が続発する。

 物理波矢多シリーズ第三弾。ただし作中の時系列としては、第一作の『黒面の狐』→本作→前作の『白魔の塔』の順番で、タイムラインが流れる。
 
 時代設定を戦後直後に据えた世界観ゆえ、昭和20年代前半の日本人の苦境や混乱図がみっちりと語られるのが本シリーズの特色のひとつだが、本作では「闇市」という主題を介して、特にその辺が色濃く語られる。

 厳しく凄惨な時代が描き出される一方、意外にしたたかな当時の人々の活力なども物語のなかには滲み出し、そういう意味での臨場感でいえば三作中、一番であろう。
(あと、この時代設定なら<いつかやってくれるであろう>とかねてより期待していた<かの趣向>がついに今回、ここで実現! というわけで<向こうのシリーズ>のファンの人は、こっちの路線も読んだ方がいいよ(笑)。
 まーなんかラノベの『緋弾のアリア』と『やがて魔剱のアリスベル』の関係性的な、マイナーシリーズにメジャーシリーズのファンを呼び込む作者の作戦というか、ぶっちゃけ客寄せパンダっぽい(中略)みたいな気もしないでもないが・汗。)

 で、ミステリとしては、例によって多重解決っぽいことをしてくれていいんだけれど、同じく昨年に刊行の刀城言耶シリーズの方の『忌名の如き贄るもの』が優秀作だった分、こちらは向こうの終盤のダイナミズムに比較してちょっと弱く感じてしまう。
 あと、何より肝心の真相が、いわゆる<短編ネタ>ぽくもある。そういう意味では、三作中、一番弱いか。
 くわえて、かなり大きな謎? が放っておかれたまま終わってしまったような……。
(個人的には、犯人の動機そのものは理解はできた。共感も賛同もできんけど。)
 
 今のところ本シリーズでは、ロケーションの求心性で『白魔』が一番スキ。でも僅差で残りの2つも、妙に惹かれる面はある。  

 評点は、他の作者だったら7点だけど、というところで、この点数。


No.1428 7点 四元館の殺人―探偵AIのリアル・ディープラーニング
早坂吝
(2022/02/22 05:37登録)
(ネタバレなし)
 驚愕の大ネタは、それなりに以前に刊行された某作品に、先例がアリ(汗)。
 ただし(早坂センセが、その前例を知っていたかどうかは不明だが)後出しの分、料理の仕方は今回のほうがこなれていると思う。何より本シリーズの作風には合っている。

 素で驚くことができていれば、十分に8点だったが、もしかしたら作者が先駆作を知らないでドヤ顔で書いてしまった可能性を踏まえて、この評点で。それでも自分なりにデリケートな採点のつもりです(笑・汗)

 とはいえ、その大ネタ以外の部分でも、いろいろ得点はしている作品ではある。それは認める。ある意味ではくだんの大ネタよりも、物語全体の事件の流れの方が気に入った。

 で、ちょっとだけ気になったのは、特異な血痕が残った経緯。そんなにうまく(中略)ものかな。
 いや、絶対にありえないこととはいえないから、いいのか?

 余計なことを書いちゃったりするとマズイので、今回はこの辺で(笑)。


No.1427 6点 夜と少女
ギヨーム・ミュッソ
(2022/02/21 05:24登録)
(ネタバレなし)
 1992年のコート・ダジュール。地元の名門高校「サン=テグジュペリ」で、学内でも有名な美少女ヴィンカ・ロックウェルがある夜、姿を消した。ほぼ同時に当時27歳の哲学教師アレクシス・クレマンも行方をくらましており、両者は駆け落ちしたのでは? と噂されるが、その後の去就は不明だった。そして2017年の現在、当時、ヴィンカと同窓で彼女に心惹かれていた「わたし」こと40代前半の人気作家トマ・ドゥガレは、母校の式典と同窓会に参列するが……。

 2018年のフランス作品。
 評者には2冊目のミュッソの作品。先日読んだ『作家の秘められた人生』は、けっこうトラディッショナルな技巧派フランス・ミステリの味わいがあったが、本作は400ページ以上とやや厚めの紙幅に見合った、割と小説として読み応えのある仕上がりになっている。
 
 前半から後半に至るまで、小さい山場とサプライズを適当な間隔で設けた構成で、いかにも職人作家のエンターテインメント然とした感じ。
 後半の二転三転の展開は普通に面白いが、ちょっと作者側の都合を優先したあざとさを一部に感じないでもない。(結局、トマのNYでの2010年のあれって……。)
 あと、黒幕の隠し方がややチョンボだね。
 
 全体としてはフランス・ミステリというより、21世紀の筆の立つ若手~中堅作家の安定作を一冊、読まされた感じ。具体的に国産作家名で言うなら、伊岡瞬とかあの辺のクラスの作家の平均作の感触だ。

 それと、小説そのものの作りがマジメな分、とある文芸ポイントにおいて、おじさんのような古い読者には「え、これでいいの?」と引っかかる面もあった。あんまり書くとネタバレでまずいが、結局(中略)というのは、どうなんでしょう。

 読んでる間は面白かった。それは認める。 


No.1426 6点 鷲の巣
西村寿行
(2022/02/19 08:18登録)
(ネタバレなし)
 日本全国を震撼させた「死神」テロリスト・僧都保行を打倒した、警視庁公安特科隊の警視正コンビ、中郷広秋と伊能紀之。彼らはかの宿敵から「死神」の異名を襲名し、その後は出向を命じられた世界各国で暴れまわったのち、日本政府とケンカ。今は無職の立場で、政府から分捕った成功報酬1億4千万円を元手に豪華クルーザーを買い込み、焼津で有閑の日を送っていた。だが地元でとある事件が起きて、コンビはそれを瞬時に解決。すると今度は大西洋で、6万トンクラスの英国の豪華客船キング・ネルソン号がシージャックにあい、2000人以上の乗客が人質になる。英国政府は巨額の報酬と引き換えに「死神」コンビに事件の解決を依頼するが。

 第一弾『往きてまた還らず』に始まる「死神」(伊能&中郷コンビ)シリーズの第四弾。

 評者は本シリーズはその『往きて』を読んでいただけだったので、ウン十年ぶりにこの主役コンビとの再会となる(正直、大昔にこのコンビと初めて出会った際には、シリーズものになるなんて想像もできなかった)。

 しかしまあ、何度も笑っちゃうくらいにストレスフリーの主人公コンビの無敵ぶりで、伊能&中郷を窮地に追い込んで盛り上げようなどという作劇上の工夫や配慮の類は微塵もない。その潔さは却って清々しいほどだ。
 ぐいぐい押してくるホラ話とエゲツない描写(しかし乾いた文章ゆえに、常にどっかに妙な品格のある)のボリュームで、最後までオモシロク読ませてしまう。

 とはいえこれが『安楽死』や『屍海峡』を書いた、いや『滅びの笛』ですら、それを書いたのと同じ作家の著作とは思えんな(笑)。
(ちなみに同じバディものでも『荒涼山河風ありて』あたりは、もうちょっと抒情と風情があったような……)。
 あ、『峠に棲む鬼』あたりなら、接点はそれなりに感じるかも。
 
 それでも中盤までは割と直球のボリューム勝負という感じだが、第四章になると円熟期の寿行っぽいイカれたユーモア味が全開で、なかなかそっちの意味で楽しくなってくる。
 焼津のヤクザの親分で、自分から死神コンビの舎弟になる人斬り伊造、正に「味わいのある男」であった。
 
 破天荒な活劇バイオレンス小説で、個人的には寿行の本道とは認めたくないけれど、それでも一気に読むのをやめられない程度にはオモシロイ。


No.1425 6点 殺意の焦点
草野唯雄
(2022/02/17 14:57登録)
(ネタバレなし)
 その年の8月23日の火曜日。酒屋の若主人・須藤信一が、店のトラックに紛れ込んでいたカバンを渋谷警察署に届ける。鞄の中には5枚のモノクロの風景写真が入っていたが、それらの写真にはそれぞれ別の日付らしい数字が書かれていた。署内のひとりの捜査員が、その日付に何か見覚えがあると気が付く。やがて署員たちは、署内の資料の新聞記事から、そのうちの3つの日付の日に、未解決の女性殺人事件がバラバラの場所で起きている事実を認めた。

 角川文庫版で読了。
 広義のフーダニットパズラーであり、同時に本庁を含む複数の警察署の捜査官たちの連携によって、話が二転三転する警察捜査小説ミステリ。趣向はミッシング・リンクもの。
 お話は好テンポで、ラストの真相も十分に意外。
 ただし、ネタが明かされると驚かされる一方で、犯罪計画を立案・実行した犯人の「神の御業への期待値」があまりに高すぎて、ソコに心底呆れる。
 これはあれだな、偶然によりかかりすぎる、甘えた思考の天才犯罪者の作戦がたまたまいいところまでいった、希少な事例のストーリーだな。それこそ何億何兆、無限の並行世界で、(中略)までしておきながら、まったく犯人の思惑にカスりもしなかった物語宇宙があるのに違いない。

 サプライズは大好きだけど、あまりに作中のリアルの説得力がないのはねー。まあ、とにもかくにも、この作品の犯人はこれでやってみようと考えて実行し、ソレで【たまたま】うまくいったのだ、と解釈すればいいんだろうけど、そこまでの義理も感じないよ。

 まあそう考えれば、作者が意外性の追求だけに気をとられるあまり、作品全体のバランスを見失ったまま一冊仕上げちゃった、割とよくあるミステリかもしれない。いかにも草野作品らしいかも。

 評点は、得点要素の方を重視して。


No.1424 6点 アルプス特急あずさ殺人事件
峰隆一郎
(2022/02/16 06:47登録)
(ネタバレなし)
 その年の11月14日。金曜日。新宿発松本行き「あずさ13号」の車内で、女子大生・五貫倫子(いぬきみちこ)が毒物によって死亡する。捜査本部を設けた北松本署の刑事たちは、倫子の隣席の男に嫌疑をかけるが捜査は難航した。そんななか、倫子の11歳年上の兄で、元海上自衛隊員だが今は警備会社に籍を置く吾郎は、独自に妹の死の真相に迫るが。

 それなりの著作数(多くの時代小説とある程度の冊数のミステリ)を誇りながら、一般には「隆慶一郎と誤認される、名前のよく似た作家」という、そんなネタ的な認識がまず真っ先に来るのが、この作者の最大公約数的なイメージであろう(笑)。 
 そのせいか本サイトでも作家も作品の登録も、自分がするまでなかったのだが、実際のところ、そんなこの人の実作のほどはどんなのであろう? と興味が湧き、まずは一冊読んでみた。
(自分が手に取ったのは、1993年の集英社文庫の改題版ね。)

 でまあ、一読してみると、うん、コレはコレでなかなか悪くない。
 いや題名から察するに、なんかトラベルミステリっぽくて、いいとこ一流半~二流のアリバイ崩しか毒殺トリックもののパズラーの線で行きそうな雰囲気だが、実際の中身は体術に心得のある主人公の青年・五貫吾郎が、足と腕っぷしで事件の真相を暴いていく(非・私立探偵ものの)国産通俗ハードボイルドであった。
 結構、刺激的な設定や文芸も出てくるが、小説の叙述そのものはエロにはさほど流れず、暴力描写なんかにも意外に抑制が効いた内面描写がされているのが良い。
 じつは試みに、この作者の名前と「ミステリ」というキーワードを並べてTwitterで検索してみると、大藪春彦、勝目梓と作家ランクを並べている人もいた。で、その妥当性はどうあれ、この作者の文体はいい意味で手堅く、好感が持てる。まあ職人作家的に主人公の人間味を随所で覗かせる、そういう点とか意外に丁寧で、そんなところで評価ポイントを結構、稼いでいたりする。

 吾郎がまるで50年代の翻訳ハードボイルドミステリの主人公みたいなタフガイ。しかも全編を通じてほぼノーダメージ、しかし意外に悪党たちに冷酷さとドライさを見せ付ける一方で、完全にサディスティックにしない辺りも、いい意味での大衆小説ぽくってよろしい。
 バイオレンスヒーローなれども、ギリギリのところで嫌悪感を抱かせないキャラクターの造形と、気を使った描写は、エンターテインメントとしての大事なポイントだとも思うので。
 肝心のミステリとしての(中略)も、まあこれはこれで……ではある。
 
 一瞬? だけ、しょーもない三流エロバイオレンス小説かとも思いかけたけど、二転三転の筋立てもふくめて、全体的にはなかなか悪くはない。
 うん、たまにはこーゆーものもいいやね。 


No.1423 6点 密室殺人ありがとう
田中小実昌
(2022/02/16 03:59登録)
(ネタバレなし)
 カーター・ブラウンやA・A・フェア、87分署シリーズその他の翻訳で知られ、創作者、エッセイストほかのマルチ人間としても多大な業績を残した田中小実昌の、まだ本に一度もなっていない、雑誌に埋もれたままの広義のミステリ短編を12本集めた一冊。

 こういう、昭和期を主体に活躍した作家の未書籍化の中短編の発掘企画といえば、論創社のハードカバーかはたまたマニアックな同人出版あたりが専科だが、こういう風に一般書店に並ぶ文庫の新刊で出してくれるのはありがたい。功労者はおなじみの日下先生で、今回もありがとう。

 先に12編の広義のミステリと書いたが、マトモなパズラーや私立探偵小説などの類は一本もなく、よく言えばバラエティに富んでいるし、悪く言えば方向性のバラバラな作品群の集成。

 1971年から81年までの雑誌に掲載された作品が収録されたが、その大半はもっと前の時代の戦後すぐから昭和30年台~40年代の前半までを時代設定に置いたもので、それぞれの作品にはかなり奔放かつ勤勉な半生を送った作者自身の影が見える(ほとんど作者の分身みたいな、プロやセミプロの翻訳家のキャラクターが登場する話も多い)。

 そういう時代色の上で、話の方向は前述のようにかなり雑多な賑わいを呈し、人生の裏側を覗くような人間ドラマもあれば、昭和の裏面史を切り取るような逸話、さらには意外に正統的な? ゴーストストーリーめいたホラー(というよりモダンな怪談か)みたいなものまで語られる。

 ご存じのとおり、作者は文章は達者な御仁なので、日本語的に読みにくいなどということはまずないが、独特のペースの口上みたいなテンポはあり、それに合わないとちょっとキツイ部分もないではない。あと、話によって文章の重みがチェンジアップされるというか、雰囲気が変わるものもあり、それは続けて読むとちょっとペースを狂わされる感じもした。

 一本一本それぞれツマラないわけでは決してないが、他の作家といっしょにバラバラに一本ずつ雑誌で読んだときの方が楽しめるような雰囲気もある。
 
 まあそれでも、もう1~2冊、こういう初書籍化の形で個人短編集を組めるかもしれないとのことなので、ソレはそれでまた、期待しておきたい。

 最後に余談だが、田中小実昌の最初の翻訳本は、ポケミスのJ・B・オサリヴァンの私立探偵もの&幽霊探偵もの『憑かれた死』だったそうだが、本書中の収録作の中で、前述した作者の分身みたいなキャラクターがそのときの記憶を述懐。オサリヴァン当人と個人的に手紙をやり取りし、向こうから新刊までもらったエピソードなども語られている。たぶん実話であろう。本書はそういうミステリ翻訳家・田中小実昌の地の顔をちょっと覗かせてもらえる、そんな私小説っぽいというか、余禄的な愉しみも授かることのできる一冊であった。


No.1422 8点 蒼海館の殺人
阿津川辰海
(2022/02/15 07:23登録)
(ネタバレなし)
 これだけの密度の内容で、大部の600ページ以上。それを一日でいっきに読ませたのだから、とんでもない求心力であった。
 なにより<レギュラー名探偵自身の実家で起きる連続殺人>、この趣向が楽しくってたまらない(前例があるかもしれないが、評者は知りません・笑)。
 
 とはいえデティルが細かくて複雑すぎて、数ヶ月経ったら細部の大半は、頭の中で整理できなくなっていると思う。
(さすがにこの犯人像だけは、忘れることは、たぶん今後もないであろうが。)

 なお、先行のレビューの方々の、真犯人があまりに都合のよい状況に頼りすぎるという不満はもっともだと思う。 
 が、個人的にはそれ以上に、もしも自分が犯人の立場だったら、ここまでデリケートな犯行計画を作中のリアルで実行なんか、とても怖くてできない、と思った。すぐに綻びかけるポイントが、ざっと見ても3つ4つあるように思える。

 ワトスン役の田所と名探偵・葛城の繊細な関係は、前回以上にとても良い。嫌味や悪口でなく、今風のBL要素を、ちゃんと名探偵ミステリの枠内でのキャラクタードラマに転化させている。
  
 文句なしに昨年の収穫のひとつ。


No.1421 5点 三十三人目の探偵
吉村達也
(2022/02/14 06:34登録)
(ネタバレなし)
 一学年1クラス、各33人の生徒。基本的に金持ちの子女のみを生徒とする全寮制の私立高校「ベルエア学園」。両親と死別した高校二年生の女子・栗田つぐみは、遠縁の者と称する老和尚・伊集院尚吾の計らいで、尚吾の息子・太郎が理事長兼校長を務めるベルエア学園に転入する。だがそこでは少し前に退学処分になったばかりの女子高校生が殺害されたばかりで、しかも校内には、転校生が決まって何者かに殺されるという噂があった。

 1991年1~3月にテレビ東京系で放映された、東宝製作のテレビドラマ『ハイスクール大脱走』の原案として構想され、テレビ放映スタートと同時に文庫書き下ろしで刊行されたタイアップ小説。
 メディアミックス前提のオリジナルストーリーだが、実際にオンエアされたドラマの内容はかなり違っているらしい。評者は本書を読むまで、そんな番組の存在すら知らなかった(webで検索すると、最近でも結構ファンがいるようだが)。

 作者があとがきで、企画ものの青春学園ミステリであることを開陳し、さらにあくまで「大人のために書いた青春ミステリ」である旨を訴えている。

 ミステリとしての献立は、ミッシングリンク的な相次ぐ怪死の謎、不可解なダイイングメッセージ、教室のほとんどの生徒の所持品からなぜか盗まれた古文のテキストブックの謎(ホワイダニット)など、それなりに取り揃え。
 その上で一応はフーダニットのパズラーになっているが、いま書いた三つのネタのうちのひとつは、完全に腰砕けである。これはないだろ、という感じ。あとの二つはまあまあか。

 ぢつは読み始める際の期待値はかなり低く、最悪、赤川次郎のCクラスレベルのものまで覚悟していたので、その辺のモンよりはずっとマシではあった。ただまあ、やっぱりあれこれ強引だね。
 まあまあ楽しめた、という意味でこの評点で。


No.1420 7点 泥棒は図書室で推理する
ローレンス・ブロック
(2022/02/12 03:48登録)
(ネタバレなし)
「私」ことプロの泥棒で、ミステリ専門の古書店主人バーニイ(バーン)・ローデンバーは、恋人がほかの男と結婚したため、傷心状態だった。そんななか、アメリカの片田舎にある<英国カントリーハウス>風のホテル「カトルフォード・ハウス」の宿泊客向けの図書室に、レイモンド・チャンドラーがダシール・ハメットに贈った献辞入りの『大いなる眠り』の初版本があるという情報が飛び込む。バーニイは、親友でレズビアンの女性キャロリン・カイザーそして自分の愛猫ラッフルズとともに同ホテルに赴き、数万ドルの価値があるこの稀覯本を狙うが、そこで彼らを待っていたのは「閉ざされた雪の山荘」での殺人事件であった。

 1997年のアメリカ作品。泥棒バーニイシリーズの第8弾。
 評者は本シリーズは邦訳の初期分(たぶん4冊めまで)をリアルタイムで追いかけたのち、第7弾『ボガート』と最新作(といっても原書はほぼ10年前)の『スプーン』のみ、つまみ食いで消化。もしかしたらもう1、2冊読んでるかもしれないが、たぶんこれが全11作のうち読了した7冊目だと思う(もっとも犯人ほかの内容に関しては、第1作目以外まったく忘れている)。

 読めば、おおむねどれもフツーに面白い、程度の印象がある本シリーズだが、本作はクローズド・サークルもののフーダニット謎解きの興味に加え、チャンドラーからハメットに贈られた『大いなる眠り』の元版(クノッフ社版)初版という泣かせるアイテムを大ネタに設定。
 しかも作中ではこの稀覯本、もともとチャンドラーが別の盟友のミステリ作家ジョージ・ハーモン・コックス(なつかしい名前を聞いた! 長編の翻訳はないが「日本版EQMM」そのほかでいくつかの中短編が紹介されている)に贈りかけたものの、成り行きから先輩ハメットに贈与したという、いかにももっともらしい逸話が設定されている(このエピソード、フィクションだろうね?)
 ほかにも往年のミステリ作家たちのネタがちらほら登場し、その辺だけでもかなり楽しめる。 
(ちなみにハメットの主要な長編は、先に読んでおいた方がいいよ。) 


 で、謎解きミステリとしては、ホテルに集う滞在客(容疑者)たちをほとんどまるで(一部の例外を除いて)描き分ける気がない作者のやる気のなさがナンだが、終盤で明らかになる真相はソコソコ面白い。
(正直、犯人の意外性そのものは、ドウッテコトないが。)
 ちょっと英国作家の(中略)あたりがよく使うあの趣向を思わせた。

 でまあ、そこまでなら、評点はギリギリ6点の上位の方だが、エピローグの味のある演出でニヤリというかクスリと笑わされて、もう1点追加。

 作中の細部について、妙に意固地な作者ブロックとやりとりした巻末の訳者あとがきも愉しい。
 よくできたシリーズキャラクターものの、いい意味での定番作品。

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